和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件 作:鉄鋼怪人
此方、ナマズさんより第一五〇話登場・袖捥ぎ様(考察付)です。因みに袖を切り捨てられた場合に備え火薬詰め込んで権能発動から遅れて自爆機能付の後期型が一部で流行していたり……。
https://www.pixiv.net/artworks/148606375
素晴らしい作品、誠に有難う御座います!
「はて。一体何に贖罪をしているので?」
それは今や遥かに遠くの光景。それは過ぎ去り切った嘗ての記憶。人気のない荒れ果てた荒涼なる地に一人跪いて、まるで祈るように頭を伏せる人影に向けて己は声を掛けていた。己の網膜に刻まれたその彼方の『記録』……。
「……覗き見かよ?厭らしいじゃないか?」
「これは心外な。自主的に護衛をしてあげているんですよ。……今の貴方には必要でしょう?唯でさえ一撫でで塵になりかねない軟な身なのですから、目指したる大それた試みが成就するまでは身の安全最優先として軽率な自重して欲しいのですがね?」
跪いたままに振り向いた外套に身を包む青年の皮肉混じりの返答に、当時の己は淡々と応じる。それは当然にして自明の帰結であった。至極真っ当なる理由であった。
神格を誑かして、神格共を貶めて、我が物顔の神格共の時代を終わらせてやるのだ。眼前の人物は正にその首謀者の身である。幾ら身辺に安全のために警戒してもし足りる事はない……。
「大それた、ねぇ」
何処か感慨深げにも思える風に、青年は天を仰ぎ立ち上がった。外套にこびりついた土埃を叩いて、腰を反り返して骨を鳴らす。先程までの険しい様は何処へやら。随分と寛いだ態度であった。
あるいは、そのように見せているのか……。
「折角乗り掛かった舟なのです。なればせめて最期まで果たして欲しいものですね。時は金なり、私の限りある時間を無駄遣いだった事にしないで欲しいものですが?」
「どの口でほざくか、怨霊め」
立ち上がる青年からの誹謗中傷……否。それは単なる事実の開示であっただろう。当時の己は重々承知して、肩を竦めてそれに答える。
「貴方の事を思い、高く評価しているからこその忠言ですよ。貴方は……もっと己自身の価値を知るべきだ」
そして懇切丁寧にこれまでの事実を羅列する。誇張なく、客観的にその偉業を連ねていく。臆病で身勝手な各地の隠れ里を束ねた事、そのために数多の試練を乗り越えた事、霊力持ちの忌人共と結んだ事、信頼を得る為に命を賭けた事、異形共とすら友誼を結び、神格すらも謀って、そして……この東の果ての地に新たな時代を拓かんとしている。時代の先覚者。あるいは変革者。時代の転換点。その先駆け……。
「よくもまぁ美化してくれるもんだ。こちとら踏み台にしたり切り捨てたりして、その癖清純面して英雄を演じてやっただけだぜ?」
「それも必要な犠牲。大事の前の小事でしょう?目的のための手段を選ばぬ偽善ぶり、心より感服しますよ」
「罵倒されてる?手玉に取られた恨み節か?」
「まさか。寧ろ良かったと思っていますよ。貴方の口車に乗った甲斐があった。……本当に楽しい日々でした、よ」
そういって顔を逸らして荒野を向いたのは何故だったのか。少なくとも口にした言葉に嘘偽はなかった。やり甲斐があった。存分に知恵と知見を振るえた素晴らしい日々出会った。詰まらない里長共や王侯共相手の使い走りの傭兵ではない、それ以上のものだった。……随分とこき使われたのは否定はしないが。
「楽しい日々でした、ね。……過去形かよ。もしかして近々に裏切る予定でもあるのかい?」
「残念ながら裏切る価値ある者とは敢えていないものでしてね。……なれば貴方の歩む道、せめてその最期までは傍らにて見届けさせて貰いますよ」
それは阿りでなければ媚びでもなく、御世辞でもない。事実だった。一見身の程知らずな遠大で壮大な大望は、しかし今や手の届かん場所にある。後一歩とは言わぬ。しかし……確かにそれは最早夢ではないのだ。こんな面白いもの。最期まで見届けねば損というものである。久方ぶりの忠義らしきものを捧げるに足る人物であったと思う。長くこの世に留まりて尚、中々に得難き存在であった。
「……死んだ後の行く末まで保証はしないけど、か?」
