和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 貫咲賢希さんが前話ラストの場面を描いて頂けましたのでご紹介致します。
https://www.pixiv.net/artworks/88311343


第五章 新人の教育は指導する側も大変だよねって件
第四五話● 夜勤明けと人手不足


 清麗が御世の一二年、卯月の六日、二十四節気では丁度立夏の日となるその日の夜の事であった。

 

 扶桑国の北土が一角、墓所が軒を連ねるその場所に一人の人影があった。

 

 所謂行き倒れの旅人や身寄りなく死した乞食に浮浪者らが埋葬される無縁塚に佇むのはその出で立ちからして僧侶のようにも思えただろう。傘を被って顔立ちの見えぬ男がちりんちりんと鈴を鳴らし黙祷しながら歩く。

 

 夜の闇は次第に深まってきていた。厚い雲が月光を隠していき、無縁塚に影を作る。そして、奴らが姿を現してきた。

 

 一体何処から現れたのだろうか?墓の後ろから、影の中から、乱雑に生える草木の隙間からそれらは現れた。小さきものは小鳥程度に、大きなものは大の大人程の大きさのあるそれはあるものは虫に似ていて、あるのは鳥獣に似ていて、はたまた植物然としているものに人間にも似たものがいて、生物的ではないものがいて、挙げ句には幾つもの存在が混ざり果てたような存在までがいた。そして、その全てが明確におぞましい雰囲気を持ち、毒毒しい瘴気を漂わせていた。

 

 妖………人理の外にあって、人に仇なす邪悪な存在がそこにいた。

 

 彼らは無言で鈴を鳴らす僧侶を闇に紛れて囲み、そしてその距離を狭めていく。墓荒らしに近場の森の猟師や樵、はたまた街道の旅人に肝試しに迷いこんだ子供を食らってきた妖達は今日もまた一人の哀れな人間を襲う。ましてや今日日はご馳走であった。僧侶、それも霊力持ちとくれば当然だ。きっと妖達はこの人間を殺した後その肉を求めて更に醜悪な共食いを始める事であろう。

 

 そうして互いに互いを食らいあい、その内の妖気を濃縮して、妖達はより高みへと昇り、より高次の存在へと変質していくのだ。それが彼らの本能であり、本質である。存在意義である。

 

 闇夜に嘲りの言葉が幾重にも鳴り響く。それは何処までも嗜虐的で、意地悪く、邪悪な声であった。妖共の性根腐った鳴き声である。

 

 未だに事態に気付いていないのか、僧侶は鈴を鳴らし続けるのみである。そして妖共がその背後から牙を剥いて躍りかかり………。

 

「お前らって、大体背後から来るよな?」

 

 次の瞬間、僧侶に扮していた俺は懐に隠していた槍を払うように振るった。

 

『ギャオァ!!?』

 

 大型犬程の大きさの小妖に数体の幼妖は振るわれた槍の刃先で呆気なく切り捨てられた。次いで正面から飛びかかってきていた人面鹿の喉元に槍を構えておく。勢い良く突っ込んで自重で喉を貫通する人面鹿。

 

『ガアッ!!?』

 

 驚愕の表情のままにがばっと顎が裂ける程に開かれた口から飛び出した触手の一撃を首を曲げて回避するとそのまま槍を勢い良く持ち上げる。人面鹿は顔を下から真っ二つに切り裂かれて絶命した。

 

「この程度の偽装で誤魔化せるとは。思ったよりここの妖共は馬鹿の集まりらしいな」

 

 俺は傘を捨てる。同時に相対する妖共は警戒したように身構えた。俺が僧侶なんかではない事を、ただ食われるだけの存在ではない事を今更ながら気づいたらしかった。雲が通り過ぎて再度照らし出される月光が俺と妖共を照らし上げる。もし夜目の悪い妖がいたとしても漸く俺の姿が分かった事だろう。

 

 僧侶に偽装した下人の出で立ち、手には槍を持ち、その顔には瞳術対策と頬当てを兼ねた面……允の役務を意味する鬼を模した般若面を備えていた。

 

