和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 貫咲賢希さんからファンアートを頂けましたのでご紹介致します。

 ネタ画像集
https://www.pixiv.net/artworks/89850413

 土蜘蛛(ロリ)イメージイラスト
https://www.pixiv.net/artworks/89874960

 また別のイラストレーター様もPIXIVでイラスト投稿して頂けたようですので此方もご紹介致します。
https://www.pixiv.net/artworks/89813814

 素晴らしいイラスト、有り難う御座います。


第五五話● ネバネバ食品は身体に良い

「………以上が、雛姫様が仰っておられた内容です」

 

 深夜、薄暗い鬼月の屋敷の一角の広間で彼らは集まっていた。中央に置かれた行燈で分けるように左右に列を作り座布団に鎮座する彼らは俺の言葉に耳を傾ける。そしてそれが終わればふんっ、と小さく鼻が鳴る。不機嫌そうな、不愉快そうな音であった。

 

「そうか、雛姫はそのような事を」

「全く何時までもお立場を理解して下さらぬとは、情けない」

「卑賤な母方の血ですかな?実に素晴らしい才があるというのに嘆かわしい限りですな」

「全く、屋敷に引き取られてから不自由なき生活を保障してやっていたというのに………傲慢な事よ」

 

 俺が頭を下げて彼女の……鬼月雛の動向について現状報告に、一族の長老方が口々にそのように嘲りを含んだ口調で囁き合う。

 

 それはある意味では失笑するべきものであった。確かに衣食住は保障していただろう。しかしそれだけの事だ。これまで卑しい農家の娘として冷遇して塩対応で接していたものを、異能に目覚めた途端に豹変したように厚遇すれば誰だって不信感を抱くのは当然……いや、寧ろ子供だからこそ恐怖を感じるだろう。その事を無視して雛の軽率な企みを嘲るのは不平等な態度と言うべきであった。

 

 ………無論、思っていてもおくびにも出さないがな。

 

「それにしても、貴様も失態だな。何がたかが蝋燭に火を灯せる程度か。あれほどの異能があるというのに全く気付かぬとはとんだ節穴よ」

「左様。とんだ間抜けよな」

 

 そして何時しか非難の矛先はそして俺にも向かう。一人の男が大層不満げに俺の監視の目の甘さを批判して、詰る。予想されていた事であるし、ある意味ではそれは無茶な因縁という訳でもなかった。

 

 そうだ、俺はこれまで彼らに対して雛の力を過小に報告してきた。彼女の秘めたる真の力を知りつつもそれを報告して来なかった。とは言え、嘘を言っていた訳でもない。事実彼女があの襲撃で覚醒するまで、指先に小さな火を灯す程度の力しかなかったのは事実なのだから。あくまでも俺が知っていたのは前世の知識のお陰に過ぎない。そして、俺がそれを秘めていたのは究極的には自身の保身のためだけに過ぎなかった。

 

 そう、下手な介入で物語が脱線するような事態を防ぐために………尤も、それはもう手遅れであったが。

 

「そう言う事も無かろうて。そやつとて碌に霊術の手解きなぞ受けておらんのだ。霊術の良し悪しなぞ分かるまいて。それに本格的に覚醒したのはあの一件が初めてだとか。仕方あるまい」

 

 グチグチと、嫌味のような非難を止めたのはそのような弁護であった。肥満体の男は扇を扇ぎながら宣うとふぅ、と息を吐いて冷えた砂糖入り麦茶を飲み干す。直ぐに空になった茶器を見ると、彼は女中を呼んで新しく淹れ直すように命じる。

 

「何にせよ、これまで通りに貴様は雛姫の傍らにお仕えする事じゃ。そして今後はより一層目を光らせておく事よ」

「左様、此度の失態には目を瞑ろうが二度はないぞ?たかが貧農の小僧が屋敷に置かれる理由、そのためであるのだ。努々忘れるなよ?」

「………御意に。今後は雛様の御言動、より一層注視して監視致しまする」

 

 鬼月家長老らが脅しを兼ねた言葉で命じるのを、俺は無表情で恭しく答える。

 

 そう、彼らにとって俺は所詮はその程度の存在でしかない。鬼月雛という小娘の御守り兼監視役………それが俺がこの屋敷で課せられた役目であり、たかが貧農の餓鬼が分不相応な待遇を受けられている理由である。霊力を感じ取る事が出来て、その上で雛のような癇癪持ちの世話が出来るような忍耐力のある人間………その条件に当て嵌るが故に今の俺の立場があったのだ。

 

 つまり雛を出汁にして俺も甘い汁を吸っていた訳だな。その意味では彼らを非難する資格はないだろう。

 

「……宜しい。もう夜も遅い、下がるが良い」

「はっ」

 

