和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 貫咲賢希様からイラストを頂いたのでご紹介致します。誰がとは言いませんが卑しい女ずい。

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 後同じく貫咲賢希様に御要望して作って頂いたネタ画像も載せさせて頂きます。

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 別に進撃の巨人完結を狙って便乗した訳じゃないよ、嘘じゃないよ?


第三七話● 「一筋縄」ではいかない

「……所用を思い出しましたので、非礼ながら失礼させて貰いますわ」

 

 それは突然の宣告であった。

 

 ……擁護するのであれば、それは決して非難されるような無礼な所作ではなかった。極めて洗練され、文句のつけようのない言葉遣いと物腰で、朝廷の儀礼作法に完全に則ったものであった。その美貌と衣装の趣味の素晴らしさも含めれば完璧といって良い。人によっては見惚れて息をするのも忘れるだろう。

 

 しかし、それでも尚、いやだからこそ会席に顔を出す客人達……特に彼女の周囲に座する者らの好奇と困惑と驚愕の視線を集めるのはある種必然の事であった。

 

 当然だろう、ほぼ完全に傀儡と化しているとは言え帝は帝であり、形式的とは言えその権威は無視仕切れるものではない。

 

 しかしながら、それ以上に無視出来ないのは朝廷を実質的に牛耳る太政大臣らの不興を買う可能性であろう。

 

 園遊会を主催したのは名目上は帝の命であるがあの幼い子供が自分からそれを提案した訳でないのは詰まらなそうな態度から明白だ。彼らからすれば自身らが権勢を誇示するがために開いた園遊会を途中で小娘に退席されるのは余り愉快な事ではなかろう。悪い意味で目をつけられる事になるかも知れない。そしてここまでの物腰と所作と言葉遣い……明らかに教養を熟知しているような理知的なこの姫君がそれを理解していない筈もなく、故に突如行われた暴挙に唖然として、困惑もする。

 

 そう、この状況で退席するのは余りにも不合理的であり、愚かな選択と言わざるを得ない。おおよそ、利点一つ見出だせない選択であるが……。  

 

「行くわよ。付いてらっしゃいな」

「えっ……は、はいっ!!」

 

 それでも尚鬼月葵は堂々と、当然のように、何等の問題もないかのように先程から唖然としたままでいる正面の貴公子に愛想を一つ向けると、傍らに控える半妖を連れて一抹の迷いもなく席を立つ。動揺しつつも素直に自身の命令に従う白と共に葵はそのまま人々の間を颯爽と抜けて豊楽院の広間を去ろうとし……そして、目の前に人影が立ち塞がった。

 

「鬼月が退魔の一族、二の姫の葵様で御座いまするな?どうぞ席にお戻り下さいませ」

「左様、如何様な御理由があろうかは存じませぬが席も終わらず、主上がおわす内に立ち去るのは非礼に当たりまする。どうぞ、どうぞ御理解下さいませ」

 

 葵の前に現れた宮内省の官吏が二人、そう語りかける。怒る、というよりかは困り果てるような態度で彼らは葵に申し出た。それは規則に対してのある種の義務感であり、田舎から出てきた無知な少女に向けた善意からのものであった。

 

「無礼を承知で、とは既に言った筈よ?さっさとそこをおどきなさいな」

 

 葵は口元を和装の袖で隠しながらニコリと微笑み命令する。丁寧な、しかし目下の者に対して見下すような高圧的な印象を抱かせるその態度は、しかし官吏の怒りに触れる事はない。

 

 目下の者に対して目上の者が無理難題を押し付けるのは珍しくもない事である。高圧的な、尊大な態度を向けるのもまた同様。故に官吏達は自身の娘や孫程の歳の葵の態度に腹を立てる事はない。しかしだからといってこのまま見過ごす事もまた出来ない話だ。

 

「姫様、しかし………」  

 

 尚も食い下がる官吏に葵は傍らの白だけが気付く程に僅かに苛立ち、そして偶然式神越しに見た不出来な従妹の恥態より着想したその言い訳を口にする事を決める。

 

「……それとも、私にこれ以上帝の前で無礼を働かせたいのかしら?」

「無礼?それはどういう………」

 