「まぁ、挨拶しないのは非礼だから一応自己紹介するとしようか?鬼月の一族に仕える下人衆が允職、名は伴部という。短い付き合いだろうが……まぁ、宜しく頼むよ?」

 

 俺は若干皮肉げに、挑発するように、自身を囲む妖共に向けてそう言い放った。

 

 

 

 

 

「さてさて、近頃無縁塚に根を張る妖共の群れってのはお前らだろう?数は三十……四十……五十はないか。まぁ、想定通りか」

 

 警戒しつつ此方を囲む異形の怪物共を一瞥した俺は、ゲーム内でも妖寄せの効力を持つ鈴の呪具を懐に仕舞いながらその数が当初の想定内である事に小さく安堵する。これが多過ぎても少な過ぎても問題があったので幸いだ。

 

 ………そして俺はゆっくりと、当然のような所作で手を挙げる。

 

「では、早速で悪いが……駆除されてくれや」

 

 俺が手を下ろしたと同時にそれが起きた。突如投擲されたそれは激しく目と鼻を刺激する煙を発生させる煙玉であった。そして目と鼻にいきなり激痛が走った事で暴れ出し混乱する妖共。そこに四方から放たれるのは毒を鏃に染み込ませるように重ね塗りした矢玉である。  

 

「うおっ!?危ねっ!?」

 

 割と近場を猛毒が塗られた弓矢が通り過ぎたのにびびった俺は体を伏せる。幸い俺は鼻に詰め物をして、目元は面に硝子を張っていたので痛みは最小限で済んでいた。

 

 匂いを誤魔化しながら四方の草木の中に伏せさせていた部下の下人達二班十人が矢玉を打ちきったのと、煙が晴れていたのはほぼ同時であった。次いで未だに混乱状態にある妖共の群れに刀と槍を手にした残る下人衆の部隊、二班十人が躍りかかる。

 

 唯でさえ混乱していた妖共を二、三人で一体を相手する形で一体一体迅速に、確実に、危なげなく仕留めていく。

 

「手強いのは相手にするな!先ずは頭数を削れ!弓隊、支援を!!」

 

 そう命じて俺は全身に毒矢を受けて、尚も下人達相手に暴れる手負いの中妖の腹を背後から突き刺す。悲鳴を上げる妖の反撃を受ける前に俺は後退した。態態一撃で仕止める必要はない。複数人で囲い、隙が出来た所で攻撃しては引けば良い。安全に敵の消耗を待てば良いのだ。

 

 僅かに二十分余りで五十余りいた妖共は、その大半が討ち取られていた。残るものにしても相当に衰弱していて、既に結果は見えていた。

 

 勝てる……この場で戦う下人は皆そう思った筈だ。しかし………。

 

「っ………!?これは……!!?」

 

 まるで地震のような震動に地面が揺れる。動揺する下人達。そして……大地が裂けた。

 

『ア゙ヴア゙ア゙ェ゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!!!!』

 

 唸り声とも、咆哮ともつかぬ叫び声と共にそれは地面の奥底から姿を現す。皹の入り、土に汚れた巨大な頭蓋骨が、次いで巨大な骨の腕が飛び出して、そのまま全身を持ち上げ、乗り上げるようにしてその怪物は下人達にその全身を見せつける。眼窩には深い闇が広がり、その最奥からは赤黒い光が見えた。

 

「餓者髑髏……!!」

 

 下人の一人が叫ぶ。それは扶桑国でも名の知られる、有名な大妖の名前であった。

 

 打ち捨てられたり、ぞんざいに扱われまともに供養されなかった死体が骨となり、怨念と共に寄り集まり生まれるとされるそれは朝廷が法によって死体の埋葬や供養について厳しく定めて発生を抑止しようとしているが今でも度々誕生していた。

 

 特に妖の巣窟のような場所では死体の回収も出来ないし、あるいは法に定められても身寄りもない死体なぞを処理する手間も金もなく現地で適当に埋葬されている事も珍しくない。恐らくはこの無縁塚も相当ぞんざいに管理されていたと思われる。