 その言葉と共に俺は今一度恭しく頭を下げて、そして躾られた通りの所作で退席する。

 

「………ふぅ」

 

 襖を引いて隣の控え室に下がると周囲を警戒する。式神等の類いが何もいない事を確認すれば、俺は深く息を吐いていた。今更のように額に汗が流れている事に気付く。どいつもこいつも、俺よりも遥かに濃厚な霊気を纏う奴らばかりであるのだ。その圧の前に緊張し、恐怖するのはある意味当然の事であった。

 

 いや、嘘だ。本当に緊張していたのは霊力だけが理由ではない。本当の理由は………。

 

「………記憶を読まれなくて助かったな」

 

 面倒で時間もかかる故にそうそうないとは分かっていたが安堵から俺は思わず小さくそう呟いていた。そして心臓の鼓動を落ち着かせてから、自身の宛てがわれた部屋へと戻る。

 

 俺は控え室の障子を開き、屋敷の縁側へと出る。夜間の縁側は満月と優美な枯山水の庭園を同時に鑑賞出来た。思わずその美しさに足を止めて見とれ、しかし直ぐにその足音に気付いて俺は横に視線を向けた。

 

「あっ………」

「ん?こんな時間に……あぁ、お前も長老達に呼ばれたのか?」

 

 良い子は寝ているような時間に縁側を歩いている人影に俺が呼び掛ければ、呼ばれた幼い少年は困惑した後に不安げにこくりと頷いた。その表情は気まずげだった。

 

「えっと………」

「こんな時間に呼び出しとかきついよな?はあぁ………眠いなぁ。育ち盛りなのにこれじゃあ背が伸びないぜ?」

 

 動揺する彼に向けて俺は盛大に欠伸をして苦笑する。そんな俺の態度に少年は更に恐縮する。相も変わらず腹芸が出来ない奴だな。そんなのだから監視役なのを雛にすら見抜かれるんだぞ?

 

「その………」

「話は聞いているよ。親父があんな事して………お前も大変だよな?俺からも出来るだけの事はしてみるよ。これでも結構上には気に入られている方だしな?」

 

 隙あらば取り入るために媚びを売って来たので、自惚れではないがお側人や雑人の中では結構顔が広い方だと自認していた。原作知識で各人の性格や好み、地雷を把握出来ているお陰だ。

 

「い、いえ……それは………その、怒っていないの?」

 

 年下の少年は此方を窺うように尚も不安そうに怯えていた。脅されたとは言え雛や俺を父に売ってしまった事を気にしているのだろう。

 

 別に憎しみはない。怒りはない。………いや、そこまでは割り切れないが理解出来ない訳ではない。彼には元より選択肢なぞないのだ。

 

 妾腹の、立場が不安定な子供に危ない秘密を守れなぞ酷な話だ。ましてやあの気性の荒い、直ぐに手を出す屑男の事となれば………だから彼は父に雛の力を教えてしまった。原作の通りに。

 

 そして………今は俺と雛の監視も命じられている事であろう。それを助命の条件だと言って。鬼月の長老達ならばそれくらい平気で言おう。一応媚びを売りまくって信用は高い方だろうが、それでも俺は何処の馬の骨とも知れぬ貧農の餓鬼で、あいつらは鬼月のお偉いさんだ。身分の壁は高く、厚い。気に入られているとしてもそれは対等ではなくて、精々がペット感覚に違いないのだ。

 

 まぁ、普通に考えれば程々に甘い汁を吸って生きる分にはそれで十分なのだろうが……はは、皮肉だよな。原作を知っているからここまで上手く取り入れたのに、そのせいで今のまま安穏と出来ないんだからよ。

 

「その、雛姫様との………」

「しぃ、余り不用意にその話はするな………何処で誰が聞いているか分からないだろ?」

 

 そんな事を考えていると、我慢出来ないとばかりに彼がそれを口にしようとして、それを制するように俺は自身の口元で人差し指を立たせて警告した。険を込めて圧迫するように警告した。壁に耳あり障子に目ありが比喩じゃないのがこの世界であり、不用意な会話は余りにも危険な事を俺は知っている。

 

 ……まぁ、この振る舞いは欺瞞なのだが。俺からすれば寧ろここで誰それの式神が聞き耳立ててくれていた方が都合が良かった。

 

「あっ……わ………」

「良いか?騒ぎになって何か聞かれたら西の土壁の穴から逃げるって相談していたと言うんだぞ?……その間に俺は雛と抜け道から逃げる。前にかくれんぼしていた時に見つけた、あの蔵の地下部屋の隠し通路からだ」

 

 囁くような俺の言葉に少年は俺を上目遣いで暫し見つめて、そしてこくこくと必死に頷く。俺はその反応に満足げに笑みを浮かべる。

 