「貴方の人生は命を掛けて見届けるに足りますが……子々孫々まで面倒見るなんて、そのような義理は無いでしょう?何時迄働かせるお積もりで?」
飄々と嘯きながら、当時の己は内心で舌を巻く。相変わらず軽口ぶって内心を見透かすのが得意な青年だと思っていた。初めて相対した時もそうだった。僅かな言葉の機微に聡かった。言の葉を大切に使う人物だった。
「ぽっくり逝けばいいじゃねぇか。長生きし過ぎると罰が当るぞ?唯でさえ罰当りな方法で長生きしやがってる癖によ」
「個の一生とは学ぶには余りにも短いものですので。そのお陰で貴方も助けられたでしょう」
「腐るには長いけどな。……今ですら性格悪いんだ。百年後、千年後のお前さんが果たしてどうなっている事やら、な?」
「ははは。耳が痛い話ですね」
「嘘をつけや。その耳、本物かよ」
「バレましたか。実はこの耳、言霊対策の偽装でして……」
「止めろ止めろ。お前のその手の説明は長過ぎる」
己の秘密を知る、否、見抜いた数少ない一人である主君との戯言染みた売り言葉に買い言葉。際どい言葉の応酬。嫌いではなかった。崇められるでもない、蔑まれるでもない、そして畏れられる訳でもない、何よりも頭の回る者との会話は当時の己にとっては確かに楽しみであったから。
……尤も、頭が回る一方で妙に鈍い所もある御人ではあるのだが。
「……お前の事だ。何だったら作り出した作品を最後は自分で壊したりしそうだよな?」
「貴方の作り上げた新しい道を、ですか?そんな事は……あり得ますかね?」
主君と仰いだ青年の胡乱な眼差しでの問い掛けに顎に手をやり考え込んで、そしてキッパリと認める当時の己。悪びれもせず、客観視しての分析であった。あり得なくはない。百年。千年は兎も角、それ以上となるとあるいは飽きて次の検証を始めているかも知れなかった。恐らくは、掃除に序でにド派手な実験をしてから。
「いや、否定しねぇのかよ」
「主君として貴方を敬っていますからね。それに、決して嘘は言わぬのが私の誓いなのです。自慢ですよ」
「いっそ、粛清したろうか」
「事が終わって功臣を始末するのは確かに悪手ではありませんね。狡兎死して走狗烹らるという訳です。……まぁ私の場合は次の容れ物に入るだけですが」
尤も、始末された経験自体は珍しくないが種が割れている前提なのは初めてだ。この頭の回る主君の事である。事前に舌拵えしてから粛清してくるだろう。それはそれで面白い。知恵比べも悪くはなかった。
「俺はお断りだな。お前の事だから質の悪い罠で何もかも道連れにされそうだ」
「それは残念です。幾つか仕掛けの案が思い浮かんで来た所なのですが」
「勘弁してくれよ……」
そして互いに困り果てて沈黙する。正確には、当時の己は眼前の青年がどのような選択をするのかを何処までも興味深く観察していた。その一挙一動が関心の対象であった。知的好奇心が擽られる。
「……夜咫か」
「……偵察からの帰還ですね。此方に来ます」
交えた会話に天を仰いで困り果てる青年が、遠くに浮かび上がる影に呟く。恐らくは彼女も此方に気付いたのだろう。拠点ではなく直接此方に向けて高度を落としているように見えた。魔眼とした眼球で拡大すれば隠し切れぬその期待に膨らむ表情がはっきりと認識出来た。まるで犬が褒められるのを期待しているかのようだった。
「……なぁスガミよ。一つ、提案があるんだがな?」
下降してくる鴉を見上げながら、彼は呼び掛ける。何でしょうか、と頭を垂れて続きを促す。
「仮に事が成されても、まだまだ人の手による人の世は未熟だろうさ。少なくとも俺が往生しても何代かはそうだろう。人のための国は、産まれたばかりの雛鳥さ」
そして鴉を見上げていた眼差しを向けて来る青年。皮肉げに歯を覗かせて冷笑を浮かべる。
「そんなのだからよ、お前みてぇなどうしようもない奴でも重用しねぇと出来たばかりの屋台骨があっという間にポッキリ逝っちまうんだろうな?そんで、その間にお前さんの方はきっと飽きちまう。お前はそういう存在さ」
「……それで?」
「お前さんによ、退屈凌ぎの提案をしてやろうと思ってよ?……面白いものを見せてやれる提案を、な?」
そして心より敬愛して、そして敬服する主君はそれを紡いだのだ。孤独に内に秘め続けたその密言を唯一、己に向けて語って……。
……だから。これは君が始めた物語なんだよ?
