和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 貫咲賢希さんによる第二二話のワンシーン
https://www.pixiv.net/artworks/84870375

 尚、原作ルートだとこのロリゴリラが三日三晩に渡ってゴブられる模様。世界的は残酷だからね、仕方無いね


第二三話● 駆除作業に貴賤無し

 深く、どんよりとした空気の漂う山中の森の中を二つの人影が進んでいた。一人は男性であろう長身、もう一人はそれより少し低くより細身の少女であろうか?

 

 ただ沈黙の内に歩む二人、その背後に幾つもの気配が忍び寄っていた。小さく、低く、不気味な獣の声を鳴らしながら少しずつ、しかし確実に距離を詰めていく獣共……。次第にその鳴き声は背後からだけではなくて森の左右からも、そして頭上からも聴こえて来ていた。……つまり、囲まれつつあった。

 

 ここは都から遥か遠く北の地、未だに妖共が跋扈する北夷の地、それも飛び切りの危険地帯であった。

 

『グオオオオォォォ!!!』

 

 地震の如き地響きは唸り声であった。深い森の中より巨大な影が複数現れる。全長二十尺はあろう化物共はそれぞれが蛇に、蟹に、猪に、似た大妖……それも後百年もあれば凶妖にまで昇華し得る程の潜在力を秘めた飛び切りの個体であった。

 

 ここは北土が危険地帯、かつて『空亡』に付き従い央土で暴虐を尽くした百の凶妖が一体、牛鬼が朝廷の征討から逃げ延びた低級な霊脈の流れる山森である。

 

 大乱終結直後の残敵掃討にも拘わらず数名の退魔士が返り討ちにあって食い殺され、それ以降は朝廷は国土の復興や他の積極的に活動を続ける危険な妖の討伐を優先する必要があったために、森から出てくる事のない手負いのその化物の退治は後回しにされ、次第に放置されるに至った。

 

 今では封じ込めと平行して餌を与えぬように如何なる者らであろうと立ち入りを強く禁じられているその森に人間が迷いこむは凡そ数十年ぶりの事、実際にはその際には逃げられたために最後に人肉を食らったのは更に昔の事……兎も角も長らく人の味をお預けされていた魑魅魍魎共にとって此度の迷い人二人が格好のご馳走であった事に違いはない。

 

 巨木の如き胴体を持つ大蛇の大妖がいの一番に威嚇の声を上げた。そしてその細い舌を伸ばしながら鋭い牙を以って迷い人達に躍りかかる。そして……そのまま全身を硬直させた。

 

『シ、シャアアアアァァァァ!!?』

 

 迷い人達から文字通り手を伸ばせば届く距離で、明らかに重力に逆らう異様な体勢で……まるで時間が停止したような……動きを止める大蛇はその黄色い瞳を見開いて訳の分からないというように叫ぶ。

 

『ギ、ギギギギ……!?』

 

 次いで城の天守程の大きさのある蟹が口元から泡を大量に噴き出して、それを地面に垂らしながら身体を震わせる。ミシミシと軋むような音を奏でる甲羅からは皹が生じて、黄色い体液が染み出すように漏れ出して土を汚す。

 

『ブオォォォォォ!!?』

 

 大猪は吠える。吠えながらその太い首はゆっくりと、しかし確実に曲がっていた。全身を震わせて、唾液を撒き散らしながらその筋力で見えざる力に抗おうとする猪は、しかし次第にその力の均衡が破綻していき首の曲がる角度は傾斜を増していく。

 

 バキッ!ゴキッ!ギリ…ギリ……ガリッ!グチャッ!バギッッ………!!

 

 森の中にそんな多種多様な「壊れる」音が響き渡った。一寸遅れてどしん、と巨大な何かが崩れ落ちる音が轟く。それは胴体を折り紙のように何十にもへし折られた大蛇であり、手足の全てをその甲殻ごと引き千切られた蟹であり、首をぐるりと捻り切られた大猪であった。

 

 大妖達は決して弱い存在ではなかった。大蛇は視認、いや知識として認識するだけで全身が爛れて苦しみ抜いて死ぬ毒を持っていたし、蟹は自身の周囲の物質の重力を操作する異能を有し、大猪の肉体はあらゆる「金属」でも傷をつける事の出来ない概念的な加護を有していた。

 