 その言葉の真意を読めずに一瞬困惑する官吏に、葵はニコリと唐衣の長袴を持ち上げる。と、ともに官吏達はその行為もさる事ながら、それ以上に目撃したその存在に驚き、思わず一歩下がった。彼女の袴の裏側には垂れたように数点の赤い斑点が染み付いていた。まだ真新しいそれが意味するものはもしや………。

 

「まさかこのような状態でも尚ここに残れ、という訳でもないでしょう?そうよね?」

 

 宮中儀礼の規定を丸暗記している葵は、同じく規定に精通している官吏達に向けて、恥ずかしげもない態度でそう宣った………。

 

 

 

「葵!あれは一体どういう事だ!!?あのような真似……儂に恥をかかせる積もりかっ!!?」

 

 宮中の廊下を進み大裏から退出しようとしている葵の背後から全身の脂肪をぷるぷると震わせて、息切れしつつも追い縋り、鬼月宇右衛門は声を荒げて追及した。ドスの利いた声に控える白狐の少女はびくりと怯える。葵はそんな侍女を一瞥してから叔父に向けて問い掛ける。

 

「……これはこれは叔父様。宜しいのですか、退席なされても?」

「厠行きで誤魔化したわ!それよりもお主よ!一体あれはどういう事だっ!!?良くも貴人の集まるあの場であのような事を………!」

「別に何等の可笑しな事ではないのだけれど?宮中儀礼作法にも月の物がある際には退席して良し、と規定されてるわよ?」

 

 悠然と葵は嘯く。当然ながら饗宴の最中に帝の前より真っ先に退席するのは非礼ではあるが何事も例外というものはある。持病が悪化した際や身内が危篤の際等々、幾つかの状況では一礼した上でその場を立ち去る事は認められてはいる。

 

 所謂女性の月の物……ましてや退魔士の女のそれは二重の意味で退席を認められていた。いや寧ろ、退席を「強制」される代物だ。

 

 病原菌やウィルス等の存在こそこの世界ではまだ知られていないが他人の血液や死骸、不衛生な環境等が病の原因たる事は経験則から分かっている。故に朝廷の貴人はそれらを穢れとして厭い、忌み嫌う。ましてや妖という存在は霊力ある者の血肉を好んで食らうし、ましてや月の物の血なぞ妖ホイホイとも言うべき代物だ(逆にその血を罠として活用する発想もあるが)。

 

 故に幼い帝と、大臣らが列席する園遊会にて月の物の血を流せば可及的速やかに退席を命じられるのは常識である事は間違いない。間違いないが……宇右衛門は外見こそ醜悪であるがそんな葵の言葉に惑わされる程無能な男ではない。

 

「ふん、そのような世迷い言で儂を騙せるとでも思っているのか!……その血はそんなものでは無かろう?」

 

 後半は息を潜めて、低い声で宇右衛門は問い掛ける。じわり、と迸る霊力の波動……それは静かなれど、目と鼻の先にいる白が思わず小さな悲鳴をあげる程に力強いものであった。尤も、当の姪はどこ吹く風ではあるが。

 

 実際、宇右衛門の言は的を射ていた。葵は直前に自身の内股を霊力で強化した自らの爪で切り裂き、血を流して月の物を演出していたのだから。

 

「あらあら、バレてしまったのね、残念。……それで?叔父様は何用なのかしら?まさかこのまま引き返せという訳でもないでしょう?」

 

 まさかこのまま引き返して嘘でした、という訳にもいくまい。その上で葵は目の前の叔父に尋ねる。この叔父は意味もなく、一銭の価値なく、感情に任せて自身を追い掛けるような愚か者ではない事は彼女も理解していた。

 

「……一体何故にこの場を離れる?主の事だ、また気紛れに面倒な事をせぬであろうな?」

 

 宇右衛門は警戒するように葵にそう指摘する。鬼月の家にいた頃も、上洛してからも、この姪は実に気紛れにあれこれに口を挟み、手を出してくれたものであった。その半数は結果として鬼月の益ともなったが、同時に厄介事が舞い込んで来た事例も枚挙に暇がない。

 