ーーーーーーーーーーーー
「君は……その声は……?」
背後に佇む羽虫の如く小さな蜂鳥を見て、その嘴から紡がれた詰るかのような声音を聴いて、地の底の社の門を潜らんとしていた蛍夜環が抱いたのは圧倒的な困惑だった。
何故それが此処にいるのか、どうして今自分の前に姿を現したのか、何故其処まで怒りを発露しているのか、皆目見当が着かなかった。そして余りにも楽天的で抽象的な可能性と期待を抱いてしまって、漸く現実に立ち返る。立ち返って……。
「……!!?」
『ほらよっと』
脇に抱える獣を反射的に、そして勢いよく放り捨てる環。空中に投げられた野辺は猫のようにそのまま空で姿勢を立て直し前足から地面に滑らかに着地する。尾をくねらせるように揺らして背伸びするかのように呻く。そして環を見やる。
『酷いじゃないか。いきなり私を害虫みたいに捨てるなんて……』
『捨てられて挽肉にされて相応の端末がほざくんじゃあありません』
野辺の苦情を遮るような蜂鳥の横槍の罵倒。純白の獣は真っ黒な眼球に蜂鳥を映し出す。
『そちらこそ、突然出て来て口が悪いね。一体何者かな?』
『知らばっくれるんじゃありませんよ。貴方こそ、また随分と女子供受けする端末を使いますね。貴方にそのような感覚があったとは驚きでした』
『……あぁ、成程。そういう事か』
問い掛けへの静かな罵詈雑言に、しかし獣の言葉は蜂鳥に向けてのものではなかった。一人で納得したような、あるいは他の者との話で理解したような、闖入者から意識を外してのものだった。蜂鳥をその向こう側から使役する少女は憤慨する。その沸々とした怒りは式神越しからでも滲み出るように感じ取れた。
『折角式を挟んでいるのに、感情の分かる口調で話すのは頂けないね。それとも話術の一環かな?確か君は耳の中に……』
『黙り……っ!!?ちょっ!?おじっ!?んっ、じゃま!……これはこれは、不肖の身内が失礼をば。聞き伝わる、旧都の守護者殿でありますかな?』
野辺の言葉を塞ぐように、そして向こう側で一悶着の後に蜂鳥が紡いだ声音は慇懃な老人のものであった。先程とは打って代わって、悠然として、羽根を胸にやり一礼する。
『御父君……いや、その声音からして御祖父君といった所かな?御孫さんの躾はちゃんとしておいた方が良いんじゃないかな?この業界は唯でさえ危険が多いんだからね。手遅れになる前に脇が甘い所は直すべきだと思うよ?』
『ご安心下さいますよう。既に手痛い経験済みで御座いますれば、その罰も報いも受け入れておりまする』
『ふぅん。……あぁ、成程ねぇ』
そして合点が行くように納得する獣。
『彼方の私が原因ならば、気持ちは分かるけども責任は持てないよ?私が責任を背負えるのはこの地に関してだけだ。それは承知しているね?』
『勿論で御座いまする。なればこそこうして見当違いの謝罪の言葉を述べさせて頂いている次第。寧ろ、今日まで果たして来たその務めに敬意を抱く所存で御座います』
やはり慇懃に、確かな敬意を抱いて蜂鳥は宣う。そして首を向けるのは会話の中で半ば置いてきぼりにされている少女である。
『……そちらの姫君も、突然横から失礼をば』
「貴方は……ううん。さっきの声の人の身内、だよね?牡丹って人のさ」
『その名は余り出さぬ方が宜しいと思いますの。不肖の身内のために貴女に無用の嫌疑が掛かりかねませぬ故。……それよりも』
環に誠意を以ての警告、そして再び獣に視線を向ける。
『ここに至っては説明せぬ等という事はありませんな?……此方の姫君は大変貴方に不信を抱きつつある。ここは語れる内容だけでも答えるべきでありましょう。少なくとも、姫君が成すべき事、その代償を、きちんと語るべきと思われますが?』
如何ですかな?と蜂鳥から紡がれる老人の声音は念を押すように。環もまた強く訝るように獣を見やる。彼女はこの突然の闖入者に、しかし既に信用を抱いているようであった。恐らくはこの老人の声音ではなく、その前の娘の声音に対してであった。
『……仕方ないなぁ』
環の態度を見て、諦念したかのように獣は呟く。蛍夜環という少女が此処に至っては知らぬままでは納得し得ない事を理解したのだ。
