和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 貫咲賢希さんより葵姫でキスの日のイラスト頂きましたのでご紹介します。

https://www.pixiv.net/artworks/90043939

 活動報告に記しておりますが今章一部加筆・修正等(特に四九~五一話辺り)をしております。なので微妙に状況が変わっているので御確認下さいませ。


第五六話● 蜘穴入れずんば何を得ん?

 突如として、そして激しく巣穴に響く轟音、それが何を意味するのかは明白であった。

 

 人間共の襲撃………それに呼応するように広大な巣穴中に散らばっていた蜘蛛妖怪は一斉に動き始めた。糸の振動を通して伝えられる主君からの命に従って、彼らは次々と人間共が侵入してきている坑道の一つに向けて集まる。

 

 人間大の大きさを誇るその蜘蛛もまた、無数の同胞同様に人間共の迎撃に向かおうと巣穴を進んでいた。しかしその次の瞬間、蜘蛛はその気配に足を止める。

 

『………?』

 

 妖としての第六感でその微弱な霊力の気配を感じ取った蜘蛛は先ず首を傾げた。不自然さ故の事であった。

 

 霊気……それを感じる事自体は可笑しい事ではない。この巣穴はこの土地の霊脈の端に位置するが故に空気にも薄い霊気は含まれている。故にそれ自体は不自然な事ではない。しかしながらこの霊力は………この土地のそれとは何処か違う?

 

 蜘蛛はゆっくりと八本足をもって気配の出所に向けて進む。気配は岩肌に張り付けられた蜘蛛糸の膜の向こう側からのものであった。前足を器用に使って蜘蛛は膜を剥がしていく。そして………。

 

「悪いがそこまでだ。餓鬼共が怖がるからな」

 

 次の瞬間、横合いから響き渡る声に蜘蛛は咄嗟に振り向こうとする。しかし全ては遅かった。上から顔面を掴まれて押し潰されて、そのままグサリと頭部を深々と突き刺された蜘蛛は抵抗する事が出来なかった。暴れる事も、もがく事すら出来なかった。

 

 妖である、故に頭を突き刺されたとしてもそれがたかが普通の小刀であればこれ程呆気なく無力化はされなかったであろう。しかし柄に桜の紋が刻まれたその短刀は少々……いやかなり普通ではなかった。

 

 怪しげに輝く短刀の刃から滲み出て蜘蛛の全身を侵したのは呪いであった。丹念に練り込まれ、重ねかけされ、そこにこれまで命を刈り取って来た幾多の怪物共の怨念をも混ぜ込んだ呪い……それは向けられた対象をその肉体どころか魂まで拘束し、金縛りのように封じ込める。

 

「よし、お前ら。こいつを隠れ家まで引っ張るぞ」

 

 肉体は痙攣しながらも意識は残る蜘蛛は見た。短刀を自身に突き刺したのは人間であった。黒尽くめに般若面を被った男の姿。それは蜘蛛糸の膜を捲り、その向こう側で隠れていた小さい人間共に命令していく。

 

 侵入者?仲間に、主人に伝えなければ………しかしそんな蜘蛛の試みは打ち砕かれる。麻痺して拘束した身体では糸の振動を通じて同胞に事態を伝える事も、フェロモンを含んだ分泌液を生成する事も出来なかったのだ。

 

 まるで物のように引き摺り込まれる蜘蛛。横穴で隠れていた小さな人間二人は自身の姿に怯え気味であるように思えた。一方、般若面の男はそんな二人を尻目に蜘蛛の頭に突き刺さったままの短刀を引き抜く。

 

『………!!?』

 

 引き抜く際の乱暴な衝撃に蜘蛛は再度痙攣した。ねちょりと糸を垂れ伸ばしながら引き抜かれた短刀。しかし、それで終わりではない。

 

「さて、こういうのはまだ新鮮な内の方が血抜きしやすいからな。………さっさと捌くとしようか」

 

 男は淡々と作業するように呟いた。そして人語を解するだけの知恵はなくともその雰囲気からおおよその意味を理解した蜘蛛は、しかし………全身麻痺した今ではとりうる手段は一つもなかった。

 

 故に、蜘蛛はただただ、その残り少ない生の時間を、目の前の人間の手によって筆舌し難い地獄を味わう事になるのだった………。

 

 

 

 

 計画に従い葉山が隠れ家から立ち去った後、俺は通りがかった蜘蛛妖怪の一体を捕らえて、これを捌いていた。目的は人の臭いを掻き消すための即製の臭い消しとして、その体液を採取するためだ。そのためなのだが………。

 

「えぇ……?おい何でよりによってこんな色なんだよ。可笑しいだろ、蜘蛛って言えば緑とかだろが?」

 

 蜘蛛妖怪の腹を捌きながら俺は思わず呻き声をあげていた。正直これは予想外だった。

 

 緑色や青色の体液ならば俺も覚悟していた。しかし、いざ化物の腸から垂れ流れる体液の色はその場にいた全員の予想を裏切るものであった。何せ………。

 

「白濁、しかも気持ち悪いくらいに粘り気があるとか。………いや待て、これあからさまに狙い過ぎだろ!?」

 

 短刀にへばりついた粘性の体液を一瞥して俺は突っ込みを入れる。いや、可笑しいだろ。森で切り捨てた奴らはこんな色してなかったよ?何ならこの臭いって何?物凄くあれな臭いなんだけど?これどう考えてもそういうイベントのために設定してたよねクリエイター!?

