和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 貫咲賢希様よりロリロリしい橘佳世とヒロインみたいなゴリラ様のイラストを頂きました。

https://www.pixiv.net/artworks/87512669
https://www.pixiv.net/artworks/87425097

 誠に有り難う御座います!


第四一話● 狼も歩けば拳に当たる、突っ立つ下人は?

 元より追撃を振り切れないのは分かっていた。相手は三名で完全武装、対して此方は碌な武器もなければ手負いで、しかも護衛対象までいると来ていた。状況は圧倒的に不利………。

 

「故に短期決戦で出鼻を挫くしかなかった訳ですが、これは初手から失敗しましたね」

 

 式神が隠行しつつ俺の肩の上で宣う。淡々とした、感情が余り感じ取れない口調のそれは、しかしこの場においては若干腹立たしくも感じてしまう。無論、単なる八つ当たりに過ぎないのだが………。

 

 俺は下手人が一人、入鹿と呼ばれていた青年と相対していた。手持ちの武器がないので蔵を漁ったのだが角材くらいしか使えそうな物がなくて、渋々これで殴りにかかったのだが………折角隠行したりとそれなりに欺瞞もしていたというのに呆気なく見破られて徒手戦闘に逆戻りである。

 

(もう少し時間があれば良かったのだがな………!!)

 

 今少し蔵の中を探す時間があれば武器とは言わぬまでも鋸なり金槌なりくらいは見つけられたやも知れない。見るにしてこの辺りの蔵はどれもこれも建材用の木材が納められているようで、そうであれば工具もあった筈なのだから。

 

「無い物ねだりをしても仕方ありません。それよりも………」

「あれをどうするか、か?」

 

 式神の言に俺は意識を正面に向ける。そこにいるのは片手に刀を携えて、今もう片手は獣のように鋭い爪を光らせる下手人の姿。いや、獣のようにではない。文字通りに獣……妖の腕が生えていた。

 

「厄介ですが、ある意味好都合ですね。作戦は……事前に決めていた五番目のもので宜しいですね?」

「あぁ。頼みますよ。時機は任せます」

「そちらこそ、上手くやって下さい。貴方が駄目そうならば彼女には逃げてもらう方を優先させて頂きますので」

 

 そう言い捨てて気付かれぬように俺の肩から去る蜂鳥。さて、上手くやれるかは俺の頑張り次第か……まさかあの作戦を使う事になろうとは。失敗したら間違いなく打ち首だな。

 

「………良くもまぁ、そんな姿でこの都まで潜り込めたものだな。一応結界が張られている筈なんだがな?」

 

 取り敢えず時間稼ぎの意味合いも含めて俺は目の前の下手人に尋ねる。

 

 都の城壁や出入り門に展開する所謂妖気を纏うものを弾く結界、それを誤魔化すには妖気を封じなければならない。俺の場合は糞不味い丸薬で、白の場合は出入りする度に全身に護符を貼り付ける必要があった。当然ながらこいつの腕も当然そのままでは結界に引っ掛かる筈なのだが……やれやれ、一体どうやったのだか。

 

(何時までも現れない残り二人の事も含めて、出来れば色々口を滑らしてもらいたいものであるが………)

「おっと、その手には乗らんぜ?そうやって情報を集めようって魂胆は分かってんだよっ!!」

 

 そんな事を考えていると、まるでその思考を遮るかのように次の瞬間入鹿は狼のように跳躍しながら俺に飛び掛かっていた。真上から俺に向けて縦一文字に振るわれる刀。糞、がつがつしやがって……!!

 

「ちぃっ!!」

「避けんじゃねぇ!!」

 

 動き自体は速くても単調、故にその一刀を左側に飛んで避ける。左側なのは妖の腕の一振りの餌食にならぬようにだ。元より刀の一撃は陽動に過ぎないのは分かっていた。

 

 そのまま伏して切り返される刃を避けると相手の足を、その脛を狙って全力で蹴り払う。所謂払い蹴りという奴だった。

 

「痛でぇ………!?」

 

 悲痛な声とともに姿勢を崩して肩から倒れる入鹿。やはり左腕は妖のそれでも足は人間同様か……!!