『真実なんて知らない方が良いだろうに。それでも知ろうと思わずにはいられない、という事か。私が語るのも筋違いだろうけど。……つくづくと人の好奇心というものは理不尽なものだよね?』
そして……観念したかのように獣は懇切丁寧に説明を語り始めるのだ。
ーーーーーーーーーーー
『君の気持ちは分かるよ?突然の提案に最初は戸惑うかも知れないけれど……唯唯露悪を突き詰めただけの提案と必然的かつ効率的な観点から提示される提案とでは意味合いは大きく違う。先ずはそれを順序立てて説明する必要があるだろうね?正当な理由であるのを承知して貰うのは何よりも大事な事さ』
悠然と、泰然と、紳士的に装って、それは嘯いた。
『……さて、一度話題を変えようか。水子の神は知っているかな?うん。その通りさ。親により打ち捨てられて、この世ならざる地に流されたとされる忌神の事さ』
獣の端末は問い掛ける。問い掛けて、応答に頷き補足する。
『各種の神統の記録基づけば、彼の水子はこの扶桑の地に於いて最初期に発生した神格の一つである可能性が高いんだそうだよ』
昔語るかのように野辺はそれを口述していく。述べながら、此方に寄りてはグルグルと歩み周る。
『上古の事実関係自体はこの際どうでも良い事だ。大事なのはその認識が広く知れ渡っているかどうかだ。神格は信仰にて変質する。扶桑が勃興する以前にその認識は既に出来上がっていたし、それ以降は寧ろ編纂された結果認識が一層固定化された。……あぁ、この事は扶桑にとっても好都合でね。性質が予め分かればそれに合わせて対処もし易い。一帯で最高峰の霊脈を押さえた事で神格共の性質変化を抑え、好き勝手に万能に、権能を行使するのを阻害する事に成功した』
私も大分頑張ったよ、と。初代陰陽寮頭の分け身は端末で以て胸を張った。それはまるで偉業を誇るように。
『権能と性質が固定化された事で、寧ろそれを逆用し得る発想も生まれてね。……あれは恐らくその一例なんだろうね。それにしても中々攻めた儀式の成れ果てではあるね』
眼を閉じて思い出すように、感嘆するように、あるいは瞠目するように。嘆息して、感慨深げに、端末は更なる説明を、その動機へと迫る。
『蛍夜環、彼女の持つ簒奪の力……その根源にあるのは水子の神の権威だよ。扶桑における最初期の神柱。座を奪われ、誉を失った忌神だ。だからこそその力は成り立つ。王のものは王に。神のものは神に。……そして、水子のものは水子に』
一拍置いた。沈黙する。黄昏れたように……そして続ける。
『本来の八百万の神柱の長子だ。即ち孝行の対象だ。長幼の序だね。数多の神共は元来忌神を崇め傅かねばならぬ。……弟妹のものはつまり、彼の神のものという訳さ。あるべき秩序を押し付ける力だ。お前の物は俺の物、俺の物は俺の物、何とも傲慢な力だよね?』
しかしながら、だからこそ凶悪な力でもある。数多の神への絶対的な天敵。重石にて、最適……。
『如何なる経緯で彼女がその力を仮託されたのかはこの際気にしない。術的痕跡を見る限り何等かの贄として、儀式の帰結なのかな?あるいは事故?まぁ何にしろ、この地を管理運営する私としては兎も角も権能さえ使えればそれで良い』
淡々と、淡々と、亡霊の分け身は結論を下す。
『数多の御柱の長にして簒奪の権利者。それがこの刻にこの地に訪れた。正しくこれは運命だよ。絶好の蓋だ。それ以上だ。彼の日神すら祟れない。祟ろうが無意味だ。それどころか……吸い上げたこの地の神威と霊脈の恩恵を以てすれば半永久的に蛍夜環という存在を延命して運用する事すら出来る。此度のような巫女の悲劇を抑止し、宮中の政で蓋の機能が混乱して危機に陥る事もなくなる。扶桑の運営の安定に寄与するんだ。人がより一層盤石となるんだ』
黒真珠の目玉は底知れぬ程に漆黒であるのに奥底から輝いて見えた。淡々とした声音に、僅かに嬉々とした感情が読み取れる。興奮したように。あるいは、そのように見せかけている。聞く者に熱を伝染させんとするかのように。