 演技だった。俺はこの少年を嫌っていないし、同情している。だがしかし、信用はしていなかった。きっと彼は俺達の本当の抜け道を教えてしまうだろう。鬼月の長老達の尋問にこんな幼い子供が耐えられるとは思わない。

 

「そ、その……いいの?」

「何をだ?」

「ぼ、僕にそんな事教えて………」

 

 仕方無い事だったとはいえ、遊び相手として弟のように可愛がってくれていた俺達を裏切った事に対しての事だとは直ぐに分かった。

 

「誰だって失敗はあるからな。雛なんて失敗してばっかだろう?それに比べれば、な」

 

 実際我儘の癇癪持ちな雛は良く悪戯したり、馬鹿な思いつきをして失敗したりする事は珍しくなかった。尤も、彼女の場合は周囲が育児放棄して不器用過ぎる父親が必要以上に距離を取っているというのも理由だが。子供が騒ぐ一因は周囲に構って貰いたいからだ。

 

 ……まぁ、そもそも全部嘘なんだけどな?

 

(俺も性格悪いな………)

 

 彼に教える「本当の抜け道」もまた欺瞞だった。真にこの屋敷から抜け出すのに使う通路は原作で知り得た秘密の抜け道だ。雛も知らない、眼前の少年も見た事がない、誰にも教えた事もない。誰も知りようがない。バレる訳がない。そして重要な事は、彼もまた嘘をついてはいない事だった。

 

(本当に協力されたら、それこそ折檻なんかじゃ済まないだろうしな)

 

 だから騙す。この少年に偽りの計画を教える。全ては俺が狡猾で悪辣なだけなのだ。それで良い。悪評は俺一人で受け持てば良い。誰も悪くない。

 

「………ご免なさい」

「謝る事じゃねぇよ。さっ、早く長老達の所に向かいな」

 

 俺が促せばこくりと頷いて少年は歩みを再開する。それを一瞥して俺は自室に戻ろうとして……次の瞬間、此方に戻ってくる足音に振り向いた。

 

「そ、その……!!」

 

 目の前で足を止めた少年は此方を見上げる。そして祈るように小さく呟いた。

 

「その……頑張って下さい!雛姫様の事、どうか頼みます!」

「………あぁ、分かっているよ」

 

 その言葉に、俺は一瞬息を呑んで、しかし直ぐに答えた。安堵したように少年は一礼して控え室へと向かう。そして俺は暫しの間その後ろ姿を見つめていた。

 

「……全く、弱くて不器用な癖に」

 

 分家の、しかも妾腹が故に受け継げた鬼月の力は微弱で、その上にタイミングが悪い癖に妙に律儀なのは原作でも知っていた。そのせいで最後は幼馴染みだけでなくて己までも破滅してしまう馬鹿で哀れな少年だった。まぁ、俺が言えた義理じゃないけど。

 

「………無茶してくれるなよ?」

 

 俺は小さく、願うように呟いた。彼が変な正義感を出さない事を。きっとそんな事をすれば原作なぞとは比較にならないくらい彼の立場が悪くなるだろうから。

 

「……憎まれるのは、俺一人で十分だからな」

 

 紡がれたその言葉は庭先の鈴虫達の夜鳴きの前に消えていた。

 

 

 

 

 

 考えればこの時、もっと念入りに彼に忠告するべきだったと、後に俺は酷く後悔する事になる。最終的には俺の願いは裏切られたのだから。それも誰も救われない形で、皆の善意が裏切られる最悪の、最低の形によって…………。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

『チッチッチッチッ!!』

『キキキッ………!!』

 

 岩肌を晒した山間部の荒れ地に何百という河童と蜘蛛が待ち構えていた。岩陰に隠れて待ち伏せする怪異の群れは、しかし次の瞬間にその頭上から無数の光弾を食らい吹き飛ばされる。

 

 より正確に言えばそれは主に霊術の効く蜘蛛共を射抜く霊力を込めた爆裂の矢であり、同時に蜘蛛共を外したとしても岩に命中する事で岩を吹き飛ばし、その衝撃で飛び散る石礫をもって河童共を切り裂くという二段構えの攻撃であった。猛烈な攻撃の前に混乱する群れ。

 

 そして弓矢による炙り出しを終えた所で近接戦に特化した退魔士達が強化した身体能力で一気に跳躍し、肉薄する。その前面に立つのは大柄な、いや肥満体の中年男であった。

 

 河童共のど真ん中に降り立った肥満男、その良質な霊力に当てられた河童共は先程までの混乱を忘れたように一斉に男に襲いかかり、そして纏めて頭を叩き潰された。

 

