和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

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第六話 もしかしたら赤貝なのかもしれない

「君の身は我が家が買い取った。以後は我が家に住み込み働いて貰うことになる」

 

 それはある意味懐かしい夢だった。十年以上昔の事だった。そしてある種最悪の記憶だった。

 

 何を間違ってしまったのだろう?上手く霊力を隠す事が出来なかった事か?それとも転生した事を良い事に賢しげな態度をしていた事か?いや、そもそもこんな世界に転生してしまった事それ自体が間違いだったに違いない。

 

 良く知っていたゲームの世界に転生した……その事に気付いた俺は最初の数日こそ興奮したものの、直ぐに現実を思い知った。この世界は生きるには過酷過ぎる。そして、悪意に満ち過ぎている。

 

 所謂チート能力がない事を思い知るとそれは絶望に変わった。原作に関わらなくても呆気なく死にかねないこの世界で、俺は転生特典だとすれば余りに弱々しく心細い霊力を鍛え、完全に操作出来るようになるため必死になった。霊力は妖に対抗出来る力であると共に奴らにとってはご馳走の匂いだ。戦闘が出来る程強ければ兎も角、中途半端にあっても却って命を狙われるだけ、故に俺は霊力を抑えて隠匿する訓練を必死にした。

 

 大変だった。そもそも『闇夜の蛍』の舞台は東北か北陸をイメージしているためか冬が厳しい。ましてや俺が生まれたのは土地の痩せた寒村だ。下には弟妹が三人……ともなれば子供も貴重な労働力だ。

 

 物心ついた頃には腹を鳴らしながら鍬を持ち、雪掻きをして、草鞋を編み、残った貴重な時間を全て使って霊力を抑える。そんな目先の事ばかりを考える毎日だった。数少ない娯楽と言えば弟や妹、何なら村の他の年下の子供の世話をしている時くらいか。前世で知っていた物語を童話にして語ってやったり、簡単な読み書きや算術を教えたりもした。子供は純粋なもので、何の疑い無く俺を称賛してくれた。今となっては情けないがそうして優越感に浸るのが俺の数少ない娯楽だった。

 

 そんな時だった。ある日、村に身なりの良い訪問者達が現れたのは。いつもは年貢を厳しく取り立て雑用を命じる村長が頭を必死に下げる彼らを一目見て、俺は息を呑んだ。その身体に溢れんばかりの霊力の奔流に。

 

 直ぐに吐き気を催した。いや、吐いた。その濃厚過ぎる霊力に当てられて倒れこんだ俺はひたすらに、酔ったように嘔吐した。胃の中にろくに物もないのに胃液だけになっても吐き出した。頭痛に苛まれ、視界は揺れて、意識が遠のいていく。周囲の声も遠のいていき、その音が何を意味するのか理解するのは困難だった。陸の上で溺死するような苦しみ……。

 

 村長が怒鳴り付け、鞭を取り出したのは分かった。そのまま鞭を打ち付けられる……そう思った時だった。訪問者の一人が村長を止めたのは。そして、俺が顔を上げてその人影を、その視線を見た瞬間の事だ、俺は確信した。俺の力がバレた事を。いや、覗かれた事を。……今思えばあれは瞳術の一種だったのだろう。

 

 後は村長や両親に対して某かの会話があり、金子を受け渡されると共に俺は前置きの会話もなくその手を引かれていた。今生の弟や妹が泣きじゃくりながら追いかけて来るのは両親に押さえつけられていた。それが俺が家族を見た最後の記憶だった。

 

 その後の事はうろ覚えだ。彼らに連れていかれながら幾つか質問をされた事は覚えている。

 

 馬に乗せられ、何日もかけて彼らと共に山を越えた。途中の宿場町でボロ着を脱がされ真新しい服を着せられたのは記憶している。

 

 そこからはまた記憶が曖昧で、しかし屋敷に、ゲームでも見たことのある鬼月家の屋敷の門を潜ったのは脳裏に焼き付いていた。そして手を引かれて廊下を歩み、その部屋の前に連れて来られたのだ。

 

 そして障子が開かれたと共に俺は二つの意味で息を呑んだ。一つはその美しさから、今一つは流されて気付かない内に自分が逃げられないドツボに嵌まっていた事に。

 

「良いか小僧?お前はそのじゃじゃ馬娘の世話をするのだ。くれぐれも丁重にな。年のわりには頭の回るお主ならば上手く扱えよう?同じ農民の血の流れる者同士、気が合うかも知れんしな」