 一番直近の事例は地下水道の一件とそれに伴う目撃者の引き渡しであろう。法的には問題なくても態態朝廷の要請に反対するなぞ、ましてやそれが高々替えの利く下人ともなれば………いや、結果として橘の商家に対して一日千両で貸し出せたので益が無い訳ではないが……別に条件に完全に合う者である必要性もなかった。多少合わなくても代用品で先方に納得させる事も出来たであろうと、少なくとも宇右衛門は考えていた。

 

 ………それはさておいて、実際問題葵が場の状況も考えられぬ程愚か者であるとは宇右衛門は思っていないし思いたくない。故に宇右衛門はその思惑を姪に問う。

 

「お主、一体………」

「尾行させていた手下共から連絡は来ているのかしら?」

「連絡?定期的な報告はよこすように命令はしている。屋敷に残した者共が不審な所があれば知らせに来る筈だが………」

 

 葵の言に一瞬怪訝な表情を浮かべる宇右衛門。しかし直ぐに彼女の言う事への心当たりに思い至り朗らかにそう口にしようとする。しかし………。

 

「……失礼。鬼月の一族、宇右衛門様でありますか?」

「う、うむ。その通りだが?……如何様かな?」

 

 そこに駆け寄って来る朝廷の役人が一人。その困惑した態度に宇右衛門は首を傾げて尋ねる。

 

「貴方様の部下と称する者からの伝令の式が来ております。何やら緊急の御用件のようでして……」

「何ぃ?……まさか!?」

 

 その返答に宇右衛門は目を見開き、眼光を鋭くして答える。そして宇右衛門は姪の方向を見つめる。

 

「叔父様、安心しなさいな。特別に今回の件は私が片付けて上げるから。いえ、訂正するわ。……手を出したら容赦しないわよ?」

 

 何処までも底冷えするその言葉に報告に来た役人は思わず悲鳴を上げて床に転がった。傍らの子狐は冷や汗を流して息を呑む。

 

 最も直接的にその殺気を受けた宇右衛門は思わず後退りしていた。それだけで済んだのは彼が曲がりなりにも退魔士としての腕も一流である証明であったろう。震える口元で宇右衛門は言葉を紡ごうとする。

 

「葵、主………」

「それでは叔父様。私は一足先にお暇させて頂きますね?」

 

 叔父との会話に葵はこれ以上価値を見いだせなかった。故に一方的に会話を打ちきり、彼女は廊下を再度進み始める。その後ろについていくのはビクビクと怯える子狐。チラチラと主人を見る白……。

 

「あ、あの……ご主人……」

「本当、困ったものよねぇ?」

 

 侍女の遠慮がちな呼び掛けを完全に無視して葵は口を開く。口角を吊り上げて、残虐に、高慢に、傲慢に、残酷な笑みを浮かべる少女。

 

「少し目を離せば直ぐに蝿共が纏わりつくのだもの。いえ、良いのよ?その程度は仕方無いもの。嫉妬なんかしないわよ?寧ろそれくらいでなければ意味がないもの………」

 

 言い訳のようにそう宣いつつ口元を、いや表情を扇子で隠す葵。そう、それくらいでなければ意味がない。有象無象の、所詮は二流品共であろうが、それでも自分の愛しい彼に他の牝共が必死に尻尾を振る様は愉快であるし、そんな彼を独占し、添い遂げ、周囲の羨望と嫉妬を集めるのは葵の自尊心を十分に満たす情景だ。それは事実だ。

 

 ……しかし、それとこれとはまた話が別だ。理解していても苛立ちはするし怒りもする。そして葵は本質的に激情家だ。

 

 それ故にいくら表情を扇子で隠そうとも、霊力の猛りを欺瞞しようとも、その冷たく、しかしその奥底に溶岩のように煮えたぎる激情だけは隠しきれなかった。

 

「……都の中なら安全と思ったのだけれどね。本当、良く厄介事に巻き込まれる事よね?」

「あ……うぁ………」

 

 白に対して世間話をするように声を掛けるが、当の狐の少女は恐怖に声を出せずにいた。その敵意と悪意が自身に向けられた訳でもないというのに。

 

