和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 貫咲賢希さんよりまともな方々のイラスト二点を頂きましたのでご紹介致します。

 子供の日記念イラスト(白・毬)
https://www.pixiv.net/artworks/89618591

 鬼月刀弥イメージイラスト
https://www.pixiv.net/artworks/89634720


 また此方は別の方より製作して頂けたファンアートになります。尚、Gではない方でR-18なので御注意下さいませ
https://www.pixiv.net/artworks/89605636

 此方については作者的には四枚目が御気に入りです。この惨状を一番見られたくない相手であろう主人公と鉢合わせした時の絶望に歪む顔はきっと素敵だと思います(曇りなき眼)


第五四話● はんこー期

「もうやだよ…………」

 

 燭台で蝋燭の光だけが怪しく灯る薄暗い部屋内で俺はその声を聴いた。か細く、弱々しく震えるその声を聴いた。

 

「もうやだ……こんなお家なんてもうやだよ。広くても寂しいだけだし、お母さんのお墓参りにもいけないよ。お父さんとはずっと会えないし、あんな化け物に襲われて、それに………それに皆あんなに急に態度が変わって……怖い、怖いよ…………」

「止めろ。彼に泣きつくな」

 少女は嗚咽を漏らして泣く。鼻水を流して、涙をぼたぼたと流して泣きじゃくる。見映えなんて気にしていない子供の感情剥き出しの号泣………みっともない筈のそれはしかし、生来の彼女の美貌と艶やかな黒髪も相まって寧ろ悔しいくらいに魅力に溢れていた。

 

 しかし、それよりも俺の心中を支配したのは衝撃であった。俺はこの時気付いてしまったのだ。自分が不用意に首を突っ込んだ事で既に全ては定められた路線から外れてしまったのだと。決定的に、致命的に脱線してしまったのだと。

 

 そうだ、本来ならば彼女がここで泣き出す筈はなかったのだ。周囲から見捨てられて、無関心で存在しないような扱いをされていた彼女はしかし、あの襲撃を秘めたる力で打ち倒し、周囲から驚嘆されて、称賛される。そしてそこから彼女は自身の存在価値を見出して人々に恥じぬ行いに努める高潔な退魔士へと成長していくのだ。その筈だったのだ。それが…………。

 

「こんなお服もいらないよ。鼈甲の櫛だっていらない。息苦しい習い事なんてやりたくないよ。わたしはただ……ただ好きな人と一緒に、仲良く平和に暮らしたいだけなのに。こんなの……こんなの…………!!」

「笑わせないで。恵まれてる癖に」

 絹の縮麺仕立ての豪奢な和服を、その袖を皺が出来る程くしゃくしゃに握り締める彼女。女子ならば誰でも喜びそうな美しい服も、今の彼女にとっては何の慰めにもならなければ自身を苦しめるだけでしかなかった。

 

 考えれば当然だったのだろう。幼い少女が住み慣れた家から引き離されて、愛する母は苦悩に病み死に、唯一頼れる父からは距離を置かれる。父の行いが彼女自身を守るためであったとは言えそんな事幼い彼女が分かろう筈もなし。我が儘で粗雑に振る舞う彼女の心中は、ずっと孤独だった。そして俺はそんな彼女の絶望を余りに甘く見ていたのだ。原作では一人で立ち直れたからと。精々が自身の行いなぞ梃入れ程度の意味しかないと。

 

「いらない!いらないの!!いらないよぅ………!!」

「ふざけるな」

 地団駄を踏み、悲鳴を上げるように、黒髪の少女は……幼馴染みであり、主人であり、自身が利用しようとしていた彼女は訴える。慟哭する。泣き叫ぶ。癇癪のようなそれはしかし、幼い彼女の必死の助けを求めるための行動なのだと俺はもう理解していた。理解してしまっていた。

 

「ううう……ねぇ、助けてよ。助けてよ■■。何時もみたいにさぁ……お願い、助けてよぅ………」

「彼を迷わせないで」

 そういって彼女は此方に一歩近付く。すがるように、一縷の望みを掴むように、上目遣いで、不安そうに、しかし、確かに信頼するように。

 

 あぁ、間違いだった。大間違いだった。偏見だった。色眼鏡だった。彼女はそんな強い存在ではなかった。ただただ、我慢していただけなのだ。自身の心を誤魔化していただけなのだ。当然だ。無関心で、何処までも冷たかった周囲が自分の利用価値に気付いた途端に豹変して媚を売って来る光景なぞ、子供にとっては恐怖でしかない。

