和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件 作:鉄鋼怪人
此方ナマズさんより妖イラスト、計三件です。生態等の考察もあるのは楽しくて興味深いです。
・魔風
https://www.pixiv.net/artworks/142362447
・跂踵
https://www.pixiv.net/artworks/142362540
・晨(化蛤)
https://www.pixiv.net/artworks/142716732
素晴らしいイラスト、誠に有難う御座います。
『残念ながら前回は直ぐに追い出されてしまったから碌に親睦を深める事も出来なかった。改めて挨拶するとしよう。私は君の知る所で言う所の「らすぼす」だ。扶桑人の語り継ぐ所の「空亡」。嘗ての大乱の、そして今の世を暗躍する所謂「救妖衆」の首魁だよ。……外見はこんなに可愛らしくなってしまったけどね?』
とんでもない内容を平然と語りながらの自己紹介だった。此方に向けられる透き通るような瞳に悪意も敵意もなかった。唯関心と感心のみが其処に込められていた。蛍夜環と名付けられた少女と瓜二つとしか言えない風貌の存在は、手元の串団子を食べ終えると足を組んで頬杖をして、此方を改めて見据える。
その仮名を『空亡』。『闇世の蛍』における実質的なラスボス。その由来は百鬼夜行絵巻の最後の頁に記されたあらゆる妖怪共を斥けたモノ。誓約によりて堕ちた日の御柱。巫女という枷を嵌められた封神。人を理解せんとして、全てを救おうとして、蛍夜環という運命に翻弄された者を憐れんで、そして……。
『さぁ、何時までも其処に立ってないで座りなよ。流石に足が疲れるだろう?この夢界はそのように設定されてるからね』
「っ!!?」
鮮やかに桜吹雪が舞う夢界にて、やはり平然と語りかけるその者、あるいはその物に俺は我に返り、そして口に出来る言葉もなく絶句するしかなかった。よもや、このような状況に陥るなぞ想像すらしてなかった。
(否。俺が軽率だったか……!?)
愚かだった。一度、瞬間的にとは言え接触して来ていたのだ。接触して記憶を抜き出して来たのだ。再度の来訪は十分にあり得る事態ではなかったか。寧ろ此方の見通しが甘かったとしか言えない。葵達には屋敷の結界諸々について見直しを頼んでいた筈だが足りなかったか?
……いや違う。これは奴の力だ。
『……ふむ。梦恵、悪いけど縁台を一つ頼めるかな?どうやら彼は此方に心を開いてくれないようだからさ。どうやらお隣というのは気が向かないらしい』
『まぁ当たり前でしょうなぁ。人と言うものは他者に対する信用と信頼を疑うものです故』
「っ……!?」
巫女を纏ったそれが残念そうに呼び掛ける。足下で皺嗄れた声音が返事した。足下を見て、息を呑む。それはまるで最初から其処に居たかのように自然に存在していた。
丸々で小さかった。鼻を嚔でもするかのように震わせていた。ぷりぷりと張りのある柔らかそうな肉感の可愛い可愛い黒い小豚だった。ミニ豚だった。マイクロ豚だった。黒豚だった。何処ぞの牧羊豚染みたつぶらな瞳が愛くるしい。擬態の欺瞞だった。俺はその正体を知っている。
『そう警戒してくれるな。儂が主に対して物理的に何も出来ぬのは知っておろうて?……儂は所詮この泡沫の世界を弄ぶ事しか出来ぬ哀れな哀れな存在よ』
いつの間にか腰かけるのに丁度良い縁台が安置されていた。その上にトテンと尻餅でもしたように座るチビ豚を装う怪物。豚鼻に前足をやって愛嬌ある笑みを浮かべている。夢の世界の支配者は同じ目線に立って口元を歪ませる。
「……何が哀れな身だよ」
その物言いに、俺は縁台の小豚を掴み上げる。そしてそのまま容赦なく振り被って放り投げた。それは暴挙ではなくて、動物虐待でもなくて、弱者による細やかな抵抗でしかなかった。
投擲されるがままに、何処ぞと知れずまん丸に丸まって宙を舞う小豚。お空を飛んで、飛んで、飛んで……いつの間にか当然のようにそれは蛍夜環と良く似た外見の存在の手中にあった。抱かれて撫でられていた。まるでペットのように。抱き枕のように。可愛がられて気持ち良さげに目元を細める豚。
『ふむふむ。中々の感触だね。プニプニしててモチモチもしている。相変わらず癒されるねぇ』
『我らが主君にそのようにお褒めに与り、光栄で御座いまする』
そして当然面での巫女服と豚の会話である。あり得ない事だ。明らかに豚が其処にいる筈がなかった。全く関係ない方向に放り投げていたのだ。確かに空高く投げられた。巫女装束の怪物がキャッチした訳でもない。なのに気付けば其処で愛玩されて愛撫されている……。
「……ははっ。成る程、これが夢幻。これが夢界か」
原作での描写と眼前の光景を結びつけて、唯唯乾いた笑いが漏れ出る。諦念の冷笑だった。
救妖衆の最高幹部。連中のボスの右腕とも言える存在が人語を宣う豚の正体だった。夢を生き、夢を統り、夢を食う妖、『獏』。個の名を梦恵。大乱の時代から五百年に渡り暗躍しつつも朝廷がその存在すら把握出来ず、原作でも退治不能であった飛び切りに厄介な魑魅魍魎である。そしてこの場所はその夢妖怪の十八番とも言える権能の所業であった。
……そして、巫女という枷に閉じ込められて大幅にその力を減じている筈のラスボス殿が封印されている中でもこうして俺の所に二度も来訪出来ている理由でもある。堕ちた故に夢を見れる。封印されようと夢は見れる。夢の中はこの右腕の独壇場だ。
『止して欲しいの。そんなに不相応に持ち上げられてもむず痒くなる。別に特段驚くものではあるまい?御主もこれと似たような物を以前作っておろう?』
「お前さんのと同列に扱ってくれるなよ。あれは似て非なるものだ。儀式と信仰を合わせて有限の代物だ」
