和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 御支援頂いているファンの方々からのイラストご紹介タイムです。

 貫咲賢希さんからはコラまとめ及び……うっ!ふぅ……ゴリラ様のイラストです。
https://www.pixiv.net/artworks/87112548
https://www.pixiv.net/artworks/87144030

 宇佐見さんからは御忍びデートな佳世ちゃんです。あざと可愛い………。
https://www.pixiv.net/artworks/87110845



 尚、何処かで母親を名乗る不審者のイラストを制作して頂けたとの噂を聞きました。知ってる人詳細求む!(期待の眼差し)


第三八話●(挿絵あり)口は禍の元?

 拷問と言えば皆は何を想像するだろうか?俗に「鉄の処女」に代表されるような血生臭い拷問器具であろうか?それとも鞭を打ち付けて肉を削ぎ落とすイメージだろうか?

 

 現実には流血を伴う責め苦の多くはどちらかと言えば拷問というよりも刑罰に類するものだ。あるいは民衆に恐怖を植え付けるために誇張して宣伝されたり、後世の創作の類いも少なくない。

 

 根本的に、拷問の多くは要は自白を始めとした情報を引き出すためのものであり、痛みや怪我によるショックや出血死をされては本末転倒であり、そのような拷問は基本的に二流三流のものに類する。

 

 実際の所、より実用的かつ洗練された拷問の多くは致命傷に至るに時間がかかり、可能な限り出血なく、長く苦しめる事が出来るものなのだ。そして、それらの中には一見すれば残酷に思えないものも少なくない。……そう、一見すれば。

 

「ひぐっ!!?あ゙ぐぐっ゙…………!!?」

 

 俺は思わず口元から唾液を垂らして悶えるように悲鳴を漏らしていた。ブチブチと何かが切れるような音が身体の中で響く。

 

 釣り責めは文字通り身体を吊り上げる拷問だ。多少違いはあるが基本的には手足を拘束した上で天井等から垂れ下げた縄を背後に回させた腕に巻き付けて身体を吊し上げる。それは外観だけならば唯の拘束にしか見えないだろう。しかし、それは前世の日本においては最も残虐な拷問の一つとして恐れられていた。

 

 考えても見れば良い。天井から吊し上げられた身体は、それ即ち全体重の重さが縄に掛かっているのだ。そして同時に縄を巻き付けられた腕にもまた同様に負荷がかかる。

 

 外見的な残虐性は最小限に抑えられ、その一方で縄が腕の血肉に食い込み、与えられる重さによって筋繊維が内部で千切れていく。数時間もすれば腕の結び目から出血し、壊死が始まり、最終的には腕が二度と動かなくなる程の負荷がかかる事になる。単純かつ拷問官の労力と精神的安定を守れる効率的な責めであった。

 

 ……そして正に俺はその責め苦を腕から出血する迄の時間強いられていた。

 

「……そろそろ一旦離してやれ。いきなり腕を壊す訳にはいかんからな」

「あ?マジかよ。……良かったな、休憩時間だとよ?」

 

 竜飛の命令に、若干不満そうにしつつ入鹿は従う。俺を背後から吊るす縄を外す……とともに両手両足が拘束されていた俺は受け身も出来ずに顔面から床に倒れた。

 

「はがっ……!?はぁ…はぁ……ぐぅ………ゔお゙っ゙!?」  

 

 床に倒れて腕の痛みに息切れしていると冷水を顔面にぶちまけられる。これは此方の体温を奪うためのものであろう。既に水責めとは別に何度かされていた。そのまま無理矢理立たされて椅子に座らされる。当然ながら椅子も敢えて座り心地が悪い仕様だ。

 

「さて、地下水道で貴様は何を見たのだったかな?その豊かな想像力で作り上げた物語を教えてくれたまえ」

 

 竜飛は問い掛ける。それは恐らく五度目の質問であった。五度目の同じ質問………。

 

「…………」

「おい、てめぇ。黙っていれば誤魔化せるとでも思っているんじゃねぇだろうな?」

 

 入鹿が俺の髪を掴み引っ張りあげ脅迫する。それに対して俺は濁った瞳で無反応で対応する。

 

「……ふむ、語る体力もないか。おい入鹿、止めろ。それではまともな証言も出来まい。正気に戻るまで少し放置しておくぞ」

 

