和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 貫咲賢希さんより、一目見ただけで下人が嘔吐するような原作主人公を描いて頂けましたのでご紹介致します。可愛いは正義だからね、仕方無いね。
 https://www.pixiv.net/artworks/92534726

 此方はネタ及び子蜘蛛イラストです
 https://www.pixiv.net/artworks/92411772

 大変有り難う御座います!


第六章 ここからが地獄だぞ(CV:小野 ⚫章)って件
第六六話●


 うっすらと霧がかっている山道を、騎馬の一行がゆっくりと進んでいた。

 

 隠行を使っている事もあって風景に溶けいりそうな程に気配を殺した隊列は無言の内に、そして全員が周囲を警戒して、進む。その出で立ちと剣呑な雰囲気から、仮に一般人が俺達を見たとしても……そもそも隠行に気付く時点でそいつが堅気でないのは明白だが……決して観光の旅に出ている訳ではない事が分かった事であろう。

 

 実際、俺達はそんな呑気な事をしている暇はなかった。………少なくとも、与えられた任務を果たすまでは。

 

「………見えたな」

 

 そして俺は長い沈黙を破って漸く呟いた。鬱蒼とした深林を抜けると、其処に広がるのは廃村であった。人の気配の一切ない、静かな廃村……。

 

「…………」

 

 無言で俺は地図に視線を向ける。扶桑国北土、鹿住邦湖波郡を構成する三つの街と数十村の一つ、草臥れたド田舎の村である。郡の役所が管理する戸籍表によれば人口百五十二名。尤も、この様を見る限り最早人っ子一人住んでなさそうだが。

 

「一班はここに残れ。もう一班は二手に別れて村内の家戸を捜索しろ。但し、村長と酒屋と村医の家宅は入るな。……真桑、お前は捜索班の方に入れ。そうしないと等分出来ない」

 

 騎乗していた馬を降りて俺は背後を向いて命じる。此度引き連れて来たのは二班十名、七名は騎馬で、三名は二頭立て馬車で連れてきた。馬車は此度の任務のための食糧その他の物資も載せている。一班では等分に分けられないので一人残り組から連れて来るしかない。警戒と支援を考えれば出来れば三人組にしたかった。

 

「居残り組はここで待機だ。馬の面倒を頼む。何か危険を感じたら退避しろ。俺達の事は無視して良い。報告するべき者は必要だ」

 

 この村との連絡が途絶えて凡そ一月半であった。村に向かった飛脚や商人が戻ってこなくなり、次いで年貢徴収の相談で村長に会いに向かった役人が戻って来なくなった。郡司が訝しみ様子を見るために軍団の兵を十名送った。そして鬼月家に依頼が来た。

 

「允職殿は?」

「俺はさっき言った三軒を回る。作業分担って奴だな。気を付けろよ」

 

 そう部下達に命じて、俺は槍を手にして村内へと向かった。最初に向かったのは村医者の邸宅だ。血の跡が壁にあった。複数人のもので、恐らくは治療行為が行われていたのであろう。しかし、生者も死者も見つからない。戸口には引っ掻き傷が残っていた。診療所の中から戸口の外まで続く爪痕。引き摺り出される人が爪が欠けても尚も必死に抵抗しようとして出来た、傷痕………。

 

「………外れ、か」

 

 そう呟いて、次に向かったのは村長宅である。村で一番大きい屋敷は、しかし鬼月家の屋敷には遠く及ばず、捜索は直ぐに終わった。夕食前だったのだろう。居間には膳が置かれていた。数は七つ、情報では村長の一族は六人の筈で一人分多い。飯は食べる前だったようで器の中の料理は腐っていて虫が湧いていた。

 

 最後の目標は酒屋敷である。村長と共に村の権力者だったらしいこの家も豪勢だった。

 

「………」

 

 内部に入ると同時に嫌な気配を感じた。恐らくはそれはこれまでの経験から感じ取ったある種の第六感であった。俺は懐から勾玉を取り出すとそれを腕に巻き付ける。足音を殺しながら、奥へと進む。

 

「違う………」

 

 俺の感じ取った気配は残滓に過ぎなかった。気配がするのは酒屋敷の生活空間内ではない。考えろ、元より可能性は限定されていく。ともなれば本人もその危険性は重々承知していた筈だ。そしてこの事態まで想定していた訳でもあるまい。ともなれば持ち主が取りうる選択肢は…………。

 

 屋敷に隣接する酒蔵に足を踏み入れる。同時に感じ取るは屋敷の中とは比べ物にならない邪悪な瘴気……思わず鼻孔を腕で隠す。顔をしかめる。そして、それが俺の視界に映りこんだ。

 

「あれは…………」

 

