和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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 貫咲賢希さんよりファンアートを頂きましたのでご紹介致します。ネタは前話より、桃白組の後ろ…………(白目)
 https://www.pixiv.net/artworks/93484191


第七一話●

 屋敷の一室にてその男は書をしたためていた。墨を磨り、芳醇で清清しい墨香が満ちた空間にて太ましいその男は仏頂面で筆を執る。

 

 妻を失って以来、ただただ賎しい商人のように金儲けに精を出す男を密かに蔑む者は少なくはなかったがそんな事は当の本人にはどうでも良い事であった。

 

 己が決して期待された存在ではない事は理解していた。有象無象共との比較は意味がない。己が兄達よりも退魔の力に劣る事なぞ、彼は今更怒る事はない。疾うに折り合いはつけている。己には己にしか出来ぬ役割があるのだ。ならば出来ぬ事をあれこれと悪足掻きする必要はない。

 

 無論、それを己の背中を乱暴に叩きながら教えてくれた者は最早この世にはいないのだが……。

 

「……ふん、それもまた今更な事よな」

 

 昔の事を思い出して、男は鼻を鳴らして冷笑する。華奢で痩せっぽちな己を初めて見て、彼女は随分と目を丸くしていたものであった。そういう自分も彼女を初めて見た時には唖然としたものであった。

 

 頭一個分は高い背丈に南土特有の日焼けした肌、手足は筋肉で引き締まり、腹筋は割れていた。何が凄いかと言えばそれが霊力で強化したものではなく自前のものだと言う事だ。その自前の筋力だけでも当時の己では殴られただけで死ねただろう。しかも、彼女が退魔の仕事のために霊力を四肢に流し込み筋力を強化した時には……仕事風景を見た時にあんぐりとしたものだ。

 

 一応巨大な槌を装備していたが、恐らく素手で殺した魑魅魍魎共の数の方が多かった。何なら彼女の悪鬼羅刹のような戦いぶりに妖共の方が怯えて逃げ出すもの多数であった。……無論、逃げられやしないのだが。

 

「それはそうと、誰か?儂を覗き見なぞ物好きな事よな?」

 

 暫し過去の追憶に意識を向けていた彼は、そして今更のように鋭い視線を障子の隙間に向けた。少し前から此方を窺っていたそれに向けて目を細めて警告する。さてさて、自分に一体誰が何用なのか……?

 

「ひえっ!?バレちゃった!?ど、どうしよ!?■■!?」

「いや、ですから直ぐにバレると言った筈ですが……?」

 

 障子の向こうから響いて来たその声に男は思わず拍子抜けした。可愛らしい子供の声だった。聞き覚えのある、子供の声……。

 

 暫し障子の向こう側で何事かごそごそと会話が為され、そしてすーっと障子が開くとそろりそろりと幼い童女が顔だけを出して来た。紅い瞳に烏の濡れ羽のような艶やかな黒髪を伸ばした子供。母親似の愛らしくもやんちゃそうな娘が緊張した面持ちで顔を覗かせる。

 

 それは鬼月宇右衛門にとって、姪に当たる少女であった。そして恩義ある、不幸な兄の娘でもあった。

 

「これはこれは姫様、珍しいことですな。一体こんな所に何用でありますかな?」

 

 男は恭しく少女に尋ねる。他の者達からは土臭い百姓娘だの、無教養な山猿だの、癇癪持ちの我儘姫等とあれこれと陰口を叩かれる眼前の少女ではあるが、彼は兄に対する恩義と同情、そして少女に対する哀れみからそこまで悪意は持てなかった。寧ろ、多少は理解すら出来た。当然だ、母親は既になく、父親とは碌に会えず、ましてや生まれ育った家や友人と引き離された子供がどんな態度になるのか、少し考えれば分かる事であろう。

 

「この部屋には用はないよ。あるのはあんた」

 

 ぴっ!と少女は小さい指で彼を指指す。思わず怪訝な表情を浮かべてしまう。はて、一体どういう事か?

 

「■■がね、いったの。あんた暇そうにしてるから、遊ぶ時間くらいあるでしょ?」

「ひ、姫様……!?匿名希望と言いましたよね!?」

 

 少女が鼻を鳴らして偉そうに宣言するのと打って変わって、傍らに控えていた雑人の少年が顔を青くする。何なら彼が視線を少年に向ければ顔をひきつらせた。

 

「……遊び相手ならば他にもいるのでは?」

 

 首を傾げて彼が問えばぷいぶいと首を横に振る姪子。そして不機嫌そうに頬を膨らませる。

 

「どいつもこいつも真面目に遊んでくれないもん。すごい適当だし、直ぐにあれこれ注意してくるから楽しくない。けど流石に■■ばかりと遊ぶのも飽きちゃうもん」

「儂ならば真面目に遊ぶと……?」

「あんたならいけるって!■■がそういってた!!」

「だから人の名前を堂々と出さないでくれません!?」

 