 三体が三体共にそれを知らなければ碌に対抗も出来ぬ特殊な能力を持つ手強い大妖であったが……彼らはその真価を発揮する機会すら与えられずに絶命した。彼の視界に入る、それ自体が誤りだったのだ。

 

「……さて、ついでにあれらも処理してしまいましょうか」

 

 二人組の背の高い男の方がそう何の気なしに呟く。同時にその危険に気付いて逃げようとしていた小妖や中妖達は金縛りにあったかのようにその動きを止める。残念ながら鬼月思水は自身の異能の弱点……即ちその魔眼が及ぶのが視界の範囲内に限定されるのを熟知しており、その対策は疾うの昔に完成していた。

 

 上空を飛ぶ、あるいは森の彼方此方に散らした式神達と視界を共有する事で、彼の異能は肉眼では到底及ばぬ広い範囲に及んでいた。無論、無数の式神を同時に動かし、その視界を全て『視て』、そして同時に異能を発動させるのは到底容易な事ではないのだが……どちらにしろ、有象無象の妖達の運命はこれで決した。

 

 それはある種滑稽であるが、雑巾絞りを思わせた。ゴリゴリというグロテスクな音と共に骨が、筋繊維が、内臓が捩れていく。断裂した表皮から、あるいは口蓋から鮮血が噴き出し、化物共は断末魔の叫び声をあげる。

 

『止めて下さいまし!お願いします。あぁ……!!』

『うえぇぇん……!!痛いよ!痛いよぅ!』

『およし下さいませ!あぁ!あああ!!』

 

 化物共の中には女性や子供の姿に扮して、あるいはその声を真似て、もしくはその両方を行い懇願する者もいたが、生粋の退魔士たる思水にそのような欺瞞は通用しない。何も知らぬ者であれば罪悪感を感じ、動揺しかねないであろう声……いや実際に中には人間の精神に干渉する効果のある鳴き声を上げるものもいた……に全く気にする事もなく思水は彼らの首を折り、内臓を潰し、脊髄を砕き、最後は全身を丸めて圧縮する。

 

 そこに慈悲はなかった。ただひたすらに、淡々とした『作業』として行われるそれは人の身でありながら人外の化物と戦う退魔士の特異性の典型であった。そして、妖達に向けられているこの力が必ずしも人間に向けられないと言い切れぬ事を思えば、朝廷がその成立以来退魔士を厚遇しつつも警戒してきた意味も分かろうものだ。

 

「痛み入ります再従兄上。………だがここまでしなくても良かったのですが。私の実力がそこまで信用出来ませんか?」

 

 傍らで妖達が肉と骨を砕かれて小さな肉団子にされていくのを淡々と見つめながら少女……鬼月雛は疑問を口にする。確かに面倒な雑魚共の処理は出来たがここまで徹底的に場を整えたとなると……まるで自身がこれからの戦いに苦戦するとでも思っているように感じてしまい、彼女は光のない瞳で僅かに思水を睨み付ける。

 

「いえ、雛姫。貴女の実力は信頼しておりますし、その『異能』が如何に強力なものかは重々承知しておりますよ。ですが、だからといって貴女の力は万能ではありませんし、何よりも妖共は何処までも油断出来ぬ卑劣な存在です。故に万全を期すのは当然の事ですよ?」

 

 殺気を向けられても尚、優しく生徒を諭す教師のように宣う思水である。彼女のその剣呑な雰囲気を当てられても尚悠然と構えていられるのは流石元鬼月家の当主最有力候補だったというべきか。

 

 ……実際問題、鬼月雛の『滅却』の異能は限り無く万能だ。事象すら焼き払うその力は攻撃であればその殆どの防衛手段をも無力化し、逆に防御に回ればそれこそ自らの死すらも焼き消してしまう。しかしながら、どのような力も完璧ではないし、構造上の弱点はある。

 

 鬼月雛の『滅却』は、本人が思考し、認識していなければ意味がない。そして何よりも霊力の消耗が凄まじい。流石に自身の怪我や死であればほぼ自動で事象の『滅却』は可能ではあるが特に頭部を破壊されている場合はその回復まで思考が出来ず、当然その他の行動も行う事は出来ない。

 

 実の所、奇襲で認識されぬ内に頭部を破壊して思考能力さえ奪ってしまえば、後は回復しきる前に何度も回復途上の脳を潰し続ける事で丸一日程で霊力が枯渇するので殺せるだろう。