 酒蔵の床にぽつんと落ちているその古臭い書籍に目が向かい、俺は立ち止まる。立ち止まってしゃがみこむ。本に手をやる。手に取った本からは嫌な気配がした。それは邪気であった。負の力であった。呪い………。

 

「…………」

 

 俺は長年の経験で感じ取る。その予感を。………というかホラー物やモンスターパニック物で考えれば色々と御約束な展開だ。耳を澄ませば聞こえて来る頭の上からのその擬音………あー、うん。まぁ、大体想定の範囲内だ。此れくらい今更だ。似たような経験は幾らでもしてきた。だからこそ勾玉で自身の存在を視界から消したのだ。今すぐに飛び掛かって来ない事から見て、俺の選択は正解だった。化物もまた俺を明確に其処にいると確信出来ていないのだ。迷っているのだ。奴の目玉は人間から移植されたものだから対人用を想定した勾玉でもかなり上手く誤魔化せる。計算通りだ。後はどうやって仕掛けるか、だ。だからな?

 

「こういう備えもしていてな………!!」

 

 俺は次の瞬間、頭を下げたまま右手だけを振るっていた。同時に鳴り響く形容のし難い悲鳴に飛び散る血飛沫。俺は背後に跳躍する。俺の視界にその化物の全容が浮かび上がる。

 

 案の定、天井から落ちて来たのは、明らかに人ではなかった。全身を足下まで隠す白装束で覆っていて、その頭もまた足下まで伸びる黒い髪で隠れていた。腕はあるようには見えない。髪に隠れているがその顔面は傷ついているようで、ダラダラと血が溢れだしていた。

 

「よし、目は潰したな……!!」

 

 この任務を引き受けた時の内容から予感はあったが、ドンピシャである。ビジュアルは同様、やり口も同じとくればほぼ確定であろう。正直一撃必殺したかったが贅沢も言えまい。最初の一撃で一番厄介な魔眼を無力化出来たのは上々………!

 

『ア゙アァ゙ア゙ァ゙ァ゙アア゙ァッ゙「五月蝿せぇ!!」!!?』

 

 化物が怒りの咆哮を上げるがそれに付き合う必要もないので次の瞬間にはその腹部に槍を容赦なく投擲する。霊力で強化した筋力で放たれた槍は当然のように化物の腹を串刺しにしてそのまま背後の壁に突き刺さる。

 

『ア゙ァ゙ア……ア゙ァ………!!?』

 

 串刺しにされて、背後の壁に打ち据えられた化物は必死にもがくが槍は抜けない。その間に俺は肉薄して再度それを振るう。限りなく透明な、『蜘蛛糸』を、鞭のように振るった。

 

『アッ……ギッ………!!?』

 

 ズルリ、と化物の頭が切断される。ビクビクと痙攣して、しかし力尽きる身体………俺は腕に巻き付けた滑車を回して蜘蛛糸を回収していく。

 

「糞、これが面倒なんだよなぁ………」

 

 滑車を回して蜘蛛糸を回収しながら俺はぼやく。

 

 以前土蜘蛛の巣穴で回収した鋭利な蜘蛛糸を再利用出来ないかと考えて構想したそれは蜘蛛糸の先にヨーヨーのような小道具を装着して、蜘蛛糸自体は滑車に巻き付ける。そして相手に対してヨーヨーを飛ばしてそのまま振るう事で鞭のように扱えるようになる訳だ。尚、これは下手しなくても自分の指や腕を切断する可能性があるので同じく蜘蛛糸を解してから編み直して仕立てた手袋を嵌め込んで使わねばならない。

 

「まぁ、取り扱いが危険とは言え効果は抜群だな………」

 

 試作品として幾度か実戦で使用しているがその戦果自体は文句のつけようがない。流石腐っても凶妖が罠として練り込んだ糸だ。中妖程度ならば先ず確実に切断出来る。大妖であろうとも外皮を切り裂き相応の傷をつける事は確約されている。射程が短くそれなりに肉薄しないといけないのが危険だが………それでも短刀で突貫するよりはマシだ。最悪蜘蛛糸は回収せずに切断して離脱も出来る。

 

「……とは言え、在庫に限りがあるから捨てたくねぇけどよ………!!」

『ギィ゙ヤ………!!?』

 

 同時に俺は振り返るとともに件の短刀の方を投擲していた。同時にそれは切断されても尚宙を浮いて俺に襲いかかろうとしていた化物の頭を、その頭蓋を確実に打ち砕きその内部にまで届いた。擦れ違い様に化物が裂けるように広げた口から伸びる鋭い舌が俺の顔面を襲うが俺はそれを反らすように受け流した。引き換えに備えていた般若面を持って行かれたが。危ねぇ、これだから化物は頭潰すまで安心出来ないんだよ。

