和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 貫咲賢希さんよりファンアート二作品を頂きましたのでご紹介します。
・鬼月思水(リファイン版)
https://www.pixiv.net/artworks/93216868?comment_id=125939472

・小鼓姫
https://www.pixiv.net/artworks/93199988

 また前話に小鼓姫の挿し絵(差分版)を入れましたのでそちらも御興味があれば御確認下さいませ。ファンアート有り難う御座います。


第七〇話●

 鬼月宇右衛門夫人こと、鬼月小鼓はゲーム「闇夜の蛍」の登場人物であり、攻略可能サブヒロインであり、そして………多くのプレイヤーの性癖と脳を絶望の淵に叩き落とし破砕したキャラクターである。

 

 正確に言えば鬼月小鼓は宇右衛門の後妻に当たる。前妻は長身で男勝りな肉弾戦系退魔士であった。かなりの腕前を持つ強力な退魔士であったがそこは初見殺しや相性次第でどうしようもない異能も珍しくないこの世界である。物理系完全無効な相性最悪の凶妖とかち合い、それでも地力でごり押しし、最期は刺し違える形で前妻は死に絶えた。

 

 本編や外伝に直接登場する事はなく、決して多くはない記述を読み解くに、尻に敷かれる事も多かったようだが……それでも宇右衛門との夫婦仲は悪くはなかったようだ。その分妻の死んだ際の衝撃は大きく、当時のまだかなり若かった宇右衛門は、しかしそのまま三十年近くを独身のまま、ただひたすらに仕事に精を出す日々を送っていた。

 

 本人は恐らくそのままでも良かったのかも知れないが、世の中というものは自身の考えだけで回るものではない。後妻は思わぬ縁からやってきた。

 

 鬼月の財務も司り、寧ろ妖退治よりも手広く金貸しや商売に力を入れていた宇右衛門は、とある退魔士一族に金を貸していた。妖退治に失敗して大損害を受けたその家は立ち直るために宇右衛門から多額の借財をした。問題はそれでも中々家を建て直せなかった事で、嵩む利息に滞る返済、それに堪り兼ねて先方の家が借金の抵当に送りつけて来たのがこの後妻である小鼓姫であった。尚、送りつけられてきた時の年齢は八歳である。

 

 小鼓姫は宇右衛門の前妻とは完全に真逆の存在であった。前妻は年上で長身で、気が強く、自己主張が激しかった。小鼓姫は年は当然として、その年を含んでも尚小さく気は弱く、おしとやかで控えめな姫君であった。

 

 借金の形に送りつけられた事もそうだが、前妻と文字通り真反対な少女である。一見泰然として先方と面会して、渋々恩を着せてやるといった風体で申し出を受け入れた宇右衛門は、しかし内心は相当動揺し、困惑した。

  

 その結果がこの後妻に対するある種の腫れ物扱いであった。決して粗雑ではない。丁寧に、身の回りの世話はしてやったし、必要な物は全て一流品で取り揃えてやった。その豪勢さは少女にとって、実家よりも遥かに良い生活であった事は先ず間違いない。

 

 しかし、それだけだ。宇右衛門は自身から迫る事はおろか、彼女とまともに会話する事すらもなかった。借金の形である事、年が離れ過ぎているし、宇右衛門は己が美男子ではない事も理解していた。前妻への罪悪感もあるだろう。どうしてもこの小さく幼い後妻との仲を深める事に二の足を踏まざるを得なかった。そして己の立場を理解する後妻はそんな夫の態度に疎まれていると思って更に自己主張をしなくなり、恐縮した。

 

 悲劇の原因は正に二人の互いの認識であったのだろう。宇右衛門も小鼓姫も、互いに相手に疎まれて嫌われていると恐れていた。だからこそ、互いに相手に干渉せず、その行動を制止し、咎めようとする事が出来なかった。

 

 原作スタートの時点で一六歳、年齢を加味してもかなりロリロリしい人妻たる小鼓姫を攻略するルートは制作陣の悪意に溢れている。あからさまにNTR要素しかないこの姫君を、その手の嗜好を好むプレイヤー達はこぞって攻略を目指した。しかしどうやっても攻略ルートが見つけられない。躍起になって彼女の攻略法を模索する。

 

 そしてあるプレイヤーが気付いたのだ。彼女を攻略するには好感度をどれだけ稼いでも意味がない事を。

 

 小鼓姫を攻略するルートはプレイヤー達より「外道魔羅脳化ルート」、あるいは「ダース・タマキルート」等と呼ばれている。正確に言えばこれは小鼓姫を攻略するルートというよりは主人公が悪堕ちし、牝堕ちするルートであり、小鼓姫攻略はその中でのイベントの一つのようなものであるが。

 

 尚、この悪堕ちルートに分岐するには事前に葵、雛、胡蝶、碧鬼でバッドエンディングを迎える事、雛から刀術の指導を受けてメインウェポンとする事、都にて宮鷹家のマジカル魔羅棒君との友情を育み赤穂紫を二人で無理矢理ヤッてから河川敷に全裸で吊し上げる事、女装状態で左大臣と接触して好感度を稼ぐ事、陰陽寮に籍を持つ事、保有アイテムに入手困難な『耽溺の媚薬(甲)』を手に入れる事等をする必要が挙げられる。