 

「よし、このまま……!!」

「ふざけんじゃねぇぞ雑魚がぁ!!」

 

 そのまま相手の得物を奪おうとするが刀を四方に乱雑に振るわれてそれは阻止される。防具どころか衣服すらない今では刀に対して完全に無力だ。仕方無く下がって距離を取る。

 

 痛そうな表情を浮かべつつも刀を支えにして立ち上がる入鹿。そして刀を構えて……左腕の爪が振るわれる。やべっ!!

 

「ちぃ……!!?」

 

 急速に……それこそ一瞬の内に小刀のように鋭く、そして長く伸びた爪が振るわれた。咄嗟の事で間合いを測りそびれた俺は右肩から左横腹までを切り裂かれる。

 

「ぐおっ……!?」

 

 ギリギリだった。血が噴き出すが実際は表面の肉を多少切られただけだ。内臓も骨も、大動脈も傷ついていない。文字通り肉を切られただけだ。危なかった。後少し反応が遅かったら動脈がっ……てっ!?

 

「危ねぇ!?」

 

 横合いからの刀の一振りを紙一重で避けて、次いでそこに来た狼爪の刺突を回避する。いや、正確には少しだけ肉持ってかれたわ。

 

「ちぃっ!!これでも食らえ犬っころがぁ!!」

 

 首を狙った三刀目を命からがら皮一枚で避けきって、俺は手を振るう。密かに掌に溜めていた血液が四散した。飛び散った赤い液体は、狙い通り入鹿の顔面に降りかかり、その幾つかは目玉に入り込んだ。

 

「があっ!?」

 

 思わず右目を押さえて呻く入鹿。そりゃあいきなり目の中に他人の血が突っ込むなんて痛いだろうさ!

 

「同情はしてやらんがなっ………!!」

 

 そして俺は漸くその武器を使う。いや、使えるようになる。

 

「ぐぅ、ちぃ……い?」

 

 片目を押さえつつ近寄らせないように刀を振るう入鹿は、しかし次の瞬間に俺の振るう「それ」に刃を絡め取られてその剣撃を阻止される。そして「それ」とは………。

 

「はぁ!?縄って………」

「漸く切れたぜ、有り難うよっ………!!」

 

 俺は血が滲んだ荒縄を入鹿の刀に鞭のように絡ませていた。その縄を引っ張りあげながら入鹿と命懸けの綱引きに興じる。

 

 全身をきつく、複雑に縛り上げていた荒縄は太く、また素材的に加工されていたがために相当に硬くて中々外す事が出来なかった。そして同時にこの荒縄のせいで全身の動きだけでなく霊力の流れもまた完全に阻害されていた。

 

 入鹿の刀と爪を致命傷を受けぬように受けていたのはこの縄を切り落とすためであった。全身を少し斬られて血を流す程度ならば問題ない。それと同時に縄も切られて貰えば此方の霊力も使えるし、何よりもこの強靭な縄自体がある種の武器として使えた。

 

「とは言え流石に硬すぎたな………!!」

 

 全身浅い切り傷で血塗れになった自身の姿を一瞥して俺は舌打ちした。本当に浅くて大した事のない傷ばかりで既に半分以上は血が固まって傷口を塞いではいたが……姿だけみれば割と、いや結構エグいわ。糞、中々斬れてくれないから無駄に受けなければならなくなっちまったじゃねぇか………!!

 

「おらよっと………!!」

「うおっ!?」

 

 そのまま動揺する入鹿の隙を突いて一気に俺は縄を引っ張り上げた。ずるりと刀の柄が入鹿の手元から引き抜かれる。俺の血を浴びすぎて柄も血塗れになって滑りやすくなっていたからだ。無論、それも事前の予想通りだ。

 

「ちぃっ!!?だからどうしたってんだよ……!!」

 

 刀を失い、しかしすかさず鋭い爪を構えて俺に肉薄しようとする入鹿。奪われた刀を取り戻す手間を考えて即座に最善の選択肢を選ぶその決断力は決して彼が唯の脳筋ではない証明であった。

 

 ……だが、それくらいならば此方も想定済みだ。俺は巻き込んだ刀をそのまま何処かに投げ捨てると一回転して勢いをつけて、縄を鞭のように横合いに振るう。元々強靭な縄は霊力によって強化された腕力で振るわれた事もあって、遠心力をもって風を切りながら入鹿に襲いかかる。

 

「ぐおっ!!?」

 