 

 あるいは幻術や精神攻撃の類いも同様に『滅却』自体は可能であるがそのためにはそれが幻術や精神攻撃であると認識していなければならない。そして大概の場合繰り出す側はそれが幻術や精神攻撃であると認識出来ないように責め立てるのが基本だ。故にこれを認識するには強靭な精神力と冷静な思考能力が不可欠である。

 

「貴女には今更言うまでもないでしょうが能力に驕ってはいけません。私もこの職務をして長いですがこれまで無敵で万能だと思っていた力を持つ同業者が幾人も足を掬われたのを知っていますから」

 

 ましてや、今目の前にいる本家の長女が焦燥しているのを思水は把握していた。

 

(元々忙しなかったですが……葵姫の論功式以来、悪化していますしね)

 

 何処か落ち着きのない、苛立ちを溜めているように思える雛の姿を見て思水はそう評する。

 

 鬼月雛と鬼月葵、共に一族の本筋であり、片やその異能と戦闘技術、片やその霊力と才能に秀でた二人は共に一族の次の当主に相応しい。それは本来ならば鬼月家にとって喜ぶべきもの……とは言えない。

 

 下手に二人の力が拮抗しているが故に、そして今現在は兎も角将来的にはその力が一族の他の者達の手に負えぬものにまで昇華する事が分かるために、何よりも二人の険悪な関係故に思水は事態を憂慮する。

 

(やれやれ、それもこれも当主の不始末のせいですか。一体何を考えているのやら………)

 

 碌に責務も果たさず、自室に閉じ籠り続ける件の男を思い返す思水。あの当主もまた、無駄に才能と力があり優秀なのが始末に負えない人物であった。挙げ句優秀でありながらその所業は………。

 

(下手に勢力の均衡が崩れれば内輪揉めしかねませんからね。我ら鬼月家としてはてこ入れのためにも雛姫にここで御活躍頂きたいものです)

 

 だからこそその舞台を整えるために自ら雑魚狩りをしたのだ。後は姫自身の実力に期待と言った所か。……いや、逆説的に言えばこれだけお膳立てされていて結果を出せぬならば次期当主の資格なぞないというべきだろう。

 

「……さてさて、漸く本命が来ましたね」

 

 思水がそう嘯いたと同時に地震に山が震える。いや、山ではない。森が震えていた。木々に止まる鳥達は怯えるように空に飛び立ち、地を這う獣はそれから距離を取るように逃げ散る。

 

『ヴオオオオオオオオォォォォ……!!!!』

 

 山頂が動いた。木々が倒れ、土は崩れて、現れるのは全長四十尺はあろうという余りに巨大な化物だった。牛と鬼を合わせたような風貌に昆虫を思わせる顎、頭に生えるは二本の角で、四つの赤い瞳が怒りの形相で二人の退魔士を射抜く。蜘蛛を彷彿させる六つの足を生やした胴体に球状に膨らみ黒い毛が乱雑に生い茂る腹部………それは余りに醜い化物だった。

 

「あれが……しかし伝承よりも随分と小さいですね?」

「苦肉の策でしょう。都を追われた際は随分と手負いだったそうですから。ましてやここのような低級の霊地では凶妖の傷を癒すのには不足だったのでしょう。自らの『格』を落とさざるを得なかったみたいですね」

 

 ただの人間ならばそのおぞましい姿に卒倒するか、その禍々しい妖気に当てられて嘔吐でもしていたであろう。しかしながら雛も思水もそんな素振りは一切見せず、寧ろ辛辣なまでに目の前の巨大な怪物の評価すら下して見せた。

 

 実際問題、致命傷に近い傷を受けてしかも質の低い霊地に封じ込められた今の牛鬼はかつての伝承からすれば無残なまでに弱体化していた。その意味で言えば朝廷の取った施策は正しかった事を化物の末路は証明している。

 

 無論、それでもそこらの百年二百年程度の歴史しかない格の低い退魔士では返り討ちにあう事は確実であろう力はあったが。しかし……残念ながら怪物が相対するのはそんな二流ではなかった。

 

「危なくなったら加勢しましょう。まずは御一人で、どうぞお気をつけて」

「はい。しかし、そこまで心配する事はありません。精々半日程度で終わらせますから」

 