 

「何なら、それでも安心出来ないのでこうする訳だ」

 

 顔面に短刀が突き刺さっている癖に、尚も呻き苦しみ床で暴れる頭を、その触手のようにのたうち回る髪を掴むと引き摺り回す。そしてそのまま清酒で満たされた酒樽を見つけると短刀を引き抜いた後に頭を酒蔵の中に叩き込む。悲鳴を上げようとして口の中に酒が流れ込む化物の頭。

 

「ほれ、こいつもくれてやるよ」

 

 俺は駄目押しに同じく置かれていた塩の袋を、その中身を丸ごと注ぎ込む。酒樽の中で溺れながら狂ったような声を上げる化物。首斬られて頭に短刀突き刺さったってのに、随分と元気な事だ。

 

「おら、出てくるな。沈め沈め」

 

 外に出ようとするので頭を押さえつけて、酒樽の縁に伸びる髪を短刀で切断していく。何か溺死させようとしてるみたいだな………殺人事件じゃなくて殺妖事件だが。

 

 清酒も塩も、前世の言い伝え通りこの世界でも一定の浄化の力があるようで、故にその需要はこの世界でも高い。ましてや塩を飽和するまで注いだ酒樽に叩き込むなぞ妖からすれば塩酸のプールに投げ込まれるようなものかも知れなかった。幼妖程度ならこれで殺せるかも知れない。塩と酒の値段を考えれば明らかに非経済的ではあるがね。

 

 断末魔の声が響く。俺は無慈悲に化物を酒樽の底に沈める。妖相手に優しさは無用だ。騒がしいので短刀で数回突き刺す。樽の中の透明な清酒はあっという間に真っ赤に濁る。

 

 漸くして静かになったのでそのまま酒樽の底に暫く沈めて、息の根を止めたと思ったらそこで油断せずに頭を沈めたまま酒樽に蓋をする。俺の奢りだ、遠慮するなよ?

 

「とまぁ、格好つけて見た訳だが………マジで危なかったな」

 

 飛んでいった般若面を拾いながら俺は嘆息する。その特性や隠し武器については分かっていたが、それでも油断は出来なかった。下手したらあの舌の一撃で頭が千切れていただろう。やっぱりこの世界は事前知識があっても楽じゃねぇわ。

 

「さてさて、まぁ大体予想はつくが…………」

 

 仮面を装着した俺は周囲を見渡してそれを探る。そして視界の一角にあったその酒樽に注意が向かう。あの妖魔本がここにあった事を思えば自ずとこの一件の真相は分かろう。俺は件の酒樽の蓋を開けた。同時に湧き出る蠅の群れ、吐き気がするような腐った臭い。恐らくは二週間程…………。

 

「………人を呪わば穴二つ、って所かね」

 

 出来心で使って見て、制御仕切れなかったのだろう。いや、そもそもあれは制御出来ぬように作られている。製作者の性根が腐りきっている悪意の塊のような代物だ。その意味では被害者でもあるが………いや、妖を使役しようとしてる時点で余り弁護は出来ないな。

 

「允職!?何事でしょうか!!?今の音はっ………!?」

 

 化物の悲鳴に気づいて数名の下人が酒蔵の中に入ってきた。同時に壁に串刺しになった首なしの化物を見て動揺する。俺はそんな彼らの態度に苦笑すると、勾玉を懐にしまいこんで、命じた。

 

「件の本を見つけた。中身の処分と本の封印を行いたい。待機組の馬車から道具を持ってきてくれ」

「えっ!?あ、はい!!分かりました!」

 

 突如響いた俺の声に彼らは視線を此方に向ける。互いに目配せして僅かに困惑した後、しかし彼らは命令に従った。勾玉のお陰で直前まで俺の姿が見えなかっただろう、内心で首を傾げている筈だ。

 

「………さて、跡片付けだな」

 

 串刺しになった怪物の胴体を見て、俺はぼやく。

 

 取り敢えず化物の死骸は標本を採取した後に首も体も焼いて、本は札を貼り付けまくって封印処分しなければならない。次いで生存者の捜索に他の妖がいないかの調査、報告書の作成………仕事はまだまだ沢山残っていそうだった…………。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 任務と後処理を終えて、俺は総員に撤収を命じた。村では人がいなくなった………恐らくは皆食われたのだろう………事と血の臭いに釣られて数体の幼妖と小妖を見つけたのでこれを駆除、血糊の類いは洗い流し、即席の結界で一応の魔除けを行った。本格的な作業は後から来る近隣の軍団兵達がやってくれるだろう。俺達のやるべき事は依頼主の郡司らと鬼月家に事の顛末の報告を行う事だ。

