和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 貫咲賢希さんから本作品の数少ないまともな女性な毬ちゃんのイラストを描いて頂けたのでご紹介させて頂きます。

 https://www.pixiv.net/artworks/88444530

 また、紅とんぼさんが二次小説を執筆して下さったので此方の方もご紹介致します。

https://syosetu.org/novel/253284/

 R-18Gな感じなのでその点のみ御注意を。作者的にはこういうしんみりとした悲劇的な雰囲気結構大好きです。 

 ………尚、本話を読んだ後に二次の方見ると某キャラが無残な敗北者になる模様(白目)


第四六話● 心愛。親愛。浸愛。信愛?

 寝殿造りの鬼月の屋敷の一角、広大な東の対の一室に彼女はいた。

 

 東の対全体を人払いをした彼女は本来は瞑想をするために四方を木壁で仕切りをしたそこで床に敷物を敷いて、目の前には唐櫃と短刀を置いてそれに備える。傍らには蝋燭を灯した燭台があって、狭い室内全体を仄かに照らす。

 

「…………」

 

 暫しの沈黙の後、彼女は衣服を紐解いた。さらり、と重力に従い身に着ける衣を全て打ち捨て、半分農家の血を継いでいるとは到底思えない程に細身で、華奢で、白い肌を雛は闇夜に晒す。蝋燭の光しかない部屋の中で美女が一糸も纏わぬ姿で佇むその光景は扇情や情欲を越えて、ある種神々しく、幻想的ですらあった。学のある者が見れば彼女を神代に伝わる太陽の女神と重ね合わせたかも知れない。

 

「…………」

 

 無言の内に、彼女は正座する。そして目の前に置いた小刀を掴み上げる。

 

 薄暗い室内で妖しく刀身が輝いた。そして、彼女は小さく笑った。口元を綻ばせた。これから行う凄惨な行為の意味を理解して。それが、そのおぞましく、恐ろしい行いが誰のためか、何のためか、どれだけ尊い事なのかを理解して、それを行える事に悦んで。

 

「うぐっ………ひぐっ゙………」

 

 ゆっくりと振り下ろされた刀身………腹に、肚に来る刺激に彼女は呻く。喘ぐ。しかしながらそれは決して痛みから来る苦悶の声ではなかった。

 

「あ゙っ゙……はっ!あははっ!!」

 

 ………快楽に溺れ、愉悦に嗤う牝の鳴き声であった。

 

 白い肌にびっしょりと汗が噴き出す。肉を割くおぞましい音と共に生臭い臭いが充満し、場違いな甘い声が流れる。壮絶な激痛に、しかし明らかに女の顔は綻び、歪み、そして蕩けていた。それでいて、彼女の両腕は本来の目的に従って黙々と、粛々とその行為を行う。傷つけないように、綺麗に、鮮やかに、正確にそれを抉り取っていく。摘出していく。

 

 最初の頃こそ中々上手くいかず三連続で失敗していたものであるが……練習を含み数を重ねた今となってはこなれたようにたった一度の内に綺麗に、傷一つ付ける事なくそれを回収して唐櫃に納めた後、雛は嘆息した。燃えるように熱い腹を押さえて、肚を押さえて甘い吐息を吐いた。

 

 ぼっ、と次の瞬間に彼女の腹部が発火した。狭く薄暗かった部屋が光に満たされる。

 

「あぁ……駄目だな。またこうだ。少し意識が遠のくと直ぐに発動してしまうな」

 

 腹の内を焼く、「滅却」するその紅蓮の炎に対して雛は何処か失望するように呟いた。

 

 そうだ。「滅却」だ。「滅却」の炎である。それは炎であって炎ではない。より正確に言えば濃縮された霊力が炎の形を借りて現実に作用して事象を「焼く」という形で否定し、改竄し、変質させているのだ。今は亡き帝国時代からの高度かつ体系化された学術知識を伝える西方の独立諸都市の学者がこれを見れば「霊力を塗りたくって世界を欺いている」とでも表現する事だろう。