『水子の力は暴発したらどれだけの犠牲を生むかも知れない。なればこそ、適度な発散先としてもこの地はうってつけだ。最悪暴走しても地の下に向ければ封じられていた連中を軒並み貪れる。この地の霊脈が滅びても潜在的脅威が消え去れば問題はない。この地の存在意義が最終的解決がされるだけさ。……あぁ、大丈夫だよ。君がこの地に避難させたい者達に被害が及ぶ事はしない。精々が内宮までで余波は押し込めれるようにしよう。最悪、指定の者達だけでも最優先で脱出出来るようにもしてもいい。管理運営する存在として、お安い御用さ』
至れり尽くせりの提案を笑顔を形成して脛擦は宣った。此方に配慮した思い遣り溢れた悪意の欠片もない提案。
『だから、ね?……私に賛同して、彼女を贄にするのを手伝ってよ!』
「…………淫鵺ェーダーさん。一つだけ言いたい事があるんです。貴様は糞だ」
応答を求められた俺は、取り敢えずド直球な愚弄から入る事にした……。
『……失礼な言い様だなぁ。これはれっきとした報国だよ?』
「随分と楽しそうな物言いだったが?」
『建国以来の大課題に対して抜本的な解決策が見えて来たからね。……まぁ、実際に機構と接続運用する上での下準備で色々と加工のし甲斐ある素材で楽しみなのは否定しないけど』
「いや、否定しないのかよ」
語られたのは、実に鵺の分け身らしい人の心の無い提案と発言であった。ここまであけすけで清々しいと実際、大本である鵺と繋がっていないと確信出来てしまうくらいだった。……味方になり得る筈の存在が害獣染みている思考なのは救いが無かったが。
『間違った事は何も言っていない筈だよ?蛍夜環という一個体の状態が扶桑国と人界の存続と天秤に乗せられる類のものだと?……どう計算した所で、収支は釣り合わない』
漆黒の眼を細めて、端末は冷ややかに首を傾げる。全てを数字として俯瞰する、感情無き機械のような声の調べ。恐らく此方が素であった。
「……俺と大臣の会話を聴き耳してたんなら分かる筈だ。俺は断片的にでも未来が分かる。その立場から言わせて貰うがあいつは……蛍夜環はぞんざいに扱って良い存在じゃない。軽く見てると痛い目に遭うかも知れねぇぜ?」
『嘘は良くないね。先程語ったようにこの型の端末も未来を観測出来る。私には視えるよ。彼女が巫女として大任を果たしてくれる光景をね。末永く末永く……ね?』
「自分で言ったろうが。……てめぇの場合は先を点としてしか視えねぇんだろ?面で俯瞰して視てから筋を変えて来る神格共とは訳が違う。違うか?」
『…………』
俺は詰るように追及する。即答の反論が無いのが答えであった。
こいつは、脛擦の端末はあくまでもある時点からの未来を時間を擦りズラして覗き視ているだけだ。神格のように現在過去未来、そして数多の分岐した世界に並行して存在している訳ではない。視れる未来は一つだけだ。
言うならば本の先の頁を飛ばし見しているようなものだろう。残念ながら神格からしたらその本は分冊百科なので気に入らないなら中身を別の物に入れ替えられてしまう。そしてこいつの力は擦られた俺が何も触れられないし誰にも見つけて貰えない状態であるように、ズレた位相にて干渉出来る訳ではない。所詮は脛擦という訳である。あくまでも制約されたものでしかない。九尾狐の最上位幻術ですら過去に干渉出来るだけなのだ。未来に干渉するのは尚困難。ホイホイ出来る訳もない。
「確かに分岐する世界の可能性は無限大だ。確かにお前が上手くやって見せる世界線もあるんだろうよ。……大事なのは此方の主観でな?」
何処まで言ってもこの目の前の端末の未来視は神格のそれの下位互換でしかないのだ。この俺が主観として自覚するこの世界線がその通りになる保証はなかった。
『……神格の側面のある君に言われると非常に痛いね。知らぬ存ぜぬとは行かない。やっぱり君が一番の障害かぁ』
先程から痙攣し続ける肉塊の周りを回っていた脛擦は、歩むのを止めて項垂れながら深い深い溜息を吐く。
「……お前が視た蛍夜環が蓋の巫女に捧げられた未来、扶桑国はどうなっている?」
『存続しているよ。勿論、旧都もだ』
「領域は何処までだ?何処まで人界は維持されている?」
『少なくとも威瀬邦全域は維持されているよ』
「つまり残りは陥ちたって訳だな?」