優しく撫でられて気持ち良さそうに欠伸する豚の言に、俺は即座に反論する。恐らくは屋敷で神格擬きとなって夢現を繰り返していた事を言ってるのだろうがあれはこの世界とはまた微妙に性質は違う。ある意味では、あんなものよりもこの夢界の方が余程恐ろしい。何せ……。
『私の坊やに何をするつもりかしらあァァァアッ『ちっと静かにしてくれんかの?』あれぇ~!!?』
突如巫女服と豚のセットの背後に出現したのは禍々しく変容した怪物姿で猛り狂う自称母親殿だった。そのまま巨大な顎を裂け広げて襲い掛かろうとしていた。次の瞬間にはいつの間にか裂けていた地の亀裂に没シュートされる。底無しの奈落へと堕ちていく。
『わー、覚えて下さいねぇー?母は強し!何度でもよみが『では去らばですじゃ』うきゃん!!?』
パクン、と。広がっていた亀裂がプレスするように塞がる。妖母は、あるいは妖母因子に籠められた地母神の分霊は、この夢の世界から強制退場させられた。グチャッとされた。言の葉を諳じる事での世界改変は許されなかった。
『流石というべきだね。君の夢界で背後に突然現れて来るなんて。それに……これは排除し切れていないね?』
『お恥ずかしながら。我が如き権能では暫し退席して頂くのが限界ですじゃ。流石彼の地母神殿ですな。己の得意分野でもありませぬでしょうに……』
そんな事を何処吹く風で語り合う二柱。その光景は、しかし俺からすれば驚愕物の戦慄物だった。俺は己がまさに生殺与奪を握られているのだと分からされる。予測も予想も出来てたがここまでとは……。
夢を支配する……夢は無限だ。無限に時間を引き伸ばす事も、無限に痛みを味わわせる事も出来る。刹那の睡眠で人を精神的に廃人にする事すら抱かれる夢の怪物には可能なのだ。そして妖母因子に宿る神格は俺の精神におけるある種の対外的な安全弁、免疫である筈だった。それを易々と封じられては、ましてや俺なぞにどうして対処出来よう?
『おっと、勘違いしないで欲しい。私達は君に何ら危害を加えるつもりはないよ。言っただろう?あくまでも、私は君と分かり合うために獏にこの場を用意させたんだ。……それとも鵺は君を勘違いさせるような不快な事を語ったのかな?』
『あれは人の心がありませんからなぁ。一定の利も理もあるが顰蹙を買い過ぎる。やはり遣いには不適格だったのでは?』
恐怖と不安、危機感に追い詰められる俺に対しての二柱の温度差のある発言。やはり其処に悪意はなく、敵意もなかった。寧ろ積極的に誼を結ぼうという雰囲気すらあった。特に巫女装束を着込む、人のように振る舞う柱はあからさまに。そしてそれは擬態でも演技でもなかった。何処までも友好的で寄り添わんとする態度……。
(はっ。友好的、ね……)
それを俺は良く知っている。こいつは主人公様に対してもそうだった。この柱はそういう存在だ。人に対して敵対しているつもりもないのだ。そして理性的で理路整然として、相手に配慮もした言の葉は一見すれば妖母と違って話が分かる存在のようにも思える。思えてしまう……。
神格は所詮神格である。何処かが致命的にズレている。だからこそ妥協と救いの提案にストレスゼロで愛護精神満載の人類家畜化計画なんて案件をお出ししてくるのだ。……オレオマエマルカジリなんてのがデフォな魑魅魍魎の中だとそれでもかなり紳士的に見えてしまうのは本当にバグだ。
『うん。其処については反省しているんだ。この枷に嵌め込まれて封印されてから、梦恵や、鵺に頼んで沢山対話したし、調べたし、観察もした。人の価値観について頑張って学び直したよ。……確かにアレは少し急進的に過ぎたのかもね。もっともっと段階を踏むべきだった。人々を動揺させて戸惑わせてしまった。本当に悪い事をした』
「……やはりお前さんには人の心がねぇよ」
反省の仕方はやはりズレていて、愚弄する俺はしかし遂に観念する。用意された縁台に座ってラスボス殿と相対した向き合う。どうせこの夢からは逃げられはしないのだから。
『ふふふ。有り難う……と言うべきかな?理性的で助かるよ』
「要件は何だ?妖母の奴は戻って来るんだろう?グダグダと長話をする暇はない筈だ」
目覚める事が出来た後の対策を考えながら、俺は本題を急かす。ある種の開き直りである。コイツらが何を考えているのか、聞き出せるだけ聞き出したかった。
『他愛ない雑談も相互理解の大切な過程だと認識してるんだけどね……まぁ、無理強いも良くないね。分かった。時間的制約は事実だからここは簡潔化して話そうか』
少し残念そうにしながら、そして夢界らしくいつの間にか手元にあった湯呑を呷る。何の本物もない夢の癖に緑茶の深みある風味が漂って来ていた。
日柱は味わいに頷く。そして足を組み、腕を組み、語りかける。
『君の存在は大変興味深い。君はこの世界の行く末を、数多ある分岐する末路を認識しているね?それも外部から観測する形で、だ。そして……私の最終的な目的も、知っているんだね?』
「妖と神格の救済だろ……と言っても騙されんか」
建前を口にして、しかし直ぐに騙されんだろうと惚けるのは止める。明言せずに認める。
『ふふふ。だろうね。君の識るそれは文字通りの神の目線からの観測だからね。しかも私はその物語か演目でいう仇役、ならばその最終目標が語られないというのも肩透かしな話だろう?秘密は終盤に暴露されてこそ盛り上がるものさ』
巫女の風貌でクスリと笑う日柱。邪気はない。しかしながらそれが自白して肯定するのは裏切りであった。己に付き従う魑魅魍魎共への、裏切り行為……いや、それもまた微妙に違うか。
『一応擁護しておくと、私は自分に付き従う彼ら彼女らを蔑んでいるつもりも、利用しているつもりも、ましてや騙してるつもりもないよ。私は皆を愛している。慈しんでいる。憐れんでいる。皆の未来を望んでいる。ただ、私は人々も、いやそれに囚われない。森羅万象の全ての命を救いたい。ただそれだけなんだよ』
『我等が主君よ……』
まるで遠く遠くを、遥か彼方を、遥か過去を憧憬するように。抱き締める豚をモチモチしながらの上の空のように虚空を見つめての堕神の誠心誠意の語りであった。
