──目を覚ますと、私はテントの下にいた。紙のカップに入ったコーヒーが少し傾いているのを慌てて元に戻し、
「白鷺さん、お疲れですか?」
「ああすみません、少しうとうとしてしまったみたいです」
「大変ですもんね、今や世界が誇る人気女優! なんですから!」
同じ演者だろうか、そんな風に笑顔で声を掛けられる。そう思っている割には随分と馴れなれしいのねと思いながらも一応、持ち上げすぎですよと返事をしておく。ここで何か文句を言ったとしても私にとって何かが好転するわけではない。人間関係というのは、おおよそそういうものの集合でできている。
「いやいや、そんな。でもやっぱりあのバッシングを越えたきっかけってのは」
「──バッシング、ですか」
「ああいえ、他意はないんです。でもホラやっぱあのアテフリは結構衝撃だったというか」
アテフリ、ああアテフリね。そんなこともあったわねと遠い過去のように思い出す。なんだかつい最近まであの子たちといた気がするせいで、なんだかあのアイドルグループまでは遠い過去のような気がしなかったけれど。
「んで、チラーっと耳に挟んだんですけど」
「……なにかしら?」
「その件で社長に取り入って、裏切ったってマジですか?」
裏切った。ええそうね裏切ったわ。ズキリと頭が痛む。あの日、私は……あれ? 私は社長に言われて、その間に何かがあって、そこで社長の前であの子たちを裏切ることを約束した。成功を収めるためには、傷が浅いうちに捨てるしかない。そう考えて。でも、何かが欠けている。欠落している。
──そうだ。私は、私は結局最後の最後であの子の夢に惹かれた。努力というものに対してひたむきで、私のようなひねくれものの裏切りものにさえ、真摯に手を延ばしてくれたあの子を。だから、私は。
「けど、裏切って傷付けた事実は変わらない」
「……そうね、そうよ。いくら贖罪をしたとしても、私が社長に、アエーシュマの駒になったことは事実だわ」
「──それでもまた寝返ってを繰り返す。蝙蝠のようなずるい女」
頭に血が上りつかみかかろうとしたところで、その男が影となって消える。周囲のスタッフも、全て機材を残して消滅した。ただ雨の降るロケ地に、誰かが立っていた。黄色の髪、あの子たちとお揃いの衣装にアエーシュマの金と黒の入った、悪趣味な恰好、シトリンの角、金色の瞳。
「あの方は心地よいでしょう? 穏やかな眠りのように、ワタシを包んでくださる」
「包んでくださる? 寝ぼけているわね、あの男はただ自分の前で余裕をなくす女にセクハラやらもろもろがしたいだけの性癖異常者よ。あの貼り付けたような笑みがそうでしょう?」
「また、裏切るのかしら?」
「見当違いなこと言うわね……私は、私の夢の味方よ」
ああけれど感謝もしているわよ、あのロリコンセクハラ社長に触れて、所有されたおかげで私は視えたことがある。私の夢を叶えるのは私しかいない。夢を叶えるために支え合うことはできるけれど、その夢を見続けるのは──私にしかできない! 漠然とした成功なんかじゃもう足りない! 未だ見えないけれど、私は成功にあるその過程をこそ、大事にしたい!
「愚かですね。この世は結果だけを求められる。過程を追い求めるあまりに、遠回りすることになりますよ」
「愚かなのはあなただわ、私の中の悪魔のクセにそんなこともわからないのね」
──リングを指に通し、バングルに重ねて変身する。私に必要なのは黄色だけでいい。金も黒もいらない。黄色に夢を、その真っ白な私の人生というキャンバスには私が歩んだ過程すらも画になるのだから。
「私は
「ワタシは
ジリ、ジリと距離を詰めていく。ダブルチュは両手で長柄のハンマーを構えながら中腰になって、私は直立のまま片手で回転させながら。この空間は私の精神の世界というところなのだろうか。分厚い雲に覆われ、今にも雷が落ちそうな雨天という空間は確かに私にとって最も能力を発揮できるものではあるけれど。それは相手も同じ。
「参ります──はぁ!」
「っ! 甘いわね!」
身を低くしながら脇腹辺りを狙った横からの一撃を受け止める。インパクトが強くて数メートル移動しているけれどダメージはなく、すぐさま地面を蹴って反撃に移る。同じ得物で同じような能力、そして精神構造まで似ているとはいうけれど彼女と私のファイトスタイルは非なるものだった。彼女は短絡的でおおざっぱ、攻撃も大振りのものが多いのに対して、私はハンマーの部分だけでなく石突や釘抜きの部分を使って、バトンを回すように細かく攻撃を繰り出していく。
「そのような攻撃では、ワタシには届かない」
「そうね、でも──!」
私の能力は回路と通電、物体と物体を糸のように伸ばした魔力で繋ぎその糸は導線となる。そうすることで物体に電気を纏わせることができるというもの。地味で細かい操作が求められるけれど、それをサポートするのがこの雷槌だ。この雷槌は叩きつけたものを瞬時に自分の魔力で回路として繋ぐことができ、また私が直接魔力を注ぐよりも高威力の通電を行える。だが、それにばかり頼っているようでは勝てるものも勝てない。
「……そうね、あなたには常にあの男の糸と共にあるものね。まさしくアエーシュマの駒でしかない」
「そう、余裕ぶっていられるのも今のうち──よ!」
一瞬にして彼女が掻き消えた。これは私にない能力だけど、やはり短絡的としか言わざるを得ないわね! あなたの魔力特性が私なのだから、初撃の時に何かを仕掛けていることくらいわからないわけがないでしょう?
