──満身創痍だった。ドリームファイアもドリームスノーも、なんとか立ち上がることで精いっぱいの状態。それもそのはずだった。相手があまりに、強すぎる。それでも闘志は消えず、スノーが刀を彼女に振っていき、ファイアは銃を構える。だが残虐な笑みを浮かべた少女、ティアマトは影を爪のように伸ばし、自分はステッキでスノーの刀を受け止めながら、ファイアの銃を切断していく。
「くっ、色が変わるのも早いっスね……!」
「ドリームサニーの万物転換と一緒にしないでいただけますでしょうか?」
「うっ!」
「ファイア! っあ!」
「あなたは仲間がやられただけで動揺しすぎです。ちょーっと腕や足を切っただけですよぉ?」
彼女はいつでも勇者たちを殺せる立場にいながらそうすることなく徐々に徐々に傷をつけ痛みを与えて嬲っていく。そうすることこそ、彼女たちが絶望するために必要なシナリオなのだから。
──だが、ティアマトはふと手を止める。彼女の影の中で何かが胎動しているのを感じ取ったのだった。
「……おや?」
むず痒そうな、暗闇を怖がっているような感覚。そんな感覚に笑みを浮かべながらティアマトは影から、
「さぁウガルルム? この母のために、そして愛するシュマ様のために、あの勇者どもを……?」
「うあ……あ……!」
「──防御しなさい勇者! 死にますよ!」
「えっあ! ぶ、武器構築・
「ああああああああぁ!」
周囲が爆発したかのような衝撃が盾に伝わっていく。ティアマトの忠告が無ければ間違いなく、間違いなく死んでいたというほどの衝撃破を発生させたドリームスター、否、紅星のウガルルムはルビーのように輝く角と
「早……チッ、この!」
圧倒的膂力で距離を詰められ、拳を振るわれるかと思われた瞬間、パチ、っと黒い雷が放出されティアマトの速度が急上昇する。白と黒、そして虹色に輝く角を出現させ、片方だけ黒色に変えた彼女は素早く、影を延ばし、彼女を捕まえる。
「やはりまだ調整が甘かったか……? いやでも、絶望はしきったはず、ならばどうして」
「アた、シ……わた、し……はっ! 夢を、夢を……っぐ! みとめ、ラレたい! アタシを見てくれなければ、イミ、ない! 私は、アイドル、スターに!」
「暴走している、のですね。どういう夢への執着なのでしょうか。ですが、このワタクシを攻撃するなど、ましてや……かすり傷を与えるなどとは、キツいお仕置きが必要なようでございますね──っ!」
そう言ったティアマトは、目を離していないはずのウガルルムの姿を見失った。彼女は、ドリームスターが最初に戦ったガープの情報を元に生み出された悪魔であり、特性として圧倒的な破壊力がある。拳を適当に振り回すだけで建物を簡単に破壊できてしまうほどのパワーでドリームスターの武術が加わったのなら、その膂力で一歩を踏みしめられたのなら、これほど悪魔として戦力になるものもない。そのアエーシュマの言葉を信じて。
「っつう! 一度ならず、二度までも! このワタクシに傷をつけるか!」
「ああああぁ!」
影をさまざまな武器に変え、ティアマトは逆上したように全方位から襲わせる。剣、槍、斧、様々な方向から違った攻撃方法を向けられても、ウガルルムは捌いていく。そして、拳を前方に向けて振るう。拡大されたインパクトは影を払い、ティアマトを後方に吹き飛ばすほどの威力を誇っていた。
「クイーン! これはどういう状況だ!」
「逃げ、なさい、
「暴走しているのか!」
ベンヌが素早く散弾銃を構えて撃ち出すが、それを最小限の動きで躱し弾き、迅雷が如き速度でベンヌの腹部に拳を突き刺した。
それだけで終わることなく、彼女が得意だった上段回し蹴りを容赦なく、呵責なく彼の顎に叩き込だ。
「ウグ、なんだ……この、力は」
「マジ……かよ」
「く……シュマ、さま……っ!」
あっという間に悪魔二体を倒した。だが、暴走したウガルルムは止まらない。悪魔という存在は自分の夢のために邪魔だ倒さなければならないという勇者、ドリームスターとしての意識と、勇者を屠り認めてもらうという悪魔、ウガルルムとしての意識が融合してしまった結果、破壊の悪魔と化した彼女は敵味方の区別なく目に映るもの全てを破壊していく。
──そしてその破壊の嵐は、目の前で横たわるティアマトに振りかざしていく。
「だ、ダメっす! 彩さん!」
「よしなさい! この子を刺激すると……!」
「あ──っがぁああああ!」
「マヤさん!」
「ジャマ、だぁああああ!」
武器を構えてしまっていたことで、その破壊はファイアとスノーに向いた。地面を砕くほどの踏み込みで放たれる高速のアッパーカットにファイアは空中に投げ飛ばされ、躊躇ないながら振るった刀を、切っ先を見ることなく指で止められ、足払いからのエルボーを背中に受けて倒れ伏した。