 

「しかし、思ったより直ぐに終わりましたね。村一つ食われて、調査の兵も失踪となれば、もう少し厄介な事になると思ったものですが………」

 

 此度の連れて来た二班の内の一つの班長であり、俺に万一の事があった場合の代理指揮官として任じていた矢萩が口を開いた。山道を騎乗して進む俺の側に馬を寄せる。

 

「あぁ、全くだ。被害がなくて幸いだ。このまま帰りも何もなければ良いのだがな。遠足は家に帰るまでがだぞ。終わりまで油断はするな」

 

 実際、油断して帰りに盗賊や妖に襲われるなんて経験もあったので切実にそう思った。寧ろ、その方が任務よりも心配していたくらいだ。

 

 ………今回の妖魔本の案件については、正直勝算はあった。そも、この妖魔本自体、本来ならばこの世界をモデルにしたゲームのサブイベントの一つに登場したのと同様のものであったからだ。故に対策出来た。心の準備が出来た。

 

 

 嘗て高名な退魔士によって作成された使役出来るように改造された妖を封じた呪いの本………その危険性と悪用の懸念から本編で一定の状況になるとその回収の依頼が届く事になっていた。依頼を受けるのは自由、但しこのイベントは当然のように初見殺しだ。

 

 俺があの化物と相対した時に真っ先に切り裂いて潰した目は低級ながらも退魔士の魔眼を抉り出して移植されたものであり、そして初見殺しの原因だ。おう、戦闘画面移行すら許されずに視線が重なった瞬間に主人公の頭爆散するとか嫌がらせだろ。

 

 尤も、この程度の事、訓練された『闇夜の蛍』プレイヤー達にとっては想定の範囲内であった。頭可笑しい彼らはこのサブイベントのクリア方法を検証した結果、一つだけその条件を発見する事に成功した。………うん、赤穂家の末娘をパーティーに加えた場合のみ初撃生け贄にして戦闘画面に入れるとか製作陣最高に頭可笑しいわ。尚、当然ながら紫は復活せず死亡扱いである。

 

「流石にそれはなぁ………」

 

 俺は全面封符まみれの上で鎖を何十にも巻かれた妖魔本を手にしてぼやく。相手は改造されていて初見殺しがあるとは言え格は中妖程度、あの抑止力に殺され続ける少女は直ぐ死ぬが実力はガチなのだ。原作のシナリオよりもマシな状況を作り出すためには彼女の死亡フラグは少ないに限る。俺がこの任務を引き受けて、直接参加した理由である。………まぁ、あいつの事だから他のフラグで死にそうな気がしないでもないが。何なら一瞬で死ねるので彼女の死亡バリエーションの中ではかなりマシな方ですらある。

 

「とは言え、陰惨なものだな………」

 

 あの村の村長と酒屋敷の仲が険悪なのは集めた情報から把握出来ていた。そも、妖魔本なんて其処らの村人が手に入れられるものでもない。金持ちが大枚叩いて手に入れるものだ。そして原作の知識からあの妖魔本が引き起こした事件の数々、その特徴等を知っていたから特定出来た。酒屋敷の主人が曰く付きの妖魔本を買っていたと裏の筋からの情報から得られて全てを確信した。

 

 何処まで呪うつもりだったのか………何にせよ、制御仕切れない妖によって村人が、そして家族まで全員食われた酒屋敷の主人は酒蔵に逃げ込んだのだろう。清酒は妖も厭う。其処に閉じ籠れば食い殺されまいと考えた。まぁ、出る事も出来ずに餓死したようだが。報告するのも陰鬱だな………。

 

「そう言えば、もうそろそろか…………」

 

 陰鬱、という言葉に俺は今更のようにその事を思い出す。そうだ、本当にもう直ぐそこにまで運命の時は、選択の時は迫って来ているのだ。

 

 即ち、俺にとってこの世界の原典ともいうべきもの。原作『闇夜の蛍』の始動である……………。

 

 

 

 

 

 

 清麗帝の御世が一三年秋口、扶桑国北土が春賀邦穣恵郡にあるその村が物語の始まりだ。北土は無論、扶桑国内でも有数の霊脈の実りによって決して広くはないものの豊かな自然に恵まれたその土地は千年近くの間殆ど脅威に晒される事なく、故に人々は争う事なく、良く言えば広く豊かな心を持って、悪く言えば危機感もなく惰眠を貪るように暮らしていた。

 

 そしてそんな豊かな土地の領主、庄屋の一族蛍夜家の末っ子の立場にいるのが主人公 蛍夜 環(ほとや たまき)である。優しい人々に囲まれて、飢えの苦しみも知らず、人々の醜い嫉妬や憎しみ、悪意といった剥き出しの負の感情を一切知らずに生きて来た彼は、この世界においても異常な程に人を信じ、思いやり、優しさとひた向きな正義感の持ち主でもあった。………まぁ、そんな魂の輝きのせいでバッドエンドになると酷い目に遭うんですけどね?