 入鹿の加える暴行を止める竜飛。しかしそれは決して善意では有り得ない。

 

(飴と鞭、って奴だな。古典的だが、中々来るものだ………)

 

 それが実は元より計算された行動である事を拷問を受けて苦しみつつも観察していた俺は結論付ける。一方が粗雑に振る舞う事で今一方の印象を改善し、自白を強要しようという尋問の基本中の基本の技術だ。そしてそれが分かっていても、心が揺らぎそうになる時があるのが悔しい所だ。

 

(あの小娘は……無事なようだな)

 

 事実とすれば大逆罪にすら匹敵する罪状、ましてやそれが半ば捏造であるなれば、幾ら豪商の娘とは言え自白を引き出すのに拷問にかけられる可能性もあったが……薄暗い部屋の片隅で震えている姿を見るに今のところ直接何かをされてはいないようだ。幸いだ、もし彼女に何かあれば後が面倒だった。

 

 ……いやまぁ、後がある保証はないがな?

 

(それにしても……この尋問のやり口は何処か妙だな………)

 

 尋問と拷問を相互に、あるいは同時に受ける中で俺は薄れて混濁する意識で、しかしその疑念をより補強していた。何か可笑しい。何か………。

 

『まだ正気ですか、下人?』

 

 ふと、耳元で淡々とした言葉が響いた。感情の籠らない確認作業とも言うべき口調。この声は……松重牡丹か。

 

『視線は動かさないで下さい。隠行していますがいつ見つかるか分かりません。返答は口ではなく、瞬きでして下さい。質問に対して肯定なら三秒以内に瞬きを一度、否定ならば二度御願いします』

 

 その指示に対して俺は瞼を一度閉じて答える。予想はしていたが、やはりこいつの式神は生きていたか。

 

 誘拐犯らに殺られた式神はどれも大柄な尾行よりも戦闘に比重を向けられていたものだった。一方彼女のそれは真逆で戦闘力を極限まで抑えて隠行に対してその特性をほぼ全振りしていた代物だ。故に生き残ったのだろう。恐らくこの拷問中もずっと隠れて事態を観察していたと思われる。

 

『判断能力はまだあるようで幸いです。幾つか質問しますよ?弾正台を名乗るあれらの行動の不自然さは気付いていますか?』

(イエスだよ)

 

 俺は瞼を一度閉じて答える。既に俺も幾つも違和感は覚えている。

 

『それは結構です。では次の質問です。貴方の暗器は全て回収されていますね?現状残る武器は存在しない、そうですね?』

 

 俺は再度肯定の返答をする。奴ら、俺なりに考えて隠してたのに全部没収していきやがった。

 

『分かりました。………備えあれば憂いなし、という訳ですか。戦闘なぞには到底使えませんが剃刀の刃程度ならばこの式神の腹に隠しています。隙を見て手足の縄を切っておきましょう。後、装備については幸い隠れる際に幾つか持ち逃げは出来ました。まぁ、ないよりかは幾分かマシでしょう。上手く使う事です』

 

 了解です姉御。……マジかよ、一生ついて行くぜ!!

 

『……思いの外余裕がありそうですね。まぁいいでしょう』

 

 俺の内心を読んだのか、一瞬式神はジト目で呆れたように此方を睨む。しかしながら気を取り戻したように咳払いした。

 

(いや何、これくらいテンション上げとかないと此方も精神可笑しくなりそうだからな)

 

 そんな此方の事情を知ってか知らずか、どちらにしろ彼女は、松重牡丹はその質問に触れた。

 

『………それでは最後の質問です。あの弾正台の官吏を自称する輩が怪しいのは言いましたが、奴らの本当に聞き出したい内容については貴方は理解していますか?』

(本当に聞き出したい質問、か………)

 

 その質問に俺は僅かに考え込んだ。込まざるを得なかった。

 

 確かに俺も何処か違和感は覚えていたが……残念ながらそれが何が狙いだったのかまではまだ俺は結論を出せてはいなかった。こいつ……まさかとは思うがもう答えが出たのか?俺は二度瞬きして返答する。

 

『こればかりは当事者では客観視出来ないので分かりませんか。……良いでしょう。その時の小細工のネタにも使えますし、一つ説明しましょうか』

 