「……」
それの意味する所を俺は知っていた。その最終的目標の前では手下共の望みも、俺への提案も段階の一つに過ぎない。そして……原作において蛍夜環の持つ「力」へ強い関心を示す理由でもあった。主人公の持つ力は、その本質は兎も角その効果は目標に合致していたのだ。
そして、それを今この場で俺に語る理由は……成る程、そういう事か。
『その目付き、合点がいったようだね?じゃあ尋ねよう。君の知る限り、私の目標が果たされたとしてそれによる想定外の事態は起こったかい?』
「あぁ。凄く凄く後悔するぜ。諦めてこれまで同様に地下でふて寝しとけ」
『ふむ。君の知る限りの観測出来た世界線ではそういう描写はないと。……有り難う。少しは安心したよ』
「ちっ!!」
心を読まれたのか、単に心理学的な要因か、訳の分からぬ何らかの力によるものか。何にせよ、日柱は己の懸念を一つ解決したらしかった。空亡は己の目標が想定外の末路を辿るのを恐れていたようだった。俺を通じて怪物は己の方針の正しさに自信をつけたように見えた。敵に塩を送るとはこの事だ。糞が。
「……最高位の神格は世界に面として存在しているんだろう?現在過去未来、分岐した世界すら纏めて認識してるそうじゃねぇか。だったら俺にそんな事を聞く必要なんざ無いんじゃないのかよ?えぇ?」
『……知っての通り、今の私は力の大半を枷に封じられているからね。それに、世界に面として存在しているからといって全知全能で知覚出来てる訳じゃない。それが出来るならば討伐されたり封印される神格はいないよ』
……語る所によれば現世に存在する実体らしきものは端末に過ぎないと言う。
『そうだね。君に分かりやすく語るとすれば……てれび?を沢山同時に見ているようなものだよ。瞬間瞬間、現在過去未来、そして無数に分岐する運命、それらが流れ込んでいるのを同時に見ているようなものだ。余りにも膨大過ぎる量だよ。一つ一つに目をやって把握するのは一苦労だ。目先の破滅を回避しても別の破滅がその先に待っている事もあるしね』
「何もかもが見えていて情報が完結しないと?」
『あぁ、その説明は結構上手いね。低級の神格が動物然としてる理由でもある。情報の濁流故に自我と言えるものすら押し流される。世界を面で見ていてもそれを認識できない。瞬間瞬間に反応して、短期的な未来しか見通し切れなくなる。皮肉な話だけど、寧ろ堕ち切って存在として妖に近くなる方が世界との接続が切れて自我が明瞭になったりもするんだよ?』
俺が知る所、そして知らぬ所も含めて神格事情を語る堕神。楽しげに語る様は年上の近所の御姉さんといった風であった。まるで幼児に物事を教えるようであった。
「……成程。複数タイトルを同時にプレイしてたら個別の内容に思い入れなんざ無くなるものな?」
『ううん?まぁ、神格の苦労というものを理解して貰えたなら嬉しいよ』
此方の例えに、キョトンとしつつも笑みで応じる堕神殿。その表情の機微一つ一つが主人公様と本当に良く似通っていると思った。同時に俺はここまでの会話からとある仮説を抱く。
「……お前さんの慎重な立ち回り、実は結構綱渡りだったりするのかい?」
それは前世において界隈にて議論された考察でもあった。神格の性質、それに対して眼前の存在の異様なまでの用意周到さ、計画性、それらは酷く臆病にも思われたのだ。まるで何かを恐れているようでもあった。
『……そうだね。相互理解する上で、隠すのは不誠実だろうね』
一瞬だけ迷い、しかしながら空亡はそれを語る。
『例えば五百年前の大乱が無ければ、今頃とんでもない異能持ちが生まれて来ていて私を代替わりすら出来ないくらいに殺していただろうね』
「それはそれは……残念な事だな」
『とんでもない。その異能持ちが力に溺れてこの国の九割方を皆殺しにしていたんだよ?』
「……」
平然とお出しされるとんでもない爆弾発言に言葉を失う。だが、直ぐに其処に何等の根拠もない事に気付く。
「……口では幾らでも言えるからな」
『そうだね。じゃあ大乱がなければ有り得た他の可能性も語ろうか?存続した西方帝国……西方連邦が今から四百年後に扶桑に髄欠爆弾を投下して雑草一つ生えないようにしてしまう事とか。あるいは百年前に南方に進出した扶桑商人らが河童を本土に呑み込んで空前の大流行に陥るとかどうかな?あぁ、そうだね。巫女が愛に焦がれて国を贄とした大罪を侵してしまうとかもどうだろう?』
空亡は己の胸元に手を当てて飄々として嘯いた。何等の証拠もない、デマカセと一蹴出来てしまう戯言。しかし、こいつは……。
「俺への、自治権の提案もそれに当たる、と?」
『私は皆の幸せを……そうだね。己の欲望の贖罪として、せめて可能性と目標の範囲内での最大多数の最大幸福を願ってるんだ。勿論、地上に体現する程度の神格としての限界、この枷に閉じ込められた限界があるから観測には限度がある。ぱそこんのけんさく?と言えば良いのかな?それだって存在すら知らない単語は調べようがないだろう?君の存在で私は意識を向ける事の出来る世界線の幅が広がった。そして君を導く必要性も認めた』
パクリ、と。また夢らしくいつの間にか手元にあった串団子を食べる空亡。大豆餡の乗せた焼団子の一つ目を頬張り、二つ目を抱える豚にやる。旨そうに目元を細めるミニチュア豚。団子を食らいながら主君共々俺を『観察』していた。
「俺が何かをやらかす、と?」
『君の内には彼の地母神の因子が潜んでいる。アレは本当に恐ろしいものだよ。強制的に宿主を進化させて高次元化させる代物だ。その危険性は君自身、良く良く実感出来る筈だ』
「それは、な。だからと言って……俺がお前さんが例に挙げたような事態を引き起こすと?冗談だろう?」
完全に呑まれて暴走したとして、都に程近い佳世の屋敷である。都在住の腕利きの退魔士共に囲まれてボコられて終いではないか?