 

 きっと本来の彼女もまたただ堪えていただけだった。皆の期待に応える以外に自分の生きる価値がないと、存在する意味がないと、生き抜く道がないと思っていたから演じていただけなのだ。それを俺は、俺が関わったばかりに彼女に逃げ道を作ってしまった。助けを求める相手になってしまった。だから彼女は本来の道ではする事のなかった胸の内を吐き出した。吐き出してしまった。

 

 あぁ、失敗した。また失敗した。俺は愚か者だ。俺は結局人の心が分からないのだ。だからこんな大失敗をした。そんなのだから俺は前の人生でも…………しかし、今更後悔しても時間は戻らない。覆水は盆に返る事はない。

 

「■■………?」

「駄目、駄目だよ……やめて」

 怯えたように、心底不安そうに彼女は俺の名前を呼ぶ。無言を貫く俺の心中を思っての事であろう。きっと勇気を振り絞って彼女は助けを求めたのだ。拒絶されるのではないかという恐怖の中で自身の本音を吐き出したのだ。彼女にとってきっと俺は最後の希望だったのだ。実際はそんな大層なものではないというのに。

 

 だが………。

 

「………あぁ、大丈夫だよ。私が……いや、俺がお前を助けてやるからさ。絶対、約束だ」

「どう、して……?」

 俺は精一杯強がり笑みを浮かべる。必死に、安心させるように。少女はそんな俺の言葉に心から救われたように目を輝かせて、顔を綻ばせた。ぼたぼたと泣きながらも笑みを浮かべていた。悔しいくらいに嬉しそうに笑っていた。そしてそんな彼女を見て、俺は表面上ではにこやかに微笑みながらも内心では冷笑していた。彼女にではない。自分自身にだ。自分の愚かさを詰って。

 

 ………あぁ、そうだ、俺は愚かだ。それが自身の首を絞めるだけだって分かっている癖に、失敗するだけだって理解している癖に、未来を不確かにするだけだと分かっている癖に、家族のためにも、この世界のためにも、自分自身のためにもならないと分かっているのに、それでも俺は彼女の手を取った。取るしかなかった。

 

 だって、目の前で女の子が泣いているのにそれを見捨てられる訳、見放せる訳ないじゃないか?

 

「■■………!!」

「いや……」

 少女はぱぁと花が咲くような屈託のない笑みを浮かべると、そのまま感極まったように抱き着いてきていた。

 

「うわっ!?」

 

 それは勢い良く、すがりつくように、その喜びを、嬉しさを身体いっぱいに表現するかのようであった。いきなりな事もあって思わず俺はそれを受け止めきれずにそのまま倒れる。ふわりと髪が俺の顔に垂れて、爽やかな香水の香りが鼻腔を擽った。

 

「嬉しい!■■、ありがとう……本当にうれしい!!好き、好き!だぁい好き!!」

「………あぁ、俺もだよ」

「厭だ。止めて。盗まないで。お願い」

 俺の首にその白くて細い両腕を回して、服の上から俺の胸元に少女は顔を埋める。埋めながら甘える。

「私を置いていくの?」 

 何処か舌足らずで、しかし必死に拙い好意を、分別もない想いを体現する少女に、俺も落ち着かせるように、宥めるように抱き返してその背中を、その頭を擦る。擦りながら俺の表情は震えていた。しかし覚悟を決めていた。

「私はどうなるの……?」

 苦難の道だ。絶望の道だ。皆を苦しめる道だ。それでもやるしかない。逃げる事は許されない。だから、腹を括る。全てを救うために、俺は罪を犯す。沢山の人の心を傷つける。その先に最善の未来があると信じて。信じたくて……。

 

「大丈夫だからな。だから全部……全部俺に任せてくれ………雛?」

「逃がさない……」

 耳元で媚を売り続けてきた少女に甘言を吐きながら、部屋の襖の隙間から気まずそうに、怯えるように、それでいて困惑した表情で此方を窺う幼い少年を見つめる。視線が重なった。俺は目を細めて笑う。きっと酷くひきつっているだろう笑みを浮かべる。

 

 もし次に死んだ時には、きっと今度こそ地獄送りだろうな…………彼女の頭を撫でながら俺は他人事のようにそんな事を思った。

 

「逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない、逃がさない……」

 

