和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件 作:鉄鋼怪人
此方ナマズさんより、大妖・うわん、考察設定付きです。このような形で考察して頂けると着眼点など面白くて、また新たなネタのヒントにもなり得るので嬉しいですね。
https://www.pixiv.net/artworks/145810039
素晴らしい作品、誠に有難う御座います!
餅は餅屋。蛇の道は蛇。馬は馬方。何事も専門家の知恵に頼るのが一番である。なればこそ、彼女はそれについて語り聞かせる。
『お久ぁ』
「半陰陽の患い……俗に二形とも呼称されるその様態について?勿論聞き及んでおりますわ。それは真に忌むべきものでありますから」
『今回はここでちゅーけーするよぉ』
百味箪笥よりて何処か妖しさを醸し出す手慣れた手つきで品々を引き出してイキながら、その道の専門家でもある女、鬼月家前々当主夫人・鬼月胡蝶は、鬼月家御意見番は、実の年齢からは思えぬ程に艶めかしく嘯く。
『そっち怖いから行きたくないしぃ』
「それは大きく別けて二系統。即ち先天的なものと後天的なものに分けられますわ。前者は厄災の前触れにして忌まわしき人外の落し仔、後者は人の業の無れ果てとでも言いましょうか……ふふふ。焦れないで下さいな。ちゃんと教えてあげますから」
『乳酒飲みながら待ってるよぉ』
ザクリザクリと。生薬包丁で以て棚より取り出した干物に薬草を、あるいは生々しく蠢くナニカをグチュリと刻んでいく。半端に硬い実を包丁の腹で潰していく。圧を掛けられた結果、ブリュッと実から種が飛び出る。
『女郎蜘蛛の抱卵嚢がぁー』
「古来より、それは神人の一種とも語られていますわ。特に均整の取れた物は陰と陽、完全なる循環。自己完結。無限の霊気の泉。神格共が本質的に雌雄を超越しているのと同じように……実際、その起原は上古の昔、神格共が人胎に蒔きて生まれ出たものであるとか。神々による人の牧場、芽吹いた極上の仔を貪ったとも、其処から逃れ出た二形の神人共が最初期の奴隷王朝を建国したという伝説もありますわ。何処まで本当の事かは知りませんけれど」
『人胎衣に人体根に陽起石かぁ
薬研にパラパラと。あるいはドロリと。六種の薬草に四種の乾物。二種の鉱物に三種の生物を落とし込む。薬研車を取るとそれをゆっくりと練り潰すかのように力を込めて、御意見番は磨りていく。グチャリと草が、ブツリと石が、そしてブチュリと、刻まれても尚蠢いていたナニカが汁を噴き出しながら無情に押し広げられていく。
『濃縮還元一番搾りだー』
「扶桑の国是からすればそのような存在は、根底より否定されるものでありましょう。事実、古代には朝廷によりそのような因子を持つとされる者共の狩りも行われ、後には治療による是正へと移り変わりました。性転換の秘術です。……尤も、施術が必ずしも正しい理由から執り行われるとは限らぬもの。早々にそれは別の用途に使われましたわ」
『何時もの扶桑くおりてぃー』
嘲る美しい老婆。蠱惑的に鈴の音のような声音でころころと笑う。器に用意していた追加の素材を薬研に更に四種、混ぜ込んでいく。グチュグチュと、水音を立てて磨り潰されていく。
『壁虎に堅香子、狒々の肝臓かぁ』
「性を操り弄ぶ秘術です。その邪な使い道は幾らでも御座いますわ。例えば公家や武家にて跡取り欲しさに姫を、大寺では娘子を稚児とせんために。大乱の後に男不足になってからはそれはもう一時期は頻繁に行われたそうですよ?あるいは、跡目争いに敗れた者が二度と復帰出来ぬように、寺送りでは尚不安で、しかして斬首する勇気のない者が……物好きですと血をより濃くするためなんて理由もあったとか?まぁ、何とも業が深い事ではありませんか?」
『自分から二形ったのもいたんだってねぇ』
そして胡蝶は気付く。一つ、まだ磨り潰してない乾物があった事を。
『二形って交じりあったりもねぇ』
「右四段目の上から二つ目の棚から出して頂戴?……うふふふ。御免なさいね?ちょっと不手際がありましてね?何処まで話して……そうでしたね。余りにも頻繁に行われたそれですが、しかし決して安全なものではありませんでしたわ。寧ろ、過酷そのもの、命懸けの工程でしたわ」
『弟子相手にウキウキだっただろーがぁ』
ころころと、嘲笑う物言いで。そして弟子が差し出して来て受け取った乾物を、霊橘の陳皮を見て、直後に眉を顰めて彼女は突き返す。
『アッチの施術の時とは大違い』
「間違えたわ。これではないわ。確か……あぁ、そうでした。三つ目の棚でした。行けませんね。歳を取ると勘違いが増えてしまうもの。後で馬濁薬汁を啜らねば。若返りにはやはりアレが一番……すみませんね。話が脱線しました。そうです。本当に命賭けの施術ですわ。それこそ本来は何年も掛けて段階的に取り行わねばならぬ繊細な術。腕の良い者でも失敗は珍しくはなかったとか。尤も、本来は半陰陽の循環を乱せればソレで良いですから最悪被験者の股が壊れてしまっても構わないという意図なのでしょうけれど?」
『いっそ宮刑の方がマシなくらいー』