 

『………種類が違うのでしょう。文献で読んだ覚えがあります。土蜘蛛は女王蟻のようにその役割に合わせた眷族を産み出せるとか。見るにこれは糸生産を主体にした眷族なのでしょう。体液の中に繊維のようなものが確認出来ます。この体液が糸の素となると思われます』

 

 蜂鳥が耳元で答えた。おう、冷静な説明有難う。けど微妙に口調に嫌悪感が混じってるぞ。誤魔化し切れてないぞ。

 

「…………」

 

 俺は視線を短刀から少年と少女に向ける。白若丸は思わず目を逸らす。まぁ、お前の方はそうだろうな。少女の方は良く分かっていないようで小さく首を傾げていた。ある意味それは幸せな事であった。意識したらやってられない。

 

「あー、うん。あれだ、言い出しっぺの法則って奴だな。責任は持つさ。………俺が最初にやるから良く見ておけ。それで、覚悟決めろ」

 

 そう言って俺は白い体液を見据える。短刀で少しかき混ぜたせいか少し泡立っていた。序でに言えばそのせいですえたような嫌な臭いも漂ってきていた。

 

「っ……!ええい、ままよ!!」

 

 暫し葛藤していた俺は、しかし覚悟を決めるように吐き捨てると短刀で掬った白濁色の体液を衣装に塗り込んだ。うわっ!?何この感触、気持ち悪!!

 

「ううぅ………」

 

 白若丸が明らかに引いていた。おい止めろ、そんな目で見るな。俺だって嫌だよ。というかお前もやるんだぞ?

 

「糞っ………こんな所で良いか?ほら、お前も覚悟決めてやれ」

 

 ある程度自身の装束をどろどろの白濁液まみれにした後、蜘蛛の死骸の腸に手を捩じ込み掬い上げた粘液を白若丸に差し出す。白若丸はそれを凝視すると顔を引きつらせた。気持ちは分かるが早くしてくれ。さっきからボタボタと体液が地面に落ちているんだよ。

 

「…………」

 

 その様子を見ていた桔梗という名の少女は自分から蜘蛛の腹の中に手を突っ込んだ。ぎょっとして俺と少年がその所業を見ていると、少女の方は黙々と自身の衣装……それもそこそこ値段の張りそうなそれに白濁色の体液を塗りたくっていく。流石は退魔士の生まれというべきか、箱入り娘の御嬢様と思っていたが意外と肝が据わっていた。

 

「…………分かったよ、やるよ。やれば良いんだろ?」

 

 自身より年下の、しかも女の子がそれをやった事に刺激されたのか意地を張るように、焼け糞気味に少年も覚悟を決めた。俺の手元の白濁液を拭うと白若丸はそれを一瞬顔を歪ませて見つめ、そして勢い良くそのまま自身の白丁服にそれをへばりつけた。

 

「うえっ………うぅ…………」

 

 やってからその気持ち悪さに身を震わせる白若丸。何なら少し涙目だ。それでも耐えるようにべちゃべちゃと体液を衣服に塗り込んでいく。やり方が下手なのか粘度が高いからか、まんべんなく塗りたくる事が出来ずに塗り過ぎた場所からずるずるだらだらと泡立った白い汁が滴り落ちていく。何だろう、顔には出さないが凄くいやらしく見えるな。

 

「ううぅ…………」

「あー、仕方ねぇ。俺に任せろ。………はは、こりゃあ酷いな。この一件が終わったらこの服は捨てるしかねぇ」

 

 流石にこれ以上は白若丸にも拷問だろう。代わって俺は白丁服を引っ張ると均等に蜘蛛の体液を塗っていく。俺や少女のもそうだが、これは後で焼き捨てるしかないな。洗ってもこのネバネバでは取れるか分からんし、臭いも染み込もう。お古で出しても誰も買わなそうだ。焼き捨てた方がマシだと思う。

 

「お、おい………!!?」

「文句言うなよ?不愉快だがこいつの血だって多くはないんだ。余りぼたぼた落とされたら量が足りなくなる」

「…………」

 

 俺の言葉に白若丸は無言で、しかし不本意そうに頷いた。………良く考えると女顔の幼い少年に滅茶苦茶臭う白濁色の粘液を塗っていくとかこの上なく酷いシチュエーションだな。

 

「さて、こんなものだな。それとこいつか。余りきつくは縛らないから我慢しろよ?」

「わ、分かったよ………」

 