 僅かに考えこみ、次いで尋問官らの様子を一瞥し、俺達に意識が向いていないのを確認した牡丹は端的に説明をする事を決めたようだった。

 

『良いですか?奴らの目的は偽の供述をさせる事なんかではありません。あくまでも私の個人的見解ですが、恐らくは………』

 

 そう前置きしてから語られる彼女の分析。それに対して俺は沈黙して、しかし渋い表情を浮かべて聞き入る。そして考える。

 

 ……俺への拷問と尋問が再開されたのは、彼女の端的かつ的確な推論の説明から数分後の事であった。

 

 そして幾ら強がってはいても、既に度重なる責め苦によって疲弊していた俺の体力と精神は、既に十分弱りきっていて…………。

 

 

 

 

 

(………あぁ。成る程、な)

 

 瞬間的に其処までの記憶を思い出した俺は同時に周囲を一瞥しつつ状況を理解する。ははは、どうやら暫くの間記憶が飛ぶくらいに責め立てられていたようだ。………これだからSMプレイなんか嫌いなんだよ、糞っ垂れが!!

 

「ははっ………マジ痛てぇな」

「ちっ、こいつ我に返りやがったな」

 

 その声とともに俺は景気づけのように顔面に一発食らう。俺の瞳に正気の色が戻ったのに気付いた飴と鞭の鞭役……入鹿と呼ばれていた若い男がぶちこんでくれたようだった。直前に歯を食い縛って意識が飛ぶのを防ぐ。

 

「ぐっ゙……!?」

「ふむ、暫く反応がなくて心配していたが……戻ってきてくれて助かったよ。私も案山子相手に質問するのも味気ないのでね」

 

 入鹿とは違い、竜飛は淡々と感慨もなくそう宣う。しかしながら事前にそうと見なければ気付かないものの、その瞳の奥では僅かに……そう、ほんの僅かに苛立ちの色が見えた。

 

「さて幾度目になるか、質問と行こうか?先日の地下水道での事だ。そこで貴様が見たもの、経験したものを今一度答えてくれ。包み隠さず、全てを、漏れ無くな」

 

 竜飛は俺の目の前で腕を組み問い掛ける。その所作、態度、物言いは正に尋問官そのものであった。そう。その外面は、な………?

 

「……はっ……ははっ!はははははっ!!」

 

 思わず俺は項垂れたまま気味の悪い笑い声を漏らしていた。そう、冷笑するようで、苦笑するようで、嘲笑するような人を逆撫でする笑い声………。

 

「………何か笑える事でもあるのか?」

「おいおい、まさかとは思うがもうイカれたか?」

 

 俺の行動に不快げに正面の男、竜飛は尋ねる。傍らの入鹿は気に食わなそうに吐き捨てて舌打ちした。しかし、その反応はある意味此方の予想通りであった。

 

(よし、食いついたな………?)

 

 そして、俺はより一層注意を引くために口をひらいた。

 

「はははっ……いやなに。考えれば考える程そうやって真面目に演技しているのが滑稽に思えてきてな?………下人相手だからって気付かれていないと思っていたのか?」

「あ?」

「…………」

 

 俺の言葉に二人の男は其々反応する。その姿に俺は口元を歪めて一層馬鹿にするように冷笑する。

 

 ああそうだ、確かにこれが本当に唯の下人であればこの程度の小芝居で十分に騙しきれただろう。一部の例外があれども大概の下人の見識は広くはないし、自我に乏しく、妖相手ならば兎も角人間相手の駆け引きなぞ想定していない故に。

 

 そして……いや、だからこそ俺は宣い、糾弾し、告白するのだ。これが馬鹿馬鹿しい三文芝居に過ぎない事実を。

 

「まずもって拷問の順序がバラバラ過ぎるぜ?釣り責めに至っては流石に段階を飛ばし過ぎじゃねぇか?」

 

 釣り責めはその見掛けに対して苦痛は馬鹿げたくらいに凄まじく、故に段階的にエスカレートしていく拷問の中でも最後半に実施されるべきものの筈だ。流石に拷問の内容は記録されるし、そこまでやって自白を引き出せなければ朝廷の権威に関わるだろう。

 

 寧ろ設定されていても実際に実施される程度はかなり低く半ば程死文化している類いのもの……まぁ、これも一々下人なぞが知る由もない。俺だってただ公式設定集から引用しただけなんだけどな?