 

 尤も、そんな細やかな原理なぞ雛にはどうでも良い事だ。大事なのはこの異能が自身に死が迫り、若しくは死んだ際にほぼ全自動で発動する事だ。お陰様で摘出後の達成感の余韻を中々味わう事が出来なかった。全く、風情のない事である。

 

「そうさ。本当に風情がない。折角私があいつの事を思っている時にこんな事なぞ………!!」

 

 本当に何処までも忌々しい力である。この力さえなければ鬼月の家に担がれる事もなく、ただの妾の子供として、誰にも注目される事なく終わる事が出来たかも知れないのに。そうすれば彼と会う事もきっと今よりもずっと容易だったものを…………。

 

 ましてやこの痛みを雛は厭ってなぞいなかった。これは代償だ。愛だ。愛情なのだ。彼のために流す血で、彼のための痛みで、彼のための苦しみなのだ。ならばこれを喜んで受け入れる事はあっても嫌う事は有り得ない。寧ろ誇らしく、愛しさすらあった。それをこの力と来たら………。

 

「だが、この力のお陰であいつを助けられるのもまた事実か。全く、この世は何ともままならぬ事だな」

 

 雛は傷痕のない自らの心の臓が鼓動する場所を肌の上から撫でて呟く。いつの間にか完全に傷口が塞がり、それどころか失われた臟腑すらも新しく構成されていた。染み一つない、白く美しい身体………ただ流れた血だけはそのままで彼女の胸元から腹、臍を通って鼠径部から床の布に赤い血溜まりを作り出していた。もしも他者がその光景を見ればこの上なく恐ろしく、同時に扇情的に思えただろう。

 

「……さて。さっさとこれを持っていってやらんとな。薬にするにも新鮮な方が良いからな」

 

 そういって自身の生き肝を納めた唐櫃を胸に抱きながら雛は呟く。心底いとおしそうに抱きながら呟く。

 

「くっ……!くくく!はは!あはははは!」

 

 そして嗤った。心底愉快そうに、痛快そうに、爽快そうに嗤った。あからさまな程の優越感を醸し出しながら嗤った。

 

 そうだ。愉快だ。痛快だ。爽快だ。彼の周囲にいる、何なら少し目を離したらいつの間にか増えているような訳の分からない気狂い共が何をほざこうが、何を喚こうが、どんな妄言を吐こうが何の意味もない。何の価値もない。奴らでは彼に何も出来やしないのだ。自分だけが……そう、自分だけが彼を助ける事が出来るのだ。これ程愉快な事があろうか!

 

「そうさ。私だけが……私だけなんだ。私だけが助けられるんだ………」

 

 何ならば自分の日常を、平穏を、安息を奪い、ずっと疎ましく思っていたこの力すら今は愛おしい。まるで運命のようではないか?彼を守り、救うための力が自分にはある。他の有象無象共ではなく自分にだけ!

 

 それは何処までも素晴らしい事実であった。天命だ。必然だ。正に運命の赤い糸で結ばれているといっても良い。黒髪の少女は確信と共に端から赤い筋が垂れ流れた口元を吊り上げる。

 

「ふふっ、待っていてくれよ■■?きっとお前を救ってやる。こんな家から連れ去ってやる。あぁ、心配しなくても良いさ。だってお前も言っていただろう。家族は助け合うものだものな………?」

 

 そしてそのまま、二人で一緒に暮らそう?何処か人気のない田舎で、二人で畑を耕して、支え合って、家族を作って、静かに暮らそう?そうさあの日、一緒に語りあって、約束した時そのままに、こんな家なんて放り捨てて………。

 

「はっ!ははっ!あはは!あははははっ!!」

 

 雛は高笑いした。狂ったように、狂喜するように、勝ち誇るように高笑いした。自身を取り巻く全てのものを、彼を取り巻く全てのものを見下し、蔑み、吐き捨てるように笑った。嗤った。嘲笑った。

