ゆきますくオリジナル短編集   作:ゆきますく

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四葉。クローバーの突然変異。花言葉は、幸福、幸運、そして「私のものになって」。

杏ちゃんは、私のもの。

誰にも渡さない。

誰にも。


*


後輩と同じ設定で作ることになり、出来上がった作品です。
なお、本作は他作品や現実の出来事とは、一切関係ありません。


四葉 花言葉「私のものになって」

杏ちゃん。今日は三回話しました。朝に一回、四限と五限の休み時間に一回、そして放課後で一回。他愛もない会話でした。確か、カフェの話題で、杏ちゃんは最近できた駅前のカフェを気にしているようでした。長くて名前を思い出すことはできませんが、フラペチーノと言われる種類だったことは忘れません。杏ちゃんはそれを好きだと言ったから。こっそり今日行ってきました。コーヒー一杯に三百六十円。とても払う気にはなりませんでしたが、杏ちゃんと来るならその値段も安いように思えて、今日は杏ちゃんといる気持ちになるために買いました。でも一人じゃやっぱり寂しかったです。

 

杏ちゃん。今日話した回数は一回ですが、帰り道が一緒でいっぱい話しました。もちろんカフェに一人で行ったことは話しません。私はもっぱら聞く方です。部活で最近練習が楽しいという話、お母さんと進路でもめた話、そして私の話。彼女は私が頑張るといつも褒めてくれます。四葉ちゃん、すごいね。いつもの笑顔で言ってくれます。テストで頑張ったり、部活で頑張ったりすると、必ず一番最初に連絡をくれます。小学一年生で出会ったあの時から、ずっと彼女は一番に喜んでくれました。今日もその話で私は満足です。

 

杏ちゃん。他の誰と話すよりも、杏ちゃんと話すと心が楽になります。自分の部屋にいるような、そんな気持ち。今日は杏ちゃんの言っていたカフェに二人で行きました。いつもは静かで大人し気な杏ちゃんですが、期間限定のフラペチーノを見た時だけは違い、少し上ずった声で、フラペチーノを頼みます。そして、サイズをSかTかGかと聞かれた杏ちゃんは一気に戸惑いの表情に変わって、そして私に助けを求めます。予習済みだったので、私はTでお願いします、と言います。杏ちゃんはまた褒めてくれました。

 

杏ちゃん。今日は話せていません。部活が忙しくて、杏ちゃんと帰ることはできませんでした。大会が近づいてきたせいか、最近はそのことばかり他の部員と話します。頭の中もそればかり。でも、私は杏ちゃんと話したい。一緒の道を歩きたい。それはしばらくの我慢でした。大会が終わればまた一緒に帰れるのだから、杏ちゃんも我慢してるんだし、といろんな理由を考えていると、なんだか大丈夫な気がしてきました。

 

杏ちゃん。大会が終わって、まず結果の報告をしました。賞状とトロフィーの写真を送ります。杏ちゃんはすぐにおめでとうと返してくれました。うれしかった。他の誰が褒めてくれるよりも、うれしかった。やっぱり私は杏ちゃんにもっと褒められたい。変な想いかもしれないけれど、私はそれが今一番欲しいものでした。そして、明日からはまた一緒に帰ることができるという喜びもありました。一週間、ほとんど話さなかった杏ちゃん。どんな顔をするのか楽しみです。

 

杏ちゃん。一緒に帰ることは叶いませんでした。教室まで迎えに行った時には、もう既に杏ちゃんの姿はありません。確かに特別約束をしていたとかそういうのではないのですが、でも、私が大会を終えて部活が忙しくなくなったことは知っているはず。なのに、その姿はありませんでした。どうしても杏ちゃんと一緒に帰りたい気分だったので、気分だけでもと思いフラペチーノを買いました。でも、最初に飲んだ時よりもずっと空しく、そして不味い飲み物だと思いました。

 