 

 悲劇の始まりは本来ある筈のない村への妖の、しかも凶妖の襲撃………そして多くの大切な人々を、帰るべき場所を失った彼は村への救援に来た鬼月家の者達の元に身を寄せる事になる。それは、彼がその凶妖を一人で打ち倒したためである。そして、それは彼の出生の秘密に迫る事でもあった。

 

 ………まぁ、其処から先については今は置いておこう。問題は目下に迫った主人公の村の滅亡である。これをどう対応するべきか。それが何とも判断が付かぬ訳だ。

 

 そも、俺がどうやって村に向かうのかもそうであるが、行ってどうするのかが更に問題な訳だ。正直凶妖を相手にするなんて………何かこれまでも色々エンカウントしてきた経験があるので今更な気もするが……自殺行為であるし、下手な介入がどう原作に変化をもたらすのかが想像出来ない。最悪主人公が死んだり、覚醒してくれなかったりしたら色々と詰む。ましてや村人の救出なんて論外だ。彼ら彼女らの死がなければ主人公様が真の力に目覚めてくれない。

 

 村人を見捨てる………最早自身の中で確定しているその決断について、罪悪感がない訳ではない。しかし同時に必要な事だとも分かっていた。俺は万能細胞ではないし、聖人でもない。色々厄介事に巻き込まれているが何処まで行っても所詮下人は下人でしかないのだ。選ばれし者ではない。俺の手はそんなに大きくないし、伸ばせる距離も広くない。本当に大切なものを守るので精一杯なのだ。家族を、身近な人々を守る、そのために俺は見捨てる。見捨てるしかない。この世界は甘くはない。

 

「………はは、失望されるだろうな」

 

 思わず零れた言葉は誰に対してのものであったか、俺自身にも分からなかった。そして俺は意識を未来から現実へと引き戻す。何にせよ、今はそんな事は後回しだ。そもそも俺が現場に行けるかも不明瞭なのだ。それよりも俺は目先の仕事を完遂しなければならなかった。

 

「着いたな」

 

 なだらかな丘を貫くような国道を登りきって、その頂上に辿り着いた俺はその光景を目にして頷く。妖魔本によって壊滅した村から馬にて約二日、眼前に広がるのは扶桑国北土、鹿住邦湖波郡の郡都である。名は郡名と同じ湖波、人口は約四千人である。これは郡の人口の三分の一以上を占める。名実共に湖波郡の中心である。

 

「よし、皆御苦労だ。今夜は温かい飯を食えるし家屋の中で眠れるぞ」

 

 俺は背後に続く部下達に向けて宣言した。この二晩に渡って野宿というものは中々に辛いものだ。妖や雨風、虫のせいで安眠出来ない。地面も固い。焚き火をして、硬い保存食を食べて、交代で眠るのだ。人間なんて直ぐ体調を崩し、直ぐに壊れる生き物だ。野宿は中々体力が疲弊する。例え馬車と馬があっても中々辛いものだ。故の労いであった。

 

 ………まぁ、一昔前ならばほぼほぼ徒歩での行軍だったのでそれに比べたら遥かにマシではあるのだが。

 

 さて、郡を出入りする商人や飛脚、旅人に近所の村から商品を持ち込んできた百姓らの横を通り過ぎて俺達は郡門に辿り着く。丸太の柵で囲まれた郡の四方の門の一つだ。

 

「待て、止まれ。何処の者だ?」

「鬼月家からの者だ。郡司からの依頼を果たして報告のために来た。通して貰いたい」

 

 護身用の脇差は兎も角、猟師でもないのに弓、ましてや太刀や槍を備える騎馬の集団となれば当然のように門前で門番らに止められる。俺は鬼月家の家紋の刻印された印籠を見せて、宣言する。僅かに驚いた門番らは、しかし直ぐに裏手に回って上司に相談し、検分を行う。

 

「待て、その家紋は………間違いないな。持ち物の確認は良いな?」

「構いません。但し、危険なものもあるので立ち会いはします」

 

 俺が承諾すると兵士達が俺達の手荷物や馬車の荷を調べ出す。採集して瓶詰めした改造妖の臓物や血液を見ると何人かはぎょっとして驚く。

 

「よ、宜しい。こんな所だろう。………それにしても、随分と良い馬を使っている事だな?」

 

