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著者、yukigaがweb文芸誌「アカシアの箱」の3号誌に寄稿していた作品です。
大学の課題としても提出した作品ですので、誤字や誤表現等あるかと思いますが、その際は誤字報告からご指摘よろしくお願いします。
僕は変わってるんだろうな。
誰かが、キャンバスは真っ白と決めた。でもそんなの糞喰らえと、僕はそこに真っ青を流し込む。すると誰かがそれを空と呼ぶ。僕は止まらず、それをかき消すように黒を塗りたくる。それから白を少しだけちりばめて、僕はそこを夜空にする。真っ白のように輝いているものでもなく、真っ青のように希望に満ちているものでもない。ただ、白も、青も、少しだけ残った黒でいい。それが、僕のキャンバス。本当は、もっと自由なんだと思ってる。
僕はそこへ一歩踏み出す。すると足元にコンクリートの階段が一段現れる。また一歩踏み出すと、また一段、それは夜空の中に象られていく。僕は下を見ずに、上だけを見てゆっくりと上る。カツカツと足元の音が響く度、心臓が少し跳ねる。数十段上って、目を瞑ってから息を一度大きく吸って、もう一度目を開く。そこには灰色で小型のプロペラ機が一台。僕が一番乗りこなせる飛行機。もう使い古しているけど、それでも僕にとっては他のどれにも代えがたいもの。僕が認めてあげないと、飛行機とも呼べないかもしれない。だけどこの世で一番大事で、ずっと一緒。そんな相棒。
今日も、僕は旅に出る。夜の空へ。
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飛び立つと、機体の軋む音が少しするけど気にしない。いつものこと。僕らは完全じゃない。使い古したおんぼろ機体とおんぼろパイロット。夜空を飛ぶのは、青空を飛ぶのより難しいと思うかもしれない。雲がどこにあるか分からないし、光っているのは星か月か、はたまた他の飛行機か。だけど、慣れるとここが飛びやすいと分かる。青空なんて眩しくて飛びづらい。軋む音が気になってしまって飛べない。純粋な空は、いろいろとすっきりしすぎてる。星や月や見えない雲があって、不純物の混じった下手なガラスみたいな空の方が、僕は僕の操縦だけに集中できる。僕は、そういう人間になってしまったんだと思う。
さっそく見えない雲に突っ込んでしまったらしい。ライトをつけ忘れたこの機体では、進む方向がよく分からなくなる。だけど、気にせず僕は進み続ける。僕の考えは止まらない。操縦桿さえ握っていれば、空は飛べる。むちゃくちゃな操縦でも、多少下手でも、ぶっ飛んでいても、飛行機と一緒ならとりあえずは飛べるのだ。出口を探しながら飛ぶしかない。
僕はこうして飛ぶしか力がない。夜空を飛ぶことしかできない。それもいつも正しく飛べるとも限らない。僕がしていることは、もしかすると他の人はそれを青空でできるのかもしれない。
雲を突き抜けた。今日の進む方向が見えた。加速させる。前へまっすぐ進める。操縦桿を力いっぱい握りしめる。タコメーターの加速度をチェックして、それが目一杯右に振れているのを見て、少し笑顔になる。僕にできることが、ちゃんとできてるって実感できる。最大速度まで加速したのを確認して、一度操縦桿を右手に任せる。左手でスピードのロックを解除。そして、どんな攻撃が、いつ、どこから飛んできても大丈夫なように、迎撃モードのロックも解除する。今日は久々に戦ってもいい気がしてきた。機体の軋む音が少し大きくなった気がする。この機体も追い詰められているのかもしれない。
夜空はいくら飛んでも変わらない訳じゃない。ちょっとずつ変わる。星の数が増えたり、月の光量が増したように感じられたり、周りで自己主張の激しい飛行機が飛ぶ数が増えたり。青空はただ雲の流れだけかもしれないけど、夜空にはこんな楽しみがある。ほら、あれがカシオペア。あの近くに北極星。それは知ってる? なら、みずがめ座は? あんなに小さいけど、あれも星座だし、それも見える時間が限られる。あっちはペルセウス座。流星群で有名だけど、あれもちゃんと星座。秋の星座なんて知らなかったんじゃないかな。夜空は変わるって、僕はちゃんと知ってる。だからこそ、こうして小さな変化を見逃さないようにちゃんと見てて、そして、自分の進むべき方向と周りを確認してる。