 目を輝かせて宣う姪に向けて悲鳴染みた声をあげる少年であった。何ともまぁ、奇妙な光景であった。あの気難しく気性の激しい姪子がこうもなつくのは珍しい。

 

(そう言えば近頃は物分かりが良くなったのだったか……)

 

 最近買われてやって来た雑人を気に入ったのか、この頃は癇癪を起こす事が少なくなり、渋々ながら勉強もするようになった事は聞いていたが……恐らくは傍らの少年がそうなのだろう。この姪を御するとは何とも……。

 

「ふむ、それでは僭越ながら某がお付き合いしましょうぞ。して、何をもって遊びましょうかな?」

「あ、それならね、今から盤を用意するわ。この前ね、■■が新しい遊びを考えてくれたの。囲碁より簡単だからあんたでもすぐに出来るよ!!」

 

 そう言うやいなや、少女は縁側に飛び出して、恐らくは自室へと向かっていった。足音をバタバタと奏でる。随分とはしたない事であった。途中で女房らにでも注意されそうだ。

 

「……随分と好かれておるようだな。小僧?」

「えっ!?あ、はい……」

 

 騒がしい少女がいなくなった部屋で、彼は取り残された少年に訝しげな視線を向けて問い掛ける。少年は恐縮したような、何とも言えない表情を浮かべた。まるで悪戯の準備を見られた悪餓鬼のようであった。

 

「驚いたものよ。この短い時間であの姪子に彼処まで取り入るとはの。狡猾なものだな?」

「ははは…………」

 

 姪子が信頼出来る者を得た事は嬉しかったが、それはそれとして彼はこの幼い雑人に釘を刺しておく。古来より、身分賎しき者が権力者に対して個人的な友義で取り入るのは良くある事だ。彼は姪のためにも悪い虫は払わねばならなかった。例え、それで恨まれようとも。

 

「……まぁ、良い。それなりに知恵が回るようだからな。貴様にはぼちぼち仕事をして貰おうかの?」

 

 姪のために、姪が過ちを犯さぬように、監視と報告をする者が必要であった。これまでは姪が信頼するような者がいなかったので難航していたのだが……この雑人ならば頭も悪く無さそうだ。

 

「うんしょ……よっこいしょ…もうすこしで……」

 

 そんな事をしていると、障子の向こう側から苦しそうにしている姪の声が聞こえてくる。同時に彼も驚いた。何せ姪が大きな囲碁盤と、それの碁石を詰めた碁笥を載せたままに抱き抱えてやって来たのだから。

 

「よし、もう少し……もう少し……うわっ!?」

「ちっ……!!何やってるんですか!?」

 

 桐を削って作られた足つきの碁盤となれば子供には重い代物だ。ましてや女子には尚更だ。無理してそれを抱き抱えて持ってくる姪はよろけそうになるのを、彼より先に反応したのは雑人だった。転けそうになるのを慌てて支える。

 

「へへ、ありがと」

「いや、無理しないで下さいよ……」

 

 げんなりとする雑人に比べて、けろりとした表情をする姪。

 

「?どうしたの、おじさん?」

 

 そしてそんな二人をずっと見ていたのだろう彼は、姪より不思議そうな視線を向けられる。

 

「ん?い、いや……何でもない。それ使うのか?」

「うん!」

 

 慌てて取り繕い彼が問えば姪はあからさまに楽しそうに用意を始める。これまで彼が見た事がない程に生き生きしていた。

 

「今度からはちゃんと誰かに手伝ってもらって下さいよ……?」

「わかったー」

 

「挟み碁」等という遊びの準備をしながら姪とその世話役が話し合う。嘆息するように溜め息を吐く雑人に、呑気に答える姪。その光景は主従というよりも仲の良い友人、あるいはまるで兄妹のようにも見えた。騒がしそうで、煩そうで、そして賑やかな光景……。

 

「…………」

 

 そして彼は、鬼月宇右衛門はつい思ってしまったのだ。もし妻が生きていたらこの普段一人きりの静かな部屋はどうなっているのだろう、と。

 

 ……それは、もう十年以上昔の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 鬼月宇右衛門の統率する東討隊は二週間の間に三郡を回った。その道中において駆除した妖は中妖が一八体に小妖・幼妖が計二〇六体に上る。対して損失は軽傷が下人二名に人足が一名、それとは別に人足が一名捕食されたのに留まる。

 

 この戦果と損失は全体から見た場合、可もなく不可もなくといったものであった。鬼月思水の北討隊は数百単位の数を誇る妖の群れを幾つも根切りしているし、雛の南討隊は大妖を三体も焼殺している。その一方で西討隊は殆ど妖と遭遇していないようだ。

 

 それでも道中の治安は劇的に改善された。態態地方の山々にまで分け入って妖退治なぞ依頼がなければするものではない。また妖の源泉となりやすい淀んだ土地や施設を封じ、あるいは浄化や破壊を行う。妖に対する理解の低く誤った迷信を信じる地方役人や百姓らに対して妖やその死骸、被害者に対する適切な指導もまた仕事の内である。

 