 

「あぁ、楽しみだなぁ…………」

 

 甘い、恍惚とした声音が部屋に何処までも反響した。少女の深紅の瞳は、情欲によって何処までも仄暗く濁りきっていた………。

 

 

 

 

 

「っ………!?」

「……どうしたんですか?」

「い、いや………何でもない。ただ、何か寒気がしてな………」

「きっとあいつのせいだ」

 理由も分からぬ何とも言えないおぞましい感覚に身体を震わせた俺は傍らの少年の怪訝かつ警戒するような言葉に歯切れ悪く答える。うぬ……余りこいつの不信は買いたくないのだが、いきなり失敗したかな?

 

 鬼月の屋敷の裏手を進む俺と白若丸は暫し歩いてそこに辿り着いた。

 

 以前に言ったが下人衆は所詮退魔士達にとっては頭数が必要な際の駒であり、囮や様子見のために送りこむリトマス紙であり、究極的には消耗品でしかない。そしてそれ故の劣悪な環境によって反乱の危険性があるために可能な限りその結束を阻害するような制度となっている。つまりは待遇に差をつける訳である。分断せよ、しかる後に統治せよって訳である。大英帝国かな?

 

 末端の役職もない下人は粗末な長屋で集団での雑魚寝だった。班の長職となると一戸建ての掘っ建て小屋での生活だった。

 

 允職となるとその待遇は漸く多少贅沢、と言えるものとなる。住み家は班長同様に一戸建て、しかしその広さは遥かに大きい。一般的な村の農民の小屋数個分、といった所か。

 

 畳こそないが、敷き布団に枕は木綿や藁ではなくて綿製なので柔らかく保温性も高い。給金は下っぱ時代に比べれば軽く十倍以上となり、食事は材料が届いて自分で作る事が出来る。一人だけだが世話用の雑人が認められている。

 

 無論その待遇は他の衆の允職に比べれば多かれ少なかれ悪いが………それでも鬼月の一族や家人を除く屋敷の者達から見れば上の方と言って良かろう。ましてや末端の下人らからすれば羨ましい限りであろう。

 

 下手に普通の鬼月の退魔士相手には実力が隔絶しているので諦めようもあるが、允職程度であればやり様によっては勝てぬ訳でもなく、元は同じ下人、当然そこには嫉妬と妬みと含まれるのは必然。允職が手下を率いて蜂起するのをそうして防ぐ訳だ。……まぁ、仮に蜂起出来ても直ぐに鎮圧されそうだが。条件次第ではあるが基本思水一人で允職以下の下人衆を皆殺しに出来るからなぁ。

 

「ここだ。入ってくれ」

「えへへ、おじゃましまーす!」

 さて、そんな我が家?の戸口を開いて、俺は預りになった少年を招き入れる。  

 

「……………」

 

 少年は直ぐに家の中に入らず、沈黙したままちらり、と此方を見上げる。

 

 まるで少女のような子供だった。肩にまでは掛からない赤みがかった茶髪に薄い色の瞳、子供らしく瑞々しい肌に華奢な体躯。若干だぶついた水干を着こんだその子は一目見ただけでは少年とも少女とも確信を持って判断出来ないだろう。

 

 白若丸………貧しい農家の口減らしを兼ねて寺社に稚児に出されたこの少年はゲーム中において人間不信の塊であり、時としてそれは妖共や鬼月の当主や若作り婆の甘言に乗ってストーリーのバッドエンドの引き金にすらなった。

 

 同時にルート選択に成功すれば主人公陣営における貴重な支援要員としても重宝されていた人物である。好感度を上げれば誰得な主人公との濃厚なR-18シーンにすら突入する。男の癖に無駄に可愛くて地雷が少ないのでメインヒロイン相手に疲れた多くのプレイヤーが癒しを求めてこいつに走ったし、何なら某貴腐人御用達なイラスト投稿サイトではBLなイラストや小説の対象として重宝されていた。