 咄嗟に腕を構えて縄の一振りをやり過ごすが、激しい音とともに振るわれた縄は妖の腕に叩きつけられてその表面の毛を削り去っていく。当然ながら中に伝わる衝撃はそれ以上だ。

 

 玄人が振るう鞭は素材にもよるがその速度は音速を超えて、容易に薄い金属板程度ならば切断せしめ、人間相手ならば身体の筋繊維を叩き潰しその肉を削ぎ落とす程の威力がある。俺は別に鞭術の専門家ではないが元より網目の荒い荒縄に血液が染み込んで固まり、しかも霊力によって唯人には出来ぬ速度での一撃である。故にその衝撃は実質玄人のそれに匹敵した。

 

「ぐうっ……!?痛てぇな糞っ垂れがぁ!!」

「っ……!?」

 

 苦悶の声とともに仰け反り、しかし直ぐに獰猛な唸り声を上げて獣のように入鹿は襲い掛かる。咄嗟に縄を更にもう一振りする。狙いは相手の頭だった。手加減の余裕はなかった。全力で、容赦なく戦わなければ殺される。

 

 空を切り裂く音とともに振り下ろされた縄は、しかし入鹿に寸前で避けられる。より正確に言えば横合いから斜め様に襲いかかる縄の一撃を、頭を動かして入鹿は寸前で避けて見せた。眉間と髪が若干削れたようだが戦闘の上では殆んど障害にはなるまい。ちっ……!!今のを避けるか!!

 

 俺が舌打ちする間にも、攻守は入れ替わる。

 

「ちまちま逃げやがって!此方は時間がねぇんだ!!そろそろ大人しく食らえや、下人風情がっ!!」

「あっ……があ゙ぁ゙っ!!?」

 

 振り下ろされた狼爪は俺の右肩を貫いた。爪が貫通して後ろにド派手に血肉が飛び散る。だが………傷は深くない!!

 

「う、五月蝿ぇ!!てめぇこそこれでも食らえやボケ!!」

「あ……げぼっ゙……!?お゙えぇ゙っ!!?で、でめぇ゙……!!?」

 

 すかさず俺は入鹿の腰元にあった鞘を引き抜くように奪うとそのまま相手の横腹にフルスイングした。霊力であらん限りに強化した腕力での一撃に流石に入鹿も噎せ返り、若干の胃液を吐き出した。と同時に後退する入鹿に釣られて爪が傷口からずるりと生々しい音とともに引き抜かれる。痛ってぇ……!!?

 

「ぐぁ……ま、まぁ、あのまま傷口広げられるよりはマシだけどよ………!!」

 

 肩口の傷を押さえながら俺は吐き捨てる。それと同時であった。………突如としてその声が蔵屋敷街に響いたのは。

 

「伴部さん……!!」

 

 その可愛らしい声は暗闇の中で妙に印象深く響いた。視線を向ける。蔵屋敷の一つに隠れていた佳世が必死な形相でその身を乗り出してその姿を見せていた。思わず俺は目を見開いて彼女の方を向く。そして口を開こうとして………。

 

「ぐっ……はっ!隙ありぃぃ……!!」

「なっ……うぐっ!?」

 

 一瞬の隙、そこを入鹿は逃さなかった。がばっと大口を開く入鹿。鋭い狼のような八重歯がその姿を晒す。俺は次の瞬間繰り出される「何か」に咄嗟に身構えていた。

 

 それは誤った判断であった。後から考えれば寧ろそのまま攻めに向かった方が良かったかも知れない。

 

 ……刹那、轟くような咆哮が鳴り響いた。

 

 恐らくはある種の言霊術の一種であろう。あるいは移植した妖の持つ能力であるかも知れない。入鹿から放たれた決して大きくない筈のその咆哮は、しかし俺にとっては金切り音のように鋭く、脳が震えるような感覚を与える見えない凶器であった。

 

 鼓膜が破れて血が噴き出すのではないか、あるいは脳震盪になりそうな程のそれに俺は思わず耳を塞ぐ。そこに駄目押しに入鹿は回し蹴りを叩き込んで来た。直撃すれば顔面が陥没するだろう勢いの蹴りを俺は姿勢が崩れてしまうのを承知で紙一重で回避する。

 

(不味いっ!隙が出来た……!?)