『君が女達に血肉を分け与えた際の形態はそんな冗談で済むものではなかったと思うけどね?それを否定出来るかい?』
空亡は最初に接触して来た時の事を、その後に贄となった娘らを産み直した際の俺の惨状を事例に持ち出す。恐らく、これまでで一番化物然としていた形態について指摘して追及する。
「……もう過ぎた事だ。もうなりたくてもアレにはなれねぇだろうよ」
『過ぎさせてあげた、と思わないのかな?私が介入してあげたお陰で無難に終わらせたとね』
「……俺がまたあんなのに成る機会があるとでも?」
『あるいは、君の行動が巡り廻って誰かに最悪の選択を……なんてね?』
「見えてるなら何がどうなってるのか明言して欲しいんだけどな?」
『余りネタバレし過ぎると交渉する上で私に不利過ぎるからねぇ』
それは遠回しの脅迫だった。俺の選択が不幸を呼ぶと、多くを犠牲にすると言外に警告する。
何処まで事実であるかも知れぬ。嘘っぱちかも知れない。無限に分岐する可能性の内でそんな運命が幾つあるかも分からない。もしかしたら殆どの世界線が外れなのかも知れないし、幾万もある内のほんの数筋かも知れぬ。何にせよ、これは揺さぶりだった。
「全部の未来を認識し切れない筈だろ?よくもまぁ、都合良くそんな世界線だけ見れるものだな?」
『そうだね。私の見た世界線だけが惨劇だったのかもね。それとも適当に見ただけでもそんなのに当たるくらい君の選択肢は外ればかりなのかも知れないね』
「……大事なのは選択肢だ。正しい選択だ」
『果たして、その返答は正しいのかな?』
何時しか、見事な桜吹雪舞う麗らかな春の世界は消え去っていた。見渡す。真っ白い空間に三百六十度、画面があった。
前世では古臭い、そしてこの世界においては影も形もない、そして見様見真似に表面だけ象ったような違和感あるブラウン管テレビ……それが敷き詰めるように積み重なっていて、俺と二柱を囲んでいる。
『何だこれは?』『セコイ真似を』『揺さぶりか?』『古いテレビだな』『パクリは止せ』『冗談ではないっ!』『ふざけやがって』『全く、何でもありだな』『番組を変えてくれよ』『どうせなら大画面液晶テレビが良いな』『これ以上のパロディは不味い』『俺をさっさとこの夢から寝覚めさせろ』
「……」
俺が発言しようとした瞬間に四方八方より鳴り響く俺の声音。若干くぐもった古臭さの残る機械音。俺は何を言おうとしていたのか、忘れてしまう。あるいは言わんとした事を既に言われてしまう。機先を制される。
『此れは私の視える世界のある種の婉曲的な表現だ。君もその内このように世界を見れるようになるだろう。いや、このままだとそのように見えてしまうようになるだろうね。そして絶望する。引き返せぬ分岐点に来てから未来を視ってしまう事に。己が既に詰んでいる事に』
『脅しか?』『何が言いたい?』『馬鹿馬鹿しい!』『彼方此方から煩いな!』『不愉快だ』『お前がそうするの間違いだろ?』『だったら抗って見せるよ』『お前と話す事はもう何もない』『SF滑りは禁じ手っすよね?』『お前だって全てを見れねぇだろうが』『せめて俺自身に喋らせろよ』
ラスボス様の忠告染みた脅迫。それに対する返答もまた、機先を制するように四方八方から勝手に。
……果たして俺はどの返答を口にしようとしていたのだろうか?