 

「どうした?何時までもここに突っ立っている訳にもいかないだろう?」

「………分かった」

 

 何時までも入る素振りを見せないので俺はそう嘯く。そうすれば漸く覚悟を決めたように答えて、少年は家に足を踏みいれた。

 

「あ、お帰りなさいませ、伴部様。………この足音は、誰か御客様がいらっしゃるのでしょうか?」

 

 土手のすぐ側で座布団に座って編み物をしていた盲目の少女は俺達の足音に気付くと目を閉じたままににこやかに微笑んだ。

 

「えっ……?あっ………」

 

 寺社生まれの事もあってか、家に入っていきなりの女性の出迎えに少年は狼狽したような表情を浮かべる。どうやらこの出迎えは想定していなかったようだ。

 

(これは………使えるか?)

 

 内心でそんな事を考えながら、俺は出迎えた少女……毬に向けて返答する。

 

「あぁ。毬、只今。上司から預かる事になってな。お前より年下の子だ。仲良くしてやってくれ」

「それはそれは………毬と申します。宜しく御願い致しますね?」

「えっ……あ、はい………」

 

 目を閉じたままペコリと頭を下げる少女に、釣られるようにして慌てて少年も礼をする。流石寺社育ち、礼儀作法は心得ているな。

 

「兄貴、お帰りなさいですぜ………って、その坊っちゃんは誰ですかい?」

 

 そこに炊事をしていた孫六が此方に来て出迎える、とともに俺の連れてきた子供に怪訝な表情を浮かべた。  

 

「思水様から暫く預かるように命じられてね。いきなりで悪いが夕食の食器は四人分で頼む。それと、身体を拭くのに湯桶と手拭いを頼むよ」

「へ、へい!只今!」

 

 俺が命じると孫六は急いで準備を始めた。

 

 ………雑人の孫六とその妹の毬がこの家に住み込みしているのは彼ら自身の身の安全のためでもある。

 

 ゲームでも片鱗はあったし、以前にも少し触れたが雑人衆は他の衆に比べて選民意識のようなものがある。他の衆に比べて一番危険が少なく、主家の世話をする事もあって御近づきになりやすい。故に役得もあるし、何なら主家の者と仲が良ければ贔屓にもして貰える。人によっては教養も学んでいる。そんな訳で彼らは他の衆を見下している。

 

 ではそんな彼らの中にぽっと出の、しかも被差別階級の兄妹を放り込めばどうなるか………正直余り良い事があるとは思えない。

 

 特に妹の方は問題だ。兄の方はまだ過酷な仕事もしていたので鍛えられているし、何よりもゴリラ様が雇っているという事実自体が牽制となりえる。しかし、妹の方はあくまでも兄の添え物である。しかも目が見えず、碌に歩けないともなれば………何をされても誰に何をされているのか分からないというのは危険だ。というか実際にこの屋敷に来て暫くして髪を引っ張られたり、後ろから押されたりといった嫌がらせを受けた。

 

 なので允職に就いた俺は孫六からの願いもあって彼を専属の雑人にするようにゴリラ様に頼んで了承してもらい、序でに妹の方も屋内に置くようにした。どうせ俺の雑人になりたがる奴なんていないだろうから丁度良かった。

 

 そんな訳でこの一年余りの間、掃除やら料理、洗濯等の主だった家事は孫六にやってもらい、序でに妹の方は比較的危なくない、それ以外の家事………洗濯物の折り畳みや食材の水洗い、何なら最近は織物等の仕事もしてもらっている。流石に何も仕事をせず置いておける程允職は贅沢な役職ではないのだ。下っぱ下人時代とは雲泥の差であるがそもそも下人という立場が奴隷よりマシな程度の立場だからな………。

 

「伴部様、身体お拭き致しましょうか………?」

 

