和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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第四章 事情聴取ではカツ丼の出前が定番だよねって件
第三二話 迷った時は患点回帰


 薄暗く、じめじめとしたその部屋の中に俺はいた。粗末な椅子の上で荒縄で四肢を強く締め付けられ、同時に無数の護札が身体にみっちりと貼り付けられる。それはある種の結界として機能していて、俺を肉体的にだけでなく霊力的に完全に拘束していた。

 

「うっ……あ…………」

 

 俺は睡魔と激痛で混濁する意識で呻く。あれから何日経った?一月以上経過した気がするし、逆に数日ないし数時間しか経っていないようにも思えた。時計がなければ日の光もなく、食事……いや、それどころか水すら碌に摂る事すら出来ず、俺は完全に時間感覚を喪失していた。あるいは幻術も掛けられているかも知れない。自身の知覚は全く当てに出来なかった。

 

「ほぅ、たかだか下人にしては中々頑丈だな。手加減しないといけないとは言えあれだけ責めても口を割らねぇなんて。やっぱ記憶を覗こうぜ?それが一番だろ?」

「馬鹿、そんなものに証拠としての価値はないだろうが。その道の玄人ならば偽の記憶を植え付けるのは難しい技術って訳でもねぇからな。それに……ちっ、誰がやったのだか。随分と綿密に記憶が封印されてやがる。抉じ開けて覗くのは容易じゃねぇぞ?」

 

 ぼんやりとした影が二つ、何やら話しているのが分かった。分かったが俺の頭はその内容が何なのか理解出来なかった。会話の内容が殆んど騒音にしか聞こえないくらい俺は弱っていたのだ。

 

(何が……そうだ、思い出さないと……何か、何かを思い出さないと……何か大切な事を………)

 

 俺は纏まらない思考を必死に纏めようとする。そして遠退きつつある意識を繋ぎ止めて、考える。そうだ、何かを忘れている。とても大事な何かを。忘れてはいけない何かを。何か、そう俺には何か守らないといけないものがあった筈だ!!

 

(俺は……俺は何をしている?何をしていた?一体……これはどういう状況だ?そうだ、思い出せ。思い出せ!確か……確か………!!)

 

 そして、ぼやけ、揺れる視界の中で俺はそれを見たのだ。金髪のガクブルと怯える少女の姿。此方にすがるように視線を向けるその子供が視界に収まる。と、同時に俺は衝撃に目を見開いた。その姿を目にしたとともに俺の頭の中に朧気だった記憶が洪水のように蘇って来る。

 

(そうだ……あれは確か…………)

 

 そして、俺はここに至るまでの経緯の追憶を始めていた…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扶桑国が央土に構える都、その空は曇天でしんしん、と静かに雪が降っていた。小さな粉雪は土の上に落ちると共にしゅっと溶けてしまい地面を濡らす。

 

「………寒いな」

 

 人や車両が激しく往き来する都の出入りを管理する大門、それを一歩越えた俺が最初に感じたのが痛みすら感じそうになる肌寒さだった。

 

 都の壁の内側が膨大な霊力によって夏は涼しく冬は温かく管理されているのに対して、その壁の外側は正に自然の厳しさそのものである。時は師走の月、冬も本格的に厳しくなり、山間の集落であれば今頃降雪によって外界との交流が完全に断たれる時期でもある。

 

 多くの場合山間や離島の村では冬には村人総出で食糧をかき集めどうにかして冬を越えようとするのだが、いざ雪融けの季節になって旅人なり行商人なりが出向けば村が全滅していた、なんて事は珍しくない。あるいは人間同様餓えた妖に襲撃されて全員化物の腹の中、なんて事も起こり得る事だ。

 

 残念ながらそれはありふれた悲劇に過ぎなかった。都市の食いっぱぐれた浮浪者や訳ありな人物、貧農の次男三男等「死んでも支障がない」者達が動員されて建設される開拓村等では良くある話だった。朝廷や支配階級からすれば村が成功すれば妖の支配領域が減って税収も上がるので良し、全滅しても口減らし出来て良しという訳だ。どうでも良い事ではあるが俺の生まれた寒村もそんな妖の勢力圏と隣接する開拓村の一つだった。

 

「……そう考えると外街でもド田舎の山村に比べれば楽園な訳か」

 

