和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 ファンアートの紹介をさせて頂きます。

 此方、ナマズさんより本作登場即落ち二コマした海月妖怪について、イラストと考察です。生態が凶悪になってる……。因みに作者はドゴラをモチーフの一つとしていたり。
https://www.pixiv.net/artworks/145204868

 素晴らしい作品、誠に有難う御座います!


第二三二話●

 既に日は落ちて夜も更け果てた頃合いであった。

 

 墨を流したような純然たる闇の中、揺らめく提灯と赤々と燃える篝火の光だけが斎宮寮の輪郭を泡沫のように滲ませ、浮かび上がらせている。否。それにしてはこれは……。

 

「……如何にした、この騒ぎは?折角勅使殿がいらしたと言うのに見苦しいぞ!?誰ぞあるか!?」

 

寮の門前にて、先導を務めていた老禰宜は当惑し、次いで静かな憤怒に身を震わせた。

 

 よりにもよって、帝の御使いたる勅使を迎える当日に、このような精確を欠いた惨状を晒すなど、神職の恥晒しも良い所であった。唯でさえ外宮では常日頃の体調管理を怠り「穢れ」を催した事で退出した仮巫女らが立て続けに出たばかりなのだ。これ以上無様な不祥事を重ねる訳にはいかなかった。

 

「何か問題が?」

「っ!?それは……」

 

 貴人というよりも武人を思わせる程に悠然として騎乗する勅使、右大臣の鋭い声音の問い掛けに老禰宜は、神職らは不意打ち染みて動揺する。何を語るべきなのか、彼らは迷っていた。出迎え役たる彼らもまた事態を把握出来ていなかったから語り様もない。

 

「し、失礼をば……!禰宜殿、っ!!?」

「何事か。良いから答えよ」

 

 斎宮寮の門を出て、息を切らせた出仕の若者が駆け寄り地に平伏する。右大臣以下、供回りの者たちの冷徹な視線を浴びて若者が口籠ると、老禰宜は語気を強めてその報告を促した。若者は慌てて、今一度深く額を泥に擦りつける。

 

「に、刃傷沙汰で御座います!出仕が厩にて斬られました!それと、先触の側仕えの女中も同じく手負いで意識無く……!!」

「何と……」

 

 動揺を隠せぬ震えた声音の報告に、勅使と共に帰って来た神職共は皆一様に驚愕する。神聖なる神域にて、それはあってはならぬ大事であった。右大臣の部下共は即座に上司の周囲を固める。最大限の警戒態勢を取る。大臣の警護を最優先とする彼ら彼女らは、既にここから逃げ去る事態、必要ならば神職共を斬り伏せる事すらも想定に入れていた。この時点で既に彼ら彼女らは最悪の事態を予想していた。

 

「下手人は何某か?まだ捕らえておらぬか!?」

「同じく先触の下男との事、急ぎ捜索中で御座いますれば……」

「何をやっておるか!さっさと捕まえい!!大事な御方をお招きしている刻であろうがっ!!?」

 

 老禰宜の声が焦燥のあまり甲高く裏返る。彼は恐る恐る、馬上を見上げた。

 

 当の右大臣は、騒ぎ立てる周囲とは隔絶されたかのように淡々としていた。超然的ですらあった。ただ、冷徹に辺りの闇を一瞥し、一切の動揺を感じさせない涼やかな声音で問いかける。

 

「……何時迄もここに留まる訳にも行くまい。よもや野宿という訳ではありませんでしょうな?」

「それは……」

「っ!?直ちに、迎え入れよ。斎宮殿へ、奥の間にお招きするのだ!」

「いや、しかし……」

「早くするのだっ!!」

「は、ははぁっ!!」

 

 大臣の問いに渋りそうになる出仕を、老禰宜は叱りつけて働かせる。勅使を見上げて一礼。

 

「失礼ながらこのような事態。先触の者の犯行とあらば当初の部屋に滞在するのは危険かと。下手人が何処に潜んでいるやも知れませぬ。万一の事があれば……」

「承知している。人手が限られている以上、護るべきものは一纏めにするべきであろうからな。……そうであろう?」

 

 まるで賛同を求めるような物言い。同時に機先を制されたのを理解する。述べた言葉の意味、何を提案したのか、それを察する。

 

 一瞬の老禰宜の苦悩。苦渋。苛立ち……そして妥協。 

 

「……くれぐれも、御思慮をば」

「今更の事であろう。良く良く、承知している」

 

 ご思慮、その単語を事更に強調しての大臣の返答には、微かに冷笑の響きがあった。数人の神職が微かに、しかし不快げに眉を顰めた。大臣の腹心たる随身らもまた密かに息を呑む。一瞬の静寂。しかし、それも長くは続かない。

 

「こ、此方に御座います! 先導仕る!」

 

 神職が、荒い息のまま道を開く。誰も彼もが動揺に足元を止めて戸惑う中で唯一人、右大臣だけが悠然と、何事もないかのように馬を進めた。

 