ーーーーーーーーーーーーーー

「あっ……う……ゆ、夢……?」

「あっ…………、うわっ!?起きた!?」

 

 頭痛と筋肉痛と共に覚醒した俺が最初に目にしたのは少年だった。此方に顔を近付けて見つめていた少年、それと目が合うと相手は唖然とした表情を浮かべて、続いて彼は我に返ったように慌てる。最後は慌てて逃げ出すように立ち上がり頭を天井の岩肌にぶつけて悶えた。

 

『何をやっているのやら…………』

 

 耳元で響く呆れ果てた声。その声の主を探すように俺は頭の重みと筋肉痛に耐えながら周囲を見渡して、この場所が何処なのかという疑問を今更のように抱いた。

 

「洞窟………?」

 

 岩肌に触れながら俺は呟いた。洞窟の横穴のような天井の低い空間………ふと、俺はその人物の存在に気付く。横穴の奥で少女と何やら話していたその人影は驚いたように此方を振り向いた。

 

「驚きました………奴らの麻痺毒の効果は長期間続く筈なのですが」

 

 顔に包帯のように布地を巻いて、手袋に外套を着こんだその人物は恐らく俺よりも年下の青年。この出で立ちは………。

 

「隠行衆………か?」

「御名答。そういう貴方は下人衆ですね?それも允職の」

「あぁ……まさか、鬼月家の?」

「はい。直前の記憶はありますか?」

「直前………?っ!?」

 

 その質問に思考が明瞭になっていき俺は再度周囲を見渡す。そして混乱する。あの破落戸共は?河童は?蜘蛛共は?

 

「一体どういう……っ!?」

 

 立ち上がろうとして、しかし膝が痺れてよろける。

 

「意識は取り戻しても、まだ蜘蛛の毒は抜けきっていないようですね。無理はしない方が良いでしょう」

 

 丁寧な口調でそう語る隠行衆の青年の言葉に俺は苦虫を噛む。そしてそのまま頭を擦る少年に視線を向ける。  

 

「白若丸、これはどういう事だ?一体ここは何処だ?あれからどうなった?」

「えっ!?そ、それは………」

「余り矢継ぎ早に質問しても混乱しますよ。既に聞き取りはしました。此方で纏めてここまでの状況を伝えましょう。宜しいですかね?」

 

 動揺する俺に向けて隠行衆の青年は提案する。俺は一瞬迷った。恐らくは同じ鬼月家の隠行衆………しかしながら原作ゲームでも隠行衆はその役務柄、決して信頼出来る相手ではなかった。それに彼の背後に隠れる見知らぬ子供………しかしながらここで断るのもまた不自然ではある。

 

「………自己紹介、という訳ではないが名乗りくらいしてくれなければ信用出来ないな。我々の相手をする手合いを思えば理解してくれると思うが?」

 

 なので取り敢えず俺はそう口にする。相手を牽制し、探るためのある種の挑発であった。さて、どう出てくる………?

 

「………これはごもっともですね。失礼、では名乗りましょう。宇右衛門様が率いる鬼月家隠行衆所属、名を葉山と申します」

「葉山……?」

 

 その名前に聞き覚えを感じて、数瞬後に俺は内心で衝撃を受けた。隠行衆の葉山、その名前に俺は確かに聞き覚えがあった。それも前世、原作ゲームにおいてである。

 

 葉山………その本名を鬼月夜影、鬼月綾香の幼馴染にして、その本物の出自は鬼月家の分家たる羽山鬼月家、その妾腹にして唯一の生き残りである。

 

 裏設定では幼い鬼月雛の屋敷に妖を潜らせてまで暗殺を企んだのは羽山鬼月家とされている。雛の存在をこの家は毛嫌いして侮蔑していたが、偶然に彼が雛が霊力を暴走させて掌に小さな滅却の炎を生み出した所を目撃して、何となしにそれを父に教えた事がその引き金とされている。

 

 結局襲撃は失敗、羽山鬼月家は雛の父の逆鱗に触れてある事無い事押し付けられて処断される訳なのだが………その切っ掛けを作った彼は、しかし妾腹である事、幼な過ぎる事、綾香らの実家が助命を嘆願した事で命だけは助けられて鬼月家の血族からの追放と隠行衆堕ちが命じられる事になる。名前が葉山となっているのは羽山の血筋なのを証明するとともにそれともう縁切りしている事の双方を意味している。尤もそのお蔭か彼は鬼月一族の血筋としては比較的まともな人物に成長する事になった。  

 

 ………いやまぁ、原作での末路ぶりを思えばそれはそれで不幸だけどさ。このゲーム、なんでまともな人格な奴程酷い目に遭うの?