 ……まぁ、退治は兎も角指導なぞは宇右衛門らはやる気がないので実際に行うのは俺ら下人衆の役目であるのだがね。

 

「まぁ、そういう訳です。山の神やら禍神やら言う連中の大半はただの妖ですので決して生け贄なぞ与えぬようにお願いします。直ちに最寄りの街なりに知らせて軍か退魔士の派遣を要請して下さい」

 

 亜久里郡が大村である野母世村の集会場にて、俺は周囲の小村から集まった代表らに向けて怪異の類いが現れた際の対応を教える。

 

 ド田舎の外部との交流も少ない村では朝廷が伸長する以前の古い言い伝えなり、伝統なりが根強く残っているものだ。大概そういう弱小集団においては神格や上位の妖なぞまず抗える存在ではなく、定期的に供物や生け贄を捧げてきたような地域もある。そしてそれ故に少しでも悪知恵があり、強力な妖が現れると古の昔のように直ぐに生け贄を捧げてこれを宥めようとしてしまう事例も少なくないのだ。

 

 ひょっとしなくても朝廷からすればそれは禁じ手であり、愚行である。人間の人間による人間のための国家である扶桑国において、神格も妖も共に貶め滅ぼし利用する存在であり、信仰し畏れるべきものではない。そうでなくてもあれら人外の存在の思考は人間とはかけ離れているのだ。生け贄なぞ、無駄に奴らを肥えさせて破滅を先伸ばしにするだけのじり貧に過ぎない。

 

「見ての通り、妖の生命力は非常に高いものです。ですので焦らずにこのように頭蓋を砕いて中身を破壊して下さい。首を切り落とした程度では安心出来ません」

 

 怯える村の代表達の前で俺は事前に捕まえて弱らせておいた小妖を打ち倒す。身体を固定して、文字通りに首を刎ねても暴れる妖に、俺は慌てることなく部下にそれを押さえつけさせて金槌で頭を勢い良く殴り付ける。途中で怒り狂った妖の頭が舌をカメレオンのように射出してくるが此れくらいの隠し武器は在り来たりなので淡々と捉えて短刀で切り捨てておく。代表らは悲鳴を上げるが気にしない。普段妖を見ない地域では殺す時に油断して思わぬ犠牲者が出る事案も珍しくないのだ。こいつらが何れだけ生き汚いのかを知らしめる。

 

「次いで、妖共の死骸の処理についてですが……」

 

 話は進み、俺は先程殺した妖の処分方法を指導する。利用出来る部位、換金に使えるような部位だけをさっさと切除して、死骸を焼けやすいように加工して焚き火の中に投げ入れる。妖が金になり得るとなればやる気の出る者もいよう。雑な死骸の処理をされては疫病は無論、その血肉を食らった獣が妖怪変化しかねないし、あるいは同じ妖に食われればもっと厄介だ。朝廷と陰陽寮が長年の経験から得た知見による正しい処分方法を教えていく。

 

 ……尤も、多くの者は俺が解体ショーを始めた時点でそそくさと退出するが。

 

「ミスったな。此方の常識で考え過ぎた」

 

 集まったのは村々の代表、重役である。つまりド辺境なお山の大将ではあるものの曲がりなりにも支配階級なのだ。

 

 穢れを厭う故に……まぁ、下手したら見たり触れたり言及するだけで呪われる事もあるので……扶桑国の支配層は動物の屠殺を己でする事がなければ、妖に至っては下手したらその名を口にする事すら嫌がる。そんなのは下賤な者共に任せておけば良いのだ……そんな考えが透けて見えた実演と指導であった。

 

(俺も最初の内は鶏の屠殺も出来なかったのにな……知らず知らずの内に俺も染まったな)

 

 俺は嘆息する。前世の影響もあって俺も最初の内は家畜や狩りの獲物を血抜きしたり皮を剥ぐのも戦々恐々だったではないか。ましてや俺はまだ味噌っ滓とは言え霊力もあるしある程度知識もあるが、彼らは文字通り田舎の因習に縛られたただの人間である。俺が目の前で行った行動にドン引きするのはある意味やむを得なかった。

 

「いえ、允職。其処まで落ち込む必要はありませんよ。ああいう連中はどうせ何をやっても同じ態度ですから」

 

 指導が終わり、待ち兼ねていたように村で一番大きい村長宅に向かう代表ら。宇右衛門が持ち込んだ食材や酒も使った宴会に出席しようとしている彼らを侮蔑するように呟いたのは角葉であった。確かこいつも辺境の山村出身だったか。

 

「随分と露骨に嫌うんだな」

「允職の故郷の村は知りませんが、自分の村は最低でしたので。かなり閉鎖的でして、生け贄役と憂さ晴らしを兼ねた奴婢を飼っていたんですよ」

 

 其処から先は急に無言になる角葉。しかし、その短くも実感のこもった言葉と、鬼月家に買われたばかりの頃の態度から大体の想像はついた。

 