 それを為したのは丸太であった。適当な場所から素手で引き抜き、同じく素手で削り取った細身の丸太。それを一振るいした。丸太自身は特別なものではない。ただその質量と振るわれた勢いそれだけで河童共は首から上を引き千切られて、そのまま頭は叩きつけられて潰れた果実のようになる。

 

『キキキッ……!!』

 

 真っ先に襲いかかった味方が無残に殺された事に対して、しかし河童共はそれを殆んど意に介さずに一斉に飛びかかる。個の意識が弱い彼らにとって仲間の死は大した意味はなかった。

 

「ふんっ!!」

 

 そして男もまたその反応を予想していたように、肥満体とも言える身体でまるで杖術のように悠々と丸太を振るう。一度の振りで数体の河童を纏めて叩き潰し、飛び掛かる河童を一気に丸太を振るって頭から地面へと捩じ込む。挙げ句には身体全体で丸太を振るい回せば揚力と遠心力を得てそのまま回転しながら滑空し、途中で捕まえた河童をそのまま群れに投げ込んで十数体纏めて巻き添えにして見せる。その間全身の脂肪がたぷんたぷんと間抜けな音を奏でるのが見る者にある種のシュールさを抱かせていた。

 

「ほぅ、あの数の河童相手に肉弾戦で無双か。余り退魔の任をした話を聞いた事がなかったが……意外とやるではないか」

 

 人形神の掌に立ち、下僕のように使役して戦況全体を観察していた宮鷹の老退魔士は先鋒を受け持つ鬼月の隠行衆頭を一瞥してそう評した。

 

 北土の名門退魔士一族鬼月家が隠行衆頭、鬼月宇右衛門の存在を老退魔士は把握していたし、その商才と政治力は理解していたがよもやここまで退魔士としての実力もあるとは正直意外であった。

 

 鬼月の前々当主たる父からは霊術呪術の類いの才に乏しいとして冷遇され、前当主たる兄からも愚図の愚鈍と蔑まれていたという話であるが………その戦いぶりを見るにその豊富な霊力を活かして身体強化に特化させたらしい。肉体を強化するのは霊力の最も簡単な利用方法である。

 

「それと、肉親の安否は心配といった所かの?」

 

 そして討伐隊として合流して以来昨日までの不本意そうな態度と、今目の前でのその旺盛な戦いぶりから老退魔士は推測する。鬼月から派遣された討伐隊の代表たる御意見番が蜘蛛に拉致されてから宇右衛門は豹変したように妖共を蹴散らし続けている。それ以前は幼妖一体すら相手にしようとせずに安全な天幕で砂糖水を飲んでいたというのに。

 

 陣地を襲撃した妖共は、その大将たる大蜘蛛が逃げ出したのとともに引き始めた。無論、それを許すような討伐隊ではなく撤退する妖共はその大半が殺戮された。

 

 しかし問題は有象無象の雑魚共ではない。神気すら放っていた大蜘蛛に同じく三体いた凶妖の内残る一体はまんまと逃げ延び、しかも大蜘蛛に至っては鬼月の御意見番を捕らえたとなってはこれを放置する事は出来なかった。その襲撃の手法から妖共は何等かの罠を張っている可能性も指摘されたが、同時に人質の安否と逃亡の猶予を与える事の危険性を危惧する声の方が大きかったのだ。

 

 特に宮鷹家同様に相当の戦力を動員していた鬼月家は迫撃を主張し、蜘蛛に身内を食われた数家の退魔士家が同調した結果、伝令を朝廷に送るとともに討伐隊は河童に感染していた幾人かのモグリや下人を始末して後に再編と進軍を開始した。

 

 進軍より丸一日、幾つかの伏兵を殲滅して討伐隊は発見した怪しげな洞窟に向けて進み続けていた。伏兵の伏せ方自体はかなり計算されているようであるが討伐隊は軽微な損害のみでそれらを掃討する事に成功していた。尤も………。

 

「所詮は餌だな。奴ら、儂らを巣穴に誘き寄せる気か」

 

 開けた地上に展開させた妖共が只の捨て駒に過ぎない事を老退魔士は気付いていた。恐らくは消耗を誘い、同時に此方が油断する事を狙っての事であろう。巣穴は決して広くはなく、投入出来る戦力も知れている。巣穴奥深くまで誘いこみ、隠し穴から後方を遮断する……そんな所だろうか?本能に忠実な妖の癖して小賢しい事である。

 

「隠行衆を中心に調査隊を先行させよ。本隊が進軍する前の露払いをさせるのだ」

 

 老退魔士は近場の部下に命じる。貴重な退魔士の損害を増やす訳にはいかない。ここは同じく此方も捨て駒で小手調べといくべきであろう。

 