「ふふ、まぁ私の不届きも問題なのだから仕方無いわよね?この前の件では彼に随分と迷惑を掛けてしまったわ。贖罪、という訳でもないけれど責任は取らないといけないわよね。だから………」

 

 クスリ、と幼く不出来な侍女の姿に冷笑する葵は宣う。何処までも冷酷に、残酷に、冷淡に宣告する。

 

「………今回の塵芥共は容赦出来そうにないわね?」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 それはまるで水の中に溺れた感覚に近かった。

 

「がばっ……ごぼっ………!!?」

 

 突如呑み込まれた冷たく真っ暗な闇の中……何も見えぬ闇夜の世界で俺は溺れ、もがき苦しむ。息が出来ない。何も掴めない。噎せる。苦しい。苦しい。苦しいっ……!!

 

「おぼっ……!?がぼっ゙ぼぼっ゙ぼ………!!?」

 

 良く考えれば必死に暴れる行為そのものが酸素を浪費する無意味な行為であったのだが……やはり突如の事で、尚且つ腹を殴られて噎せた状態となると恐慌状態にならざるを得ないのも事実であった。

 

「ちっ、やっと見つけたぞ糞がっ!!」

 

 何れ程の時間を経たであろうか数十秒か、あるいは数分か。真っ黒な世界で突如背後から首を掴まれ、引き摺り出される。

 

 苦しみから解放されたのは一瞬後の事だった。次の瞬間にはぼやけた視界に一気に光を感じた俺は目を閉じて何度も激しく呼吸して咳き込み……刹那、腹部に激しい一撃を食らい背中からぶっ倒れた。

 

「がはっ゙!?げほっ……ゔえっ゙……ゲボっ゙!!?」

 

 何が起きているのか、どういう状況なのか、何も分からず、また酸欠の脳では思考を巡らせる余裕もなかった。ただただ腹に受けた激痛に呻き、陸に上がった魚の如く胸を上下に揺らして酸素を取り込む作業を続ける、それしか出来なかった。

 

「痛てぇなこの屑が!!ちぃ、おい何か血ぃ止めるものねぇか?」

「その程度の怪我で吼えるな。それよりも今の内にこいつの持っている武器を回収しろ」

「それならば俺がやろうか?探るからこいつを押さえといてくれよ」

 

 揺れる視界の中でそんな声が響く……しかしながらそれが何を意味するのかと言えば酸欠の脳では断片的にしか認識仕切れなかった。そして、状況は俺の回復を待ってくれない。

 

「はぁ…はぁ……ひぐっ゙!!?がっ!!?」

 

 突如身体を押さえつけられる感覚。肺の上から膝で乗られているのだろう。圧迫されて俺はもがき苦しむ。

 

「なぁ入鹿、これか?お前さんの腕を斬った短刀てのは?……へぇ、中々良い代物じゃあないか?」

「余所見をするな神威。……そいつの外套と袖の裏を探れ。恐らく暗器を隠している筈だ。……貼り付いていた式神は処理出来たか?」

「勿論ですとも、随分と精巧で大柄でしたがね……所詮は本質は紙、全部あの様ですよ」

 

 嘲るような笑い声が響く。僅かに残る理性で俺がそちらに目を向けるとピクピクと痙攣するように床に倒れる幾体かのズタボロに切り刻まれた式神が垣間見えた。恐らくは監視や隠密行動よりも戦闘を意識した比較的大柄なそれらは若干震えてから此方を一瞥すると、次の瞬間には機能を停止してそのままぐったりと崩れ落ちる。

 

(はは……どれが、誰のだか知らねぇが……こんなに尾行してたのかよ。半ば分かっちゃ…いたが……ドン引きものだな、これ)

 

 俺は朦朧とする意識の中で冷笑する。思惑はそれぞれだろうし、一度妖母の時に見せつけられたものではあるが、改めて見ているとうんざりするものだ。

 

 何が笑えるかって予想はしていたが全く気配は感じ取れていなかった事だろう。我ながら間抜けな事だ。恐らくは純粋に護衛任務のために貼り付いていたのもあるだろうが……ストーキング式神共を一斉駆除してくれた事を意味するので清々している所がない訳でもない。