「この仕事だって辛いぞ?明日どころか今日生きてられるかも知れたものじゃねぇ」

「努力すれば生き残れる芽はあるじゃないですか?それに、少なくとも仲間のために死ねるだけマシです。……糞みたいな奴らのために食われるよりは」

 

 最後の呟きは何処までも憎悪に満ちていた。これは駄目だな。

 

「そうか。……助手、ご苦労だ。もう遅い、他の連中と一緒に飯食って寝てろ。明日はまた行軍だぞ?」

 

 取り敢えずこの場に置いておくのは宜しくないので退席と休憩を命じる。疲れていれば短絡的になりやすいものであるし、仲間の目があれば不用意な事はしまい。しても周囲が止めてくれる。

 

「良いのですか?まだ仕事は……」

「肉体労働はもうねぇよ。後は事務だけさ。……お前さん、文字と算術は出来るのか?」

 

 一応、人手不足もあって必要最低限の読み書き算術は下人衆の教育内容に追加されているが、目の前のこの新米が事務仕事が出来る程にそれを身につけているかと言えば否であった。実際、角葉は面越しでもあからさまに分かる程に嫌そうな反応をする。

 

「誤字に計算間違いされても敵わん。良いからいけ。……夜更かしするなよ?交替での番があるんだからな?」

「子供扱いしないで下さいよぅ!?」

 

 悔しそうにそう叫びながらその場から退く下人であった。残念ながら十代の半ばや其処らの若造なぞどう取り繕っても餓鬼である。実際、衆内でも班内でも俺以外の先輩上司らから同じ態度で扱われているのだ。まぁ、諦めろ。

 

「さて、俺も残務を処理しないとな……」

 

 部下を追い払った後、俺は嘆息してから今日中に為すべき職務を思い起こす。物資の補充に出費の帳簿、報告書の纏めと面倒だ。

 

「……っ!!」

 

 煩雑な仕事の順番を脳裏で組み立てていると背後から歓声がした。振り向く。声の震源地は村長の屋敷からだった。陽気な笑い声。労いと懇親のために開かれたお偉いさんの酒宴……。

 

「いやぁ、何とも余裕綽々な事だよな?こんな御時世に肉に酒にと親睦会と来たもんだ。全く最近のお上は危機感が足りなくていけないなぁ?」

「…………それをくすねている奴が言えた義理かよ」

 

 背後から響いた声に、俺は警戒しながら振り向き答える。いつの間にか背後で胡座を掻いていた碧い鬼は宴会の席から頂戴して来たのだろう、一升瓶を呷り、鶏の手羽先にかぶりついて、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべて此方を見つめている。

 

「結構良い酒と肉さ。どうだい?一杯やらないかね?」

「要らねぇよ。全部飲んだらどうだ?」

「そんで酔い潰れた所をコレかい?」

 

 碧鬼は自身の首が切り落とされる様を手刀で表現する。まぁ、鬼殺しの上で酔い潰れるまで酒を飲ますのはある意味陳腐化する程に古式ゆかしい手だ。経験済みなのは可笑しくない。ちゃんと止めまで刺して欲しかったものである。

 

「……それにしても、意外な程に気付かれないものなんだな。忌々しい」

 

 俺は鬼の言葉に返答する事なく、ただそう吐き捨てる。思えば原作でも平然と女中の中に潜り込めていたのだから当然と言えば当然ではあるのだが。

 

 碧子様こと、赤髪碧童子は確かに暴力第一主義ながさつで面倒臭がりで、短絡屋で気分屋で我儘な化物であるが、愚かではないしその実力は本物だ。そも、千年も前から生きていて古代の神格を含む数多くの怪物共を虐殺してきた退魔七士らの手から命からがらとは言え逃げ延びたのだ。その知恵も能力も決して低くない。

 

 作中では明示されてないものの、プレイヤー達からは恐らく一種の幻術か認識改変の類いなのだと考察されているが……この鬼は兎に角人の集団の中に潜り込むのが上手かった。今だって当然のように人足共の中に交ざっているが同じ人足共どころか鬼月家の者達すら違和感を抱いていないと来ている。それどころか夜な夜な人足共の酒宴に出て酒をラッパ飲みして、騒がしく歌って、下世話な話をして、完全に打ち解けている始末だ。此方は何時騒ぎを起こすのかと戦々恐々であるのに……。

 

(あからさまに角が生えているのにな……そう言えばこいつと最初に出会した時もそうだったか)

 

 認識改変や幻術の類いの怖い所は何時から自分が術中に陥っているのかが分からない事だ。故に常に周囲の物事に懐疑的になって疑って、他者と目の前の光景に齟齬がないのか確認し合う必要もある。それでも気付けない場合も多い。

 

 腐っても四凶が一体である。俺だって何も知らなければこいつを鬼だと認識出来なかったに違いない。それを認識出来たのは、正に原作知識のお陰であったのだろう。……あるいはそのせい、か。この化物と初めて相対した時、その変化に気付いてしまったのが悪縁の始まりだった。

 

「……何にせよ、大人しくして欲しいものだな。あれこれと好き勝手されたら堪らんよ」

 