 

 男はそう言うと俺を置いて踵を返す。その姿を唖然として見つめ、しかしいつまでもそうしている訳にもいかなくて、俺は再度彼女の方を見つめる。

 

「何?何か文句あるの?お前誰?何者なの?」

 

 退魔士の名家たる鬼月家の屋敷に住まう者としてはあり得ない程に口の悪い言葉だった。まるで田舎の農民の子供のようだった。実際、こんな子供を俺は村で何人も見てきた。いや、それよりも………。

 

「?何?ずっとこっち見たままだんまりしないでよ」

 

 黒髪の美しい少女は、しかし着ている着物を重苦しそうに着崩して、髪を纏めたり櫛で整える事もなく、荒々しい言葉と腹立たしげな表情で俺を見つめていた。そこには明確な敵意があった。成る程、これは………。

 

「ごめんね、すごく可愛かったからついね」

 

 互いに外見だけは子供である事もあって、そんな歯に衣着せぬ言葉を平然と吐いて捨ててやる。しかし、ゲームでも耐性が低い少女がそんなたった一言の言葉に驚いて、少し照れて恥ずかしそうにする。俺は子供らしい笑みの裏側でチョロいな、等と冷淡に考えていた。

 

「えっと……さっき大人の人も言ってたけど、僕が君の御世話役みたいなんだ。よろしくね?僕の名前はね……」

 

 その時、きっと俺は性懲りもなく思い上がっていたのだろう。これまでの辛い生活の鬱憤が溜まっていたのだろう。だから甘い汁を啜ろうと、後先考えず俺は彼女に接近したのだ。

 

 大間違いだった。実力もない癖に柄にもない欲なんて出すものではなかった。それはとんでもない、そして取り返しのつかない誤りであったのだから………。

 

 

 

 

「おや?起きたのかい?お早うというべきかな?おっと……?」

 

 嫌な夢から目覚めた俺は、殆んど反射的に此方の顔を覗きこんでいた鬼に槍を打ち込む。無論、当然のようにスレスレで回避されるが。

 

「酷いじゃないか。起きてそうそう槍で突かれる謂われなんかないんだけどな?」

「貴様が鬼なだけで十分だな。そもそも記憶が怪しいがてめぇ、睡眠薬使ったな?」

 

 俺は少し朧気な記憶を振り返りながら尋ねる。

 

「お。覚えていたのかい?いやいや感謝してくれなくても良いんだよ?ご飯も食べないのだからね、せめて睡眠くらいは取らなければ体力が持たないだろう?」

 

 恩着せがましくそう語る化物に俺は眉を顰めざるを得ない。貴様の目の前で無防備で寝る方が遥かに精神衛生上良くないだろうが。……大丈夫だよな?俺摘まみ食いされてないよな?

 

 思わず手足の指や鼻、耳等を「摘まみ食い」されてないか確認する俺にまたか、とばかりに鬼は肩を竦める。

 

「相変わらず用心深い事だね。そこまで信用がないのかい?」

「鬼を信用する奴なんているかよ」

 

 忌々しくそう言い捨て、俺は洞窟の穴から見える空を見上げる。霧は……ないな。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「あぁ、あいつなら難易度調整のために昨日一発蹴りを入れてやったからな。多分まだ痛くて蹲ってるんだろうよ」

「やはり昨日の戦闘中のあの音はお前か」

 

 戦闘の最中に響いたあの轟音、その後に急に霧が弱まったと思ったらやはりこいつがちょっかいを出していたか。

 

(というかこいつの蹴り食らって生きてるとか大概だな。やはり相手は大妖か。そして霧の主ともなれば候補は限られてくる、か……)

「そうだな、少なくとも人の形はしてなかった。それに動きも悪かったな。鈍過ぎて手下共に自分を運ばせていたよ」

「………」

「おいおい、疑うなよ?いくら嘘つきな鬼でも四六時中嘘を吐くかよ」

 

 ははは、と笑って誤魔化す化物から視線を逸らし、俺は該当するものを絞り込む。幸いにも気まぐれ気味にゴリラな姫君から妖に関する書物は幾つか読まされていたので直ぐに候補は出てきた。

 

「あの化蛤が一番の候補か」

 

 実体があり、霧の幻惑を使い、人の形をしておらず動きが鈍いとなると一番該当するのがその化物だった。

 