『君も分かっている筈だ。ここまで君は何時踏み外すと知れない綱渡りだった。君がここに居るのはその選択の可能性に過ぎない。無数の君の可能性が道半ばで果てた筈だ。そろそろ楽な道を選らんでも良いんじゃないかな?いや、賭博で一発逆転するよりも堅実な道を選ぶと言えば良いかな?どうだろう?』
『騙されんぞ』『旨い話には裏があるってね』『証拠は何処にもない』『だが俺は今ここにいる』『可能性の話なんざされてもな』『詐欺師みてぇな甘言だな』『虎穴入れずんば虎児を得ずってな』『偽善者め』
『やれやれ。……やはりどの選択肢も強情だね。その粘り強さがここまで来れた理由かも知れないけれど』
ブラウン管テレビからは次々と嘲りと否定が奏でられて日柱は肩を竦める。激しく放たれるその言葉の全てが確かに俺が心中に抱いていた愚弄の言葉だった。
そして故に罵詈雑言の嵐の中で虚無を抱いて来る。俺の全てが掌の上なのではないかと。そんな心理すら読めているかのように、ある画面には沈黙する俺がいた。恐らく俺と全く同じ渋い表情を浮かべていた。
『……』
「……」
画面の向こうと視線が重なったように感じられた。己自身と見つめ合う感覚。数多の俺の怒鳴り否定する声音に包まれて、しかしそれは次第に空元気にも思われていく。
俺の行く末は。選ぶべき選択は……。
『……主君よ。そろそろ』
『んっ。もうかい?……あぁ。成程。そういう事か』
「っ……!!?」
きっとそれは俺に自問自答させるための二柱の沈黙、心理戦だったのだろう。それを破ったのは黒豚の予告だった。気付いたように頷く日の柱。突如として地鳴りと共に揺れる世界。地震。詰め並ぶブラウン管テレビの画面は点滅していき、砂嵐を流して、あるいは火花を散らして崩れ堕ちていく。俺は黙ったままその場から動かない。動く理由もなかった。所詮は全ては夢。蜃気楼に過ぎない……。
『悪いね。神格同士が交わると未来を読みにくくなる。お互い先が見えるから干渉しあって混乱するんだ。だからこんな事になる』
『つまりはまだ可能性はある訳だな?』『語るに落ちたな』『俺はその神格の括りには入らねぇのか?』『ざまぁねぇな』
『……ふふふ。そうだね。確かに君もまたその一要素だ』
まだ生きている幾つかのブラウン管テレビが俺の機先を制して語る。ラスボスはそれに小さく笑って肯定する。その上で更に語るのだ。
『改めて伝えるよ。私は嘘は言っていない。君が意固地に抗う事で酷い未来となる世界線を私は幾つも見ている。誰もが不幸せになる未来を視っている。私が鵺を通じて自治権の提案したのはそんな惨劇を回避するための……可能な限り不幸を減らして、君が後悔して絶望しないようにという好意からのものだ。あるいは、彼女への贖罪かな?』
「……贖罪?」
漸く紡いだ言葉に、ラスボスは不敵に微笑む。遅れて俺はその呟きが敢えて紡ぐ事を見過ごされたのだと察する。周囲のブラウン管テレビはもう何れもまともに映っていなかった。砂嵐だけを映し出して、雑音だけを奏でている。
『彼女には悪い事をした。私は神格としての在り方を捨てて、彼女がやらかさないように大乱を引き起こした。彼女の望む末路の未来を断ち切った』
「何を、言ってるんだ?」
待て。先程この化物は何を嘯いていた?どんな未来を、どんな過去を騙っていた?彼女とは?もしや、もしや……?
『ぱぁぱあぁぁぁぁっ!!可愛い可愛い長女なあたしが助けに来たよぉぉぉぉっ!!!!』
思考を中断させたのは地鳴りのような幼女ボイスだった。天地を震わせる絶叫。そしてそれが巨大な影と共にやって来る。ブラウン管テレビの山を崩落させながら首を突っ込んで来る。
『やぁ、土蜘蛛の代替わり殿。初めまして……といった方が良いのかな?』
『これはまた、元気で立派な子蜘蛛柱じゃのぉ』
蜘蛛嫌いが見たら発狂して失禁失神しそうなドアップされる巨大蜘蛛の顔面。それに見下されても見慣れたように巫女のガワを被った存在は呼び掛ける。挨拶は大事だと言わんばかりに。豚もまた好好爺の如しだ。
『だれだてめーら!!!!』
そんな暢気な事を宣う間にも、辺り一面が滅茶苦茶に薙ぎ払われていく。テレビの残骸が撒き散らされていく。撒き散らされて、有耶無耶に霧散していく。所詮は夢の幻想だ。
『時間切れだね。本当に残念だ。……せめてのお土産に、一つ助けになる話を教えてあげよう』
「土産、だと……?」
『うん。お土産話』
大地が揺れる。亀裂が入る。辺り一面を構成する全てが空間ごと崩落していく。溶け行く世界の中で、尚も神は豚を抱いてちょこんと座りこんでいた。茶を飲んで一服して、俺に神託を下す。
『君を恋慕してる鬼の家のお姫様。ちゃんと見て、救っておやり。……酷く呪われてるよ?』
「は?」
予想外の指摘に、俺は仔細を問う暇もなかった。世界が堕ちていく。奈落に堕ちていく。
『すかいだいびんぐー!!』
堕ちていく世界で、同じく堕ちていく馬鹿蜘蛛の馬鹿みたいな絶叫が反響した……。
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「……目覚めたかしら?良かった、何か良くない物に接続されていたから。緊急避難よ、籠からそれを出したのは許して頂戴」
「ん……?あ、葵、か?いてっ」
『夢の中には入れねー』
険しい表情を浮かべる桃色の姫を見上げて、遅れて来た腕の痛みに苦虫を噛む。視線を向ければデカい馬鹿蜘蛛が腕に牙を突き刺したまま舟を漕いでいた。加えて自分が姫の膝枕をされている事も把握する。これは、一体……?