そして弟子が直ぐ様に差し出して来た乾皮肉を、珍皮を受け取ると胡蝶は欠片を摘まんで掲げるようにしてその具合を見やる。色合い、硬さ、そして薫りを確かめる。良く天日干しされて水分が抜けきっているのを確かめる。弟子で制作した一級の珍皮であった。
『男女のナニかよぉ』
「良い仕上がり……確か、嘗て薬師寺家には僅か一月で施術とその予後まで完全にこなす名医が居たそうですね?伝え聞く限り中々神がかっていた技前だったとか」
『弟子に弟子の干物取らせるなよぉ』
尤も、それが却って良くなかったのかも知れない。
『何お前も恍惚顔なんだよぉ』
「正しく薬師寺の鬼才……残る記録に基づけば合法的に転換の処置をした回数では最も多かったそうで。ですがそれを基準に有象無象に性急に施術を急かす方々もいらしたそうで」
『濡れる程興奮してやがるー』
専門家の話を聞かず、無理を押そうとして、そして失敗した有様は目も当てられない惨い様であったという。
『マジで引くー』
「医共は責任逃れのために責を教えを乞うた薬師寺に押し付けて、未来を絶たれた貴人方もそれに便乗して没落も一因にも……専門家からすれば馬鹿らしい話しですわ。元より万全に慎重に、それでも危険なものですもの。私も過去二度、密かに執り行いましたが本当に丁寧な作業を求められたものですわ。僅かの過ちが全てを無為にしてしまう施術……金を幾ら積まれても仕事としては割に合いませんね」
『仕事としてはー?』
最後の素材を包丁で切り刻みながら無理難題を嘆息する御意見番。その道に成熟している者だからこそ、当時の記録の無茶具合には本当に呆れ果てる。薬学と医学の発展に多大な悪影響を与えた大禁令を嘆く。薬師寺家本家没落と合わせて、果たしてどれだけの喪失であった事か。馬鹿らしい令を布告した無知蒙昧な当時の朝廷の差配には不満を禁じ得ない……明言こそせぬものの、言葉の節々には明確な不満不平が見え隠れしている。
『本当にそれが理由かよぉ?』
「こほん。……まぁ、恐らくはその頃の記録を頼りとして執り行ってしまったのが原因なのでしょう。彼の医神の方法に倣ったのは寧ろ失敗と言えましょう。典医寮にはあの施術を執り行った経験ある者はいなかったのでしょうね。必死に方策を調べて逆に墓穴を掘った訳かしら?故の惨状……うん。良い仕上がりですね」
『うっお。凄い雄臭』
朝廷最大級の秘め事をまるで他人事のように、細事のように、胡蝶はさらりと流してしまう。練る。練り固める。丸薬を仕上げる。黒々とした黍団子程の丸薬を恍惚の眼差しで見つめる。
『匂いだけで婆の下が洪水じゃねーか』
「長旅は疲れますでしょう?帰られたらこの丸薬を飲んで下さいまし。心身共に強壮させて疲れも吹き飛びますから。それこそ火山のように煮え滾る程、底知れず……ふふふ。皆で御帰りを、お待ちしてますからね。御兄ちゃん♪」
『うわ、キツ』
……以上、牡丹より蜂鳥無線の相手を交代した専門家による、俺の鼓膜を突つきながら伝えられた壮絶な情報である。
『本当に壮絶なのは情報なのかぁ?』
……御兄ちゃんは止せ。
『己の悪因悪果を呪えー』
ーーーーーーーーーーー
「……全ては前帝が御隠れした由の事で御座います。長らく不明の奇病にて藻掻き苦しむ帝には、残念ながら直系の男子、それどころか危篤の時点で子自体が産まれておりませなんだ」
主君が己の背に急ぎ隠れたのを見向きせずに右大臣は深刻に語る。我妻の分身は恭しくギャン泣きする『御方』の開けた装束を着せ直す手伝いをしていく。尚、もう一方の分身は俺の背後に控えて万一の狼藉に備えている。
「彼の御仁は精力的に政に務めていたせいでありましょう。嘗ての名君、玉楼の帝もですが本気で国を仕切ろうと思えばそれだけで精も根も尽き果ててしまう様子でした。輿入れした姫君らの不満、退屈は聞き及んでおりました」
「数多の不正腐敗、不公平を改めた都合上、敵も多い御方だった。それこそ、後宮すら信用していなかったのも理由でしょうな。一部では下衆な噂もあったが其処は私がはっきりと否定しよう」
大臣に続いて、俺の背後から付け足すように我妻の分身が語る。それこそ同じく改革の大鉈を振るった玉楼帝も同じく政敵が多かった事だろう。我妻が両帝の元でどのように仕事を務めたか、想像するに易い。彼らはそれこそ腰を振る暇があるなら筆を振るっていたのだろう。
「そして、その過労の果てに病に斃れ……」
「病死、と?」
「はい。誠に遺憾ながら」
視線が交錯する。実に白々しい建前であった。傍らに我妻雲雀を控えさせているのだから尚更に白々しかった。二重の意味で欺瞞だった。
公式の設定である。我妻雲雀が頭職解任された理由に部下である翁の禁術による不祥事とされている。同時に別の短編では帝を御守り出来なかったとも触れられていた。その文面からして病死ではない。病死とは表向きの建前。同時に、これもまた不自然だった。
双方の内容を整合されるならば即ち、禁術の研究の末に翁が帝を害する事となったという事だ。しかしそれならば逆に罪が軽過ぎる。松重家は牡丹含めて打首であろうし、我妻も追放で済む筈もない……。
「……不始末である事は事実だからな。務めるべき御役目を思えば、私に落ち度があった事に変わりない。温情ですらあると思っているよ」
此方の考えを読んだように、背後の我妻は肩を竦めて宣う。大臣の背に隠れる御方の方は……首を傾げている?
