和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件   作:鉄鋼怪人

92 / 180
 活動報告にも書いておりますが1月24日にて第八〇・八一話を修正・加筆しております。今話を読む前にそちらを読まないと話が繋がらないかも知れません。まだの方はぜひそちらからお読み下さい。


第八二話

 縁とは結び付きであり、関係であり、繋がりである。

 

 その定義は幅広く、親子に兄弟姉妹といった血縁以外にも主従等の社会的な縁もあれば所有物に基づいた物縁、挙げ句には所属する村や組織、国家等集団にまで広げる事も出来る。

 

 呪いの中にはこの縁に基づいて放たれるものもまた多い。古典的な藁人形を使った呪詛等はその好例だろう。相手の毛髪等を藁に縫い込んで相手を呪う。あるいは相手の一族や村を目標とし、その因縁を伝って呪霊や怨霊の類いを送り込む事もある。人探しの呪いもある種の呪詛である。

 

 縁が近ければ近い程、その条件が明確であれば明確である程にその際の力は強く、一方でその縁が曖昧で範囲が広ければ広い程に一個人に対するそれは希釈され微弱なものとなる。

 

 そしてそれは向けられる感情の過多もまた同様である。向ける感情が強ければ強い程にその縁はより強固に、より深く結び付く………。

 

 刻は僅かに遡る。故に彼女はそれを感じ取っていたのだ。己と彼との心の臓を通じた深い繋がりを通じて、その覚悟を、その決意を、その決断を。何処までも自身の都合の良い解釈に基づいて。

 

 彼女が上半身を起こして布団から現れると黒く艶やかな黒髪が擦れるような音と共にしな垂れた。髪の隙間から項が曲線を描いて覗く。

 

「待っていろ。直ぐに向かうからな?」

 

 嘆息が、響いた。

 

 場所は牛車の内、『迷い家』と化した車の中で、その上座に鎮座する御簾の内の寝所に潜り込んでいた女は夢心地の中に微睡み溺れていた意識を既に完全に覚醒させていた。

 

 暗闇の中で寝所からすっと立ち上がる。墨を塗りたくったような漆黒の中でありながら照らし出されるように浮かび上がる線の細い白い肢体。引き締まった艶やかな体つき………。

 

 そう、今の彼女は裸体であった。若干汗に濡れた、神々しさすら感じさせる一糸も纏わぬ生まれたままの姿。そしてその身体は上気していて、艶かしく溜め息を吐いて、頬は朱色に染まっていた。それは恋に焦がれるようにも、情欲に耽溺しているようにも見えた。そして、両者共に正解だった。

 

 つい先程まで一人布団の中で彼女がしていたのは文字通りの意味での己の慰めにほかならなかった。愛する彼を想い、彼との逢瀬を夢想して、彼との情愛を妄想していたのだから。

 

 耳元で子供の頃のお遊びのように何度も甘い言葉を囁かれ、その身を彼の鍛え抜かれた硬く屈強な体で強く抱き締められて、その乳房を赤子のそれのように激しく貪られ、その身体を獣のように乱暴に貫かれ責め立てられ、最後には煮え滾る愛を肚に受け止めて共に果てる……そんな場面をひたすらに思い描いていた。

 

 それは愛する人に延々と甘えながら愛される、正に夢のような光景で………ただ思うだけでは足りず、己の指を以て事を成す。成す度に何度も寄って、啼いて、涙を流しながら喜悦して果てて、果て続ける。しかしそれが単なる虚しい自己発散行為に過ぎない現実を突きつけられては泣きはらす。それは別に今日だけの特別な事ではなくて、最早彼女の日課であった。日常だった。

 

 辛くて、嬉しくて、愛しくて……何よりも、唯一己を完全に剥き出しに出来るその時間は彼女にとっては貴重な瞬間であったのだ。慰めだった。生きる希望といって良い。

 

 しかし彼女は動く。大切な時間であるが、動く。当たり前であった。朝方から妖共を狩り続けていた疲労も、布団に潜り込んでからの慰めによる脱力感も、そんなものは今は関係なかった。今の彼女にとって、己の全ては何らの考慮をするになり得ぬ要因であった。

 

 己の汁でぐっちょりと濡れそぼった男物の下着を子供が宝物を隠すように枕の下に潜らせる。隠してから、鬼月雛は踵を返して御簾から出る。直ぐに妖退治のための完全装備を着込んで行き、指を鳴らせば燭台に火が灯る。

 

 赤白い光源に照らされる室内に、それはまるで元からいたかのように鎮座していた。妙に凝った意匠の鳥の式神が此方を見つめる。鳥特有の感情の窺い知れぬ式神が既に薄鎧まで着こんでいた雛を一瞥する。

 

『あら、外出の御用意?こんな夜に一体どちらに行かれるおつもりで?抜け駆けかしらね、けどこの辺りにはもう獲物はいない筈よ?』

 

 眼前の女が功績を立てるために各地で、それこそ不必要な程に奥地まで入り込んで人外の化物共を焼き払い、凪ぎ払い、殺戮してきた事を式の使役者は知っていた。

 