 そういって腰の太刀を引き抜く長女の姫。その物言いを理解してか牛鬼は心底恐ろしい雄叫びを上げて山を駆け下りる。

 

「さて、虫遊びは嫌いという訳ではないが………生憎、子供時代なら兎も角今の私の立場で興じる訳にはいかないからな。手加減なく、全力で行かせて貰おう」

 

 そう言うと共に雛はさっと軽く太刀を振るう。同時に生み出されるのは龍を象った紅蓮の炎。それがただの炎でない事を牛鬼が察して咄嗟に山を駆け下りる速度を落とす。しかし……それは無意味だった。

 

「焼け果てろ。『紅蓮狂葬大祓龍舞』!!」

 

 黒髪の少女が太刀を一閃した瞬間、北土のその森は文字通り彼女の視界一面が無慈悲な業火により作り出された幾頭もの龍達によって飲み込まれたのだった………。

 

 

 

 

 

 

 扶桑国が中枢、都……数十万の人口を内に納めるこの国、そして世界的にも有数のこの大都市は国の他の街に比べてもかなり住み心地の良い街だ。原始的でこそあるが上下水道が整備され、徒歩は無論、馬車や牛車が絶えず行き交う街道は脇道まで全て石や煉瓦で舗装されている。東西南北に設けられた市場では食料は基本として日用品から消耗品、贅沢品まで国内だけでなく舶来の物まで所狭しと溢れていた。治安は良好であり、その生活レベルはすぐ外の外街は無論、地方の都市に比べてもかなり豊かであると言えよう。

 

 そんな都の一角、都を十字に貫く主要通りの一つである朱雀通りに面したその屋敷が橘商会の本店であり、そして橘家の屋敷である。

 

「これはこれは宇右衛門殿、よくぞお越し下さいました。歓迎致しますぞ」

 

 牛車から降りた鬼月宇右衛門を商会会長橘景季が賑やかに出迎え、次いで彼はゴリラ様に向けて頭を下げて礼を述べる。

 

「姫様も、相変わらず麗しゅうございます」

「あらそう。有り難う」

 

 特に興味なさげに、しかし最低限の礼節は守った返答をするゴリラ。そして尊大な態度でゴリラ様は屋敷の中に向かう……直前にくるりと此方を向くと釘を刺すように一言宣う。

 

「伴部、貴方はそこで待っていなさい。分かったわね?」

「承知しております姫様」

 

 念入りに、というように注意したゴリラに対して俺は恭しく承諾する。

 

「ささ、歓迎の準備は出来ております。どうぞお早く」

 

 橘景季は俺を一瞥する事も、声をかける事もなくゴリラ様にそう自然に声をかける。ゴリラ様はちらり、と横目に商会長を見ると何も言わずにその勧めに応じた。ゴリラ様が屋敷に向かった後、漸く一瞬だけ俺を見たが特に何か言うでもなく直ぐに興味を無くして立ち去った。それは極自然な態度であった。

 

 というかそれは口にするまでもなく当然の事であった。たかが一下人がどうして屋敷の中に入る事が出来ようか?

 

 商会長の橘景季はこの前の商会の襲撃と、それの救出以来鬼月家との縁があるものの、その恩義はあくまでもゴリラ様やデブ衛門に向けてであり、俺の事なぞ端から眼中にはない。それは傲慢ではなく、常識に照らし合わせた当然の行いであった。

 

 橘景季からすれば自身と家族を助けたのは鬼月家、何処まで極限してもゴリラ様である。俺は精々添え物、いや添え物として認識されていれば奇跡だろう。身分制度が厳格に存在するこの国において下人は被差別民や奴卑よりかはマシであろうとも、究極的には身分賎しき存在である事に代わりはなく、その行動はあくまでも鬼月家の意志に従属するものに過ぎない。故に襲撃時における俺の立ち回りはあくまでも鬼月家の功績であり、俺個人が何等かの謝意を伝えられる事なぞ到底有り得なかった。

 

(まぁ、今更な事ではあるがね………)

 

 不満がないと言えば嘘になるがこういう扱いにはもう『慣れ』た。それにどうせ下手に悪目立ちしてもこの世界では碌な事にならないのも承知済みである。身分制度が厳格でナチュラル差別が横行するこの世界で底辺の階級の者が引き立てや贔屓にされても苦労ばかり多くて良い事は余りないのだ。

 