 検分の責任者である官吏は血生臭い荷を目にすると、それ以上の検分を行うやる気を失ったらしく部下に片付けを命じ、次いで怪訝そうな表情を浮かべて尋ねた。その瞳に映る感情は不快感と疑念と嫉妬であった。彼が見つめているのは恐らく俺ではなく、俺が引く背の高い、黒過ぎる程に黒い青毛馬であった。

 

 扶桑国より海を渡ると大陸があり、その北方には前世同様に遊牧民を主体とする社会があるらしい。馬狄の地と称されるこの辺りについては流石に原作でもやんわりとしか触れていないので余り詳しくは分からない。噂では山のように大きく河のように長い、大地を貪るワーム………神格に片足突っ込んでるような凶妖がいるのでそれから逃げるためにもその地の者達は農耕をせず、一つの場所に留まらなくなったのだとか。

 

 兎も角も、遊牧民の馬は当然ながら農耕国のそれよりも遥かに足が速く、我慢強く、賢く、そして高価である。これまでは大陸経由で個人的に細々と輸入されるのみであった。近年はある商会によって大規模な輸入がされるようになり、その一環として政治的な目論みもあったのだろう、昨年に三十頭が鬼月家にも寄進されていた。俺が騎乗して、今は引いているのはその内の一頭である。本来ならば俺のような立場でこれを使うなぞ身の程知らずなのだが………青鹿毛なら兎も角、濃厚な迄に黒い青毛というのが喪服みたいで縁起が悪く、鬼月の家中や家人らに嫌われて、種馬としても青毛が遺伝しては敵わんと、最終的に俺の元に流れ着いた。

 

 俺としては黒々しい毛皮が任務中に目立つかとも思ったが、意外と夜中や深い森の中では其れほど目立たず、また此方の指示を理解して従える程度に良く調教されていたので文句はなかった。部下の下人らからも黒色は余り人気がなかったが、そもそも俺達の出で立ちが真っ黒黒助であるし、この機会を逃したらこんな上等な馬二度と乗る事が出来ない事を説明したら大半は納得した。縁起なんてものを気にしていられる程に余裕なんてねぇよ………。

 

「余り物ですよ。身に余る幸運です。………もう宜しいでしょうか?」

「あぁ。行け。………鬼月は随分と下人風情に甘いものだな」

 

 舌打ちして、許可証等を確認し終えると不快そうに顎をしゃくり入門を促される。一言処ではないくらいに言葉が多いが、この程度の嫌味は可愛いものだ。もう慣れていた。気にせずに部下を連れて漸く郡都へと足を踏み入れる。

 

 門から一歩足を踏み入れる。其処から先は完全に人間の世界だった。木造の建物が大通りに沿って軒を連ねる。殆どは一階建てで、二階建て三階建てのものはすくない。それでも郡の中心なだけあって多くの人々によって活気はあった。………同じ郡内で村が一つ壊滅した事なぞ気にもしていないように。

 

 いや、事実大した事ではなかった。残念ながらこの世界において村が一つや二つ壊滅するのは大して珍しい事でも、重要な事でもないのだ。人の命は軽い。他者に対して無関心で、同情なんてものはない。皆、自分が……そうでなくても家族や友人でなければ誰がどうなろうとも気に留めなぞしまい。そんな事を考えられるのは恵まれた人間だけだ。優しさに囲まれて、心が豊かな人間だけだ。

 

「だから誰も主人公を理解出来なかったんだけどな………」

「允職?」

「……あれだな」

 

 思わず漏れた独り言。直後、それに反応した傍らの部下を誤魔化すようにして、俺は遠目に見えるその建物を示す。そのまま手綱を引いて馬をけしかけ、人の波を掻き分けて、暫し大通りを進むとそこに辿り着く。

 

 警備の軍団兵が数名程周囲に立つ郡司の邸宅を兼ねた郡衙は木製で、屋根は瓦式、壁は漆喰で赤と白と黒で彩られていた。先日見た村長邸よりもずっと大きいが、やはり鬼月家本家の屋敷に比べると見劣りした。尤も、彼方はそもそも「迷い家」と化していて屋敷の敷地の面積が拡張されているので当然ではある。

 

「お前達は其処で待機していろ。俺が報告に向かう。一応言っておくが、変な騒ぎは起こすなよ?」

 

 允職とは言え、下人は所詮下人である。根本的には奴婢よりは多少マシ程度な身分に過ぎず、特に文官は血や争いを厭う。人間や家畜ではなくて妖の血であれば尚更だ。余り郡衙や邸宅内に上がられたくないだろう。寧ろこれでもまだ良い方だ。

 