 少なくとも都とその周辺地域は山間の村程極寒ではないし妖も一部の例外を除いてよりつく事はない。食糧も、それを手にするために必要な日雇いの仕事もあるにはある。田舎と違ってそう簡単には飢え死にする事はないし、薪がなくなって凍死するなんて事も『其ほど』はなかった。成る程、不況の際に地方から都市に人が流れるのはこういう事か。

 

「あ、あの………こんな時に、すみません………」

 

 傍らで不安げで消え入りそうな声が響く。面越しにその方向に視線を向ければそこには狐耳を笠で隠し、藁の上着で尻尾を隠した銀髪の半妖が恐る恐るといった表情で此方を見上げていた。

 

「いや、別に気にする事はないが……」

「だけど………」 

 

 白は心底申し訳なさそうに俺の腕を見やる。包帯を巻いて支えを装着した右腕がどんな状態なのかは言うまでもない。妖刀の頭突きでへし折れ、序でに肉が削げて掌から肩口まで貫通された腕は未だにズキズキと痛む。

 

「付き添いは吾妻との約束だからな。当然の義務を果たすだけの事だ。それに仕事はあった方が良い。流石にただ飯食いは気まずいしな」

 

 俺は彼女に気負う事は一つもない事を伝える。それは事実であった。

 

 半妖の白が態態都の大門を出て外街までやって来た理由は一つしかない。それが条件だったからだ。彼女を吾妻雲雀から引き取った際に定期的に問題ないか確認するために白を彼女の孤児院まで連れていく契約を結んでいた。そしてその際の付き添い役として指名されていたのは俺だった。ならば、それを果たすのは当然の事だ。というか契約を破ったら呪われるし………。

 

 今一つの理由としては俺の肩身が狭い事がある。俺は余りに長い間屋敷で暇をもて余し過ぎた。

 

 ……凡そ一月前の地下水道での一件、それを元に死にかけた俺は今日の今日まで療養を続けていた。

 

 地下水道での出来事を、俺は最後まで覚えていない。何なら所々歯抜けのように記憶が断絶していた。恐らくはあの『妖母』の幻術なり瞳術なりを受けた際に記憶の混乱を来したのか、あるいはその前後の戦闘での衝撃で記憶が飛んだのだと思われた。少なくとも俺が記憶している最後の場面は彼女……赤穂紫の制御から外れた妖刀によって襲われた所である。

 

 恐らくは暇潰しの娯楽扱いで俺を尾行させていたのだろう式神越しに『妖母』等という特大の事案を確認したゴリラ様はそのまま地下水道まで足を踏み入れ、そこでボロ雑巾(直喩)状態になっていた俺を仕方無く助けたらしかった。

 

 とは言え、最弱の情けない奴とは言え妖刀は妖刀である。たかが下人一人程度、殺すのは訳ない事だ。ゴリラ様が見つけてくれるのが少しでも遅かったらまず死んでいた事であろう。ましてや………。

 

「………」

「伴部さん………?」

 

 不安げな声に俺は咄嗟に声の主に視線を投げ掛ける。その先では白が少し怯えた表情を見せていた。どうやら随分と剣呑な雰囲気を纏っていたらしい。子供というのは存外そういうものに敏感だ。

 

「いや、悪いな。少し考え事をな」

 

 原作ゲームの描写から見るにゴリラ様が俺を自室で匿ったのも、その後の推移も慈悲でも優しさでもなく唯の暇潰しに過ぎまい。彼女からすれば俺という愉快な玩具が、更に面白い珍品になった……と言った所か。でなければ態態俺にあんな事も言わないだろうし、投資なぞもしまい。

 

 兎も角も、地下水道での一件から早一月近く、幾ら重傷だったとは言えその間何一つ働かずにただただ縁の下でぼんやり過ごし続けるのもそろそろ屋敷の者らの視線もあって居心地が悪かった。その意味では彼女の付き添いは俺にとってもリハビリと気分転換の絶好の機会だった訳だ。

 

「それよりも土産は持ったか?落とすなよ?代わりはないぞ?」

 

 半分は話を逸らす事を目的に、残り半分は本心から俺は白が両手で抱き抱えるように持つ荷物を指して注意した。

 

 白が抱き抱えるように持った荷物、粗末な風呂敷に包まれたそれは吾妻の孤児院に向かう際の機嫌取り用の手土産である。別名賄賂ともいう。

 

