和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件 作:鉄鋼怪人
此方は田中さんよりショタ主人公と御意見番。章末の場面想定ですが、最悪主人公が屋敷に雑人扱いで引き取られた時にも同じような事になってそう……。
https://www.pixiv.net/artworks/141757540
此方はナマズさんより第五章の土蜘蛛の手下の妖「虎狼狸」です。個人的には禍々しい妖のイラストも好物です!
https://www.pixiv.net/artworks/142106023
素晴らしい作品、誠に有難う御座います。
前回の感想につきましては可能な限りご返答しようかとも思いましたが流石に内容が内容なので頂いた件数が多過ぎるために断念致しました。ご了承下さいませ。貴重な御意見ですので真摯に受け止め、今後の創作に活かしていきたいと考えております。
また前々回の章末、即ちシンでない方の章末につきましては作者の反省もあり敢えてハーメルンにおいては削除しない事に致しました。同時に内容の繋ぎのため、作者の個人的な実験のために少々改変しております。ご了承下さいませ。
第二二六話●
……ねぇ。本当の事を言ってもいい?
怖いんだ。とっても。とっても。全身が震えるくらいに。
当然だよね。僕の中に凄く大きなものが入ってくるんだ。僕の身に閉じ込めるんだ。閉じ込めて、僕自身も閉じ込めて。それが永遠に続くんだ。永遠に何も出来ないんだ。何もかもに取り残されて、何もかもから引き離されるんだ。
やり残した事だって、沢山あるよ?やりたかった事なんて、沢山。沢山。後悔も、名残惜しさも、沢山。
怖いよ。寂しいよ。
だかね。ねぇ、お願い。……助けてよ?
頼らせてよ……?
……。
……。
……ふふっ。やっぱり僕を拐ってはくれないんだね?
うん。分かってた。君はそのために傍に居てたんだ。何時だって傍に居てくれたんだ。
君は僕の盾で、僕の刀だ。
君は僕の鎖で、僕の檻だ。
僕が逃げないようにする、監視する目。留め置く首輪。……そうだったんだろ?
……はは。恨んでなんかないよ?寧ろ感謝してるんだ。
だって!君が我が儘を聞いてくれたお陰で僕は井の外を知る事が出来たんだよ?社の外の美しさを知る事が出来たんだ。
酸いも甘いも。善悪も。美醜も。社の内では知る事の出来なかった世界の彩りを。
今では全部、愛おしい……。
随分と危険な橋を渡ったんだろう?御免ね?
……全部監視の内?ははっ、分かってるよ。遠くから沢山見てたろう?僕だって馬鹿じゃないよ。それを含めてもさ。
僕の我が儘を実現させるために、沢山言い訳をしてくれたんだよね?沢山、悪役をしてくれたんだよね?
有り難う。
……。
……。
……素直じゃないなぁ。君らしい。
……もう。呼ばれちゃうね。
はははっ!大丈夫!ちゃんとお務めは果たすよ!そんな不安そうな顔しないでって!!
不幸じゃない。
機械みたいに、何のためにかも知らずに務め終わるよりも、ずっといい。
自分のやる事に意味があるのを知ってるんだから。
ずっと良い……。
……。
……。
あぁ。呼ばれちゃったね。もうこれまでだ。
……ねぇ。冥土のお土産に、呪いの言葉を吐いていい?
思いっきり、今の気持ちを吐き出していい?
……有り難う。
……そうだね。言いたい事、か。
君に、言いたい事かぁ……。
ははっ。じゃあ語り聴かせよう!
誰のためでも、何のためでもない。
私のための呪詛を唄おう!
『貴方のために、御柱と成りに行きます』
『貴方のために、この言霊を謳います』
『この言の葉で僕自身を呪います』
『素敵な日々でした』
『全て捨て去ります』
『お役目から逃げ出して、貴方の所に逃げたりしないように』
『さようなら』
どうか貴方と僕が、二度と巡り逢う事がありませんように……。
「あぁぁぁ。何故っ!?何故なのですっ!?何故、あの男なのですかぁ……!!?」
ーーーーーーーーーーーー
央土が内京は今日もまた平和で華やかだった。
それは辺地における妖騒動に疫病、災害は無論、外京の廃寺における鬼騒動すらもまるで関係がないかのようだった。市には変わらず様々な産物が所狭しと並び、通りの茶屋は何時だって客に溢れてる。煙管を吹かしながら瓦版を読み耽る者、囲碁や将棋を楽しむ者、街路の横道に隠れて発禁物の草双紙を読み回し合う若者達もいた。幼児は氷菓子をねだり渋々と母親が買い与えている。
何時もの都だ。豊かな街だ。壁の外で何があろうとも決して変わらぬ平穏な風景だ。
「……」
初めて都に来た時にはその華やかさに見惚れてしまった環は、しかし今はそんな気にはなれなかった。寧ろ抱くのは苛立ちであり、失望であった。疎外感もあった。
この街の者達は無関心なのだ。壁の外で何が起きているのか。この街の平穏と繁栄のために何れだけの者達が身を犠牲にしているのか。あらゆる事象に頓着していないのだ。この豊かさを当然のものとして、当然の如く受容しているのだ。
「やぁやぁ其処のお姫様、一つ見て行かないかい?櫛に簪、化粧道具、選り取り見取りだよ?」
擦れ違う店の奉公人の客引きに一瞥する。店内には大層立派な品質の品が一面に並べられていた。
