戦いは苛烈を極めていた。彼女の、ドリームスターの瞳から迷いが消えて、私を斃そうと襲い掛かってくる。
やはり先に麻弥ちゃんを、ドリームファイアを気絶させたのは判断ミスだったようね。彼女が迷っている時点では狙撃という厄介さだったのに、今のなれば彼女に迷いを取り戻してくれる相手になりえていたのだから。
「そこよ」
「──っう! あああああ!」
「くっ!?」
今の彼女はある種のハイになっている状態だ。アエーシュマの糸を使って感電させていくけれど、止まらない。
拳を繰り出して、そのたびに回りのものが破壊されていく。何が勇者の力よ……! 十分これだって暴走すれば悪魔的な力じゃない!
「はぁ……はぁ……」
おかしい。もう何度も何度も電撃を浴びせているのに、何度も何度もこのハンマーで吹き飛ばしているのに、彩ちゃんは、ドリームスターは倒れない。逆に私が追い詰められている。癪だけどアエーシュマの糸から注がれる力を使っていなかったら、私はあっという間にやられていた。隙はある、けれどその隙に攻撃をねじ込んでも、止まらない。
「ビショップ、大丈夫かな?」
「あなたは余裕そうでいいわね」
「そうでもない」
「よく言うわ。顔がサディスティックに歪んでるわよ」
ルークことベンヌがノコギリのような歪な歯のついた、そこから血を滴らせた鉈状の得物を手で遊ばせながらこっちに笑みを飛ばしてくる。ゲスね、本当に。今すぐその顔面に雷槌を叩き込んでやりたいくらいに不快だけれど、手を貸してほしいのは事実ね。といっても苦しめることを至上とする彼には痛みを気合で克服しているドリームスターはさぞかしつまらない相手でしょうけれど。
「手は貸そう。彼女をもう少しいたぶってから、すべて灼き祓えばいいのだろう?」
「最初からその便利なバーナーを使ってほしいわ」
「包丁で一口に切ってからでないと」
「あなたの気色悪いクッキングに付き合わせないで」
その言葉に仕方ない、とベンヌはまたドリームサニーのところへと飛び立っていく。どいつもこいつも。味方である私とベンヌには見えるようになっている金の糸を張り巡らせているあの男も、手を出せるくせに全然動かない。一発くらい痺れさせてあげようかとも考えたけれど、一本、私に供給している糸がどう動いてくるかわからない以上手は出せない。
「……みんなそうよ。あなたの苦悩なんて嘲笑うような輩よ、相手は」
「私はそれを許さない! 許せない!」
「あなたが絶望すれば、それこそ! 全てが無駄になるわ」
「……ならその前にすべてを斃してみせる」
聞く耳を持たないようで拳を振るってくる。それがアエーシュマの思うつぼだというのに。彼は待っている。こうして私が敵になったという絶望を利用しようと舌なめずりをしているのに。
「無駄よそれはできない」
「……そんなこと!」
「アエーシュマ様にすべてを託しなさい。それで忠誠を誓うなら……あなたの夢もきっと叶えてくれるわよ」
嘘は言っていない。あの男は自分が夢も絶望も思いのままに操ることが快楽だ。きっと彩ちゃんが膝を折り、頭を垂れたなら、アエーシュマはあの気味の悪い笑みで彼女をアイドルにするでしょうね。その背後に自分の糸が伸びていることに、ニヤニヤとしながら。
でもそれが最短距離ならばそうするべきよ。相手はあまりに強大で、敵に回すとすべてを圧し潰される。そういうチカラを持った存在なのだから。
「……それじゃあ意味がない」
「彩ちゃん?」
「私は……私を見てもらわなければ、意味がない!」
──その言葉は今までの彼女を表すにはあまりに空虚でありながら、あまりにしっくりとくるものだった。