 嫌そうにしつつも、若干涙声になりつつ少年は俺が荒縄を腕に巻き付けるのを目を逸らしながら耐える。俺も別に束縛プレイが好みな訳でもない。痕が残らないようにするのは勿論、動きやすく、痛まないように緩く白若丸の身体に荒縄を絡ませる。こいつの過去を思えばこうして黙って耐えているだけでも誉めてやるべきなのだろうな………。

 

「よし、出来た。後は………序でだ、こいつもお前が持っておけ」

 

 そして最後に少年の首元にかけるのは糸を通した隠行用の勾玉であった。

 

「えっと………」

「こいつをつけた奴と、そいつと触れている相手は視覚的には見えなくなる。白若丸、お前が持っていろ。それで、俺とそこのお姫様の手を繋ぐんだ」

 

 俺は当然として、少女も退魔の家の生まれ故に簡単な呪いくらいは使える筈であった。故に片手は自由にしたい。そうなると必然的に白若丸に勾玉を渡す事になる。

 

「落とすなよ?結構貴重品なんだからな?」

「……良いのか?俺に渡して?」

「一番効率的だからな。さて、時間も押してきたな。………行くぞ」

 

 周囲を警戒して、持ち物の確認を終えた後、遂に俺は少年少女に向けて命じる。

 

(心残りはあるが………今は目先の義務を果たすのが先か)

 

 葉山の事は心配ではある。しかし………物事には優先順位があるものだ。彼の事も無視出来ないが、だからといって目の前の子供二人を危険に晒すような身勝手な事は出来なかったし、同時に双方を選ぶ事もまた、出来なかった。

 

 自分の手が誰でも助けられる程長くない事くらい、俺自身良く理解していたのだから…………。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 蜘蛛の巣穴の奥地で下人達が行動を開始していた頃、地上の討伐隊もまた、行動を開始していた。

 

 実の所、妖の巣穴の攻略というものは歴戦の退魔士であっても容易な事ではない。

 

 物にもよるが、特に知恵ある妖共は洞窟や地下道を利用して巣穴を構築する例が多い。それは退魔士を始めとした人間達の討伐に備えているためだ。

 

 全体像、そして隠れる妖の規模が分からず、更には光源に乏しい故に視界が限定される………碌な備えなく、中途半端な戦力で妖の巣穴に突入すればたちまちに迷宮のように入り組んだ内部で迷い、横路から不意討ちを受けて、退路を寸断され、孤立無援の内に食い殺されるだろう。いや、それならばまだ良い。手足をもいで半殺しのまま保存食にされたり、化物を生む苗床にされる場合は暗い闇の中で長々と苦しみ続ける事になる。

 

 故に人間側が妖の巣穴を攻略する際には容赦しない。それは人質を兼ねた生き餌や苗床の存在があったとしても、である。

 

 先ず巣穴に複数の出入口がある場合はそれらを潰していく事になる。そして出入口を絞った所で大規模な霊術でもって露払いの攻撃を行う。特に火遁や水遁に属する術で巣穴を焼き尽くす、あるいは水攻めする。

 

 無論、知恵ある妖がその程度の事を想定していない訳もない。巣穴内部の構造によってそれらの攻撃が巣穴の最奥に届く事はない。精々が巣穴出入口の罠や伏兵を殲滅する程度であろう。その後内部構造や待ち構える妖の数や能力を判定するための捨て駒に下人衆や隠行衆を威力偵察に出して、彼らが持ち帰った情報を基に主力の退魔士達が進軍する……それがセオリーである。

 

 此度の討伐隊もまた、その基本に忠実に従った。各所の怪しげな洞窟等を悉く崩落させた上で最も大きな巣穴の入口を確保する。

 

 先行して巣穴周辺の安全した隠行衆、そのために払った犠牲は死者七名に重軽傷者一二名、決して軽いものではなかったが、それらは必要な犠牲として許容された。

 

 巣穴の出入口を確保した討伐隊より、理究衆の黒ずくめの男達が前進を開始した。提灯を各所に設置しながら進む彼らが手にするのは「帝国の業火」であった。

 

「着火用意」

「了解、着火します」

 

 前進しながら彼らは火炎放射器を起動させる。決して広くない洞窟内を焼いていくように炎の渦を流し込んでいく。特に奇襲のために設けられたのだろう糸で隠された横穴は焼き払った後に駄目押しに焙烙玉……原始的な手榴弾……を数個投げ込んで爆破する。巣穴の各所の隠し通路で伏兵として待機していた河童と蜘蛛は文字通りに炎と鉄片によって掃討されていった。

 

 いやそれは掃討というよりも駆除作業に近いかも知れなかった。淡々と、黙々と、為される害虫駆除作業……。

 

「けっ、良いのかよ?あんな玩具じゃあ小妖なら兎も角、中妖以上には効果は薄いだろう?」

「露払いよ。蜘蛛相手ならば兎も角、河童相手では我らの術は効かぬからな。どうせ隠れて待ち構えておるのだ。それを掃討出来ればそれで良いわ」

 