振り下ろされたハンマーは、だがバチンと電撃の檻に阻まれ、慌てたように距離を取った。
「
「いつの間に……!」
「気づかないのね」
「これだけのことで勝った気にならないで!」
それ以上、私の顔で、私の声でくだらない言葉を吐かないでほしいものだわ。あなたは弱い。誰かを頼らねばならないほど弱い。でも、だからってその弱いことを他者に押し付けないでちょうだい。他者に依存した成功という結果を得るだけで満足している限り、あなたは私であっても私に勝てるわけがないわよ。
「さぁ、ここで
「……あなたが、ワタシに勝てるはずがないでしょう! ワタシはアエーシュマ様の寵愛を受けた──!」
「──それが、弱いのよ」
「この……! 雷帝の、剛槌!」
「やはり……あなたでは
天から来たりし雷が、私を襲ってくるけれど、あなたは忘れてしまっているのかしら? この技は確かに強力無比な技だ。あなたが魔力の目印を私につけて、それを避雷針のように誘導させることによって必中必殺の技になる。それはいい、私もそれに倣って何かそういう必殺技とか考えた方がいいかしらと思うほどに素晴らしい技。だけど、この技には致命的な弱点が、というか私の回路と通電には致命的な弱点がある。
──雷が対象を撃ち滅ぼす。最大に高められた金色の稲妻が、彼女の……ダブルチュの身体を貫いた。
「……な、なんで」
「そのマーキング、あまりにお粗末で目立っていたからサンダープリズンの時、あなたに返していたのに、それも見えていないなんてね」
「そ、んな……」
「これにてお終い、私の勝ちよ」
雨が上がる。雲から光が漏れ出て、私を迎え入れてくれる。折れたシトリンの角、これだけはもらっておいてあげるわ。私にはもっと力が必要、それは事実で、いざとなれば独りで戦う力を得るべき。ならば、私は私の中の悪魔をも利用してみせる。役立たせてもらうわね。
「……あ、ここは……?」
「あ、千聖ちゃん目を覚ましたよ!」
──再度目を覚ますと私はどこかの医務室の天井と、日菜ちゃんの顔を見上げていた。どうやら眠っていたようで、あれはやはり夢のような、それでいて私の中で実際に起こったことなのだと実感できた。
「まさか自力で目覚めるとはな」
「……あなたは、サタン」
「そうだ。こうして言葉を交わすのは初めてだな、ドリームサンダー」
「ええ」
どうやら絶望し悪魔に憑かれた勇者が自力で目覚めることはないらしく、ペオルという悪魔、後でサインをねだられたので顔面に拳を叩きこんでやった軽い雰囲気の男の能力により悪魔の力を抑え込む空間を創り出して半ば封印、という状況だったようだ。
「つまり、彩ちゃんはまだ……」
「目覚めてはいないって状況です」
結局、あの時私が抑えた悪魔はティアマトによって目覚めさせられた。でも、この空間により悪魔の力は事実として弱まっている。私はサタンたちや日菜ちゃんたちに眠っていた間に起こっていたことを話していく。
「自己に打ち克て……まるで禅問答のようだな」
「確かに勇者も悪魔も言うならば精神から出でる力ですから。その根幹は己の心の持ちようと言えるでしょうね」
「あ~、わからんがつまり」
「テメェのナカにいる悪魔をぶっ倒せば解決ってことだ」
「うん、そうなるね」
彩ちゃん、今彩ちゃんは何をしているのだろう? 戦っている? それともまだ自分の夢を見失っている? もしそうならしゃきっとしなさい彩ちゃん。あなたはアイドルになるのでしょう? 夢を持っているのでしょう? そんなところで立ち止まっているほどいい身分ではないはずよ。
──負けないで、
あれ、これBLEACHとか言わないでね。お願いだから。作者も気づいたのは書いてる途中なの。
私の一番星と書いてドリームスターと読みます、はいここあやちさ