『濡らした股に乗せるぷれい』
『( ̄ω ̄;)zzzzzzzウミャウミャオショラァ』
「夢の内容は覚えている?夢を通じて何か精神汚染か何かの呪いが仕掛けられていたわ。貴方なら分かるでしょうけど、その蜘蛛の吸血は精神面の免疫作用もあるわ。だから噛ませた。寝てるのは鱈腹吸ったからかしらね」
「そう、か……。分かった。何か対策はあるのか?」
『そうだそうだ対策しろー』
葵の報告を静かに聞いて、理解して、そして尋ねる。それこそが大事だった。これから毎夜毎夜夢の中であの連中がお邪魔して来るなんて事は勘弁して欲しかった。
『私のに手を出させるなー』
「夢に介在してのものと分かればそれに特化した結界を貼れば良いだけの事よ。任せて頂戴。取り敢えず今日中には拵えるわ。この屋敷の内は安全よ」
『(*´∀`)モウタベラレナイワァパパァ……zzzz』
『幸せ面しやがるー』
葵は人形の式を体現させると寝込む馬鹿蜘蛛を慎重に回収する。鈍い痛みと共に牙を抜いて、籠に詰めて施錠して、そして部屋から退出していく。ここで漸く俺はここか鍛練のための道場である事を把握した。はて、俺はどうしてここで寝ていたんだ?前後の記憶が曖昧だ。確か葵と組み手して、その後に飯をやって、牡丹に報告を貰って……駄目だ。其所から先が分からん。何か部屋が生臭いし……いや、今はそんな事は後回しかだな。
『三六発袋詰めしてたよー』
「そうか。……外に出ている間でもどうにかなるか?」
「それならば、打ってつけのものがあるわ。といっても正確には貴方に返す、と言うべきなのだけれど」
「?そんなものあったか?」
「本当ならあんな卑猥な物は返したくは無かったのだけど……こほん。それは後で話しましょう。それよりも、何が?何が……貴方の夢の中に?何処の身の程知らずが?」
『破けて慌てて嗽しにいったねー』
一旦枝葉の話を脇に置いた葵が、しかし一層険しく俺に尋ねる。静かに怒り狂っているのが感じ取れた。葵は俺の身に起きた事態を何処までも憤慨していた。今にも下手人を殺しに行きそうなくらいだった。
『もう下洪水だったよー』
「何処の誰、か……」
『滅茶苦茶夢中で接続に気付いてなかったね』
問い掛けに反芻するのは己自身がそれを即座に語れないからだった。夢とはそういうものである。目覚めた瞬間に夏場に日射しに照らされる氷のように霧散していくものだ。既に虫食いしつつある記憶を辿り、記憶をなぞり、その内容をどう説明すべきかを思案する。思案、して……待て。そうだ。そうだっ!!?
『無様な顔だったね』
「そうだ、葵っ!!?」
「えっ、?きゃっ!!?」
『床どーん』
振り返る脳裏に過る夢の最後。目の前の姫、鬼月の姫君の肩を掴む。勢い余って押し倒す。構わなかった。目を見開く彼女の面を食い入るように見つめる。
『因みにさんどうぃっちされてるー』
「身体に、異変はないかっ!?体調が悪くなったりはっ!!?何でもいいっ!!違和感はっ!!?」
「えっ?えぇ!?」
「正直に話せ!演技や無理はするなっ!!嘘をつくな!どうなんだっ!!?何か、何か無いのかっ!!?」
『ふぇろもんで決壊してるねー』
捲し立てるように、焦燥するように、殆ど怒鳴り付けるようにして問い質していた。獣染みて血走った形相で、紡がれる言の葉に偽りが無いか身構える。そして、微かに恐怖する。
『溢れてやがる』
……恐ろしい静寂が場を満たす。放心したように此方を見上げる葵は、暫しして目を反らして迷うように身を揺らす。そして、答える。
『くせーんだよ』
「その……ご免なさい。まだ何の兆候もないわ。悪阻とかも、その、月の物だって、ね?」
「…………はい?」
『頭の中まで桃色だねぇ』
照れるように、恥じるように、口元を袖で隠しての斜め上の返答に俺は宇宙を背景とした猫になっていた。完結しない情報が流し込まれた状態となっていた。
『産まれたら私が連れていくー』
……あ、うん。そう。そういう受け止め方になる訳ですね?いや、その、そうっすね。済ませて終わりの男と違って女はその後の方がずっと大変ですしね?