 蜃……蜃気楼の言葉の語源でもある巨大な蛤は前世においては古くから伝承として伝わる怪異であり、ゲーム「闇夜の蛍」においては妖の一種として登場する存在だ。原作ゲームにおいてはでっぷりと成長した個体が主人公に死んだ家族の幻覚を見せて苦しめている。

 

 同一個体かは分からないが……どちらにしろ幸運だ。あれは直接的な戦闘力は其ほど高くはない。昨日のあの霧からして恐らくそこまで成長した個体ではないだろう。ましてや、目の前の鬼から蹴りを一発食らっているとなればかなり弱っている筈だ。

 

(鬼月綾香の性格からして下人であれ、死んでいる確証がないならばそのまま置いていく事は無いだろうな。となるとやり様はある、か)

 

 昨日の戦闘では緊張からか彼女の動きは精細を欠いていた。幾度か彼女の仕事に同行した事はあるがその時は年上の他の退魔士も同行していたからな……ゲーム内でも優柔不断な所があったが挙げ句初めての単独任務となればああもなろう。それを差し引いても今回の退治は然程厳しくはないだろう。

 

「まずは合流を……っ!?」

 

 次の瞬間、俺は邪悪な気配を感じて岩の影に隠れた。ほぼ同時に同じく気配を感じ取った鬼が楽しげな表情を浮かべて黒い妖気となって霧散する。

 

 俺は息を殺し、額に汗を浮かべながら音も立てずにゆっくりとそれを窺う。

 

(成る程、まぁ貝だからな。にしてもタイミングが良いのか悪いのか………)

 

 俺は内心で苦笑する。よくよく考えれば少なくとも転生して以来、運が向いて来た事なんて一度もなかった事を思い出した。

 

 洞窟の中を化物の軍勢が行軍していた。そして、その列の中央は一際特異で目を惹いた。シュコーと呼吸するかのように白い霧を吐き出すのは殻がひび割れて中から青い体液を染み出るように流す大きな牛車程の大きさはあろう蛤、それは無数の化物に背負われながら洞窟湖に向けてゆっくりと進んでいた………。

 

 

 

 不味い……それが真っ先に出た思考だった。

 

 化物の相手は化物……と言うのは常識人枠の彼女に悪いが妖の相手は退魔士が一番である。故に鬼月綾香にメインディッシュを含めて全部掃討して貰いたかったのが本音の所だった。昨日の戦闘では押されたがそれはあくまでも霧による視界や五感の不明瞭が原因だ。まだまだ子供である彼女ですら視界が晴れていればあの数の怪物共相手でも十分に距離を取ったまま壊滅させる事が出来ただろう。

 

 其ほどまでに何百年も競走馬の如く強者同士で婚姻を重ねて来た退魔士の名家鬼月家の人間はヤバい。あの戦闘出来るか不安な程太っている隠行衆頭ですら本気出したら脚力だけで瞬間移動と勘違いしそうになる超スピードを出してくる程だ。というか多くの初見プレイヤーがあのデブ衛門をなめてかかり反撃でバックを取られて主人公の首が一撃でへし折られた。普段脂肪ブルンブルンの癖に全力出すと全身筋肉ダルマみたいなビジュアルになるとかウッソだろおい!?

 

(一方、こちとら何処までいっても下人は下人だからな……この世界は血統と才能による格差が圧倒的過ぎる)

 

 朝廷や退魔士一族の政策も一因だがこの世界、より正確には扶桑国は唯人と霊力持ち異能持ちとの差がどうにも出来ないくらい酷い。無論、それはそれで理由はあるし、修羅の国と化している南蛮よりある意味マシなのだが。

 

 兎も角も、今目の前で百鬼夜行している化物の大名行列は、俺にとって余りに鬼門過ぎた。

 

(数は百少しか?気付かずに通り過ぎてくれるのがベストだが………)

 

 五感が人間どころか獣より遥かに優れている妖の大軍相手にこの距離で、事前準備もなく何処まで誤魔化せる……?

 

(不味い不味い不味い……!!!)

 

 間違いなくバレる。いや誤魔化せるか?しかし……奇襲すれば、いや無理だ。逃げる?逃げ切れるか?この洞窟は一本道だぞ。時間は?助けは?不味い不味い不味い……!!