 

(一応事前に情報集めていたが………こりゃあ特に強調して報告しとかねぇとな)

 

 隠行衆だけでなく、下人衆としても組織的にかつ事前に式神等での入念な偵察を何度も行ってその存在は確認していた。同行する退魔士の一人は折角の獲物が警戒して逃げると不満げではあったが……今一人に取り成しを頼み、嫌味に我慢してでもやっておいて正解だったな。お陰様で対策のための作戦訓練や道具集めの時間を得られた。

 

 赤子のように四つん這いになって歩み始める餓者髑髏はきょろきょろと周囲を見渡す。そして、ジリジリと気圧されたように後退する下人達を見ると笑った。骸骨でありながらはっきりと分かる程邪悪に笑った。そして、その腕を振るう。

 

「回避しろっ!!」

 

 まるで赤子が地面を這いずる虫を潰すように振るわれた腕から下人達は蜘蛛の子を散らすように逃げる。一発目が空振りに終わり、二発目もまた無為に終わる。しかし三発目は違った。

 

「うわっ!!?」

 

 下人の一人が振るわれた腕を回避仕切れず吹き飛んだ。腕にぶつけたのだろう。回転した下人は木に叩きつけられる。受け身をしていたようで即死はしなかったものの、その左腕はひしゃげるように曲がっていた。

 

「蛭間!」

「早く回収して治療しろ!!急げ!」

 

 事前に想定しての訓練に従い、所属する班長が残る部下に負傷者の後送を命じる。同時にその支援のために数名の下人が投石器によって石礫を投げ始めた。とは言え、肉の身体を持つなら兎も角骨だけの餓者髑髏には石礫では効果は薄いようで、その気を逸らせる程の効果しか期待出来ない。

 

 故に、此度の妖退治の本命は別の所にあった。

 

「よし、今だ!網を打て!動きを封じるんだ!!」

 

 俺の命とともに死角に移動していた幾人かの下人達の手によって無数の網が放たれた。

 

『ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ッ!!?』

 

 妖気を封じるために清められ、また強靭に編まれた網は餓者髑髏の骨に重なるように絡まりつき、何なら浄化の力で傷を与えながらその動きを拘束していく。

 

「鉄鎖を放て!」

 

 続いて放たれるのは数本の鉄鎖である。これまた投擲とともに骨だけの妖の両腕に絡まりつくと、一本辺りにつき数人の下人が霊力で筋力を向上させながら引っ張り上げて更に相手の動きを封じる。

 

「上手く止めてくれよ……!!」

 

 俺は半ば祈るようにして呟く。餓者髑髏自体は大妖級の存在であるが、今回相手にするのは誕生して間もない個体であり、体格は其ほど大きい訳ではない。これが成熟しきった個体ならばちょっとした山くらいの体躯となるのだから、精々田舎の寺社程度の大きさしかない今回の餓者髑髏なぞまだまだ可愛いものだ。

 

 いや、可愛くねぇけどさ。

 

『ア゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!?ア゙ゥ゙、グ゙ヴア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!!!』

 

 動きを封じに行く此方の戦法に対して餓者髑髏は必死に暴れる。それによって鉄鎖を持っていた部下達が何人か吹き飛ばされたり、引き摺られたりして負傷する。しかし……更に多数の網と鎖を投入し、護符を投擲して餓者髑髏の動きを完全に封じる。

 

「よし、引き倒せ!!」

「眼球を射ろ!!」

 

 その声とともに四つん這いだった骸骨の化け物は地面に引き倒される。そこに眼球……正確にはそれがある筈の場所に幾本もの弓矢が放たれた。まるで生身の人間のように頭を振って悲鳴を上げる餓者髑髏。

 

「よし、鎖は杭で地面に打ち込め!!」

「斧で関節を切断しろ!!」

「首の頸骨を切り落とせ!早く!」

 