『まぁ、すとっぱーされてるんだけだねぇ』
「あ、そ、そのっ!!安心してっ!!私、別に不良品とかじゃないからっ!!大丈夫っ、ちゃんと母胎として使えるからっ!!まだ本調子じゃないだけだから、失望しないで!私は、私は……!!?」
「いやいやいやいや。待て待て待て。落ち着け。落ち着け。別にそれは責めてない。文句言ってる訳じゃない。安心しろ、本当だ、信頼してくれ」
『母を名乗る不審者がー』
俺が愕然としているのを、葵は更に斜め上に解釈したらしかった。そして先程とは打って変わって必死の形相で弁明を始めていた。親に捨てられた幼児の如きおののき様、縋る様、顔を青ざめさせて口元が打ち震わせて、若干泣き声になりつつあった彼女を宥める。即座に頭を抱えて髪を撫でる。背中にも手を回して擦り慰める。それは咄嗟に彼女の心理状態を見抜いて所作だった。
『ふぇろもんで成長停止させてるー』
彼女とはもう浅い間柄ではないし、彼女の今の価値観についてはもう理解していた。そうだ。目の前にいるこの鬼月葵はそういう女だった。才媛だ。高慢で傲慢な癖に、大人ぶって冷酷な癖に、同時に泣き虫で臆病で健気な少女だった。都合の良い馬鹿な姫君だった。俺には勿体無い女だった。
『彼の意思尊重してー』
寧ろ、俺こそがそれを分かっていた癖に我を忘れて身勝手に騒いでいた。迂闊だった。彼女は、俺を連れ戻すためにやるべき事をやってくれていたのに……。
『安全確保されるまで成長しない気かぁ』
「ほ、本当……?無理、しないでね?気に食わない所があったら、直ぐにでも直すから、ね?不満なら、直ぐに直すから……私を嫌いになったり、しない?」
「こんな都合の良くて完璧美人を嫌いになるかよ。分かってるだろ?な?」
「分かってる。分かってるわ……けど、色々と、不安になる事もあるの……怒ってない、わよね?叩いてもいいからね?殴ってもいいわよ?」
「そういうお遊びでなければやらねぇよ」
『私の時は何時もだったねー』
痙攣するように震えていた身体は次第に落ち着きを取り戻し、動揺していた声音もまた同じように。何時もの調子に戻りつつあるようで、からかうような物言いもする。半分くらい本音なのも知っている。悪いが求められてのソフトプレイなら兎も角、ガチのDVはNGだ。……因子が活性化するとそれも怪しくなるけども。
『痛くする方が快楽で壊れないからいいんだってね』
「本当?本当ね?……ご免なさい。醜態だったわ」
「構わねぇよ。俺が不安にさせたな」
「いいの。私が甘かったわ。……貴方の中が貴方のままで良かったわ」
「……」
『甘々だとトび過ぎるんだねー分かんねぇよー』
葵の言わんとしている事の意味は分かっていた。微かに彼女の肩を握る力が強まる。堪えきれぬ激情の八つ当たりだった。葵が此方を静かに見上げている。俺の機微を察していた。視線だけで意思を伝えていた。苛立ってるならここで殴って発散しろと。アイコンタクトだけで分かるのはそれだけ理解しあってしまってるからだった。
『お腹に突き立てやがってー』
「だから、やらねぇよ」
「あ……」
『袋の位置に突き立てやがってー』
葵の上から退く。若干名残惜しげにする態度は流す。観念して些か乱れた装束を気直して、此方の容態を慮る。
『なお突き立てたままの模様』
「貴方……」
「何か、呪われてる自覚はないか?」
『滅茶苦茶呪われてるねぇ』
呼び掛けに、寧ろ此方が問い掛ける。
『有象無象の雑魚ばかりで』
「呪い?……貴方に、と言う冗談が欲しい訳じゃないのよね?」
「あぁ。より一般的な意味合いだな」
「それなら、まぁ何時もの事よ。沢山沢山、色んな連中にね」
「あー。まぁ、そうかぁ」
『貴方よりはマシだけど』
葵の言に、即座に合点がいってしまう。鬼月葵を呪わんとする者はそれこそ幾らでもいるだろう。
『まぁ、一番酷いのはアイツだけど』
鬼月という家自体が名家であり旧家である。その本家筋というだけで外からの有象無象に呪われる。御家の当主争いから一族からも呪われる。その美貌に嫉妬して、拗らせて、色恋から男女問わず呪われる。悪戯程度のものから本気で殺すつもりのものまで。原作もまたそうだった。鬼月葵だからこそそれらをあしらえた。あしらえても常に呪いを向けられている事に変わりはない。平然として葵は重苦しい事を言ってくれる。
『いひひ。ざまぁ無いよね』
「別に大したものじゃないわ。幾ら羽虫が刺して来ても噛んで来ても、私の前には細事よ。しつこいのは呪い返して痛い目に遭わせたりもしてるけど」
「それはまた、図太いな」
「あら。貴方の前だと臆病な乙女だけど?」
『因果応報だね』
すっと。寄せて来て懐に入って来る。胸元に顔を埋めて頬擦りして甘えて来る。上目遣いで己の美しさを暴力的に魅せつけて来る。
『長である以上、逃げられない』
「心配してくれたのは嬉しいわ。……貴方の夢に土足で踏みいった奴から何か私の事で脅迫されたの?」
「どう、なんだろうな……」
『最初から呪われていた』
夢中でのあの会話。あの接触。そしてあの警告の意味を俺は計りかねていた。目の前の姫に何処まで伝えるべきかも困り果てる。ブラフ……なのか?
『成立した時から呪われていた』
「……無理に全て説明する必要はないわ。必要な事だけ聞いてくれてもいいわ。話して、やっぱり面倒と思ったら話を切ってくれてもいいわ。私はそれ以上聞かないし話さないから。何だったら私の記憶を消してくれてもいいわよ?」
『業を重ねて濃縮して』
俺の迷いを察して、何処までも都合の良い提案を提示する葵。分かっていた。彼女にとって大事なのは俺の都合、俺の役に立つ事だった。全てが俺を優先していた。鬼月葵は傷口に塩を塗るくらいに手厳しく、しかし凭れる程に甘ったるい。俺に厳しくするべき所と甘やかすべき所を彼女なりに見極めていた。
『浅ましく足掻いて更に転げる』
「……そうだな。少し、考えさせてくれ」
『滑稽だよね』
そして俺は彼女の提案に甘えた。懐に入り込む彼女を己から抱き寄せて、上から覆い被さるように体重を乗せる。血が足りないのだろうか?気怠い。彼女の肉感的な身体に寄り掛かる。