鼈甲に、螺鈿、漆塗、金銀箔を貼り付けている櫛や簪。紅に白粉、化粧道具が何種類も。庶民向けとは言うが店の暖簾分けされた旦那、細やかな一国一城の主の嫁や娘向けであろう。環の装束は決して華やかでないにも関わらず声を掛けられたのは身に纏う生地の品質を見抜いたからに違いなかった。
「どうだい?中々の品揃えだろう?許嫁との逢い引きに一つでも備えて置けば映えるに違いない!さぁさぁ、もっと此方に……」
「……失礼」
小さくポツリと呟いて、冷淡にそっぽ向いて去ってしまう。背中からの惜しむような呼び掛けは完全に無視した。以前なら誘惑に勝てずに冷やかしくらいはしたかも知れない。今となってはそんな気軽な事すらするつもりになれなかった。
そんな事が許される人間でもなかった……。
「……ははっ」
冷笑は嘲笑だった。自嘲である。この都の華やかさを嫌悪して、しかしそれ以上に環はこの街を歩む己を嫌悪していた。
環は歩む。賑々しい通りを進む。店の様相は次第に変わっていく。店構えが大きくなっていく。暖簾に幟旗を見ていけばそれが芝居小屋の連なりである事が分かろう。百人単位で観劇出来る歴史ある定小屋だ。
聞く所によれば近頃は不景気な御時世でも一層盛況なのだとか。多くの名のある一座が都に集ってるからだった。危険な地方での巡興を取り止めて、寧ろ地方の技芸者が仕事と安全を求めてやって来る。世間の暗い雰囲気に物価高の不満を発散するために都人達は一時の娯楽を求め、朝廷もまたそれに相乗りしていた。朝廷や公家の出資で民草の目を楽しませるための見世物を主催する。
札を見せれば此方の顔を一瞬見て目をパチクリさせた店番は、しかし直ぐに行列を無視して案内してくれた。先導されて向かうは広く仕切られて他よりも更に一段高く用意された専用の桟敷席だ。眼下の他の席からは角度もあり此方の姿を見る事すら出来ないだろう。そも、席には認識阻害と遮音の結界が貼られていた。
「無論、向こうからの台詞も聞こえませんがね」
仕切りを抜けて、席に足を踏み入れた途端に騒々しさはパタリと消え失せていた。聴こえるのは唯一人、先客の老貴人の声音のみ。華美でなく、しかしやはり上等で品のある装束を着込んだ仁の人が慈愛に満ちた笑顔で環を迎えた。
「左大臣殿。蛍夜環、只今参上致しました」
「うむ。うむ」
一礼して名乗る。応揚に頷いて招き寄せる大臣に従い環は傍らの座布団に座り込む。
「環殿、良くぞ来て下さった。御体の方はもう宜しいかな?」
「お陰様で……軽い任務は良い運動です」
先日の廃寺の一件で暫し寝込んでいた環は、しかし数日もすれば驚異的な回復を遂げていた。薬師は訝りつつも若さの為せる技と受け入れて、経過を見つつ彼女の祓護民衆としての任に復帰するのを認めた。
以来、廃寺の件より逃げ出して外京に潜んでいた百足妖怪の駆除、そして民心の動揺に乗じて二匹目の土壌を狙っていた小物のモグリ捕縛の任を請け負いそれを完璧に果たしていた。そして此度、彼女は大臣に招かれていた。名目は護衛。しかし……めかしこんだ環の出で立ちからそれは建前であるのは明白だった。
決して疚しい目的はない。寧ろこれは労いだと環は認識していた。
「無理はせぬ事……といっても無茶無謀は若者の特権ですからなぁ」
「だからこうして休息を、と?」
「左様。楽にして下され。よもやここに討ち入り等という事はありますまい。懐の得物の事は忘れなされ」
「ははは……」
いざという時に備えて隠し持っていた刀の存在を見抜かれて環は苦笑いで応じる。この大臣、先日の騒動で祓護民衆率いて雷鬼を追ったのもあって荒事はからっきしではないらしかった。
「そうそう。御父君とは?鬼に拐われたとあって大分心配していたのでは?」
「それは……文は出しました。問題ないと伝えております」
「顔見せはされなかったのですかな?」
「親不孝とは思いますが……少し、居にくくて」
友の兄が殺された。それは環にとっても青天の霹靂だった。文で脅迫して呼び寄せての滅多刺しだったという。微かな痕跡からして人払いの結界が貼られていた、多人数だったのは間違いない。それ自体も仰天物で面子を潰された検非違使達が血眼になって行方を探していた。
世間での対応はそれで良い。問題は友である。兄の骸と別れた鈴音の傷心具合は仕事が何一つ手に着かぬ程。身内として喪に服す必要もあった。だが、何処で?
宮鷹の屋敷には最早世話になる理由はない。鬼月の屋敷も環が常在しないなら居心地は悪かろう。官吏たる三男の兄の元にと考えるが宿場なれば宿代が追徴されるだろう。客商売なので喪に服すような者が居られても女将らは困る筈だ。
父の厄介になっている屋敷の貴人からの勧めで、その一室を借り受けた。その部屋にて喪に服させる。即ち、傷心の友は環の父の元にいた。
(本当なら、顔を合わせて慰めの言葉をかけるべきなのに……)
頭では分かっていてそれが出来ないのは友にどんな言葉を語りかけるか、その勇気がないからだろうか?それとも、負い目を感じているから……。
「……はは、まさか」
脳裏に過る掠れた夢の断片。まさか。余りにも滅茶苦茶で繋がりが無さ過ぎる。どうしてそんな事が有り得ようか?何時彼を食らった?どうして彼が生きていた?どうして彼が友の兄等と……何もかも結びつかな過ぎる。纏まりの無さ、整合性の無さは正しく夢であるように環には思われた。
なのに、どうしてこの心中の罪悪感は消えてくれないのだろうか……?