 

 体勢が圧倒的に不利になった俺は入鹿の畳み掛けるような攻撃を覚悟する。しかし………それもまた判断ミスであった。

 

 揺れる視界に足をふらつかせ、顔を苦悶に歪ませる俺に対して、入鹿は駆けた。俺の方向にではない。佳世の方へだ。

 

「げっ、げほ……はぁ…はぁ……馬鹿めっ!!別にてめぇなんざどうでも良いんだよ。必要なのは、餓鬼だからよぉ……!!」

 

 少し疲労して、しゃがれた声で、何なら今の技を使った事で妖側に寄ったのだろう。いつの間にか鉄色の狼尾を生やしていた入鹿は、しかし喜悦の表情を浮かべて爪を立てて佳世の元へと狼のように疾走する。

 

 どうやら奴にとっての最優先目標は商家のご令嬢らしかった。俺は頭痛に耐えながら霊力で脚力を強化して後を追う。だが、間に合わない………!!

 

「ひっ!?」

「げほっ、こちとら時間がねぇからよ!!乱暴にいかせて貰うぞ……!!」

 

 小さな悲鳴を上げる佳世に対して、狼の爪を立てて無慈悲に入鹿は飛びかかった。恐らくは人質にするか拉致するかのために暴れぬように手足の腱を切る積もりなのだろう。その飛び掛かる所作から俺には分かった。そして、それまでに俺では追い付けなくて…………。

 

「はは、貰ったぁ!!!」

 

 次の瞬間、怯えて頭を押さえる佳世に入鹿はその鋭い爪を振るい………次の瞬間、見えない壁によって入鹿の爪は火花をあげて弾かれた。

 

「……はい?」

 

 見えない不可視の、しかし邪気を払う強固な結界の前に入鹿の爪は少女に何らの怪我を負わせる事も出来なかった。何なら逆に振るった爪の方が砕かれて周囲に血が舞い散っていた。

 

 痛みに悲鳴を上げる事こそなかったが……いやそんな事も忘れて目の前で生じた現実に唖然とする入鹿は、しかし何時までも間抜けを演じられる時間はなかった。何せ………。

 

「うおおおぉぉぉ!!!」

「あ?あ゙べじっ!!!??」

 

 次の瞬間、俺の叫び声に振り向いた入鹿は、同時に俺が叩きつけた刀の鞘を顔面に食らって吹き飛んだ。というか俺は相手の注意を向かせて此方を振り向かせるために敢えてあからさまな叫び声を上げていた。余りの事態に受け身もする事も出来ず入鹿は頭から地面に叩きつけられる。

 

「はは、間抜けが!ざまぁ見やがれ!!はぁ……はぁ…はぁ……上手くいったな………!!?」

 

 俺は片腕で耳を塞ぎながら吐き捨てるように叫ぶ。それは作戦成功故の喜び故の歓声であった………。

 

 

 

 

 

 昼間に偶然エンカウントしたモグリの呪具屋たる鱒鞍杜屋……彼から購入した佳世の髪飾りと俺の腕珠は共に主に妖や呪いから持ち主を守るための代物であり、当然ながら人間の持つ刀や弓矢相手ならば、所謂妖刀等の曰く付きのものでない限りは然程意味がない存在であった。

 

 故に俺が腕珠を持っていても然程意味はなく、故に松重牡丹が拷問前に俺から回収していたそれは、同じく取り上げられずにいた髪飾り共々橘佳世に差し出す事になった。呪いに対して耐性があるという事はもの探しの呪いにも効果がある。俺が仕留められた際に彼女が隠れ、逃げ切れる可能性を少しでも高めるためにはこれが一番であったから。

 

 方針転換したのは入鹿の腕を見てからだ。厄介ではあったが好都合でもあった。妖同様に妖気を纏っているという事は即ち、呪具の加護の対象でもある事も意味していたからだ。

 

 装備の面で、数の面で圧倒的に劣る此方が正攻法で押し切れる訳もなし。作戦を変更して、時間稼ぎしている間に佳世を牡丹にナビしてもらいながら逃がす方針から囮にする事にした。無論最大限安全を確保して……例えば相手の武器を無力化してから等……その上でどうしても俺一人では決定打を与えられないと牡丹が判断した時点で実行する事は事前に決めていた。

 

 ただ、作戦自体は上手くいったとは言え………。

 

「流石にさっきのは危な過ぎなかったか………?」

 