 

(……問題はそのまま俺を見逃してくれる訳ではないだろうという事だがな)

 

 そんな事を考えていると男達の一人が指を鳴らす。同時に青白い炎が発生して式神の残骸は灰塵に帰した。それは単なる炎ではないように思われた。恐らく式神(正確にはその残骸)を媒体にして居場所を特定されぬように「縁切り」を兼ねているのだろう。

 

「これで追跡は不可能って訳だな。ではでは、御待ちかねの持ち物検査とでも行きましょうか、えぇ?」

 

 そして俺は家鴨が羽根を毟られるように持ち物を奪われる事となった。

 

「………ほぅ、案外色々隠してやがるな。監視の式神共といい、都の中にしては随分と備えの良い事で」

 

 安全な都の中……とは言え流石に護衛の俺を丸腰で護衛対象の側に侍らせる程に鬼月家もお気楽ではなく、懐に忍ばせていたゴリラ様お手製の短刀を始め、鬼月家、あるいは俺独自に衣服の中等に暗器や武器を隠してはいたのだが……それらは活用される前に次々と剥ぎ取られていく。所謂魔除けの護札や御守りの類いも同様である。

 

 各所に隠した短刀や苦無、毒針、投石器、御守り等計一一点……衣服を剥ぎ取りながらそれらを奪われた俺は、そのまま上半身裸のままに無理矢理立たされ、次の瞬間には粗末な椅子に押し付けられた。そしてそのまま乱雑に荒縄で手足を締め付けられる。

 

「っ………!?」

 

 同時に押し寄せる一種の脱力感と虚脱感、徒労感……そこで俺は荒縄が単純な身体の拘束だけでなく、霊力の流れを塞き止め、封じ込める加護が込められている事を理解した。念入りにその上から更に護札が貼り付けられる。

 

(暴漢……の類いじゃ……ねぇ、か…………?)

 

 混沌とする意識の中で俺は辛うじて考えを纏める。

 

(そうだ……そうだ………確か俺は……俺はあの餓鬼の護衛をしていて………!!)

 

 書店であの金髪の小娘を追って、確か目の前で彼女が拐かされたのだ。それも突然本棚から、まるで水の中から浮き上がってきたかのように手が現れて、彼女を拘束したのだ。それで、俺は咄嗟に彼女を助けようとして、しかし背後からも同じように手が伸びて俺の口元を塞いで………。

 

(……こいつ、か?)

 

 壁の中に沈められる刹那、ゴリラ様の短刀で背後からの手を浅くであるが切りつけてやったのを思い出す。そして霞れる視界の中で腕に止血用の布地を巻いた人影を捉える。恐らくはこの男に違いない。

 

「……そろそろ意識は戻ってきたか、鬼月の下人よ?」

 

 その言葉にぼんやりと、焦点の合わない瞳を動かす。そこにいたのは正面から此方を見下ろす人影。地味目の色の外套を着込んでいるその男は声の質から中年……四十前後の年頃に思える。重々しい口調だった。

 

「お、お前ら……は………?」

 

 その質問への回答は殴打だった。俺が腕を斬ってやった二十代程度の若い男が俺の頬を振りかぶって殴り付ける。ドスッ、という嫌な音が響いた。

 

「がっ……!?」

「聞かれた事以外口にするんじゃねぇよ、人間以下の滓がっ!!」

 

 その怒声と同時に顔面に広がる痛み、口の端から血液が流れる感覚に気付く。口の中を切ったようであった。

 

「おい入鹿、止めろ。部下が粗相したな、許せ。しかし貴様が無駄な抵抗をしたからだ。そのまま大人しくしておけば良いものを……」

 

 厳かに手を上げて入鹿と呼ばれている怪我を負わせた青年を止め、俺に向けてそう宣う男。こいつがリーダー格、か?