 

「っ……!?」

 

 緊張し過ぎて脈が上がったのが悪かった。ズキン、と次の瞬間左肩に痛み。手で触れる。掌が赤く濡れていた。はは、やべぇ。傷口開いてやがる。

 

『グッ!?グオオォ!!!』

『ギャアギャア!!』

 

 化物共が急に騒ぎ出した。その理由を俺は知っていた。時間はなかった。

 

「っ……!!」

 

 俺は式神を走らせた。肩口の手にこびりついた血液をぐっちょりと塗りたくった式神が肉の姿を持った小さな烏……正確には顔面を札で隠した式神烏へと変貌する。実体化した数羽は一気に飛び上がり洞窟の湖のある方向へと飛んでいく。

 

 ほぼ同時に殆んどの化物共が唸り声と共に烏達が飛び去った方向へと駆け出して行く。獣の姿をしたものは岩肌を駆けて、鳥の姿をしたものは飛翔し、虫の姿をしたものは地面を這いずる。それらに該当しないもの、名状しがたき造形のものも各々の移動手段で式神の逃げた方向へと駆け出した。同時に巨大な貝の化物は足代わりの手下共に洞窟の奥に避難するように自身を運ばせる。

 

(今しかない……!!)

 

 次の瞬間、俺は大して多くはない霊力を足の関節と筋肉に流し込み、跳躍した。多分前世ならオリンピックの走り幅跳びで優勝出来たと思う。

 

「尤も、ドーピングで失格だろうけどな……!!」

『っ……!?』

 

 粉塵と共に巨大貝の目の前に姿を現した俺は槍の刃先を強化して、同時に遠心力を最大限に活用してそれを振るった。蛤を運んでいた足代わりの虫共を。

 

『ギッ……!?』

 

 正面にいた数体の小妖の前足の関節部をその甲殻の隙間を狙い切断した。そのまま槍を振るう遠心力で身体を回転させながら動かし、次いで横合いから第二列にいた数体の頭部と胸部を泣き別れさせた。

 

 殺す必要はなかった。いや余裕がなかった。虫型は頭を落としても暫く暴れるし、大柄な個体は甲殻が硬い。故に足を切断し、あるいは頭部を切り落とす事で思考能力だけでも奪う。それによって起こる事と言えば……!!

 

『っ!!っっ!!?』

 

 頭を切り落とされた虫の化物が数体暴れまわり転げ回る。思考が出来ないので主人である蛤の命令を理解も出来まい。そして前足を失った者は前に進む事も後ろに下がる事も出来ない。そして後方にいた虫共は目の前の仲間が暴れ回る事で蹴り飛ばされ、あるいは支えを失った主人の重量によって押し潰された。頭と胸が潰れ、ピクピクと身体の後ろ半分だけが痙攣する虫の化物……。

 

「死ね……!!」

 

 足を無力化した俺はそのまま槍の刃先を本命に向けて突き立てて突進する。反撃の隙は与えたくない。迅速に殺して、あるいは手傷を負わせたら化物共が来た方向に向けて全力で逃亡する手筈だった。

 

 だが……。

 

「痛っ……!!?」

 

 ガキンという金属同士がぶつかり合うような悲鳴と共に俺の刺突は防がれた。……ああ、うん。そりゃあ貝だから殻くらい閉じれるわな。

 

 失敗した。それを悟り、手の痛みを圧し殺して迅速に逃亡しようとした俺だがそうは問屋が卸さなかった。

 

「えっ!?嘘だろ……!?」

 

 次の瞬間槍を引いて逃げようとした俺に、蛤は殻を開いて何本もの触手で刺突してきた。多分薄い鉄板程度なら貫通しそうなそれを寸前で回避する。と、次いで蛤は……跳んだ。

 

「はいっ!?」

 

 咄嗟に身を翻して殻を開いて跳びかかる貝の化物の突撃を避けた。同時に背後にあった岩に正面衝突する大妖。

 

 ……後に知った事であるが、貝って触手があるし、種類によっては跳躍能力凄いらしいね。ましてや化物となれば残当だ。

 

「はぁはぁ、あの野郎、俺を挟み潰す気だったな……!?」

 

 俺が背後を見れば巨大貝が触手と跳躍で此方を振り返っていた。よく見れば貝のヒモに当たる部分にずらりと真っ黒な眼球が並んでいる事が分かった。無機質な、しかし何処か怒りを湛えた黒眼の視線が集中する。

 

「ひっ……!?」

 