(この反応は……親父が病死だと信じ切っている感じか?)
『帝の地位から逃げられる訳にも行かぬでしょうから。大人しく御飾りをして貰うならば敢えて語る者はいないでしょうよ』
俺の予測を読み取ったように、式を通じて牡丹が嘯く。
世間への表向きの発表は病死、朝廷の知る裏の真相は松重の翁を筆頭とした禁術狂いの無謀故、それすらも偽りで真の真相は誰の犯行かも分からぬ最も無様な有様……朝廷の権威のためには見せしめなければならなかった。我妻の退任はその一環。処断までされなかったのは流石に何代もの帝に仕えた功ある者をそこまで貶めるのは憚られた、といった所か。
『何であれば、松重家等の禁術に関わった係累の見せしめ族滅を奔走して密かに差し止められたとか。……ふっ、あの御祖父様が顔を見せられぬのも納得ですね』
孫娘の心底意地の悪い皮肉と冷笑が文字通り鼓膜を震わせた。祖父側の発言はない。式の向こう側にいるのかも分からない。式越しでも会話出来る状況は嫌なのかも知れなかった。というか、牡丹、お前さん妖化してから段々性格悪くなってない?自分が打ち首されてたかも知れない事案っぽいけど?
「……成程。それで、帝が病に斃れたとなれば、喪中明けには当然誰ぞが即位せねばなりませんな。それが、何故?」
ここで大事なのは暗殺の有無、その下手人ではない。誰の犯行か、俺は予測は付いてるが今は後回しで良い。大臣に先を促す。
「……后の宮は名門白藤宮家の出。当時腹の中に居た子が男児か女児か、帝の進退に忙殺される最中において生まれ出でもせぬ子に関心を払える者はそう多くはおりませんでしたでしょうな。あるいは、そのようにする事で子の安全を守られんとした先帝の配慮やも知れませんが……」
俺の望みを察して、同時に大臣もその子が背後にいるのにこれ以上語るのは止すべきだと判断したのだろう。俺の催促に応じて話を本筋に戻しそれを語る。
「何にせよ、それが裏目に出ました。……全く、無茶をしてくれたものです」
大臣の漏らしたのは憤慨というよりも呆れに近い嘆息であった。怒るのも疲れ果てたと言わんばかりであった。
産まれた子を男児と偽り、同時に喪が明けると共に首も据わっていない赤児を玉座に添える。語り草で分かる、本当に本当に、相当に無茶であった事であろう。あるいは、無謀であるのは理解していても野心から絶好の機会を見逃せなかったのか……。
「白藤宮の摂政殿も愚かではない。誤魔化すために企ててはおりました。それこそが禁忌とされた転換の秘術。当初は早急に執り行うつもりはなかったと言います。段階を踏んで、十年以上かけてと……」
計算が狂ったのは帝の死後、暫しして、前任者が御隠れし、古式に基づいた卜占によって次の斎宮が選出する儀が執り行われた際の事である。
「それは、まさか……」
「えぇ。そのまさかで御座います」
帝の一族より、代々世襲される旧都における諸巫女の筆頭。呪占により選ばれる次代の斎宮……よりにもよって性転換を終える前に前任の者が絶えるとは思っていなかったのだろう。ましてや、既に帝として選ばれた者に次の斎宮の白羽の矢が立つなぞ……皮肉な事であるが、半端に半陰陽故であった故であったかも知れない。
何にせよ取り返しはつかぬ。今更帝が女児である等と露見すれば摂政殿は家ごと破滅する。そして、元より無謀にも女児を男児と偽り帝に据えたのだ。彼の御仁は素直にその運命を受け入れる筈はなかった。毒を食らわば皿までである。皿ごとでも食わねば未来はない。どの道破滅するならば何をしても同じなのだ。少なくとも摂政家にとっては。
⋯⋯半陰陽が帝の位にあるなぞ、帝統と朝廷の沽券に関わる等と転嫁して。