「確実性を思えば休息と増援が欲しいのだがな。……あやつめ、似合いもせず前に出よって」

 

 舌打ちしながら老退魔士は捕らえられた鬼月の御意見番の事を思う。長い付き合いから彼は彼女の事をそれなりに熟知している積もりだった。常に冷淡で冷酷で、計算高く狡猾なあの女狐は同時に前線で戦う性格でも能力でもないのだ。それを………。

 

「………全く、厄介な事になったな。巣穴での掃討こそあれの式使いを重宝するものを」

 

 その意味ではあの大蜘蛛はあの場で最良の人物を拐う事に成功したと言えよう。その不本意な状況に、老退魔士は忌々しげに苦虫を噛み締める。

 

 眼前では先鋒を務める退魔士達によって怪異の群れが着実に殲滅されつつあった………。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

「洞窟に突入してきた討伐隊を迎え撃つために妖共が移動を開始した隙に起爆装置を解除、同時にその成否に関わらず此方は討伐隊に合流を図る、か」

『決して可笑しい作戦ではありませんよ。先ずもって起爆装置を解除する作戦は十中八九失敗しますからね。討伐隊に妖共の過半が誘引されるとしても隠行衆一人では成功する可能性は絶望的です』

 

 俺が痛みに耐えるように天井の岩肌を見つめながら呟くと、それを補足するように蜂鳥が耳元で囁いた。

 

 隠行衆の行為は限り無く無謀であった。成功すれば儲けものと言った所だろう。あるいは彼の行動自体此方が逃げるための陽動と自分自身という爆弾を引き離そうという意味合いがあるのかも知れない。

 

『寧ろ、私からすればあの男が本当に信用出来るのかこそが心配ですね。見たところ取り込まれているのは全体の三割方でしょうか?いつ脳まで河童が侵食するか分かりません。いえ、もう侵食されている可能性だってあります。発言が何処まで信じるべきなのか疑問です』

 

 恐らくは決死、いや必死の覚悟で事に挑む積もりなのだろう隠行衆の青年の言葉を、しかし蜂鳥は猜疑心に満ち満ちた言葉で勘繰る。

 

「辛辣ですね、貴女は」

『貴方がいつも甘過ぎるのです。良くもまぁそんな甘い考えで今日まで生きて来られたものですよ』

 

 俺の言葉に蜂鳥は目を細めて唾棄するように言い捨てる。式神越しでも分かる程の冷たい視線であった。そして残念ながらこの世界においては彼女の考え方こそが常識であり、正気の考え方であった。僅かの油断が、安易な楽観が、この世界ではおぞましい結果を生むのだから。

 

『それはそうと、また珍妙な事をするものですね。本当に動けるのですか、この程度の事で?』

「えぇ、完全にとは行きませんがかなりマシにはなる筈ですよ」

 

 そう小さく呟いてから、横に倒れていた俺はそれを見た。

 

「……よし、こんなもんでいいのかよ?」

「あぁ、上出来だ」

 

 怪訝な表情で確認する少年に向けて俺は肯定の返事をした。

 

 俺の下半身、足腰に巻かれていたのは布地であった。きつく、締め付けるように腰や足に巻かれた布地。

 

 所謂テーピングの一種である。筋肉を固定して、身体を支えるように締め付ける。意識こそ戻ったものの未だに麻痺毒で身体が痺れている身体を動かすための処置であった。まぁ、気休めだけれど。

 

「………あいつの提案、受けるか?」

「何か疑問点があるのか?あるなら聞くぞ?」

「いや………」

 

 白若丸は歯切れが悪そうにちらりと横穴の奥に視線をやる。座り込んで小刀にこびりついた血や脂を拭い、装備を確認する隠行衆の青年とその傍らから離れようとしない少女の組み合わせがそこにいた。

 

「………信用出来ないか?」

「そういう訳じゃないけど…………何か変に感じたんだよ」

「変?」

 

 白若丸の言葉は俺に首を傾げさせた。

 

「何というか………口調が、お前、あいつよりも偉いんだよな?」

「あぁ、一応な。まさか自分の時と態度が違うのが不服だったか?」

 

 白若丸と牡丹から、俺達を助け出す時の葉山の口調が高圧的だった事は既に聞いていた。その後の俺との会話が随分と慇懃だとも。尤も、それ自体は立場と状況の違いと言えばそれまでの事ではあるが………。

 

「別にそれは良いんだよ。そうじゃなくて………あいつの雰囲気というか、お前あいつと面識か何かあるのか?何というか……初対面にしては態度に違和感があるんだよな?」

 

 白若丸はどう説明したら良いのか分からなそうに、しかし必死に言葉を考えて説明しようとしているようだった。俺はそんな稚児上がりの反応を見て思考を巡らせる。

 