「…………始まりましたな」
「っ!?」
大臣の言により環は今に立ち返り、そしてそれを察した。結界により音は聴こえぬ。しかしどよめき、空気の震えのようなものは感じた。壇上を見下ろす。恐らく歓声と拍手の内に歌舞伎の一幕が始まっていた。大臣もまた儀礼的に幾度か拍手を叩き、そして問う。
「『雨乞日和巫女悲譚』……知ってますかな?」
「い、いえ……」
左大臣の言に、環は首を横に振るうしか出来なかった。歌舞伎座なぞ、蛍夜郷においては先ず開かせてなかった。都会に出てからもほんの数回程度しかない。
歌舞伎の演目は五百とも言うそうだ。良く行われるものはその内の百程……しかし、環はその内で御約束とも言える名作すらもまともに知らなかった。田舎娘である。大臣は朗らかに説明してくれる。
「これは四百年程前に執筆された作でしてな。筆者は知れませぬ。舞台は遥か昔、天を慰めるべく一人の乙女が奴隷王朝の悪大臣により生け贄に選ばれた。彼女とその御付きの貴人とを取り巻く物語です」
「巫女……」
大臣の説明に環は関心して舞台に視線を戻す。舞台に馳せ参じる女役は中々の麗人だった。音が聴こえぬ故に何を語っているのか分からない。しかしその所作、その振る舞いだけで何となく何が起きているのかが見て取れた。演出が良いのか、役者の腕が良いのか。舞台の小道具類も助けになっているのやも知れぬ。
「遠く昔。国の不徳に天は怒り、その身を曇天に隠しました。地より光は失われ、毒を含んだ雷雨が豊かな土を腐らせて流しました。嵐が起き、津波が起き、地を震わせました。闇が強くなり、魑魅魍魎共が跋扈しました」
「それって、もしかして……」
「歌舞伎の演目の定石ですな。直接御上を非難は出来ぬもの、時代を変え、場所を変え、演出を変え、言い訳の余地を作る下々の民の知恵です。上に政策あれば下に対策あり、という事ですな。例えば奴隷王朝、例えば幕府……悪役に朝廷を据える事は出来ずとも仮託は出来る」
「……」
環は大臣の言わんとする事を察していた。やはりこの物語の舞台は人妖大乱だ。
人妖大乱……今より五百年前に生じたという扶桑における最大の乱である。後にも先にも朝廷が存亡の危機に陥った唯一の事態。どんな田舎の者達でも知っている。文字を読めぬ者ばかりの村ですら、口伝で、民謡で、深くその心に焼き付いている。そして、それを終結に導いた締め括りも……。
「巫女とは元来神への生け贄です。そのためだけの存在。遠く昔は旧都の社にて、純血にして純潔の素質ある乙女らが箱入りにて育成されていたとか」
老大臣が物語る。舞台の上では煌びやかな巫女が仲睦まじく貴人の守人と戯れている。それは遊宜以上のものが伺えた。恋をする乙女の瞳だ。それは許されぬ所業だ。兵共により引き裂かれる二人。手を伸ばして、しかし届かない……場面が変わる。民草が飢えに苦しむ様がおどろどろしく演じられる。
「……大乱の首謀者は知っておりますな?」
「……はい」
環とて知っている。知っていて口には出さぬ。妄りに口にして良い名ではない。名にはそれだけで力が宿るものだ。そのものを、そのものを騙る良くないものを招き寄せる。
「アレは誠に賢き柱でした。有象無象の怪物とは違う。人を理解し、その上で遠大に策を練る。力や権能のみを頼みに暴れ狂う獣共とは一線を画していた。人を飢えさせ、人を病ませ、人を争わせ、人を惑わし、人をひれ伏させる……官軍は敗退に敗退を重ねました。追い詰められて尚、纏まり切れなかった。央土に足を踏み込まれ、挙げ句都の目と鼻の先まで押し込まれたのです」
まるで見て来たかのような物言いは、しかし眼前の歌舞伎の演目と合わせると環は違和感を感じなかった。脳裏に過るのは当時の情景である。暗黒の時代……鮮明に明瞭に、現実のように想像が過る。
「……其処に巫女が礎となった」
環は自然と呟いた。悪大臣に指名された巫女の乙女が己の運命に嘆き悲しむ場面が演じられていた。演技とは思えぬ嘆き様。果たして、かつての光景は如何程であったか……。
「清らかなる巫女がその身を贄として彼の存在を落日させた。天に二日は無し。彼の存在を日没させて、人の『朝』廷こそが天を統べた。理外の時代を終わらせて、人の時代をもたらした……」
「人の、時代……」
「さて、環殿。この伝承、些か抽象的な語り口とは思いませんかな?」
「んっ?あ、え、えっと……?」
牢から抜け出した美麗な貴人が巫女を連れて早馬で逃げ出してた。愛する人を抱き締めて追手から隠れる様に何時しか心奪われていた環は、大臣から振られた言への返答に詰まってしまう。ばつの悪そうな苦笑いを浮かべる環に、やはり朗らかに大臣は笑い返す。
「女子らの人気も高い台本ですからな。それも此度の役者は飛びきりの千両役者、見惚れるのも無理はありませぬか」
「お恥ずかしい……その、言い回し、ですよね?えっと……日没、ですか?日没、地に没して、それだけ?それだけで、終わり?」
環は朧気に、己の知り得る知識のみでその不自然さに気付いた。大臣は頷く。
「日は堕ちようとまた登るもの。神は伐たれても代変わるもの。本来は。では彼のものは今何処に?」
「巫女の犠牲……封印して、埋めた?だから、地に堕ちる?」
「巫女の内を監獄として、ですよ」
「監獄として、何処に、堕ちた……?」
「ここに」
「ここ……?」
大臣が床を指し示す。環は困惑して下を見つめる。 何を意味してるのか分からず困惑する。
「えっ……?っ、わっ!!?」
直後、感じ取ってぞわりと身震いした環は反射的に浮き足立っていた。姿勢を崩して直ぐに尻餅を着いていた。走った訳でもないのに心の臓の鼓動が荒々しく躍動していた。深く溜め息を吐き出す……。
何か、足下に、地下深くにその巨大な気配を感じてしまっての事だった。どうして今まで認識出来なかったのか信じられないくらいだ。額より冷や汗が流れる。
「驚きましたかな?」
「は、はぃ……まさか、いや。本当に?この下に、いるのですね?その、あの……」
「正確にはここにも、です。都の地下深くに特別の監獄があるのです。人々の住まう町の真下に。霊脈の神髄が剥き出した強大な鍾乳洞がありましてな。その地下空間の一角を監獄として利用しているのです」
「そんな事が……」
チラチラと、一度自覚してしまうと無視し得ぬ何かの存在感に意識が向かいつつ環は大臣の言を聞き取る。
「扶桑が都に優先してあらゆるものを持ち込む所以の一つですよ」
「えっ……?」
知ったばかりの事実に緊張して混乱していた環に、その言が続け様に叩きつけられる。大臣は冷笑する。
「蛍夜の郷も神格を祀っておりましたな?あれら各所にて祀られる土地神が、しかし元は封じられし柱である事は知ってますな?」
「は、はい……それは、もう」