「摂政殿が必死に足掻き思いたった最後の手段がそれでした。呪い故に選ばれた。これを今更違える訳には行きませぬ。ならばどうするか?前提を変えてしまえば良いのです。『巫女』たる条件が失せてしまえば、それはつまり『巫女』としての死、という訳です。死ねば次の者を選定せねばならぬ。そうして次の者を占い選ばせれば良い。果たして誰に相談して決断したものか……占いの結果を秘匿したかと思えば手順踏むべき所を踏み倒し、余りにも性急に施術を推し進めました。その結果……」
本当に沈痛な面持ちで項垂れて首を振るう。俺は主従逆転強制露出公開プレイで晒された棒とプニ丘の組み合わせを思い出して同じく項垂れた。それはそうだろう。余りにも生き当たりばったり過ぎる。
「……今の帝は、斎宮様でもある、そういう訳ですね?」
「元よりお身体の頑丈な御方ではなく、しかも早急な転換をせんとしたために施術の途上で酷い熱病に掛かりました。これ自体はどうにか霊薬で以て凌いだものの、引き換えにその変異は酷く半端な、そして最悪のものとして固定されてしまいました」
尤も、変異仕切る前に手当しなければ、恐らく大臣の後から此方を泣き睨む貴人は病没する事になっていたのだろう。この大臣は合理的だ。仮に一日二日熱病を放置すればどうにかなるならそれまで平気で待っていたに違いない。どうやってもこれ以上は耐えきれぬ状況と踏んでから諦めて服薬させた筈だ。
「その道の専門家によればせめて肚さえ無くなっていれば術的に巫女認定から外れていたであろうと言う話でしたが、残念ながら……今の主のお身体は朝廷としても、そして斎宮としても最悪な状態です」
扶桑はその国是から神格を連想させる半陰陽なぞ認められない。ましてや何百年も前に自ら禁忌とした施術の失敗の成れの果てが玉座になぞ……そして神宮からしても最悪だろう。結局、呪占をリセマラ出来ないのだから。そして摂政家は言わずもがなだ。
「残念、という言葉を使うべきなのかは迷う所ではありますが……まぁ、どっち着かずの宙ぶらりんになっているのは一番困りますね」
「そうでしょうとも。そしてそのような非常時だからこそ無茶も効くようにもなるのです」
堅康は更に語る。曰く、彼が右大臣にまで急速に成功したのはこの酷い惨状の始末に大いに寄与した事で摂政より共犯者として見なされたためであるらしい。特に旧都の寮頭、宮司、そして斎宮殿、三者に説明して納得させるのは中々骨が折れたという。半端者の半陰陽を弑せんとする試みすらあったとか。
「誠に言いにくい事ながら単純に不敬……と断罪は出来ませぬ。事は国家の大事故に。……確かに諸巫女の筆頭たる立場ながら斎宮は制度上は仮巫女。しかしながら、他の有象無象とはその性質は大いに違いまする。」
「性質が、違う……ですか?」
「斎宮は、断じて形ばかりの祭礼を務めるばかりの御飾りではないのです。権威という曖昧なもののみではない、より実質的な意味で問題があるのです」
暫しの沈黙。そして眉間に皺を寄せつつ、一時迷いながら、しかし更に言葉を紡いで行く。旧都の存在意義を。その由来を。それは牡丹達は無論、俺すらも知らぬ知識。禁知であった。
「この旧都は神々の監獄たる側面が御座います。嘗ての建国期、央土を蹂躙して覇権を争う八百万の人外共を、朝廷は旧都を構成する社々に封じました。その際に往生際の悪い神々による祟り、神罰の類が帝の一族に濁流の如く振りかかる事となりました」
それは個人なぞ何処までも凄惨に惨殺し、子々孫々までその魂すら腐り崩す悍まく濃厚な呪詛。百毒の祝。底知れぬ悪意……しかし朝廷はそれをすらも逆用したのだと、右大臣は口にする。
(へぇ。成程。そう言う仕組みなのね。剛毅な事。いえ、面の皮が厚いというべきかしら?)