 餓者髑髏を押さえ付けつつ、解体作業は行われる。所詮骨は骨だ。斧でもって関節部を砕きながら解体する。暴れる餓者髑髏であるが、人体構造的に逃げられないように工夫して鉄鎖と網で動きを止めてしまえば後は俎板の上の魚でしかない。

 

 右腕を肩から、左腕は手首から斧で無理矢理に砕いて切り落とす。背骨を切断する事で下半身から無理矢理泣き別れさせてやる。どさりと倒れる所に数人で刀を骨と骨の間に突き立てて、更に木材を捩じ込んで梃の原理でそのまま頸骨を境目に身体と頭骨の繋ぎ目を引き千切る。

 

「さて、流石にこれで抵抗は無理だろう?」

 

 最悪頭が浮遊して襲い掛かって来る事も考えて上から三重に網をかけて、杭を打ち込んで固定された頭蓋骨はカタカタカタと音を鳴り響かせながら眼球のない目で正面に立つ俺を凝視する。その視線には敵意だけでなく、恐怖や怯えが含まれていた。

 

 生前、彼らが死を恐れながら必死に生きていた時のように。

 

「悪いが仕事でな。勘弁してくれよ」

 

 後で念仏くらいは唱えてやるからよ………内心でそう呟きながら俺は懐からそれを引き抜く。到底たかが下人の分では不相応な力を放つのは優美な小刀である。相応に業物のそれに退魔の名家の直系が直々に呪いを掛けたそれは、例え大妖相手にでも十分効果がある事は既にこれまでの体験から証明されていた。

 

「さて………ここだ!」

 

 その妖気の流れを数秒程睨み付けて、見定めて、俺は小刀を突き刺した。其ほど力を入れた訳でもないのに刀身はまるで豆腐でも刺したかのように深々と突き刺さる。

 

『ガッ゙……ガ…………』

 

 僅かな呻き声の後、頭蓋骨は真っ二つに碎け散った。そして……刹那、餓者髑髏はボロボロとその身体を崩して行った。まるで砂のように地面に無数の小さな骨を落としていき最後、そこに残ったのは白い骨の山のみであった。

 

「………ふぅ。終わったな」

 

 俺は小さく嘆息する。同時に周囲に控えていた下人達も僅かながらに緊張をほどく。僅かに弛緩する空気……しかし、何時までもこうしている暇はない。

 

「御影班は道具の回収を、丁班は負傷者の治療に当たれ。因幡班と柚葉班は周辺の警戒を。警戒組以外は今の任務を終え次第妖の死骸の処理に当たれ」

「はっ!」

 

 戦いが終わればそのまま家まで直帰、とはいかない。後片付けは大事だ。俺は部下達に各々の仕事を割り振って事に当たらせる。部下達は返答の後に動き出し始める。

 

「おっ!?漸く終わったのかてめぇらはよ?」

 

 そして、俺達が次の仕事に取り掛かろうとしていた直後の事であった。その言葉と共に天から何かが落ちて来たのは。

 

「っ!!?」

 

 舞い散る粉塵に俺は口元を押さえて小さく咳き込んだ。数秒後、俺の目の前にあったのは全身血だるまになった肉の塊……いや、背中の羽をへし折られ、四肢を切り落とされた巨大な蛙擬きの妖であった。そして仰向けに倒れるそれの腹に立つのは一人の退魔士の姿………。

 

「……刀弥様、此方が依頼のあった目標でしょうか?」

「あ?見て分からねぇのかよ?」

 

 俺の確認の言葉に対して鬼月の分家筋たる鬼月刀弥は詰るように答えた。赤毛の、端正な顔立ちながらも気性が荒そうで、あからさまに口の悪いこの青年は原作のゲームでもちょい役で見た覚えがある。

 

 ゲームの序盤では主人公に突っ掛かり色々あって逆転される噛ませキャラであり、中盤ではルート次第で一族の制止を聞かずに動いて妖に食い殺されたり、ゴリラ様に闇討ちで殺されたり、終盤では覚醒した狐に首スパンされてたかね?あからさまなヘイト要員かつヤンデレの犠牲者だった記憶がある。原作や公式で名前がなかったので二次創作等では「噛ませの赤い人」扱いだった。