 

(……それでも信用は出来る、か)

 

 正直な話、彼は人を騙すような人間ではない。何か騙るとしてもそれは私利私欲のためではない。根本的には善良な人間なのだ、彼は。………何の因果か良かれと思った事が裏目に出る事が多いのは製作陣の悪意なので仕方ない。

 

「………允職?」

 

 絶句し、同時に納得しつつあった俺に対して困惑したように葉山は呼び掛ける。慌てて俺も自己紹介した。

 

「ん、いやまだ麻痺毒のせいか口が回らなくてな。分かっていると思うが鬼月家允職、名を伴部という。葉山か……何処かで名前は聞いた気はするな。分かった一応信じよう。但し、場合によってはこいつに裏取りさせるが良いな?」

 

 俺は白若丸を一瞥した後に問う。尚、当の白若丸は隠行衆の青年に何処か怪訝な表情を向けていた。何だ?後で聞いた方が良いかな………?

 

「………えぇ、構いませんよ。当然の義務でしょうから」

 

 葉山は一瞬沈黙した後に穏やかな口調で答えた。布地の隙間から見える表情は穏やかで何処か優しげであった。まるで何かを懐かしがっている………?

 

「では、答えましょうか。貴方方がここにきた経緯、それに彼女の事も気になるでしょう?此方としても色々と頼みたい事もありますしね」

 

 背後の少女を一度見つめてから、彼は俺達に全てを語り始める。俺は疲労した意識でそれに集中する。

 

 目覚める直前に見ていた夢の内容は、既に朧気になっていた………。

 

 

 

 

 

 俺達がここまで連れて来られた理由は大して驚くべき事ではない。蜘蛛共に繭に包まれて奴らの巣穴に連行された後、白若丸が俺の虎の子の短刀で繭を切り、しかしてそこを見つかって最終的には葉山に助けられた訳だ。

 

 それは良い。そんな事は良い。問題は彼の、彼らが集めた情報と導き出された状況だ。

 

「土蜘蛛だと……!?」

「はい。尤も、相当弱体化しているようなので一見すると分からぬかも知れませんが」

 

 俺の驚愕に対して葉山は補足する。

 

 土蜘蛛………あの忌々しい妖母同様に本を正せば神格に位置する最上位の人外、とは言えそれも今は昔の事。

 

 正確に言えば北土蜘蛛………かつては白奥の街のある霊脈の土を住処として北土に広く支配域を有していたそれも朝廷の拡大に従い押され、遂には純然たる神格から妖へと引き摺り下ろされて「殺せる存在」にまで零落した。その後は幾度も朝廷に挑戦し、その度に敗北して弱体化、遂には新参者の空亡に恭順してまで朝廷に敵対したがそれも敗北に終わる。ゲームでは前半や中盤に名前だけが匂わされて、一部のバッドエンドルートでは鬼月家の屋敷や都を襲う怪物共の一体として背景に描かれている。

 

 尚、漫画版では火の海となっている都で我が物顔で公家屋敷を襲撃している所を他の回でちらほらコマの隅に描かれていた陰陽寮所属の名無しの退魔士(ファン達の愛称は暴力幼巫女様)に直上からの膝蹴りで頭部を粉砕されて死亡する事になる。

 

 全体的には名前負けで情けない印象を受ける敵で事実ファンからも「名前負けの敗北者」等とからかわれているが………それでもその脅威は本物だ。特に俺なぞでは秒殺される事請け合いだろう。土蜘蛛は妖母と違って人間嫌い、捕捉次第撃滅される。恐らくは河童を広めたのもこいつの仕業だ。兵隊作りのためであろう。原作ではこんな話は聞かなかったが………。

 

 尤も、相手は相当危険な存在であるが、希望がない訳でもない。

 

「とは言え此度の討伐隊は相当な規模だ。河童や眷族も相当揃えているだろうが、負ける事はない筈だ」

 

 それだけ此度集められた退魔士達の数と質は凄まじい。拗らせ婆は式神で無数の河童共を死滅させてみせたが他にも破魔矢一族は妖特攻の弓使いの退魔士一族、夜叉神家からは赤穂一族に有するものに匹敵する妖刀の使い手が派遣されている。

 