「あ……は、はい!落とさないようにきちんと持っておきます!!」

 

 俺の注意に緊張した面持ちで狐娘は答える。その健気で純粋な態度に俺は小さく笑うとそのまま先導しながら俺は歩き始める。白は慌ててその斜め横に若干後方の位置で着いて来た。

 

 同じ都と言っても妖や犯罪者等の侵入を防ぐ目的もあり、城壁と衛兵と結界によって出入りを管理された内京に比べて、外街はかなり乱雑で、雑多だ。

 

 元々が大乱で生じた難民が勝手に入植した事もあって内京と違って区画整備なぞされていない。以来四方の土から出稼ぎ農民……それどころか荘園等から逃げた小作農や貧民、犯罪者、外国人、その他翁のような訳ありな人物が好き勝手に住み着くようになった。建物の様式すら統一されていない。

 

 逆説的に言えばそんな公権力から半分無視されているような街を歩く下人と幼い仕丁は正直悪目立ちした。悪目立ちするが……この際は仕方なかった。退魔士なり公家なりに仕える身である事を証明すれば余計なちょっかいをかけられる可能性は低いのだ。デメリットよりもメリットの方が遥かに大きかった。じろじろと不躾な視線で見られるのは諦めよう。

 

 雑多で小汚く、しかしある意味では活気と賑わいに溢れた外街を更に一刻程大通りに沿って進んでいく。次第に建物が少なくなり、風景に田畑が交じり始めた頃に目的地に辿り着いた。

 

 それは屋敷だった。土壁で四方を囲んだ木材建築の武家屋敷に近いだろうか?民生や社会福祉の優先度が低いこの国の孤児院にしては大仰な代物だった。

 

(ゴリラ様も狡猾な事だな……)

 

 恐らくは乱でもあれば都を守るための外郭陣地として転用する目的もあるのだろう。そして自身が金を出す事で朝廷相手にポイント稼ぎをした、という所か。そうでなければ幾ら白を買い取る補償とは言えあのゴリラ様が態態必要以上の金を払ってまで孤児院を豪華に建て替えまい。

 

「まぁ裏事情は兎も角、前のボロ屋敷に比べれば随分と立派なのは事実か。……少し周りの風景に浮くが」

「それは嫌味の積もりか?」

 

 俺の感想に対して若干刺のある返答が背後から来た。肩をびくりと震わせた俺は、面の下で若干気まずい表情を浮かべて振り向いた。

 

「……これは、院長殿。御無沙汰しております。契約通り、顔見せに訪問させて頂きました」

 

 俺は正面を向くようにゆっくりと姿勢を正した。そうする事で視界の中心に映りこむのは心底不機嫌そうな表情を浮かべる妙齢で知的な雰囲気を纏う女性だった。

 

 丁度買い物帰りだったのだろう、玄米の詰まった袋を悠々と背負ったまま此方を睨み付ける孤児院長兼寺子屋教師、そして元陰陽寮頭の肩書きを持つ半妖の女性、吾妻雲雀に対して俺は誤魔化しを兼ねて必要以上に恭しくそう挨拶をしたのだった……。

 

 

 

 

 

 芋羊羮は羊羮とは似て非なる存在である。より正確に言えば芋羊羮は羊羮の派生菓子でありながら菓子としての格は羊羮よりも遥かに劣る。

 

 羊羮と言えば前世における歴史小説やドラマに詳しい者であれば近代以前どれだけ珍重された高級品なのかは言うまでもないだろう。

 

 砂糖と小豆を大量に使った糖の塊の如きこの和菓子は甘味に餓えた時代において憧れの的であった。江戸時代の、特に前期においては来客への茶菓子として出されても決して客が口にしてはならないのは暗黙の了解であり、日持ちする事もあって何度も何度も使い回して腐る直前になってやっと持ち主が味わう類いの代物であった。幕府が帝国政府へと代わり、更に時が進んだ戦前戦中においても間宮羊羮と言えば最も人気のある甘味として軍隊の兵士の羨望の的だった。

 

 芋羊羮は羊羮の代用品だ。値の張る小豆に代わり救荒作物であった甘薯……それも捨て芋に分類される代物を再利用し始めたのがその始まりとされている。日持ちせず、羊羮よりかは安いために少なくない庶民が小豆の羊羮の代わりに芋羊羮を食したとされている。