「冗談は止せ。分かりきった事だろう?あいつが危ないんだ。私には分かる」

 

 妹の嘲るような質問に、淡々と雛は答えた。心底詰まらなそうに、興味の無さそうに、どうでも良さそうに切り捨てる。実際雛にとってはどうでも良かった。今、彼女が眼前の女に求めている言葉は少なくて、それすらも最終確認に過ぎない。そも、あの女が自身に式神で接触を図って来た時点である意味では既に答えは出ていた。

 

『………ずっと西、蛍夜郷と呼ばれる地よ。梃入れに下拵えはしたけれど、まだ不足みたいね。ご協力頂けるわよね?』

 

 鈴の音のような声音で響く式の問い掛けに、雛は答えなかった。身支度を整えるとそのまま牛車の外へと向かってしまう。無視ではなかった。ただ、雛にとってはその質問は答えるに値するようなものではなかったのだ。

 

 家族ならば、夫婦ならば損得勘定無しに相手を助けるのは余りに当然の事であったのだから。

 

 ………そうであらねばならなかったのだから。

 

 だから雛は嬉々として行く。愛しい彼の許へと。愛する夫の窮地を救いに向かう。あらゆるものを犠牲として彼のために。

 

 車から降りればそこは月光の照らす野原。人の手が及ばぬ奥地まで入り込んだために拵えた結界で囲った夜営地。

 

「雛様?」

「姫様、そのような出で立ちで何事でありますか………?」

 

 偶然に夜番のために起きていた配下の退魔士や下人が彼女の姿を目撃すればその何とも言えぬ雰囲気に気圧されつつも何事かと声をかけた。

 

 しかしその呼び掛けを全て無視して、一の姫君が呼び出すのは調伏せし鬼月の一族に伝わる黄の龍。

 

「こ、これは一体!?」

「お待ち下さいませ、何処に向かわれるおつもりなのですか!?」

 

 彼女の次の行動を察して、しかしその意図も目的地も知らぬ周囲は慌てて制止の声をかける。しかしそんなものは最早耳に入らなかった。

 

 羽虫の鳴き立てる雑音なぞ、入る訳がなかった。

 

『………浅ましい女』

 

 全てを押し退けて龍と共に飛び立った姉を蔑むように一瞥して、式神の向こう側の妹は何処までも冷淡に呟いていた………。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 儀式の最中に突如として衆前に闖入した半人半妖の狼。彼女が言い放った言葉は村人達を驚愕させて、恐慌に陥れるには十分過ぎた。

 

 己の連行に協力した者達を呪詛し、罵り、嗜虐心と悪意をたっぷりと含んだ脅迫は、遠方から響く化物共の鳴き声や轟音もあって説得力があり過ぎたのだ。そして村人達はこの手の危機への耐性が低過ぎた。

 

「逃げられると思うなよ?全員そこで喰われるまで立ち竦んで怯え続けているがいい!!………あ、やべ。少し効きすぎたか?」 

 

 散々に脅した入鹿が去り際に背後を一瞥して、思わずそんな言葉を呟いてしまうくらいには村人達の混乱は酷いものであった。人々は悲鳴を上げて、騒然として、何をすれば良いのかも分からずにひたすらに愚かしく右往左往する。

 

「鎮まれぃ!!」 

 

 叫んだのは巫女役を先導していた郷の主たる蛍夜義徳であった。高齢とは思えぬ力強い声を上げれば村人達はピタリと黙りこんで自分達の上役に視線を向ける。混乱が、収まる。

 

「直ちに下方の集落に留まっている住民を集めよ!!我が屋敷の内に避難させるのだ。堅彦!」

「はっ!近場の砦や村に早馬を出せ!男衆は俺の指揮下だ。半分は在宅してる連中の回収を、もう半分は屋敷の防備を固めろ!!鍵番、兵庫の鍵を開けろ!!」

 

 義徳が混乱と動揺を鎮め、実戦経験もある堅彦が具体的な指示を命じる。元よりも地方の郷村である。保守的で権威主義的な傾向、そして住民と支配層の距離が近い事もあって村人達は義徳と堅彦の命に従う。女子供に老人を優先して屋敷に向かわせて、男衆は避難誘導に住民の回収、警備へと元々定められている組に従って動く。

 

「昨日宿場で騒ぎがあったばかりだったな。その辺りにでも向かえば何処ぞの退魔士連中を見つけられる筈だ。頼むぞ!」

 

 早馬に向かう直属の部下にそう言付けして送り出す堅彦。そして轟音が響く方向を一瞥すると目を細める。

 

(轟音が続いている?これは……戦闘、か?)

 

 そう、轟音である。妖の鳴き声だけでなく轟音だ。戦闘の音である。それは奇妙な事であった。入鹿の言葉が事実として、ならばこの音は何なのか?村で妖とまともに戦えるのは堅彦とその部下くらいのものであり、その部下だって殆どはこの場に控えている。一体誰が戦っているというのだ………?