『私すらも副産物に過ぎない』
「んっ……ふふ。仕方ないわね」
『私の生まれた理由』
求められて、求め返す。甘えていた女は此方の甘えに即座に切り替えて当然のように優しく受け止めてくれた。
『一緒に滅びればいい』
「すまん。貧血だ」
「私が吸わせたせいね。じゃあ私の責任だわ。存分に甘えなさい。……安心して。私はお腹が減ったからって相手の事を慮らずに搾るような質じゃないから。常に、貴方の意志が優先よ?」
「……?そうか」
『貴方だけは私が貰っていく』
葵は苦笑しながら、同時に勝ち誇る。何か言い回しに違和感を覚えたが、立ち眩む今の気分だと正直どうでも良かった。先の課題、夢の案件、それらよりも今の己の体調こそが悩ましかった。一刻も早く、この最低な状態から解放されたかった。
『誰にも渡さない』
「あら。だったら……こうしましょうか?」
『アレにも寄越さない』
そして都合の良い女は嘯く。直した己の装束を、今度は自ら着崩す。白い肩を覗かせて、豊かな谷間を晒して、そして寸前までも。焦らすように。
『そのためにも大きくならないとね!』
「……」
「ふふっ」
『御飯の御時間♪』
極々当然に、不躾に視線が吸い込まれていく。獣欲とはまた別の渇望に喉を鳴らしていた。桃色の姫は気分良さげに嘲り嗤う。世話の焼ける可愛らしい小僧でも見るように。
『でけーんだよ』
「滋養を付ける必要があるわね。……ねぇ。そう言えば貴方、前に睦言の戯言で言ってたわよね?血と慈汁は同じものって」
『味は違うのだぁ』
そして頭を抱いて耳元で甘く囁くのだ。此方の手を握って誘うのだ。期待するように。うっとりとした眼差しを向けて。経験と理解から俺は知っていた。鬼月葵はそういう風に求められるのを好む事を。そういう行為の最中に俺の頭を母親のように撫でて抱くのが癖になっている事を。
『私はして貰った事無いなぁ』
「相変わらず……趣味が悪くないか?」
「……宿題は沢山あるのでしょう?じゃあ早く元気になるために手段なんて選ぶ暇はないわよね?」
『私もだねぇ』
そして流し目で葵が扉の方に視線をやる。人外染みた五感で俺もまた察していた。熟れた臭いが幾人分も。頭も尻も隠して、しかし晒し出している。扉の下の隙間から乳白色の汁が溢れ拡がっている。怒鳴り付けられて、呼びつけられるのを待ちかねている。
『普段から乳余りだもんねぇ』
「お代わりは沢山集まってるし。それに……好きっていったのは昔の貴方よ?」
「大きいのがな」
「ふふふ。はい、丸々と豊作の収穫時期よ。召し上がれ?豪快にかぶりなさいな?」
「噛んでやろうか?」
「楽しみね。浴場で痕を見せびらかすわ」
「勘弁してくれよ」
『残った痕で皆まうんと取り合ってるよねぇ』
売り言葉に買い言葉。観念するしかなかった。男女としてのお互いの立場故に、舌戦では俺は勝ち様がなかった。
『「舌」戦だと百戦錬磨だろーが』
「……葵」
「何かしら?」
「その時が来たら、守ってやるよ」
「……知ってる。んっ」
『ふふふ。勘違いなのにねぇ』
夢での言葉を思って、俺は薄っぺらく嘯いた。馬鹿な女を騙し惑わして、獣のように貪った。確かに、彼女の言う通り。俺には女を搾取する糧にする以外にやり様がなかった。
『心配すべきはごりらじゃないのに』
「んんっ。好き。すきぃ。愛してる。貴方の、ぜんぶ……」
『可哀想じゃないけど』
貪られる哀れな女は、貪る男を健気に受け止めた。求めをひたすらひた向きに愛おしむ。己の柔らかさに男を沈めながら扉の向こうの群れの他の連中に見せつける。聞かせつける。
『いひひ。後悔しろ』
喘ぐ声音の子守唄が、喰らう側からしたら酷く心地好いのが悔しかった……。
『絶望して厭世しろ』
『私の元へと、また一歩……』
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『……彼は起きちゃったね。残念だ。次に会えるのは果たして何時になるかな?警備は相当厳しくなってるだろうしね』
『宜しいのですかな?あのように塩を贈って』
何もかも崩れて、唯縁台のみが浮かぶ闇の夢界で、腰を据える柱が抱き抱える豚と語る。
『私に何一つとして敵なんて居ないよ。彼もまたそうだ。彼がより良き選択を選んでくれて、より多くがより幸福でいてくれる事。それこそが私の望みさ。……君には不満かな?』
『我らが主君の選択でありましたならば、それもまた運命……どの道、我らにはそれに抗う力なぞありませぬからな。墜ちるならば、それに付き合うまでですじゃ。細事はお任せあれ』
『悪いね。けど……悪いようにはしないさ』
諦念を含んだ恭しい右腕の言に感謝しつつその頭を撫でる。数多の我儘に突き合わせてしまっている事にすまなくも思っていた。この夢界の王の求める所は唯一つ、永遠の夢、己の存立それだけであるのに。
『君も、折角の再会なんだ。話し合わないかな?私と再び袂を……『ワタシノォボーヤヤヤアアァァァ二イィィ!!』うーん。これは駄目かぁ』
深い深い足下の闇を埋め尽くすように指数関数的に膨張していく肉塊。数多牙が、腕が、足が、眼球が己の「坊や」に手を出す痴れ者に迫る。
闇を光が照らす。肉を焼き払っていく。それを押しのけるように地母神の因子は更に成長していく。夢界における一進一退の攻防。唯人の意識が紛れ込んでいたならば、瞬時にその精神は余波で消失していただろう。形ある肉の入物は心なき伽藍洞と化していたであろう。
『主君よ』
『あれは彼の精神に寄生する因子の更に切れ端だ。競り勝つのは難しくはないよ。……やれやれ、分け身でこれだと、御本尊も聞く耳持ちそうにはないねぇ』
そして巫女に扮したそれはより照らす。地を灼熱が舐める。本質的に相性は優位なのだ。
『さて、と。では私としては、今は唯彼が賢く選択してくれる事を願うとしようか?君が始めた物語だろう?……何てね?』
地の象徴を焼き払いながら日は囁いた。夢の世界で過去と今と未来を夢見ながら……。