でも名前のついてない星なんて山ほどある。一番明るい一等星と一番暗い六等星は、およそ百倍違うって言われてる。僕は、他の飛行機みたいに自己主張用のライトなんてつけてない。だから、きっと他の飛行機から見ると僕の飛行機なんて六等星よりも見えないだろう。だって、知らなかったんだ。そんな方法があるなんて。僕は必死に飛行技術を身につけて、それでこの夜空で気づいてもらおうとした。複雑な軌道を描けば、きっと他の飛行機たちとは違うということに気づいてもらえる、分かってもらえるって。でも、そんなことはない。ライトをつけてゆっくり飛んでいるだけで実際はよく見える。なのに僕はライトをつけずに飛行機を作ってしまったせいで、今更つけるスペースがない。不器用ながら、他の飛行機にぶつからないようにするために、僕は今日も少し複雑で変わった飛び方をする。ナイトフライトをしたり、旋回飛行をしたり。
あ、あそこに列をなして飛んでる飛行機団が居る。まっすぐに飛ぶことだけをするなら、ああしているほうがリスクがすくない。他の飛行機とぶつからないようにするには、他の飛行機と同じ飛び方をすればいいから。僕みたいに気づいて避けてもらおう、というのが一番に来るパイロットは早々いない。できれば僕もああして身を守ってみたいけど、ライトがないのでできない。今回も合流を諦めてその飛行機団を見送る。
他の飛行機が見えなくなったので、一度操縦桿を元に戻す。自然と真っすぐ飛ぶこの飛行機は、当時の僕にしては傑作だった。装甲は人一倍硬く分厚く作って、攻撃用のミサイルは通常の二倍、迎撃用の機銃は通常の四倍以上の数を搭載した。誰も一緒に飛んでくれないと分かった僕は、一人で飛ぶことを決めた。その為には一番強い飛行機に乗る必要があった。強く、正しく、もっとも信用できる機体。不格好だけど、実用性が一番大事だったから、それはもう仕方ない。
夜空を飛んでいると、微細な何かに接触することは珍しくない。空中に飛んでいる塵にはしょっちゅう当たるし、たまにヘリウムが詰まった風船がプロペラに当たって破裂することもある。そうなると、いくら僕が乗りこなせる機体とはいえ、さすがにびっくりして機体を上下に揺らしてしまう。一度そういうことがあった日は、下から何か飛んできたりしないかちょっと過敏になってしまう。と思えばたまに上から、誰かの飛行機から落とされたのか、ゴミが降ってきたりすることもある。夜空は見えづらいからこそ、そうやって適当なことをするパイロットもいる。全く、そこは弁えてほしいところだ。
この空も、時間がたてば白んできて朝を迎えて、青空へ戻る。つまりは青空の延長上にあるのが僕のフィールドである夜空なのだ。だから、青空のパイロットも大勢夜空で飛んでいるし、青空にあった眩しいものが浮遊して残っていたりする。僕はそういうのが苦手だ。夜空は暗いからいい。暗い中を飛べる、というその優越感も含めて僕は夜空が好きなのに、それを他のパイロットが汚していく。
ほら、また汚す奴がいる。そうやって適当にゴミを零して過ぎ去っていく。僕の好きな夜空に、僕の機体が傷つく危険を残していく。さっきから右翼に何か当たってると思ったらそれだったのか。なんだか気に障った。高度を上げて過ぎ去っていくその飛行機を追いかける。気に食わない。
そいつはゴミを零し続ける。誰のでもない夜空を、ゴミで自分に染め上げようとしてる。適当な言葉でいつも他のパイロットを惑わせるような奴。僕は奴が落とすゴミを迎撃用のマシンガンで撃ち砕く。一機のマシンガンでことが足りる、なんて思ったら、そいつは零す量を増やし始めた。喧嘩を売られてる気がした。夜空を、そうして汚していくのがなんとなく許せなかった。きっと他にそうしている奴はいっぱいいて、こいつだけじゃないとは分かっていても、僕はそれを諦められなかった。落とす数が二つ、三つと増えるにつれて僕も稼働させる機銃の数を増やす。落とした瞬間に威嚇するように撃ち砕く。
軌道を変えてきた。高度を上下に操作して、軌道が波打つように動き出す。僕は直接機銃を当てると戦争になりかねないとは分かっているから、それに合わせて細かく追尾してゴミを撃ち落とす。あくまでミサイルは使わない。機銃で対処できる分は機銃で行う。安易に機体へダメージを与えることを狙ってはいけない。そこは僕なりのマナーだった。
それでも奴はゴミを零すのを止めなかった。しばらくして、急に高速旋回でこっちに機首を向けてきた。まさか―
ズガガガガガ!