(妄言、とは言い切れんな。こいつは周囲の態度に敏感だからな………)

 

 寺院での待遇もあって人間不信気味のこの少年は、同時に観察力も高い。特に相手の情欲や悪意に対しては敏感なのはゲームでのストーリーでも表現されている。

 

(この反応からして敵意の類いでは無かろうが………)

 

 ちらり、と横目に俺は葉山の背中を見つめる。原作のゲームに照らし合わせれば少なくとも彼は人格的に常識人の善人ではあるが………いや、ここで問い質しても仕方無い、か。

 

「面識は……ないな。少なくとも直接はな。立場的に向こうが一方的に知っている可能性はあるだろうがな。一応留意はしておく。………それよりも、手順は理解したか?」

「え、あ…あぁ………」

 

 俺の質問に少年は一瞬困惑しつつも小さく頷いた。それはこの化物共の巣穴から逃げる際の手順である。

 

 どれ程の数がいるかも分からぬこの妖共の巣穴を、隠行衆と討伐隊という陽動があるとは言え、一体の妖と遭遇せずに脱出出来ると思える程俺も甘くはない。故にある程度工夫を必要とした。

 

「道具が揃っているのは幸運だな………」

 

 俺は腰元に装着させていた革製の道具袋の中身を確認して呟く。

 

 勾玉………それは古代において製造された文字通り球体を捻ったような形に削り取った装飾具であり、祭具であり、御守りである。翡翠や瑪瑙、水晶、琥珀等で作られる事が多い。

 

 恐らく前世において一番有名なものは「八尺瓊勾玉」であろう。所謂三種の神器の一つである。流石にそのまま同じものという訳ではないにしろ、この世界においても朝廷はそれに類する神器を有しており、特に勾玉についてはその由来もあって帝が常日頃より所持するある種の御守りとして機能している……というのは設定集に記述されている内容である。

 

 さて、前世において伝わる神話によれば太陽女神が岩戸の中に引きこもり世界が暗闇に包まれたのを引き摺り出すのに活用された「八尺瓊勾玉」であるが、今俺の手元にあるのはその大幅デッドコピーであり同時にある種のアンチテーゼ的な物だ。

 

「闇夜目隠之勾玉」は同じく所持者を守るための呪具であるが、その効力はオリジナルとは相反する。オリジナルが太陽の如き照りつける加護で守るとしたらこれはその逆で所持者をひた隠して守る。

 

 所持者を周囲の「盲点」に無理矢理捩りこむ事でその姿を隠すこの勾玉は、しかしモグリ共に気付かれたように視覚的以外には持ち主達を守れない。五感の鋭い妖共には尚更だ。視覚的に見えずともそれ以外の手段で索敵出来る妖は多い。実際の運用としても対妖というよりも対人用として朝廷の暗部で利用されていた。原作ゲームやノベル版でも主人公達を狙う刺客の装備として少しだけ登場したアイテムだ。

 

 五感の優れる妖共に効果は薄い……薄いが、それでも視覚的に見えなければやりようはある。

 

 そして今一つ、同じく都での騒動で俺の手足を縛るのに使われて、どさくさ紛れに密かに(牡丹が)回収した荒縄がこの際に役立つ。朝廷の各種機関で運用されているこの呪具「霊縛捕縄」はこの場においては本来の用途から思えば皮肉とも言える意味で活用出来る。

 

 妖共は霊力に反応する。霊脈に近しい空気に霊気が混じっているとしても、霊力ある人間の気配を誤魔化すのは容易ではない。特に俺や蓮華家の生き残りの少女はまだ身体から溢れる霊力の抑制や隠行術をある程度嗜んではいるが、白若丸は違う。寺社の稚児上がりはその手の技術を一切嗜んでおらず、その癖霊力は上質ときていた。

 

 そこで頼むのがこの荒縄で、こいつで身体の一部を縛る事で身体の外へと放たれる霊力をその内へと封じ込める。当然ながら霊術の類いは使えなくなるがそもそも今の白若丸はそんな技術はないので欠点にはなり得ない。

 

 視覚的に、霊力的な気配を消すのはこれで良い。最後に臭いを誤魔化す……これは極めて古典的な方法がある。人の臭いがするのならそれを別の臭いで上塗りして掻き消してしまえば良いのだ。即ち、妖の臭いで誤魔化す。

 

「河童の血は流石に不味いからな。蜘蛛を一体仕留めてその体液を衣服に塗り付ける積もりだ」

 

 某ジブリ作品の地走りの術と同じだ。贅沢を言えば仕留めた妖の腸を抉り取り皮を被れたらより良いのだが………河童や蜘蛛の皮なんてなぁ?いや、蜘蛛ならば脱皮の殻が何処かにある可能性はあるか?