 

 家族を失った悲しみを埋めるために次第に力に溺れ、悪友を得る事で刹那的になり、左大臣から古の禁術の魅力を説かれ、暗黒面に堕ちていく主人公は遂に陰陽寮頭達が左大臣を討とうとするイベントによって完全に悪の道に堕ちるのだ。

 

 その正体を突き止めて、後一歩で左大臣を殺害しようとする陰陽寮頭はしかし主人公に邪魔され、そこに左大臣から何処ぞの暗黒卿宜しく「無限のっ、法力をっ、食らえぇぇぇ!!!」される。拭い切れぬ過ちを犯し、最早後戻り出来なくなった主人公は左大臣に屈服し、牝堕ちし、朝廷と鬼月家を裏切る。そして鬼月家を潰すその一環として小鼓姫は生け贄となるのだ。

 

 媚薬を混ぜたお茶を何も知らぬ小鼓姫に飲ませ、その後にマジカル魔羅棒君と共に主人公は幼い姫君の純潔を無理矢理散らす。何が酷いってプレイ中、姫君自身は相手を夫だと思って蕩け顔な事だ。

 

 当然ながら、正気に戻ると彼女は絶望し、更に其処に脅迫と洗脳で文字通りに小鼓姫は毎日のように肉欲の捌け口にされる。何の嫌がらせか彼女に向けられる多種多様なアブノーマルプレイや鬼畜シチュエーションなスチール絵が絵師達によってふんだんに、しかも渾身の出来で用意されていたりする。

 

 えげつないのは宇右衛門も途中で彼らの肉体関係に気付き始めるが、見て見ぬ振りをする事だ。これは酷い擦れ違いで、宇右衛門自身は後妻が体型が悪くて顔も別に良い訳でもない、年も離れ過ぎてる自分を疎んで不倫していると思っているのだ。うん、主人公も魔羅君も顔は良いものね………。それとなく助けを求める小鼓姫であるが、その助けの求め方が慎み深過ぎて逆に勘違いされてしまいストーリーが進む程に彼女の顔が曇る。後それがバレて魔羅棒君によって更に薬漬けにされて催眠も掛けられる。

 

 彼女の最期は最早制作陣の悪意以外の何者でもない。薬漬けになって、それこそありとあらゆる形で肉体と尊厳を凌辱されて汚された彼女は、しかしゲームの設定上媚薬は後半に入ると入手も作成も困難となる。プレイヤーの一人が考察した所、どれだけ効率的にプレイしてもストーリーの終わりまで媚薬の数は確実に持たないそうだ。そして、それが切れた日が小鼓姫の命日だ。

 

 正気に戻り、これまで受けた所業の数々を思い出し、理解してしまった小鼓姫は盛大に絶望し、発狂する。発狂したまま己の穢らわしさと夫への罪悪感から発作的に自殺してしまう。古式ゆかしい喉を切っての自裁である。

 

 尤も、ヘタレで臆病な少女がそんな事したらどうなるのかはお察しだ。傷が中途半端なせいで喉から盛大に血を流し、その癖無駄に長く苦しんでひたすら涙目で夫に対して謝罪しながら悲嘆に暮れ孤独に死んでいく。

 

「旦那様、これまでのご恩を仇で返すような私で御免なさい………」

「この穢らわしい罪、今から一命をもって償います………」

「くひっ………あっ………苦、し………」

「血が……痛い……痛いよぅ…………」

「いきが………あなた………」

「いたい……いたい………」

「た……すけ…………」

「…………ごめんなさい」

 

 NTRる趣味なプレイヤーの多くがこのシーンがトラウマになった。何で態態劇場版なクオリティでムービーにするんですかねぇ?声優も迫真の演技であった。俺も当然トラウマになった。

 

 こんな手の込んだ所業を行う理由はただ一つ、宇右衛門の殺害のためだ。他のルートでは戦闘画面にすら入れずに主人公が秒殺されてしまう所を、この小鼓姫を貶め尽くすイベントを挟む事で回避出来る。何だかんだ言って小鼓姫を大切に思っていた宇右衛門は他のルートと違い主人公をその場で即殺するのを躊躇ってしまうのだ。主人公が妻の熱中している愛人と思っているがために。

 

 それどころか戦闘画面に移行後も宇右衛門は精彩を欠き、そのステータスの高さとは打ってかわって相当弱体化していた。それでも倒すのは困難を伴うが………一定のターンを凌ぐと友情に厚いマジカル魔羅棒君が主人公を救援に来てくれる。そして宇右衛門にこれまでの事を全てぶちまけるのだ。小鼓姫がどんな目に遭ったのか、彼女が宇右衛門にどれだけ助けを求めていたのか、そして彼女の悲惨な最期を………文字通り宇右衛門はこの暴露で精神的に脳が破壊され、次いでその隙を突かれて物理的にも主人公によって粉砕されて死ぬ。おい、この一連の流れを「友情・努力・勝利」って形容するの止めろ。少なくとも週刊少年の方には出せねぇよ。

 

「………まぁ、流石に今回の場合は心配しなくても良いんだろうがな」

 