「先触の下男の事案であったな?ならば、他の者らも捕らえていると見て良いか?」

「……容疑がありますれば、致し方無い事かと」

「努めて過酷には扱わぬ様に。後程顔を出して私からも尋ねる。元はと言えば私の連れ立った者共だ。当然であろう?」

 

 そして思い出したかのように自然な流れで大臣は問いて求める。神職らは手を回された事を察するが……しかし、他の者が勅使であればいざ知らず、老禰宜はこの若造に正面から否定の言葉を浴びせる事は出来なかった。やれる筈がなかった。

 

「……寮頭と宮司の許可あらば」

「それと斎宮殿だな。急ぎ頼むぞ?」

「承知」

「うむ。……皆の衆、行くぞ。何をしているか?」

 

 そして大臣は背後で立ち止まる手下共を、それが運ぶ寄進の唐櫃を一瞥すると催促の言葉を放って正面を向き直る。松明を持った官吏や神職らが慌ただしく行き交う斎宮寮の大門を、彼は堂々たる態度で以て潜り抜ける。

 

「しかし……よもや、この地に再び足を踏み入れることになろうとはな」

 

 夜気を震わせる喧騒の中で大臣が過去を追うように洩らした呟きは、しかし誰に聞かれる事もなく闇へと溶けて消えた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 浮かび上がるようにして蘇った五感で以て、俺はその場の状況を認識するに努めていた。

 

 まず嗅覚が捉えたのは、爽やかで純朴な檜の薫り。続いて、奥から薄らと漂う香の匂い。強すぎず、主張しすぎず、その場を清めるという身の程を弁えた芳しさだ。

 

 聴覚はひどく騒々しい気配を伝えていた。近くもなく、さりとて遠くもない。何か慌てふためいたような……いや、更に耳を澄ませば、この敷地一帯に広がる何百もの人々の気配を感じ取ることができた。あちこちで足音が忙しなく交錯している。

 

 触覚は唐突に復活した温覚のせいで、肌が軽く痙攣したように思えた。ずっしりとした圧覚を自覚して、自分がちゃんと装束を着込んでいることを認識する。感触を失っている間は全裸にされている気がして、どうにも落ち着かないものだった。

 

 味覚は口内の乾燥のせいで鈍っていた。ざらざらとした舌の感覚に、反射的に唾液が溢れてくる。香の薫りが味蕾を刺激したのか、ほんのりとした甘味を覚えた。

 

 ……そうだな。うん。そろそろ、観念するとしよう。本来真っ先に語るべき視覚の話をしよう。目の前に生じている現実は、誰のせいであるかは別として認識はするべきだろう。そうだ。認識はするべきだ。しかし、ねぇ……。

 

「……抜かったな。よもや彼処までとは」

「俺が悪いのかな?ねぇ、これ本当に俺が悪いのかな?」

 

 深刻そのものといった体で呟く我妻雲雀に対し、俺は全力で心の中の突っ込みを炸裂させるしかなかった。幾らなんでもこれは責任の擦り付けが過ぎた。

 

 場所は……連れ回されている間俺自身は五感全てを幻術で奪われていた故に断言出来ぬが、ここまでで得られた、教えられた情報から分析するに、恐らくは旧都の斎宮寮の一角であると思われた。旧都における実質的邦衙、行政の中心地。いと高貴な血筋の御方が仮巫女として祈り暮らす地。それは良い。寧ろ安心だった。貴人の住まう地にて無体な真似はすまい。すまい……原作でも描写少ないのにかなり問答無用感が凄い卑劣な右大臣だからなぁ。妥当な相手ならこの寮ごと霊欠起爆で吹き飛ばすくらいしそうだよなぁ。

 

 ……まぁ、良い。それは良い。何処に連れて行かれようと右大臣と接触するためならば安い危険だ。しかしながら……目の前の光景について突然に責任を押し付けられるのは余りにも酷かった。

 

 彼女らは、中々に仕立ての良い着物を着ていた。おそらく朝廷に仕える女官――女孺と呼ばれる者達だろう。目鼻立ちが整い、素材の持ち味を活かすような洗練された化粧を施している。家柄も教養も相応に高いはずだ。普段ならば、凛々しく卒なく職務をこなしているに違いない。

 

 それが、だ。

 

「……っ……ぁ、う……っ!」

「ひぃ、ぃぃ……ッ!?」

「う、ウォっ、うおオッ!!? うひぃ……ん、あ、あぁぁっ!!?」

「いや、そうはならんやろ」

 

 そうはならんやろ。大事な事だから再三言おう。そうはならんやろ。四度目を言っても良いくらいだ。それだけの、愕然とするしかない光景であった。

 

 見渡す限り、全員が床に倒れ伏していた。臀部を無様に突き出し、あるいは柱に身を寄せ、あるいは潰れた蛙のようになって、熱い吐息を漏らしながらガクガクと四肢を痙攣させている。特に下半身の震えが酷い。おまけに涎を垂らし、あろうことか失禁までしている。白目を剥いている者までいた。あまりにも無様な醜態……。

 

 ……いや、待ってね?言っておくけど俺何もしてないよ?寧ろ、この惨状に一番驚いてるのがこの俺なんだよね。五感を返されて部屋に迎え入れられたら中で控えてた人らが全員何か口にする前に即効でこんな事になったの。……一体何故?