 土手に置いた湯桶に手拭いを浸して身体を拭く準備をしていれば、床に身体を引き摺りながらやってきた毬が遠慮がちに尋ねる。

 

 この一年余り生活して分かった事であるが、基本的に自身を兄の足を引っ張るお荷物と考えている彼女は事あるごとに何か手伝える事がないかを尋ねてくる少女だった。

 

(あるいはそれは自身の立場に対しての不安からか………)

 

 この世界は弱者に厳しい。ましてや目と足が不具となれば間引きされても可笑しくない。寧ろ、上流階級でもないのに今日まで生きられたのが異常なのだ。それだけ兄が必死に彼女を世話し、働いていたのだろうが………。

 

「いや良い。そこで休んで………いや、待て」

 

 俺は服を脱ぐ前にそれに気付いて白若丸の所に向かう。

 

「な、何だよ……?」

「そんなに警戒しなくて良いだろうが。そこの毬に手伝わせるだけだ」

 

 皺を作りながら水干を脱ごうとしていた白若丸を引っ張ると毬の側まで連れていく。そして逆に彼女の手首を掴むと白若丸の衣服の袖を掴ませる。

 

「丁寧に脱がせてやってくれ。多分高い服だからな。余り痛ませたくない。それと拭くのも頼むな?」

「分かりました。伴部様」

「えっ……?おい何を……うわっ!?」

 

 俺と毬の会話に困惑していた少年は、しかし次の瞬間には本当に目が見えていないのか信じられないくらい手際良く彼女に衣類を脱がされていく。

 

「うおっ!?や、やめ………!!?」

「おい、余り暴れるなよ?そいつは身体が強くないんだからな。客人は客人らしく大人しくしてろ」

 

 抵抗しようとする白若丸の頭をコツンと小さく小突いてから俺は少し離れた場所で自分の服を脱ぎ、湯を浸した手拭いで身体を拭き始める。流石に俺の立場では毎日入浴出来るような贅沢は出来ないので汗や砂埃等はこれで拭くしかない。

 

(それよりも問題は彼方か………)

 

 俺は面を外して衣服を脱ぎ、身体を拭きながらちらりとその方向を確認する。むずがるようにする少年とその身体を拭いていく毬の姿。原作のゲームに比べて大暴れしないのは相手がか弱い女性だからだろう。これが俺だったら下手したら怪我していたな。

 

 その境遇や性格から仲間に加えるにはそれなりに苦労するが、支援系の技や能力に恵まれたあの少年は主人公のチームに入れておきたい。原作スタートまで残り一年程、降って湧いてきたような機会であるがこの際都合が良い。今のうちに出来る限り性格を矯正したいものである。その意味ではいきなりの預かりではあったが幸運だったかも知れない。

 

 身体を拭き終わり、着替える。白若丸の衣服については俺の昔の……下人の訓練時代に着込んでいたもの……を使い回す。一応洗濯しているので汚くはなかろうが………後日にでも衣装代を請求するべきだろうな。

 

 着替え終わり、漸くすると夕食が出される。飯は白米……は流石に厳しいので白米と玄米を雑穀や大根の葉っぱ等で炊き合わせて水増し、粥としたものとなる。因みに粥にするのは嵩増しのためだけでなくて朝に炊いた飯を温め直すためでもある。鬼月家や公家大名家のように飯の度に釜を炊くような暇も薪も允職にはない。しかしながら、これでも下っぱ時代に比べれば破格の待遇だった。

 

 汁物は味噌汁、具材は豆腐と蕗の薹等春になって芽吹いた山菜である。副菜として同じく春になって伸び始めた竹林の筍と大根の煮物に土筆の醤油炒め、漬物は去年の冬に取れたのを漬けていた沢庵と白菜である。

 