 

(どちらにしろ、俺なんぞにこんな早い段階で使うなんて有り得ない訳だ)

 

 いや、それだけならばまだ理解出来なくもない。秘密裏に、短期間の内に自白させるためと考えればな。だが………。

 

「そもそも……お前ら、俺にやらせ話を供述させる積もりなんて元から無いんだろ?」

 

 こいつら、尋問中に減刑や誘惑の類いを一言も言いやしなかった。もし本当に自白させたいのならば空手形でもその手の司法取引を持ち掛けただろう。誘導尋問も積極的ではなかった。まるで本気で自分達の求めるシナリオ通りの作り話を口にさせる積もりがないかのように。

 

 いや、寧ろあれは此方を弱らせる事で思考能力を奪い、隠し事を包み隠さずに自白させようとしていたと言えるだろう。何にせよ、真実を吐かせようとしていたのは間違いない。

 

「そう考えると明らかに妙なんだよな?やってる事がちぐはぐだろ?俺のご主人様は俺の提出を拒否していた筈だ。つまりは鬼月と険悪になるのを承知で誘拐したんだろう?だらだらと尋問せずに廃人にする気で記憶を抜き出せば良い。何でこんな迂遠な事するんだ?」

 

 記憶の改竄が可能なこの世界であるが、弾正台には相手を廃人にする代わりに確実に本物の記憶を引き抜く呪術がある。折角リスクを背負っているんだ、今更使わぬ理由もない。というかその覚悟もないのに誘拐するのも可笑しい。

 

 俺の発言を沈黙して聞く尋問官ら。しかし、その瞳はすぅ、と細まりその纏う雰囲気は明らかに変貌していた。

 

「つまりだ。お前らはその技術がないんだろう?あるいは使えない理由があるか、か。更に言えばお前らの本当の目的は偽の供述なんかじゃなくて地下水道での一件で某か知りたい事がある……といった所か。何にせよ、朝廷からすれば鬼月の面子潰してまでやる事じゃねぇよな?」

 

 橘商会を貶めるのは金が絡むだろうから理解出来る。しかしながら朝廷とて地下水道に何がいたかは表向きは本当は把握している筈だ。今更下人相手にこんな面倒な手間をかけてまで尋ねるべき事はない。寧ろこんな事に首を突っ込む奴がいるとすれば……考えられる可能性からすれば「奴」か。何にせよ、それが意味するものは………。

 

「なぁ、お前ら。本当は弾正台なんかじゃねぇんだろう?………何処の野人共だ、えぇ?」

 

 俺は口元に不敵な笑みを浮かべてそう嘯いて見せた。それは明確に相手を挑発する仕草だった。

 

「っ……!!」

 

 即座に入鹿と呼ばれていた若い男が目を見開き、あからさまな敵意と殺意を持って俺の頭部に向けて肘鉄を仕掛ける。俺の意識を刈り取り、あわよくば記憶を飛ばそうとしての判断だと思われた。だが………それは俺の想定内の行動だった。

 

「入鹿!挑発に乗るなっ!!」

 

 竜飛が直前に察知して叫んだ。同時に俺は足下を拘束していた縄をほどいて膝蹴りを繰り出す。

 

「ちぃっ!?」

 

 咄嗟に飛び掛かっていた男は首を上げて自身の顎を砕こうとしていた足蹴りを皮一枚で避けて見せる。同時に上げた足を俺は一気に落とすがそれも後方に獣のような動作で回避して見せる入鹿。ちぃ、中国雑技団じゃあるまいにっ!!

 

「こいつ足の縄を……!?」

「いや、手元の縄もだな。失敗したな。何処かまだ隠していたか?」

 

 式神に密かに切断してもらった手足の縄をほどいて、ふらつきながらも俺は身構える。尚、牡丹から誘拐の瞬間に確保してもらったもの一つを除き此方の装備は零である。ひょっとしなくても圧倒的不利は変わらない。

 

 ………なので敢えてこんな事する必要もある。

 

「はぁ……はぁ………あぁ、言い忘れてたよ。これだけ言わせてくれ」

 

 息切れしながら俺は刀を引き抜き臨戦態勢に入る下手人二人に声を掛ける。俺の突然の呼び掛けに僅かに困惑する二人。

 

「……さっきの話な。実ははったりなんだ」

 

 所詮は表面的な状況証拠のみを組み合わせた仮定の推定の推論、現実には色んな可能性が有り得るからな。疑問はあっても確信なんてなかったさ。だが………。

 

「今の短絡的な行動のお陰で推理の答え合わせが出来たぜ。有り難うよ」

 

 俺の挑発百パーセントの皮肉しかない謝意への返答は、刀を振り上げながらの男達の突貫だった。

 

(さて、上手くやってくれよ………?)