環は故郷を思い起こして肯定する。故郷で巫女の真似事をしていた身である。全て分かってはいる。故郷の『清水富土蛍神』は封じられし自然神であり、その気を絞り取りて土を肥やす。養分として四季折々の実りをもたらす……尤も環は本気で感謝の祈りを捧げてしまう所があるのだが。
「彼の者を封じた時は違いました。アレは有象無象の雑多な神格とは格が違いました。巫女の身に閉じ込めて格堕ちさせても尚有り余る力……あれをそのまま土に埋めれば央土の霊脈と一体化し何れ簒奪してしまっていたでしょう」
「それが……都と何の関係が?」
「都の民草は霊気を消耗させるための重石なのですよ。気が混じり合わぬように……実の所、都の霊脈の神髄より溢れる気の大半はアレを封じる結界の燃料として使われております」
それはある意味で天地がひっくり返るような暴露だった。環は馬鹿みたいに口を開けて唖然として……必死に次の言葉を紡ごうとする。
「そ、それって……?」
「この一帯のあらゆる実り、あらゆる豊か、あらゆる恩恵は、全て彼の存在より濁流のように溢れ出す神気によりて贖われているのですよ。都の民の放蕩は全て、彼の存在が力を蓄えぬようにする政策の一環なのです。我々は、彼の存在の恵みにて生きている……」
明かされる事実に、環は言葉すら出て来ない。いや、封じた御柱を礎とするのは故郷と変わらない。本質的には変わらない。しかし……其処には巫女の人柱がある。
未だに巫女を踏みにじり、その犠牲の上に民草は享楽している。そしてその民草の享楽すらも朝廷にとっては……理屈は分かる。分かるが、言い様のないおぞましさを環は感じざる得なかった。
犠牲と欺瞞。朝廷の繁栄の歴史はその上にある。これまで環が目の当たりにしてきた不正と怠慢と虚栄もまた、その延長にあって……。
「……時に、貴女の力についてですが」
「っ!?」
世間への怒りと不満に沈んでいた環は、しかし大臣のその問い掛けにより心を抉られた。己の罪を白日に晒された気分となった。先程までの心中での糾弾を即座に恥じる。
己が先日犯した取り返しのつかない過ちを思い、吐き気が汲み上げて来る……。
「……大丈夫ですかな?お顔が悪いですが」
「いえ。……己が恥知らずと思いまして。その、僕の力は……」
「先日の事でしたならばお気になされるな。金銭的な補償は私がしておきました。腕を喪う覚悟は元より承知の務めです」
「ですが、僕は……!?」
味方の、仲間の腕を喰った。そしてその己は罪に問われず、その事実が知られてすらいない。それは環の道理に合わなかった。正しい罪には正しい罰を……己はそれに反していた。己もまた、朝廷と同じ穴の狢だった。正しくどの面下げてであった。
「……」
「あ、その、すみません……」
一瞬の静寂。環は己が声を荒げ過ぎた事を謝罪する。目の前の大臣には恩義はあっても欠片も詰る道理を環は持たなかった。己の八つ当たりだった。正に未熟。余りにも未熟だった。
「……先程お伝えしたように、朝廷には多くのひた隠しにして来た秘密があります。多くの、秘術があります」
歌舞伎の演目は貴人の青年と巫女の決別の場面だった。必死に説得する若者と、務めを果たさんと戻らんとする巫女の激しい慟哭の語らい。それを遠い眼差しで見つめながら老大臣は語っていく。
「貴女のその力は確かに危うい。しかしながら朝廷もまた危険な力、知識、技術をひた隠しております。貴女が己の力を疎む必要はありませぬ。寧ろ……貴女にとって、朝廷の秘部は望ましいものかも知れません」
「望ましい……?」
「えぇ。貴女が後悔しないために」
左大臣は環をじっと見据える。その心中すらも見透かすように。眼を細めて見続ける。緊張する環は、思わず背筋を正していた。胸を張って、肩を竦めて気負う。
「人による人の国として、人の道に削ぐわぬとして、多くの知と技が禁とされました。しかしながら毒とて使い方次第で薬となり得る。封じられた知識を使えば貴女の力の正体、それを完璧に統べる事も可能かも知れない」
「完璧に、統べる……」
「えぇ。いえ、それ処のものではない。禁の知はそれこそ超常のものもあったといいます。刻を征して、運命を操り、喪われた身体を取り戻し、死した命すらも黄泉返らせる可能性も……」
「だけど、それは……!」
大臣の語る禁の知に興味を抱きつつも、しかしそれは人の道に逸れる許されざるものだと環は察していた。何かを得るためには何かを喪うものだ。代償なく 犠牲なく大臣の語るものを得る事は出来るとは思えなかった。
「勿論、その通り。ですが……貴女の内の力を使えば?」
「っ!!?」
「禁の知で以てその力を統べる。同時にその力を以てすれば……貴女は既に霊脈の一部を食らった。数多の草木の、虫の、獣の命を食らった。貴女の怪我が早期に治癒したのは恐らくその還元。そしてそれでも尚貴女の内には未だに膨大な生気が貯まっている筈です。違いますかな?」
「……恐らくは」
環は大臣の言わんとする事を察する。同時に思い出す。己の力が初めて発動した時の事を。彼と共に、白い蜘蛛に祈り、友を救った事を……。
「貴女は既に命を食らった。今の生き方を続ければ、妖との戦いも重ねるでしょう。それらの生気を、禁術の代償とすればあるいは……世にために有用に使えるかも知れません」
「……!!」
それは光明に思えた。疎み憎んでいた己の力で皆を救える可能性を見た。大臣の語る可能性、それが実現すれば己の食らってしまった腕を返せるかも知れない。救えなかった人々を救済出来るかも知れない。これから誰かを取り零す事も防げるかも知れない。友の兄を黄泉返らせる事も、そして……あるいは彼の事も、零ではないと、思いたい。
「……その知識は、学ぶ術はありますか?」
恐る恐ると、環は問う。希望を、期待する。
「……今の陰陽寮では無理でしょうな」
しかし、希望はいとも簡単に打ちひしがれる。深い喪失感に環は表情を強張らせた。そして、必死に縋り叫ぶ。
「っ……!?その、陰陽寮で成功しても、ですか!?例えばり、寮の、頭となっても!!?」
「残念ながら、禁の知識は寮頭でも容易に閲覧は出来ぬ法なのですよ。今代も前代も、禁を禁と定められぬ時代を生きた者故に知識としては知っておりましょう。しかし誓約にてそれを執り行う事も、ましてや教える事すら禁じられております。書庫の多くの禁書もまた呪われています。公議の全会一致無ければその閲覧すら許されませぬ」
「……そん、な!!?」
見えた希望はまた遥か遠くに。環は落ち込むしかない。そして微かに抱く。苛立ちを。憎しみを。何に対してのものなのか、環は理解しかねていた。いや、認識すら出来ていなかった。
「……」
絶望に打ちしひがれる環を観察して、心に仕込み続けていた負の種が小さくも、確かに芽吹いたのを大臣は確信した。
「貴女に、与えたい務めが御座います……」
そして嘯くのだ。新たなる任を。
彼女を一層深く深く失望させるための道筋を……。
ーーーーーーーーーーーー