 刀の鞘を杖代わりにして体重を乗せて、ぜぇぜぇと息切れしつつ、耳鳴りが止み始めた所で漸く俺は頭の上に留まった蜂鳥に文句を言う。確かにタイミングは彼女に任せていたが………もう少し様子見してからでも良かったようにも思える。

 

「それは自惚れですね。私の見る限り、結構危ない場面も多かったように見えますが?そもそも残る追っ手の気配は近くに感じられませんが、時間は貴方達にとって敵なのですよ?何時までも悠長に遊んでいられない事くらいは理解しておいでですね?」

「それは……まぁ………」

 

 助けてやったのにその態度は何だ?とでも言いたげな口調で非難する蜂鳥。俺自身がどう思おうが傍から見れば相当に不味かったと言われれば反論しようもない。俺自身よりも第三者から見た方が余程公平に事態を認識出来た筈だ。つまり、それだけ俺が危なく見えたという事か…………。

 

「それに………あの娘も五月蝿かったですからね。貴方が斬られる度に悲鳴を上げてまだかまだかと問い詰めて来ていたので。時機まで抑えるのがかなり面倒でした」

「あの餓鬼がか?」

 

 ちらりと未だに蔵屋敷の戸口から此方を覗く佳世を一瞥する。心底不安げな表情を浮かべていた。………成る程、碌に血も、暴力沙汰も見た事がない箱入り娘からすれば確かに今にも味方が殺されそうに見えたかも知れない。いや、実際一歩間違えたら死ぬんだけども。

 

「ぐっ……い、痛でぇ……な、糞………」

「あ、まだ生きてやがった」

 

 その呻き声に俺は思考を中断して視線を戻す。昏倒して、頭から流れる血にふらふらと項垂れる下手人を確認した。霊力で強化した腕力でフルスイングで頭を殴ってやったのにまだ意識があるとか割とやべぇな。まぁ、それはそれとして………。

 

「良いから寝てろや」

「あ゙ぎや゙ぃ゙ん゙………!?」

 

 頭頂部に一撃叩き込んで今後こそ忌々しいこの男の意識を刈り取る。白目剥いて気絶した入鹿は仰向けのまま大の字で倒れた。

 

「はぁ……はぁ……は、ざまぁねぇな………」

 

 全身の痛みを誤魔化すように嘲笑うような一笑をすると、俺はふらふらと歩き始める。その先にあるのは荒縄で奪い捨てた下手人の刀だ。それを拾い上げ、再度入鹿の元へと向かう。

 

「伴部さん………?」

 

 いつの間にか蔵屋敷から出てきて直ぐ側まで来ていた佳世がふと俺の名前を、鬼月の家から与えられたその名前で俺を呼ぶ。何処か不安そうな、しかし此れから起こる事を理解しているように緊張を孕んだ声音であった。

 

「………」

 

 それに対して俺は沈黙で持って答えた。答える体力がなかった事もあるが、これから行う事を思うと自然と話す気にはなれなかったからだ。

 

(さて、と。やるのは簡単だがな………)

 

 最早相手は無力化した。手元の刀は下手人のものであるが相応の業物であり、人の喉をかっ切る程度ならば易いだろう。そして無抵抗な今ならば簡単に……そう、簡単に…………!!

 

 俺は無言で目を細め刀と、そして足下に倒れた入鹿を見比べる。二度、三度と見比べる。そして………。

 

「…………はは、何てな」

 

 俺は小さく冷笑した。自嘲した。そしてそのまま刀を掴んだ手を降ろす………。

 

「あ……そ、その……いいの…です、か……?」

 

 俺が止めを刺すのを止めたのを見て、佳世は不安と疑念を織り交ぜた声で尋ねる。それは俺の判断に非難や不満を感じているというよりかは単純に方針変換に困惑しているように見えた。………いや、あるいは俺がそう思いたいだけかも知れないがな。

 

「………殺す必要はないでしょう。手足と、それに口元を縛り上げれば十分です」

 

 そう嘯いて、俺は自身を縛り上げていた血塗れの荒縄を拾うと、それをもって昏倒する下手人の手足を縛り始める。

 

「そ、その……ですが………」

「殺してはいお仕舞い、とは行きませんからね。後で尋問なりなんなりして此度の一件の裏事情を吐き出させなければなりません」

 