 

「何故って……お前のせいであろうが?」

「罠だっ!此れは罠だっ!?」

 

 思わず最終盤の新世界の神染みた口調で俺は叫んでいた。余りの大声での絶叫は寮内の他の者達に聞こえそうな懸念があったがそれよりも重要な事だった。無実の嫌疑は晴らさねばならないっ!

 

「俺が入って来た瞬間にアへ顔即落ち二コマするなんて、可笑しいじゃないかっ!!?それが右大臣の罠だという証拠っ!!」

「アへ顔云々は知らんが……雌臭いし雄臭いと言っただろう?」

「洗ったじゃないか!酷い体臭は失礼だからってアンタの目の前で何度もしつこく洗い落としたじゃないかっ!!?そもそもっ!屋敷では誰もこんな状況になってないぞっ!!?」

 

 色々爛れていて、それはそれでかなり問題であるがそれは此処では脇に置いておく。大事なのは屋敷ではこんな醜態は見られないという事だ。寧ろ、御大臣様なら事前に何かこいつらに仕込んでいたのではないか?遊女爆弾くらいなら平気で思いつきそうな人物である。えっ、そんな人物が原作主人公の味方では頭の中SSRなの?

 

「そうか。……其処まで内側は汚染されているのか」

「何の内っ!?ねぇ、何の内なの!!?」

 

 狸殿は心からの諦念と憐れみを籠めた眼差しが俺を射抜く。止めろっ!そんな目で俺を見るなっ!!?

 

「そもそもっ!貴女だって反応してないでしょう!?臭い臭いっ言っても其処に倒れてる連中と違って平然としてるっ!!この矛盾、どう説明するつもりです!!?」

「何だ、お前さんは齢五百の婆の発情した面を見たいのか?」

「違うけど!?」

「因みに鼻に詰物をしている。嗅覚が死ぬのは致し方なしよ。そうでもせねば最低限の行動すら出来ん」

「俺は何処ぞの最臭兵器なの……?」

 

 自分の身を嗅ぐ。駄目だ。分からない。人は自分の体臭には気付かないとは言うが流石に限度がある筈だ。これは普通の体臭ではない?やはり……妖母か?アイツの因子の汚染?汗腺から変な分泌物でも放出させている?だとすれば傍迷惑な……。

 

「何はともあれ、小奴らをどうにかせねばならんか。……困ったものだ、信用出来る者は限られておるというにな。頭数を減らしてくれよってからに」

 

 俺が一人内への葛藤している間に、狸の元寮頭は腰どころか背骨がひっこ抜けたかのように動けぬ惨状の女孺共を検分しつつそんな事を宣う。大層面倒そうにする。そして何処からともなく現れた人型の簡易式が彼女らを部屋からせっせと運び出して行く。運び出しながら顎を手の甲に乗せて考え込む……。

 

「ふぅむ、仕方無し。私が直に目付るしかあるまいな。ならば……こうするとしよう」」

 

 そして直後、我妻雲雀は目の前で増えていた。当然のように二人に別れていた。……いや、ちょっと待てよ。

 

「分け身……というよりかは影分身といった所ですかね?あれ、もしかして……代償がない?本体を任意で変更出来る感じ?」

「驚いたな。其処まで分かるのか?」

「驚いてるのは此方ですが……」

 

 鋭敏な五感故に察する事が出来た。偽物と本物とで区別するのが間違っている。恐らくは代償無しで別れて、しかも任意で本体切り替え出来る幻術……ふぅん。高度に進んだ幻は本物と見分けが付かないという事か。バグキャラかな?

 

「抜け抜けと言いよって。……お前さんであればこんな手品関係無かろう?」

「関係ない?」

「化物となったお前さんなら、辺りまで纏めてふっ飛ばしてしまえば同じ事よ。生憎、もう老骨故に打たれ弱いからの。衝撃に巻き込まれただけで御陀仏ではないかなぁ?」

 

 別れた一方がその場で溶けるように消えていくのを見送りながら狸の元寮頭は呑気さすら滲ませて宣う。手を組んで辺りを見渡して、手頃な一角を見出してどっかりと胡座を掻く。此方を見透かすように頬杖しながら狸尾を幻惑するように垂れ揺らす。

 

「ほれ、そちらも座りなさい。御大臣様のいらっしゃるまでの間、私が歓待役を承ろう。何か聞きたい事は無いのかな?」

 

 好々爺ならぬ好々婆とでも言うように気さくに振る舞う我妻雲雀。気さくに、演じる……。

 

「……あー。そうですねぇ。取り敢えず、落ち着かないので床裏に仕込んでる呪いか何かを解除してくれません?」

「ははは、駄目だな」

「ですよねぇ」

 

 そして俺は悟る。恐らく右大臣が手を回して用意していたのであろう先程の女孺らの役目を。歓待役として俺を足下の罠の、その中心部まで誘導する役目があったに違いなかった。

 

 ……右大臣からしたらジャブみたいなものだろうけど。勘弁してくれ。

 

「因みに我妻殿は、何方の御味方で……というのは不粋なのでしょうね?」

 