一を聞き十を知り得る葵の声音が耳の内で響いた。その第一声だけで彼女は全てを察したようだった。
数多の呪い。神罰。しかしながら神格というものは傲慢なもの。そして数多の呪いが複雑に絡まればそれらが正常に作用するとも限らない。
神の呪詛は我先に、自らが力によりて相手を祟らんとして相争う。その口で以て傲慢な化物共を騙し、貶め、陥れて見せた始まりの帝は、それすらも想定の内にあるようだった。己に迫る人理を超えた破滅を、意地悪く利用して見せた。否、そうやって呪いを己にだけ向けるために、彼は命懸けで立ち回ったのだ。
喩えるならば、それはまるで熱病に冷病を叩きつけるが如しだ。複雑怪奇に絡まり合う神々の呪いを蟲毒染みて争わせ、ぶつけ合わせて対消滅させる。そうする事で雑味を濾過した純粋な神気のみが残る。生来、帝の存在意義は其処にあった。護国鎮守の人柱。央土を人が得るために払った生贄。傀儡の御飾りで良い。寧ろその方が複雑怪奇に絡み合う呪いの影響を思えば良い。誰もその血統を侵せない。政治に携わらず、ただ玉座に座るだけで、ただ御簾の内に籠るだけで帝は国家の第一の下僕であり礎であった。初代帝は一周回ってニート生活を楽しんでいたようにすら見えたという。少なくとも、表向きにはそのように振る舞った。
……刻は過ぎる。国家の拡大から、行政に国家儀礼・祭儀の複雑化から、あるいは時の帝の器質から、そのような朝臣の前にすら滅多に姿を見せぬ古式な体制には限界が来つつあった。せめて文武百官の前に姿を見せる必要に迫られた。そして求められた、帝の呪いを背負い受ける代理役が。呪いの認識を誤認させる帝統の枝木が。
「単純に代理を設けるだけでは味気無い……とは仕組みを拵えた当時の陰陽寮頭の言葉です。再開発された旧都はそれ自体が祭壇です。贄たる仮巫女は己に向けられる事で身の内に溜められたる当ての無い神気の奔流を、この土地そのもので拵えた巨大な祭壇を用いる事で行使する事すら出来る。喩えば帝統を祟る呪いを、その祟る神格共の身を封じる結界の源に活用しているのだとか。何とも皮肉な話でありましょう?」
旧都が所謂対神格特攻の墓場、監獄である事は原作及びそな派生作品にて触れられている。しかしその具体的な中身までは明示されてはいなかった。成程、そういう事か。
だが、ならばこそ……。
「なれどその斎宮の処遇、これまで如何にして来たので?分けざる得なかった二つの大役を二足草鞋とはいかぬのでしょう?」
一度二度は兎も角、そう何度も帝の立場にある者が大裏と旧都の間を行ったり来たり出来る筈もなし。果たして、どのようにして今日まで誤魔化して来たのか……いや、そもそも巫女として半端故に務めを果たせぬのであったか?
「解決の代償は大きいものでした。それこそ、数少ない正規の血統の巫女を代理で祀り上げる認可を与えるまで。……術的には帝の代わりに呪われる斎宮の更に代理という事になりますな」
「正式の巫女を……ですか?」
驚愕であった。元より希少な巫女の才ある血統の粗方は、既に救妖衆により絶えている筈であった。朝廷、あるいは右大臣家からすれば隠し持っていた希少な切り札を切った事になる。摂政一族の保身なぞのために。確かに大きな出費だ。
……それだけ、右大臣からしても背後に隠れる主を護りたかったという訳か。
「……しかし、此度こうして面会した以上、それで一件落着とは行かなかった訳ですね?」
「問題は数多あります。種袋なき故に跡取を作れない、厚着せねば身の成長を誤魔化せない、声変わりも何時まで誤魔化せるものか……何よりも今の呪いの重石を務めているのは代理の代理。斎宮と違い血統すら違いまする。本来の道理・仕組みを大きく捻じ曲げての運用なれば、背負う者に不必要なまでに負荷が掛かるは言うまでも御座いませぬ。……本当に悪い事をしました」
冷徹な面持ちを、しかし僅かながらも確かに苦渋に歪めて項垂れた右大臣。代理の代理の身代りとなった巫女がどういう運命を辿ったのか、いや、辿っているのか、その語りだけで必要十分だった。
そして……ここまで来て、漸く俺は眼前の大臣の言わんとする事のその輪郭が見えて来ていた。
「成程……成程……それで、このような凄まじき秘密を知らしめて、朝廷は下賤で路傍な神擬きに一体何を要求を?」
「知れた事。貴方の内なる因子、その権能以外に何がありましょうか?」
質問に対して此方を見据えての力強い覚悟に満ちた返答。それは想定の範囲内だ。そうだな、問題は……。
「些か言葉足らずに思えますね。具体的に俺の内を蝕む因子をどのように扱うので?そちらの……御方の半端な様を如何にするお積もりなので?」
男に完全に返すのか。それとも元に戻すのか。
「堅康……」
「主の御心、良く理解しております。御安心下さいませ」
背後にて抱き着く御方の、不安げに囁くような呼び掛けに大臣は宥め慰めるようにそう語る。欲深くはないと。主の身の安全こそが最優先なのだと。
「では……」
「はい。半端に終わってしまった変異の完遂。今更斎宮としての職責なぞ万全に背負える筈もなし。それにその場合表向きには御隠れして貰わればなりませぬので……数年前ならばいざ知らず、現状でそれは余りにも民心を動揺させかねません」