 

 下手人達に向けて構えながら、俺はちらりと気付かれないようにその視線を部屋の奥へと向けた。

 

 蜂鳥の式神が部屋の隅で怯える金髪の少女の傍らに乗っかり、その耳元で何かを囁く姿を確認出来た。いきなりの事に驚いた表情を浮かべる少女は、しかし此方をちらりと見つめる。一瞬視線が重なる……がそれは直ぐに俺が視線を正面に戻した事で終わりを告げた。

 

 残念ながら、慰めや励ましの言葉をかける余裕はなかった。何せ、次の瞬間に俺は首に迫る銀色の刃から、首の皮一枚で身を翻す必要があったのだから………。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 創業家たる橘家の分家筋の生まれにして、商会が幹部の一人、北土及び東土と央土間の交易を監督する橘倉吉は決して無能でも先見の明がない訳でもなかった。

 

 甥に当たる橘景季の商会を立て直すための幹部粛清は当然身内にも及んでいたし、その中を生き残り曲がりなりにも広大な北土と東土での商売の全権を預かっているこの七十一歳の経験と実績豊かな老商人はその地位について以来自身の管轄内で赤字を出した事もない。特に北土からの獣毛や鮭や鱈、昆布等の海産物、東土からの砂金や木材輸入では莫大な利益を商会にもたらしている。

 

 そう、有能……優秀な商人である事は事実であった。しかし、幾ら優秀といって人格的に高潔である保証もなければ、優秀な商人同士で分かり合える保証もない。

 

 老商人は朝廷からの禁則事項として固く戒められている北狄や東夷……合わせて蝦夷とも称する……と手を結びその特産品を入手し、あるいは同じく北や東の土産品を得ようとする同業者を蛮族らに襲わせて妨害せしめ、その引き換えに武器や雑貨を売り捌いて裏帳簿で莫大な資産を得ていた。

 

 いや、それどころか朝廷が監視の目の届かない事を良い事にこれ等辺境の地で捕らえた妖共を養い、開拓村を襲わせて、肥えたそれらの血肉を裏で売買してすらいた。更には表では開拓村や朝廷に武器を売り、用心棒の斡旋で利益を貪っていたのだから最早仏をも恐れぬ所業というべきか。

 

 尤も、この老商人からすればそれらの所業に対して危険こそ承知していても、罪悪感なぞ一切感じてはいなかった。商会の金や商品を私的に流用して贅沢三昧していた追放された幹部達よりも自らが遥かに高潔だと彼は信じていた。商人が信奉するのは金銭であり、尊ぶべきは契約で、それ以外は塵芥同然なのだ。

 

 故に橘景季がその所業に勘づき始め、秘密裏の内に自身を追放し裏での商売から撤収しようとした時のこの老人の失望と怒りは想像を絶していたし、同時に自身の立場の危うさを自覚した時、その防衛本能は身内であろうと一切容赦呵責のないものであった。

 

 利益を分かちあっていた朝廷の高官との相談後、この老商人は丁度朝廷とのいざこざを起こしていた東夷から下手人を借り受け、橘景季の失脚がための計画を開始した。普段こそ無意味に彼女の警備は厳しいものの、隙がない訳でもない。特に彼女が希に御忍びで庶民共の街に出掛けるのを倉吉は知っていたし、その際にはどうしても警備が薄くなる事も把握していた。

 

 そしてあの男は優秀だが溺愛する娘の事となると途端に計算が出来なくなる人物である。故に一度その娘を人質にして見せれば後は煮るなり焼くなりは思いのままだ。根回しは十分、彼には裏で貯めた莫大な資産がある。先日、地下水道で面倒な騒ぎがあったのも幸いだ。その収拾に意識が向いている今が好機、全てを闇に葬って会長の椅子を得る事も可能だろう。