 

「偵察を出す訳にも行かんしなぁ。何にせよ、ここは迎え撃つしかねぇか……」

 

 逃げるのは論外だった。相手の規模が分からない。千人を越える村人の避難なぞ何れだけ時間を要するか分からないし、避難の最中を襲われたらそれこそ太刀打ちも出来ない。何よりも朝廷から霊脈のある地の放棄は禁止されていた。助けが来るまで粘るしかない。

 

 問題は戦いに投入出来る男達の大半が素人という点である。堅彦自身は宮仕えの際に盗賊や妖を切り伏せた経験もあるし直轄の用心棒達も武器の使い方に心得はある。しかしそれ以外は………少しでも期待出来るのは樵や猟師の者くらいのものだろう。余りにも心許ない。

 

「おい、屋敷の瓦を外せ。最悪女子供も出張らんとならん。上から投擲するくらいなら出来る筈だ」

「は、はい……!!直ちに命じます!」

 

 避難する女中の一人を捕まえて堅彦は指示する。女中が屋敷の方向に去るのを一瞥し、そして周囲を観察しながら両腕を組んで渋い表情を浮かべる。

 

(屋敷に立て籠れば一日程度ならばどうにかなるか?)

 

 尤も、その間に男衆の半数以上は妖の腹の中であろうが。そして恐らくは二日、いや一日半は持たない。

 

 最悪郷主一族だけでも………堅彦は武士として、用心棒として己の役割を、死に場所を認める。覚悟を決める。

 

「堅彦様!」

「っ!?どうした鈴音、楽しみにしていた所を悪いが祭りは一旦中止だぞ?さっさと屋敷に帰るんだな」

 

 内心で腹を括ろうとしていた堅彦はふと名を呼ばれて振り向く。そして見知った女中の必死の表情を見つければ歳上として、立場として敢えて冗談を嘯く。

 

「冗談は止めて下さい!姫様が、姫様のお姿が………!?」

 

 女中の必死の形相と、紡がれる言葉に用心棒の貼り付けていた余裕の表情は完全に消え去っていた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 油断したら直ぐに死ぬし、油断しなくても普通に死ぬ、格上の化物だらけな癖して格下すらも何を隠しているのか分からないのが妖である。

 

 この世界に生まれ落ちてから、そして下人となってから何度も危険な目に遭って来た。ひょっとしなくても命が幾つあっても足りないし、どうして今日まで生きて来られたのか不思議なくらいだ。強いて言えば生き残るための努力を怠らなかったからだろうか?

 

 何にせよ、その延長線として俺は以前から不本意ながらも取り込んでしまった妖母の因子を安全を担保出来る範囲内で有効活用出来ないかを考えていた。

 

 尤も、寄生元の性格が糞なせいか因子の調整が難し過ぎて活用案は悉く頓挫したが。松重の翁が言うに一番の活用法が因子寄生させた妖や奴婢を暴走させたまま妖の巣穴に突っ込ませる事らしい。おう、卑劣爆弾やめーや。

 

 そんな状況に変化が生じたのは俺に寄生する存在がもう一柱追加されてからの事である。頭痛の種が増えただけとも言えるが、それでは救いがない。何とか有効活用したかった。

 

 そして、自殺紛いな『この方法』が提案された。

 

「ウオオオオオオォォォォォォッ!!!!」

 

 俺は蒼白い炎を全身から放出する。それは周囲一帯を出鱈目に焼き払い、そのまま渦となって眼前の妖共に向けて雪崩となって襲い掛かる。鎌鼬は両腕を振るい風撃でそれを消し飛ばそうとするが、炎はそれすらも呑み込んだ。

 

 結果を確認した半人半狼の化物は鎌鼬を抱き抱えると慌ててその場から跳び跳ねる。一瞬後に炎が二体のいた場所を焼き払う。

 

「これっ、多分触れたら不味い系の炎だよねっ!!?」

 

 火の粉を風で吹き飛ばしながら宣う鎌鼬。それは分析というよりも動物的な第六感から導き出した予感であったように見える。

 

 そして、だからこそ鎌鼬は刹那に背後から肉薄していた俺の存在に、寸前で気付いたらしかった。

 

「っ……!!?」

「ギッ……!?」

 

 明らかに驚愕し、動揺した鎌鼬は、しかし直ぐに行動に出た。背後から躍りこもうとしていた俺に向けて抱き抱えられたままに数十発の風撃を一瞬で叩き込んで来た。それはこれまでの攻撃がお遊びであった事の証明だった。挙げ句には狼人間が空中回し蹴りで木の幹をへし折ってそのままぶちかましてくれた。引き裂かれた木の幹が、空を切った音と共に眼前に迫るのが見えた。  

 

 そう、ゆっくりと視認出来た。

 

「グゥゥッ!!」

 

 回転しながら迫り来る大木を、俺は寧ろ足場にした。そのまま大木を蹴りあげて更に肉薄する。

 

 眼前に、狼のあぎとが開かれた。

 

『ッッッッッッッッッ!!!!』

「ちっ!?」

 

 咄嗟に俺は両腕で防御の姿勢を取り、一瞬遅れて叩きつけられる音の衝撃波を全身に炎を纏って受け止める。しかし……。

 

(こいつ、連打してきやがっ……!!?)