 

 ……因みに前世の現代日本の甘薯は品種改良のお陰で甘くて旨いが江戸時代や戦中のそれは生産量重視で味は二の次なので、更にその中の低品質の廃棄物に同じ味を期待しない方が良い。これは野菜や雑穀類も同様である。年寄りの芋嫌いや白米信仰、人参やピーマンが苦くて不味いというステレオタイプなイメージはここから来ている。やっぱり文明の発展って偉大だわ。

 

 まぁ、そんな散々な物言いで貶めた芋羊羮ではあるが、無論それは相対的なものだ。羊羮よりかは低質であるが甘いものは甘いし、砂糖を何時でも何処でも口に出来る時代でなければ芋羊羮でも十分に感動出来る位には珍重される。まして、それが普段精々が果物位しか甘味を知らぬ者となれば尚更であろう。つまり何が言いたいかと言えば………。

 

「み、みんな!これ、お土産……きゃあああぁぁぁぁ!!!??」

 

 白が風呂敷を開いて芋羊羮を見せつけた瞬間、餓鬼共が雪崩のように彼女に押し寄せてそのまま呑み込まれた。年長組も年少組もなく目を輝かせて、口元から涎を垂らして芋羊羮のもとに突っ込んだ。

 

「何!?何これ!ねぇ!?」

「いい匂いがする!白、これ甘薯?」

「ねぇねぇ、これたべていいの!?ていうかたべる!」

「こら!抜け駆けするな!!皆で、皆で平等に分けるんだからね……!?」

 

 口々に好き勝手言い合って、芋羊羮を囲んで匂いを嗅いだり、手を出そうとして他の子によって牽制されたりする半妖の子供らであった。完全に彼ら彼女らの関心は芋羊羮に集中していた。余りの騒ぎぶりに俺はアイドルを囲むファンの人垣が脳裏に過った。そうか、芋羊羮はアイドルだったのか。

 

「こら、お前達っ!!はしゃぐのも良いがその前に御礼を言いなさい!!」

 

 芋羊羮に興奮する子供らはその叱責にびくりと肩をすくませた。彼ら彼女らが視線を声の先に向ければそこには腕を組み硬い表情を浮かべる吾妻が立っている。

 

「はぁ……まずはお土産を持ってきてくれた白と客人に有り難うだけでも伝えなさい。人の好意を無下にするものではないぞ?な?」

 

 溜め息を吐いてから、今度は柔らかい声で諭すように吾妻は語りかける。当初怯えていた子供らは互いに顔を見合わせると今度はおずおずと並び出す。

 

「え、えっと……その、お土産ありがとうございます!!」

 

 年長の子供の一人が音頭を取って頭を下げれば続くように他の子らも感謝の声を上げて礼を述べる。この年の子供にしては良く躾られているな。

 

「俺は唯の付き添いだ。礼を言われる立場じゃない。……白、その菓子を選んだのはお前だ。返事してやりなさい」

 

 取り敢えず俺はそう申し出て、吾妻の叱責と子供らの礼にポカンとした表情を見せていた白にそう勧める。俺の言葉に我に返った白は若干困惑するが、俺が再度勧めると少々恥ずかしげに頷いて子供らの礼に応じる。

 

「え、えっとね……気にしてないからね!そんな余り心配しなくてもいいよ!?その、皆が嬉しそうで良かったから……え、えへへ、みんなで仲良く食べよう?」

 

 最後はにかむようにそう答える白。その言葉を聞いた子供らは吾妻の方を心配そうに向く。吾妻は再度溜め息をつくと今度は仕方なさそうに微笑んだ。

 

「皆で仲良く、平等に分けるんだぞ?」

「「「は~い!!!」」」

 

 先程までとは打って変わって吾妻のその言葉に一斉に歓声を上げる子供らであった。何人かの年長の子供らが急いで炊事場から皿と小さな包丁を持ってきてなんやかんやと切り分け方を相談し始める。年少の子らはその様子を熱心に観察したり、あるいは白の方に駆け寄って抱きついたり話しかけたりする。

 

「全く、仕方無いものだな。済まんな、どうしても普段中々甘味を食わせてやれなくてな。果物以外だと団子や水飴をたまに買ってやれるくらいしかないんだ。許してやってくれ」