 自身の小屋にて忌々しい白蜘蛛に手首を吸血されながら思考の海に沈んでいた俺は苦笑するように小さく呟く。先日、ゴリラ様への報告の際に件の幼妻様と出会したせいでこんな脳が破壊されそうな設定を思い出してしまった次第である。どうやら彼女自身宇右衛門から何も伝えられていなかったようで俺も色々と聞かれる事になった。

 

(恐らくは心配させたくなかったんだろうが………不器用な奴だよな)

 

 宇右衛門は宇右衛門なりに小鼓姫を愛してはいたのだ。そして小鼓姫もまた……後々発売されたノベル版や短編等でそこが窺い知れる。そして本編ゲームの末路も伏せて更にプレイヤー達の脳を破壊する。

 

 俺も一度試しにプレイしたら精神的にキツかった。小鼓姫もそうだが、あのルートは他のバッドエンドと比べてもブッチギリに鬱イベントしかない魔境であった。まぁ、だからこそある意味では安心して無視出来るルートでもあるが。

 

 そも、あのルート以外ならば小鼓姫がNTRられる可能性は限りなく低い。そしてあのルートはそもそも前提条件が激ムズと来ている。フラグをへし折るのはかなり容易だ。無論この世界はゲームではなくて現実である訳だが……。

 

「それでも家族を失った主人公を支えて闇堕ち回避さえしてしまえば問題はあるまい………よな?」

「?伴部様?何か仰りましたでしょうか?」

「え?あ、あぁ………また外回りの仕事で面倒だなと思っただけさ」

 

 盲目故の聴覚の良さか、少し離れた所で縫い物をしていた毬が俺の小さな呟きに反応する。俺は慌てて誤魔化した。

 

 しかし、ある意味でそれは悪手であったかもしれない。俺の発言に毬は表情を曇らせたからだ。

 

「そう、ですか。…………今度の御仕事は如何程の日数になるのでしょうか?」

「?、そうだな………一月位は覚悟した方が良いかな?今回は範囲が広いからな」

 

 何せ目標が曖昧でもある。各地で騒ぎを起こす妖共を虱潰しにしていくのだ。普段の依頼とは性質が若干違う。

 

「一月、ですか………」

「………?」

 

 飢え死にせず、しかして満腹に為らぬ程度の所で俺は忌々しい蜘蛛の吸血行為を止めさせる。腹を摘まんで持ち上げて、恐らくはもっと食事させろと怒っているのだろう、じたばたと暴れる白蜘蛛を虫籠の中に無遠慮に放り込む。籠を閉じて、そしてそのまま俺は気を落としたような毬の方に向かう。

 

「どうかしたのか?何か問題があるのなら言うと良い。遠慮はするな」

「い、いえ………問題という訳ではないのですか………」 

 

 おろおろと俺の質問に困惑する毬。とは言え、俺も彼女との付き合いはそれなりの長さになる。彼女は直ぐに自身の意見や感情を押し殺してしまう。自罰的で自虐的な性格でもある。多少押しを強くして尋ねなければ何でも自分の内に呑み込みかねないのだ。

 

「何だ?話してみろ。それとも………隠し事か?」

「い、いえっ!決してそのような事は………ただ」

「ただ?」

「やはり伴部様が居られぬと寂しく感じます。それに、心配です。ご無事に帰って下さるか………本当に心配で………」

 

 目を閉じたまま俯く毬。消え入りそうな声で彼女は告白する。元より人との交流が余りない彼女である。都に住んでいた頃も兄以外とは碌に話した事もなかったらしい。そんな彼女にとって俺は数少ない話し相手だ。それが長期間家を空ける事を何度も、それも生きて帰って来られるかも分からぬともなれば心配もしよう。

 

「………済まないな。仕事でな」

「いえ、此方こそ我が儘ばかりで申し訳ありません。衣食住を揃えて頂けているのにこのような事………」

 

 都にいた頃は当然ながら衣食住全てを自分達で揃えねばならず、税だって取られていた。それに対して今ではある程度の衣服や食料は自前で揃えねばならぬが基本的には俺に充てられる手当てで毬達は食べていけた。故に俺と兄妹は余りにも明確な上下関係にあった。毬からすれば俺に対して遠慮するのもやむを得ない。

 

「何、気にするな。お前達の働きには俺だって助けられてるからな。働いた分の見返りだ、胸を張ったら良いさ」

「いいえ、そんな事は……本当に我が儘な事です。ご迷惑ばかり………私も御兄様のようにもっと伴部様のお役に立てれば良いのですが………」

 

 何処か寂しげに、悲しげな微笑を浮かべる毬。其処には彼女の葛藤が見て取れた。前に聞いた話では両親はもうおらず、身体が虚弱なのもあって兄に箱入り娘のように育てられたのだったか………普段はそれを見せないがたまにこのようにその複雑な心中を垣間見せる。そして、多分それを吐露して更に彼女は自己嫌悪していた。

 

「………そうだ、裁縫ももう随分とやっているだろう?少し休憩しないか?」

 

 俺は内心で複雑な心境にある毬の事を考えて、気分転換を提案する。

 

「休憩、ですか?」

「あぁ。俺も少し疲れてな。付き合ってくれると嬉しいんだが………」

 

 実際、蜘蛛餓鬼に吸血されて少し貧血だしな。

 

「はぁ、では今から何かご用意を………」

「いや、それは俺がやる。お前は座布団でも用意していてくれ」

 