 故に、俺は黙々と、淡々と牛車の傍らで下人衆班長用長槍(四代目)片手にひたすら直立不動の姿勢で佇む事が出来た。序でに言えばこの間を瞑想の時間として活用してもいる。術式、特に隠行の研鑽において瞑想は有効な修行方法だった。平常心を無理矢理保ち、思考をクリアにし、物事を客観化して、気配を限りなく希薄にするこの行為はこのような待ち時間では十分に効果のある修行方法であった。

 

 尤も………どうやら今回もこの修行は途中で打ち切りになりそうだったが。

 

「……御嬢様、大変失礼ながら何をしておいででしょうか?」

「はい。伴部さんがいつ反応してくれるのか待ってました!!」

 

 牛車の傍らで佇んでいた俺は遂に反応して仕方無しに声をかける。すれば文字通り目の前で彼女はパッと花が咲くような笑顔を見せてくれた。

 

 その出で立ちは大正時代を思わせるような和洋折衷な袴姿、顔の造形は南蛮の血の影響からか印象的だった。幼げな、金髪碧眼の御人形を思わせる美少女で、何処か太陽や向日葵を連想させる。……その屈託のない笑みは下人の荒んだ心には毒だな。どうぞ何処か別の場所に行ってその愛嬌のある元気な笑顔を皆に振りまいて欲しいものだ。というか行けやこら。

 

「まぁ、連れない人ですね。そんな事仰らないで下さい。私、悲しくて泣いちゃいます!」

「御嬢様は向日葵のようにとても逞しくありますので、私程度の者の言葉でお泣きになられる事はないかと」

 

 俺が淡々と返答すれば子供らしく口を尖らせて、頬を膨らませて心外だとばかりに拗ねる少女。けど君、実際身体使ってでも乗っ取られたお店を取り戻そうとするくらいには肝据わってるよね?

 

「あら、そんなに御見つめになられて何かありましたか?」

 

 俺がジト目なのに気付いているのかいないのか、橘商会会長橘景季の一人娘である佳世……橘佳世は相変わらず何が楽しいのか分からないニコリとした笑みを浮かべながら此方を見上げ、見つめていたのだった……。

 

 

 

 

 

「……仕事がありますので遊び相手にはなれませんよ?」

「構いませんよ?御迷惑にならないようにしておきます」

「貴女がここにいるだけで私も含めて皆が気苦労する事を御理解下さい」

 

 警備中の商会側の用心棒が困り顔を浮かべ、近くを通る商会の職員が怪訝な表情を浮かべて過ぎ去る。それはそうだろう。商会の会長の一人娘が何で牛車置き場でしゃがみこんでいるのか。

 

「伴部さんにとって迷惑ですか?」

「仕事に支障をきたしますね」

「ここでぽつんと待っているのが仕事なんですか?」

「主家の財産にして足である牛車を守護奉る大切なお役目です」

 

 自分でも糞みたいな仕事だとは理解しているがそれを口に出す事はない。壁に耳あり障子に目ありとも言う。何処で聞かれて伝わるか知れたものではないのだから。……いや、こんだけべちゃくちゃ喋っている時点でかなり特異ではあるのだが……。

 

 そもそも、何故俺が本来ならば顔を向き合わせるのも許されない公家の血も引く商会の御嬢様とこんな会話をしているのだろうか?

 

 話は俺が孤児院で化け狐との戦いで死にかける前、ゴリラ様が橘商会の商隊を救助した事に端を発する。あれから数日して商会から鬼月家とゴリラ様に謝意を伝えられて一度屋敷に招かれたのだ。

 

 当時孤児院の監視やら爺との接触やら女狐対策の各種の準備等々に忙しかった俺は、しかし命じられれば到底同行を断るなぞ出来ぬ立場である。渋々疲れた身体で招待に同行し、今回のようにゴリラ様が接待されている間、牛車の傍らで待機していて……この御嬢様と再会した。

 

 此方を見定めるようにじっと見た後、てくてくと駆け寄って来ての挨拶、本来彼女程の立場が下人に挨拶するなぞ滅多にない事で面食らったが、挨拶されたからには挨拶しなければならない。十は年下の小娘に膝を曲げて恭しく頭を下げると……。

 

「そのお面、余り可愛くないと思います。御外しになられたらいかがですか?」

 