 そうだ、現実は物語の如く悪人を成敗してはい終わりとはならない。それどころか幾ら蝦夷の下手人とは言え問答無用で俺が私刑にする訳にもいかない。少なくとも殺す以外の選択肢がないという状況ではないのだ。下手すれば何かの口封じではないかと勘ぐられかねない。無用な嫌疑を掛けられる必要はない。それに………。

 

「それに………俺は下人ですから。仕事で殺すのは妖だけです。人間相手は領分ではありませんよ」

 

 痛い目に遭わされた恨みがない訳ではないが………それとこれとは話は別だ。憎くても殺したい訳ではない。というかそんな勇気なぞない。

 

 前世において多くの人々同様に精々虫くらいしか殺す機会のなかった俺である。ベジタリアンのような信条がある訳ではないので肉食を否定する訳ではない。しかし生きて抵抗する魚すら殺すのに忌避感がある人間も少なくないのだ。今生でも初めて鶏を絞めて解体した時は気持ち悪くなったし、妖を殺した時も残った感触は中々忘れられなかった。ましてや相手が最早抵抗も出来ぬ人間ともなれば………こんな世界ではあるが出来れば殺人童貞なぞ卒業したくはない。それに餓鬼の目の前で人殺しは教育に悪過ぎるだろう。

 

「随分とまぁ、甘い考えですね?最悪脳さえ残っていれば記憶の抜き出し自体は出来ない訳ではないのですよ?」

 

 耳元で若干非難するような式神の指摘。甘い、ね。理解はしているさ。だがな………。  

 

「………まぁ、私が強制出来る立場ではありませんからとやかくは言いませんが。それよりもさっさと縛り上げて下さい。残り二人の霊力や妖力は感じ取れませんが隠行している可能性はあります。それにその伸びている犬もいつ目覚めるか知れません」

 

 まるで不出来な生徒に言うように、仕方なさそうに松重の孫娘は宣う。俺はその妥協に小さく感謝する。そしてこの会話が聞こえぬ今一人の少女に対して俺は謝罪の言葉を口にする。

 

「危険な目に遭って腹立たしい御気持ちは分かります。ですが後々の事を考えますと殺すのは下策です。どうか御容赦下さい」

「い、いえ……別にそんな事は……って…あっ…ひゃっ……?」

 

 俺が下手人を縛りながらそう伝えると、佳世はバツが悪そうな表情を浮かべて………ふらっと糸の切れた人形のように身体を崩した。

 

「うおっ、危ねぇ……!?」

 

 傷一つでもついたら後が怖い護衛対象を慌てて支える。近付いたからか彼女特有の柑橘系の甘い香りが鼻腔を仄かに擽った。当の佳世はと言えば困惑した表情を浮かべてちらりと此方を見ると引きつった笑みを浮かべていた。

 

「そ、その……はは、あ……足が震えてしまって……何か安心すると急に力が………」

 

 震える声で、泣き笑いに近い表情を見せる佳世。恐らくは安堵から緊張が途切れてしまったのだろう。まぁ、箱入り娘の子供が今日一日で経験した案件は余りに濃すぎる。逆に良くもここまで耐えたというべきだろう。

 

「……牡丹様」

「周囲の索敵はしていますよ。少なくとも霊力や妖力を近場に感じれば分かります。その娘をさっさと落ち着かせて下さい。………意識を奪うのが一番楽なのですがね」

 

 周辺警戒を頼めば直ぐに了承する牡丹。尤も彼女の言う通り状況を考えれば意識を刈り取るのが騒いだり泣き叫んだりしない分一番確実なのだろうが………俺がそんな事すれば発覚した日には縛り首物である。そもそも跡も残さず一撃で佳世を気絶させられる程俺は武術が上手い訳でもない。

 

「申し訳御座いません、御願いします。……歩くのが無理でしたら背負いますが?」

 

 詰まらなそうに答える牡丹。その返答に頷くと俺は佳世に尋ねる。

 

「ふぇ……!?い、いえ!それは大丈夫です!直ぐに歩けるようになりますから………!!」

 

 先程までの無理した笑みから一変して、本気で慌てたように、全力で拒絶してくる少女。……少し傷つくわ。

 

(いや待て、寧ろこれが普通だったか………)

 

 良く良く考えれば本来ならばこの娘に触れただけで手首を切り落とされても可笑しくないのだ。我ながら常識を忘れて来ているな。自制しなければ……。

 