 そう頼んでから、俺は台所に向かう。湯呑みを二つ用意して、夕飯のために用意していた煮冷まし中の白湯を注ぐ。確か菓子があった筈だが…………。

 

「どうだ?用意はしてくれたか?」

「は、はい!ただいま座布団の用意を………」

 

 膝歩きして、手で周囲を調べて漸く唐櫃を見つけるとその中から座布団を一つ取り出す。

 

「もう一つだ。お前の分も忘れるな」

「わ、分かりました………!」

 

 俺の指摘に、慌ててもう一枚座布団を用意する毬。俺は彼女が用意した座布団に座り込むと、彼女に湯呑みを渡して間に菓子受けを置いた。

 

「この香り………豆あられでしょうか?」

「あぁ。この前に孫六が作ってくれてな。ほら、食べようか?」

 

 そういって俺は一つ摘まむと口に放り込む。カリカリと小気味良い音と共に咀嚼する。豆と塩の味がした。

 

「では私も頂きます………あ、美味しい」

 

 毬も一粒摘まむと小さく口を開いてカリッと齧る。同時に小さく微笑を浮かべた。その仕草に何処となく兎を連想させた。

 

 暫し、俺と毬は白湯を飲んで、豆あられを食べる事に集中する。無言のまま、白湯を啜る音とあられが砕ける音だけが響く。

 

「………そう言えば、まだお前さんには負け越しだったな?」

 

 菓子受けの中のあられが半分位になった所で、俺は呟く。

 

「え?あぁ………挟み碁の事ですね?」

 

 俺の唐突な発言に一瞬、毬は首を傾げるが直ぐに思い出したように答えた。

 

 挟み碁、前世の人間が聞いても殆どが覚えのない名称だろう。リバーシと呼んだら分かる筈だ。まだこの世界では、少なくとも俺が認識している限りでは確認出来なかったので雑人時代に暇潰しの娯楽として考案した。雛が普通の囲碁のルールが分かりにくくて癇癪を起こしていた事も一因である。

 

 下人になってからも、同僚らと暇潰しに良く遊んでいたし、お古の碁盤や碁石をかき集めてこの小屋には一式セットがある。毬達兄妹や訪問してくる白や白若丸と他の盤上遊戯も含めて良く遊んでいた。………尚、その中で一番強かったのは毬であったりする。

 

「いやはや、俺の方が年季があるのに初回から負けたのは驚いたぞ?」

 

 盲目でありながら、あるいは盲目だからなのか、将棋や囲碁等運の要素の絡まない盤上遊戯において毬は異様な程に強かった。挟み碁もまた同様でハンデ付きでプレイしても接戦、ハンデ無しであったら五回に四回は負けてしまう。

 

「いえ、遊戯くらいしか出来る事がないなんて………恥ずかしいです」

「おいおい、止してくれよ。それじゃあ向きになって修行してる俺が馬鹿みたいじゃないか?」

 

 恐縮する毬に対して俺は笑って答える。実際、将棋や囲碁なら兎も角、俺が提案して作った遊戯すら軒並み毬に負けるので俺なりに手透きの時間に研究してたりするのだ。

 

「どうだ?一局やらないか?無論、ハンデ無しでだ」

「良いのですか?」

「当然だろう?手加減もするなよ?俺の実力を見せてやるよ」

 

 そういって俺は碁盤と碁石を用意していく。因みに毬は盲目故に自分で碁石を動かせない。なので彼女の判断に従って俺が彼女の碁石も動かす。不正し放題であるが当然そんな事はする積もりはない。ないが………。

 

「む、やはり強いな………!」

 

 プレイ開始から二十手目にしてかなり俺は追い込まれ始めていた。既に四隅の内二つを取られるという劣勢ぶりである。

 

「次、六・九でお願いします」

「分かった」

 

 毬の指示に従って碁石を打つ。あっという間に六枚も取られる事になった。最早盤面は真っ白である。我ながら啖呵を切ってこの様は恥ずかしい。

 

「糞、まだだ。諦めたらそこで試合終了だ………!!」

 

 これまで散々妖退治で酷い目にあって来た俺の数少ない長所が諦めの悪い所だ。劣勢になっても悪足掻きは止めない。唸りながら逆転の目を探し続ける。

 

 一方で、毬は静かなものだ。女の子座りをしたまま無言で身を乗り出して盤上を見つめる。但し、瞼は閉じたままであった。脳内に描いた盤面に集中しているのだろう。しかし、これは………っ!?

 

「っ………!?毬、もう少し下がったらどうだ?盤に頭をぶつけるぞ?」

「えっ!?あ、はい!分かりました………!!」

 

 俺の指摘に慌てて身を翻して恥ずかしそうに俯く毬。尤も、気恥ずかしくなるのは俺もであった。盲目で、男と関わりが少ないので自覚が薄いのだろう。この少女は警戒心が薄すぎる。

 

 身を乗り出していたせいで襟元が下がって胸元の谷間が見えていたのに気付いていただろうか?元より病弱で、しかも外出しないので日焼けしていない白い肌、大きくはないが小さくもない、青さと危うさを感じさせるような胸元を無警戒のまま覗かせる姿は精神衛生上余り良くなかった。ましてや俺と彼女の立場を思えば………。

 