 現状この場における最高戦力であるデ……宇右衛門ですら、この碧鬼には先ず勝てない。幾つかのバッドエンドルートで激突するが、大概数秒、長くても十秒も持たずに殺害されているのだ。

 

「お前との付き合いも長いのに、連れないねぇ?そう警戒しなくても良かろうに、な?」

 

 どしり、と大きな胸を無遠慮に揺らしながら地面に座り込み、酒瓶を呷る碧鬼。がさつそうな態度に、しかし俺は鬼が此方を窺っている事に気付いていた。

 

 ……俺が死角から手車と短刀を構えている事に碧鬼は気付いていた。俺がその事を理解するとニチャリと犬歯を見せる鬼。俺は顔をしかめる。

 

「……化物相手に馴れ馴れしくするような腑抜けなんざ、用はねぇだろう?」

「こんなおしとやかな淑女を化物呼ばわりとは酷いなぁ?」

「ほざくな」

 

 俺が即答で罵倒するとくくく、と愉快げに嗤う鬼。何が面白いのか俺には全く分からない。分かりたくもない。此方は一問一答を命がけで答えているというのに……。

 

「っ……!?行ったか」

 

 すっ、と突然として重い空気が霧散する。俺はぱっと正面を見る。先程までふんぞり返っていた化物はもう影も形もなかった。文字通りに消えていた。……これは隠行の類いではないな。本当に何処かに消えたか。

 

「……毎度毎度寿命が縮みそうだな。そちらでどうにか出来ないものですかね?」

『その言い分には納得出来ませんね。先にあの厄介者を持ち込んで来たのはそちらでは?』

 

 俺の嘆息と愚痴に答えるのはいつの間にか頭の上に乗っかる蜂鳥であった。蜂鳥の式神。松重の式神。

 

「いや、随分と親しいように見えたので」

『それは侮辱でしょうか?心外ですね。貴方と同様ですよ』

 

 蜂鳥の向こう側から此方を見る少女は不満げに答える。この分では相当あの碧鬼のせいで心労が溜まっているようだ。にしても……。

 

「……その口調、随分と疲れているようにも感じられますね。道硯翁と交代されては?」

『その程度の事考えていないとでも?祖父も暇ではありませんよ』

 

 俺の提案に少々苛立った口調で言い捨てる松重の孫娘。生理……ではないのだろうな。

 

(正確な時期は分からんが……)

 

 同一人物と仮定した場合、原作内であれば少なくとも一年後には死んでいた筈だ。名前もビジュアルもなく、ただその存在と死亡のみがノベル版で触れられている彼女に俺が言える事は限りなく少ない。そも、何時、何処で、何が原因で死ぬのかも判らぬのだから注意のしようがない。

 

『どうしたのですか?急に無言になって。何か企んでいるので?』

「仮に何企もうとも、自分なんぞには実現する力はありませんよ」

 

 胡乱げに此方を見つめる蜂鳥に向けて俺は肩を竦めて誤魔化す。色々と互いの都合があって繋がっているものの、彼女とその祖父にとっては俺だって可能ならば処分するべき対象なのだという事を忘れてはならない。尤も、先方は俺の言葉に必ずしも納得はしていないようで、尚も怪訝な表情を見せる。にしてもこの蜂鳥、表情豊かだな。新調した次いでに改良されたか?

 

『その言葉は皮肉ですか?』 

「自分でも制御出来ていない力なんか頼りには出来ませんよ」

 

 これは本音である。都での一件や土蜘蛛相手の騒ぎもそうだが、記憶が断片的にしかなければ、その時の自身が何を考えていたのかも曖昧だ。扱い切れない力なぞ、しかも代償が大きすぎる力なぞ当てにはならない。

 

『……正論ではありますね。安心しましたよ、貴方がそれなりに頭が回るので。後先考えない短絡な輩は降って湧いた力を良く調べもせずに使うものですから』

 

 そしてばさり、と蜂鳥は羽を伸ばして飛翔する。

 

『仕方ありませんね。あの碧鬼については此方でもある程度は見ておきますよ。尤も、この簡易式で出来る事は限られていますから、期待はしないで下さい』

「感謝しますよ」

 

 俺の謝意に対して、牡丹は返事はしなかった。直ぐに隠行してその姿も気配も音すらも認識出来なくなる。やはり前回よりも高性能に改良されているな。

 

「……さて、俺も仕事を終わらせて飯にするか」

 

 誰もいなくなった広場にて、暫しの間沈黙していた俺はそう呟くと職務に戻る。宴会の歓声をBGMにして。……全く、中間管理職は辛いものだな?