「その……今回のデート、滅茶苦茶になっちゃいましたよね?」

 

 そんな事を考えていると、生まれたての子鹿のようにふらつきつつも健気に自分で立ち上がった佳世が目元を拭きつつふとそんな事を尋ねた。

 

「……ええ。デートなのかは兎も角、此方の不手際で御嬢様を危険な目に晒してしまったのは恐縮の至りです」

「むぅ、そういう言い方は止めて下さいよ………」

 

 此方の謝罪に対して、しかし佳世は若干不満げに指摘する。未だに潤いを残した瞳をジト目にして此方を睨み付けて、しかし直ぐに表情を戻して彼女はしかし商家の娘らしく俺の言葉の隙を突いた。

 

「あの……今『此方の不手際』って言いましたよね?」

「………はい」

 

 ……俺は僅かに沈黙した後、しかし先程言ったばかりの言葉なので否定する事も誤魔化す事も出来なかった。ミスったな。縛り上げながらの会話だったからなぁ。

 

 俺が自身の迂闊さを呪っていると、佳世は可愛らしく鼻を啜りながら、漸くしたり顔を浮かべる。何処か勝ち誇った笑みだった。

 

「伴部さんを御借りするのに千両支払ったのはお聞きしてますよね?」

「それはこの前の地下水道での賠償金では?」

「伴部さんがどう思って頂いても構いませんが、鬼月の御家がどう認識するかは別問題ですよ?」

「さいですか」

 

 まぁ、あのデ……宇右衛門がどう考えるかくらいは簡単に分かろうものだ。うん、言いたい事が読めて来た。

 

「まさか由緒ある鬼月の御家がそれだけの金銭を頂いて雑なままに御仕事を終わらせる訳ありませんよね?」

 

 ですから、と彼女は続けて………。

 

「ですから………また改めて御依頼しても、良いです……か?」

 

 最後は何処か不安げに、怯えるように、緊張するように、しかしそれに耐えるように気丈な表情で佳世は尋ねていた。

 

 俺は手を止めて、佳世と視線を合わせる。暫しの沈黙………そして、先に折れたのは俺の方であった。いや、折れざるを得ないのはと表するべきか。ここで偏屈になっても仕方ないしな?

 

 まぁ、そういう訳で………。

 

「失礼致します」

 

 次の瞬間、俺は佳世の身体を持ち上げる。より正確に言えば彼女を自身の腕に座らせて抱き抱える形だ。

 

「き、きゃっ……!?折角背負わないでって……」

「背負ってはいませんよ。腕で抱き上げているだけです」

「とんちですか!?」

 

 背中に乗せてはいないのでセーフ……だといいなぁ。

 

「うぅ………」

 

 佳世は何処か不満そうに、恥ずかしそうに、しかし仕方なさそうに俺の肩に手を添えて落ちないように重心を乗せた。……こいつ結構軽いな、飯ちゃんと食ってるのか?

 

「あっ………」

 

 そして佳世が気付いたように小さく声を漏らす。体勢が体勢だけに自然と、視界が同じ高さとなっていた。視線が交差する。何処かバツの悪そうな表情をする彼女に先に声をかけたのは俺だった。

 

「御無礼を。流石にあの足取りでは不安でしたので、この辺りを離れるまでの間暫く我慢して下さいませ。………非礼は後日のお供の際のおもてなしで御返し致しますので」

 

 俺はそう言って佳世に謝罪した。それは同時に、彼女の申し出への承諾でもあった。

 

「えっ……あ、は…はいっ!楽しみにしておりますね!!」

 

 佳世は一瞬ぽかんとした表情を浮かべ、次いでその言葉を意味を理解すると目元に涙の粒を浮かべつつもくすくすと子供っぽく笑いながら俺の提案を受け入れたのだった………。

 

 

 

 

 ………さて、悪ふざけやお喋りを何時までも続けられる程事態は楽観視出来るものではない。牡丹が警戒する限り残り二人の気配は感じ取れないもののさっさとこの場を去って誰かの保護を受けなければならなかった。

 

(入鹿の言っていた内容が気になるが………)

 

 あのニュアンスでは残る二人の追撃が何時までも来ないのは俺達の状況を察して来た救援を相手しているからの可能性もある、か。しかし……罠の可能性もあるし救援が返り討ちにあった可能性もある。不用意に戻るのは得策ではないな。