 原作プレイヤー達にとってのNTR師匠でありトラウマでもあるマジカル摩羅棒君の生家、名門宮鷹家に至っては秘術によって神力を持つ下僕を複数使役している事で有名だ。当然ながら元神格たる土蜘蛛にとっては天敵であろう。犠牲は出るだろうが最終的には敗北は有り得ない。寧ろこれまでの例からして討伐隊は土蜘蛛が逃げる事をこそ警戒する筈だ。

 

「はい、そうです。陣容については聞きました。しかしながら……いえ、だからこそ問題なのです」

「?奇妙な言い回しだな。どういう意味だ?」

 

 苦々しそうに答える葉山の言葉に俺は問いかける。嫌な予感と共に。  

 

「………奴は、土蜘蛛は霊欠起爆の準備をしています」

「っ!?」

 

 戻ってきた返事はかなり最悪の部類のものであった。俺は思わず絶句する。恐らくは式神越しに監視している松重家の少女も同様に息を呑む。この手の知識を一切知らぬ白若丸のみが訳の分からなそうに首を傾げていた。

 

(「霊欠起爆」………人類側の切り札であり、大乱の時代に乱発された最大級の禁忌の技術、だったか?)

 

 設定によれば元は大陸王朝において確立した技術であるという。星から流れる生命の恵みをもたらす力、それが通る道である霊脈。それを意図的に閉じ、充満する霊気を臨界まで溜めて一気に解放してそれを純粋な破壊の力に転換・消費する………その技術は霊脈を酷く傷つける代わりに個人は無論、儀式による集団霊術をも超える広範囲破壊をもたらす。漫画や海外スピンオフゲーでは起爆と同時に爆発の茸雲が発生する事でそれを表現している。

 

 茸雲の表現からも分かる通りにその破壊力の代償は大きい。意図的に充満した霊気は故に濁るように腐蝕し、悪性の性質を帯びるようになる。霊気の充満と解放にはそれを行う事実上の生け贄が必要であり、しかも駄目押しとばかりに広範囲に破壊と共にもたらされる汚染された霊気は数十年から数百年という長期に渡って土地を劣化させる。それは人間を始めとした動物や植物だけでなく、妖にすら及ぶものだ。一応防護服はあるが正直無いよりマシ程度の効果しかない。というかそんな汚染地域で当然のように朝廷は退魔士や兵士を送ったりもしている。アトミック・ソルジャーかな?

 

 尤も、質でも量でも劣る朝廷にとっては寧ろその性質は都合が良かったとも設定されている。大概の場合、陥落間近の霊脈を明け渡すくらいならというノリで自爆させていたとか。意図的に汚染地域を作る事で空亡ら妖の軍勢の侵攻ルートを限定させて戦力の集中も図る事が出来たとも、事実上、種の生存をかけた戦争において朝廷は手段を選ばなかったらしい。

 

『………事実でしたら大変な話です。ですが妙ですね。霊欠起爆は妖が出来る類いのものではありませんが』

 

 懐疑的な口調で俺の耳元で囁くのはこれまでずっと沈黙を守っていた蜂鳥であった。そう、確かに「霊欠起爆」という単語は衝撃を受けるが解せない点がある。

 

 あの技術は霊力を扱える退魔士が細々とした下準備をしなければならず、しかも起動にも同じく霊力を扱える者が必要だ。妖単独で出来るものではない。その点について俺が尋ねると葉山もまた頷く。

 

「お詳しくて説明する手間がいらず助かります。確かに妖単独では不可能です。ですが確かに下準備は為されていました。それに……起動に関して言えば問題はありません。起爆剤は現地から調達したようですから」

「現地……?そういう事か!!」

 

 葉山の言葉に一瞬疑念を持つが直ぐに答えは思い浮かんだ。

 

 この郡を受け持っていた退魔士達の死体は見つかっていない。河童共に食われたものもあるだろうが………死体がない以上は死んでいるとは断言出来ない。

 

『成る程、その手がありましたか。脅迫……その必要もありませんね。洗脳か幻術か、究極的には生命活動さえしていれば良いので脳を壊すなり寄生するなりして身体だけ操るという手もありますか』

 

 牡丹は納得したように囁く。いや、確かにそうだけど……そんなグロい想定を何で一瞬で思いつくんだよ。

 

(問題は下準備の方か、「霊欠起爆」は禁術だ。地方の小退魔士家が知っているとは思えないが………)

 