 

 困り顔で、しかし優しげな表情を子供らに向けながら吾妻は俺に弁明する。

 

「子供なんてそんなものでしょう?一々目くじらは立てません。寧ろ白も喜んで貰えて嬉しそうですから、丁度良いのでは?」

「白は良くても、お前はどうなんだ?あの芋羊羮、選んだのは白だろうが、金はお前のだろう?」

「……別に気にする事はありませんよ。以前彼女の菓子を粗末にした事があったので。その補填ですよ。気にする程のものではありません」

 

 吾妻の指摘に、しかし俺は善意からのものではない事実を伝える。実際問題、それは打算からの行動だった。

 

 確かに芋羊羮を買った金は俺のものであるが、それは以前彼女に贈られる筈だった金平糖を粗末にしてしまったからだ。赤穂紫との試合で目眩まし用に使ってしまった金平糖……あれのお陰で逢見家の女中達から相応に顰蹙を買ってしまった。白本人へも借りを作ってしまった事もあり、その補填が必要だった。

 

 そして何よりも……これは保身からの判断だった。

 

「嘘は言ってはいないようだな。正直安心した。……あの子は立場が立場だからな。肩身が狭い思いをしていないか心配していたが、その様子だと大切にされているようだな?」

 

 吾妻は安堵した表情で孤児院の子らと仲良くお喋りする白を見つめる。白が元々の出自が都を襲おうとした凶妖な事もあって随分とその扱いが気掛かりであったらしい。

 

(……たかだか芋羊羮程度で好感度を稼げるなら安いものだな)

 

 俺は内心で下心をぼやく。そうだ、俺だって善意から菓子を奢っている訳でもない。白は元がゲームでも地雷なヒロインであり、屋敷の女中達に気に入られていて、何よりも元陰陽寮頭たる吾妻雲雀からも心配されている。それが俺があの半妖を気にかけて、機嫌を取る理由だ。彼女の友好を深める事は俺の生存の上でプラスになれどマイナスになる要素はない。

 

 ……いや、友好度は兎も角好感度は稼ぎ過ぎたら不味いが。何、最悪闇夜に神々しく光っちゃう希望君な主人公様に受け流せば良い。多くのイカれたヒロイン共の欲望の生け贄となった原作主人公の魅力は伊達ではない。俺が裏でバッドエンドルートに入らぬように誘導すればほぼ間違いなく上手く行くだろう。あぁ、そうさ。そこは問題ない。問題はない。寧ろ、目下の課題は………。

 

「………どうやら、面倒な事になっているようだな?」

「っ……!?何の事でしょうか?」

 

 突如の指摘に対して俺は動揺を最小限に抑えて演技をして見せる事に成功した。咄嗟に頭を回して彼女の質問を真っ向から否定しなかった事は誉めて欲しい。否定すれば一発で信頼を喪失して不信感を与えただろうから。しかし…………。

 

「私を甘く見るなよ、下人?確かに私は戦闘向けの異能は弱いがな、元々大乱中は偵察やら撹乱を生業にしていたのだ。知覚系は私の十八番だ。鼻は悪くはない。……お前、臭うぞ?」

 

 横目に探るように此方を睨み付ける吾妻雲雀。明確に指向された殺気だった。子供らは彼女の雰囲気が一変した事に少しも気付いていなかった。

 

「…………」

 

 多弁同様、沈黙もまた肯定を意味するものではあったが、それでも俺は何一つ口にする事は出来なかった。嘘を見抜く事が出来る彼女に下手な誤魔化しは事態を悪化させるだけの事だったから。

 

「……安心するが良い。別に強請をしようという訳ではない。私は妖とは違う。恩を仇で返すような人間ではない」

 

 彼女は「人間」という部分に妙に強い力を込めて宣う。彼女は自身は半妖ではあるものの同時に「人間」だと言う拘りがある事を示していた。

 

「別に返答の必要はないよ。だが……おおよそ貴様の状態について推測はしている。合っているかは分からんがな」

 

 そこで一拍置いてから、吾妻は続ける。

 

「お前がもし私に何か期待しているのならば残念ながらその期待には応えられんよ。少なくとも私の頃は暴走した同胞はその場で処分するように定められていたからな」

 

 それは半妖化した兵士がそのまま妖化しそうになった時点で殺害する、という意味であった。正直期待はしていなかったがやはりか………。

 

「…………」

 

 俺は面の下で目を閉じて瞠目する。糞、ふざけやがって。ある程度注意はしていた積もりだったが………まさかこんな事になるとはな!!