 尚、現実は空想より奇なりというが、現実の奈良時代から平安時代においては、財政難や農民の過度な負担からの解放という他の現実的な理由もあるが何よりも穢れの思想から来る武官の軽視から軍団制を廃止して国軍が消滅している。規模を縮小して練度を高めた健児制という代替案も実行されたがその人員の供給源は地方の有力者の子弟であり、つまりは実質的な地方への軍事力の委譲であった。

 

 結果としてはそれが地方の領主や役人の武装化・軍閥化に発展、要員不足と利権を巡った地方軍同士の衝突が治安の悪化と更なる地方の武装化を招き武士階級の誕生を促す一因となり、それは同時に律令制の崩壊と封建制の成立に繋がった。

 

 この世界では主に開拓地における自警団的な存在として武士団こそ成立したが、朝廷の軍団制度は廃止されず、武士団、退魔士家と連携しつつも牽制する国内における最大の武装集団として存続している。人間は話せば分かるが、妖は話しても分からない存在なのだから当然の結果であろう。退魔士とて完全には信用出来ない。朝廷が穢れを疎みつつも自らの軍事力を手放さないのも道理だった。

 

 郡衙の入口にて、門前と同じように印籠片手に身分を証明する。暫くして下級官吏が俺に中に入るように申し付けたのでこれに従う。郡衙の二階に設けられた郡司の部屋へと案内された。

 

「何だ、下人ではないか。鬼月家の者ではないのか?」

 

 待ち構えていた男は俺の姿を一瞥すると無遠慮にそう言い捨てた。下級官吏を示す衣装に烏帽子、色彩からして階級は正八位上、郡司である事を示していた。鹿住邦湖波郡司………彼はあからさまに失望した態度であった。恐らくは鬼月家の者、そうでなくても家人辺りが訪ねて来たと思ったのだろう。それが下人、奴婢よりも多少マシ程度の人間がやって来たのだ。自身が軽視されていると感じているのかも知れない。

 

「主家、鬼月一族より此度の案件の応対を任されました下人衆允職、名を伴部と申します。案件に対して一応の対処を終えたのでその報告に上がりました」

 

 恭しく自己紹介をした後に、俺は依頼内容について報告をしていく。俺の報告を聞いていく内に郡司は顔をしかめていく。

 

「全滅、それも村の上役のしでかしでか?それは本当なのか?貴様、私が専門外だからと適当な事を言っているのではあるまいな?」

「少なくとも周辺には村を壊滅させられる程の妖も、その群れも他には確認出来ませんでした。また、妖魔本の入手の情報は極めて正確な情報筋からのものです、物品自体も確保しております」

 

 そうは言うが断定だけはしない。断定したら責任が発生しかねない。俺が伝えるのは状況証拠からして一番可能性の高い推測を報告するだけである。

 

「………ちっ、言質は与えんつもりか。忌々しい。宜しい、ではその妖魔本とやらをさっさと引き渡せ」

「それは出来かねます」

「何ぃ?」

 

 自身の命を否定された事に郡司は一層不愉快そうな表情を浮かべる。

 

「依頼の代金は支払う。駆除した妖魔共の死骸も処理の責任を請け負う代わりにそちらの好きにすれば良い。そういう契約だ。だが、略奪を許可した覚えはないぞ?」

「此方としては本は妖の付属品の範疇と考えております故に」

 

 郡司の言葉に俺は淡々と反論する。確かに村の資産への手出しは御法度と命を受けている。この世界は呪具の類いは資産として扱われるので郡司の言葉も否定仕切れない。しかし、俺は妖魔本を呪具ではなく、妖の一部と言い張る。

 

「貴様、勝手な事を………!!」

「我々の請け負った職務は村の調査、妖のいた場合の原因究明と退治で御座います。妖魔本がその原因の可能性が高い以上、安易に引き渡しは出来かねます。……まだ妖が全て出てきているとは限りませぬ故に」

「っ……!!?」

 

 俺の言葉にあからさまに怖気付く郡司。尤も、これは脅しだ。恐らくはもう本の中は空っぽだろう。それでも嘘をついたのは妖魔本である可能性が浮上した時点で鬼月家から本の回収を命じられていたためである。まぁ、退魔士からすればこの手の呪具を回収出来るなら回収して研究したいだろうよ。

 

「無論、安全を確認次第返還致します事を約束します」

「ぬぅ、だが………」

 

 俺の言葉に難しそうな表情を浮かべる郡司。まぁ、返還とは言え何年後の事かは知らんがな。そもそもこの郡司だって態態訳の分からん妖魔本の返還に拘るとすれば碌な事を考えていまい。原作で何度も同じ妖魔本の事件が起こっていた事から考えると回収される度にそれを受け取った郡司なり役人なりがそれを使うなり転売するなりしていたのだろう。あるいは中身を殺しても原作の修正力的なものが働いて別の妖が封じられた状態でまた闇市場に出回るかも知れない。