 

 

 

 

 

 

 その被害報告が提供されたのは翌日の明朝の事であった。夜明けになるかならないかという時刻に起床した俺は朝支度をしていた所を夜番をしていた部下に呼び出されて面会する。

 

「狼のような噛み傷、か」

 

 牛車の前で、宇右衛門らの代わりに春賀邦の邦守の使者から報告書を受けとった俺はその内容を読み返して呟く。

 

 それは東討隊と南討隊の担当地域に跨がって散見された被害の詳細であった。主に単独行動していた旅人や行商人、猟師等が被害者で、既に二十名近く。その多くが頭から上半身を噛み千切られたりした状態で発見された。その様子から見て加害者は同一の存在であると思われる。ほぼ間違いなく人間の手によるものではない。

 

「人目のつかぬ場所で単独の人間だけを狙いすまして、しかも目撃者もいない。それなりに知恵が回る質だな」

 

 自身がどのような妖なのかを知られぬように人食いしているという事は獣同然の小妖なぞではなかろう。中妖でもない筈だ。大妖……それも図体ばかり大きいだけの木偶の坊ではないだろう。

 

 噛み傷からして想定される体躯ならば遠目からの目撃者くらいいて良い筈だ。それがないとなれば何等かの手段で己の存在を隠匿していると思われた。……視認するだけで死ぬパターンではないな。だったらもっと不審な死体や行方不明者が出てくるだろう。

 

「後回し、は出来ないか」

 

 郡司なら兎も角、邦守から情報を提供されたという事はそういう事である。後回しや無視を決め込むなんて事は出来ない。にしても村一つ消えても気にしない癖にこの程度の被害で……あぁ、成る程。被害報告が少しずつ邦都の方向に移動しているからか。そりゃあ自分のお膝元で騒動はご免だわな。あるいは地元の商人らから突き上げでも食らったか。

 

「南討隊の方は……駄目だな。此方より遠いか」

 

 牛車に上がって、異界化されたその広い空間の一角、畳の床に広げられた地図を確認した俺は舌打ちする。

 

 額に納められた鬼月谷を中心として周辺地理の記された地図、その上には高純度の翡翠を研磨して針状にした振り子が数本、天井から吊るされていて、それらは明らかに物理の常識に逆らった動きをしていた。ある振り子はジリジリと地図上の街道を進み、ある振り子は鋭角にぴんと伸びて都市の中心を指して停止する。

 

 ここまで言えば眼前の存在が何か、何の用途に使われているのかの予測はつくだろう。物探しの呪いを応用した各討伐隊の位置座標を表示する呪具である。とは言え応用元の呪いに比べて触媒は遥かに高価であり、術式もまた極めて高度であったが。触媒の持ち主らの位置情報は無論、その状況や生死程度ならばこの呪具を使えば把握する事が出来た。

 

 残念ながら雛の率いる南討隊はその担当範囲の奥地に滞在しているようであった。この討伐作戦が始まって以降、彼女は人が足を踏み入れぬような場所にまで赴き、妖共を、その巣穴を、一つも残すまいとばかりに殲滅を繰り返しているようであった。文字通りの根切りである。随分と苛烈な事だ。

 

「それだけ仕事熱心って事なのかね?」

 

 過激に感じない事もないが……妖は確かに危険でおぞましい存在であり、一体でも見逃してはならぬ化物である。仏心なぞ出して見逃しても何も良い事はない。皆殺しこそが最も正しい選択肢であり、民草の事を思う雛の性格を思えば寧ろ当然の行動なのかも知れない。問題は……。

 

「いや、まさか……」

 

 地図を見下ろして、俺は半信半疑に呟く。偶然だと思いたいが……。

 

「範囲内にあの村がな。……確かあのシーンの雛は妖の捜索をしていたんだったか?」

 

 俺は大分曖昧になった前世の記憶を思い起こす。主人公、蛍夜環の故郷の村に訪れた雛は、元々依頼を受けた妖の討伐のために周辺の一帯を捜索していたのだったか。そしてその途上、蛍夜村の異常に気付き赴く。そしてそこで村の唯一の生き残りである主人公が怪物を打ち倒す場面を目撃する事になる……。

 

(もうそろそろ原作のストーリーが始まるのだろうが……もしやとは思うがゴリラ様が人事に介入したせいで担当地域が変わってたりしてるんじゃないだろうな?)

 

 無論、ゴリラ様が介入しなくても宇右衛門が有力者の多い東部を担当するのは限りなく必然ではある。本当にまさかとは思うが……。  

 

「別に、今回のが雛が捜索していた奴とは限らないしな……」

「雛がどうしたのだ?」

「っ……!?」

 

 独り言に答えるように、突如背後から響いたその声に俺は慌てて振り向くと同時に膝をつき、頭を下げる。正面では脂ぎった巨体が佇んで此方を不愉快そうに見下ろしていた。隠行衆頭、鬼月宇右衛門。ふん、と鼻を荒く鳴らすとドシドシと近付く。

 

「車に入って来て何用だ?よもや盗みでもしとった訳でもあるまいな?」

 

 そしてチラリ、俺が先程まで確認していた地図を一瞥し、再度此方を向く。そのタイミングで俺は手元の巻物を差し出す。

 

「此方、邦守の伝令からの要請です。御覧下さいませ」

「要請だと?……ふむ」

 

 俺の差し出した巻物に怪訝な表情を浮かべた宇右衛門はそれをふんだくると流すように読み、そして一層顔を不愉快そうにしかめる。

 