俺の人を逸脱しつつある聴覚は、その足音が近付いて来ているのを察していた。どから彼女が入室するよりも先に既に視線をそちらに向けていた。
『むっつりが来たぁ』
微かに軋む音と共に床を踏みつけて、仏頂面の彼女が姿を現した。
『太ったぁ?』
「下人、報告が……おや、お取り込み中でしたか?」
「いえ。……大丈夫、もう終わりますよ」
『(。-ω-)チュルチュルチュル(;゜∀゜)ジュンバンマチヨイモウトヨ!』
『糞蜘蛛めぇ』
鍛練場での餌やりタイム最中の、松重の孫娘の参上であった。続くように馬鹿げた蜘蛛の宣言が続くのは辛うじて無視する。牡丹も同様に何か突っ込みそうになるのを堪えて咳払いする。冷たい眼差しで此方を射貫く。
『疼いてる』
「精が出ますね。その姿、また鬼月の二の姫と汗だくになってたので?」
「いや、言い方ぁ!!?」
『だくだくの汗を舐めてたよぉ』
蔑むような眼差しへの必死の突っ込みであった。確かに彼女とはもう色々そういう関係ではあるし、今の俺は褌一丁に上着を来ているだけで汗臭いかも知れない。しかし決してそういう訳ではなかった。鍛練場で始める性癖はないし四六時中腰を振ってる人生ではない。
『四分の一くらいだもんねぇ』
鍛練。そう、鍛練だった。先日の模倣体との一件以来、基礎のやり直しを兼ねて俺は激しく、徹底的に鍛練を重ねていた。彼女の簡易式と、彼女自身と、激しく鍔競り合う。彼女の必殺布陣の半分がお出しされた時は流石に降参したくなったけども時間切れまで許されなかった。鬼月葵という女はとても甘いがとても手厳しかった。熾烈で苛烈だった。ある意味で賢明で分別ある女だった。
『褥で掘り返されて躾られたいだけだよー?』
「首筋に噛み痕がありますけど?」
「…………組手の技ですよ?」
「ほぉ?精が出ましたね?」
「出てないですよ!!?」
『( ^ω^)ウフフ、アタタカクテアットホーム!』
『盗むな』
嘘臭げに、ジト目で見下されて俺は精一杯自己弁護する。あと馬鹿蜘蛛もほざくな。
『彼の家族は私だ』
……組手で組伏せられて柔らかさに顔面を埋められつつ噛みつかれたのも一応鍛練である。これが実戦ならば確かに窒息するか喉元を噛み千切られているのだから。他意はない。そのまま掴まれて弄ばれたの一応鍛練の範疇だ。だからそんな目で見るの止めよ!?
『私だけが家族でいい』
「安心して下さい。貴方が何れだけ乱れて爛れた生活に浸っていようとも私には関係ありません。貴方が役目を果たしてくれれば何れだけ乱行してようが気にしません。真っ当な鍛練よりも腰を振ったり飲んだりする方が効率が良いですものね?」
「勝手に納得して欲しくないんですがねぇ」
「では私の向ける視線に何らの故は無いと?」
「……負けました」
「素直で宜しいです」
『ヽ(;▽;)ノカゾクデケンカハダメヨ!!』
『叩いたり蹴ったりなんて良くある事よ?』
道徳的道義的敗北を受け入れる。因みに馬鹿蜘蛛は特製四重虫籠に突っ込んでおく『(*゜Q゜*)マダタベテルノォー』黙らっしゃい。
『御飯抜きも良くあるよねぇ』
「……相変わらず騒がしい虫ですね」
「寧ろどんどん調子に乗ってるくらいですよ。勝手に籠から脱獄して屋敷を散策してくれやがる。屋敷の連中が何て呼んでるか知ってます?『神子様』ですよ?」
「下手に信仰を集めるとどう変異するか知れません。女連中の躾はちゃんとして下さい。貴方の得意分野でしょう?」
「滅茶苦茶愚弄されてるような気がしますが……了解。それで、報告でしたか?」
『本当の事だから仕方ないよねぇ』
捲っていた袖を直して俺は彼女に確認する。コクリと頷いて牡丹は問い掛ける。
『滅茶苦茶濡れてやがる』
「良い報告と悪い報告。どちらからが良いですか?」
「……良い報告から」
「右大臣との接触が叶うかも知れません」
「やっとか。まぁ、当然と言えば当然かもですが……」
『安心しろよ』
顎を擦りながら俺は企てを思い返す。
『簡単には済まさない』
元々間に幾人も介在しつつも、謀の大臣殿とは繋がりと言えるものはあった。そも、俺が行方を眩ます事になった十薬家の案件にも間接的に大臣の意向はあった。
『油断したら死神が来るぜー』
俺個人を認識せずとも彼の大臣は陰陽寮頭、吾妻雲雀を通じて多くの退魔士に不正や怠慢、隠匿について巡回を通じての調査を命じていたし、だからこそ俺は十薬家の領地の違和感を察する事が出来た。そして寮頭と吾妻は俺の事情を知りつつ、同時に件の大臣から一定の信用を得ている人物でもあった。それが狙い目であり僥倖だった。
『死神以外も来るぜー』
鬼月家からの監視から逃れた俺は大手を振って行動をする事が出来た。それも葵や佳世の表の権力、そして松重の裏の人脈、双方から支援を得る事が出来た。たかが下人、たかが家人扱では不可能な大幅な選択の自由を手に入れた。
『全ての選択肢に呪いを掛けてやる』
個人の力にはどうやっても限界がある。権力者と誼を結んで組織単位、国家単位の財と武を活用出来れば越した事ではない。
『それで漸く同じ土俵だもんねぇ』
……細事ではあるが、吾妻と接触を図る過程で翁が相当渋ったために孫娘がその役割の大半を担う事になった事をここで触れておく。祖父の弱みを知れて若干ドヤッていた。
『ウキウキルンルンだったねぇ』
「因みに何処で接触する事になりそうですかね?」
「旧都が候補だそうですよ」
「もしかして、騙して悪いが……って感じですか?」
「それだけの覚悟を持てという事でしょう。御大臣が何処の馬の骨とも知れぬ、化物の因子混ざった小物と会うんです。こうもなりましょう。違いますか?」
『私も居るしねぇ』
俺の知る限り、もう殺す気満々であるとしか思えない予定地に対する、牡丹の正論を超えた正論だった。まぁ、そうなるよなぁ……。寧ろ、接触を許されただけ寛大というべきか。
『私も寛大だよ?』
「分かりました。……それで、悪い話は?」
「貴方の予言に従い式を放って下調べさせた地についてです。端的に言いましょう。空振りの連続でした」
「それはまた……」
『貴方のせいだね』
『闇夜の蛍』、その物語は大きく二つのルートに別れる。主人公様が都に向かうか、あるいは鬼月家本家に残るか、その最大の分岐は即ちイベントの半分に干渉不可能になる事を意味していた。
『沢山の貴方が動き回ってる』
マクロの視点から見た場合、優先すべきは当然都ルートである。かといって残留ルートもまた多くの曇らせイベント目白押しであり、単純に素通りさせるのは宜しくない案件もあった。
『あいつらが強化されてる』
葵や佳世は最早色々と極まっているために今更何か説明しなくても願いに応じてくれる。松重の二人に対しては俺の身体の有り様を建前とした。神格は世界に面として存在している。ある意味で刻と空間を超越している。俺もまたその一端に触れた結果部分的に未来を知覚している……嘘臭そうな視線を向けられたが一応の協力を約束した牡丹は俺の指示に従い取り敢えずイベントの舞台、関係者に向けて式を放ち様子を見に行った。そして確認したのだ。それらイベントが既に終了している事を。