デカい音を立てて機銃が僕の機体へ降り注いだ。しかも、ミサイルなどを迎撃するためのものじゃなくて、装甲を貫くための鋭い機銃。まずい。一度右に旋回しながら高度を落とす。少し疑似的に失速させてやられたふりをして、相手の追尾を逃れよう……と思ったら、それでも追尾してきて僕の機体へ撃ち続ける。夜空に発砲炎が輝いて、せっかくの黒がめちゃくちゃになる。装甲が軋む音以上に悲鳴を上げている。幸いエンジン部分にはまだ届いていないが、これは大きなダメージになりかねない。次の修理も見当がついてない。まずい。回避行動を続けていると、ついにはミサイルまで撃ちこんできた。ゴミを撃ち落としたことがそこまで気に障ったのか、と僕は少し呆れる。それをとりあえず迎撃用の機銃で撃ち落とし、もう一度そいつに向き直る。
「なんで私の星を壊すのよ!」
どうやら女性の機体らしい。機体についた大きなメガホンから叫んでくる。いや、これはメガホンだけじゃない、プライベートの回線にまでねじ込んできてる。傲慢な奴だな、なんて思いながら、それでも僕は冷静に答える。
「それ、ゴミにしかなってないよ、やめなよ」
「うるさい! 夜空ってのはこういうものなの!」
強引な理論……いや、理論でもない、もはやその人の考え方というべきものを振りかざされて、さすがにどうしようもないと思った。だけどそいつはひたすらミサイルを撃ち込んでくる。僕はそれをひたすら落とす。落として、落として、止むまで全部落とす。一撃くらいなら被弾しても大丈夫だったけど、プライドとして、一発も着弾させるつもりはなかった。
「あんたにはこれが星に見えないっていうの!?」
「だいたいそれ星じゃないじゃないか。星ってのは作るもんじゃなくて元々あるものでしょ」
「これだって同じ星だもの、夜空に置いて何が悪いっていうのよ!」
言葉を並べながら、同じスピードでミサイルを撃ち続けるパイロット。撃ち落とし続けるけどきりがない。このままでは長引くだけだ。分かっていた。分かっていたけど、僕はそいつを止める方法を「パイロットを機体ごとミサイルで撃ち落とす」しか知らない。
そんなことしていると、まずいことになってきた。他の機体に発砲炎が見つかってしまったらしい。夜空でこういうことをすると本当に目立ってしまう。だから嫌いなのに。
「おい、なんでこいつの邪魔するんだよ、いいじゃないか、別に」
どうやら、周辺の一機が奴に加担するようだ。威嚇程度に、数発のミサイルをこちらへ飛ばしてくる。僕はそれさえ撃ち落とす。
「ゴミをまき散らしてそのまま放置はできないよ。大事な場所なんだ、ここは」
「ここはあんただけの場所じゃないのよ!」
「誰のでもねえ、なら、別に星と同じ成分なんだし、夜空に置いたっていいじゃないか」
厄介な奴がやって来た、と苦虫を噛んだ。奥歯がギリっと音を立てる。同時に後ろでミサイルが一発被弾したらしい。装甲が痛む音がした。はぁ、また修理だよ……いつになるかなぁ。そんな呑気なことを考えながら、とりあえず今目の前のミサイルは叩き落すつもりで、必死になる。
「星の成分でもこれは放っておくと落下するし、こんなところに置くと危ない」
「じゃあ何も置くなってことか?」
「そう、こういう場所には何も置かない方がいい」
「そいつは困る、俺だって置きたいものがある時だってある。何でもかんでも辞めろっていうのはおかしいと思う」
やはりこういうタイプか、と予想通りで笑ってしまう。つまり、自分が禁止されると困るから他人への禁止を止めようとするタイプ。ああ、つくづく面倒だ。僕はただ夜空をすんなり飛んで、すんなり帰りたかっただけなんだけどな。
「別に空中で静止したりすることまで、ダメって言ってるわけじゃない。ただ夜空は物を置く場所じゃないってだけだよ」
「あんたに何の権利があってそんなこと決めるわけ?」
「何の権利とかじゃない、普通はそんなことしないって話だよ」
「普通って何よ、そんなの決まってないわ。少なくとも、あんたが決めるようなことじゃない」
ミサイルのタイプが変わった。もう最初のゴミのような低火力のミサイルじゃない、高火力の「機体を落とすためのミサイル」。
こいつ、僕を堕とす気だ。
「所詮夜空に何も干渉できないあんたなんて、何もできないパイロットじゃない。ライトもろくにつけてないし、普通でもない。見てたらさっきはちょこちょこと複雑な飛び方して、あれがかっこいいとでも思ってるの?」