「………伴部様?」

「あ、あぁ。四・五に打とうか」

 

 無言のままにいた俺に、毬は目を閉じたまま不思議そうに首を傾げて尋ねる。無自覚に男を誘惑する仕草だった。うん、これはあかんな。鶏が先か卵が先なのかは分からんが、孫六が余り外に出さなかったのも納得だ。

 

「………手加減するなと言ったのは俺だが、これは中々来るものがあるな」

 

 更に局は進み、盤面は文字通りに真っ白に覆われる。ここからの逆転は無理なように思われた。

 

「やっぱり強いな。毬は」

「いえ。こんな事が出来ましても、何もお役には………」

「毬」

 

 俺が名前を呼ぶとびくり、と身体を震わせる盲目の少女。いや、そんなに怯えなくても………。

 

「今回の外出の際、弁当頼めるか?お前の握り飯は旨いからな」

「は、はい!」

 

 俺の申し出に慌てて答える毬。その可愛らしい反応に俺は思わず苦笑する。

 

「それに肌寒くなってきたからな。重ね履きのための足袋、縫えるか?」

「わ、分かりました!直ちにやらせて頂きます!!」

「それと、今度の対局までにもう少し修行しておけよ?今度は負ける積もりはないがな?」

「は、はい……!!………あ?」

 

 俺の度重なる申し出に、漸く毬は気付いたような表情を浮かべる。

 

「そういう事だ。余りしょげてくれるなよ?そんな後ろ向きだと此方が困る」

「はい。申し訳ありません………」

「だからしょげるなって」

 

 恐縮する毬に対して俺は再び苦笑する。そしてそんな俺に釣られて、盲目の少女もまた、小さく微笑んでくれた。本心は分からないが………少しでも気が楽になってくれたら幸いだ。

 

「………それと、もう一局してくれ。今度は勝つ」

 

 俺の真顔での子供染みた要求に、今度こそ毬は小さく噴き出していた。

 

 

 

 

 

 

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 清麗帝の御世の一三年、長月の最後の日。この日鬼月家を始めとした北土及び東土の退魔士家達は勅命に応じて一斉にその定められた職務を果たす。各自の家々が、割り当てられた地域において大規模な妖の駆除作戦を実行するのだ。

 

 鬼月家は北土における退魔の名家にして大家である立場から、特に広い範囲が割り当てられていた。それは鬼月家が朝廷から封じられた際に設定された管轄範囲を更に倍以上に渡る広範な地域であり、他家の管轄範囲とも重なるものであった。これは多くの小家が人手不足な事もあってその支援も要求されている事も意味する。

 

 鬼月家が編成したのは東西南北で計四隊、更に本家の屋敷には緊急時の増援を兼ねる予備隊も置かれる。

 

 北討隊を率いるのは下人衆頭鬼月思水、その補佐に下人衆助職である家人宮水静、外一名の退魔士が割り当てられた。この地域は各種の情報から四隊の中で最も多くの数の妖を相手すると考えられた。

 

 西討隊を率いるのは鬼月矢島、補佐に鬼月刀弥及び鬼月綾香、外家人一名の計四名の退魔士が派遣される。鬼月矢島は綾香の父でもある。此方の地域は然程強い妖の報告もなく、他の退魔士家にも余裕があった。故に保護者として矢島が、残りは若手で固めて経験値稼ぎをさせてやる積もりのようであった。

 

 南討隊を統率するのは鬼月雛である。その補佐として同行するのは鬼月家の分家筋の退魔士三名、内二人が雛派であり、一人が中立派である。中立派は雛派が暴走しないように制止するための目付役であると思われた。

 

 東討隊の統率者は鬼月宇右衛門である。鬼月本家筋の中では際立って強い訳でもない。しかし鬼月家領の東側に広がる所領は比較的富裕な地域が多い。宇右衛門の本業は寧ろそれら地域との交渉や商談にあった。その他理究衆頭鬼月慧晴以下家人一名が同行する。

 

 本家には鬼月葵、鬼月胡蝶以下谷の守護と予備の戦力が残る。

 

 各隊には下人衆と隠行衆、雑人、また臨時雇用の人足等が同行する。各隊二〇名から三〇名前後となる。全体では一〇〇名余り、大半が人足とは言え、相当の動員であった。当然ながら注ぎ込まれる金と物資もまた膨大だ。

 

「そういう訳だ。精々失態を起こさぬように気を付ける事だな」

 

 出立を目前に門前の庭園にて荷と人員の最終確認を行っていた俺に向けて鬼月宇右衛門が尊大に宣う。もう日差しが暑い訳でもないのに日傘を傍らに立たせて、几帳の上で扇を扇ぎ氷でキンキンに冷やした砂糖水を呷る。いや、お前汗かきすぎだろ。

 

 まぁ良い。丁度確認して貰いたいものもあった。

 

「時に隠行衆頭殿、荷を預かっております」

「ぬ?荷だと?儂にか?」

「はい。中身の改めをお願い致します」

 

 俺は側にいた下人の一人に命じて先程受け取ったそれを恭しく宇右衛門に差し出す。

 

「ぬっ、これは………弁当か?」

 

 上品な風呂敷、それを紐解けば現れるのは漆塗りした五段式の弁当箱であった。怪訝な表情で宇右衛門は此方を見る。

 