 しかしながら土蜘蛛は長命だ。やり方だけならば調べようがあろう。あるいは繋がりがあろう救妖衆にはやり方を知っていても可笑しくない者が幾体かいる。何せ元退魔士の裏切り者までいるのだ。その伝でも頼ったか。

 

「待て、まさかその子供は………」

 

 そして俺は漸く葉山の背後に隠れる子供の出自を理解した。

 

「はい。この巣穴を見つけて調査中に救出しました。どうやら予備として捕まっていたようです」

 

 蓮華家の鬼月家とも所縁のあるこの少女は起爆剤の予備として捕まっていたらしい。他にも数人確保されていたようだがそちらは既に重傷だったり警備が厳しくて接触出来なかったりしたらしい。

 

 そして最早死人同然の有り様なのを無理矢理生かされていた彼女の姉からの要望を受けて、葉山は姉を楽にした後に妹たる桔梗を連れて逃亡しようとした。

 

「残念ながら追撃厳しく結局脱出は叶わなかったものでして……今はこの隠れ家に潜伏している次第です。どうにか隙を探そうとしたのですがね………遅かったようです。もう討伐隊が来ているとは」

 

 葉山は何とかして討伐隊にこの事実を伝えるか、あるいは起爆の妨害を行いたかったようだがその前に事態は動いてしまった。

 

「そちらの状況を聞く限り、恐らくは既に陣営にも襲撃が行われている筈です。しかしながらそれは罠です。自身の存在を見せつけて巣穴に討伐隊を誘いこむ積もりなのでしょう」

「そしてドカン、か。洒落にならんな」

 

 そして俺達の採りうる選択肢は限られていた。巣穴を抜け出そうにも警備は厳しくて困難、巣穴に討伐隊が進軍してから報告しても間に合うかどうか………間に合っても信用されるかはまた別問題である。

 

「………俺達でやるしかない、か?」

「桔梗様の身を御守りする必要もあります」

「あぁ、そうだったな。………流石にこの年では戦力に数えるのは厳しいか」

 

 ちらりと少女を一瞥して俺は判断する。恐らく十歳にもなっていまい。ゴリラ様だって初実戦は十歳を過ぎてからだ。ましてゴリラ様はまだ名家出身で才能もあったが蓮華家は歴史が長い訳でもない。退魔士としての素質では遥かに劣る。そもそも蓮華家の扱う術では蜘蛛は兎も角河童との相性は悪い。

 

「自分は起爆の阻止に向かいます。允職には彼女を保護して何とか討伐隊に合流して頂きたい」

「正気か?一人じゃあ無理だろう?」

「起爆の阻止は難しいでしょう。ですが時間稼ぎは出来る筈です。允職も彼女も、ここで死なれては鬼月にとって損失です。桔梗様が入れば討伐隊も多少は信用するでしょう」

 

 葉山は答える。布地の隙間から見える瞳は決死を覚悟した者のそれであった。

 

「葉山………?」

 

 不安げに隠行衆の青年の名前を口にする少女、桔梗……恐らくはここ幾日かの間何度も共に死線を潜って来たのだろう。彼女の声音には確かな信頼の感情が見て取れた。

 

「桔梗、大丈夫だ。此方の允職は俺よりも腕は確かだ。きっと助かる」

 

 親しい口調は相手を安心させるためだろうか?俺の時とは違って砕けた物言いで彼は桔梗に向けてそう語る。

 

「………見上げた忠誠心とは思うが死に急いでいるようにも思えるな。他にもやり様はあるだろうに」

「……いえ、ありませんよ。どの道私には先はないですから」

「?それはどういう………っ!?」

 

 俺の疑問は直ぐに氷解していた。彼は顔を覆っていた布地をほどいていたから。

 

 布地の下から見えるのは緑色の肌であった。鱗が生えた滑り気のある緑色の肌。顔の三分の一にまで広がった明らかに人から逸脱した姿。

 

「それは………!?」

「幸い、霊力が妖力に変質しつつあります。俺一人ならば多少ならば誤魔化せるでしょう。……はは、まぁ最後の奉公という訳ですよ」

 

 自身が異形の怪物に変貌しつつある事実を見せつけて、隠行衆の青年は苦笑した。それは何処までも諦念に満ちた悲しい笑い声であった………。

 

 

 

 

 

 

 化物の洞窟の隠れ家にて相談が行われていた頃、それは巣穴へと辿り着いた。

 

『糞っ!!糞っ!!おのれ……おのれ猿共めぇ………!!』

 