「甘味に枇杷を頂きやしたので、食後にどうぞ」

「枇杷?」

「へい。姫様から受け取りました。頂き物ですが余るとの事でして」

「私も後で食べよ」

 話によれば橘商会からゴリラ様に贈与されたものの一部が更に流れたらしい。枇杷は暖かい南土の果物だ。しかもこの時節ともなると限りなく初物であろう。輸送費もあってそれなりに値が張った筈だ。そんな物を多すぎるからと渡すとは……相変わらずゴリラ様は物の価値に無関心な性格な事だ。

 

「成る程。では食後に皆で頂こうか」

「いや、それは………」

「遠慮するな。生果なんてどうせ直ぐに痛むんだ。さっさと食べきってしまうのが吉だ」

 

 孫六は俺一人で食べる事を前提にしていたようなので俺はそう言って自身の意見を押し通す。まぁ、余り一人だけ贅沢しても周囲のヘイトが溜まるしな。特に今回預かった餓鬼の前で一人贅沢は好感度に宜しくない。

 

「………さて、今更ながら改めて紹介するとしよう。思水様から俺が預かる事になった白若丸だ。此方は孫六、それに毬だ。名前くらいは覚えておいてくれ」

「えっ!?あ、うん………」

 

 四人分の御膳………と言っても漆塗りもされていない木製の膳に同じく陶器と木器の食器を寄せ集めて載せただけであるが……が用意され終えると座布団に座った俺がそう切り出す。腹が減っていたのかずっと膳の飯を見つめていた少年は不意を突かれたように動揺する。動揺するが、直ぐに姿勢を正して対面の二人を見やる。

 

「………此方に預りになった白若丸です。暫くの間お世話になります」

「早く出ていけ」

 そして上目遣いに、警戒するように、呟くように白若丸は答えた。それでもちゃんと返事は出来たのはやはり良く躾られているというべきか。

 

「へい。此方で旦那の雑用している孫六でさぁ。旦那、預かりと言いますが俺は此方の坊っちゃんにどう接したら良いんですかい?」

「ん?そうだな……下人か、家人か。思水様もまだ決めかねているみたいだからな。まぁ、客人としか言い様はないなぁ」

「成る程………」

 

 少々面倒そうに頭を掻く孫六である。まぁ、下人となったら兎も角、家人となったら目上になるからなぁ。どう接するべきか困るのも仕方無い。俺も内心で少し困っているくらいだ。

 

「お兄様………」

「ん?あぁ。済まねぇ。さっき旦那に聞いたと思うが此方は毬だ。俺の妹になる」

「改めまして、白若丸さん。毬と申します。残念ながら目と足が悪いもので御迷惑をお掛けするかも知れませんがその点は御容赦下さいね?どうぞよしなに御願い致します」

「は、はい………」

 

 目を瞑ったまま、しかし優しそうな笑みを浮かべて自己紹介する毬に、白若丸も再度よそよそしそうに、バツが悪そうに答える。まぁ、さっきまで目の前の彼女に服脱がされて身体拭かれていたからな。男相手でないにしろ、境遇的に色々意識するだろうさ。あるいは女性相手だから別の意味で意識するかも知れんが。

 

「っと、そう言えば俺も名乗るのを忘れていたな。このお屋敷、鬼月の一族に下人の允職にて仕える伴部だ。何度も聞いているので今更だろうがお前の身柄は俺が預かる事になった。色々思う所があるだろうが先ずはその事を理解して欲しい」

 

 そして随分後回しになった嫌いがあるが、俺は自己紹介をする。同時に遠回しに彼に置かれた状況を自覚させる。

 

「………分かった。つまり、あんたに逆らえば飯抜きにあうって事だよな?」

「それも含まれるだろうな」

 

 緊張と恐怖と警戒と反発……複雑に、しかし例外なく後ろ向きな感情をまぜこぜにした視線で少年は俺を射抜く。訪れる場の沈黙に異常を感じたのか孫六は動揺しながら俺と白若丸を見比べる。流れ始める剣呑な空気…………。

 

「あっ………?」

 

 それを終わらせたのは腹の虫が鳴く音だった。一瞬間抜けな雰囲気が場に流れる。

 