 

「でだ、白若丸。我慢は出来るか?」

 

 ここまでの欺瞞方法を改めて説明しつつ、俺は再度白若丸に向けて尋ねる。覚悟を、尋ねる。

 

「それは……まぁ…………」

 

 俺の確認に、白若丸は苦い表情を浮かべる。彼の境遇を思えば当然の、いや人間として当然の反応であった。

 

 特に妖の体液で自分の服を汚すなんて誰でも嫌悪感を抱くだろう。人や動物の血ですら忌避感を抱くだろうにましてやおぞましい化物の血を、それも酷い臭いがするものを着こんだ服全体に塗り込むなぞ鳥肌物であろう。しかも、寺住まいの少年からすれば尚更だ。

 

「……別にそんなのは構わないさ。俺だって死にたくねぇよ。そもそも選択肢なんてねぇだろ?」

 

 気難しい表情で、しかし少年は覚悟を決めたように答えて見せる。子供が必死に強がり、耐えようとしている時の表情であった。

 

 ………どんな理不尽な現実でも逃げられない事を良く理解している目であった。

 

「……そうか、そりゃあ心強いな」

 

 その忍耐力が、覚悟が何時何処で身につけたものなのかを、俺は敢えて触れない。だから、せめて誉めた。

 

 誉める子は伸びる、という訳ではないが感情というものは言葉にしなければ伝わないものだし、誉められて嬉しくない人間はいない。だから俺は笑って少年を誉める。その忍耐力を誉める。そしてそのまま頭を撫でようと手を伸ばして………慌てて引っ込めた。 

 

(危ねぇ、こいつに男のボディタッチは宜しくなかったな)

 

 小さい頃の姉御様や白に対してと同じように思わず頭を撫でそうになっていた。残念ながらこいつにはその手の煽ては逆効果だ。実際、俺が手を上げた時に白若丸は一瞬緊張したように身構えていた。

 

「さ、さて………腹拵えでもするか?ほれ、干し芋だぞ?」

 

 取り敢えず誤魔化すように俺は飯代わりの干し芋を見せる。河童の襲撃からおおよそ丸一日程が経過していた。確か天幕で見た時には椀は二つ、中身はたっぷりと入っていた筈だ。

 

 つまりこいつは夕食を食べていないのだ。年頃からして成長期の子供である、しかも経過した時間からして空腹なのは間違いなかった。

 

「……食い物で釣る気かよ?」

「煩い、餓鬼は黙って食べていろ」

 

 そのまま俺は数枚の干し芋を押し付ける。量は少ないが栄養価は高くて消化に良く噛む必要がある。多少は腹は膨れよう。あ、喉が渇くから水筒の水は良く飲めよ?

 

「あのなぁ、俺は………」

 

 文句を言おうとした白若丸は、しかし腹が鳴る音が響くと恥ずかしげに黙りこんだ。

 

「腹の音で妖共に気付かれたら笑えねぇよ。いいから食ってろ」

「くっ…………」

 

 渋々と、不承不承といった態度で白若丸は受け取った干し芋を噛み始めた。俺もそれを確認すると同じように干し芋を噛み締める。噛み締めながら俺は横目にこの隠れ家の残る同居人二人を見つめる。………そして考えこむ。

 

(さて、どうしたものかね………)

 

 白若丸に対してはこれで良い。問題は残る二人であった。

 

 ………最悪その生き死にがストーリーの進行の上で必須という訳ではない。正直な話、彼が原作が始まる時点で死んでいても然程問題がある訳ではない。嵌められたり利用されたりして悲惨な最後を迎える役回りを別の人物が担うだけの事であろう。そも、どうやって彼を救うのかが問題だった。

 

(こんな時にツキがないな………)

 

 俺は懐を探り何度目かの確認を行う。当然ながらそこには何もなかった。手元の道具袋の中にもそれはない。当然だった。天幕の外で音がしてから直ぐに身支度して出ていったのだ。印籠は天幕の中に置いていってしまった。

 

 妖化抑制の丸薬、そしてそれを入れていた印籠………それが俺がこの場にない事実を悔やみ続けていた物品であり、葉山を救う上で必須の道具であった。

 

 悪名高き妖母の血、その侵食すらも塞き止めるゴリラ姫様お手製の丸薬、恐らくは相当貴重な材料をもって作り上げたそれならば河童化に対しても充分な治療薬となり得たであろう。問題はそれが手元にない事と、あったとしてどのようにそれを摂取させるかだ。

 