「何故弁当なぞ態態儂が見ねば為らぬのだ?」

「そちらは飯盒の雑人共から受け取ったものではありませぬ故」

「では誰だ?」

「奥方様よりお預かりしました」

 

 俺が一礼をもって答えると宇右衛門は更に顔を怪訝そうに歪める。何故あやつが、とでも言うような態度であった。うん、自分が好かれていると思ってないからね。何ならこれまで一度だって受け取ってないからな。

 

 ………いや、それは宇右衛門が小鼓姫に何も言わずに仕事に出てしまうからだが。

 

 因みに中身は目の前のデ………宇右衛門の好みにバッチリ合わせた内容であった。恐らく普段の食事の際に良く観察していたのだろう。料理の出来も悪くなかった。確か外伝集にて彼女が必死に料理の練習をしていた事が記述されていたように思う。

 

 ………尚、「ダース・タマキルート」では折角愛情込めて作った料理をマジカル魔羅棒君に滅茶苦茶にされるし、何ならそれが夫に悪い意味で勘違いされて余計絶望するんですけどね?

 

「……ふんっ、あやつがな。妙な事もあるものだな。まぁ良い。持っていけい」

 

 尤も、今回はそんな事はなく宇右衛門は不機嫌そうに、鼻を鳴らすとしかしそのまま荷として運び込むように命じる。俺はそれに恭しく従って弁当を風呂敷に包み直して牛車の中へと運んでいく。屋敷の一角の柱から小さな影がほっとするように胸を撫でていたのを遠目で確認する事が出来た。

 

「………健気なものだな」

 

 あぁ。そう言えば結局、ゲーム内で宇右衛門が後妻の好意を理解するのはあのNTRイベントのみだったか………。

 

 そんな事実を思い出しながら俺は牛車の中に乗り込む。明らかに牛車内部は外から見たそれの何十倍もの空間が広がっていた。禁術を使った自家製「迷い家」による牛車内部の空間操作の賜物である。

 

「これはまた………」

 

 宇右衛門が私有する牛車の内部は成金趣味を極めたように思えた。雛の牛車は落ち着いた様式で、葵のものは華美ではあるが品格があった。比べれば宇右衛門のそれは葵の物の様に豪勢ではあるが、いささか過剰であるように思えた。

 

 金、金、金色。螺鈿に象嵌、蒔絵。金箔だけでなく琥珀に鼈甲まで使った豪奢な調度品の数々、目が痛くなりそうな壁紙………。

 

「金閣寺じゃあるまいにな」

 

 一体幾らしたのか分からぬ内装に呆れを含んだ嘆息を吐き出す。流石は鬼月家の財布、金作りの達人である。………センスは悪いが。

 

「えっと、確か棚は………ん?」

 

 弁当を保管する場所を探しているとふと、室内に大量に設けられた家具、調度品の森の中にその影を発見した。臨時雇いの人足の服装をした人影………。

 

「おい、何をしているっ!!」

 

 俺は咄嗟に叫んだ。部外者の人足如きを宇右衛門が高級調度品だらけの牛車の中に入れる筈がない。俺の脳裏に過ったのは盗人である。呪い等で拘束されていない部外者が山のような宝の山を前にして欲が出ない等と誰が思えよう?戦闘態勢をとって拘束する準備に入る。

 

 ………尤も、相手は人足なんて可愛いものではなかったが。

  

「ん?いやはや、田舎者にしては随分と良い酒をコレクションしてやがると思ってな?」

「なっ!?」

 

 その図々しい声と共にそいつは俺の前に跳躍していた。衝撃波もなく、音もなく、しかし確かに疾風のように、俺の眼前に現れた。

 

 碧い美髪をたなびかせた女は頭に被っていた笠を取れば、そこに生えているのは二本の角だ。それはまさしく鬼の象徴であった。

 

 天の邪鬼のように自由奔放で、美しくもおぞましい鬼人。嘗て都を食い荒らした四凶が一体。そいつは人足の出で立ちで、片手には失敬したのだろう宇右衛門私有の酒瓶を手にして満面の笑みを浮かべていた。口元から鋭い牙を見せつけて、俺を見て嗜虐的にニヤける。酒臭い。奴の肩には蜂鳥が止まっていた。心底うんざりした表情で、かつ此方を憐れむように見ていた。

 

 ………その態度と服装、総合的な状況から、既に嫌な予感しかしなかった。

 

「お、前………!!」

「いや何、こういう交ざり方もたまには良いだろう?まぁ、折角の旅だ、気長に楽しもうじゃないか。えぇ?」

 

 鬼は、赤髪碧童子はそういって此方の苦労や不安なぞ考えもせず、ただただ身勝手に宣ったのだった。まぁ、あれだ………糞っ垂れっ!!