 

(原作キャラ……じゃねぇ、か)

 

 毎回都合良く原作ゲームのキャラクターに出会さなければならぬ理由がある訳でもない。故に相手が見知らぬ相手だからと言って何か可笑しい事がある訳もまたない。とは言え今の物言いは………。

 

「……あぁ、此方の立場を言い忘れていたな?弾正台所属、弾正官吏の竜飛だ」

 

 その単語……その意味を理解した瞬間、俺は内心で激しく動揺した。

 

「さて先日の地下水道での一件、詳細に聞かせて貰おうか?」

 

 冷たい、物を見るように何処までも冷たい眼差しで竜飛と名乗った男はそう嘯いた。

 

 

 

 

 弾正台………固有名詞の語源としては実際の歴史における日本の律令体制時代に設置された政府機関の一つである。政府内の調査・監督を司る機関として設立されたものの干渉を厭う公家や他省庁の反対もありその実際の権限は限定的で、尚且つ検非違使の設立もあって早期に名誉職と化したとされる部署である。

 

 無論、それは正史における弾正台である。当然ながらこの世界における朝廷はその設立から今日に至るまでの歴史は全く別物であり、固有名詞こそ同じであるがその立ち位置も、その権限もまた違っていた。

 

 扶桑国における司法組織は大きく分類して刑部省と検非違使庁、そして弾正台の三つに分けられ、これ等は並立して存続している。

 

 朝廷の直轄領土における法律制定・審査・執行及び民衆に対する裁判と刑罰を刑部省は司る。現実における法務省と裁判所、刑務所を兼ねる組織と思えば良かろう。

 

 刑部省は獄卒を除けば殆んど武力を持たない。実際に罪人の捜索と捕縛を司るのは検非違使庁である。朝廷直轄領における警察組織と思えば良かろう。

 

 弾正台は上記二組織に比べて人員数では少数ではあるが、ある意味で最も恐ろしい組織である。

 

 弾正台は朝廷内省庁及び公家、大名家、退魔士一族、そして一部の豪商や豪族、及びその関係者相手の監査・監督・調査を司る。その対象もあって凡そ政治的な案件に対して関わるこの機関はそれ故に必要とあれば残虐な『尋問』を行う事も少なくない。

 

 いや、正確に言えば扶桑国は身分制度が厳しく、権力者への実力による『尋問』は流石に憚られる。故に実際の所その関係者……所謂部下や家臣に対して彼らの鋭い牙が剥かれる場合が多い。原作ゲームにおいてもルートによってはヒロインや主人公がその被害に遭い、場合によってはバッドエンドする事にもなる……というのはゲーム及び公式設定集での設定である。

 

 そして………今正にその『尋問』が俺に対して行使される事となった。

 

「ぎぃ゙……!?」

「お、良い声で鳴くじゃねぇか、よっ!!」

 

 その声とともに入鹿と呼ばれていた青年が嗜虐の笑みを浮かべて俺の身体に括りつけた縄を更に縛り上げる。これは俺の手足を拘束する霊力阻害の加護のあるものではなく普通の縄だ。文字通り拷問縄とも言う拷問用の拘束方法である。縄の荒い表面が肉に食い込み、削り、圧迫感が血流を阻害し、肺をも締め付ける。

 

 ……尚、原作ゲームでは特定のイベントをこなす事で男色肥満拷問官によって全裸亀甲縛りから三角木馬責め、挙げ句最後は薬漬けで掘られて牝堕ち、遊郭に売られて男娼になる場面が豊富なスチールによって無駄な程詳細に描写されるトラウマバッドエンドルートが存在したりもする、って………。

 

「あ゙ぐっ゙がっ!!?ふぐっ!?う……ぐ…………」

 

 散々に身体を締め付けられた俺は絞められる直前の鶏のようなみっともない声を上げながら項垂れる。当然ながら全身激痛で感覚が可笑しくなりつつあった。

 

(はは、詰まらん事でも良いから何か考えていないと頭が狂いそうだな、こりゃ………)

 

 拷問。そう拷問である。いつ終わるのかも知れぬ、いや終わるのかも定かではない攻め苦に対して、痛みから目を逸らすように何か考えていなければ正気を失いそうであった。

 

 良く分からぬままにひたすら拷問を受け続ける事、どれだけの時間が経っただろうか?時間の感覚は不明瞭なために判別がつかない。もしかしたら大して時間は経過していないかも知れない。問題は………。

 

(……何が……目的だ?)