 物自体が存在しない上に、葉山とて自身がどのような状態なのかは重々理解している筈で、なればこそその治療薬等と言って渡しても信頼される訳もない。妖化を止める薬なぞ下人衆允職が手に入れられるものではないし、手に入れていたとしてそんな激レア薬を何を理由として保有しているのか疑いの目で見られるのは確実である。

 

「もの探しの術である程度の方向は分かるのだがな………」

 

 道具袋の中に納めた糸を妖の牙を削って象った針に通して俺は即製の振り子を作り出すと、触媒として自身の指の先を針で刺してその血を塗りたくる。そしてそのまま吊るせばゆらりゆらりと震える針は、しかしうっすらと、それでいて明らかにある一方に向けてその針の先を指し示していた。まるで見えない糸に手繰り寄せられているかのように。

 

(少しだけ動いている………白か?不味いな。それはそれであいつが危険だ)

 

 丸薬自体もその希少性故に下手すれば妖を引き寄せかねないが、そこは呪術的な処置の為された印籠の中であれば問題はない。問題は白自身だ。流石に巣穴の奥まで入ってくる事は無かろうが、半妖なんてものは化物のご馳走だ。自分から巣穴に近付くべきではない。

 

(どちらにしろ、手に入れて引き返して飲ませるってのは時間的に厳しいな。その前にタイムリミットが来そうだな)

 

 相も変わらず不都合主義……いや、この世界を基準に考えれば生きているだけで儲け物なのか?

 

「…………」

 

 見捨てた方が良いか?確かに生きていないよりは生きていた方が良かろうが……はっきりと言ってしまえば己の命を危険に晒してまでの価値があるかと言えば否定せざるを得ないのが実情であった。

 

 天災とも言うべき才能の塊たるゴリラ様は無論の事、白狐の案件だって陰陽寮頭に任じられるだけの実力を持つ吾妻雲雀を温存した上で狐璃白綺という地雷の撤去作業であり、赤穂紫だって笑えないくらいに不運なのを除けば普通にハイスペックだ。橘佳世は本人は兎も角商会のコネクションは魅力的だった。

 

 一方で葉山は別にそこまで本人が手練れという訳でもなければ、彼が死ぬ事で失われる人材がいる訳ではない。彼と関わりが深い人物と言えば鬼月綾香であるが……下手すれば寧ろ彼が死んでいた方が僅かなりとも彼女の生存に寄与する可能性すらあった。ルートによるがこの二人は互いを助けようとして下手を打って両方碌でもない目に遭う事も少なくない。

 

 総合的に考えれば、葉山という青年の存在はこれまで介入した案件と比べて危険を冒してまで救う価値は低い。ましてやこれまでの案件は多かれ少なかれ原作のイベントを反映していたものなのに比べて今回はヒントの一つすらない。先が分からな過ぎる。それが一番俺を迷わせる。

 

(賢者は危うきには近寄らず、か。問題があるとすればあの面倒な碧鬼くらいだが…………)

 

 どの辺りまでが鬼の合格ラインなのかが曖昧だ。原作で主人公様がイベントをこなす際の鬼の反応が数少ない反応例と言えるが…………かなり際どいな。英雄ムーヴ好きの癖に有象無象の名無しには関心がないからな。守りたかった村人を救えなくて泣き崩れる主人公見て下着濡らして陶然としているとか最早どんな神経しているんだよ、訳分かんねぇよ。

 

(下手すれば葉山のような特別感のない「モブ」よりも白若丸や蓮華の餓鬼の方に興味を持つ可能性もある。いや、そもそも助ける余裕があるのか?下手打って全員纏めて死亡なんて事もあるか………)

 

 俺は口元に手を当ててひたすら逡巡する。選択肢を間違えたらこの世界では呆気なく死んでしまうのだから。故に熟考に熟考を重ねて判断する必要がある。

 

 ………尤も、これ以上時間をかける余裕は最早ないようであったが。

 

「………ちっ、時間かよ」

 

 膨大な霊力を遠方に感じた刹那、洞窟全体に響き渡った激しい震動に、俺は時間切れの事実を認めざるを得なかった。糞、もっとゆっくりやってくれても良いだろうによ。

 

「来ましたね。……では、手筈通りに」

 

 同じようにそれを認めた葉山は装備を整えるとふらついた足取りで立ち上がる。傍らの少女が慌てて支えようとするのを手で制止する。そして俺を一瞥すると一礼して隠れ家の出入口へと向かった。

 

 清麗帝が御世の十二年皐月の二二日の正午頃、芦品郡の山間部に隠されていた化物共の巣穴に、朝廷から派遣された退魔士らの討伐隊は突入を開始した………。




 豚野ろ……宇右衛門様の冒頭の無双の元ネタはマトリックス2の広間での対スミスs戦、脂肪の塊がワイヤーアクションさながらの動きで暴れまわっています。

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