 

 咆哮は一撃に見えたがその実は複数回だった。短い咆哮を連続して一度に見せ掛けていた。圧縮され、凝縮された空気の弾丸が連続で俺の身体を打ち付ける。それは俺の炎の鎧が『滅却』しきる前に貫通して俺を後方へと吹き飛ばす。

 

「なめ、るなぁ……!!」

 

 空気が切り裂かれる音が耳に響き渡る。急速に光景が流れていく程の速度で後方へと叩きつけられた俺は足を折り曲げる。空中で姿勢を取る。そして……そのまま空気を蹴り上げる!!

 

「痛てぇ!!?」

 

 筋肉がブチブチと盛大に千切れる音を聴いた。焼けるような激痛が下半身を支配して、しかしそれは急速に遠退いていく。そして俺は無理矢理に方向転換を果たす。

 

 ………まぁ、次の瞬間に俺が見たのは視界一杯に入り込んで来る大量の木の幹だったのだがね。

 

「グオッ!!?」

 

 物量、面制圧、弾幕ゲーム。迫り来る十を越える巨木を、一瞬の時間で対応する事は不可能だった。一本二本蹴り返したと同時に残りが殺到する。そのまま木々と共に地面に叩きつけられて下敷きとなる。

 

「はは、まぁこんな風に冷静に語れる間はマシ、か?」

 

 ズタボロになって、当然のように血塗れとなった俺は、しかし木々の隙間から獣のように四つん這いになって這い出ると自嘲した。御代わりとばかりに頭上から落とされた大木を殴って吹き飛ばす。

 

 そしてその目の前にいるのは地面に着地した凶妖が二体。一体は無表情、しかしもう一体は顔を歪める。俺の身体を見て面食らったような表情を見せる。

 

「おいおい、何だよそれ。あれだけ至近で斬撃を打ち込んだんだよ?正直落ち込むなぁ」

 

 見事に決まった筈の風撃の傷がビデオの逆再生のようにゆっくりと塞がっていく光景に鎌鼬は苦笑いしながら嘆息した。何ならこれまで食らった傷だって全て再生しつつあった。痛みは残っているが。

 

「一体全体、これはどういう事なんだい?何で君からあのイカれた堕神の気配がするのかな?嘘だろ?眷属?冗談は止してくれ。此方は何も情報が上がってないよ?」

 

 困惑と驚愕と、何よりも面倒そうに顔をひきつらせる鎌鼬。こいつら、やはり救妖衆の一員か。

 

「さて、な。それを説明してやる筋合いはねぇよ。…………それに無駄だ。お前らにはここで死んで貰わなきゃならねぇ」

 

 ここまで奥の手を使ったんだ。妹のために、家族が少しでも死から遠ざかるようにこいつらはここで殺す。

 

(そうだ。こいつは本当に奥の手なんだから、な)

 

 酷い頭痛と目眩がする中で俺は奥歯を噛みしめ、そしてそれをちらりと一瞥した。

 

 蜘蛛だった。白蜘蛛。全身から生えた黒い体毛に埋もれるようにしてそいつはいた。此方に八本の足でしがみつき、肌に噛み付く。俺の視線に気付くと吸血を止めて此方を見る。前二本の足で万歳して来やがった。腹立つ。

 

 ガムみたいにねちっこい地母神の残滓を食らう子蜘蛛の存在、それが俺の今の姿と理性を維持する要であった。

 

 因子を意図的に覚醒させて暴走させる。当然ながら俺の身体は異形化し、精神は急速に侵される。そのストッパーがこの子蜘蛛であった。こいつに吸血させ続ける事で完全な妖化を食い止め、尚且つ戦闘能力を向上させる。デメリット?有りすぎて挙げきれねぇよ。文字通りの奥の手、後先考えない無謀な作戦だ。今だって体のあちこちが、それこそ中も外も、筋肉も血管もブチブチと千切れている。千切れた先から再生してまた千切れている。冗談抜きで痛い。しかも呪いの効果はまだ残っているようで身体中が締め付けられる。痛み以外の感覚がない。最低の状態だ。

 

『中途半端に妖化を続けている状態ですからね。相当な無茶です。その状態では長くは持ちませんよ?』

 

 耳元からの囁き声。見れば蜂鳥が止まっていた。肩の感覚がないのか止まっているのに気付かなかった。

 

「それまでにあいつらを纏めてぶっ殺してやるよ」

 

 俺はひきつった筋肉を無理矢理動かして笑う。多分歪んだ笑みだった。頬がひきつって、痙攣しているのが自覚出来た。蜂鳥は無言で何も答えない。俺は眼前を見る。狼人間から降りた鼬が四つん這いになって此方を窺っていた。