「あら?今の音、お兄様や伴部様のものではありませんね?となると………」

 

 目が見えぬ代わりに耳が良い毬がその腹の音が自分が今まで聞いた事のないものであると直ぐに見抜いた。そして音の鳴った方向を見つめる。

 

「白若丸さん?」

 

 毬のその呼び掛けに少年はただ顔を赤らめて俯くのみだった。身体がぷるぷると羞恥に震える姿は何処か可愛らしい。

 

「………まぁ、細かい話は脇に置いて、今は飯にするとしようか」

「………はい」

 

 俺が淡々とそう宣言すれば、傍らの少年は消え入りそうな声でそれに賛成したのだった。

 

 

 

 

 

「話には聞いたわ。また随分と珍妙な事になっているそうねぇ?」

 

 翌日の事であった。縁側にて控える俺に対して、障子の向こう側から愉快そうで、いたぶるような声が響いた。鈴が鳴るようなコロコロとした美声………。

 

「思水様より童を一人、預からせて頂いております。もうお耳に入っておりましたか」

「私は耳が早いのよ。特に貴方の事に関してはね?」

 

 悪戯っ子のようにそう嘯くゴリラ様。同時にするり、と衣装が床に落ちる音が障子越しに響いた。面越しに障子を見ればその向こう側にいる人物の影が見える。障子越しでありながらはっきりと分かる身体の豊かな曲線が何処か艶かしい。

 

 元より発育が良かったものの、この一年余りの間にそれは一層促進したようで、特に胸元に関してはもう原作のゲームの頃と殆んど変わらないのではないかというくらいに育っているように思える。どうやら着替え中のようだった。

 

 まぁ、それはそれとして。

 

「して、私を呼び出したご理由は?」

「そうガツガツしちゃ駄目よ?貴公子を目指すなら長長しくても姫君の話題に合わせなきゃ」

「下人に何を御求めなので?」

 

 若干呆れを含んだ声で俺は答える。尤も、この小娘が他者に虐めるように過分な要求をするのは原作のゲームでも似たようなものであるが。

 

「表現は正確にするべきよ。訂正なさい、下人ではなくて下人允職、でしょう?」

「………承知致しました」

 

 いや、どの道下人だろうが。

 

 ぶっちゃけ允職は確かに下人衆の中では格上ではあるが所詮は何処まで行っても現場組の責任者だ。技術と実学的知識は求められても教養なぞ求められてはいないのだ。淑女の持て成しなぞ都から文を送りつけて来る貴公子達にでも頼んで欲しいものだ。いやまぁ、ただの嫌がらせだろうけど。

 

「素直な返事で宜しい。そういう言い訳しない男は好きよ?さて、なんだったかしら………?あぁ、そうそう。此処に貴方を呼び出した理由だったわね?この前に合議があって、それ関係で貴方に仕事があるのよ。………その前に、白」

「ひゃい!!」

 

 ゴリラ様の呼び掛けに障子の向こうから慌てたような返事が響く。幼さの残る子供の声。

 

「そこの薬袋を渡してやりなさい。………丁度煎じ立ての物よ。泣いて受け取りなさい」

「はっ」

 

 俺は一層深く頭を下げて答える。うん、実際それに関しては泣いて喜ぶよ。冗談抜きで命に関わりますし。

 

「こ、此方、件の薬袋で御座います。どうぞ御受け取り下さいまし」

 

 ガラリと障子が僅かに開かれると少女の白く細い腕に支えられた盆が差し出される。その上に鎮座するのは縮緬の絹生地に金糸と銀糸で鮮やかに彩られた巾着……薬袋である。これだけでも一両はするな。

 

「慎んで承ります」

 

 俺は頭を下げたまま盆ごと薬袋を受け取る。受け取る直前にちらりと視線を動かせば高価な物を取り扱う故に緊張に顔を強張らせる白狐の少女の顔が視界に映った。白丁着の少女はこの一年余りの間で僅かながらに幼さが抜けているように思えた。子供というものは成長が早いものだと何となしに思った。