 

「………そういう訳で、まずはこいつを閉じ込めておくべきだな」

 

 取り敢えず気絶する入鹿を完全に簀巻きにした俺はそのままこいつを引き摺って適当な蔵屋敷に奴を放りこんだ。床に落とされて猿轡によってくぐもった小さな呻く声が聞こえる。

 

「後は扉を閉めて閂をして、と………まぁ、こんなものだろうな」

 

 荒縄で霊力は封じた。妖力は使えるだろうが……見る限り代償は小さくなさそうなのでそう易々とは使えまい。そもそも、瞳術や言霊術を使えぬように閉じておいて、しかも関節的に全く動けぬようにきつく締め上げておいたのだ。自力での脱出は不可能だろう。俺だってあの拘束から抜けたのは牡丹のお陰なのだ。

 

「終わりましたか……?」

 

 蔵の外で式神と共に周囲を見張っていた佳世が尋ねる。

 

「えぇ、それよりも追っ手は?」

「私は見てません」

「……私も索敵する限りでは、周囲にこれといって霊力や妖力は感じ取れません。やはり後続の追っ手はいないようですね。少し妙ですが……今のうちに行きましょう」

 

 牡丹の式神……蜂鳥がちゅいちゅいと嘴を動かして方向を指し示す。

 

「お嬢様、足の方は大丈夫ですか?」

「は、はい。もう歩けます……!」

「では先に御願いします。自分は後方の警戒をしながら行きますので」

「わ、分かりました。……大丈夫、です……よね?」

 

 血だらけの俺の身体を一瞥した後に佳世は心配そうに尋ねる。

 

「何、先程言ったように見掛け程傷は酷くはありませんよ。それよりも……直ぐ息切れするので走らなくても良いですが早歩きで……さぁ」

「は、はいっ!!」

 

 俺が急かすとてくてくと、早歩きで佳世は進み始める。とは言え、子供なので急いでもそこまで歩幅は大きくないので追い付くのは容易だった。実際、俺も腰に入鹿から拝借した刀を携えると直ぐにその後ろを追い掛けて………。

 

「ん………?」

 

 ふと、視線のようなものを感じて俺は振り返った。しかし、暗闇の中では良くは見えなくて………。

 

「………どうかしましたか?」

 

 式神からの質問。

 

「いや………追っ手は来てないんだな?」

「少なくとも周囲に貴方以外で霊力や妖力は感じ取れませんが?何か問題でも?」

 

 牡丹の返答に嘘は見えなかった。気のせい、か………?

 

「………大丈夫だ。どうやら流石に少し疲れたみたいだな。さっさとずらかろう。もう戦闘はご免だよ」

 

 牡丹の疑念に対してそう答え、俺は正面を向く。そして此方が付いて来ているのか不安げに、しかし気丈な表情で振り向いた佳世に答えるように俺は第一歩を踏み出した。そして………。

 

 ………次の瞬間、闇夜の世界に乾いた音が鳴り響いた。

 

「………は?」

 

 横腹に火傷しそうな程の熱を感じた。俺はふと何の気無しに目の前に佇む佳世を見やる。

 

 先程までの表情を凍らせて唖然と、驚愕と絶望に目を見開き、足を震わせる哀れな少女の姿がそこにあった。

 

「…………」

 

 俺は熱を感じる脇腹に触れる。べちょりと濡れそぼった感触。視線を向ければ脇腹に出来た穴からはぼこぼこと真っ赤な鮮血がこぼれていて、それは足を伝ってもう足下に水溜まりを作り始めていた。

 

「…………」

 

 背後を、音の鳴った方向へと踵を返してゆっくりと視線を向けた。

 

 蔵屋敷の陰、暗闇から一人の人影が歩きながら現れた。身形の良さそうで、気品と知性のありそうな老商人が無表情のままに一人佇んでいた。その手元には銃身を切り詰めた南蛮製の連装燧発式拳銃………その銃口の片方からは白い煙が幻想的にたなびいていた。

 

「………はは、冗談だろ?」

 

 物語ならばこれで幕引きハッピーエンドだろうが?蛇足や尺伸ばしは読者に嫌われるぜ?

 

「………」

 

 俺のひきつった絶望に満ちた笑みに対する返答は、無言の内に放たれた二発目の銃声であった…………。


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