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「これで良いのね、葵?」

 

 出立する牛車と馬車と、人の列を屋敷の一つから見下ろしながら彼女は、鬼月の御意見番が問う。

 

 香炉からたなびく甘い香の満ちた室内で、紫に染め上げた和装を着崩して、脇息にしなだれる蠱惑的な女性。未だに二十代の後半にしか見えぬ彼女はしかし、圧倒的な色香を醸し出していた。

 

 不敵な微笑みに謎めいた雰囲気を与える黄金色の瞳、泣き黒子に紅を塗った口元は厚く艶かしい。男を誘惑するために生まれて来たようなその姿、色街の最高級遊女でもここまでの色は出せまい。

 

 そんな彼女と相対する桃色髪の美少女は、にこりと微笑む。悠然と微笑み返す。

 

「当然ですわ。寧ろ好機よ、折角入ったあの豚と姉の関係への亀裂、放っておくなんて有り得ないわよ」

 

 くすくすくす、と葵は笑う。口元を袖で隠して、嘲笑う。意地悪そうに、嗤う。

 

 あの愚かで短慮な姉が彼に執着している事は知っている。そして先日の談義にて姉は彼を庇うために宇右衛門と口論となった。それは葵が仕掛けた謀略であるが、ここで更にそれを後押しする事が此度の人事の狙いであった。

 

 あの馬鹿な姉の事である。彼を側に置けなかった事と先日の案件から自身の支持者を、宇右衛門を更に敵視する事は想像に難しくない。雛派とて一枚岩ではない。宇右衛門の存在を疎ましく思い、その地位と財産を狙う者も少なくはないのだ。それは葵の派閥にも言える事であるが………。

 

 何にせよ雛と宇右衛門、二人の間を裂くのは葵にとって利益であった。

 

「そも、まるで私だけが悪者みたいに言わないで欲しいですわね。最初に献策をしたのは、御祖母様でしょうに」

 

 彼に向けた嫉妬と警戒から来た尋問を阻止するために雛を焚き付けて、宇右衛門も対立させて話題を有耶無耶にするように最初に献策したのは目の前の狡猾な老女である事を葵はちゃんと記憶していた。雛の警戒を逸らすためにも葵が提案したように見せて、実際の現場にも顔を出さなかったが、あの彼を巡った一連の議論は全て胡蝶の仕組んだ予定調和でしかなかったのだ。

 

(相も変わらず、自分が表に出ず、矢面に立たないままに謀を巡らすのがお上手な事)

 

 内心でそう皮肉りながら、葵は毎月のように寄せられる鬱陶しい従妹からの手紙を読みかけのままに香炉に放り捨てる。何故か共に同封されている彼向けのものは破り切ってから捨てておく。一度も返した事もないのにしつこいものだ。うんざりとした溜め息を吐いて、葵は祖母に向けて更に問う。

 

「………そも、そちらこそ良いのかしら?私や雛は兎も角、御祖母様は隠行衆頭の事を然程忌み嫌ってはいないと存じていましたけど?あの男は雛を支持している立場、にもかかわらず此方に肩入れし過ぎではないので?」

「………残念だけれど、雛の味方をするのは得策とは言えないわ」

 

 葵の質問に、胡蝶は嘆息しなながら呟いた。瞼を閉じて本当に残念そうに首を横に振る。

 

「息子自身のためよ。あの馬鹿な兄への義理でしょうね。雛を擁立しようだなんて………貴女も大概だけど、比べる限りでは雛よりはマシよ」

「だから私の味方をすると?」

「彼の味方をしているのよ」

 

 胡蝶は淡々と答える。孫娘達を、胡蝶は然程評価していない。双方共に性格の癖が強すぎるし、我が強すぎる。それでも………彼を守る事を思えば胡蝶はまだ葵を選ぶ。そして可愛い息子には雛のために破滅して欲しくない。

 

 だから胡蝶はこの策に知恵を貸したのだ。先日の談義にしろ人事にしろ、だからこそ胡蝶は裏で葵に入れ知恵し、そして調整した。その活躍は孫娘からしても非常に助かってはいる。しかしながら………。

 

「………彼はあげないわよ?」

「私だって自分の歳くらい理解しているわよ。立場もね、彼の連れ合いは貴女が成れば良いわよ。彼が選んでくれるのなら、の話だけれど」

 

 何処か小馬鹿にするように胡蝶は嘯く。対して葵は怒る事はない。それがただの軽い挑発だと分かっていたし、何よりも彼女には自信があったから。

 

「彼が選ぶのは私よ。それ以外有り得ないわ」

 

 そうとも、葵は確信していた。美貌も、身体も、財も、血筋も、才能も、力も、何もかも自身に並べる存在なぞいやしないのだ。どんな愚かしい男でも葵が何れだけ優良物件か理解出来よう。そして、葵は彼のためならば幾らでも献身出来たし、どんな事でも許す事が出来た。自分でも馬鹿じゃないかと思うくらいに彼にとって都合が良い女でいる事が出来た。まともな思考があれば自分以外が選ばれる筈がない。

 

「彼は馬鹿じゃないわ。合理的に考えれば私を選んでくれる筈よ。当然、私だって狭量じゃないから彼の気紛れくらいは許してあげるしね」

 

 葵は彼の事を何処までも期待しているし、理想化しているが、同時に何処までも彼女は現実主義者である。自分が何れだけ魅力に溢れているとは言えたまには懐石料理ではなく田舎料理が食べたくなる時だってあろう。男とはそんなものだ。 

 

 葵は、立場を弁えて出しゃばらないならば有象無象が彼の遊び相手になる事を許すだけの度量もあったし、結果的に彼の立場を補強出来るならそれに越したことはない。あの馬鹿な姉ならば誰それ構わず焼くだろうが、葵はそんな短絡的ではないのだ。