 

 そう、全ては順調で、何も問題はない筈だったのだ。しかし………。

 

「本当に問題はないのだろうな?退魔士共までこの件に巻き込むなぞ………」

 

 朝廷が内裏の一角で老人は件の利益を分かちていた官吏……弾正台少弼に問う。客人を持て成すために差し出された舶来の南蛮茶器に注がれた紅色の茶の水面が震えていた。そこに映る自身の姿はこれ迄にない程に不安に満ちていた。

 

「これはこれは異な事を。これまでも極刑物の取引を幾度も成し遂げて来た会長らしくない御言葉ですな?」

 

 木造三階建ての國衙の執務室、その窓辺から広がる内裏を一瞥した後、傍らに吊るされた鳥籠の中に飼われている大鳥の頭を優しく撫でつつその男は嘯く。

 

 年は三十路くらいだろうか?理知的で端正で、温和な雰囲気を醸し出す男は朝廷の高級官吏の衣装に身を包んでいた。

 

 その一応の安定とともに腐敗が始まり久しい扶桑国にて各省庁の長官は名家が箔をつける名誉職になりつつあった。そんな状況で実際に実務と実権を握り大臣らと政務を行うのは次官以下の官吏達である。そして弾正台の第三位、実質的な第二位たる役名が「弾正台少弼」の立場である。故にその執務室は機密保持のために防音障壁の結界が張られており、その会話は例え窓辺越しであろうがその内容が聞こえる事はない。そのためこのような危険な会話も可能な訳であるが……。

 

「余り窓辺で話してくれんでくれぬか?確かに声は聞こえぬが、口元が動かぬ訳でもなかろう……?」

 

 倉吉は懇願するように要求する。確かに声は聞こえぬが、遠くから読唇すればある程度は何を話しているのか発覚する可能性はあった。この老商は恐れ知らずではあったが無謀ではない。今日の今日まで危険な橋を渡ってこれたのはこの用心深さのお陰だ。

 

「これは失礼を……しかしながら今日という日が娘を拐かすのに絶好の日取りだったのは事実でしょう?ましてや事態の発覚を遅らせるためにもお目付け役共を放置する手はありますまい?」

「それはそうだが………それでも生かす意味は無かろう?随行するその護衛もさっさと殺せば良かろうに」

 

 既に密かに同行していた隠行衆共は始末したという。にもかかわらず傍らについて随行していたという鬼月の下人の方を未だ生かしたまま捕らえている必要性が倉吉には今一つ理解出来なかった。

 

「いやいや、鬼月と言えば北土が退魔の名家。それがこの時節に景季と接近するのです。何かあると考えるのが普通というもの……ならば念入りに、そう念入りに調べなければなりますまい」

 

 相も変わらず鳴き声をあげる鳥の頭を指で撫でつつ、少弼は冷笑とともに嘯いた。これには老商も否定は出来ない。都で蠢いていた狐の化物しかり、地下水道での妖騒ぎしかり、どちらも橘商会に関わりあり、何よりも橘景季の失脚の可能性があった出来事だ。それを回避せしめたのが鬼月家であり、一枚噛んでいる事もまた倉吉も把握している。そして北土は彼の縄張りだ。

 

「此方の得た情報によると娘さんの護衛は丁度その二件の際に動員された下人だとか。しかも鬼月の二の姫直轄の手駒とも聞きます。ならば始末する前に尋問の一つや二つ、構わんでしょう?」

「うぅむ………」

 

 否定は出来ない。出来ないが……しかし倉吉は何とも歯切れの悪い返事しか出来なかった。

 

 ……暫く周囲を支配する沈黙。老商は普段の大胆不敵にして余裕泰然とした姿はどこへやら、落ち着かないように貧乏揺すりをして、キョロキョロと視線を泳がす。そして、半ば無理矢理気味に話題を作り上げて口を開く。

 

「その鳥、先程から随分と世話を焼いているようだな。以前ここに来た際には見なかったが………」

「えぇ。然る貴婦人が我が子のために、と贈られましてね。珍しいでしょう?」

 