 

(とは言え、流石退魔士か………)

 

 俺は文字通り死亡一歩手前と言うべきほどにズタボロな大蛙を一瞥して小さく溜め息をつく。

 

 先程の餓者髑髏程の大きさのあるこの蛙は、しかしその漂わせる妖気から見て明らかに大妖なぞではない。間違いなく凶妖に足を突っ込んでいた。それをこれは………両者の姿から、恐らくほぼ一方的な戦いであったのが容易に想像がつく。

 

「はぁ……はぁ………あ、刀弥さん!見つけましたよ!!もう!一人で先に行かないで下さいよ!!」

 

 背後から息を切らせた声がした。見知ったその声に振り向けばそこにいたのは弓矢を背負う可愛らしげな顔立ちの銀髪の少女であった。

 

「……綾香様。刀弥様共々お疲れ様で御座います。取り残しは御座いませんでしたか?」

「あ、伴部さんですか?勿論です!ちゃんと逃げ道を誘導した所で一網打尽にしましたから!!」

 

 俺の姿に気付いた後ににっこりと笑って自身の弓を見せつける綾香ちゃんである。その神木から削り出された弓から放たれる矢がどれだけ凶悪で一対多戦闘で猛威を振るうのかは既に任務を共にした時に知っていた。

 

 ………恐らく山奥に潜んでいた妖共は軽く百を超えていたであろう。寧ろ、メインはそちらで、俺達の戦った相手は餓者髑髏を除けば巣を出て餌探ししていた連中である。

 

 ボスである大蛙がくたばった後、それに勘づいて蜘蛛の子を散らすように巣の外にいた妖共が逃げたら困る。故に主力たる退魔士二人が大蛙とその取り巻きを狩ると共に俺達が外の連中を集めて殲滅する必要があった訳である。

 

「それは宜しい事です。して、御尋ねしますがお二方にお付けした班はどちらに?」

 

 先ず、俺は綾香ちゃんの言葉によって追加の仕事をする必要がなくなった事に喜ぶ。そしてその事について触れる。此度の任務において、妖の巣に入る二人の援護のために一班の下人衆を付けていた筈であるが………。

 

「えっと、それは…………」

 

 俺がその話題に触れた瞬間、綾香は表情を凍りつかせて口ごもった。

 

「綾香様………?」

「全滅はしていねぇから安心しろよ。綾香、てめえも一々あんな事気にするんじゃねえよ」

 

 綾香の態度に刀弥の言葉で俺はその意味を理解した。同時に内心で舌打ちする。それは苛立ちと、悔しさと、どうしようもない無力感からのものであった。

 

 森の巣穴から退魔士達に同行していた下人達………野分班が負傷者達を連れて原隊に戻ってきたのは綾香達が戻ってきてから約一刻半後の事である。本来五人で一班の所を特別に編成強化して七人一班とした部隊の損失は軽傷者が二名に重傷者が一名。そして、死亡者が一名であった………。

 

 

 

 

 

 

 

「………ふむ、子細は確認した。軽傷五名に重傷二名、死亡一名か。思ったよりも軽微な損害だったね。正直もう何人か死人が出るかと思っていたから意外だよ」

 

 鬼月家の屋敷の一角に置かれた執務室にて下人衆の頭目鬼月思水はにこにこと、社交的で上面だけの笑みを浮かべながら嘯いた。傍らに補佐たる下人衆助職を控えさせた彼の前で、俺は書類を提出した後に膝をついて先日の妖退治の顛末を報告していた。

 

「毎回の事ながら事細かに経過が記されていて助かるよ。実際に退治する者らの中には適当な報告しかしない者もいてね。記録を取る上で困っていたんだよ」

 

 手元の書類を一瞥して思水は小さく笑みを浮かべた。朝廷の認可を受けた正規の退魔士は所謂知識人階級ではある。あるが……だからといって皆が皆生真面目な性格という訳ではない。寧ろ、下手に力がある者によってはその力に驕り、妖の脅威を軽視する者も少なからず存在した。