 

「良い歳して歳下に欲情する御祖母様もよ?尤も、彼が求めてくれたらの話だけれど」

 

 葵は嘯く。意趣返しであった。まぁ、彼の事だ。こんな歳増の拗らせ婆相手でも事情を知れば情けをかけてしまいかねないが。あるいは初夜前の筆下ろし役でも狙っているのかも知れない。

 

 この狡猾な婆なら有り得る話だ。適当な事抜かして彼をだまくらかしてしまいそうだ。伝統やら習慣とか言って猫なで声で誘惑して、その癖いざ事が始まるとお兄ちゃんとでも言って甘えていそうだ。浅ましい。虫酸が走る。醜い代替行為だ。

 

「ふふふ、助けて貰う立場で言ってくれるわね?」

「あら、助けるのは私ではなくて彼でしょう?先程言った言葉をもう忘れたのかしら?痴呆症じゃないかしら?」

「あらあら、これは失敬」

 

 お互いにふふふ、と穏やかに笑う。そら恐ろしい空気だった。何なら二の姫の傍らに控える白狐は耳を萎れさせて怯えきっていた。出来ることならば今すぐにでもここから抜け出したいくらいだった。

 

「………それはそうと、その小僧は何かしら?まさかとは思うけど、御祖母様の趣味じゃないわよね?」

 

 一頻り不可視の鍔迫り合いを演じた後、葵は漸くそれを指摘した。胡蝶の膝を枕に香によって耽溺したように微睡む子供を。時折痙攣しつつも夢見心地な表情を浮かべる巫女服を着込んだ可憐な少年………元より男だと知らなければ本物の巫女だと勘違いしてしまいそうだ。

 

 いや、問題はそれではない。涎すら垂らしてしなだれるこの稚児は、明らかに何か異常を来していた。この子供の体内における霊力の流れに異変が起こっている事を葵は察知していた。何か禁薬の類いを服用している事は明らかだった。問題は何を服用している………?

 

「あら、この子の才能は知っているでしょうに」

「えぇ。確かに優秀ね。あのおぞましい堕神の呪いに対して良い保険になるわね。けれど、女装させるのはどうかしら?」

 

 葵は自身の性癖について正常であると理解していた。彼女にとって稚児は存在自体が穢らわしいものであるし、ましてやそれを女装させるなぞ………良い趣味とは思えない。

 

「ふふふ、その内女装ではなくなるわよ」

「それはどういう………まさか、正気?」

 

 ここに来て漸く葵は眼前の祖母が何をこの子供に施しているのかを理解した。成る程、この甘ったるい香の匂いは麻酔なのだ。少しずつ服用しているのだろうが、文字通り身体を作り替えるのだ。その痛みは決して易くはない。ならばこの香の強さは納得だ。納得ではあるが………。

 

「効率の重視よ。彼のためには最善の手だわ。折角の才能、有効に使わなくてはね。この子も了承しているわ」

「………使い潰すの?」

「彼に使い潰されるならこの子も本望でしょうよ」

 

 にこりと、何の罪悪感もなく御意見番は嘯いた。葵は扇子を開いて口元を隠す。それはこの話についてこれ以上語り合う積もりはない事を意味していた。

 

 彼のための保険が増えるのは結構。しかし、異常性癖には付き合ってられない。牝になろうとするこの稚児も、この稚児を牝に作り替えようとする祖母も………やはりまともな自分が彼の一番側に控えなければ。 

 

 彼は甘いのでこんな連中に必要以上に情けをかけてしまいかねない。必要ならば他者を打ち捨て切り捨てる冷酷さも必要だ。そして葵は彼がそれを出来る人間ではない事を理解している。それが出来るなら自分はここにいない。だからこそ、自分が彼の側にいる意味があろうというものだ。彼の代わりに自分が手を汚す事は当然の事だから。

 

「………まぁ、何にせよ今回は無事でいて欲しいものね」

 

 眼前の、本当に見苦しく浅ましい存在達から視線を逸らし、門を出る陣列を一瞥した葵は呟く。問題はないに越した事はない。そう、越した事はないのだが………。 

 

「嫌な予感程、良く当たるものだものね」

 

 特に彼に関わる事となれば尚更の事である。だから、葵は保険を掛ける。自らの式に命じる。

 

「後を追いなさい。お前ならば出来るでしょう?」

 

 不可視の式に高慢にそう命じる。何も反応も音もない。しかし、葵には分かっていた。巨大な気配がすぅとその存在の気配を遠のかせた事を。

 

「さて、吉報を待ちましょうか?ふふ。貴方の活躍、楽しみにさせて貰うわよ?」

 

 そうして優しげに、桜色の姫君は今一度愛しい彼の出立を見入った。その姿は、まさしく妻が夫を見送る姿そのものであった………。




マジカル羅魔棒氏「善人が金と人生を積み重ねて築き上げ守ってきた者を!関係を!誇りを!思いを!全てを不可逆的に犯して、汚して、貶めて、その末路を突きつけてやるのさ!!その時の達成感たるや、これはもう馬鹿な女共を牝堕ちさせてやる時以上の快楽だよっ!!」(ダース・タマキルート宇右衛門戦後に主人公相手に語る歓喜の台詞)
      

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