『……残念ながらね』
「……ははっ、成程」
そして散々な答えを嘘偽りなく答える野辺に対して、俺は鼻を鳴らす。呆れを含んだ冷笑だった。
「徹底しているな。旧都の維持、そして人界の存続が果たされるならばそれ以外は切り捨てるのも、譲歩するのも構わないという訳か」
嘘は言わない、聞かれぬ限り全てを言わないだけ、という事だ。恐らく端末がその未来を観測出来たのは和魂たる日神……空亡はその条件ならば譲れるというメッセージでもあるのだろう。そしてこの分け身にとってもそこまでが妥協出来る最低限の一線という事か……。
『創立期の扶桑国の惨状から見れば、邦一つが丸ごと存続しているだけでも十分過ぎる成果と言えるけどね。私に定められた基準は正に其処だよ。創立期の状況を下回らなければそれだけで人界は扶桑以前の世界より繁栄している事になり、即ち建国の意味があると判断されるんだ。そして……魑魅魍魎共に譲歩出来るかの基準でもある』
「基準……それはお前のか?それとも、初代の帝の遺言か?」
『……全ては、合意の上での結論だよ』
野辺の返答に、一瞬の沈黙があった。何かを追憶するような、あるいはそのように振る舞うように。
『彼は底抜けの夢想家であり、徹底した現実主義者でもあった。そして……愚かしい程に道化を装う悲観と自己犠牲の塊でもあったねぇ』
感慨深く、天を仰ぐようにして、過去を振り返るように端末は言葉を紡ぐ。
『彼は常に最悪を想定していた。己の行為が全て徒労になる事も覚悟していた。その上で希望も決して捨てなかった。己を人柱にする事に躊躇も無かった。憎まれる事も恥を受け入れる事もね。……そんな彼の全てが無意味に終わるのだけは避けたい。欠片でもその行いの成果を残してやりたい』
「だからこそそんな未来を許容すると?」
『今一度明言するけれど、それでも扶桑以前の世に比べたら遥かに恵まれているのさ。人が逃げ隠れせず、奴隷としても酷使されぬ国は、少なくとも嘗てのこの地に於いて皆無だった。……彼の最初の望みは本当に本当に、細やかなものだった』
味わうように、噛みしめるように、端末を通じて分け身は語る。其処には確かな敬意が見て取れた。己の主君として、敬服と忠義が読み取れた。出任せでなければ演技の類いにも見えなかった。
「……随分と忠臣な事で。お前さんの大本は人界の転覆計画を楽しんでたぞ?次の実験がしたいんだとよ」
『その思考自体は理解出来るよ。但し、彼方と違い私には明確な目的あって分けられているからね。その遂行のために思考にも規制が掛かっている事だろう。……勿論、誓約で私を分割する際に扶桑に不利益あるような仕込みは出来ないようにされているから、その点は安心して欲しい』
そんな事を語り、脛擦な端末は目元を細めて肉塊を見上げる。ひたすらひたすらに痙攣を繰り返す肉塊。その度に肉の何とも形容し難い水音が漏れる。
『此方の巫女も良く尽くしてくれた。何時迄もこの有様は忍びない。そろそろ楽にさせて上げても良いと思うのだけれど?』
「ここに来て情に訴えて来るかよ」
『じゃあこのまま苦しめるのかい?悪鬼の所業だよ?』
「どの面下げて言ってくれやがる」
『この面?』
「知ってるよ」
そして俺は沈黙する。迷う。悩む。糞みたいな提案を、しかし頭ごなしに否定出来なかった。環をここの御柱とする。恐らくは空亡が譲り認めたその場合の未来は一邦丸々が人界として確定していた。央土の一邦である。俺に提示された自治区の提案よりも尚広い。何十万もの者が助かるだろう。此方の提案が採用された場合俺に提示されたものがどうなるのか知れないが……何にせよ、最悪を回避する上では悪くはない。
(だが……)
それは原作ではあり得なかった選択肢だ。俺の影響か?いや、それ以上に環がTSしているからか?何にせよ旧都は原作でも外伝でも直接的に描写される事はなかったし、当然巫女として環が贄柱になる事もなかった。このルートが何を齎すのか、特に左大臣の反応が読めなかった。
(環が男でもアレだったのを、ましてや女で巫女とされるとなれば……待て?左大臣はこうなるのを予測出来ているのか?)