 

 そして、そういう者程妖退治後の報告を疎かにする故にそこから情報や戦訓を得にくい傾向があった。まぁ、それでも凶妖相手でもなければ後れを取る事はないのだろうが………退魔士達にとっては兎も角、下人衆や隠行衆にとっては毎回が命懸けなのだ。

 

「綾香君はまだちゃんと報告をくれるのだけどね。刀弥君はがさつな所もあってそうはいかない。……それに出費の計算をしてくれるのも助かるね。ちゃんと支払いの帳簿を作ってくれると宇右衛門殿にも納得させやすい」

 

 財務を監督する鬼月デ……宇右衛門はドケチという訳ではないが守銭奴ではある。不必要にかつ無尽蔵に支払いをしてくれる訳でもない。故に彼を説得するには出費の帳簿管理もまた必須であった。

 

「物品の損失は兎も角、人員の不足は一層深刻となりました。時間があれば負傷者の復帰は可能ですが、やはり衆の絶対数の減少は看過出来ません。何卒補充の要員の確保をお願いしたいと存じ上げます」

 

 深々と頭を下げながら俺は允職に就いてから幾度も口にした要望を口にする。それは切実な話であった。

 

 鬼月の下人衆は扶桑国の認可を受けた退魔士一族の中でも規模が大きく定員は百人近い。しかしながらそれはあくまでも定員であり実際はそれを超えた事はないし、何ならここ数年の損失と鬼月が受ける依頼の数と難易度もあり、その質はと言えば余り良いとは言えなかった。いや、はっきり言おう。その練度に限れば俺が允職に就いた時に比べて低下している事はあっても向上している可能性はない事を半ば確信していた。

 

 練度を上げるにはどうすれば良いか?実戦?いや違う。実戦経験は軽視出来ないがそれはあくまでも訓練では得られないノウハウの経験と身に付けた技量の証明の場でしかない。

 

 端的にいって、練度を向上させる一番の方法は訓練である。それもただただ惰性に鍛えれば良い訳ではない。技術を学ぶ事が肝心だ。

 

 基本的な武器の使い方に、幻術等への対処法、気配の消し方に尾行の仕方、山等での各種のサバイバル術、死と隣り合わせの現場での精神安定のための心持ちの仕方、苦難における自らの力に対する自信……それらを学び、身につけるには訓練をする以外にはなく、その相手としての教官の能力も重要だ。

 

 人員の消耗……それも中堅層以上の下人の不足は深刻だった。教官足り得る能力と経験を有する者の減少は訓練内容の質の低下に繋がり、新たに生産される下人の能力もまた低下する。更に言えば不足する熟練の下人は現場指揮官でもある。彼らが不足する以上はその穴埋めに質の低い下人を捻じこむしかなく、それは班の任務遂行能力に悪影響を与える。単純な人手不足も厄介だ。休息と訓練の短縮に繋がり更に下人の生存率を下げる。

 

 無論、だからといってほいほいと人手が集まる訳ではないのだが。

 

「そのような事……幾度も言っておりますが思水様もお忙しいのです。一々下人なんぞに構う余裕なぞないのだ。人手不足なぞ、貴様らの工夫で解決しろ!」

 

 そう不愉快そうに言い捨てるのは下人衆助職の宮水静であった。鬼月家の庇護下にある家人の一人である。

 

 因みにここでの家人とは、朝廷に正式に退魔士家と認められず、鬼月のような朝廷から公認された一族に従属している歴史の浅い二線級の退魔士達の事である。件の宮水静もその一人である。三代で半世紀程度の歴史しかなく、鬼月の家に仕えて禄を食んでいる。……まぁ、それでも下人程度ならば十人同時に相手出来るくらいの実力はあるが。

 

 さて、それはそれとして………。

 

「承知しております。お恥ずかしいながら我々の努力不足は否定出来ません。しかしながら………」

 

 俺は相手を興奮させぬように宮水静の言葉を肯定し、しかしそれでもと要求する。要求せざるを得ないのだから仕方ない。

 