杏ちゃん。最近は通話もしません。メッセージのやり取りも、数回だけ。内容も大したものではなく、私が模試の結果を送ったり、そんな程度の話でした。だけど、杏ちゃんの返信はあまり乗り気ではなく、前みたいに話が長引いたりしませんでした。今日は眠れるか自信がありません。こうして筆を握っているのも、私が眠れない理由かもしれないけれど、でも、書いてすっきりした方が眠れるような気がして、こうして書いています。そろそろ時間も時間なので、今日は杏ちゃんと二人で撮った写真を眺めて寝ることにします。

 

杏ちゃん。悪いうわさが流れてきました。昨日、美華と通話して、そのまま寝落ちたという話。私以外と寝落ち通話した。どうして。理由は分かりません。美華は去年私と同じクラス、そして今年杏ちゃんと同じクラスでになっただけの女。全然可愛くもない。首をかしげる仕草も、笑い声も、少しあざとく見せるのも、全部。私の杏ちゃんを取った女がいる。今日の私はそれしか思い出せません。

 

杏ちゃん。きっともっと頑張れば振り向いてくれます。また、四葉ちゃんと呼んでくれます。そう信じて今日は少し早めに帰って勉強をしました。帰り道で英単語の本を買いました。ボールペンも新しくして、少し可愛いものを選びました。来週にはまた模試があります。受験の年だし、こういう時間もたまにはありだと言い聞かせ、今日の日記はここまでにします。

 

杏ちゃん。今日はあの女と話す杏ちゃんを見ました。距離が近い。イタい。あの女のあざとさが好きなの? 杏ちゃんは嫌な顔せず笑っています。その笑顔が見られただけ、私はちょっと安心しました。でも、私に振り向いてはくれません。今日は二人が歩いている後ろを歩いて帰りました。杏ちゃんの背中だけを見つめて、それが瞼から離れないように、じっと見つめました。写真ではない杏ちゃんを見られて、満足でした。今日も勉強頑張ろう。

 

杏ちゃん。明日の模試を受けることを知っていたので、一緒に行きたいとメッセージを送りました。すると、いいよ、と帰ってきました。楽しそうな絵文字付き。久しぶりに振り向いてくれて、自然に笑顔になれました。うれしかったです。頑張った私を神様は見捨てなかった。ありがとう、神様。もっと頑張って、次は直接杏ちゃんに振り向いてもらいたい。明日のことが楽しみだったけど、ちゃんと勉強します。

 

杏ちゃん。杏ちゃんは嘘なんてつきません。でも、嘘じゃなくても騙された気分でした。私と杏ちゃん、だけじゃなくて、あの女もいました。変な笑い方のあの女。杏ちゃんが真ん中で、あの女が杏ちゃんの左側、私は右側を歩きます。顔では笑っているつもりでしたが、本当はあの女の顔すら見たくなかった。神様はずるいです。なんで私をこんな目に合わせるのか。隣で笑う杏ちゃんを見て、私は寂しくなりました。でも、模試を手を抜くことはしません。皆が見てるし、何より杏ちゃんが見てます。今まで頑張ったのだから、きっと大丈夫。行きの道で気分がブルーだったけど、ちゃんと頑張りました。

 

杏ちゃん。今日は何回か話しました。廊下ですれ違って挨拶程度。それからお昼休み、お昼ご飯を一緒に食べようと誘ってくれましたが、あの女も一緒に来たのでやめました。寂しい。本当は私だけを見てほしい。なのに、杏ちゃんは皆にやさしいので、寄ってくる全員にやさしくします。今までその視線は私だけのものだったのに。なのに、その視線をみんなが、特にあの女が持っていく。負けたくない。あの女には、負けたくない。今日も二人の後ろを気づかれないように歩いて帰りました。

 

杏ちゃん。あの女と話している内容を聞くと、あの女が痩せたという話でした。杏ちゃんはもっと話したい人なのに、あの女が延々話していて、杏ちゃんは聞くばかりでした。無理に笑っているように見えました。そして、あの女が痩せたと聞いて、私も痩せたいと思いました。今日はフラペチーノをやめて、ブラックのコーヒーにしました。好みじゃなかったです。

 