事が成された暁の、大臣の反応を想像するだけで悍ましい。この管理運営機能はその辺りを把握しているのか?俺は此方を見据える端末をジッと見返す。俺と右大臣の会話を聴き耳している筈だが……。
「……左大臣は環に執着している。巫女に重ねている。そして、扶桑を裏切った」
『君の話を聞く限りそうらしいね。腑に落ちないんだ。百夜院程の名家が……何故なのかな?』
「あぁ、成程。其処までは把握してねぇんだな?」
そして俺はここで明確に異論を唱える事を決意した。
「俺が見る事の出来た可能性の中には……お前の口にする末路よりずっとマシなものもある」
嘘はいっていない。俺が脳裏に思い返すのは所謂ベターエンド、あるいはハッピーエンド(?)に行き着いた原作ルートである。主人公様のTS云々?それは脇に置いておく。
『……それで?』
「左大臣は化物連中に重宝されている。幹部ともいっていいだろう。影響力は計り知れない。本人も最早化物みたいなものだ。……そんな奴が蛍夜の姫君に尋常でなく固執してる訳だ。嫌な予感がしないか?」
俺は更に脳裏にシナリオを思い浮かべる。続ける。
「蛍夜環という存在の辿る運命の、その内の幾つかを俺は認識している。酷い目に会う運命もある。どうにかそれを脱する運命も。命を落とす運命もな。だが……巫女に成る運命は知らない」
『何が言いたいのかな?』
「左大臣が蛍夜環に執着するのは巫女が理由だ。アイツの中身は大乱の時代から生き永らえている。何やら巫女様相手に大層拗らせたようでな。お前さんの遣り口はアイツの過去を刺激する可能性が高い。そんな奴を日神は引き入れてやがる。……誘導されているとは考えられないか?」
即ち環を贄の巫女にすれば威瀬邦は救われるんじゃない。威瀬邦以外を喪うという事だ。そして、あの大臣様のイカレ具合ならば……あり得ない話ではなかった。
『成程。確かにそのような解釈は可能ではあるね。……それで、本音は?』
「本来斎王は前任が死ななければ次を宛てがえないんだろう?なら、代理の巫女も同じなんじゃねぇか?楽にしてやるって、そういう事なんだろ?」
そして俺は肉塊に向けてひたすら贖罪を呟く男を一瞥する。俺に孫六と語った男に、その『兄妹』との日々を思い返す。端末に向き直る。
「こいつら兄妹には随分と世話になった身でな。その母親をそういう意味で楽にさせるのはちょいと気に食わないな」
『六輔はこの巫女殿の守人であって血の繋がりはないよ?』
「言葉尻を捉えるなよ。……守人にしたのもお前の誘導なんだろう?てめぇのせいで随分と苦労させられたようだな?」
『必要な経費だよ』
俺の詰りに、しかし端末は澄まし顔で悪びれる事もなく宣ってくれる。
『君に直接的に被害がある訳じゃない。其処まで拘る事かな?六輔も、巫女殿も、蛍夜環も他人だろう?』
「それで納得して見て見ぬ振りして、責任転嫁して逃げ続けてたら、俺は此処にいないものでな」
無責任に後先考えずとも言う。ガバチャートならそれこそ鬼月に預けられて雛に言い寄った時からの伝統だ。今に始まった事ではない。
「俺も化物に近付いて欲が深くなってんだな。もうベターエンドじゃ満足出来ない体になっちまったんだよ」
一邦と引き換えに残りが駄目になる……それで納得出来る性根ならば、それこそ鵺の提案にさっさと乗っているだろう。既に己に最悪に備えた保険が確約されている事を考えれば、もっと欲張っても良いように思える。
『……意見は理解したよ』
「納得はしていないって事だな?」
そして俺は何処からともなく鳴り響く騒音にチラリと背後を覗く。巨大な影が三つも見えた。其々に眼球が虹色に輝く白大蛇と、百足頭の巨人と、唸る大蜂の怪物……いや、蜂は群が一塊になっているのか?何にせよ、溢れる気配は尋常ではなかった。溢れる妖気に明白に神気すらも混ざっていた。旧都の防衛機構たる式妖共……。
「ひ、ひぃ!?な、何が……っ!?」
直後に、恐らく此方は脛擦にズラされてはいないのだろう。存在に気付いた孫六は悲鳴を上げていた。しかし逃げてはいない。肉塊の前に立ち、守らんと手を広げていた。脚を震わせて、怯えっていたが……それでもその場を離れない。背後の存在を守らんと身構えていた。
「……まさか彼方が狙いって訳じゃないでしょう?」
『そうだと言ったら?』
「本気でキレるぞ」
『おお、怖い怖い』
余りにも薄っぺらい怯え様であった。此方が位相をズラされている故に眼前の事態に何も出来ぬと高を括っているのか。残念ながら同じ位相にいるのだろう目の前の端末を八つ裂きにした所で何の意味もなかった。最悪永遠にズレた位相に取り残される。悪辣な。だが……。
「神格は面に存在する、か。妖化したらイケるのかね?」
口で疑問形で口にしつつ、俺は既に半ば確信していた。神格に過去も未来もない。ならば俺もまたそちらに寄れば同じ事である。所詮はズラされているだけである。ならば過去も未来も纏めて引き裂けば……孫六をちゃんと保護対象として認識し続けられるかが怖いが、其処は偉大なる自称母親に念押しするしかあるまいて。
「出来れば穏便に解決したいものなんだがな?」
『……』
瀬戸際外交の警告の脅迫に、しかし端末の返答は沈黙であった。ああそうかい。ならば……仕方ねぇ、か?