「こんな時に回り道をしろとは……好きに言ってくれるものだな」

「距離としては我々が最も近い位置におります」

「だからこれを差し出して来たのだろうな。全く、此方とて事前に立てた予定というものがあるというに……」

 

 ぐちぐちと小言を口にして、しかしそれが無意味な事である事も宇右衛門は知っていたので百数えるに至らぬ内に彼はそれ以上愚痴を吐くのを止める。

 

「あい分かった。致し方あるまいな……後程同行する一族衆らに伝えねばならんな。おい、貴様は支度の用意をさせい。昼過ぎにはここを出るぞ」

「はっ!」

 

 宇右衛門の命に俺は恭しく応じてその場を退出しようと立ち上がる。そして踵を返して牛車の中から出ようとした。部下や人足達に目的地の変更の説明をするのは無論、臨時の物資の買い入れ等やるべき事は幾らでもあった。時は金なりである。特にこの男の前では。故に直ちに行動しなければならなかった。しかし……。

 

「……おい、待てぃ!」

 

 背後からの宇右衛門の命令に俺は足を止めて振り向いた。同時に宇右衛門と視線が合う。此方を不機嫌そうに睨む肥満体の姿。俺は緊張する。

 

「……何事で御座いましょう?」

 

 努めて平静を装い、感情を削ぎ落とす。そして、尋ねる。

 

「…………雛姫の事、先程某か口にしておったろう?何を言っていた?」

 

 俺は気付かれぬように息を飲む。其処を突っ込んで来るか。かなり小さく呟いていた筈なのだがな……!!

 

「雛姫様の討伐隊の位置を確かめておりました。要請の地域が我々と重なる一帯でしたもので、どちらが近いかと……」

 

 俺は可能な限り淡々と答える。機械のように抑揚を抑えて、答える。先日の案件の時もそうだが、こいつの前で隙は見せられない。ゴリラ様の後ろ盾があるとは言え、安心は出来なかった。

 

「…………」

「…………」

 

 宇右衛門は何も答えず、腕を組んで此方を睨み付ける。それに対して俺もまた無言、無反応に努める。落ち着け、下手に反応するな……!!

 

 苦痛にも感じられる時間は決して長くはなかっただろう。ふんずっ、と宇右衛門は再び鼻息を鳴らして沈黙は破られた。

 

「ふんっ!允職だからと粋がるでないわ。分を弁えい。主は此方の命じられた事をするだけで良いのだ……要らぬ事を考えるなよ?」

「……はっ」

 

 心底不快そうに宇右衛門は叱責し、警告する。俺は一拍置いてからそれに答える。一拍置いたのは半分は此方の頭の回転の悪さを演出するための演技であるが、もう半分は少々の驚きのためであった。もう少し詰められると思った故の拍子抜けであった。

 

「……もう良い。とっとと行けい。時間が無駄になるわ」

 

 俺の返答に対して、宇右衛門はしっしと退出を命じた。ドシドシと畳の床を鳴らしながら部屋の上座に向かう彼に対して、俺は再度一礼すると焦らず、しかし迅速に撤収する。

 

「……余計な真似をするでないわ」

「…………?」

 

 牛車の簾を潜って退出しようとしていた俺は、背後から呟かれたその言葉に首を傾げた。当然の事であったために聞き取りきれなかったのだ。思わず動きを止めて振り返る。

 

「何をしておる?早くせんか」

 

 そんな俺を見て、宇右衛門が再度叱責する。これ以上目をつけられたら敵わない、俺は直ぐ様礼をしてその場から立ち去り職務に取りかかる。

 

 それ故に、俺は呟かれたその言葉の事をそう時間を置かぬ内に忘れ去っていた…………。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 清麗帝が御世の一三年、神無月の中旬……季節は豊穣の秋を過ぎて厳しい極寒の冬に差し掛かろうとしていた。農民らは稲刈りに脱穀、年貢の貢納を終える。そして山に登り秋の実りを蓄えて、藁を集めて内職を始める。少なくとも一般的な農村ではそのように習慣つけられている。俺が育った寒村のように痩せた土地ならば更に内職する時節は早まるだろう。あるいは近場の大きな村や街に出稼ぎに向かう事もあり得よう。

 

 しかしながらそれはあくまでも一般的な話である。春賀邦穣恵郡では事情が少し違うようであった。

 

「まだ稲刈りしているのか……」

「この辺りは暖かいからな。……見ろよあの稲穂、随分と大きく育ってやがる。籾なんて通常の二、三倍くらいは付いてるんじゃねぇか?」

 

 朝廷が整備した街道を進む鬼月家の東討隊の間で、そんな会話が交えられる。

 

 街道からでも一望出来る水田には未だに黄金色に輝く稲穂が広がっていた。一目瞭然で分かる豊作である。村人達は鍬を使って稲穂を刈り取っているが、未だに刈り入れを終えているのが水田の半分程度である事を思えば全てを収穫するには少なくとも後数日はかかりそうであった。彼らは物珍しげに街道を進む俺達を一瞥すると直ぐに農作業に戻っていく。