彩ちゃん……あなたは、あなたも所詮、そのクチなのね。この諦めがほしかったのか、糸からさっきよりも強大な魔力を注がれる。私の中の魔と夢のバランスが崩れていき、私の頭から悪魔の角が生えてくる。ジジっと頭が痛み、私が私ではなくなるような冷たい感覚がしたが、そんなのもどうだっていい。
「天を焦がせ、地を灼け、悪魔宿りし雷帝よ……鉄槌を下せ!」
「……っ!」
極大の魔力を使って、強制的に天から雨雲を創り出し、魔力を手繰って雷への道を創り出す。悪魔化したことでより攻撃的に、破壊に向けられた私の魔力は、文字通り鉄槌となり相手を、ドリームスターを消し飛ばす。
「あ、彩さん……っ!」
「──え」
だが私が視たその未来は、いつの間にか気絶から回復していた麻弥ちゃん、ドリームファイアによって別のものとなった。
彩ちゃんを突き飛ばし自らが盾となり、私の最大の一撃を受け止めた。
「麻弥ちゃん!」
「あ……」
「……麻弥ちゃん」
一気に魔力を消費したことで悪魔化も自動的に解除された。これでドリームファイアは……死んだ。間違いない。最初の時よりも数倍の威力の雷を受けて平気でいられるはずがない。回復手段も失っている以上、ここで麻弥ちゃんが蘇生する手段は、存在しない。
「……あ、や……さん」
「麻弥ちゃん……!」
「あやさんは……アイドル、っスよね……?」
「え?」
「アイドルなら……いつだって、笑顔笑顔、っス。なにせ、お客さんに、見てる人に夢を与える、すごい存在、なんですから……」
何故生きて……いえ、分解したのね。致命傷とまではいっていない。確かにもう動けはしないだろうけど。麻弥ちゃんは確かに生きている。魔力で精製された武器を分解、再構築が本来の彼女の能力、私が雷を
──それよりも、まずいわね。ドリームファイアがやられたことで、その言葉で冷静になった様子だった。荒れていた魔力が驚くほど静かに、静かになっていく。
「……千聖ちゃん。やっぱり私は、絶望も、膝を折ることもしないよ」
「彩ちゃん」
「だって私はもう……決めたから!」
ここからが本当の戦いだと言わんばかりの気力の漲り方だった。静かながら今までのどんなオーラよりも危険な色を見せるその姿に私は雷槌を構えて対峙する。
そしてなにより、その瞳に宿る光に私は、動揺を隠しきれないままでいた。
私は千聖ちゃんのことをずっとすごい人だと思っていた。最初に思ったのは機材トラブルの時の対応、声が出なくて、どうしようもできなくてパニックになってたところで、千聖ちゃんだけは冷静にお客さんに声を掛けていた。
「その重量武器で私の攻撃を捌くのは、不可能だよ!」
「そうね、だけど私にはまだこの糸があるわよ?」
「……っく!? き、効かない! このくらいの痺れ!」
「突っ込んでくるなんて、無謀よ」
次にすごいと思ったのは仕事で全然姿を見せなかったのに、ずっと練習をしていた私たちと同じように楽器が弾けていたこと。
これには日菜ちゃんですら感嘆の声を上げてたっけ、それだけ、涼しい顔でやってきた千聖ちゃんのすごさを再確認させられた。
「あなたの魔力操作は杜撰ね」
「う! くぅ……っ! はっ!」
「無駄よ。キャリアはあなたの方がかもしれないけれど……私の方が強いわ」
そしてなによりすごいのは、ただ単純に努力しかできなかった私と違って、立ち止まることなく新しい仕事を持ってきたこと。いつだって、私は背中を見ることしかできなかった。努力も結構、夢を見ることも結構。だけど努力は夢を叶えてくれるわけじゃない。その言葉は、私が研究生から変わるのに必要な言葉になっていた。
「……はぁ、あっ!」
「なにを……?」
努力だけじゃだめならやり方を変えればいい。だから私は、私という存在を外に主張することにした。チケットの手売りは、私なりの千聖ちゃんからもらったヒントをカタチにした結果なんだ。それを、私はあなたに伝えなきゃいけない!