 白の事があろうとも、孤児院の恩義があろうとも、松重家を通じた縁があろうとも、目の前の半妖の忍の忠誠と帰属が何処にあるのかは言うまでもない。

 

「おっと、待ち給え。別に、全くお前さんの敵ではないさな。義理に応えているから持ち掛けられた話を御大臣に通したし、この席に私がいる。万一に粗相あれば、大事あれば、その時には私の一命を以て責に報いる事になる。それでは不満かな?」

「貴女の事を、右大臣はそれだけ信用をしていると?」

「違うな。信頼だよ」

「それはそれは……」

 

 俺は観念してその場で我妻同様に胡座を掻く。中々の自惚れ。大言壮語であるように思われた。あの謀大臣殿が信頼を、それも半妖相手に……語るのが長年朝廷に仕えて来た人物でなければ一笑に付す自意識過剰な言であった。

 

 ……我妻雲雀について、白狐の外伝以外で触れられている内容はその立場に比して少ない。過去の人物である故だろう。

 

 元陰陽寮頭である。松重家に対してもであるが、俺が把握していないような豊富な人脈があったのだろうか?分からない。何処までの関係を右大臣と築いている……?

 

「……それではその大臣殿のためにも助言を頂きたいものですね。彼の大臣殿が危険を冒してまで何処の馬の骨とも知れぬ輩と会う訳です。貴女が身を賭す覚悟でも何等益なければ受け入れぬ筈。先方は何を求めているので?」

「それこそ、大臣殿の胸の内を晒す事になろう?元朝臣としてそのような裏切りが出来ると思うてか?」

「元、でしょう?それに互いに欲張って折角折り合える筈だった話が破談するというのも頂けない。このような都から離れて自分を密かに封殺出来るような場所に公的に赴ける機会は、早々無いでしょう?貴重な機会を不意にするのも偲びないとは思いませんか?」

「ほぉ、愚直に質実で生きるのが下手な男と思っていたが、いつの間にか口が滑らかになったものだな?まるで狐のようだ」

「人は成長するものですから」

 

 ……嘘だよ。助言だよ。耳の穴ン中に式神を詰め込んでるよ。鼓膜を直接打ち震わせて来て外耳炎になりそうだよ。

 

『何か文句でもありますか?』

 

 それは内心の愚痴を察したように耳元どころか中から鼓膜を震わせて来る淡々としたアドバイザー、狸殿とアポイントを取って来た松重の孫娘の小言であった。

 

 胡蝶が拡大鏡に鑷子、小筆に各種薬品呪いで以て丹精込めて拵えた御手製の特製の特注品。超小型隠密の通信用蜂鳥簡易式は我妻雲雀から要求されるであろう、同行の式の全拒絶の対抗策であった。バレなきゃ犯罪ではないし約束破りではないのだ。外部に音が漏れて気取られぬように耳穴の奥底で嘴で以て直接鼓膜を突いて震わせる……今更ながら少しグロい仕掛けだな。

 

『其処は貴方自身が考えた仕掛けでしょうに。私達は注文に応じて製作しただけですが?』

(それはそうなんだがな。……バレては、ないかな?)

 

 我妻の面を見る。孤児院の長をしていた様からは些か想像し難い胡座の頬杖の試すような笑み。野性味と荒くれ者味を覗かせる雰囲気。あるいは、本来は此方が素なのか。俺の耳の内の絡繰が悟られているのかは判然としなかった。我妻は追及擦るように尋ねる。

 

「よもやその滑らかな口で、ウチの白狐を誑かしてはおらんだろうな?」

「はは、誑かすなんてまさか。……話は聞いてますよね?ある意味、身内ですよ。協力は頼んでも利用なんて事は……出来ませんよ」

 

 それについて、俺は即座に否定する。其処については偽りなき本心だった。

 

 恐らくは宮鷹忍鴦の仕込みで一時的に力を取り戻した白、狐璃白綺の幻術による過去改変は俺の認知に大きな影響を及ぼした。殆ど憑依による自己認識のみであるが、俺は彼女と兄妹として何年も暮らした記憶が確かに刻まれてしまっている。精神的にはどうしても白を妹として、準肉親として意識してしまう。それは向こうも同じらしい。あの一件以来、何処か妹のように甘えて来る事が増えている気がする。以前よりも距離が近い気がする。

 

「記憶の植え付け……ってなら吐き気がしますがね。一応本当にあった事、となれば蔑む気にはなりません」

「勝手に過去に因縁を捩じ込まれても、か?」

「悪意あっての事でもなし、事故のようなものですし」

 

 憑依元の肉体には悪い事をした事になるのだろうが……それも含めて白綺ならばいざ知らず、パニクっていた白を責めるのはまた違う気がした。というか悪いのは大体宮鷹の姫様だ。

 

『呆れた事を言ってくれますね。此方は介入するのに手間取ったものを』

 

 耳内での愚痴。二重の意味で反論出来ないのが悔しい。

 

「呆れた事だな」

 

 耳内でのそれと同じ言を語られて、一瞬だけ動揺する。相手を見据える。頬杖する狸はニカッと笑う。

 