 巣穴の出入口で理究衆による駆除作業を一瞥して鬼月刀弥が舌打ちすれば、傍らで特注の床几に座り込み扇子で顔を扇ぐ宇右衛門が答える。

 

 ここに来るまでに討伐隊の先鋒として丸太を手にして乱闘を繰り広げてきた男は流石に疲労したのか全身汗まみれになっていて手拭いでそれを拭き取っていた。理究衆の露払いが終わり、偵察の下人や隠行衆らが奥地の調査を完了させ次第、彼らは討伐隊の第一陣として巣穴に前進する事になる。

 

「それにしても宇右衛門のおっさんも良くやるぜ。あんたあんなに動けたんだな?」

 

 刀弥は親族の長老に対して純粋に驚嘆するように尋ねた。鬼月家長老兼隠行衆頭、鬼月宇右衛門………守銭奴として財務や政略にこそその実力は買われていたものの、一族の中でも特に実戦から距離を離していたこの男がここまでの実力があるとは刀弥も想定外であった。

 

「ふん、御世辞はいらん。所詮は唯の力任せよ。特別な技を使える訳でもなし、芸がない事は理解しておるわ」

 

 鼻を鳴らしながら宇右衛門は言い捨てる。有象無象の妖共であれば、あるいは河童のような霊術の効かぬ特殊な妖が相手であれば宇右衛門の肉体強化は十分な効果があろう。

 

 だがそれだけだ。最上位の妖共の中には肉弾戦では倒せぬものもいるし、そもそも実体が存在しないものもいる。そんな相手には所詮物理的な攻撃手段しかない宇右衛門は無力であるし、それどころか鬼のように素の肉体が常軌を逸した頑健さを持つような存在相手ではどうしようもない。

 

 ましてや妖の中には初見殺しに近い力を持つものも多いとなれば、肉体強化にのみ特化した宇右衛門は、寧ろ弱点は多いとも言えた。そしてそれでも尚、彼はこの巣穴の討伐の最前線で戦う必要があった。

 

「胡蝶様が囚われたとなればな。儂が前に出ぬと周囲も納得しまいて。鬼月の威信にも関わる」

 

 討伐隊に参列する退魔士家の中でも宮鷹と並び名家と称される鬼月の派遣隊の代表が囚われたのだ。これを取り戻すために、あるいは死体を回収するために鬼月は縁者や此度の遠征で犠牲を出した家と組んで巣穴攻略を強行する事を提案し、討伐隊は結局はそれに応えた。

 

 討伐隊に参列する家の中には改めて準備をしてからと意見した家もあり、それを押し退けての攻略である。となれば鬼月の派遣隊の次席たる宇右衛門が陣頭に立つ必要があるのは当然の事であった。無論、宇右衛門本人としても実の母の安否を心配する気持ちはある。故に不慣れな現場仕事をする必要があった。

 

「儂の事はどうでも良い事よ。問題は鬼月の他の者らじゃ。貴様も無理はせん事だ。………それはそうと、聞いた話によれば下人共の方で問題があると聞いたが?」

「ん?あぁ……別に大した内容じゃねぇんだけどな。監督の允職が行方不明だとかで引き継ぎが混乱しているらしいぜ?一応序列は決めているようだから次の責任者は決まったが………」

「ふん、だろうな。アレは妙な所で頭が回る。それくらいの保険は掛けておろうて。実に狡猾な事よ」

 

 心底不機嫌そうに鼻を鳴らす宇右衛門に、刀弥は怪訝な表情を浮かべる。

 

「俺は余り面識がある訳じゃねぇが、隠行衆頭殿は允職の奴と面識が?」

「ん?………うぅむ、昔の事よ。今となっては最早関係のない事だ」

 

 顔をしかめての宇右衛門のその物言いはそれ以上何も言いたくなさそうな印象を受けた。

 

(これ以上追及したら嫌な顔しそうだな………)

 

 件の允職の話題が鬼月の者にとってある種の禁忌になっている事を刀弥は気付いていた。

 

 刀弥や綾香のような若い世代は詳しくは知らない。唯、鬼月の長老達にとってその下人は敵意と憎悪の対象になっている事だけは彼は把握していた。にも関わらず奇妙なのは今日の今日まであの男が生きている事、一族の姫である鬼月葵の手下として飼われている事、そして何よりも…………。

 

(………あいつとも、もう疎遠になっちまったしなぁ)

 

 今は隠行衆に所属するかつての昔馴染みがあの男の事を気にしていた事を刀弥は記憶していた。その詳しい内容こそ語ってはくれなかったが………彼が刀弥や綾香の下を去った時の事を刀弥は今でも記憶していた。

 

(何かあった時には手助けして欲しい、か。そういうのは普通自分に対してだと思うがな)

 

 相も変わらず御人好しな奴だったと刀弥は行方知れずの昔馴染みの事を思った。綾香はこの討伐遠征中ずっと捜索しているが未だに行方は知れない。しかし………あの昔馴染みも世渡りが下手ではあるが馬鹿ではない。そう簡単にくたばるようなタマとも思えなかった。