 

(流石に『妖母』相手はきつかったか……?)

 

 恐らくは体内に侵入したのはほんの数滴、大妖どころか大概の凶妖の体液でも流石にその程度の量では問題ない筈だったのだが………相手が悪過ぎたようだ。

 

「………御心配なく。もし事態が悪化しても彼女に、白に何か危害を加える積もりはありません。ある程度ならば自分で対処出来る積もりですので」

 

 面越しにあの忌々しい元神の血を浴びた顔の半分に触れて俺は淡々と答える。感触は普通の肌のそれとほぼ同じであるが、その皮の下までは俺にも分からなかった。糞、半妖かつ元陰陽寮頭となれば何か知っているかとも思ったが虫のよい話だったか……?

 

「その事に心配はしていない。何、いざとなればお前に掛けた呪いが発動するだけの事だ。……悪いが大乱中は下っぱでな。上に昇った時にはその手の書籍の大半は禁術指定を受けて封印されている。私もあの時期の書物の内容については余り知らないのだ。その方面で力にはなれん」

 

 吾妻は申し訳なさそうに答える。そして、続ける。

 

「そのまま半妖化までで変異が済めば良いが最悪は…………いや、お前のような下人の場合は半妖化するだけで危ないか」

 

 普通の村人でも間違って半妖化すれば秘密裏に村人総出で私刑されて殺されかねない。ましてや退魔士の一族に飼われているただの一下人ともなれば………考えるだけで恐ろしい。今鬼月の家の者で俺の密かな変化を知っているのがゴリラ様だけな事、彼女が普通の感性ではなく面白半分に俺の変化について秘密にしてくれているのは幸運そのものだった。

 

(ましてや、延命のために糞不味い秘薬をくれるともなればな。最悪の最悪でないのは救いか………)

 

 下人でしかない俺は原材料についても製造法についても知らない。ただそれがどれだけ価値が高いのかだけは分かる。原作のゲームでも妖化しつつある味方を主人公が泣く泣く殺すイベントがあるのだ。その際に妖化を遅滞させる薬ですら相当高価である事が触れられていた。それをたかが一下人に定期的に授ける事が出来るとは……流石鬼月家と言うべきか。

 

「………どれ程状態が進んでいるかは知らん。だが、いざとなれば私に申し出てくれても良い。根治は出来んが末期療養くらいならば世話してやれるからな」

 

 心底哀れみ、そして済まなそうに吾妻は申し出る。それはこれまで似たような事例を幾度も見てきた者の言葉であった。命が安く、差別がありふれたこの世界ではその申し出は十分慈悲深いものではあった。尤も、だからといって俺にとっては何の解決にもならなかったが。

 

「…………」

 

 俺は沈黙する。沈黙するしか出来なかった。そりゃあそうだ。誰だって死にたくはない。しかし現状手に入る情報では妖化を根治する手段がなく、しかもゴリラ様から何時まで薬が貰えるかも分からない、止めはその薬も時間稼ぎに過ぎないとなれば………。

 

「あ、あの!伴部さん!!こ、これ!!」

 

 ……ふと、今後の事を考え込んでいる俺は、声をかけられるまで白が目の前に立っている事に気付かなかった。俺が視線を彼女に向けると、おずおずと彼女は手元の椀を差し出す。

 

 爪楊枝の突き刺さった黄色い四角形の物体、ほんのり甘い甘薯の香り……それが切り分けられた芋羊羮であるのは明らかだった。

 

「え、えっと………伴部さんの分もって思って。やっぱりお金支払ってもらいましたし、付き添いもしてもらいましたし……あっ!吾妻さんの分もありますよ!?」

 

 照れ臭そうに、恥ずかしそうに、しかし期待感も込めて、最後は少し慌てたように半妖の狐の少女は口を開く。

 

「………」

「何故私を見る?お前の分だろう、有り難く貰っておけ。折角白がくれたんだからな」

 

 若干困惑して吾妻の方を見るが、当の彼女は逆に首を傾げてそう宣う。確かに考えて見ればその通りだろう。そして、折角子供が自主的に申し出てくれたのだ。余り子供の善意を無下にするのも良くないだろう。つまり………。