「まぁ、お前さんらしいと言えばらしいな。……悪い。試すような事をしたな。お前さんの感性が何処まで変質しているのか測らせて貰った」

 

 さらりと、そして平然と我妻は宣った。同時に、俺は意味を察してヒヤリとする。

 

「……許容範囲外だったらどうしてました?」

「それは……まぁ、これであろう?」

 

 首をスパッと真横に切る手振り。さいですか。

 

「ムンムンと全身から酷い臭いを放つのだ、ならば頭の中がどうなってるか測ろうとな?腐ってないかとな?」

「またその話に戻りますか……良かったです。自分が正気だと貴女自身に保証されたようですから」

「そうだな。正気を模倣して取り繕うのは出来ているようだ」

「あ、まだその段階ですか」

『まぁ、そうでしょうね』

 

 双方共に手厳しい。しかし、大臣と対面とするならばやはり必要なのだろう。これでも甘い方なのだろう。どうせ生えるだろうと言われて四肢を千切られてから御対面、なんて事もあり得るのだから。

 

「そうだな。ここまで確認したのだ。褒美に少し言葉を滑らせても良いと思うのだが……」

 

 我妻はにこやかに微笑む。一旦言葉を切り、落胆するように肩を竦める。

 

「……珍しくせっかちな事だ。済まんな。どうやら予定が繰り上がったようだ」

 

 恐らく、本当に俺が求めていた交渉のためのオフレコなものを助言をする算段だったのだろう我妻雲雀は、しかし其処まで語ると口を噤んで俺の背後を見据える。俺も、実の所何となしにその気配が近付いているのは分かっていた。

 

 木板の軋む音。部屋の背後に設けられていた隠し扉の回転扉。布を擦る音が静かに迫る。背中に痛い程に突き刺さる見定め検分するような視線……。

 

「……面を見せよ」

「……ははっ」

 

 さっと身体ごと振り向く。同時に酌が顎を掬い上げるように。半ば無理矢理に上目を向く。こちらを見下ろす、上等極まる衣冠装束に身を包んだ、若い男の姿。

 

 初対面の、しかし見覚えのある顔立ち……影武者の類でない事は明らかであった。そして、用心深いこの者が影武者でお茶を濁さなかった事に俺は内心で驚いていた。

 

 この男を知っていれば分かる、異様なまでの信用……あるいはこれは、期待?

 

「正三位右大臣、辰園堅康である。……思ったよりもまともに人の形をしているようですな、堕神殿?ここが旧都が斎宮にて、その御柱厚く奉りて、歓迎致しましょう」

 

 慇懃にして、滲み出るような無礼を籠めた、歓待の言葉であった……。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 右大臣の名乗り。そして、それきり場を支配する、耳が痛くなるほどの静寂。僅かに遅れてその理由に気づいたのか、大臣は大仰に、しかし慇懃に口を開いた。

 

「あぁ……成程。言葉を許す」

「……お初に御目に掛かります。大臣殿。私は仮名を伴部と申します」

『改めて言ってますが嘘は言わぬように。どうせ身元はバレています。貴方の出自、生まれについては全て吐いてしまって下さい』

 

 大臣の許しを得て俺は恭しく頭を垂れる。そして耳元で鼓膜を突かれての指摘と注意に合わせて慎重に、言葉を選んで、語っていく。半ば演技がかった、半ば本気の緊張を滲ませて、言葉を紡ぐ。

 

「既に、御承知の事と思われますが私は北土辺地の生まれ、退魔士鬼月家の元家人扱下人で御座います。此度はこのような貴重な機会を頂けました事を……」

「前置きは良い。……そも、人で無しの神擬きが人の理に合わしてくれますな。気味が悪い」

 

 心底薄気味悪そうに大臣は俺を見下ろした。笏を口元に当て、目元を細めて理解し難い不気味なものを見るように。此方への好感度が如何程に低いのかが伺い知れた。

 

「話は其処の者に聞いておりまする。彼の地母神の眷属、でしたな?それも因子に呑まれずに順応しているという……事前に先例を調べさせて貰いましたがどうにも信じ難い話で御座いますな」

 

 神格相手故への最低限の敬意か、半端に敬語で以て大臣は語る。恐らくは俺の背後に控える狸殿をチラリと視線を交えて意思疎通をして、改めて見下し追及して来る。事前に、ね。

 

「……このように、会話しているだけでは正気を信じられぬと?」

「記録によれば、彼の神格とは話が噛み合うようで噛み合わぬものであったとか。その眷属が同じ質でないと誰が証明出来ましょう?」

「ですが、態々高貴な身で顔を合わせに来た……それだけの価値があると踏んだ、違いますか?」

「そう。その通り」

 

 右大臣は観念したように、その場にどっかりと腰を下ろした。深く重い溜息を吐き出す。ほんの僅か、張り詰めていた敵意が和らいだ気がした。あるいは、そう思わせるように演じているのか……。

 

 「本来ならば元陰陽寮頭殿の言であろうと、路傍神の成損ないの如き存在とこのように対面する余地はありませぬ。専門家共を差し向けて駆除させて貰う事でしょう。……あのような文句でなければ」 