 

 ぐったりと顔を俯かせ、表情は疲労を前に弱々しく表し、しかし脳だけは必死に思考を巡らせる。

 

 残念ながら未だ相手側が何を俺から聞き出そうとしているのかは謎である。何か質問するでもなく初手からの拷問三昧だ。それは即ち此方の発言を端から信用しておらず、此方が痛みによって精神薄弱になった所で話を聞き出そうとしている事を意味していた。

 

「よぅし。次はこいつだ!!」

「ひっ……!?」

 

 大量の水が注がれた桶が目の前に置かれると何が起こるのかを察した俺は思わず恐怖に悲鳴を漏らす。

 

「お?察しが良いな?まぁ、さっき似たような目に遭ったから当然と言えば当然だな。えぇ?」

 

 加虐的な言葉、そして容赦なく水責めは開始される。拘束された身体では抵抗は無意味だった。

 

 最初の責めは五十数える間行われた。冷水が目一杯入った水桶、その水面から髪を引っ張って引き摺り出された俺に許された呼吸はほんの二、三回であった。直ぐに責めは再開される。今度は六十、その次は七十………。

 

 十秒ずつ増える水責めが六回目、即ち百数えるまで水桶の中に沈められた俺は陸に上げられるとともに何度も何度も咳き込む。そして目眩がする俺の正面に誰かが座りこみ尋ねる。

 

「さて質問だ。貴様は先日の地下水道での妖退治の依頼に参加していた、間違いないな?」

 

 その言葉は妙な程にすうっと頭の中に入っていた。俺は小さく何度も頷く。

 

「その依頼は橘商会が会長、橘景季のものである。相違ないな?」

 

 ぼんやりとした意識の中で俺は再度頷く。そうだ、あれは橘景季がゴリラに提案してのものだった筈だ。

 

「報告によれば地下水道の中に潜んでいたのは彼の悪名高い妖魔が母であるとか。それは事実か?」

 

 俺は頷く。俺はそうゴリラに報告したし、同じく地下水道に潜っていた赤穂紫も目撃して報告している。事の真偽をどう解釈するかは御上次第であるが既にそのように報告している以上それを否定する意味はここではない。

 

「……というのは嘘で、実態は橘景季が地下水道で秘密裏に飼育していた妖共が脱走して、その処分に奔走していたのが先日の一件の顛末、そうだな?」

「あぁ………あ?」 

 

 一瞬そのまま頷きそうになった俺は、しかし直前にその言葉の意味を解してそれを止めた。同時に何処からともなく鳴り響く舌打ち。そして、俺は水桶の中に顔を捩じ込まれる。  

 

「がぼっ゙!!?ごっ゙!?お゙ぼ、ぼっ゙………!!?」

「嘘は良くないな。良民として真実を話して欲しいものだ。その程度は道徳の基本、そうだろう?」

 

 嘲る訳でも、小馬鹿にする訳でもなく尋問する男は淡々とそう嘯く。

 

「出来過ぎな話とは思わんかね?地下水道に彼の妖魔の母が潜伏していた?馬鹿馬鹿しい事であろう?そのような大物が何故長年大人しく隠れていたのだ?」

 

 髪を引っ張られて俺は水面から顔を上げる。

 

「ましてや今年の夏には商会の隊列が狐の化物共に襲われたらしいが、これも出来過ぎだとは思わんかね?都を往き来する商人共の隊列は無数にある。よりによって護衛の多い橘商会を何故襲う?それも都合良く鬼月の者らが救援に来たようだな?まるで最初から襲撃が分かっていたかのように、な」

 

 男は、竜飛は俺の顔を、俺の瞳を覗きこむ。そして瞳を細めて宣う。

 

「さて取り調べを続けようか?共に悪逆無道な橘商会の秘密を暴き、正義を白日の下に晒そうではないか。善良なる扶桑の国の良民として、な?」

「…………?」

 

 その言葉が真の意味で真実を求めてのものではない事は分かっていた。しかし、それ以上にその言い回しに妙な感覚を、冷笑的で皮肉の色合いが感じ取れた事が俺に違和感を与える。そして思い返すのは原作ゲームのバッドエンドの一つである。可笑しい。確かあれでは………。