 

「狼夜、貧乏籤を引いたね。まさか初っぱなからこんな厄介な奴と出会すなんてね。最悪だ。もう、何もかも滅茶苦茶だよ」

 

 嘆息、溜め息、吐息、失望。わざとらしいくらいに落ち込んで、此方を見た。じっとりと、見た。

 

「しかも眼前の君は僕達がこのまま惨めに尻尾を巻いて逃げるのも許してくれなそうだ。僕は平和主義者なのにね。酷いや」

「せめてもっとマシな嘘を言えや」

 

 妖の言葉程信用出来ないものはない。最早こいつらの一番の目論見だろう土地神の解放……少なくとも原作で襲撃する妖共の目的はそうであった……は不可能だとしてもこれだけの損失を出して、屈辱を味わって、手ぶらで帰るなんて事は有り得ない。

 

 そして、こいつらは知恵が回る。俺がまともな手段で変貌している訳でない事も、そんな無茶が長く続く事がないだろうことも理解していよう。

 

 だから俺はこの場でこいつらを殺さねばならない。家族のために、妹のために、この場で殺す。確実に、殺す。刺し違えても。

 

「………」

「………」

 

 鼬と狼は左右に別れて此方を窺う。此方の精神力を削る狙いがあるようだった。俺が化物の本能に意識を塗り潰されそうなのを必死に耐えている事を察知しているらしい。此方が眼前の敵に集中出来ない事を理解しての作戦、実に狡猾な事だ。厭らしい。

 

「おら、さっさと来やがれよ。此方の消耗を待っているんだろうが……時間が無いのはそちらもだろう?」

 

 萩影が食い殺されたとしても、ある意味では何も変わらない。既に知らせを受けた宇右衛門達や官軍の兵も郷に急行している事であろう。退魔士ならばそれは当然の選択であった。何時死ぬのかも分からない。ならばこそ参戦する前に報告の一つくらいはしている筈であった。

 

「せっかちだねぇ。そんなに慌てるなよ。焦らされるのも中々乙なものだよ?」

 

 それを眼前の鼬が知らぬ筈もまたなかった。俺の指摘に鼬は受け流すようにして嘯き笑うが、其処には僅かながらに焦燥感が滲み出ていた。

 

 俺と怪物共との距離がジリジリと縮んでいく。額が汗でびっしょりと濡れる。顔が青ざめる。頭の中を鈍痛が鳴り響く。妖は此方の隙を窺い続ける。

 

「っ……!!?」

 

 そしてその緊張は、突然やって来た激しい頭痛に俺が僅かに意識を逸らした事で破られた。空を切る音。予備動作を見る事も出来ずに叩きつけられる風撃に俺の身体は切り裂かれ、そして直後には傷は再生を始めていた。

 

 しかしその攻撃はただの余興で、刹那に眼前まで迫り来ていた二体の怪物。肉薄する妖怪。狙いは首だった。幾ら不死身でも頭が無ければ思考は出来ない。一瞬の判断も許さずに頭蓋を破壊し続ければ無力化は可能だ。何の事はない、セオリー通りと言えばセオリー通りな常識的で陳腐な、そして真っ当な判断だった。

 

「……そうだ。言い忘れていたぜ」

 

 全ては一瞬の事だった。鎌が喉元に迫るその僅かな瞬間に俺は呟いていた。呟けていた。口元を吊り上げて、呆れるような表情を浮かべていた。眼前の鼬が怪訝な表情を浮かべていたのが判断出来た。

 

「お前も生きるのが下手だよな。入鹿?」

「っ!!?」

 

 鼬は俺の言葉と同時にその気配に勘づいたようだった。視線を仲間の狼の方に向ける。狼夜と呼ばれていた狼人もまたそれに気付いて驚愕しながら俺に向けていた首を回す。

 

 直後、狼妖の喉元に向け、妖化している入鹿が不敵な笑みと共に、その鋭い牙で食らい付いた…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬱蒼とした林中に止めどなく轟音が響き渡る。木々が引き千切れる音、獣が吠えるどよめき、金切り音、粉塵が舞う。

 

「ちょこまかと………!?」

 

 大樹の枝から枝へ、跳び移りながら俺はそいつを追う。月明かりも差し込まぬ闇夜の森の中では幾ら夜目が利いても限度があった。故に俺は耳を澄ます。無数の雑音を聞き分ける。それは最早人間の感覚ではなかった。

 

 何かが空を切る音を察知する。

 

「其処!!」

 

 空中にて俺は爪を立てて腕を振るった。金属音が響いてから俺はそれを視認する。鼬の右腕から生える四本の鎌が俺の腕に食い込む。しかしながら大鎧すらも切り裂く鎌は腕の外皮で刃は止まっていた。

 

「っ……!!」

 

 遅れて放たれる俺の豪炎を鼬はくるりと跳躍して回避した。一片の火の粉すらも触れる事はない。鼬の身のこなし、その素早さは半ば人外の怪物になっている俺をも翻弄していた。

 

(時間稼ぎか……!?)