 

 眼を瞑り、暫し沈黙して、見据えて大臣は続ける。

 

「内なる脅威、朝敵より扶桑を護る助けとは……彼の大乱の残滓共が蠢いているとは、また斬新な出任せでありますな?」

「出任せではないと踏んでいるからこうして顔を合わせた、そうでしょう?神格は世界に対して面で存在しているのです。出来損ないとは言え、いや、だからこそ見えるものもある」

 

 その言は確かに出任せだった。しかし一番大事な本質は嘘ではなかった。唯、知っている理由が嘘というだけであった。

 

 原作知識……何処まで準拠しているか、鵺にネタバレされた後何処まで先について役に立つのか知らぬが、それでも俺の知るそれらの知識の価値が零になった訳ではない。右大臣に対して、彼の信認を得る上では十分過ぎる程に役に立つ。

 

「因子を通じて、彼の邪神の力を通じて断片的に未来を覗いた……でしたかな?半端な身で良くも正気を保てるものですな?」

 

 右大臣が語る内容、それは彼だけでなく我妻、そして葵や牡丹にも語った建前だった。尤も、葵の場合は裏があるのを感じているが俺が語らぬ以上はそういう事にしておく、という風に思われた。何にせよ、ゲームの原作知識ですと語るよりかはこの嘘はかなりの説得力があった。

 

「其処は出来損ない故に、ですよ。切れ端程度で疎らな未来ですがね。人の頭では認識にも限界があるので何処まで信用したものか。しかし……一つの参考にはなりましょう。既に伝えた幾つかの知識、してその正誤はどうでしたか?」

 

 口調とは裏腹に、俺はその己の言葉に相当に自信があった。大臣の信用を得る自信が。

 

 原作知識からの転用。扶桑の過去の機密の一端、あるいは今現在、あるいは未来に生じるだろう事案の兆候、予兆。たかが元下人では先ず知れぬ事⋯⋯語った案件のその半分でも的中していれば大臣は俺の言葉を妄言と切って捨てる事は出来ない筈だった。果たして⋯⋯?

 

「私の手の者が調べる限りでは……三割、と言った所ですな」

「っ……!?」

『……不味いですね』

 

 返って来た答え合わせに、俺は苦虫を噛み締める。隠しきれぬ動揺。流石にそれは低過ぎた。あり得ない。ブラフ?いや、ここでそれをする必要はない筈だ。

 

(救妖衆か?だが……連中とは直接関係ない固定イベントを狙った筈なんだがなっ!?)

 

 今と未来の預言に関しては、それこそ奴らが関与せず、しかし手を出さぬ方が良いと判断するだろう案件を中心に伝えた筈である。それでこの忸怩たる正答率。もしや、これ正解したのは殆ど過去案件ではなかろうか?こいつは……疑われているか……?

 

「大臣、私は⋯⋯」

「御柱にまで成り上がり、何故このような事を?」

 

 俺が弁明せんとする前に、大臣が問うた。冷たく魂まで探るような眼差しを真正面から向けられる。一瞬困惑して、その言葉の意味を咀嚼する。何故、か⋯⋯。

 

「何故、とは⋯⋯危険を押してまでこのように接触をした理由、ですか?」

「⋯⋯」

 

 沈黙。故の肯定であった。成程、駆除なり封印なり標本にされる可能性を考えなかったという事か。

 

「それは無論、この扶桑への報国、朝廷への忠君のためにこの身を⋯⋯といっても信用はしませんよね?」

「そうでありましょうな」

 

 即座に俺は取り繕うのを止めた。目の前の大臣がそんな建前を本気で信じてくれる筈もなし。耳内で蜂鳥も突っ込みを入れるように鼓膜を突いてくれている。痛い。止めて。

 

「⋯⋯私は見ました。扶桑の、朝廷の終わりを。いえ、扶桑が終わったのかは知れません。都が滅びるくらいの描写でしたので」

「ほぅ?」

 

 俺は、少なくとも大事な部分を本音で語る。脳裏に過るのはスチル画。バットエンドの数々。確定ではない。しかし、十分にあり得る末路⋯⋯。

 

「忠君報国、等とは口を裂けても言えません。年貢はキツかったですし、御役人方も袖の下はたんまりと溜め込んでいましたからね。正直御大臣様にはもっと働いて貰いたいとこの場で文句を言ってやりたい程です」

「成程。善処しよう」

 

 あからさまな無礼の愚弄。ぶっちゃけ話。それに憤慨せずに淡々と受け入れるのは右大臣様らしかった。俺の理解する限り、卑劣で問答無用ではあるが目の前の男は確かに愛国の士であった。

 

「とは言え⋯⋯とは言えですよ。この国の全てを恨んでる訳でもなし。今は内は化物ですが一応母親の股の間から生まれて来ましたからね。故郷には家族もいる。人は一人では生きられない。秩序がいる訳です。こんな国でも化物が人を飼う世よりはマシでしょうよ。だからこそ身を粉にするつもりにもなる訳です」

 

