幸い雨はそれほど長くは続かなかった。もうこれ以上は、と思った時にはもう茜色の夕日が差し込み始めていた。
──その中で千聖ちゃんは何もしゃべることなく無言で、それはもう黙々と片づけをしてくれていた。
「……雨、止んでよかったね」
返事はない。濡れた身体は体温を奪っていくだろう。千聖ちゃんも私も、それがわかっているから手早く片付けている。だけどもう人通りがないところに差し掛かったところで私は、たくさんの疑問をすべての一言に凝縮させる。
「あの……千聖ちゃん、どうして?」
また、返事はない。だけど無言で千聖ちゃんは振り返り、バングルを出現させる。
リングに重ね、まばゆい黄色の閃光に包まれた千聖ちゃんは……ドリームサンダーへと変身をし、武器を構えた。
「構えなさい」
「……わかった」
まるでそれはすべての疑問への答えに聴こえた。そう信じて、私も丸山彩ではなくドリームスターへと変身をする。
これは傷つけあうための戦いじゃない。不思議とそう思えた。まるで試合のような、目の前の相手を斃すためではなく、武の道を見せる……そんな感覚。
「先手、どうぞ」
「うん……いくよ!」
地面を蹴る。乾いた衝撃音が響き渡る。全身全霊の一撃をドリームサンダーは長柄のハンマーで受け止めていた。
魔力を使うことなく、彼女もハンマーを振るってくる。振り下ろしを躱し、地面が砕ける。
その隙を狙い、私はハンマーの上に立ち飛び蹴りを放った。
「やぁぁ!」
「甘いわよ」
「ま、だまだぁ!」
しかしそれはまるでしなやかな流水のような動きで逸らさてしまう。着地してすぐ反転、横なぎのハンマーをジャンプして回避して着地の重力を乗せて右手の拳を繰り出した。咄嗟にガードをされるものの、サンダーは衝撃で後ろに下がり、そこに畳みかけていく。
「は! やっ! せい!」
「く、すきが、ないわね、彩ちゃん!」
「捌ける千聖ちゃんにびっくりしてるよ!」
「舐めないで、私だって勇者よ!」
「よっ、と!」
拳を捌き捌き、捌き、少しの隙に下段蹴りを繰り出せるんだもんやっぱりすごいよ。けど私もそこは敢えての隙だったので空中で一回転しながら回避する。肉弾戦は私の方が有利だ。魔力を使った、半ば殺し合いのようなものならわからないけど、遠距離の攻撃がない限り千聖ちゃんは魔力感知で先読みはできてるみたいだけど、やっぱりモノに伝達して痺れさせるってことができないせいで苦戦してるみたい。
「じゃあ次は、いくわよ!」
「うん!」
地面や空中に魔力が走り、その道を雷が辿ってくる。やっぱり雷ってだけあってものすごく攻撃スピードが速くて回避が難しく、少しの魔力でたくさんの熱量を生み出すけど、それだけに繊細な操作が求められる。それを戦闘中にできる千聖ちゃんはすごいけど、やっぱりその操作には一瞬のラグがある。そこをなんとか感知できれば!
「──! 避けるわね! けど!」
「っ!?」
地面を砕くようにハンマーを叩き、礫一つ一つに電気を纏わせる。帯電弾幕、とでも言えばいいのかな、それをできる限り目視で避けていく。
だけど、そこで頬を静電気がかすったことで……気付いてしまった。更にその礫一つ一つすべてを魔力でチェーンのようにつなぎ合わせられている。
弾幕じゃなくて、檻のように、全方位攻撃!
「終わりよ!」
「まだだよ!
「……っ!」
魔力を籠め、範囲を広げた上段回し蹴りは、前方の檻を突き破り、ドリームサンダーめがけてとんでいく。
奇襲に近い攻撃に驚いたのか、慌てて避けることはできたけど魔力を帯びた檻がただの礫に変わる。その瞬間、ありったけの魔力を脚に集中させて地面を蹴り出し、高速で距離をつめていく。
「な……!」
「……えへへ、私の勝ち!」
千聖ちゃんの鳩尾に拳を僅かに触れさせて勝ちを宣言する。やった! あっと驚かせれた! という喜び顔を見たせいか、千聖ちゃんはやれやれという顔で変身を解除していく。そして、次に発した言葉は私にとってはとても意外なものだった。
「……もう悪魔化の兆しは消えたわね」
「千聖ちゃん……どうして?」
「……あなたのことがわからなかったのよ。だから同じことをすれば、わかるかと思って」
「どう、だった?」
「夢に向かって、どこまでも愚直に突き進んでいく……それしかないと思っているから。それを自覚した上でなおももがいている……不器用に」
ずばりその通りだ、と私は頷いた。私にとって夢に向かうっていうのは一本の険しい道、曲がりくねっていて、その道は果てしなく困難だ。でも、それでも歩むことはやめない。私は、私の人生はひたすらにそれにしか向き合ってこなかったから。だから私は防御なんてしない。いつだって天地の構えで、拳を先に撃ち続ける。
「でも、それがあなたらしさなんでしょうね」
「うん、アイドルとしての道も、勇者としての道もそう……後悔したくないから」
「後悔、か」
そう。もしかしたら昨日千聖ちゃんが言ったようにアエーシュマに降るのは夢を叶える近道だったのかもしれない。幸せだったのかもしれない。だけど、それでも私は私の生き方というものに後悔したくない。勇者としての道に後悔してしまうのなら、そんな近道は必要ないから。
「……アエーシュマは、この事務所の一番上にいるわ」
「トップ……ってこと?」
社長……ってことだ。金弦のアエーシュマはここの社長室にいる。そんな情報を千聖ちゃんからもたらされ、私は少し事務所に入るのをためらってしまう。
だけど千聖ちゃんに背中を押され、意を決する。そうだ、あそこにはみんなもいるんだ。そういう決意をもって会議室の扉を開ける。
「彩ちゃん……に千聖ちゃんも? 二人一緒だったんだ」
「ええ……少し、事情があって」
「……うん」
一瞬戦闘態勢になるけど、千聖ちゃんと並んでる私のリアクションと千聖ちゃんに敵意がないことに気付いた一堂は今までのように彼女を受け入れていくれる。そのうえで、麻弥ちゃんが見てください、と私たち二人にスマホを見せた。話題に……って今度はなに?