 

「………分かった。有り難く頂こう」

 

 俺は面を少しずらしてから椀を受け取った。白はほっ、と安堵したような笑みを浮かべた。

 

 ………芋羊羮は香り同様、ほんのりとした甘さで優しくて安心する味だった。

 

 

 

 

 

 付き添いとは言え、ただただ通路の縁側で何もせずにいる訳にもいかなかった。流石にそれは情けなさ過ぎるだろう。

 

 白が半妖の孤児らと庭先の細やかな庭園……とは言え十数人も住む孤児院の規模から見てのものではあるが……で俺は収穫作業を手伝った。殆んどは安くて大きくて腹を満たせる大根や白菜であった。そこに若干の法蓮草……家計の苦しい家は何処も食うものは同じだな。

 

 特に大根は折れないように丁寧に引き抜いていき、水で土を落とす。その後は積雪と春の種蒔きに備えて庭園の整理をする必要があった。

 

 所謂土起こしである。鍬で土を掘り返して土の中に眠る害虫やその卵を冬の冷気でぶっ殺してやるのだ。これをしないと春に野菜に食い付く虫共が大量に……そう言えば寒村に住んでいた頃は一度これをやり足りなくて春収穫する筈だった野菜がほぼ全滅して飢え死にしかけたなぁ(遠い目)

 

 ……嫌な思い出を思い出したが畑仕事は嫌いではなかった。少なくとも毎回命懸けの化物退治よりずっと良い。時々孤児院の子供らに絡まれるのも、何だかんだあっておぶったり肩車したりと玩具扱いされるのも、相手が無邪気な子供だと思えば可愛げがあった。

 

「もう帰るのか?夕食くらいなら用意するが?」

 

 白も含めた餓鬼共に適当に前世のアニメなり映画をアレンジした物語でも話して(結構好評だった)、ふと外を見て夕暮れ時になったのを確認して帰宅を申し出ると吾妻はそう申し出た。特に裏のない善意からの言葉であったが、だからと言ってそれを受ける訳にはいかなかった。

 

 いくら都とは言え余り夜道を歩くのは危険が伴うのだ。ましてや白を連れてとなれば尚更だ。それに夕食を馳走になったら帰宅してからの飯が食えなくなる。

 

「済まんな。本当は他の子らと食べたかっただろう?」

 

 夕暮れ時、外街を歩きながら俺は傍らに付いて来る白にそう尋ねた。吾妻は然程気にしてなかったが餓鬼共からは随分とブーイングを浴びせられた。年少組は泣きじゃくりながら白の服の袖を引っ張って帰るのを阻止しようとしていた程だ。白も随分と楽しそうに過ごしていたので俺の判断に不満を抱いたのは想像に難くない。

 

 それに、鬼月家の上洛と役務もそろそろ期限だ。そうなると白は俺やゴリラと一緒に北土の本家に行かざるを得ない。そうなると、何か特別な理由がない限り彼女が再び孤児院を訪れる事が出来るのは三年後になる筈だ。心残りがあるに違いなかった。

 

「い、いえっ、あ、その……確かにみんなとご飯は食べたかったですけど、理由は分かるから納得はできます。それに…………」 

 

 俺の言葉を若干慌てたように否定する妖狐の少女。そして両手の掌を擦るように重ねて迷ったような表情を見せるが……数秒後にはにっこりと健気な笑みを見せて顔を上げる。

 

「そ、それに……!私、姫様や伴部さんとご飯食べるのも大好きですから!!」

 

 ……そのはにかみ顔が演技だとすれば俺は多分二度と子供を信用出来なかっただろう。屈託のない、純粋な笑顔だった。

 

「………出る前に炊事場を少し覗いた。丁度油揚げと法蓮草を一緒に醤油で煮込んでいてな。恐らく副菜に煮浸しが出る筈だ」

「ふぇっ!!?」

 

 俺の言葉にあからさまに白は目を見開き、輝かせた。口元から涎が垂れそうになり、慌てて啜り出す。流石化け狐、油揚げ好き過ぎるな。

 

「伴部さん!!は、早く御屋敷に戻りましょう!もう日が暮れてますから!ねっ?ねっ!?」

 