 

「……まさかとは思うがばったり出会ってたりしてな」

「ん?何か言ったか?」

「いんや、ただの独り言ですよ」

 

 怪訝そうな表情を浮かべた宇右衛門に適当に誤魔化して刀弥は周囲を見渡す。巣穴の入口ではある程度の焼却作業を終えた理究衆が地上へと戻り、代わりに各家の下人衆が巣穴内部の調査と罠の排除のために次々と侵入を開始していた。その中には鬼月の家の下人衆も含まれる。北土でも三本の指に入る規模を持つ退魔の名家となれば、その管轄域に比べて人手不足ではあるもののその下人衆の数自体は多いのである意味当然の事ではあった。あったが………。

 

「ん?ありゃあ………」

 

 その黒づくめの集団の中で刀弥は奇妙な人影を認める。一人は明らかに子供で、服の隙間から狐のような尻尾がはみ出ていた。そして今一人は下人にしては明らかに場違いに質の良すぎる弓を背負った、きょろきょろと周囲を窺う少女………。

 

「おいおいあの馬鹿、紛れ込むにしてももっと上手にやれよ………」

 

 目的は分かっている。この討伐遠征に志願して同行して以来ずっと彼女は探していた。下人共に紛れ込んだのも、少しでも早くあいつを見つけるためなのだろう。にしても他にやり様もあるだろうに………。

 

「ちっ、面倒臭せぇな………」

「?何処に行くつもりだ?まだ下人共の調査は終わっておらんぞ?」

 

 その場を去ろうとする刀弥に対して宇右衛門が尋ねる。退魔士は貴重であり、態態雑魚共相手に霊力の無駄遣いは誉められたものではない。

 

「なぁに、そんな奥まで行きませんよ。ちょいと肩慣らししにいくだけでね」

 

 刀を肩に乗せてそんな風に嘯きながら、刀弥は仄暗い洞窟の中に足を踏み入れていった………。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

「さてさて…………行くぞと大言壮語を言ったものだが、早速難題に遭遇したな」

 

 鍾乳洞のような構造の洞窟内に生える岩柱、その影から俺は蜘蛛共の大行進を見つめていた。小柄のものは人の赤子程、大柄のものはそれこそ小屋程の大きさはあろう大小の蜘蛛の怪異共の大行進……。

 

『地上に向かっていますね。恐らくは迎撃のためでしょう。後を追いますか?』

「後を追えば自動的に地上でお仲間と合流、か」

 

 予想されていた事態、寧ろ当然の選択ではあった。

 

 葉山がこの巣穴に潜入するために使った通路は十中八九埋められている事は既に分かりきっていた。巣穴から逃げ出される可能性を阻止するために妖の巣穴駆除においては突入する入口以外の逃げ道を事前に潰していく。当然ながら俺達が逃げるためにはその唯一の出入り口に向かうしかない。

 

「分かってはいるがやってられないな………」

 

 襲撃前に巣穴から逃げる?不可能に決まっている。こんな騒ぎでも起きなければ餓鬼二人を連れて巣の妖共を誤魔化しながら地上に出るなぞ夢のまた夢である。直ぐに気付かれて横穴から大量の新手が現れて包囲殲滅陣されるだけであろう。

 

 尤も、上層の味方に会えても油断出来ない。妖は卑怯で下劣だ。巣穴に捕らえた人間を罠として利用する。故に俺達の存在を見つけてもそのまま攻撃してくる可能性は非常に高かった。「罠かどうかなぞ考える必要はありません。先ずはぶち殺しましょう。違っていたら違っていた時です」とは初代退魔七士が一人、寛仁上人の有難い言葉である。おい坊主、仁の心は何処に置いてきた?

 

(下に降りてくる鬼月の下人衆か、もしくは綾香辺りと接触出来れば良いのだがな)

 

 流石に鬼月の下人衆であれば俺を直ぐに攻撃する事はあるまい。綾香も、人質捕られてハラボテさせられるような脇の甘い性格なのはこの際好都合だ。問題は実際に接触出来るかだ。特に綾香の方は弓矢が主装備なので最前線まで出張って来る可能性は望み薄だろう。

 

「ちっ、文句ばかりは言ってられねぇか」

 

 何はともあれ行動せぬ事にはどうしようもない。蜘蛛共が過ぎ去ったのを確認した俺は一度下がる。そして周囲を警戒しながら岩陰の一角へと辿り着く。

 

「だ、大丈夫か………?」

「馬鹿、解除しなくて良い。腕を握ってくれれば共有されるんだから」

 

 腕に握っていた勾玉の効果を解除した白若丸に俺は小さな声で叱りつける。勾玉を握った人間とそれと触れる者は視角の盲点に入るが互いの姿は見える。態態効果を解除しなくても俺の手に触れてくれればそれだけで十分なのだ。実際、傍らの少女の方は無言で白若丸を見つけていた。

 