それは救妖衆の暗躍による方々での騒動を指していた。扶桑を動揺させるという策は、何処まで計算の内なのかこのような案件にも影響を与えているようであった。
「身勝手ながら巫女としての死を以て、呪占にて次の正式な候補を立てさせて貰うつもりです。帝を真なる益荒男とする。それこそが我々の最優先事項であります」
「成程……」
大臣の宣言に感心するように俺は頷く。……背後で悲しそうな顔を浮かべる御方とそんな御方を同情気味にチラ見する狸殿についてはスルーしておく。悪いな。個人の好みを尊重してる暇無いんだわ。其処は主従で後で意識統一してもろて……いや、気付けよ。ちょいちゃいその後の主殿、雌顔で大臣様見てるだろうが。
まぁ。それは兎も角……。
「承知しました。ですがこの血肉、非礼ながら思慮深く使って頂きたい。正直、結構な毒餌ですよ?」
入鹿の、あるいは牡丹を思い返して俺は警告する。特に牡丹に至っては本人は否定するかも知れんが大分人間を辞めている。妖母の因子を取り込んだ俺の血肉を使ってそれなのだ。唯人たる御方に不用意に取り込ませれば蜚蠊の連鎖駆除になりかねない。
「其処は承知しております。しかしながら朝廷が保管している彼の邪神の純血の因子では幾ら試しても全く抑制が効きませぬ。……その耳内で聞き耳を立てている実例が示すように、幾分か貴方の血肉に宿る因子は弱毒化していると見ました。実際に暴走を抑えられている実例がある。即ち、活用のしようがある、違いますかな?」
「はははは……」
『…………』
大臣の意見、そして指摘に俺は空笑う。蜂鳥は沈黙する。バレテーラ。いや、適当に仕掛けたブラフかも知れんけど。しかしなぁ……。
「……成程、それもその通りですね」
チラリと大臣の背後の人物を見る。帯を我妻に締めて貰い漸く着直せたその御方は、やはり未だに大粒の涙を溢しながら俺を睨んでいた。睨みながら大臣に背後から密着するように抱き着き、ぎゅっと装束に皺を刻む。勘弁してくれ。俺は見たくて見た訳じゃない。見せるように命じたのは其処の忠臣殿だぞ?何方選ぶかもだがもっと相互理解して認識を擦り合わせてくれ。
「理究衆と協同、という事になるのですかね?」
「正確には其処から信頼出来る一派、私の子飼いの者らという事になります。事態は秘中の秘、口の堅く、目的と手段の混同せぬ者を選び申しています」
其処には言外に帝に害を為す者は排除していると意味が込められている事を俺は察していた。その身を実験体として、あるいは帝位を貶めるための手土産にその秘を語ろうとした者がどうなるか、という訳だ。
「左大臣は、知らぬのですね?この事態を」
「仁義と道義を重んじる彼の御仁なれば禅譲、巫女としての務めを強要するだろうと読みました。摂政殿もその正道故に味方に引き込む事を躊躇った様子……貴方の語る話が事実なれば、却って幸いであったと言えますかな?」
そしてこれまでで一番疑るように、そして訝るように宣う右大臣。
「⋯⋯えぇ。全くその通り」
左大臣、あるいは鵺ならば此度の秘密を知れていればとっくに利用している事だろう。原作にて影の薄い帝の下事情がどうであったのかは分からないが……右大臣の防諜体制も無能ではあるまい。知れていないと思いたい。
……そもそもアドバンテージどころかアキレス腱でしかない情報なのだからマイナスがゼロになるだけなのだけども。
「っ……。主よ。……えぇ。無論承知しておりますとも。しかし、念には念を入れるべきでしょう。どの道その人柄を思えば今の帝の立場を危うくしかねぬ御仁。警戒するに越した事はありますまい。そうで御座いましょう?」
背後の帝が右大臣の装束を引っ張る。右大臣が顔を寄せるとその耳元に顔を宛てて囁くように語り、大臣は宥めるようにそれに受け答える。大層小さな声音であるが、人外染みた俺の耳は帝が何を囁いているのかが明瞭に聴こえていた。
(何々、仁の大臣を悪しく語るなぞこの者は信用出来ない……まぁ、そりゃあそうだろうな)
一皮剥けば色々逝ってるような人物?だが己の欲望のために五百年、聖人の皮を被り外道に陰謀と工作を積み上げて来た人物だ。その名声、普段の立ち振る舞いに発言、ぽっと出でナニを見られた何処の馬の骨か分からぬ賤人よりもずっと信用出来るに違いない。俺が同じ立場でもそうするだろう。
……幸い、ここで俺が説得すべきは傀儡でFUTA=NARIな御方ではない。
「……左大臣殿は朝廷に長年仕えて来た功ある御仁故、貴方の言葉を鵜呑みには出来ない。主の御立場故に警戒はするが此方で独自に調べて真偽を確かめたい。良いですかな?」
「勿論で御座います。全て、御方の良きように……」
右大臣殿の応答に恭しく頭を垂れて、そんな空虚な事を俺は言って見せる。
俺は知っている。こんな事を宣う右大臣こそ、ノベル版の割と早い段階で左大臣に疑念を掛けていた事を。容疑者その一であり決して優先度は高くなかったろうが……それでも確かに警戒していた事が描写されている。其処に俺の預言。後押しにならぬ筈もない。
(上手く行きそう、か……?)