 耳の内で『流石にあけすけ過ぎでは?』等と言われるが俺は気にせずに言い切った。半ば、愚痴であったかも知れない。言ってから自分自身少し後悔した。おくびにも出さずに大臣の面を見据える。相変わらずの涼しげに、欠片も動揺の見えぬ面構え⋯⋯。

 

「⋯⋯そうか。成程な。成程」

 

 何が成程なのか、一人で瞼を閉じ、俯き頷きながら大臣は納得していく。次に眼を開いた時には彼は肩を竦めていた。

 

「随分と本音を語ってくれるものだな。思い切りが良過ぎるのではないかな?」

「それが誠心誠意というものだと、自認しております」

「戯けた事を宣う神格の成り損ない殿ですな」

  

 そして大臣は深く嘆息する。

 

「宜しい。理解出来ぬ事もない。成り損ない殿が人であった頃の性格と、聞き及ぶ所合致している。⋯⋯我妻殿、演技ではないのですな?」

「少なくとも自分が模倣しているだけと認識はしていないようで御座います」

 

 大臣が俺の背後に呼び掛ければ事実をそのまま語るように。酷い言われようだ。自分の事は自分が一番分かってる⋯⋯と自信を以て言えたら嬉しいのだがなぁ。

 

「うむ。⋯⋯まぁ、どの道我々にも選択の余地は乏しいのだ。ここは最悪、騙されてやるしかあるまい」

 

 そして大臣は我妻との会話から俺に意識を戻す。端正な顔立ちに深い覚悟を決めたような表情を見せる。

 

「誠心誠意といったか。中々に不躾で取り繕わぬ豪胆な物言いだった。見事という他ない。なれば、此方も認識の統一のために手の内を晒さねばならぬでありましょうな?」

 

 大臣が背後を振り返る。否、身を翻して板敷きに深く頭を垂れた。

 

「何卒、御入来下さいませ」

「えっ⋯⋯「無理矢理で済まんな。頭を垂れよ」んっ、おっ!?」

  

 大臣の礼。敬い傅く言葉。俺は唖然として、直後に我妻に頭を掴まれて強制的に土下座させられる。

 

 回転扉の隠し扉が開く。何も現れない。いや。違う。確かにいる。そうだ。ほんの少し前に別れたばかりではないか?

 

 何もない筈の虚空にいつの間にかその人影はいた。我妻雲雀の分身、あるいは本体が静かに佇む。恭しく、彼女は身を翻してその背後に控える存在に道を譲った。

 

 ……頭の直ぐ傍まで来てくれた事で、土下座させながらも俺はその者をどうにか見上げた。

 

『まさか……?』

 

 耳内で牡丹が唖然として言葉を漏らす。

 

 歳は、十代半ばに達しているかどうかであろうか?背丈の低くて、華奢な程に線は細く、陽射しを浴びた事が無いのではないかと思える程に色白い。纏う衣は同じく色白い舞衣に緋袴。明らかな巫女装束……冠が異彩を放っていた。冕冠。天冠ではなく。巫女装束に合わぬ異色。分不相応。しかし、それ以上にその意匠は……いや、まさか。まさか?

 

「面を……あげぃ」

 

 小鳥の囀るが如き、今にも消え入りそうな、掠れた声音の命令……しかしその儚い声に応じて、大臣が、我妻が、そして我妻の腕によって俺の頭が同時に上げられた。大臣と我妻の表情は、真剣そのもの、否、命を賭した忠義のそれだった。

 

 それで確信した。俺が目の前にしている存在が、一体何者であるのかを。

 

(馬鹿な……!?流石にあり得んだろっ!?)

 

 仮巫女に女装させて連れて来たのは論外であるが、宮中から連れ出したのはそれ以上の暴挙だ。影武者でも用意しているのか?防諜は完璧なのか?どうしてここで俺に顔合わせさせた!?それ程までに宮中は危険なのか!?あらゆる疑念、あらゆる恐れが脳裏に過る。意味が、分からなかった。

 

「……か、堅康?え、えっと?えっとぉ……?」

「成損ない殿。私には、いえ、我々には其方に罠であろうとも接触せねばならぬ致命的な理由がありました」

 

 目の前で宛てもないかのようにぽつりと佇み怯え困惑するその「御方」の弱弱しい呼びかけを流して、大臣は俺を振り向きそのように語る。真剣に、そして切実に語る。

 

「致命的な……理由?」

「左様。成り損ない殿のその因子の御力が、恐らく必要であると思われました。だからこそ、こうして危険を、こうして暴挙を犯しました。それすらも、許容されうる故にて。……我が主よ。何卒、お願い申し上げます。事前にお伝えいたしました通りに」

 

 真摯に語る大臣は、直後、床にめり込むほどの勢いで土下座した。欠片も恥じる様子はない。

 

 翻って、土下座をされた「御方」は、もうお顔を青くしたり赤くしたりと激しく取り乱し、大きな瞳にみるみる涙を溜めて、今にも泣き出しそうに身を震わせている。

 

「か、堅康ぅ……?」

「無礼は承知致しております。しかし、どうか!どうか!百聞は一見に如かず、唯一度きり、納得を得るためには……どうかっ!!」

 

 縋るような眼差しと細切れそうな呼びかけに、決死に等しい形相での頼み。落涙しそうになる「御方」は、しかしそれ以上駄々を捏ねようとはしなかった。頼みの前に拒絶の選択は無いかのようだった。二人の我妻も沈痛な表情を浮かべる。

 

 ……いや、ねぇ。何この状況?