「よし、勾玉を握っておけ。………足音を立てずに向こうのあの通路を行くぞ」

 

 俺が先頭に立って、手を繋いで巣穴を進み始める。途中で俺が手信号で停止や右折左折等を予告する。

 

 洞窟の足場はお世辞にも良いとは言えなかった。それが故意である事は明白であった。障害物と遮蔽物の多さは進軍を遅らせて、伏兵と罠を張るためのものであった。

 

『前方に注意して下さい。糸が張られています』

 

 その蜂鳥の警告に俺は足を止める。白若丸がどうしたんだとばかりに此方を見上げるのを、俺は腰元から桜の刻印が刻まれたゴリラ様謹製の短刀を取り出して教える。

 

 光が暗いのはその罠のためでもあるのかも知れない。つんと揺らせば限りなく透明で細い蜘蛛の糸が揺れる。問題は揺れる事であった。

 

「はは、マジかよ。今ので切れないのか?」

 

 呪いに呪いを重ねて鍛えたであろう短刀の切れ味は其処らの安物とは比較にならない。大半のものは触れただけで切り裂けるのがこの短刀なのだ。それが力を入れなかったとは言え刃を当てても揺れるだけと来れば………。

   

(ここで気付かず進んだ討伐隊が数名サイコロステーキになるわけか)

 

 思い浮かぶのは前世のゾンビウィルスを主題にした某シューティングゲームである。映画版は一作目が一番原作の雰囲気あったよね。

 

『糸の切断は止めた方が良いですよ。切断と共に接着した岩肌が爆裂する罠が仕掛けられています』

「ベトコンかよ…………」

 

 前世風に例えればワイヤートラップの仕掛け手榴弾添えって所か?何にせよ悪質な罠だ。

 

「壁伝い………は無理だな」

 

 ちらりと見たが見事に粘着性の糸で作られた蜘蛛の巣が出来ていた。触れたが最後剥がれずもがけばもがく程に身体に絡み付き締め上げる事になるだろう。

 

「隙間を通る他ないが………敢えて抜け道を作って罠を仕掛けるって事もあり得るか」

『ですね。私が調べましょう』

 

 ちょんちょん、と蜂鳥が肩から降りててくてくと糸の合間を進んで罠の有無を調べていく。

 

『………ここの道ならば這いながら進めばどうにか抜けられそうですね』

「ここか。少し厳しいが……他に道もないか。よし、俺が先導する。付いて来い」

 

 そして俺達は地面を這うように前進を開始する。凡そ百歩余りの道を慎重に這いずりながら進むのは怪我をしないようにだ。より正確には怪我をして血が流れる事を防ぐためである。こんな場所で血を流してみろ、あっという間に化物共が寄ってくる。

 

「よし。もう少しだな………………っ!!?」

 

 蜘蛛妖怪製ワイヤートラップの中を抜け切る直前の事であった。俺は咄嗟に手信号で止まる事を命じた。そのほんの数秒後にそれは現れる。

 

(こりゃあまたでかいな………!!)

 

 中妖、それも上位に入るだろう大型の蜘蛛……女郎蜘蛛の妖が横穴から現れると通路を進んでいく……と足を止めた。八つの目玉が俺達を、俺達のいる場所を見つめていた。

 

「っ………!?」

 

 視線を合わせた白若丸が思わず悲鳴を上げそうになるのを口を押さえて阻止する。序でに頭を下に下ろさせる。野郎、瞳術を使ってやがるな……!!

 

『視線を合わせた相手を錯乱させるようですね。恐らくは微弱な気配を感じたのでしょう。落ち着いて耐えて下さい』

(言われなくてもそうするさ………!!)

 

 この手の戦いは忍耐が重要だった。化物もまたワイヤートラップのために此方に飛び込む事は出来ない。いや、そもそも此方の存在を完全に確信していないように思われた。瞳術はいるかどうか分からない侵入者を炙り出すためのものだと思われた。

 

『………?』

 

 女郎蜘蛛はカチカチと顎を鳴らして首を傾げると周囲を見渡す。見渡しながら彼方此方と見つめる。他の場所に隠れているのではと勘繰っているのだろう。しかしそれも長くは続かない。

 

 ズシン、と遠くから響く轟音に洞窟が揺れた。さらさらと細やかな砂と礫が天井から落ちる。それに触発されたように蜘蛛は再度カチカチと不機嫌そうに顎を鳴らすと仲間達の跡を追うように上層に続く通路の先に消えていった。

 

 更に俺達は百数えるまでそこから動かなかった。震動が響いても動かなかった。そして俺は周囲を警戒して、何もいないのを確認してから、漸く深く溜め息をついた。同時に少年を引き摺りながらワイヤートラップから抜け出すと、そこで漸く押さえていた少年の口元を解放する。

 

「……っ!?はぁ、はぁ、はぁ………苦しいじゃないか!?」

 

 激しく呼吸をしながら白若丸が怒る。顔を赤くしているのは照れているからではないのは明白だった。相当苦しかったに違いない。とは言え、あの距離である、下手すれば呼吸音からすら感知されかねなかったのだ。こればかりは仕方無い。