『…変な虫もくっつけてるけど』
「封地の化物は何処ぞに消えて、盗賊の集落は壊滅、呪村は跡形もない。落武者の隠れ里も同様。寺院の宝物は強奪されてしまっていて、モグリが潜伏していた山小屋から逃亡済み、輪廻の大樹は燃え尽きた、か。……気味の悪いくらいに先回りされていますね」
「全く何も無いなら一から十まで貴方の妄想で済ませますが……中途半端にそれらしき痕跡があるのが質が悪いですね」
『どうせ最後は私が総取りするもの』
証拠の類を、報告を記した巻物を見せつけて行き、牡丹は舌打ちする。俺の妄言が事実であるのを認めるのは仕方ないとして、それらの根本的な処理、根本的な解決をする前に猿空間送りされている事……訳の分からぬままに宙ぶらりんになっている事は牡丹にとって座視出来る事態ではないのだろう。俺だってそうだ。
『気にしてないよー?』
己の存在が回りに回って勝手に厄介なものが死んでるなら、破壊されてるなら、それだけならばまだ良いだろう。しかしそんな都合の良いバタフライエフェクトな訳はあるまい。あるとしたら、それは都合の悪い方向だろう。ご都合主義よりも不都合主義がこの鬱々しい世界らしい。ましてや、偶然な筈がない。即ち……。
『いひひひ♪』
「一歩遅かったか……。あの糞亡霊辺りがまた何か仕組みましたかね?」
「十分有り得ますね。此方も右大臣殿との協力を急がねば行けません」
『簡単には会わせねー』
今の段階では五百年掛けて扶桑中に網を張り、左大臣が権力の中枢に居座っている救妖衆相手にどうしても先手を取られてしまう。此方も早急にRPGからSLGにジャンル変更せねばならなかった。
『私はナニゲーしてる?』
「……有り難う御座います。報告は、これだけで?」
「えぇ。……それと、貴方が化物共から提案された誓約ですが、此方を」
「うん?これは……選抜原簿?」
『あー、それ二徹して書いてたねぇ』
差し出された巻物の中身の見分して眉をひそめる。其処に連なるのは家名、そして人名だった。世間で知られる名、原作で知ってる名もある。そして大多数は知らぬ名で……。
『ちょいちょい一人遊びしながらねぇ』
「こいつは……」
「突発的に、緊急的に貴方が提案を受け入れる必要がある際にはここに連なる名の家、人物は最低限保護区への移送するのを要求して下さい。人界の未来を紡ぐための技術、知識、異能、その他の継承のためには不可欠です」
『定期的にヌカないと駄目なんだよねぇ』
牡丹の語るのは余りにも冷酷で冷徹で合理的な要請だった。
『澄まし顔』
「……あの提案を受けるのは論外でしょう?」
「当然です。そもそも連中にこの国を滅ぼす力があるかも知れません。ですが最悪に備える必要はあります。貴方がその時に選択した際、私や祖父が口出し出来るかも分かりません。ですからその原簿を記しました」
『ムッツリ』
髪を弄る。そして、蔑みを強めて牡丹は続ける。
『こーいう面して発散の仕方はエグいんだよ』
「あぁ、そうでした。貴方への飴もありますよ。最後の方は評判の良い姫や遊女の名も記してあります。バンバン人が現在進行形で食われる状況でしたら取り敢えず誓約時にその巻物の名のある者全員生かすように要求して下さい」
「飴って……」
『安心して。無駄だから』
また随分と下衆に見られているなと肩を竦めて落ち込む。
『こいつの全ては私が持っていく』
「最悪を想定しているだけですから気にしないで下さい。貴方が本当にその程度の人物なら今の状況に陥っていないでしょう?」
「褒められたのか貶されたのか、今のはどちらで?」
「さて。どちらでしょうか?」
「堪りませんね。……っ!?」
『おっとと』
立ち上がろうとした、よろける。頭痛がして、視界が揺れる。僅かに吐き気。これは……。
『頭から落ちそうになったぜー』
「足下が悪そうですね。血虚ですか?」
「これまでは問題なかったんですがね。あの野郎、どんどん吸う量が増えてやがる……」
「スクスクと濃厚な栄養で成長してますからね。その内貴方の体液全部啜り切るのでは?まぁ毎度アレに頼るせいですね。自業自得というものです」
「耳が痛いですね。だからこそ増やしたかったんだが……」
『ふぇいすはがーごっこぉ♪』
思い返すはもう一人の俺。俺のあり得た可能性。俺が殺した俺自身……。
『頬擦り~♪』
俺はあの一件をある意味で絶好の機会だと、棚から牡丹餅と認識していた所があった。模倣された俺の魂を回収しようと思ったのだ。
『拾えなかったねぇ~♪』
もう一人の己を自ら拵える……異常者みたいな行為に思えるかも知れない。しかし、手段を選んでいられないのも確かで、誰かを他人を犠牲にするよりはマシにも思えたのも事実だった。
『寧ろ増えたねぇ~』
今回のように吸血を代替させられるし、色んな役目を押し付けられた。手分けが出来た。届かぬ所に手が届き得た。あと俺が慈汁肥りする事もなかった。最近は飯の乳製品率が高くなっている気がした。勘弁してくれ……あぁ、貧血とダブルパンチで目眩が酷くなる。
『私の家族がたぁくさんになったぜぇ』
「……当帰、飲みますか?」
「当帰?血虚の薬ですか。また何で……いや、くれるってのなら貰いましょう」
『あ、その薬……』
古来より貧血、そして月の物等の薬として扱われていたそれを何故牡丹が持っているのか尋ねるのはセクハラというものだ。素直に好意を受け取る。他の霊草等も混ぜ込んで丸薬にしたそれを差し出されて、此方も手を伸ばす……。
『卑しいずぃ』
「……でか」
「はい?」
「此方の話です」
『モロ見しやがってよぉ』
腰を曲げて薬を差し出す牡丹は此方を見据えて何かを呟いた。残念ながら良く聞き取れなかった。
『頭ごりら姫かよぉ』
「あ、何か飲むものは……」
「水筒はありますが、あげませんよ?」
「ははっ。でしょうね……」
『南蛮女かよぉ』
年頃の娘からすればビジネスライクな相手との間接口吸は御免だろう。例え吸血してされた間柄であってもそれは必要故のもの。好意からの行為は別の話だ。
『事あらば下を見やがってよぉ』
「水は……いや、ここはもう覚悟を決めましょうか」
『洪水になりやがってよぉ』
水を御供させず唾液のみで俺は丸薬を飲み込む事にした。良薬口苦し……御免。やっぱ無理してでも水で飲むべきだったわ。苦っ。
『滅茶苦茶見やがってよぉ』
「うえっー……まっず」
「ふふっ。馬鹿みたい。薬が広がるまで立たない方が賢明ですよ。……悪い事をしましたね」
「……はい?」
『薬飲むの確認しやがってよぉ』
若干柔らかな苦笑。そして、突然の謝罪に俺は首を上げて首を傾げた。何だ、一体?