──地面を叩き、浮いたガレキを魔力で捉えて、一つ、一つと拳で撃ち込みインパクトだけじゃなく質量を変えた攻撃にする。
「くっ、なぜ、なぜあなたは……なぜ諦めないの!」
「──後悔したくないから!」
「……っ!」
その攻撃のほとんどは糸に阻まれる。どこで見ているのか知らないけど、いつか、いつかそこから引きずり下ろす! 私が戦っているのは千聖ちゃんでもドリームサンダーでもない! 悪魔、アエーシュマ!
「……
「私は、私のやり方で、アイドルに! 夢を叶えてみせる!」
さっきの攻撃で千聖ちゃんの周りにある糸は感知することができてる。なら後は攻めるだけ! 私は後退りなんてしない! 私は諦めない! 私は、私は、私は──!
──私はアイドルなんだ! アイドルである限り、私は負けない!
「雷槌よ、地を穿て!」
「……腰はしっかり落とし、下半身は動かさない。脇の締めと引手をおざなりにしない。拳の回転を意識する。基本動作は大きく早く」
ハンマーを振り下ろし、地面を伝ってドリームサンダーの魔力が広がっていく。地を走る雷撃という必殺技を前にして、私は最も静かで、最も集中していた。実戦で天地の構えから放たれる組手の正拳突きではなく、より大きく丁寧に、ただし早さを意識して、繰り出すための右手に全集中の魔力を籠めていく。私の夢を乗せた一撃、私の、覚悟を乗せた一撃!
「
それは今までになく美しく、まっすぐに撃ち出すことができた。サンダーの破壊の魔力が足元まで届く前に、すべてを捲り上げるように、糸も防御もなにもかもその一切を打ち砕く。
──これが真のスターブレイク。私の一撃必殺技。
「ぐ、はっ……これは、一体」
「糸がすべて切られた……いや、引き千切られたのか。こんな力が……いやはや、旦那がほしがるわけだ。撤退するぞドリームサンダー!」
全ての魔力あるものを打ち砕く。それは目の前の相手だけでなく、鬱陶しい糸もすべて千切り、砕いた。
繋がっていた糸が切れたせいか、ベンヌが元の姿に戻りながらうずくまる千聖ちゃんを抱えて撤退していった。
勝った? だけど、さっきまで気合で耐えていた雷撃のダメージで立つこともままならなくなってしまう。
「麻弥、ちゃん……」
麻弥ちゃんはぐったりとして動かない。元々回復したとはいえ雷を二度もマトモに受けたんだもん。無理はさせられない。イヴちゃんは、大丈夫かな。ポップはもうあのぬいぐるみは維持できなくなっちゃったのかな。
「……ひ、日菜ちゃん?」
日菜ちゃんは? そう見渡すと三十メートルくらい先で倒れてるのが見えた。あちこち斬り裂かれ、焼け焦げたようなアトがあって、ドキっとした。でもはぁー! 負けたー! と悔しそうに息を吐いてることから動けないけど元気みたい。よかった。
──また、守れなかった。私は勇者なのに。みんなの夢を守りたかったのに、こうしてたくさん傷つけさせてしまった。ごめんね……ごめん。
「丸山! マジかこりゃあ……」
「どういう状態だペオル」
「丸山と氷川がかなり危険だ。すぐ運ぶぞ、バアル!」
「命令すんじゃねぇペオル!」
最後に聴こえたのはそんな声だった。次いでイヴちゃんが麻弥ちゃんを起こしているところが見えて、よかった、助かったんだ。
勝てなかったけど、これでまた明日も……そう思いながら意識がふっと身体から離れていく感覚がした。
ようやく陣営がはっきりし始めてきた