ミサイルの威力は増していく。焦りからか、機銃の数は足りているけど、それを上手く扱えなくなっていく。あまりにも多いミサイルを、手持ちで落とすには難しすぎる。
「確かに、あの飛び方は危険だ」
「何もできないあんたなんかより、私みたいにちょっとでもよくしようとしてるほうがずっと有益。何のために空飛んでるの、あんた」
僕は。僕は、ただ。
機銃の操作がおぼつかなくなっていく。ミサイルの量は増える。周りはそれを花火が上がっているかの如く楽しんで見てる。僕の機体は削れていく。羽ばたくことが好きだった鳥は、その羽を一枚ずつもがれていく。右翼も左翼も関係ない。夜空の中でどこから伸びてくるか分からないその理不尽な腕で、羽をもぐ。彼女のミサイルは、それほど容赦のないものだった。僕というパイロットは、用意した機銃を全て完璧に使いこなせるわけじゃなかった。理論上この量でも落とせる程たくさんの機銃をつけていても、僕はまだそれを全て使いこなせない。まだ未熟だと自分で一番よく分かっていて、そして、それでも僕は上を見続けて飛ぶことだけを頑張ってきた。他の人が飛ぶこと以外に、ライトをつけたり、装飾をしたり、カラーリングをしたり、スモークをつけたり、いざとなったら逃げだせるようにパラシュートを搭載したり、仲間と飛ぶ練習をしてる間、僕はただ一人で綺麗に飛ぶことだけ頑張ってきた。それだけが得意だったから。
「結局そんなもんじゃない、あんたの夜空なんて」
ミサイルの数はどんどん増える。撃ち落とし損ねたミサイルの中に、榴弾が混じっていた。機体に突き刺さって爆発、背中から熱風が吹き荒れる。大きく穴が開いた機体から夜空の空気が流れ込んできて、僕の機体の内側を黒く染めていく。
「あんたの機体、あんたというパイロット、全部、そんなもんじゃない」
ただごり押すことしかできない糞野郎に、僕は散々に罵られながら、ミサイルを喰らう。メカアームを使って機体の穴を応急処置で塞ぎながら、ミサイルを落とすのも疲れてきた。集中が途切れないけど、息は途切れ始める。
「私みたいに、私じゃなければできないことなんて、あんたにはないでしょ」
相手の声に合わせて、榴弾がまた破裂して機体の後ろに穴が開く。悔しくて涙が出そうになる。でも、機体が涙を流さないようにしているなら、中に乗っている僕が流すわけにはいかない。機体は耐えている。反撃しようとしてる。僕は応えなきゃいけない。相手の声に、ミサイルに、応戦しなきゃいけない。
「僕は、僕にできることは、飛ぶことだけだから」
「は?」
おかしいと思われるかもしれない。でも、今更、僕を、この飛行機を、見て理解してくれとは言えない。僕がこの攻撃に応えなければ、こいつはきっと分からない。
「僕にしかできないことは、僕が飛ぶことを極めることだから。僕はこの空を守りたいから」
応える。機銃を構える。
「僕にしか、こうやって多くのミサイルを落とせない。僕にしか、こうやって素早くゴミを処理できない。僕にしか、この飛び方はできない。僕にしか、この機体は扱えない」
無線で訴える。声はもう震えてない。操縦桿から左手を放して、その手で禁断のレバーを握り、ボタンに指を置く。
「僕は、飛ぶために、ここにいるから」
機銃の轟音が鳴り響く。搭載している全てが一気に火を噴いて全てのミサイルを撃ち落とし、一瞬だけ、夜空に無と静寂の空間が戻ってくる。
今だ。
僕は、仕返しの一発を放った。
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空が白んできた。朝の六時。星も、飛行機も、ミサイルもない。ただ二段ベッドの上で汗びっしょりの僕がそこにいるだけだった。たった一人、孤独を感じながら大の字で寝転がっていた。僕らしいや、なんて思って起き上がる。もう寝る必要もない。このまま起きちゃってもいいかなって思った。別に夜空みたいに丁寧に飛ばなくてもいい。今から僕がいくのは青空で、今日の夜空は青空のための戦闘演習だったのだから。
僕は僕であるために、空を飛ぶ。みんなができることかもしれないけど、僕は皆よりも上手に飛ぶ。それだけが僕にできることだから。それだけは、負けたくないから。
今日も僕は一人で飛ぶ。夜空のように、青空を。