 それは賄賂の一種であると倉吉は受け取る。公然と、とする程に腐ってはないがあの手この手で言葉を変えた賄賂がこの国の行政に蔓延していた。特に公家にしろ、大名家にしろ、退魔の一族にしろ、一族の誰かしらが朝廷の役職を得て出仕すればその身内が隠然とした便宜を引き出すためにこのように上司らや同僚、挙げ句には部下達にまで有象無象の「粗品」を送りつけて来るものだった。

 

「見たところ……洋鵡、かの?南国の鳥だった筈、いやはやこのような鮮やかな色合いのものは初めて見ましたな。物珍しさからして売れば五十両にはなろうて。ははは、珍しい、いや本当にまた……………」

 

 そういって乾いた笑い声を上げる倉吉。しかしその笑い方には力なく、空虚で、かなり無理をしているのが一目で分かった。そして直ぐにそんな笑い声も木霊するように消えていき……再び沈黙が訪れる。

 

「……御気持ちは分かりますがね、倉吉殿。そう焦る事はありません。追及の手筈は整えておりますし、万一にも逃走される事は有り得ません。蛮族にしては随分と質の良い手合いが送られましたし、私も念のために一人駒を送りつけたではないですか。何を恐れる事がありましょう?」

 

 半ば同情したような口調で、そして安心させるように少弼は倉吉に語りかけた。そして実際問題、その言葉は何らの裏づけのない無責任な慰めではない。

 

 この官吏は蛮族や裏の手の者達からの要望で幾人もの人物を朝廷の手足に雇い入れていた。特に此度はその一環で弾正台に潜り込ませていた東夷の間者を援軍として都に潜入した下手人二名に合流させていた。到底下人程度で勝てる相手ではない。何も恐れる事はない。

 

「それとも……大姪の事が気になりますかな?」

「っ……!?」

 

 官吏の言葉に鋭い眼光をもって倉吉は応える。その眼光には怒りが込められていたが、同時にそれは動揺も含んでおり、官吏の言葉を裏付けるものであった。

 

「聞いた話によれば此度の護衛は大姪さんご自身で指名されたとか、何やら随分と御執心だそうで………」

「儂も暇ではないっ!!そろそろ帰らせてもらうぞ……!!」

「それは結構、見送りを付けましょう。どうぞお気をつけて下さいませ」

 

 何処から仕入れたか知れぬ噂を口ずさめば不機嫌そうに声を荒げてそう叫ぶ倉吉。対して歯に衣着せぬ物言いで官吏は答える。その余裕綽々の物言いに一層倉吉は神経を逆撫でされた。

 

「……貴様、裏切るなよ?儂が何らの対策もしていないとでも思うているか?」

 

 最悪社会的に、法的に道連れにする用意は幾重にもしてある。そうでなければ此度の企てにこの男を加える事はない。老商はあくまでも用心深く、狡猾だった。

 

「御信用頂けないのであればどうぞ、心行くまで保険を掛けて下さいませ。それで貴方の心の安寧が得られるのであれば幸いです」

「………ふんっ」

 

 心底不愉快そうに鼻を鳴らして、忌々しげに商人は客室より立ち去る。その姿を賑やかな微笑みで官吏は見送った。勢い良く扉が閉められる。そして部屋に訪れる静寂………。

 

「……どうやら男の嫉妬というのは醜いもの、というのは本当らしいね」

 

 弾正台の少弼はその表情は変えず、しかし何処か無機質な口調で宣った。商売となると冷徹にして冷静な人間ではあるが……そんな人物でもこの手の話題となると平静ではいられないものらしい。

 

「全くもって感情というものは度しがたいものだね。人間にしろ、妖にしろ、ね?」

「ドシガタイモノダ!ドシガタイモノダ!」

 

 鳥籠の中の洋鵡が反芻するように鳴く。その言い様は何処か嘲りの感情が見てとれた。否、事実この畜生は嘲笑っていたのだ。

 

「……やれやれ、余り興奮しないでくれるかな?口が裂けてるよ?」

 

 官吏が大人が子供を叱りつけるかのように指摘する。……洋鵡の口は四つに裂けていた。刃のような牙が生えた顎、その喉奥から飛び出すように小さな、しかし間違いなく眼球のない人間の赤ん坊のような顔がその醜悪な姿を覗かせる。

 

 本当に困ったものだ、あの老人がこの部屋にいる間押さえておくのが面倒だった。頭が悪過ぎると此方の意図どころか威圧すら理解していない場合もある。勝手な事をせぬように牽制しておくのも一苦労だ。