 

「鬼月谷でも既に刈り入れは終わっている筈ですが……噂には聞いていましたがこの辺りの土地は本当に豊かなようですね」

「……そのようだな」

 

 傍らで共に行軍する御影が俺に声をかける。俺もまたそれに応じるが、面の下では少し複雑な表情を浮かべていたかも知れない。

 

 厳しい北土の中において、特に豊かな土地がこの春賀邦が穣恵郡である。俺も訪れはしたことないものの、原作知識でその事は理解はしていた。理解していたが……百聞は一見にしかずとは良く言ったものだ。生まれ故郷の寒村と比較してカルチャーショックのような衝撃を受けていた。年貢は七公三民とは言え、あれだけ豊作ならば山川の幸に野菜畑も含めれば冬場に飢える心配はあるまい。

 

(これで主人公の村は更に豊かなのだから畏れ入る)

 

 この世界は冗談抜きで土地ガチャである。良質な霊脈は確かに妖共にとっても格好の獲物ではあるが、厳重に妖避けのための呪いや結界を張っておけば問題ない。

 

 確かに身分の差は大きいし、娯楽が少なければ教育も行き届いていないような前世から見れば全体的に糞みたいな環境ではあるが、少なくとも土地ガチャさえ当たれば飢え死にや妖に食い殺される可能性は限りなく低いのだ。……いや、SSR引いて漸く生命の危機がないだけってのも中々笑えないが。

 

(何ならそんなSSRな主人公の村も運が悪ければアレだからな…………)

 

 脳裏に過るのはゲームの序盤の序盤、主人公の育った村が妖に蹂躙される光景だ。ゲーム内だけでもかなり絶望を与えていたが漫画版では前日譚的に主人公や村人の生活を描写してからのグロシーンで、ライトノベル版では主人公の絶望する心理描写をこれでもかと書き連ねてファンの心をへし折った。……一部の愉悦部はエクスタシーを感じていたけど。

 

「しかしな……これはどう解釈するべきかな」 

 

 そしてそんな記憶を思い返す理由は、今正に俺達が向かう目的地にあった。この事態をどう認識するべきであるのか、俺は非常に迷っていた。どう行動するべきなのか、困惑していた。

 

「允職、正面を」

「ん?あぁ、あれか……」

 

 御影の言葉に俺は正面を向き直る。そしてそれを確認する。街道の先、朝廷の設ける駅の門前にその人影は見えた。俺は馬の手綱引いて牛車の側まで進ませる。

 

「隠行衆頭殿、前方の駅に人影が」

「……うむ、見て参れ」

「はっ」

 

 物見窓からちらりと顔を出すデ……宇右衛門の命に従って俺は馬を走らせて隊列から先行する。人影は次第に明瞭となってきた。俺はその人影に見覚えがあった。実際に見た事はなくても良く知っていた。

 

「馬上より失敬、鬼月家の討伐隊である。事前に知らせにあった道先案内役で宜しいか?」

「あぁ、その通りさな。……これはまた随分と大仰な陣容な事だな」

 

 駅にて待ち合わせていたその男は俺の後方から近付いて来る鬼月家の討伐隊を一瞥して嘆息する。

 

「事前に知らせた人数だ、了承は得ていると思うが?」

「邦守の依頼で進駐してくる連中を拒否出来んだろう?……たく、只でさえ豊穣祭に重なって御客さんが来る予定なのにな」

 

 心底面倒臭そうにする男。非礼とも取れるその態度を、しかし俺は咎めない。この男にはそんな態度を取れるだけの身分がある事を俺は原作知識から知っていた。

 

「客?」

「ん?あぁ、ちょっとな。気にするな。……それよりも良い馬だな?幾らでなら売ってくれる?」

「……自分の財産ではないので判断しかねるな。牛車の代表殿にお聞きしては?」

 

 俺のお役所のような返答に男はニカッと笑い、次いで口笛を吹く。すれば駅の厩から鞍を載せた一頭の馬が疾走して現れる。馬は男の下に来ると止まり、その頭を近付ける。男はそんな馬を宥めると手慣れた所作で鞍に跨がった。

 

「冬は日が短い、早く行くぞ。……夕飯前には戻りたいんでね」

「…………」

 

 そして道案内役は勝手に馬を進ませ始める。俺は一旦それを制止しようとするが、直ぐに無駄である事を認めてその後に続くように馬を引く。この気分屋の風来坊の任侠は存外気難しいし、頑固者だ。南土の武士は己の判断と信念をねじ曲げる事は有り得ないのだ。

 

 故に元が有力武士団を囲う南土最大の大藩「亥角藩」が藩主の弟で、蛍夜郷が郷司より雇われた用心棒らの頭目であり、そして主人公たる蛍夜環の少年時代の師として指導し……そして物語の始まりにて主人公をその身を庇って死ぬ事になる猪衛堅彦。彼に促されるままに俺はその背中を追う事しか出来なかったのだ……。


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