 

「少し長い期間の事になるから、今のうちに渡しておくわ。無くしたりしたら駄目よ?」

「ふふふ、無駄な努力なのに」

 そりゃあ、無くしたら終わりだからな。それにしてもまだ一月経っていないのに渡されるか………つまり、依頼は最低一月程時間を要するという事か。

 

 新たな任務についてそう推測しているとガラリ、と障子が開く音が鳴り響く。頭を上げなさい、という言葉と共に俺は普段とは趣の異なるゴリラな主人の出で立ちを認めた。

 

「……そちらは異国風の衣装でしょうか?」

「………反応が薄いわね?もう少しあからさまに惚けてくれても良いのよ?残念だけどまた減点ね」

「良いなぁ、私も着たいなぁ」

 冷笑を浮かべるゴリラ様の出で立ちは普段の一単のような和装とは違っていた。

 

 前世でいう所の唐装漢服………この世界で言えば大陸風というべきか。全体的に薄くゆったりとした生地は薄い桜色で、スカートのような裾が広がっていた。扇は南国からのものだろうか、孔雀の羽根を使ったもので、薄絹の羽衣を巻いていた。

 

 …………うん、これ見た事ある。某ソシャゲとコラボした時に書き下ろしされた限定衣装だ、これ。

 

「これより夏が近付こうという時節に丁度良さそうな衣装だと存じます」

「相も変わらず詰まらない返答有り難う。予想通りの言葉に大いに落胆しておくわね」

「良い気味」

 取り敢えずそれらしく感想を口にするが鼻で笑われる事になった。解せぬ。

 

「橘の商会の娘から贈られたものよ。夏先近いから衣替えの序でにって事かしらね。依頼前に礼物を預けるから、一度彼方に顔を見せてやりなさいな」

「使者、という事でしょうか?護衛なら兎も角、私自身が使者をとなりますと作法を知らぬものでして不相応かと…………」

「安心しなさい。それくらいなら私が教えて上げるわよ。公家やら大名相手なら兎も角、商人相手ならそこまで細かい作法なんてないから貴方の頭でも十分覚えられるわ」

「………はっ」

 

 正直滅茶苦茶面倒臭いのでお断りしたかったが意見具申しようとも多分速攻で却下されるので諦めて受け入れる事にした。允職に就いても上司からのパワハラは変わらないようであった。

 

「………して、任務とは?」

 

 一拍置いてからの俺の問いに対して葵は口元を吊り上げて笑った。愉快そうに、嗜虐的に笑った。この時点で、俺は依頼の内容が碌でもない類いのものである事を確信した。

 

「東の山里の方で最近とある妖共の被害が多くなっているそうなのよ。近々周囲の退魔の家々で集まって一斉駆除するから、その先遣隊を送り込むのですって。貴方はその隊の第二席よ」

 

 先遣隊の副指揮官、それだけであれば大した事ではないが………鬼月だけでなく複数の退魔士家で集い叩くとは。ゴリラ様は軽い物言いであるが内容は十分過ぎる程に深刻なものであった。となると相手は名もなき有象無象の妖ではないな。

 

「とある妖、ですか」

「えぇ。会合の年寄り共も困惑してたわね。南土なら兎も角この北土では滅多に見ないようなのだったもの。多分はぐれが勝手に繁殖したのでしょうけれど」

 

 扇で顔を扇ぎながらゴリラ様は嘯く。その情報からして既に俺は面の下で顔を引きつらせていた。脳裏には嫌な予感が渦巻く。  

 

「えっと確か件の妖の名は河童よ。………いえ、山に潜んでいるのだから山童というべきかしらね?そういう訳だから、精々励みなさいな」

 

 葵が飄々として口にした妖の名、それはこの世界に存在する妖の中でも殊更に厄介で、狡猾で、残酷な奴らを表すものであった…………。


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