 

「言う事を聞きなさい。さもないとご飯はお預けだよ?」

 

 微笑みながら吐かれた言葉は底冷えするような何処までも冷たい忠告で、警告だった。

 

「…………」

 

 洋鵡に欺瞞した化物はちらりと眼球のない顔で官吏を一瞥する。数秒後、それはズズズと涎を滴らせながらその口を閉じた。官吏が瞬きをした次の瞬間にはそこにいたのは唯の可愛らしい洋鵡でしかなかった。

 

「……やれやれ、彼女ももう少し頭の回るのを寄越してくれれば良いのに。こんな鳥頭じゃなくてね」

 

 かつての旧友にして、生きとし生けるものらを愛する妖魔の母に対して困り果てたように彼は嘆息した。最後に「手紙」を寄越したのは何百年前だろうか?

 

「久方ぶりの連絡と思えばこんな出来損ないとは……随分と慌てて産んだようだね」

 

 材料の質次第とは言え、身の腹の中である程度知能や造形、能力を操作出来るというのに寄越してきたのは伝令としては出来損ない四歩手前のようなこの小妖である。

 

 明らかな急造品……そして送ってきた内容は新しい息子の自慢話八割、娘とのじゃれ合い一割、地下水道での計画の放棄と今後の行動について一割と来ていた。色々と言いたい事はあるが………やはり一番注目するのはあれにいたく気にいられてしまった人間の話であろう。

 

 あらゆる命を対等に愛する……即ち羽虫と人間を同様の水準で慈しむ事が出来る……妖魔の母がここまで、ただの人間の一個人についてはっきり認識し、必死に語り、強く執着するのは付き合いの長い彼にすら意外過ぎる事態であった。

 

「カワイイボウヤ!ジマンノワガコ!メニイレテモイタクナイ!タベチャイタイクライ!」

 

 母親から仕込まれた文言を、伝言役は片言で何度も何度も叫ぶ。彼女が覚えるまで根気よく言い聞かせたのだろうが、残念ながら鳥頭のこれは発音は兎も角その言葉の意味まで理解してはいまい。男は肩をすくませる。

 

「やれやれ……全く、良くもまぁあれ程呑気に子供の自慢話が出来るものだよ」

 

 元より扱いにくい彼女であるから、大して期待していた訳ではないが………計画が露見して都の地下から撤収する事になった事への謝罪の言葉なぞ殆んどなかったのは神経が実に太い事だ。

 

「………まぁ、私も人の事は言えないかな?」

 

 そう宣いつつ男は懐から袋を取り出し、その中身を取り出す。袋の中から出てきたのは……指だった。第一関節の辺りで切断された人の指………。

 

「まぁ、この姿もそろそろ、怪しまれ始めていたからね。どうせなら掻き回せるだけ掻き回すのに丁度良い機会だ。その序でと考えれば、ね?」

 

 バタバタと興奮するように翼を広げて「ご飯」をねだる鳥籠の中の怪物。そんな怪物に無感動に「指」をつつかせながら男は嘯いた。

 

 結界の内に、そしてこの国の上層部に潜入を果たす事一世紀余りである。

 

 以来彼はかつての命令に従い自らの役目を果たし続けてきた。幾人もの人間に姿を変えて、掏り替わり、でっち上げてこの国の屋台骨を気付かれぬように少しずつ、そう少しずつ腐らせてきた。その中には敢えて殺されて見せた事も少なくなく、此度の配役もまたそのように終わらせる積もりだ。

 

 その意味では僥倖だった。今回の陰謀なぞ、寧ろ露見した方がこの国の動揺を誘える。そしてどうせならば彼女が御執心の「坊や」にちょっかいをかけて見るのも悪くはない。それに………。

 

「既に二度も、私達の企みを邪魔したんだ。今回が三度目、少しくらいは痛い目にあって貰わないとね……?」

 

 そう語りながらにこにこと朗らかながら、人当たりの良さそうな優しい笑みを浮かべる男。そんな彼の身体から伸びる影が異様な程に大きく、禍々しく、そして明らかに人のそれではなかった事を、しかしそれを見た者は眼前の鸚鵡以外にこの場にはいなかった………。

 

 

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