『時間稼ぎかぁー』
「急に、どうしたんです?」
「先日の一件の失敗ですよ」
「あぁ、成程」
『卑し過ぎぃ』
その説明で俺は彼女の言わんとした事を理解する。
『どんだけ欲しがりなんだよ』
「魂の回収なら此方も成功したら儲け物程度でしたから気にしないで下さい。世の中、上手くかないのは分かってましたよ」
『どんだけ腹ペコなんだよ』
模倣体の俺の魂の回収には色々マッド方面に手を出していた松重と十薬の面子にその多くの手筈を頼んでいた。残念ながら回収が叶わず、その事で御意見番を筆頭に彼女達は毒舌を吐き捨てられて俺が宥める事になった。あるいは牡丹なりに少し傷ついているのかも知れなかった。まぁ、ちょっとキツ過ぎる物言いだったからなぁ……。
『ババアガチキレだったもんねぇ』
「自分の魂の事で随分と軽い事ですね」
「自分の事だからですよ。俺以外の命ならこうはなりません。……そうだ。その」
「妹さんなら問題ありません。祖父が伝手で保護させました」
「それは安心です」
『赤ん坊ぷれいと』
本当に良かったと思う。あの御老公の家は翁と誼ある家でるという。右大臣家にも近い。絶対ではないが……鬼月家や左大臣家より遥かに安全であろう。
『お兄ちゃんぷれいと』
贅沢を言えば環も妹と共にあの左大臣から引き離したかったが仕方ない。糞蒼鬼に頼んだお陰で喰い殺された同僚はいないから闇墜ちゲージは然程上がって無いとは思うのだが。
『夫婦ぷれいし損ねたもんね』
何にせよ、牡丹のその報告は正に朗報だった。俺は松重の二人に土下座したいくらいだった。腎臓の片方くらいはあげても良いくらいだった。妹の安全のためならば安いものだった。
『腎臓は要らねぇってよぉ』
「別に要りませんよ」
「では心臓で?……いっそ誓約します?くたばった後は適当にバラして持っていってくれても良いですよ?代わりに家族を守ってくれるんでしたらね」
『巾着袋の中身寄越せってよぉ』
冗談めかして、しかしそれは割と本気の提案だったりもした。自分が天寿を全う出来るか、いや、一年以内に生きているのか、正直確信が持てなかった。最悪に備えるならば、アリな誓約に思えた。
『目付きで分かるー』
「そんなのは祖父と相談でもして下さい。少なくとも私は却下です」
「勿体ないですね。折角の貴重な素材を。それこそ祖父よりも自分で独占出来るでしょう、ぉ、ぉ……!?」
『全身に回って来たなぁ』
典型的退魔士の退魔士らしくない返答に苦笑して揶揄おうとして、しかし俺の言葉は途中から続かなかった。
『睡姦ぷれーい』
「お、ぉ、ぉぉ……ぃ!?」
『始まるぜぇ』
突如の強烈な眩暈。視界が揺れて、そして強烈な眠気に襲われたからだった。立ち上がろうとして、しかし寧ろ倒れる。否、正面から押し出されて倒された。
『目付きギラギラ』
「……強烈な物にしたつもりですが、やはり少し時間が掛かりましたね」
「ぼ、たぁ……?」
『滅茶苦茶頭の中桃色なってるだろー』
揺れて回転すらする視界に映る松重の孫娘の、その感情の起伏の乏しい表情を見上げる。
『上面取り繕い切れてないぞー』
「どう、し……なにぃ、をぉ?」
「安心して下さい。毒の類ではありませんよ。ちゃんとあれは血虚の薬です。単に睡眠作用のある薬品も混ぜ込んでいるだけです。まぁ、薬も過ぎれば毒となるもの。致死量に近いですが貴方相手ならばこれくらいで丁度良いでしょう?」
『勝ち誇った面構え』
淡々と牡丹は嘯く。まるで悪びれる様子もなかった。否……その吐息は少し荒くなっている?頬が火照っている?虚ろな瞳……風邪?分からない。最早分かりようがなかった。そんな余裕はない。
『俎の上の魚だねぇ』
牡丹の状況を認識するのは困難になりつつあった。自身の視界がぼやけて来ていた。視覚だけじゃない。耳も、鼻も、皮膚の触感すら少しずつぼやけて来ていた。薬が全身を巡る感覚を感じた。力が入らない……!?