 

 まかり間違ってそんな妖魔本がまた問題を起こし始めたら厄介だ。今度は何が入っているのかも分からずに対処しなければならなくなる。そんな事になったら今回の任務を受けた意味がない。寧ろ悪化している。今度はどんな初見殺しが来るのか知れたものではないのだ。赤穂家の末娘のフラグを完全に折っておくためにも回収は必須だった。そのまま彼是理由をつけずに鬼月家が保持し続けるか、あるいは呪いを全部無力化してただの本にするか、あるいは事故に見せて燃やしてしまうのも良いだろう。何にせよ、ここで返還はしてはならない。

 

「不満がおありならば、邦司に直訴致しますが?」

「なっ………!!ちっ、分かった。持て、持っていけ!!」

 

 俺の言葉が決定的であった。地元の名士が任命される郡司と違い、その上司たる邦司は中央から派遣される。朝廷からすれば郡司や退魔士家が妖魔本を保持するのは厭うだろう。案件を持ってきた時点で妖魔本は彼是理由を付けて朝廷預りになる筈で、何なら勝手にその所有で争おうとした郡司も鬼月家も警戒されかねない。郡司にとっては損しかない。故に目の前の男は瞬時に損得勘定をして忌々しげに吐き捨てたのだ。そしてそれを理解している俺は悪びれる事もなく一礼する。そこから一、二言程補足説明してから恭しく退出する。

 

「………穢らわしい下人の分際でっ!!」

 

 退席間際にかけられた捨て台詞に対して、俺は少しの反応も、義憤も、反発もなかった。挑発なのは分かっていたからだ。トラブルを引き起こさせて俺達を確保しようとでも思ったのかも知れない。残念ながら俺でなくても自我の薄い下人はそんな言葉に反応しない。どうやら郡司殿は下人という存在に対する認識が低いらしかった。

 

(さて、一応闇討ちに注意した方が良いかな?)

 

 今日も交替で見張りをさせなければならないな。まぁ、妖相手よりはある意味マシではあるし、郡司が即座に動かせる兵士なぞ其れほど多くはない。何よりも、流石に郡司殿もそんな愚かではない筈だ。十中八九は取り越し苦労になるだろう。それでも念は入れよう。

 

 俺は閉めた扉の前で踵を返す。そして待たせている部下達の元に戻ろうとして……その声を聞いた。

 

「もしかして、伴部さんですか?」

「はっ……?」

 

 自身の名を呼ばれて、思わず俺は振り向いた。そして視界に映りこむ小さな人影。

 

 ………見覚えのある、人影。

 

「あ、これは奇遇ですね!まさかこんな場所でお逢い出来るなんて、幸運です!」

 

 再び響く幼さを残した可愛らしい声。愛らしい、少女の声音。俺は思わず目を丸くしていた。動揺した。彼女が此処にいるなぞ全く想定していなかったからだ。

 

 目の前にいたのは声音のイメージそのままの美少女であった。簪をした蜂蜜色の髪に、翡翠色の瞳、日に焼けていない透き通るような色白の肌は舶来の血を思わせる。所謂ベルジェールハットと呼ばれる洋風鍔広帽に翠色基調の和洋折衷ドレス、そこから伸びる白く細い手首には手珠を巻いていて、小さな掌には純白の手袋を嵌め、小さな手持ち鞄を可愛らしく両手持ちするその出で立ちは、正にセンスの塊であった。一目で分かる南蛮趣味な豪商のご令嬢。

 

 俺は彼女を知っていた。とても良く知っていた。

 

「貴女は………」

「ふふ、もし宜しければどうでしょう?ここで会えたのも何かの縁。折角ですからお茶でも致しませんか、伴部さん?」

 

 名門商家橘家の愛娘にして橘商会北土支店の副支店長、橘 佳世は首を傾げて尋ねた。可愛らしく囁いた。何処までも愛らしい、小動物のような笑顔を向けて。それは何処までも子供らしく、御嬢様らしく、純情で純粋そうな屈託のない振る舞いであった。

 

 ……にもかかわらず、俺にはどうしてかその宝石のように輝く瞳がすぅっと細まる様が、その艶のある桜色の口元が吊り上がり歪む姿が、その甘えるように紡がれる砂糖菓子のような幼声が、どうしようもなくあざとく、無性な程に淫靡で退廃性を帯びた妖艶さを感じざるを得なかった。肉食獣を想起した。魔性であった。俺は困惑した。

 

「………それは、実に光栄なお話で御座いますね?」

 

 そしてまた俺の立場では、そんな彼女の誘いを断る選択肢もまた存在し得なかったのだった………。


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