 

 俺がこの姿に変貌して、そしてこの戦いが始まって既に十分は過ぎていた。しかし未だに俺は眼前の妖相手に勝負を決められずに追いかけっこをする羽目に陥っている。

 

 傲慢な態度であるが、鎌鼬は確かにその実力は本物だった。凶妖の中では素の実力は下位であろう。しかし知恵が回り、搦め手を次々と使って俺を翻弄していた。

 

 対して俺はと言えば、完全に己の力に振り回されていた。ぶっつけ本番なので仕方無いにしろ、人間の頃との感覚の差異が大きく、どうしても戦い方が雑になる。しかも変貌による反動と呪いがダブルパンチしていて全身の激痛と頭痛が判断を鈍らせていた。

 

「我ながら、浅慮な事をしたものだな!!」

 

 今更ながら分の悪過ぎる判断をした事を自嘲して暗闇から再び迫る鼬に向けて身構える。しかし………。

 

「これは、違う……!?」

 

 前方に見えた鎌の光、だがそれは偽装だった。切り取られた鎌が二本迫るのを俺は弾く。直後に感じる背後からの気配。頭をずらす。首から血飛沫が噴き出して激痛が遅れてやって来る。俺はそのまま回転して鼬の頭に裏拳を放った。命中すれば多分上半身が肉片になるだろう。まぁ、避けられるんですけどね?鎌鼬の鎌が二本に減った左腕が俺の肩口を貫く。

 

「んな事分かってんだよぅ!!」

 

 防御が遅れるのは折り込み済みで、次の瞬間には俺は全身から炎を放っていた。肩を貫く鎌を掴んで逃げられないようにする。しかしながらそれは徒労に終わった。鼬の尻尾が振るわれて、己の刃を切断したからだ。まるで蜥蜴の尻尾切りである。そのまま身を捻って距離を取ろうとする鼬。

 

「おら返品だっ!!痛てぇ!?」

 

 肩に差し込まれた刃の内の一本を無理矢理引き抜き投擲してやる。尚、宙を飛んだままの鼬の足鎌で蹴りつけるように弾かれた挙げ句に俺の頭向けてブーメランしてきた。面を半分切り裂いた所で俺も首を反らして軌道が逸れる。頭皮を切り裂いて、頭蓋を削った。中身が傷付かなかったのでセーフとしておく。傷口はみるみる内に塞がる。もう何度も経験しているがやっぱり俺人間辞めて来てるな。

 

(はぁ…はぁ………とは言え、これでも攻めきれねぇか!!)

 

 地面に着地した俺は息を荒げながら舌打ちする。突き刺さったままの今一本の刃を引き抜く。炎を受けて飴のように溶解していくそれを打ち捨てる。ここまでやって成果が鎌四本とは、割に合わ……いや、俺の素の実力を考えたらこれでも大健闘なのか?

 

 そんな事を考えていると背後から何かが迫り来る。思わず身構えようとするが気配と嗅覚がそれが何者なのかを俺に伝えるとその警戒を解いた。それは足下の土を吹き飛ばしながら俺の直ぐ傍らに滑り込んで来た。直後に血の臭いが鼻につく。

 

「っ………!?入鹿か、随分と手酷いやられ様だな?」

「はは、お互い様だろ。……そう言うお前さんも大分手こずっているみたいだな?えぇ?」

 

 全身に咬み傷切り傷を負って血塗れの半獣半人が俺の言葉に皮肉げに答えた。幾ら今の入鹿が半ば妖化しているとは言え、その負傷具合は決して軽いものではなかった。人間だったら出血多量で意識を失っているかも知れない。

 

『グルルルルルルッ………!!』

「…………」

 

 唸り声に僅かに視線を移す。視界の端に黙れ小僧!とか言いそうな体躯の黒狼の姿。同じように全身に傷痕が見えるが、その数も深さも入鹿の半分に満たないように思える。

 

「文句言うなよ。相手は凶妖だぜ?こちとら腕の材料は大妖なんだ。善戦してるだけ礼を言ってくれや」

 

 偉そうに宣う入鹿に俺は肩を竦める。そもそも此方の助言を無視して参戦して来たのはそちらであろうに………まぁ、それに助けられている俺が言えた義理ではないが。

 

「狼夜、そちらも結構やられたようだね。全く情けない話だ。天下の凶妖二体で人間二人殺せないとは」

 

 嘆くような仕草で発言する鎌鼬。俺は冷笑する。

 

「おいおい、俺達は人間に種類分けなのかい?」

「当然、そんな中途半端で気持ち悪い状態で僕達の仲間入りは御断り願いたいものだね。世間様の誤解を招きたくない」

 

 心底嫌そうな表情を浮かべる鼬。わざとらしい位に大袈裟に腕を縮みこませて肩を竦ませる。頭の鼬耳はへたりと折れていた。下らない雑談。見え透いた演技。時間稼ぎ………。

 

(先程よりも余裕があるな。増援が来るよりも俺達がガス欠になるのが先と見越したか?)