 地蜘蛛の眷族共に掘らせた地下坑道より巣穴に帰還した土蜘蛛は顎に咥えていた繭を地面に落とすと呻きながら呪詛を口にする。その声音は何処までも深い憎悪の念が込められていた。余りの情念から、それ自体が一種の言霊術と化していて場に邪気とも言うべきものを集める。いや、より正確には霊脈から溢れる霊気を自らの負の力でもって邪気に変質させて引き寄せていると言うべきか。

 

 無論、それはどのような妖でも出来るものではない。土蜘蛛というかつて神座にすら居座っていた特級の怪物だからこそ出来る馬鹿げた所業であったが………それを誇るような事は蜘蛛はなかった。蜘蛛の自尊心は既にぼろぼろであった。

 

『人形神だと………!?あんな……あんな紛い物を、私への当て付けか!?忌々しい!!忌々しい!!』

 

 偶然であるとしても元神格であった土蜘蛛にとって人造の神である人形神をぶつけるのは最上級の嫌味以外の何物でもなかった。侮辱であった。侮蔑であった。

 

 そして何よりも、自身が今やあのような人造の神相手に押される程度の格しかない事実こそが蜘蛛にとって許しがたい屈辱であって、認めがたい現実であった事であろう。

 

『あぁ憎らしい!!腹立たしい!!畜生……畜生がぁ!!』

 

 人間達への憎しみを、怒りをひたすらに吐き出して、蜘蛛は震える。そしてその巨大な顎を四つに裂くと場に溜まる邪気を、妖気を一気に吸い付くしていく。そして………。

 

『あぁ……ああ゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙!!!』

 

 蜘蛛は叫ぶ。怒り狂ったように、苦しむように叫びながらその身体をミシミシと軋ませる。そしてその背中が「裂けた」。

 

 強固な、しかし多くの退魔士との戦いで酷く傷ついた外骨格を引き裂いて、その内より出でるのは真新しい身体であった。まだ乾いていないが故に柔らかさのある、表面がねばついた、しかし確かに傷のない身体。そしてもがくように身体を震わせれば裂け目は更にミシミシと広がる。

 

 蜘蛛という生き物は蟹や海老同様に節足動物であり、骨を持たず全身を殻に覆われている。故に蜘蛛はその成長の際に脱皮をする。そして、土蜘蛛程の格のある大蜘蛛にとってはその恩恵は単なる成長以上の意味合いもあった。

 

 即ち、再誕である。

 

『ア゙あ゙あ゙!!?あ…アァ………』

 

 ぞろり、と蜘蛛は脱皮すると足を、「八本」の蜘蛛足を確かに伸ばして見せた。

 

『はっ!!』

 

 人形神によって引き千切られた足が再生していたのだ。真新しく、それでいて残りの七本よりも細く短めの足、再生………それを見つめて蜘蛛はそのおぞましい風貌で人間でも理解出来る程にほくそ笑む。

 

『ふっ……ふはははっ!!どうだ、猿共め!!あの程度、あの程度の醜い土偶で私が討たれるものか!!傷つけられるものか!!私を……私を誰だと思っている!この北の土を総べていた私は、私は………!!ははははは!!!!』

 

 蜘蛛は狂ったように奇声を上げる。勝ち誇るように叫ぶ。しかしながらそこにはどうしようもない虚無感が読み取れた。

 

 事実、それは虚しい所業であった。確かに生まれ直したようにも思えるがそれは完全ではない。

 

 回復しているように見えるのは外見だけ、その内の筋繊維は未だにズタボロで、何よりも邪気を食らう事で蜘蛛は更に神格より遠ざかる。永遠にして無限の存在から有限にして定命の存在へと堕ちる……それは元の霊脈から追放されて以来少しずつその身に進行していた変質であり、大乱において霊脈の毒を幾度も受けてからは加速度的に悪化したものであった。

 

『はは!はははははっ!ははは…はっ……はぁ……はぁ……はぁ……………』

 

 洞窟全体に響き渡る高笑いは、しかし次第に疲労困憊したように徐々に小さくなっていく。そして、次の瞬間には蜘蛛は疲れ果てたように己を抱くように足を閉じ、その瞳を閉じて、踞る。踞りながら縮んでいった。どんどんと小さくなっていく大蜘蛛の影………。

 

「ゔっ……ぐゔっ゙………くっ、全くもって忌々しい!!」

 