 言われるまでもなく、この允職に就任して以来、俺はやれる事は全てやって来た。

 

 訓練時間が足りないならば道具と情報で、それらを活用した作戦で補った。訓練のノウハウの共有化のために各種のコツを視覚化した。文字では大半は読めぬとは分かっていたから絵で表現して漫画化した。鬼月の者達には分からぬ程度に思想教育の内容を修正して自立心を作らせて自ら考える事を教え込み個々人の柔軟性、対応能力向上に努めた。特に最後は少々不味い。

 

 下手すれば解任ものだが……だからといって部下の練度不足は事実であるし、彼らを無駄死にはさせたくない。上手く誤魔化してやっていくしかなかろう。

 

 そして、それでも尚人手は絶望的に足りないのが現実であった。

 

「ちっ、役立たずめ……!!」

「落ち着きなさい、静」

 

 此方の情けない言葉に、俺を詰る家人を思水は静かに諌める。

 

「ですが、思水様。こやつはたかが下人の分際で要求を……」

「何も考えずに了承の返事だけをするような者に允職を就任されても困るからね。問題があるならあるで、要望があるならあるではっきり言ってくれた方が有難いさ。取り返しのつかなくなってから報告されたら目も当てられないからね。………そうだろう?」

 

 静を落ち着かせるための言葉は、しかし最後には俺に向けてのものとなっていた。俺はただ無言でより頭を下げる行動のみでそれに答える。その態度をどう受け取ったのか暫し無言で目を細める思水。

 

「………さて、静の言葉を認める訳ではないけれど、君も分かっているだろうが下人だって後先考えずに消耗させて良いものでもない。下人だって最低限霊力が無ければならないし、そもそも霊力のある人間は少数派だ」

 

 そして、霊力持ちの人間が入れば即下人に出来る訳でもない。霊力持ちの需要があるのは退魔士家だけではないし、下人衆だけでもないのだ。

 

「無論、私も事態の悪化を座して見ている訳でもない。仕事がてらに良い人材がいないか捜索はしているさ。それでだが………ふむ。実は下人衆に組み込むべきか、判断を保留している子がいてね」

 

 最後に僅かに言い淀み、難しそうな表情を浮かべる思水。暫しの沈黙、そして彼は机の上の鈴を掴み取る。そして若干重くなった口を開く。

 

「入りなさい」

 

 鈴を鳴らして鬼月思水は裏手にいた人物を呼び寄せる。何十秒か後、襖が開かれて人影が入室した。

 

 小さな、水干を着こんだ子供だった。

 

「っ………!?」

 

 同時に俺はその見覚えのある姿に若干狼狽える。そうか。こいつ、このタイミングで来る訳か。

 

「先日艶麗寺に足を運んだ時に見つけてね。彼方の住職らと交渉して買い取った。まだ家人にするか下人にするかは決めていないが……暫く面倒を見てやって欲しい」

 

 相変わらず上っ面だけの微笑みで思水は俺に命じた。………何処か探るような笑みで。

 

「………はっ、承知致しました」

 

 ゲームの知識から十中八九下人にはならんだろう事は予想出来るが、俺はより一層深々と頭を下げてそれを了承する。どうせ俺に拒否権なぞないのだから。

 

 こうして俺はその子を預かる事になった。「闇夜の蛍」のサブ攻略キャラクターにして、多くのプレイヤーの性癖を狂わせて、同時に多くの腐女子を引き寄せた異色の人物。

 

 寺社の稚児からその霊力によって鬼月家に引き取られた幼い少年、白若丸。女の子と見間違えそうになるその男の娘が俺の預かる事になった人物の名前であった………。

 

 

 

 

 

「………全く、姉妹どちらもよくやるものです」

 

 鬼月の二の姫の駒である事で知られている下人が退出したのを確認した後、宮水静は半ば上司に言うように呟いた。

 

 あの下人が允職に就いたのは何処までも政治的な理由からであった。政治的理由から、あの下人は允職に半ば無理矢理に捩じ込まれた。

 