「という訳だ。出番だぞ」
『(≧▽≦)ガッテンショウチノスケヨ!』
装束から飛び出す馬鹿蜘蛛。首筋に掴まり何時でも吸血出来る状態にある。俺自身は内に押し込める衝動を奮い立たせ、その力を慎重に目覚めさせていく。理性が飛び切らぬように寸前まで手綱を握りつつ、狂いに向かう。俺は本気だった。
(環の足止めは上手くいってるか?孫六の奴はどうするか……厄介だな。連れ出すとしても足で纏いになる。其処まで読んで出汁にして来たか?)
全身の血を滾らせていきながらどのように状況を片付けるべきかと迷い悩む。環をどう宥めすかすか、孫六をどう保護するか、毬の扱いは、紫の責任問題は、右大臣にどう報告するか……あぁ。面倒だな!!
「っ……!?畜生っ!!そっちも、な、何か、いるのかっ!!?」
『(≧▽≦)ソウデスワタシデス!』
孫六が此方を見て、虚空を凝視して怯え叫ぶ。神格が面として存在するならば、未だ視覚で見えずとも気配を感じ取ったように声を震わせていた。
そして、それでも尚肉塊と成り果てた巫女を背にしたまま、決して逃げ出す事はなかった。大した根性だった。
『……!!』
相対する三柱は俺か、あるいは馬鹿蜘蛛か、警戒するように数歩引き下がる。引き下がりつつも、やはり背を向ける事はなかった。大蛇の眼が見開かれて妖しく輝いて、百足巨人が相撲取宜しく身構えれば明らかに空間の空気が名状し難きものへと変わっていた。蜂の群は一度散ったかと思えばは途端にその蠢き象る造形を龍のそれに変質させた。飛び交う蜂共の塊は模した龍の顎を開く。龍種そのものと言うべき腹から来るような咆哮が地底に轟く……。
「……アレ?もしかしてこいつら滅茶苦茶強い系?」
冷や汗が流れた。少なくとも地上で相対した狼よりもずっと強い。嫌な予感がしてきた。凄く嫌な予感がしてきた。
『今更気付いたのかい?』
「あぁ。やっぱり話そう。話せば分かる」
『やはり暴力、暴力は全てを解決するよね』
「ファック!」
『(。•̀ᴗ-)✧ダイジョウブ!パパトワタシガチカラヲアワセレバムテキヨ!!』
「だと思いたいな……!!」
格好のつかない掌返しの提案はドヤる獣に無慈悲に切り捨てられる。相対する三柱からの圧が強まる。濃厚な神気の集中。其々の権能が行使される気配。馬鹿蜘蛛の無責任な台詞に答えて苦々しく腹を括る。一瞬背後を見やる。孫六の位置を改めて確認する。
(余波の巻き添えにはならんようにしねぇと……ならば、先手必勝か!?)
脳裏に思い描く。権能を行使される前に先ず一柱、確実に仕留める。抉り裂いて、沈める。そのまま背後を取り、振り向いて来る所を更にもう一柱、決して孫六が連中の射線に入らぬように、此方に意識を逸らすために、その戦略を決める。
「……っ!!」
そして俺は脚力と爪に全力で力を集中させて、最初の一撃のために正に飛び跳ねんとして……!!
『……。……!!……停戦しよう、地母神の眷属よ』
「っ!?うおっ!!?」
直後、何かを受け取ったように脛擦は静止の言葉を吐いた。同時に三柱もまたその戦闘態勢を解いた。飛び立たんとしていた俺は踏み止まってよろける。脛擦はそんな俺の前に歩み寄る。
『安心すると良い。蛍夜環の処遇に関する当初提案は廃棄する事になった』
宥めるように、そして残念がるように獣は報告する。これまで一番感情豊かに思える物言い……。
「……何が、どうなっている?」
『どうもこうもないさ。……そうだね。あとで右大臣殿に感謝する事だ』
「……右大臣?」
『(˘・_・˘)ダイジン?』
脛擦のその思いがけぬ言に、俺と蜘蛛は顔を見合わせ揃って眉を顰めその単語を反芻していた……。