 その変貌が収まる頃、洞窟に響き渡ったのはおぞましい怪物が無理矢理に発声させるようなそれではなくて、極々自然な人の声音であった。事実、かつて大蜘蛛がいたそこにぽつんと踞るのは人であった。小さな少女の姿………。

 

 小柄で線の細い身体に黒い長髪、黄金色の瞳に泣き黒子を持つ一糸纏わぬ少女、その姿は幼いながらも息を呑みそうな美貌であり、同時に明らかに人間離れしたように妖艶で、触れがたい異様な雰囲気もまた、醸し出していた。

 

「……出迎えか」

 

 力なく項垂れていた少女はその気配に気付いて気だるげな声で一人ごちた。

 

 カサカサ……そんな音と共に踞る少女の周囲に何時しか集うのは蜘蛛の妖共である。彼らは少女の周囲に侍ると自分達の糸を紡いで作り上げた羽衣を恭しくその背中に被せる。まるで絹のような艶をしたそれは同時に神気を帯びた呪具でもあった。かつての神の眷族達がその内に残る神気の残滓を糸に練り込んだ羽衣………。

 

「うむ、貴様ら。世話をかけるな。………行こうか」

 

 少女の形をした怪物は謝意を伝えるとともにそのか細い肢体を立ち上がらせる。そしてふと己の手足を一瞥しながら呟いた。

 

「チンチクリンか………確かに否定が出来んな」

 

 それは碧鬼に言われた言葉を思い出してのものであった。

 

 かつては巨躯の僧兵や都の姫君に化けて人を襲ったものであるが、今の姿は単に己の身体から染み出す妖気を節約するためのものに過ぎない。故に小柄な人の童に近い姿だった。何時の時の事か、たまたま記憶に朧気に残る少女の姿を模した変化………。

 

「食うなよ?……その生き餌は最奥の間にでも吊るしておけ。尤も、奴らがあんな場所まで来れるとは思えんがな」

 

 自身が落とした繭に集る眷族共に向けて蜘蛛は注意した。確かに女の退魔士の血肉は極上の味わいだろう、涎を垂らすのも分かるがここで食べられては敵わない。

 

『チッチッチ………』

 

 子蜘蛛共の幾体かが不満げに顎を鳴らすが、少女の姿をした主人が一睨みすれば恐縮したように縮み上がり、渋々とその言に従う。蜘蛛はそれを確認すると残る眷族らを従えて歩き始めた。

 

 全く、あの程度の命令に反発するとは………その事だけを切り抜いても蜘蛛は自身の力の衰えを嫌でも自覚せざるを得ない。残念ながら蜘蛛の力が弱り、神格から離れていく程に作り出せる眷族の質は下がる一方だ。その糸は低質になり、その躯は小さくなり、その頭は馬鹿になりつつある。此方の命令に従い切れぬものや、理解しきれぬものも増えていた。

 

 嘆かわしい事であった。これでは正に下等生物ではないか。理性なく、知恵もなく、本能でのみ動く愚かな存在………これでは退魔士共の目を非難出来ぬではないか。そう、まるで害虫でも駆除するかのような――我々を殺す時のあの蔑みに満ちた眼光を。

 

「忌々しいな。………眼光、か」

 

 そして今更のように彼女は悠久のように長い記憶の、ある一つの断片をその脳裏に思い出した。

 

 そうだ、あの目を見たのはこのチンチクリンな身体の参考にした人間と遭遇した時の事だったか。あの餓鬼に付き従っていたあの人間の眼光。恐れだけでなく、しかして侮蔑はなくて、畏敬と、殺意と、そして………。

 

「………ふっ、今となっては詮無き事か」

 

 どの道全ては過去の事である。油断していたとは言えその時はまんまと出し抜かれて食い逃がしたものの、定命にして短命の人の時間感覚を思えば既に生きてはいまい。

 

 ………最早、相対する機会はなかろう。

 

「………下らぬ感傷だな。碧鬼の言葉に影響されたか?馬鹿馬鹿しい」

 

 訳の分からぬ拘りを持つ自殺願望持ちの鬼の事を思い出して蜘蛛は冷笑した。冷笑しながら眷族共を連れてその歩みを再開する。そう遠くない内に巣穴に攻め寄せる人間共を歓待してやるためにやるべき事は幾つもあったから。

 

 嘲るように、そして空虚で疲れ果てたような冷笑は、洞窟の中に何処までも反響していた…………。


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