 

 最初の内は逃亡の隙を探るのか、時間稼ぎをするのか曖昧な態度であったのが少し前から明確にその態度が後者に傾いているように思われた。流石に全く来ないという事は有り得ないだろうが、近い内に来ると期待するのは難しそうだった。

 

「グッ……!?畜生っ!!?そろそろ、か……!?」

 

 心臓が破裂したような激しい激痛が胸元に走った。いや、多分本当に破裂した。俺の身体の動きに付いて来れなかったのだろう。破裂と共に再生したらしいが衝撃で嘔吐した。真っ赤どころか赤黒かった。

 

「はぁ、はぁ………おぅ、え゙!?」

「クッ、おいてめぇ。マジで行けるのかよそんな身体でよ?」

 

 隙に乗じて迫り来ようとしていた狼夜を睨んで牽制し、入鹿は俺に駆け寄る。よろけて膝を突きそうになる俺の肩を背後から掴んで支える。そして………。

 

「……大丈夫、じゃねぇな。そろそろ勝負を決めねぇとな」

 

 暫しの沈黙の後、俺は入鹿の支えをほどいた。一歩前に進み、強がる。そんな俺の態度を冷笑して嘲る鼬。

 

「これはこれは、なめられたものだね。まだ躾が足りないらしい。それだけ酷い有り様で勝負を決めるだなんて。………さっきからずっと思っていたんだがね。他人様を馬鹿にしてんじゃねぇぞ猿が!!

 

 最後の罵倒は獣のような声音で、そして獣のように唸る鼬。威嚇する蠍のように持ち上がる尻尾は肥大化して、それは割れる。鎌が三つ、それは鳥の鉤のようにも見えた。俺はその変貌に身構えようとする。

 

「はっ………?」

 

 刹那、姿勢が崩れた。右足が切り裂かれていた。これは、萩影の時の………!!

 

『グオオォォォォッ!!!!』

 

 姿勢を崩す。直後に響き渡るのは狼の咆哮。背後からの気配。死の気配。殺気だった。

 

 僅かな刹那、首を捻ってそれを見た。其処にいたのは何の動作もなく、何の物音もなく、何の前触れもなく距離を詰めていた狼。此方を見下す冷たい狼の眼光。顎が開かれ、並んだ鋭い上下の牙から粘ついた銀糸が伸びる。

 

 俺は咄嗟に身体から炎を放出していた。刺し違えるように、『滅却』せんとする。しかしてその蒼白い炎に呑まれても狼は何の傷もなく、ただ瞳は此方を侮辱して、嘲笑していて………そしてその顎が迫り来る。萩影の身体を半分引き千切った時のように。

 

 そして、俺は嗤って宣った。

 

「俺は転んでなんていない。ただ演技をしただけだ」

 

 お前さんを誘いこむためになと、俺は『送り狼』に嫌味たらしく嘯いた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 退魔士に固有の『異能』を持つ者がいるように、妖の中にもまた特定の条件で発動する権能を有する場合がある。そしてその中で更に一部には概念化されているもの、厳しい条件の代わりに強力な能力のもの、相性次第では対抗不能だったり、特定の対策をせねばどうにも対処出来ぬ初見殺しの力もまた少なくない。

 

『送り狼』という伝承がある。中身については地域差はあるがおおよそ森の中を歩く人の背後を無言で追いかけて、相手が恐れ戦き足下を疎かにして転げた所を、あるいはその背中を蹴り飛ばして転けた所を襲いかかり食い殺すのだという。

 

 その一方で、狼は転けた人間でなければ食い殺す事が出来ず、例えば「休憩しているだけ」、「座り込んだだけ」と宣言されてしまえばその真偽にかかわらず指を咥えて見ている事しか出来ないのだとか。

 

「ほら、ワン公喰らえ!!」

 

 己の正体を見抜かれて、そして己の異能故にその動きを停止させざるを得なくなった狼の鼻っ柱を俺は直後に全力で殴打していた。キャイン!!と悲鳴を上げて仰け反る狼。元より足を刈られるのは意識していた。故に足の傷は既に内からの炎に炙られて塞がっていた。

 

 手品の仕掛けに気付いたのはほんの直前の事だった。送り狼と対峙していた入鹿がよろける俺を支える際に狼の正体を俺に囁いた。以前、己の移植された妖狼の力を探るために調べていた伝承の中にそれがあり、そして実際に戦う中でそれを予想した。戦いの中で明確に相手が己を転倒させようとしていたのだという。

 

 恐らくは化け狼の異能、その正体は相手の転倒と共に発動する相手の生殺与奪の権利取得である。無条件かつ瞬時に距離を詰め、相手の攻撃が効かぬ上での咬殺。それが権能の内容。伝承、その対策法さえ分かってしまえば対処は容易な文字通りの初見殺しの能力。

 

「狼夜、下がれぇ!!」

 

 背後からの叫び声、衝撃、風撃。背中を深く切り裂かれて、俺は吐血しながら振り返る。同時に待ち構えていたように残る気力を総動員して業火を生み出す。

 

 振り向けば此方に迫る鎌鼬の姿。此方の反応が余りに素早かったのか、驚愕の表情を浮かべていた。

 

(引っ掛かったな、獣めっ!!)