杏ちゃん。いや、あの女がうざい。ずっと一緒にいる。あの女は自分の友達の輪に杏ちゃんを引き込もうとしてる。あの女に肯定的な人ばかりを集めた箱庭に価値なんてない。綺麗なだけは脆いだけ。ただ甘いだけのお菓子には芸がない。あの女はそうして自分が満足するだけの空間を作ろうとしている。いつ見ても、杏ちゃんはあの女の集団にいる。うざい。うざいよ。いつまでも周りが優しいと思っているなら、本当はそうじゃないよ。杏ちゃんを返して。

 

杏ちゃん。模試の結果が返ってきて、今度はトイレに行く途中一人で居た杏ちゃんに直接報告しました。杏ちゃんはあの女といるときとは違う、いつもの笑顔で私を褒めてくれました。四葉ちゃん、すごいね。そう、やっぱり杏ちゃんのこの笑顔は私のもの。あの女には絶対見られないもの。これでいい。私の勝ち。幸せすぎて、その日はどんなに杏ちゃんといるあの女が視界に入ってきても、私の気持ちは揺れない。

 

杏ちゃん。今日は通話をしました。さっきまでなので、五時間ぐらい。久々で楽しかったです。杏ちゃんは私の前ではあの女の話をしません。いつものように部活の話だったり、今度ある合唱コンクールの話だったり。でも、時々あの女の話が耳に入ってきて、もやもやしました。でも、杏ちゃんの声なので全然イライラしません。なんであの女の声は不愉快なんだろう。杏ちゃんの声はこんなにも癒されるのに。あ、それから、少し痩せたという話をしました。杏ちゃんも太り気味なのに悩んでいるらしく、どうやって? と聞いてくるので、飲み物をコーヒーにした、と言いました。杏ちゃんは、じゃあまたあのカフェに行こうね、と言ってくれました。またフラペチーノを飲む機会が来るとは思わなかったけど、でも、杏ちゃんとならいくらでも行きたい。でも、太るのは嫌。本当は全部投げ出したいけれど、でも、できない。私だから。稲垣四葉には、それはできません。

 

杏ちゃん。早く連絡が欲しい。でも、昨日は来ませんでした。今日ももう三時なので、きっと杏ちゃんは寝ています。今日も来ませんでした。早く連絡が欲しい。連絡、連絡が欲しいです。私はこんなにも杏ちゃんのことばかり考えているのに、杏ちゃんには届かない。いいんです。杏ちゃんが無理やりじゃなくて、自然に私のことを考えてくれるようになるまで、私は頑張ります。もう少し痩せたら、今度は洋服を買いに行こうと誘おう。もう少し、ブラックコーヒーで我慢する生活が続きます。

杏ちゃん。杏ちゃんと、きっと、前より仲良くなりました。一時期と比べてみれば、よく話すようになりました。だけど……なんだかずっと適当にされてるような、そう、やっぱり、あの女がいるんだ。私はただの話し相手? 結局、杏ちゃんの中ではあの女が一番なの? 分からない。杏ちゃん。杏ちゃん。杏ちゃん。

 

杏ちゃん。大通りのマンションの六階、六〇三号室。

 

杏ちゃん。杏ちゃんにさえ、私のことを全部わかってもらうなんて無理に決まっています。そんなことは分かっています。でも、あまりにも見たくないものが多すぎて、毎日それに目を瞑っていたら、見たいものが見えなくなった気分です。ブラックコーヒーはもう苦くもなんともなく、お湯同然の味しかしない。もう二時。まだ目の前に課題があるのに、目の前のノートを見て、何もする気が起きなくなります。本当は、もう何もしたくない。

 

杏ちゃん。あったことを話す相手じゃなくて、本当はもっといろんなことを話してほしい。杏ちゃんの悩みが知りたい。杏ちゃんの全部を知りたい。なのにあの女がずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと

 

杏ちゃん。許されない願い。好きでした。

 

 

*

 

 

「お茶持ってきたよ、杏ちゃん。……何、読んでるの?」

 

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