 それが瞳術である事に気付いた時には全てが遅かった。足が固まる。より正確に言えば途中で化物と目を逸らしたために瞳術による催眠が中途半端にかかり足だけが動かなくなっていた。触手による攻撃が此方に突き出される。

 

「ぐっ…おっ!?……ちぃ!!」

 

 動けないために槍捌きで触手の攻撃を受け流していくが、それも十秒もたなかった。次の瞬間槍を奪われ放り捨てられる。そして触手の一つが俺の右足を突き刺した。

 

「ああああぁぁぁっ!!?糞がぁ!!」

 

 右足の激痛は逆に足の催眠をほどく事に貢献してくれた。膝を屈したまま俺は怒りに任せて懐から短刀を取り出す。この前の犬っころとの戦いで使い損ねたものだ。次の瞬間振るった短刀は綺麗に足を突き刺した触手を切断していた。

 

「あっ……ぐっ……!?」

 

 切り落とされた触手が暴れまわり俺の足の傷を広げた。それに耐えて俺は同じく触手を切り捨てられてもだえる蛤の報復を短刀で迎撃する。はは、槍で切断出来ないのにこんな短刀で豆腐みたいに切れるとか笑えてくるわ。

 

『……っ!?!』

 

 何本も触手を切られて流石に激痛なのだろう悶える蛤。そのまま殻を閉じた化物は再度俺に向けて跳び跳ねた。

 

「くっ……なめるな……!!」

 

 身体を捻ってその体当たりから身を守る。岩を砕き、土を掘り起こす衝撃、粉塵が舞う。だが、それこそがチャンスだ。

 

「人間なめんなよ貝風情が……!!」

 

 貝が殻を開く直前に俺はその殻の上に飛び付いた。そして、暴れる蛤の、その恐らく鬼の軽い蹴りによって陥没した殻の傷口に短刀をねじ込む。

 

『っ………!!!???』

 

 軟体動物の癖に生々しいくらいに赤い血が噴き出した。相当痛かったらしい。触手を散々暴れさせて化物は悶えた。触手の一つが俺の顔面に突っ込んだ。俺は激痛から小さい悲鳴を上げる。……仮面が砕けたな。無かったら即死だった。

 

「もう……いいから死んどけ……!!!」

 

 そのまま短刀を更に傷口深くに捩じ込む。それこそ肩まで傷口に入り込む程に。全身に赤い血が振り掛けるが最早気にしない。

 

 そうしている事恐らくは三十秒程……形容もつかない声で哭き、必死に暴れていた蛤はしかし、ゆっくりと動きが鈍くなり……そしてぐたりと沈黙した。

 

「………」

 

 それでも油断せずに念のため化物の中で短刀を捩るように動かす。動きはない。

 

「……やったか?」

 

 はぁ、と俺は右腕を肩まで化物の中に突っ込んだまま溜め息をついた。どうやら助かっ……。

 

「てないよな、これ」

 

 俺は周囲を見渡して嘆息する。周囲には俺の式神を追っていた化物の群れ。皆が皆鋭い眼光で、獲物を見る目で此方を見ていた。良く見れば何体かはズタボロになった烏を咥えていた。あ、ヤバい。これ詰んだ。

 

 一斉に跳びかかる化物達に、俺は急いで短刀を引き抜いて身構える。そして………。

 

『ふむふむ……まぁ、ギリギリ及第点かな?合格おめでとう』

 

 何処から聞こえたかも分からない尊大な囁き声、それが聞こえたと同時だった。……目の前の化物達は一斉に光の矢の雨に惨殺された。

 

「あっ………」

 

 それは圧倒的な力の暴力だった。逆らう事を許さず、歯向かう事を許さず、逃げる事も許さない。多種多様な化物達は幾百という矢の雨の前に細切れにされる。

 

 それは数秒の事だっただろう。百近い化物達はたった数秒のうちに皆殺しになった。

 

 暫し、静寂が周囲を支配する。そしてその静寂はそれを生み出した者によって破られた。

 

「伴部さん、無事ですか!!?」

 

 背後から声が響いた。暗闇の中、滲み出た霊力で輝く弓矢を手にした少女が慌てて走り寄って来る。

 

「……はは、やっぱり化物の相手は退魔士だな」

 

 先程の殺戮劇と、幼さの残る素直そうな少女の姿を思い起こしながら、俺は小さく、自嘲気味に呟いていた………。

 

 

 