 先程までの遠慮がちな態度はどこへやら、此方の法服の袖を掴み、急いで帰宅を急かす白であった。全く、調子の良い奴だ。

 

(……傍から見たら、親子にでも見られそうだな)

 

 そこまで考えて俺は僅かに沈黙した。自身の考えに冷笑しての事だ。親子、父親……ねぇ。

 

(兄としての役目すら十分に果たせなかったのに、ましてや父親みたいとは呆れるものだな。笑えねぇ)

 

 前世の人生は言わずもがなではあるが……その方面に限れば今生は恵まれているのに、上手くいかないものだな。

 

「……伴部さん?く、くすぐったいですよぅ?」

 

 不信感を持たれる前に俺は目の前の白狐の頭をがしがしと擦る。白が狐耳をピクピクとむず痒そうに動かし、困ったように笑う。

 

「本当、腹が減ったな。……お前の言う通り、さっさと屋敷に戻ろう」

 

 そう言って俺は都の大門迄歩みを速めた。するとふと、寒気で冷えていた手に生暖かい感触を感じる。視線を向ければ白が此方の手を掴んでいた。

 

「その、足が速いのではぐれそうで……あ、それに寒いですし」

 

 誤魔化すように、窺うように白は答える。……本当にこいつ、演技じゃねえんだよな?

 

「……しっかり握っているが、離すなよ?」

 

 ……俺のその言葉に、少女は元気良く答えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 都の大門、それを潜った直ぐ先の都の広場で、それは待ち伏せるように鎮座していた。周囲に雑人と護衛を数名侍らせた四頭立ての大きな牛車は公家衆や退魔士一族の物ではないだろうが、同じ程度には財を投じたであろう豪華な代物であり、中にいる人物が有象無象の賎民の類いではない事は明らかだった。

 

「伴部さん……」

「……視線を合わせず、さっさと通り過ぎるぞ」

 

 何処の誰の牛車かは知らないが、貴賤の差別が激しいこの世界では俺達のような社会のヒエラルキーの下位に位置する存在はお上と口を利くどころか視線を合わす事すらもリスクがあった。滅多に無い事だが最悪斬り捨て御免すら有り得るのだ。

 

 故に顔を下げて、そそくさと牛車の横を過ぎ去る事にする。彼方も態態此方に声をかける事はない筈だ。……そう、普通に考えれば。

 

「そして、今回は普通じゃなかった訳か……」

 

 道の三分の一近くを塞ぐ大きな牛車の傍らを通り抜けようとした所、此方の行く手を阻むように数名の屈強な下男らが現れた。防具こそ着込んでいないが護身用の棍棒片手に、腰には太刀を吊るした男達……此方を冷たく見つめる姿に俺は白を背後に隠す。

 

「伴部さん……?」

「大丈夫だ。まさかこんな公衆の面前で私刑に遭うなんて事はないだろうさ。……多分」

 

 事態に気付いたのか幾人かの通行人が足を止めて野次馬を作り出した。曲がりなりにも鬼月家に仕える下人と使用人である。何らかの正当な理由もなくこんな人目のある所で怪我を負わせるなり、殺すなりはない筈だ。ないよな?

 

(……退路も断たれた、か)

 

 背後もまた二人の下男が塞いだのを見て、俺は一層警戒を強める。此方が先制攻撃するのは不味い。不味いが……このままではジリ貧なのも事実だ。さてどうするべきか。

 

(そもそも何処のどいつが何の用だ?)

 

 そんな事を思っていると牛車がゆっくりと動き出す。そして、そのまま俺達の直ぐ真横という近距離で停車する。そして、そこで漸く牛車の横に刻まれた家紋が目に入った。

 

「これは………」

「あら?これはこれは奇遇ですね、伴部さん!御体の方はもう大丈夫なのですか?」

 

 俺が何かを言う前に、牛車の物見窓がさっと開いた。そして響き渡るのは愛らしさを感じさせる幼げな子供の声だった。俺は面越しである事を良い事に、心底うんざりした表情を浮かべて頭を上げる。そして、半分無意識の内に誰にも聞こえない小さな声で呟いていた。

 

「……やっぱり、餓鬼は面倒だ」

 

 牛車の物見窓から此方を見やる異国情緒のある可愛らしい商家の娘。その気分屋で無邪気そうな笑みを一瞥して、俺は心からそう思った……。


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