帝の息子案件のような想定外の事態があったが、状況は俺の好ましい方向に向かいつつあるように見えた。寧ろ、それ故にであろうか?災い転じて福となすとはこの事である。頬をナニで叩かれた甲斐もあろうというものだ。ツキが回って来たか?
「うむ。正式な誓約は内容を詰めるために未だ先になろうが……一応の協力関係は結べると見て良いだろうか?」
「勿論ですとも。……正式な誓約について、其方の提案する原案は頂けるので?」
「無論だ。……我妻殿」
「うむ。此方だ。お前さん以外が拡げたら燃えるように出来ている。よくよく気をつけよ」
右大臣の催促に応じて、背後の我妻の一人が此方に歩み寄り巻物を差し出す。俺は受け取ると躊躇なく紐を解いてその中身を確認する。上等な扶桑紙に達筆な文字の羅列。協力関係に纏わる大臣の示す条件の要目であった。ざっと通すだけでも分かる、相当に詰めた中身であった。
(内容に罠があるかも知れん。一旦持ち帰るしかないな)
それこそ葵や胡蝶、牡丹、翁辺りに見せて中身を検分して貰わなければならぬだろう。契約書は中身を確認してから署名しないと後悔する。クーリングオフなんて優しい制度はこの時代にはなかった。騙される奴が悪い。悲しいね。
「今後、都での連絡については我妻殿を経由して頼みたい。下手な式では気取られるかも知れませぬ。内容を纏めて文で貰いたい」
「文通ですか。元陰陽寮頭が恋文の運び役とは、贅沢なものですね。それだけ表沙汰に出来ぬ貴人との禁断の遣り取りと思われそうだ」
「確かにそれは妙案ですね。では、姫君らしく薫りや筆跡を工夫して貰っても?」
「マジすか?」
冗談半分に言ってみたら真面目に受け止められて困惑する俺であった。我妻を見れば「こういう男なのだ」とばかりに口元を釣り上げて静かに笑っている。御方の工事に関する方向性と反応を付せて見るに、この大臣意外と天然なのかも知れなかった。
……油断誘う演技とかじゃないといいなぁ。
「……失礼。大臣、そろそろ」
「んっ。そうか。……あい分かった」
暫しの間、情報の擦り合わせを兼ねた細々とした会話を続け、頃合いを見計らうように我妻が恭しく右大臣殿に耳打ちした。大臣は大仰に頷くと、此方に改めて顔を向ける。
「そちらとしても、お渡ししたその案を持ち帰り吟味する必要がありましょう?この辺りで一旦議論は切り上げさせて貰いたい。……此処には勅使として伺っておりまして、そちらの務めも果たさなければ」
「確か、神宮に対する神饗祭の予告ですか。……大丈夫なのですか?代理の巫女の様態は。先程の御言葉が正しければ、酷く身を持ち崩しているとか」
俺の質問に大臣は沈黙と共に頷く。
「えぇ。……主を此方にお連れ致した表向きの理由で御座います。近頃は代理巫女は籠もり、影武者が形式的な祭儀を務めているのだとか。流石に蔑ろに過ぎるとして神宮よりせめて勅使の出迎えと挨拶程度は、と。どの道御簾を挟んでの事ですので」
挨拶と上奏をする者とされる者が共に都から旧都に降りてそれを行うのは滑稽そのものであろう。とは言え散々神宮に斎宮寮を愚弄するような事をして来たとなればそれくらいは求められるだろう。あるいは、いざという時に真っ先に糞神共の封印解ければ蹂躙されるのは彼ら彼女らなのだから誠意を見せねば、という事なのかも知れない。
「では、これから?」
「明日には斎宮を装う主に顔合わせと挨拶の次第でして。その後に私的に宮への奉納も執り行う次第です」
「賄賂ですか」
「さて。何の事やら……」
神宮側を宥めるための飴なのは明らかであったが右大臣はさらりと澄まし顔で受け流す。逆に大臣の背後にずっと抱き着き侍りぱなしの御方は眉間に皺を寄せてあからさまに此方に敵意を向けていた。へいへい、俺は悪者ですよ。
「我妻殿、先に主を」
「堅康……?」
右大臣は我妻に呼びかけて先に己の主君を退出させんとする。我妻に手を引かれて誘われつつ、名残惜しむように、あるいは不安げに大臣の名を呼ぶ御方。彼は安心させるように宣う。
「長旅にこの席、お疲れで御座いましょう。ごゆるりと御休み下さいませ。明日は早い、支度をせねば、そうで御座いましょう?」
「……うん」
諭されて、渋々と我妻と共に隠し扉から部屋を出ていく御方。幾度か当ても無く振り返り、大臣を見やる。俺には睨む。そして隠し扉がくるりと回転してしまえば、その姿も消えてしまった。
……そして、沈黙。俺と、大臣と、我妻の分身のみが残る。空気が変わったような重苦しい静寂は果たしてどれ程続いたか。切り出したのは、やはり御大臣様であった。
「貴方の気に留めている事案については承知しております。巫女殿の事、そうでありましょう?」
