意識が堕ちていく。金色の糸に巻き取られ、その意識を奪われていく。
それがペオルが言っていた、アエーシュマの能力だということに気付いた時には既に私の腕は私の意思から外れていた。
まるで一人称視点で続いていく物語のように、目の前には驚愕に目を剥きながら息を吐くバアルを見つめていた。
「はぁ……はぁ……クソッ! なんなんだコイツ……なにが起きてやがるッ!」
──私はバアルを圧倒していた。旋棍を振り、雷を纏わせながら突進していく。速い、はずなのに私の腕は勝手にその高速の彼に拳を叩き込んでいく。容赦なく、無慈悲に。
触覚もまるで感じない、本当にただ映像を見ているだけだった。
「おいベンヌ! そっちはどうだ!」
「悪いけど、取り込み中、よっと。そこ!」
「ハッ、あ!」
「どうしたバアル……ってボロボロじゃあないか」
「うるせぇ!」
この状況に焦りはある。けどわからないこともあった。私をアエーシュマが操ってる、とするならおかしいよ。なんでバアルを襲ってるの? そうだとするなら味方を襲わせてることになる。それじゃあ説明がつかない。どういうこと? サニーに襲い掛かればいいのに。
けれど今度はベンヌに襲い掛かる。紙一重で避けようとしたベンヌだったが、魔法力の籠った前蹴りは当たっていないはずの蹴りの衝撃で吹き飛んだ。
「うぐ! これは!?」
「チッ、桃色の勇者は攻撃範囲の拡張と圧縮だ! 拳や蹴りのインパクトの広さを変えてきやがる!」
「なるほど、やっかいだね!」
二対一で攻撃を繰り広げてくるけど、私はそれを全て防御、もしくはいなしていく。銃弾は真正面から弾くんじゃなくて面に当てて逸らす要領で、旋棍も同じように、ただしバアルの場合は交叉法でスピードを逆に利用されて私の攻撃を受け続けていた。
「いったん下がったほうがいいバアル。攻撃がすべて見切られている」
「……なんでだッ! オレがテメェに負ける!? そんなこと……あってイイハズがネェ!」
「バアルッ! 落ち着け!」
黒い角が生え、トンファーと腕が融合し漆黒の巨腕に変化していく。
──完全な悪魔化、この姿を見るのは二度目だった。ベンヌは止めるものの、もう聞こえてはいないようだった。完全悪魔化は現状は長時間維持できないらしい。けれどその力は……一度相対したからこそわかる、根源的恐怖。
サニーが慌ててフォローに向かおうとしてくれるけど、叫んだ時に発生した周囲の雷と音圧が、それを邪魔する。なんて力……!
「バアル! 変身を解くんだ」
「ガァァァァァァ! テメェハ! コロス!」
「──ああ、やはりキミは
「ガッ!?」
だが、銃声がして相対していたバアルが呻いて膝をつく。腹や、肩に抉れ貫通したようなアトがある。
──味方を、撃った!? なんでそんなこと! 暴走してるから? それにしたって殺意が高すぎる。
「……なに、シやがる」
「悪いね、おじさんはか弱い少女の味方、というわけさ」
「裏切る気か!? 悪魔のお前が! 勇者側につくだと!?」
「さ、ここは撤退しよう……ドリームスター?」
違う! サニー! そう呼びかけようとしても口が動かない、サニーもさっきのバアルの衝撃で、動けてない! どうしよう……このままじゃ、私……!
私が、私が後ろ向きなことを考えたからだ。心の隙間に忍び込むような金の糸、アエーシュマはどこかで私を、私たちを見ている!
誰か……! そう思った時だった。煌めく刃がベンヌに襲い掛かった。
「──っと、やあ……シャヘルくん」
「貴様……サタン様を、我らが王を裏切るつもりか」
「やれやれ、知ってるってことは、やはりペオルくんは
「そういうことだ」
ベンヌを襲ったのは白い悪魔、シャヘル。そしてその後ろには肩を鉾の柄でトントンと叩くエメラルドの瞳を持つペオルの姿があった。
どういうこと? なんで悪魔と悪魔が……争ってるの?