「ネットのコメント、見てください!」
「……これって」
それは私と千聖ちゃんが手売りをしていたのを、誰かがネットに書き込んだところが始まりのようだった。それがきっかけでパスパレの話題がすごい盛り上がってる。色んなところで色んな書き込みであふれかえってる。
──その中には、研究生時代からのファンの暖かいコメントもあった。私の頑張りが、いつも、ずっと応援してくれていた人たちに、届いたんだ。すべてを懸けて、すべてを出し尽くして千聖ちゃんのところにまで、拳が届いたように。
「彩さんらしい頑張りが、お客さんの心にちゃんと届いたんですよ!」
「……よかった、私……よかった」
涙があふれてくる。嬉しい、安堵、二つの意味で涙が止まらない。よかった、頑張ってきて本当によかったという思い、そしてあの時絶望して、すべてを終わらせなくて本当によかった。悪魔にならなくて本当に……!
「──っくしゅん!」
「アヤさん! 大変……!」
「私、タオル取ってくるわね」
「あたしも!」
そう言って、千聖ちゃんと日菜ちゃんは会議室を後にしていく。
あ、千聖ちゃんにありがとう……って言いそびれちゃったな。でもいっか! また今度で! もう千聖ちゃんは敵じゃない、私たちは五人でパスパレだし、五人で五色の夢を持つ勇者なんだから!
くしゃみが出る。当然だわ、あんな雨の中ずぶ濡れなのを気にせずにいたんだから、風邪を引いてもなんらおかしくない、本番も近いのにバカなことをしたと我ながら思うわ。今日はやけに反省することが多いわね。彩ちゃんに弱点を看破されたし、まさかあそこまで詰め寄られるなんて。そんなことを考えていると後ろにいた日菜ちゃんが、少し含みのある笑みを浮かべてくる。
「昨日まで敵側だったのに、どういう心境の変化? 気になるなぁ……」
「彩ちゃんを斃すチャンスだと思った、それだけよ」
「……で、どうだったの?」
「訊かなくてもわかるでしょう? 彩ちゃんは彩ちゃんなのね、それを実感させられたわ」
あの子は愚直で言葉通り愚かな子。ただそれゆえの夢へ向かう力は相当なものだった。遠回りをしているはずなのに、それこそが真の近道とでも言わんばかりにまっすぐ、ただひたすらまっすぐ前を見続ける。そんな強さを持った子なのだと思った。
「おんなじだよ。千聖ちゃんは千聖ちゃん、でしょ?」
「そうね……タオル、彩ちゃんに渡しておいて……私はここで失礼するわね」
「……あ、千聖ちゃん!」
日菜ちゃんにタオルを押し付けて、廊下を歩いていく。電話がかかってくる……いちいち電話だなんてしなくてもそのご自慢の髪で知っているのでしょうに。人のプライベートなんてお構いなしで、本当にイヤらしい悪魔ね。それとも言い訳でも訊ねてくれるのかしら?
「お疲れ様です」
『……千聖』
「すみません、
『時間は大丈夫だ……言い訳をしてくれるのかな?』
「ええ……」
『ならば社長室まで来なさい』
言ってやるわよ。リングを握り締め、私はせめて相討ち覚悟でという決意を胸に社長室へ向かった。
──だが、その曲がり角で薄汚れた鴉羽のようなハットを被った無精髭の男がそこには立っていた。
「……言い訳をしに来たのだけれど?」
「フッ、わかっているんだろう、ドリームサンダー。キミがドリームスターと一緒に帰ってきたのは旦那も把握済み、どういうことか?」
「お生憎、消されに来たわけでもないわよ」
ベンヌは銃を構えて私を威圧する。だがこの距離感なら変身して……とポケットに手を入れたところで私は身体を走り抜ける電撃に驚愕しながら倒れてしまう。リングがコロコロと転がり、ベンヌの足許へと吸い込まれていく。
「一体なにが……?」
「旦那から、一応生きたまま捕まえろって命令なんでね。紹介しよう……
「……どうも千聖様。よいお眠りを……後はこのティアマトが、すべて……アエーシュマ様への愛も、独占させていただきたく」
「……そんな」
もう、ティアマトは目覚めていたというの? こんな明らかに
──ごめん、なさい……みんな。ごめんなさい……彩ちゃん。謝れなかった、謝りたかったのに……!
パスパレとして順風が吹いてきたところでついに出てきた七体目の悪魔
そんなことより戦うことで理解し合うって要素が好きなんだよ。理解してくれ。そのためなら作者も変身するよ。