悪びれる事も、かと言って冷笑する事も苦悶する事もない、淡々とした物言いであった。唯々事実を口にしているようであった。
「我妻殿より貴方が如何なる人柄かは聞き及んでおりました。先程の物言いもですが、随分と生きるのが下手糞で御座いますね?」
「見せては貰えない、と?」
俺の提案に大臣は沈黙する。理由は何となしに分かっていた。主君の代役として持ち堪えさせている要を、未だ誓約によって拘束出来ておらぬ存在に晒し見せるのには抵抗があろう。しかし……。
「想定はしておりましたよ。しかし、貴方からすれば顔も知らねば何の得もない相手でしょう?それを、態々背負う課題を増やそうと?」
「だが貴方に、扶桑の国益にはなり得る。違いますか?正式な血統の巫女は大層希少な存在と聞き及びます。救える機会があるならば……救うべきでは?先程言ったように、扶桑の安定は回り回って自分にも都合が良い」
「救える機会ならば、でしょう?」
「見て見ねば、判断のしようもありません」
「見る事そのものが禁忌、という事もありますよ?」
言葉を紡ぎながら、大臣は小さく冷笑する。
「アレを今更どうにかしようなどと……良いでしょう。百聞は一見にしかずと言います」
些か渋りながら、しかし大臣は直ぐにそれを受け入れる。既に一度語るように、大臣達には選択の余地がないのだから。
「お見せ致しましょう。私があの御方の身代わりを仕立てた、その罪の意味と惨状を。その代わりに……」
大臣はこれまで一番険しく此方を見据えた。身を乗り出して、有無を言わせぬとばかりに睨み、覗き込む。
「誓約を。何を見ても、断じてその怒りを主上に、他の何者にも向けられぬように。全ての責は……私が承りましょう」
「それは巫女を代役に祀り上げるに当たり、方々に誓った約束ですか?」
大臣は無言だった。無言こそが答えであった。そうか。それ程に……。
「……良いでしょう」
「痛み入ります」
深々と、此方の卑しき身分も気にせずに頭を垂れる大臣。一切の躊躇もなかった。頭の垂れる事は元々慣れていたがその逆は佳世の拵えた屋敷では日常になってしまってるものの、やはり慣れるものではなかった。勘弁してくれ⋯⋯。
「……それで、何時頃伺わせて頂けるので?」
「明日の夜には。斎宮への上奏、その後に宮に赴きますので其方で。我妻殿に裏口の案内をさせます。後程の合流を致しましょう」
そして、大臣は立ち上がる。
「我妻殿。今宵此方の神擬き殿の寝食の世話を頼む。私は一つ、雑事の応対がある」
「雑事?」
「少々面倒事が起きましてね。よりによってこの斎宮寮で刃傷沙汰が起きましたのでその関係で。下手人はまだ捕まっておりません」
「それはまた物騒な事で。……壁の向こう側で騒がしいのはそういう事でしたか」
俺の質疑に大臣はあっさりと大事を言ってのける。俺もまた合点が行く。やはり此方に連れて来られて以来感じ取っていた剣呑さを帯びる喧騒は、勅使一行の受け入れだけでは無かったか。
「よもや神聖なる宮でとはな。……誰の仕業ですかな?私は此方の案内するのに離れていたから詳しくは聞けてないのだが」
我妻も同様に尋ねる。大臣や帝を御守りし、俺を監視する立場からすれば、やらかした者が如何なる存在か、それを知るのは当然であった。
「恐らくはもう寮殿には居ないとは思われます。何、単なる下男ですよ。唯、事態を面倒にしているのは先触の召し上げていた者である事でして。……このような不祥事があるのでたかが下働きでも人となりは見極めねばなりませんな」
「……先触の、下男?」
何気無しに大臣の語る言葉に、俺は嫌な予感を感じた。それは論理的なものではなく、寧ろ獣的な六感に近いものであったかも知れない。何の根拠もない、しかし、確かに何か不穏な感触……。
「それは……いや、お待ち下さい。それは、何処の家の下男で?」
「……?はて、何処でしたかな?……あぁ。確か元は鬼月の家人扱でしたか?確かに囚われた者の中には鬼月からの要員もいましたか。ですがそちらは巻き添えのようなもの、直ぐに解放出来ましょう」
「いえ、……いや、それも、ありますが。では……狼藉を働いたという下男の雇い主は、何処の家の者なので?」
「それは……」
怪訝そうに、しかし実に素直に大臣は答えた。欠片とて隠す素振りもない返答。そして俺は、その予感に息を呑んでいた。
それは時と場所と場面を変えた、しかし確かに切腹死フラグの前振りであった……。
『ナァー』
斎宮寮の何処かで、床を擦る物音と共に獣の鳴き音が反響した……。
帝君ちゃん「大好きな人の御願いだから何処の馬の骨かも知れない賤民の前で脱衣露出公開するのもがんばる。……ぐすん」