 鬼月の一の姫が態態敵派閥の下人を允職に就けたのは恐らくは位打ちを見込んでの事であろう。本来ならば碌に学もないたかが下人がいきなり允職に就いても失敗する事は明白で、妹の臣下を引き剥がすとともに貶めようとしたのだろうが………その点では二の姫は上手であったというべきだろう。

 

「算術に作文………無学な下人に良くもまぁ二の姫も仕込んだものですね」

 

 少なくない者達が直ぐに失敗すると見ていたが、任命から約一年と少し、件の下人が思いの外順調に職務をこなす事に彼女も若干驚いていた。

 

 それどころか二の姫は配下が允職に就いたのを良い事に下人衆への影響力を強めていた。後ろ楯として取り込んだ橘の家からの道具類の購入の申請が増えたのは下人への指示であろう。裏では利権が動いている筈だ。

 

 尤も、策略が空回りした一の姫の派閥も黙っていない。寧ろ、この任命が想定外に上手くいってしまったのを逆手に取って他の衆の人事にも介入しようとしているとも聞く。無論、此方は自分らの息がかかった者を押し込もうとしているようだが。

 

「何にせよ使えるならば構わないよ。想定していたよりも彼は有用だ。ならあれこれと私達が異議を唱える必要はないさ」

「ですが……」

 

 執務をしながら淡々と宣う思水に対して、静は歯切れの悪そうな表情を浮かべる。彼女からすれば、件の下人本人の実力は兎も角、その人物が允職に捩じ込まれた背景自体が何処までも不愉快で気に入らなかった。

 

 廃人同然の今の鬼月の当主の跡を継ぐべきなのは誰か、静はその質問に対して迷う事なく目の前の上司であり師でもある男の名前を口にするであろう。彼自らが辞退したために候補から外れたものの、かつての鬼月家次期当主最有力候補であった鬼月思水の事を彼女は今でも尊敬しているし、何なら次の当主はあんな姉妹よりも思水がなるべきだと今でも信じている。

 

「彼女達は優秀さ。将来的には私なぞよりも遥かに良き当主になるだろうね。適材適所は大切だよ」

 

 まるで事実を指摘するように思水は答える。それは謙遜や遠慮でもなく、ただただ事実を口にしているように思えた。そして、それは半ば当たっていた。性格を除けば、鬼月の姉妹はどちらも才能豊かで将来を嘱望するに十分な逸材なのだから。

 

 尤も、多くの者達は気付かないがその性格こそが一番の問題であるのだが………。

 

「………あの生意気で小汚い小僧をあの下人に預けるのも適材適所という訳ですか?」

 

 静は先程の人事に対して尋ねる。何処か納得行かない表情だった。

 

「不満かな?」

「いえ、しかし………あのような小僧、家人にしても下人にしても問題がありそうですので」

 

 それは明確な蔑視と嫌悪の感情を込めた物言いであった。事実、あの小僧は霊力こそ末端の退魔士くらいにはあるだろうが……それを含めたとしてもこの鬼月の家に迎えるには不適当な人物に静には思われた。実際、あの小僧本人も素直には従わないだろう。

 

「気持ちは分かるけれどね。………まぁ、暫くはあのまま放置しておく事だよ」

「放置、ですか……」

「そう、放置だよ。……何、引き取り手の伴部君も馬鹿ではないんだ。允職に就いて一年余り、そろそろこういう仕事も経験するべき時だ。ある意味都合が良い事さ」

 

 そう言って本音の窺い知れない笑みを浮かべる思水であった。この男は上面こそ誰にでも優しく、紳士的ではあるが、しかしその実、それを見抜けるだけの人物眼がある者からすれば警戒されるに十分な底の知れなさがあった。

 

「さて、それよりも仕事に戻ろうか。……やれやれ、依頼は終わってもその後に決裁する書類が多くて仕方無いね」

 

 そんな事を言って小さく苦笑すると、かつて寒村から件の下人を買い取り鬼月の屋敷へと連れて来た男は手元の執務へとその意識を集中させるのであった………。


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