 商会のご令嬢がにへら、と首を傾げて提案する。因みに以前はえいっ!と面を奪われかけた。当然ながら俺も伊達に死線を越えてはいないので寸前に手を避けて阻止したが。

 

「この面は下人としての正式な装備です。ただ身を着飾るための装飾の類ではありません」

 

 下人衆の装着する面には簡略ながら幻術の類いへの耐性があり、顔面を防護する役割があるのは否定出来ない。無論、一番の理由は顔を隠させる事で不気味さを演出して使う側の愛着を抱かせないためであるのだが……そこまでいった所で納得してくれるかと言えば望み薄だけど。

 

「むぅ、伴部さんは意地悪ですね。私の御願いなんて一つも聞いてくれません。私の女中達はどんな御願いでも聞いてくれますのに!」

 

 ぷんすか、と年相応な幼い顔立ちを不機嫌そうにしかめさせる少女。その姿は可愛らしくつい表情を緩めそうになるがそうもいかない。

 

「余り無理難題を仰らないで下さいませ。そも、私は確かにしがない一下人ではありますが貴女の雑人ではありません。私がお仕え申し上げるのは鬼月の御家であり、直属の葵姫様であります。大変恐縮ではありますが貴女の申し付けに従う事が出来ない事を御理解下さいませ」

 

 そうだ、所詮下人とは言え誰の命令も聞かないといけない訳ではない。特に主人の命令を受けている間は。俺が従っているのはあくまでも鬼月家であり、橘家ではなく、どちらの家の命令を優先するのかは火を見るよりも明らかだ。

 

「むうぅぅぅ……うぅぅぅぅ………」

 

 俺の言葉に唸るような声を上げて不満げにする橘佳世。原作ゲームでは攻略キャラではなくヤンデレる事がないので比較的気楽に話せるが……故に少々容赦なく言い過ぎたかも知れない。何だかんだで父親から甘やかされていたらしい彼女が家族を失う事も摩れる事もなければ俺の言葉は理屈は兎も角感情的に腹が立つかも知れない。

 

(調子に乗り過ぎたな………)

 

 今更のように自身の発言を後悔していると、何かを思い付いたようにおもむろに橘佳世は俺に呟いた。

 

「………じゃあ、伴部さんが私のものだったら何でも言う事聞いてくれるんですか?」

「……何をなさるお積もりなのですか?」

 

 斜め上のその返答に目を細め、それとなく警戒しながら俺は目の前の少女と相対する。

 

「伴部さんは鬼月の家の資産なんですよね?だったら幾らなら売ってくれるのかと思いまして」

 

 えへへ、と無邪気で可愛らしい笑みを浮かべる金髪碧眼の少女。名案と言わんばかりに堂々とした物言いは俺に嫌悪感を与えると同時にある種の納得を感じさせた。

 

 人身売買……前世の価値観ならば嫌悪感を感じさせる言葉ではあるが、この世界は鬱ゲーであり、同時に中近世を基にした世界観、何よりも人の命が軽いので死生観もまた前世とは全く違う。人身売買ないしそれに類した取引は法の規制があれども完全に否定されてはいない。

 

(そもそも今の状況も似たようなもの、か)

 

 痩せた土地しか持たず、それを必死に耕しても食っていけないので内職や小作をして食いつないでいた貧農の実家に金銭と引き換えに鬼月家に引き取られた立場である事を考えれば橘佳世の言葉に顔をしかめるなぞまさに今更な話であろう。彼女の言葉に不快感を感じるのは筋違いだ。

 

 ……とは言え、流石に本能的に嫌悪してしまうのまではどうしようもないが。

 

「……伴部さん?何か気に障る事でもありましたか?」

 

 僅かな、ほんの僅かな憤りであったと思う。しかし子供だからこそこの手の感情に敏感なのだろうか?困惑しつつ不安そうに商会の御嬢様は俺の面で隠れた表情を窺いながら尋ねる。彼女からすれば急に俺が怒ったように思えたのかも知れない。

 

「………いえ、少し疲れが溜まっただけの事です。お気になさる事はありません」

 

 そう、彼女が気にする事ではない。彼女の言った言葉はこの世界では常識的な話であり、憤る俺の方が異様なのだから。

 

「それは兎も角、売って貰える事が前提なのですか?」

「えっ……あ、はい!だって下人なら替えは利きますよね?確かに伴部さんは他のより腕は良さそうですけれど、それでも相場の倍、いえ三倍くらい提示すれば問題ない筈です!」