 

「………静かにして。また気取られちゃう」

 

 俺の代弁をするようなその幼げな声に、俺と白若丸は同時に視線を向けていた。俺達に続くようにワイヤートラップから抜け出した小さな少女は、無表情で俺達を見つめていた。無表情の癖に、その声音は明確に苛立っていた。

 

「時間がないのでしょう、早くいきましょ?」

 

 こいつ、普通に話せたのか………ずっと無言か小声で、しかも葉山相手にしか会話してなかった故に、桔梗の突然の発言に俺は驚愕し、恐らくは傍らで凍り付く白若丸もまた同様だった。

 

「あ、あぁ………そうだな。文句なら後で幾らでも聞いてやる。今は我慢しろ」

 

 先に気を取り戻したのは俺の方で、言い方は兎も角内容に同意して応じる。

 

「…………」

 

 歯を食い縛り何か言いたげな表情を浮かべる少年は、しかしそれをのみ込むと黙りこんだ。

 

「よし、それじゃあ行くぞ。俺が先導………っ!!?」

 

 そこまで口にした俺は、次の瞬間に腰元の短刀を引き抜いていた。そしてそれを白若丸に向けて投擲する。

 

「えっ………!?」

 

 投げつけられる短刀に白若丸は驚いて思わず後退りする。そして………その白い頬を掠めて、短刀の刃は背後から現れた河童の顔面を突き刺した。

 

『キィエエエエェェェェッ!!!??』

 

「ちぃ、走るぞっ!!!」

 

 即死させ切れなかった瀕死の河童の断末魔の悲鳴が洞窟に轟くのと、俺が白若丸達を引っ張り走り出すのはほぼ同時の事であった。

 

『キキキッ!!』

『キィィッ!!』

 

 突如として岩陰の彼方此方から現れる河童共。俺は正面に現れた数体を殴り付けて昏倒させると、その合間を縫うように走る。虎の子の短刀を回収する暇はなかった。不味い、俺達の姿が見えている……!?

 

「んな馬鹿な、視角どころか嗅覚だって誤魔化せて……っ!?」

 

 背後から迫る河童共を確認しようとして背後を見ると、俺は目を見開く。河童共が何故俺達の存在を視認出来ているのか……否、認識出来ているのか、その理由が分かってしまったからだ。

 

「えっ?」

 

 俺の視線に気付いた白若丸は走りながらその視線を追う。そして彼もまた気付いた。気付いてしまった。この苦境を引き起こした理由を、その犯人を。

 

 ………少年の足から赤い一筋の線が垂れていた。

 

「あ………?」

 

 少年は訳が分からないとでも言うように唖然として、そして今更のように鈍いその痛みに気付いたようだった。恐らくはワイヤートラップを潜り抜ける瞬間に受けたのだろう薄い、本当に薄い、足の脹ら脛に受けた切り傷は緊張してアドレナリンが溢れている中では碌に感じる事は出来なかった筈だ。無論、そんなのだから流れる血は本当に少量で、しかしながら霊力の質も量も高い少年の生き血なぞこの巣穴では御馳走以外の何物でもなくて…………。

 

「あっ…あ……あぁ………うわあああぁぁぁぁぁぁっ!!!??」

 

 視線が交差した一瞬、白若丸は絶望に顔を引きつらせて、次の瞬間には彼は足を止めて首元の勾玉を引き千切っていた。そしてそれを俺に押し付けて、何ならもう片方の手で握っていた少女も押し付けると、怯えたように、狂ったように一人で走り出していた。

 

「この、馬鹿っ………!?」

 

 赤子のような悲鳴を上げながら明後日の方向に一人で走る少年の暴挙に俺は舌打ちして、俺は即座に少女に勾玉を押し付ける。

 

「えっ……」

「死にたくなかったらそれを持って隠れていろ……!!」

 

 当惑する少女に端的にそう命じた俺はそのまま未だに蜘蛛毒で震える足を霊力強化で無理矢理に酷使する。そして、疾走した。

 

 白若丸の背後に迫る河童を一体後ろから蹴り倒して、更に一体の顔面を肘鉄で叩き潰す。そして俺は手を伸ばして………。

 

「……っ!!?待て、止まれ!」

「えっ!?うわっ!!?」

 

 次の瞬間、白若丸の踏み込んだ足下が沈み込んだ。俺は咄嗟に白若丸の衣服の襟元を掴み上げると半分沈み込もうとしていた身体を引き摺り出す。

 

『チチチ!!』

 

 俺は洞窟の亀裂を土と糸で偽装して作り上げた落とし穴に嵌まりかけた白若丸に食らいつこうと現れた地蜘蛛の顔面を蹴りつけてそのままキャッチせずに亀裂の底にリリースする。地蜘蛛は悲鳴を上げながら暗い亀裂の底に消えていった。

 

「大丈夫かっ!?」

「えっ、あ、ああ………!!?」

 