「スター! 今助けます!」
同時にやってきたスノーが私に向かって刀を振るうと支配の金糸が切れていくような感覚と共に、身体が自由になる。
ポップはサニーの治療にあたってるみたい。支配が解けたことを悟ったのかすかさず私に銃を向けたベンヌだったけど、二振りの刀に阻まれ、銃を手放し頭の高さに手を挙げた。
「さっすがかつては天使長として辣腕を振るった王様だ……対応が早い」
「部下の裏切りに対する処罰もな」
「スターを操るなんて、許せません!」
操られ、無理に動かされていたせいか一気に疲労感が襲ってきてふらりと膝をつきそうになった私をペオルが支えてくれる。
──私たちに情報を教えて、麻弥ちゃんのことを話したのはこういうことだったんだ。
「今回は一時休戦ってやつだ」
「……次は、殴り飛ばして、やるから……ね」
「怖いこと言ってないで、休んでろ」
その言葉に甘えたわけではないけれど、限界だった私は意識をそっと手放した。
終わったら、どういうことか絶対、殴ってでも訊き出してやる。そんな気持ちを抱きながら、そして麻弥ちゃんの無事を祈りながら。
彩ちゃん、スターをペオルが運んでくれる。気絶してる彼女を麻弥ちゃんが抱き締めるように受け止めていた。
まぁ、混乱するよね。あたしは、ほら刺激的なことだったからすぐに面白いって思っちゃったけど。
──悪魔が対立してる。バアルは銃弾を受けて倒れているところをペオルに助けられている。シャヘルはスノーと一緒にベンヌを追い詰めてる。
「……納得いかないなぁ」
「私だって、そうです」
ポップも固い声色でそうつぶやいた。逃げていたスノー、ポップ、麻弥ちゃんは行く先でペオルとシャヘル、そしてボスのサタンってやつに遭遇したって言ってた。そしてサタンが言うには、アエーシュマとそこに付随するベンヌは自分たちとは違う目的にあるらしい。
関係ない。悪魔なんてみんな滅びればいい。思想とか関係ない。アイツらはおねーちゃんを……おねーちゃんをあんな姿にした。この手で消し去るべきモノなんだから。
「けれどここでサタンに敵対しては、スターは救えませんでした」
「利用、ってことなら全然アリだけど」
「はい」
ならせいぜい利用してやる、そう思った瞬間だった。地面が揺れて……あのシャチの悪魔が下から突然現れてきた。
狙いは……彩ちゃんと麻弥ちゃん! シャチはその巨体を活かして身をくねらせることで私を弾き飛ばしていく。
「うあ!」
「ひ、日菜さんっ」
まずい、分断された! 慌てて駆け寄ろうとするけど、更に複数体の悪魔が降ってきた。全部同じ骸骨顔をして白い角の生えた金色に武装した兵隊たち。一体一体は大した力はないっぽいけど、これじゃあ。
「……麻弥さん! サタンの言うことに賛同するのは途轍もなく納得はいきませんが! あなたはその資格を持っています!」
「──っ!」
ポップが声をあげる。麻弥ちゃんが……勇者に? でも確かに今麻弥ちゃんが助かるにはそれしかない。彩ちゃんを守れるのはもう麻弥ちゃんしかいないから。
──ああもう、というか邪魔! どいてよ!
「じ、ジブンが……みなさんのように、ですか?」
「できるよ、麻弥ちゃんなら!」
麻弥ちゃんはなんていうか、ピピピってくるものがあった。ドラムもるんってするし、なにより彩ちゃんの夢を語る表情に、瞳をキラキラさせてたのは……麻弥ちゃんなんだから。だから、麻弥ちゃんはできる。こんなところで、終わっていいわけがない!
「ジ、ジブンが……夢を……っ!」
彩ちゃんに証明してあげてほしい、夢は……与えることができるんだって。彩ちゃんにもらってキラキラした夢を持って、あたしたちに力を貸して! 麻弥ちゃん!