『つまり私も遊びほーだい♪』
「な、なぁ、ぜぇ……?」
「何故、ですか?それは……それは、此方の台詞なんですよ!!」
「っ!!?」
「あああっ!無自覚っ!!濃いんですよ!中途半端に前戯で終わらせるから!だからっ、こう、こんな事に、なる!!吸血で我慢しようと思ってたのにぃ!!」
『エグい臭いだもんねぇ』
直後に牡丹は俺の褌を引き剥がした。俺の物を晒し出した。鼻を鳴らして嫌悪感丸出しで、そのまま己の装束も手にかける。陰陽装束を恥ずかしげもなく払い脱ぐ。そして見せつける。その下の出で立ちを。
『しゅーるすとれみんぐ並みの濃さぁ』
腰から生えた羽が豪快に打ち広げられる。魔の者の翼だった。臀部より生やした蛇のような真っ黒い尻尾が鞭のように床を叩く。それは良い。それは知っている。問題は下着だった。
『生き恥だぁ』
「な、にぃ、……そ、りぇ?」
『生き恥拘束着ぃ』
ぼやけた輪郭でも何となく理解出来た。病み上がりのような華奢で薄い身体。それに纏うのは照り輝く真っ黒い艶のある布地と紐、鎖の組み合わせ。縛るようで拘束するようで、そして妙に肌色の比率の高かった。
『貞操帯まで完備ぃ』
サキュバススーツ、そんな馬鹿みたいな単語が脳裏に過った。
『無いとヤりたくなるもんねぇ?』
「此方は本能抑えるのにこの無様な南蛮拘束衣着こんでるんです!それを、此方の苦労も知らずに豪快に全身から臭わせて!下から猛烈に濃いのを臭わせて!!いっそ二の姫相手に全部抜いておいてくれればこんなぁ疼いたりぃぃ……!!!!」
『無様過ぎるぅ』
牡丹が叫ぶ。認識出来るようでその言葉を認識出来ずにいた。前後不覚状態。唯、とてつもなく怒っているのは分かった。怒り泣きしていた。内股になって腰をガクガク震わせているように見える。涎を垂らして声音も不協和音に反響しているように思える。
『無様さの次元が違うー』
これは……俺が、何かしてしまったのか?いや、これはそもそも現実なのか?
『幻術だったら良かったのにねぇ』
「え、あっ……うん、と。その、わ、わるぅ、いぃ……あ、謝る、よ……?」
「じゃあっ!こんな身体にしてくれやがった責任取って下さいよぉ……!!」
「う、ぎぃ……!!?」
『養育しろって事かぁ』
怒鳴られたのは分かった。同時に視界を塞がれた。目の前が真っ黒になった。頭にズシンと重さを感じた。湿り気と猛烈な臭気が鼻孔を通り抜けた。何がどうなっているのか分からない。今俺は何をされている!?
『ふたつともえされてるよー』
「糞、糞っ!?臭っ、濃い、濃っ!全く、こんなのを無自覚に!こんなに格好よ……あからさまに屹立させて!溜め込んで!その癖無自覚な面でぇ!!?誘ってくれやがりましてぇぇ!!?」
「ぅ、お、ぉっ!!?」
『棒と袋の同時攻撃!』
思考が眠気で訛り良く分からない。唯下半身に凄い衝撃を感じた。前から握られるようで、後ろからも突き刺された気がした。海老反りして痙攣した。痛みを感じて、同時に多幸感を感じた。無様な声を出していた。意味不明だった。
『手捌きエグいねぇ』
「臭っ!臭っ!こんなっ、……!!好きなにお……もうっ、どうして私はこんなモノを素手で!!?剥いてぇ!!ゴクッ……美味しそ……あああああぁぁぁぁ!!違う違う違うぅ違いますぅ!!?」
『蕩け顔しやがってよぉ』
明瞭としない。しかし音調で分かる。衣と共に理性も捨ててしまった剥き出しの罵倒だった。しかしそれを放たれても怒りは感じない。
『娘が御飯ねだってるだけだもんねぇ』
唯唯、罪悪感だけを彼女に抱く……。
『懐から護謨袋がたくさぁん』
「ごっ、ふぅ!!?ぃ!!?」
「そうだっ!?これは業務!これは、補充!!?あとで、精製すればいいっ!!寧ろ公共の福祉!!?こんな臭いぶち撒いて!!私はっ!悪くないぃ!!」
『かぶせたー』
何か冷たい感触。下半身に締め付けられる感触。痛みを感じた。抗う術はなかった。
「そうだっ!そうですっ!!護謨越しだから大丈夫護謨越しだから大丈夫護謨越しだから大丈夫護謨越しだから大丈夫護謨越しだから大丈夫護謨越しだから大丈夫……!!!?』
『大分うっすい袋だけど大丈夫ー?』
何かを捲し立てる牡丹。これが現実か分からなかった。あるいはもう半ば夢を見ているのかも知れなかった。
『破れ易くなる呪い掛けとくねぇ♪』
『ああぁ!!もぉっ!!私のためにっ!たっぷり薬を精製するためにっ!護謨を使いきるまで搾り出させてやりますっ!!覚悟して下さい!!』
『咥えたくなる呪いも掛けるー♪』
意識が、完全に遠退いていく。五感はもう完全に消えていた。眠る。眠る。眠りに墜ちていく……。
『面白い事になるだろうねぇ♪』
『お前のせいで成った淫魔の腕前で、イってしまいなさいよぉ!!?』
『熟練の手捌きぃ』
きっとこの睡眠は心地好い夢心地だろうという確信だけは、寝落ち切る刹那に強く強く、抱く事が出来て…………。
『これが本当のとーにゅー、なんてぇ』
『……霊脈を通じてまたアイツが邪魔して来てやがった』
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『やぁやぁ。またお邪魔しているよ?』
「……は?」
気付けば楽土に佇んでいた。桜吹雪が魅事に舞い散り、朗らかな日射しに甘い薫風が鼻孔を擽った。夢のように現実味のない麗らかな世界にて、それは呼び掛けた。
『ふぅむ?……これはまた、君も随分と大変な運命に翻弄されているようだね?正直その無間の努力には同情を禁じえないなぁ。まるで賽の河原だ』
当然なように桜の木の下で縁台に腰掛けて団子を頬張る巫女服の麗人が其処にいた。麗人の皮を被った化物が目の前にいた。唖然としていると、此方を見つめ柔らかく微笑む。微笑みながら、頬杖をして、片目を綴じたその瞳が此方をじっと見つめて来る。まるでその魂を見透かし吟味するかのように……。
『折角の機会だよ。この夢界で暫し、語り合おうじゃないか?お互いに分かり合うために、ね?』
「……はは。マジかよ」
それは到底逃れえぬ、夢界における突然のラスボス様との邂逅だった……。