「目ェ覚ましやがれ!」
「──っ! お前も、ジャマをするのか! どけええええ!」
「やめろ! この、ぐはっ!」
起き上がったバアルが雷を走らせながらトンファーを振るうが、ベンヌにやられた傷のせいか、その技にいつもの精彩さはなく、膝蹴りを腹に叩き込まれ、せき込む。そこにトドメを刺そうとした彼女だったが、ピクリと強大な魔力を感じ取り、そちらの方に引き寄せられるように、飛び上がった。
「お、い……クソガキ! なんてもん、生み出してやがる……!」
「話しかけるなクロバエ」
「ああ!?」
「お、おやおや……元気が、あるなら、止めに行ったほうが、いいんじゃないかな」
「お前も黙れ焼き鳥、そんな体力あると思うか?」
「……なんなんスか、アレは」
「あれが……ティアマトの、悪魔」
「ワタクシ、これでもあんな、暴虐の子を、産んだ覚えなどないですがね……」
もはや戦う気力も体力もなく、地面に横たわりながらお互いの陣営の味方があぶないことを察知していた。アエーシュマも、サタンも、そして彼女を助けに行ったはずのドリームサニーすらも。
「チッ、おいアエーシュマ! なんてもん呼び出してやがる!」
「クソ、ビショップをアチラに送ったのは失敗だったかな……まさか彼女が、絶望と希望を、ゴホッ、両立させて、暴走するとは……」
「……冷静に言っている場合ではない、このままでは彼女一人によって、世界の破壊が引き起こされかねん」
それから数分後、戦闘中に突如乱入してきた彼女によりアエーシュマは床に寝転がり、サタンもあまりの速度に対応ができずにダメージを受けてなんとか一番傷の浅く吹き飛ばされたペオルを担いでいる状態だった。
「事情は察知しました。ドリームサニー、ここは一つ、共闘というのはどうでしょうか」
「まぁ、納得はいかないけど、後ろから攻撃とかやめてね」
「約束しましょう」
いっそ敵でいてくれた方がなんとかなったんだけどなぁとぼやきながら、サニーはロッドを構えていく。ダブルチュ、千聖を奪還するはずがその彼女とまさか共同戦線を張ることになるとは、と思いつつもドリームスターを取り戻すために集中力を上げていく。
「──消えました! が!」
「そう、あたしと千聖ちゃんの探知能力なら!」
「チサトではなくダブルチュです」
「細かいなぁもう!」
二人はペオル並みの探知能力を持つ、それゆえにどれほど高速で動いても彼女たちには
「グ、ウウウウゥアアッ!」
「おっと、カウンターは怖いけど……! あたしも便乗させてもらうね!
万物転換により雷を帯びたロッドの攻撃もまた彼女が高速で避けた方向に急激に曲がってくる。その二人の連続攻撃により、段々と彼女がついに押され始めていた。元より理性的な技は使えても対象の選び方は動物的であるというちぐはぐさから、動きは読みやすい。速ささえ問題にならなければ勝てるはずもなかった。
「彩ちゃん!」
「ウガァアアアア!」
「っとと、気絶させなきゃだよね、任せていいかな?」
「ええ、お任せを」
そう言うなり、ダブルチュは親指と人差し指を回路で繋ぎ通電させる。簡易的なスタンガンの役割を果たすそれをマーキングによるワープで首に押し当て、ついに暴走する二つの意識は同時に眠りについた。悪魔の角が消え、おっと、とサニーが彼女の身体を受け止めて……それから、騙してごめんね? と申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「……っ!? なん……ですか、これは……!」
「
身体の痺れとともに意識が闇に閉ざされていく。まさか途中から戦闘で
「──シャヘル?」
「わかっている。もらうぞサニー」
予想外のことは起こっていたが、ひとまずの目標は達成された。シャヘルは
「……しまった! クイーン!」
「無茶を言わないでくださいこの焼き鳥!」
緑色の小さなボックスとなった三人は暁光に吸い込まれるようにしてシャヘルの手の中へと入っていく。導きの明星、その光により全員がシャヘルの手の内に握られ、そして彼自身は光の速度で自陣へと帰還に成功する。
「あーあ、やられたねぇクルール」
「も、申し訳ありません……」
「いや、いいさ。それよりも……フフ、フフフフ……みたかいあのチカラ、素晴らしい、是非とも……僕の
敗北を感じていた。たった一人を除いては。彼の瞳の奥にはあの圧倒的な強さを誇るウガルルムが自分の駒として玩具として自分に傅いてそして、世界を破壊するというビジョンが明確に浮かんでいた。
当初の作戦:主な戦力であるベンヌを四人で誘導し、ティアマトとアエーシュマからサタンと彩の二人で千聖を奪還する。その後温存していたシャヘルの殲滅力でアエーシュマやティアマトを牽制しながら脱出、というもの。