 間一髪で助かった少年は俺の質問に困惑し、混乱しながら答えた。それを確認して俺は振り向く。

 

 既に逃げ場はなくなっていた。河童共は威嚇の鳴き声を上げながら此方を半包囲していた。底の見えない前方の崖は、恐らく五、六尺といった所か。俺一人ならば跳躍する事も出来なくはないが兎も角餓鬼を背負ってとなると少々厳しいだろう。 

 

「ヤバイな。追い詰められた」

 

 舌打ちしながら俺は自分達が最悪の状況に陥った事を理解する。前方は崖で後方は数十体の河童共、武器は無し、限りなく詰みだ。

 

「お、お前……どうして………!?」

「勝手に手を離すなよな。全く、迷子になったら探すのが大変なんだぞ?」

「冗談言ってる場合かよっ!?どうして来たんだよ!!?あのまま隠れていたら………!」

「餓鬼の面倒を見るのは同伴する保護者の仕事だろうが」

 

 必死に叫ぶ白若丸に俺は肩を竦めながら答える。小僧が大人の心配なぞ百年早いんだよ。………まぁ、そもそもこいつの身の安全の確保も預かった時の命令だったからな。さて、問題は得物すらなくてどうやって包囲を縮めて来ている眼前の河童共の相手をするのかだが………。

 

『下人、これを』

 

 突如、目の前をぱたぱたと飛ぶ蜂鳥が現れて俺に短刀を投げ渡す。隠行か、どうやら知らぬ内にゴリラ様謹製短刀を回収していたようだった。

 

「恩に着ますよ。無くしたら殺される所でした。……これで多少はマシになったかな?」

 

 俺は短刀を構えつつ前方を睨み付ける。少しずつ接近してくる河童共………喉を鳴らしながらニタニタとした笑みを浮かべている醜悪な怪物共がそこにいた。

 

「お、おい………」

「餓鬼は後ろに隠れてろ。………何、これくらいの危機は何時もの事さな」

 

 背後からの震える声に俺は敢えて呑気に答える。実際の所は全く余裕なぞなかったが。さてさて、何処まで捌けるかな………?

 

 そして俺が短刀を構えたと同時に、相対していた河童共が一斉に俺達目掛けて襲いかかり、そして………次の瞬間、巣穴の中に轟音が響いた。

 

「っ……!?何だ?」

 

 これまでのそれとは比較にならないような激しい震動が洞窟に響き渡る。余りの激しさに俺達どころか河童共すらも足を止めて、姿勢を保つ事が困難となる。そして………。

 

「不味い……!?頭を守れ!」

「えっ!?うわっ!!?」

 

 刹那、洞窟の天井が崩落した。慌てて白若丸を落ちて来る瓦礫から守る。落ちて来た岩の幾つかは密集する河童共に降り注ぎこれを押し潰した。混乱する怪物共の悲鳴、粉塵が洞窟に吹き荒れる。俺は白若丸を抱き締めるようにしてその身体を守る。

 

「ぐっ……げほっ、げほっ!?一体何が………?」

 

 洞窟内を満たす粉塵に咳き込みながら、俺は小さく呟いていた。そしてその答えは直ぐにやってきた。

 

「ふぅぅん?この娘の身体も、成長させればそれなりに使えるものなのねぇ」

 

 突如として可憐で、それでいて傲慢な声が洞窟に反響する。それに反応して俺は正面を見つめて、唖然とした。

 

 粉塵が収まる。その人影が薄暗い洞窟の中に浮き彫りになる。背丈の高く、曲線の豊かな女性の陰影が現れる。銀色に輝く髪に鋭い目付きは、しかし吊り上げる口元も相まって見る者にその人物の気の強さと妖艶さを印象つける。首元には妖しげに光る首飾りが吊るされていた。

 

 いや、それ以上に注目すべきは尻尾であったろう。そう、それは「七本」の狐尾。奴は……狐璃白綺?

 

「何故……いや待て、その瞳は………」

 

 突如洞窟の天井をぶち抜いて現れたその妖に何故お前が此処にいる?もしくは何故貴様が目覚めた?と質問しそうになって、しかし俺はその違和感に気付いて、そして直ぐその答えに行き着いた。

 

 何よりも違うのは瞳………瞳の色であった。あの狐の化物は、そしてあの狐の少女は瑠璃のように輝く青々しい瞳の持ち主であった。しかしながら、目の前に君臨するその者の瞳の色は違った。桜色、鮮やかな桜の瞳。

 

 俺はその桜色の瞳を良く知っていた。その瞳は、その眼光は、間違いなく彼女のものであったのだから。つまり、これは………!!

 

「あらあら、そんな所にいたのかしら?迷子を探すのは本当に一苦労だわ。そうは思わないかしら、伴部?」

 

 白狐の寄り代を通じて、そしておぞましき禁術を以てして、この場に登壇した鬼月の姫君は何処までも傲慢にそう宣ったのであった………。

 




 

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