 

 残念ながら此方は元よりお前さん狙いだよ。此方は力の調整が困難、狼の方に炎を叩き込んだら背後の入鹿を巻き込みかねない。逆にお前さん相手ならば………。

 

「それにしても、考えたものだよなぁ………!!?」

 

 それは皮肉でもあり、素直な称賛の言葉でもあった。

 

 鎌鼬が送り狼と行動を共にするのはある意味合理的であった。鎌鼬の能力の中には『痛みもなく相手を切り裂く』や『突風で相手を転げさせる』といった類いのものがある。鎌鼬が条件を無理矢理に整えて、送り狼が権能を以て相手を即死させる。

 

 それは共食い上等、利己主義者だらけの妖怪達にとっては通常は有り得ぬ事。複数の凶妖が集まり、互いの力の種を明かせる救妖衆に所属するから可能な条件………まぁ、何はともあれ、くたばれや!!

 

「ぐっ!!?」

 

 味方の狼を助けようと慌てて踏み込み過ぎた鎌鼬は咄嗟に風撃を放つが焼石に水だった。これを止めと力を振り絞ってぶちまけた業火は濁流だった。風撃では効果が薄いと理解した瞬間に妖は無理矢理に身体を捻り上げて、尻尾を盾にする。そして、炎に呑み込まれる。

 

「ぐおっっっ!!?なめるなぁ!!」

 

 直撃ではなかった。少し炙られただけ。それだけで鼬の尻尾が焼き爛れ、身体の三分の一以上が炭化していた。そして身体にこびりついた蒼白い炎は消える事なく尚も鼬を燃やし続ける。火達磨のままに右腕の刃が振り上げられる。死なば諸ともという事か。

 

(だが、今のてめぇじゃあ俺を殺し切れないだろうが!!)

 

 そして背後から手負いで後退する狼を確認する。入鹿が迫撃しようとする。俺もまた手負いの鼬に止めをさせばそれに参加する予定だ。俺の身体は既にガタガタであるが………それまでは持つと確信していた。

 

 そう、この瞬間までは。その声を聞くまでは。

 

「入鹿っ……!?」

 

 突如として響いたその声音に俺も、また呼ばれた入鹿自身も目を見開いて驚愕した。ほぼ同時に俺達は声の方向に視線を向ける。そして見付ける。その呼び掛けの主を。木々の陰から現れたここにいる筈のない少女を。

 

 ここにいてはならない巫女装束の少女を。

 

「不味い……!?」

 

 刹那の唖然、疑念、動揺、混乱、そしてそれら全てを押し退けて即座に俺は思い至る。このような状況を妖が利用しない筈がない事を。相対する鼬に視線を向けた。視線が重なった。此方の事態を理解してか悪辣にニヤける死に損ないの怪物。

 

 鎌が、振るわれた。

 

「其処から離れろぉぉぉぉ!!」

 

 咄嗟に俺は獣のように叫んでいた。しかしながら碌に戦いの経験もない箱入り娘の少女にはそんな叫びは意味がなくて、何なら寧ろそれは相手を怯えさせるだけの逆効果しかなくて、不可視の風の斬撃は無防備な少女に向けて迫り来て、そして………。

 

 血飛沫が舞い散った。

 

「がっ……!?」 

 

 小さい悲鳴が上がる。俺は息を呑んだ。その光景に驚愕した。そしてそれはまた巫女の少女も同様だった。

 

「いる……か……?」

 

 蛍夜環は震える声でその名を呟いた。彼女の眼に映るのは、腹を裂かれて臓物を溢した半人半狼の蝦夷であった。

 

 己の身代わりに倒れる、友人の姿であった…………。

 

 

 

 




本作の送り狼の権能概要
・内容 発動条件(相手が転がる、転ける、転倒する等)場合、即座に相手の背後に転移、無敵化しての相手の噛殺が可能

 但し、拘束条件として
 ・相手が自身を認識している事
 ・転移可能なのは己の視界内限定
 ・相手が「休憩しているだけ」等の言い訳を口にされた場合は権能は解除

 ネタバレした場合、一般人は兎も角退魔士であれば対応は難しくないために初見殺し限定の能力。本作においては雑魚妖での陽動及び鎌鼬の能力連携で相手を嵌め殺ししている。場合によっては人を驚かす程度の力しかないの雑魚妖でも代用可。

 尚、言い訳については弱点救妖衆内にてロボトミーでの言語認識能力の削除、聴覚器官の物理的摘出等で対応する案もあったが前者は運用が難しくなる事、後者は獣妖怪特有の感覚の鋭さから空気の振動や読心でも発現を認識出来てしまうと判明しているために実行されていない模様

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。