 

 やはり、鬼月綾香達ははぐれた俺を捜索してくれていたらしい。その中で禍々しい妖力を感知して洞窟へと足を踏み入れた所で丁度俺が襲われている状況に出会したらしい。

 

(余りにタイミングが良すぎるな。……あの鬼が手を回したか)

 

 恐らく妖力はあのストーカーな鬼が態と探知させたのだろう。玩具がなくなるのを嫌がったのか。あるいは若い退魔士の力を観察するための舞台を用意しただけか。その真意は分からない。

 

「真意を知りたくても出てこいといって出てくる手合いの相手ではないしな。……それにしても痛いな」

 

 洞窟内の妖の死骸を式神が処理しているのを横目に俺は木にもたれながら自身の治療をしていた。特に右足の貫通した傷口の治療が痛い。動脈が切れていないのは奇跡だ。下手したら失血死していた。

 

「っ……!!」

 

 俺は噛み物で痛みを堪えつつ、同時に薬物(薬師衆が芥子から抽出した成分を秘伝の方法で依存性を抑えつつ濃縮したものらしい)でそれを誤魔化し、傷口を自分で縫い合わせていく。いや、痛い痛い……。

 

 涙目になりつつも縫合が完了すると糸を切り、酒精を吹き掛けて消毒してから包帯を巻いていく。

 

「あ、あの大丈夫ですか伴部さん……?」

 

 俺の手術作業を心底不安そうに見ていた退魔士は尋ねる。この年頃の子供には少し刺激が強……くはないな。化物との戦いの方が遥かに刺激が強い。いや、まぁ化物との殺しあいとはベクトルが違うのだろうが……。

 

「問題はありません。化膿はしないように注意しましたから。それよりも迎えはそろそろでしょうか?」

「え?あ、はい。式神が戻って来たのでそろそろだと思います」

 

 俺の質問に退魔士様は慌てて答える。それは上々、このままだと足を怪我した俺は置いてけぼりだったからな。

 

 鬼月綾香の面倒見の良さは安心感すら覚える。ゲームでもそうだったが今回のような下人が歩けない状況ならば助けを呼んでくれる。

 

「それにしても、何か不思議ですね」

「何がでしょう」

「お面がないので。下人衆の方々って常にお面しているので中々どんな人か分からなくて。伴部さんは結構印象的な事もあって分かるんですが……想像していたよりも若いんですね!」

 

 にっこりと、人の良さそうな笑みを浮かべる綾香ちゃんである。うん、やっぱり君、良い子だね。こんな良い子には下人衆が常に仮面つけさせられている本当の理由が、使う側が絆されにくくするためだと教えて顔を曇らせる訳にはいかないよね。

 

「綾香様、到着しました」

「分かりました。どうやら来たみたいですね!」

 

 今回同行していて生き残った下人の一人が報告すれば安堵した表情で綾香ちゃんはその出迎えを見やる。森の向こうから数人の供連れと共に近付いて来る牛車が見えた。どうやら仕事帰りらしい。

 

(さてさて、何処の誰の牛車なんだって……あ、あれは少し面倒かも)

 

 俺は牛車の出で立ちを見てそれが誰のものなのかを理解して苦い顔を浮かべる。これはまた後々がややこしくなりそうだ。主にあのゴリラ相手に。

 

「此方の申し出、受け入れて下さって幸いです。姫様」

 

 綾香、そして残る下人達は目の前で停車した牛車に向けて頭を下げてそう謝意を示す。

 

「怪我人が出たらしいな。宜しい、此方も仕事帰りだ。屋敷からそう遠くもない、怪我人だけならば運んでいってやろう」

 

 その男勝りで端正な声はついこの前も聞いた事があった。牛車から颯爽と降りた人影は木に横たわる俺の目の前に来ると、そのまま俺を見下ろして口を開く。

 

「この前以来だな。今回は一緒に来てもらう事になりそうだな?」

「……情けない話でありますが、どうやらそのようです」

 

 凛々しい黒髪の少女の言葉に俺は下人らしく淡々と答える。少女はその言葉に目を細めてただ静かに俺を、正確には俺の怪我の具合を見定めていた。

 

 鬼月家本家長女、鬼月雛……つい先日、同行の申し出を拒んだ相手に対して、表情を隠す面もない俺は何とも言えない気まずさをただ視線を逸らして沈黙する事でしか誤魔化す事が出来なかった……。


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