 

 俺が深掘りする発言をすれば直ぐに気を取り直して平然と俺に値札をつけるご令嬢だった。

 

「伴部さんも退魔士の下人より此方の用心棒として働いた方が絶対良いですよ?私が御父様に言えば安全な屋敷の警備に回れますし。待遇も多分此方の方が良い筈です。あ、三食とも白米が出ますし、何ならおやつもありますから!……あ!そうそう私ならよその退魔士と手合わせなんて無茶ぶりはしませんよ?ちゃんと実力にあった御仕事だけさせますから!売られても損はないと思いますよ?」

 

 目を輝かせて提案する橘佳世ちゃんである。まるでアイドルのスカウトマンだな。この手の売り文句が実態とは違うのもお約束だ。正直余り信用出来ない……とは眼前では言えんな。

 

(というかこの前の赤穂紫とのいざこざ知っているのかよ。何処から聞いたんだ?)

 

 いや、商会だからその手の情報に聡いのかも知れんが……にしてもたかが下人相手に随分と熱心な勧誘な事だ。

 

「御言葉は嬉しい限りですし、待遇は魅力的ですが、問題は主人が合意してくれるかですね」

「そうね。今彼は売りに出す予定はないの。玩具が欲しいなら別のにしなさいな」

 

 俺の発言に続くように響く良く知る鈴のような少女の声。俺は面の下で苦い表情を浮かべてそちらに視線を向ける。

 

「……姫様、随分早い御戻りで御座いますが、何事か御座いましたか?」

「えぇ、少し面白い申し出があったから一言教えて上げようと思ってね。けど……どうやら、此方は此方で随分と楽しそうなお話をしていたようね?」

 

 次の瞬間、目を細め冷たい笑みと共に詰るようなゴリラ様の声。俺はびくり、と肩を僅かに震わせる。それは恐怖であり、第六感とも称するべきものが危険を伝えていたためでもある。

 

「これは葵姫様、ご機嫌麗しゅう御座いますわ!」

 

 俺の緊張なぞ知ったものではないとばかりに無邪気な商会ご令嬢が天真爛漫な挨拶を口にした。

 

「えぇ、此方もご機嫌よう……だけども、商売熱心なのは良いけれど、手癖が悪いのは頂けないわね?人の玩具を勝手にたぶらかすのはお止めなさい」

 

 優しく、しかし忠告するように宣うゴリラ様。一方で商家のご令嬢はあっけらかんとした笑みを浮かべる。

 

「たぶらかすなんて人聞き悪いですよ!ただ私は伴部さんが此方で働いてくれないか御相談しているだけですよ!」

 

 そういって子供らしく不機嫌そうな表情を浮かべる佳世。ころころと感情豊かな表情を浮かべるその姿は年相応で愛らしい。尤も、ゴリラ様には不評のようであったが。

 

「それこそ下人相手に言う話ではないわね。売買されれば彼の意思の有無は関係ないでしょうに。態態直接言う話ではないわ。………まぁ、その話はここでする事でもないわね」

 

 そういって商会の御嬢様との話を切り上げて俺の方へと視線を向けるゴリラ姫。

 

「申し出、とありましたか?一体どのような案件でありましょう?」

「大した内容ではない雑用よ。ただ……丁度受け入れるだけの理由があったからね」

 

 そう言って加虐的な笑みを浮かべるゴリラ様。その言い様に俺はこの前の赤穂紫との手合わせが中止された時の言葉を思い出す。あ、大体予想がついて来たわ。

 

「流石に手合わせで怪我は宜しくないらしいのよ。だから、ね?今回相手にするのはいつも通りよ。……そういう事で、軽く溝掃除でもしてきなさいな」

 

 彼女が悠然と宣う言葉はその通りの意味であった。それはつまりは妖退治の仕事………原作ゲームの都ルートでも初期クエストとして解放されていた都の地下に広がる下水道に巣くう雑魚妖共の駆除任務である。そして……。

 

「…はは、マジかよ」

 

 そして俺は面の下で顔をひきつらせながら絶望に満ちた声で呟いた。一見すれば確かにそれは都地下の雑魚狩りクエストであった。しかし、その実それが多くのプレイヤーを嵌めた初見殺しの罠クエストであると知っていたのだから………。

 


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