シャチが大口を開けて……止まった。顎を振り下ろそうにも緑色のバリアが張られていて、それ以上は進めないでいた。
「麻弥さん! そのリングをバングルに!」
「こ、こう──うわわ!」
眩い光に包まれ、その光が止んだ後に立っているのは、あたしたちと色違いのアイドル衣装、そして眼鏡はなくなっている、新しい勇者だった。
その手には彼女の一番強くイメージした武器が収まって……ん?
「……ゆ、夢を撃ち抜く、夢という緑を燃やす炎っ、ドリームファイア……っス!」
「麻弥ちゃ、ファイア……それは?」
「わ……これは、その。夢を撃ち抜く、というので……」
安直だ……とてつもなく安直だ。あとは機材に近いものが武器だったらいいなぁと考えていたらしく……うん、そんなこと考えてるから狙撃銃になるんじゃないかな。
しかも狙撃銃だとこの状況じゃヤバくない? と問いかけると確かにと言ってファイアはその手に持っていた銃を分解し始めた……え? 分解?
「……なにしてんの?」
「分解っす。どうやらジブンの魔法はモノの分解と再構築みたいで。こうして武器を変えて! これでどうっすか!」
「あ、うん、いいんじゃない?」
ファイアの手に収まっていたのは狙撃銃じゃなくて
「ファイア! ちょっと変わって!」
「了解っス! 銃でゾンビを、なんかソッチ系のゲームみたいっスね!」
「あ、うん」
なんか楽しそうでなにより、なんだけどあれかな、麻弥ちゃんは割とやりたいことができちゃうとテンション上がっちゃうタイプなのかな。
けどこれでアサルトライフルで相手を一掃しつつ、あたしはあのシャチを滅ぼせる。さっきからムカついてたんだよね。
「ギャルルルァァァア!」
「あはは! 元気いっぱいだけどもう終わりだよ!」
突進を避けて、すれ違いざまにロッドで頭を狙う。子どもの頃、おねーちゃんに教えてもらったことなんだけど、シャチとかイルカにはメロン体っていう音波を出す柔らかい場所があるんだって。動物の姿をした悪魔の骨格とかは現実の動物と同じらしいからね。柔らかいってことは当然、弱点になりえるってこと!
「スター……力借りるよ!
ドリームスターの技、
「おや、マルコシアスがやられる、か……これは不利だね」
「大人しくしていろ。今から私が、お前を断罪する──!」
「いんや、そいつは無理だねぇ」
あたしはその瞬間、ベンヌの首筋に金色の糸が刺さったのが見えた。それと同時に膨大な魔力が注がれ、ベンヌは二本の、黄色に近い……まるで月光のような美しく輝く角を生やした悪魔へと変貌する。肩甲骨からも同じような鳥の羽が……烏の羽が生え、それがまるで炎のように燃え盛り、羽ばたきによって風を生み出す。これは、熱波だ。受けただけで全身の水が蒸発するような死の風を、振りまこうと思えばできるってことだ。
「それじゃあ失礼するよ勇者という
「待っ」
「……無駄だ。追ったところで、今のヤツには勝てん」
──勝利とは、言い難かった。彩ちゃんを救出できたのはいいけど……アエーシュマ、か。思ったよりも敵はやっかいっぽいことを悟り、そして残った悪魔たちに向き直る。あちらは非戦闘員一人に重傷一人、こっちは彩ちゃんが気絶してるのみ。実質三対一なら、滅ぼせる。
「まぁ待て、一時休戦、と言ったろ」
「は? あたしは休戦を申し入れたつもりなんてないけど」
「ひなさ……サニー」
「鉾を収めたまえ、ドリームサニー」
あたしは初めて見る姿だった。けど彩ちゃんがノートみたいなのに悪魔の情報を纏めていたからすぐにわかった。シャヘルと似たような白い姿にブルーの瞳。知り合いで言うとこころちゃんみたいに左の前髪が斜めに切りそろえられ、四角縁の眼鏡を掛けた青いスーツ姿の男……サタン。
敵意はないはずなのに全身から汗が噴き出るほどの圧力を持つ、悪魔王との対峙だった。
六魔の分もちゃんとメモしていた彩ちゃんはやはり有能か……?