 

「ひっ……ひぐっ……うぅ…」

 

 そんな俺の思考を阻んだのは幼い、少女の漏れるような泣き声だった。同時に俺は思い出す。そうだ、俺の仕事は確か………。

 

「それ、喉が渇いただろう?たんと飲みやがれ……!!」

 

 しかしそんな事を気に掛ける余裕は元よりなかった。何せ、地獄はまだまだ始まったばかりなのだから。俺に投げつけられる罵倒とともに何度目かも分からぬ水責めが開始される。俺の疑念と違和感は、しかしそれを熟考する前に酸欠の苦しみと縄の激痛、そして恐怖の前に泡沫のように儚く消えていった………。

 

 

 

 

 

 

 

 目の前で拘束された半裸の男が責め苦を受け続ける光景を男は……竜飛は感慨のない瞳で見つめていた。彼にとってはこの陰惨な拷問の光景は何一つ心を揺らすものではないらしい。

 

「……意外と心が強いな。話では下人というものは意思力が弱いと聞いていたのだがな」

「あぁ、俺がこの種の仕事をしてからこれまでやった奴らはそうだったぜ?これは意外だな、想定外だ」

 

 傍らの神威と小さな声で囁き合うように竜飛は相談する。最初の予定では小娘一人誘拐するだけだった筈だが……より優先するべき役目が出来たがためにこんな面倒事をする羽目になる。

 

「記憶を正確に抜き出すだけならば難しくはないが……壊れぬようにしろとは厄介な事だな」

 

 誘拐だけならば都に潜入に成功した二人だけで十分だったのだが……その命令のせいでこのようにして態態弾正台に潜伏に成功していた同胞を呼び出す必要に迫られる事になってしまった。

 

「……それで爺の方はどうなんだ?この予定変更に対してよ?あの化物の命令とは言え突然横槍入れて路線変更されれば文句があるんじゃねぇのか?あの老い耄れ、無駄に面子を気にしてただろ?」

「上手く説得はしたらしい。流石に年を食っていないな。利に聡い商人をああもあっけなく丸め込むとは……役人というのは恐ろしいものだ」

「それはそれは……流石は年の功という訳かね?知恵の回る化物は厄介な事だな」

 

 神威は冷笑に近い笑みを漏らす。竜飛はその言い様に皮肉の感情を読み取っていた。この同胞、扶桑の国に潜り込んでから知らず知らずの内にその影響を受けているように思えた。

 

「それで?そこの餓鬼はどうするんだ?とっとと爺共に渡しちまうか?」

 

 神威は部屋の隅で両手両足を縛られた異国風の少女を一瞥して自分達の頭領に尋ねる。

 

「いや、まだ手元に置いておけ。切れる手札は多い方が良い。人質に使えるし、焦らしてやった方が足下を見れるしな」

 

 竜飛の言に神威は「涼しい顔して酷い言い様だな」と嘯く。そして外を見てくると言い捨てて部屋を出ていった。

 

「………」

 

 竜飛はそんな同胞の背中をちらりと見た。次いで思い出したかのように入鹿に対して拷問の一旦停止を命じる。目を離した隙にどんどんと過激になっていた拷問で誤って殺してしまわないようにであった。そして咳き込み苦しむ青年に対して彼はさっきと同じように淡々と質問を再開するのだった。

 

 ……そして、そんな部屋の様子を、天井の壁に一羽の蜂鳥が貼り付くように止まって観察していた。

 

 嘴に自らの体躯に合わぬ程の大きさの腕珠を咥えた蜂鳥は、ただただ生き物とは思えぬ無機質な瞳で冷静に、冷徹に、目の前で続けられる悲惨な拷問の光景をただただ無感動に鑑賞し続ける。

 

「………奇妙、ですね」

 

 式神は、より正確にはその視界を通して事態の推移を見守る退魔士の少女はスッと瞳を細めると、小さくそう呟いた。そしてそのまま、式神は思わず目を逸らしたくなるようなその光景を冷徹に、見定めるように監視し続けていたのだった………。


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