 

「あい……わかっ、たぁ」

 

 困惑している中にそれは始まった。御方が、震える指先で自ら帯を緩めていく。上質な布地がスルリと床に垂れ落ちて白衣が脱ぎ落とされた。下に重ねた、やはり白地の襦袢が覗く。しかし、問題はそこではない。

 

「あいや。いや、まさか……」

 

 いくら箸より重い物を持ったことがない箱入りとはいえ、あまりにも細身に過ぎる。細いというより、身体の厚みが「薄い」のだ。

 

 襦袢すらも解かれ、最早それは小さな肩に辛うじて引っかかっているだけの有様となる。露わになった白いお腹が、小さな臍と共に覗く。それはまるでもぎたての果実のような初々しさ。そしてその上方に視線を這わせれば……その細身の体躯らしく細やかな、しかし確かに男としては違和感のあるふっくらとした柔らかな二つの丘線の存在を認識する。

 

 俺の脳裏にある諺が溢れ出した。『二度ある事は三度ある』と。

 

 ……うん。原作に確認出来ない入鹿は置いておくとしても、主人公様とマジカル★魔羅棒がTSしてるのだ。あり得ない話ではない。この程度では最早俺は動じない。

 

「っ……!こ、これ、もぉ?」

 

 細い指が緋袴の紐を掴んだところで、御方は切実に縋るように確認した。確認ではない、それは悲痛な嘆願だった。あからさまに大粒の涙を溢れさせ、恥辱の極限に小さな身体を震わせて静かに悶絶している。信頼する大臣を潤んだ瞳で見つめている。

 

「……はい」

「う、うぅぅ……!?」

 

 感情を押し殺したような静かな無慈悲なる肯定に、断罪されたかのように彼女は唸る。どちらが主従なのか分からない有様だった。

 

「ううぅぅぅ……!、うぅんっ、!!」

 

 小さな嗚咽を漏らしながら。しかし、扶桑で最も貴ぶべき至尊の存在は、家臣の命に従い、ゆっくりと袴を下ろしていく。恥ずかしさに顔を真っ赤に染め、大粒の涙がとめどなく頬を伝い落ちる。その愛らしくも可哀想な姿は、見る者の加虐心をそそると同時に、胸を締め付けるような悲壮感に満ちていた。何よりも目茶苦茶居心地が悪かった。

 

「え、えっと……その、無理して晒さなくても……」

「否っ!何としても見て貰わねばならぬのですっ!」

 

 あんまりにも不憫で助け舟を出そうとしたら強い口調で大臣は拒絶する。鬼気迫る反応に思わず俺は仰け反って皆を見る。大臣を止めてくれるように視線で頼む。

 

 我妻は歯を食い縛り堪えるように黙り込んだままだった。袴の絶対領域がギリギリを超えたギリギリな『御方』に至っては深く絶望しつつも受け入れる。その行為をゆっくりと、残酷なまでに完璧に遂行していく。

 

 ……えっ?何これ?国のトップを巻き込んだ公開露出強制プレイだったりするの?この三人実はそういう性癖だったりするの?もしかしてこの国はおしまいなんじゃないっすか?

 

「って、語録で現実逃「う、う、うわぁぁぁんっ!!」ぶ、ぃっ、……!!?」

『あっ……』

 

 セルフ突っ込みは最後まで口に出来なかった。袴が悲鳴と共に振り落とされたのと同時に勢いよく飛び出した怒張が、ペシンッと俺の頬に横から叩き捩じ込まれたからだ。

 

 そうだ。怒張である。再三言おう。怒張である。敢えて言おう。怒張である。穢れしバベルの塔……。

 

「……」

 

 菩薩のように真空の思考を伴い無言で、俺はそれを凝視する。頬に叩きつけられたそれを伝い『御方』の根元を見やる。

 

 そして目の当たりにするのだ。巾着袋のある筈の其処に広がるぷにっとした割れた丘を。

 

「……」

「……!!??」

 

 見上げる。恥辱この上ない有様に顔を茹で蛸にする幼顔が見下ろしていた。

 

「……お判り頂けましたかな。朝廷が、我々が、切実に貴公を頼まんとする理由が」

「う、うわぁぁぁん……・ああぁぁぁ……ああああぁぁぁぁん!!?」

 

 神妙に語る右大臣。唇を噛み締めて苦悩に堪える我妻。恥辱を超えた恥辱に遂には赤子めいて泣きじゃくる『御方』。そして、その間もずっと頬にグイッと捩じ込まれている俺である。いや、泣き叫ぶ度にグイグイされている。

 

 …………あ、あぁ。うん。そう、だな。取り敢えず、あれだな。うん。うん。うん。うん。

 

「FUTA=NARI、だとぉ……?」

 

 

 

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