最終手段として用いられたペオルによる封印術式によって彩ちゃんが目を覚ましたのはそれから数日後のことだった。私のように内在意識の中で戦ったわけではなく、けれどただ、何か夢のようなものを見ていたことは話してくれて、それから私たちは、次は事務所でと約束をしてそれぞれに解散していった。向こうも対策を練りなおしている頃だろう。特にアエーシュマは、あの男が目をつけているのは当面の間、彩ちゃんの中に潜む悪魔だろうから。
──それからというもの、私の意識はゆっくりと、けれど確かに変わり始めていた。
「それでは関係者席の件はよろしくお願いします」
「ええ、調整しておきます」
私は
「その挙句がパスパレに千聖さんがいてくれてよかった~、ですって、あの無能スタッフ」
「……なんでそれをオレにぶつけるんだよ」
「そこにいたからよ」
「オイ!」
事務所の自販機の前で丁度ココアを飲んでいたペオルを捕まえてそう愚痴をこぼしていく。いいじゃない、あなたはスパイとして潜んでいたのでしょう? なら情報交換といきましょうか。結局、あのティアマトという子は誰なの?
「あー、ソイツのことか」
「ええ、芸能関係者にあんな子はいなかった。ならば外部からあれほどの絶望を秘めた子をどうやって見つけてきたというの?」
「そりゃ、絶望の原因はお前らのアテフリっぽいんだからな」
──どういうこと? とわざわざ訊ねるほどのことではないけれど、あれによって得たのは絶望による食事でも、世界の滅亡でもなく、たった一人の悪魔を顕現させるための儀式だたということには、少し驚いた。
「サタンも、一杯食わされたって顔してたよ。ほれ」
「……この子が」
「素になった人間の名前は鳰原令王那、十二歳。ちょっと鼻目立ちがキレイ系で身長が高いってことくれぇしかわからねぇくらいには、アイドルが好きなだけのただの中学一年生だよ」
「……っ!」
ただの中学生、そんな子にアエーシュマは会場に巻き起こった全ての絶望を糸で束ねて、その令王那ちゃんという子に注ぎ込んだ。それにはイヴちゃんや彩ちゃんの、私たちの絶望も籠っていて、それにより彼女は勇者でないにも関わらずより強力な、そしてより深き絶望の慟哭に応えてティアマトが顕現した。
「まぁでもお前たちが責任を感じる必要はねぇさ。つーか、自分を責めるってのは、逆に奴さんの思うツボだ。そういう心理を、あの性悪は熟知してる」
「……そうね」
でも、でもねペオル。アエーシュマはそれを責任に感じる必要がない、そういう作戦だとわかっていたとしても頭の隅に残ってしまうほどの爪痕を残すような人選をしている。ならば私は、私がすることはただ一つ。
──もっと強くなる。強くなって、あの男の思惑の先に行く。それだけよ。
「お疲れ様」
だからもう、私は私にできることはなんでもやる。そういうつもりで、一度だって開けたことのないレッスン室の扉を開けた。そこには驚いた顔が四つあって、少しだけ噴き出してしまいそうになるけれどそれはなんとか堪えることができた。
「もしかして今日は自主練習、しないのかしら?」
「う、ううん! これからやるよ!」
「不思議~、千聖ちゃんがここに来ることなんてないと思ってた」
「
アイドルバンドのベーシストとしても、勇者としても。決戦の時は近いから。それに新しい力は一人じゃ試せないじゃない? これからは私も、仲間に入れてもらうわよ、という言葉に真っ先に反応したのはイヴちゃんだった。
「チサトさん! 来てくれてありがとうございます!」
「い、イヴちゃん……!」
「このハグは親愛の証です! チサトさん!」
「あ、ありがとうイヴちゃん……でも、ちょっと苦しいわ」
裏表のない素直な気持ちが、体温となって伝わってくるようだった。まさか、こんな風に受け入れてもらえるだなんて思ってもいなかった。すると麻弥ちゃんは少しだけ遠慮がちに、でも嬉しそうに私へ言葉をくれる。
「嬉しいです。前にあんなことがあったから……あんまりこういうのは好きじゃないのかなと思って、ああえっとすみません……ジブンの思い違いだったでしょうか」
「私も千聖ちゃんがどんなことを考えてるのか、まだ全部はわからないけど、それはこれから知っていけばいいことだよね! 千聖ちゃんが、私という人間を知ってくれたように」
「彩ちゃん」
私は
──ええそうね。これまでが間違いだったのなら、これから始めていけばいい。そうよね、彩ちゃん?
「あたしさ、前におねーちゃんから言われたんだ。他人のことをわかろうとすることが大事なんだって」
「ブシはアイミタガイ、ですね!」
「あいみ……たがい?」
「同じ身分や境遇として理解したり同情したりすることよ、彩ちゃん」
「あ、あはは……意味、あってるような……いないような」
「イヴちゃんは難しい言葉を知っているのね?」
「はい! ありがとうございます!」
「あはは、褒めてないでしょ~それ」
全員が笑顔だった。だからこそ、私もこの花びらの中の一枚でいいのだと思うことができた。色とりどり、パステルカラーの淡い色をした花たち。ピンク、ブルー、グリーン、パープル、そしてイエロー。遅くなってごめんなさい、と心の中で謝罪をする。ようやく私たちは、遠回りを経て一つの花になることができた。
「パステルドリーム、だね」
「なにそれ?」
「チーム名?」
「パスパレじゃなくて、ですか?」
「ほら勇者としてのチーム名、みたいな」
「いいんじゃないかしら?」
夢を撃ち抜く、夢に咲く五色の淡い花。私たちはパステルドリーム、世界を絶望の色に染めようとする悪魔を打ち払う、五人の勇者、というわけね。
──練習を終えて、和気藹々としているところで彩ちゃんのバッグからピンクのネコのぬいぐるみのような精霊、ポップが飛び出してきた。
「久々ですがフツーの悪魔です」
「フツーのかぁ、るんっとこないけどやるしかないよね!」
「はい! ブシとして、人々から希望を奪う悪魔は斬り捨てゴメン! です!」
「援護ならジブンに任せてください!」
「よし、行こう千聖ちゃん!」
「……ええ!」
不思議だわ。ベンヌと肩を並べて戦っていた時はあんなに不安で仕方がなかったのに、今はとても力が湧いてくる。アエーシュマからの力をもらわなくても、私の奥底にはこんなにあふれていたのだと今更ながら気づかされた。
「ルルルゥゥアァァァアアアア!」
「アレは……」
「もしかしてあのヘンテコな生物と乗ってる骸骨さんも悪魔?」
「どうやらそのようですね」
「二体同時顕現、というわけね」
乗っているのは紗夜ちゃんから生み出された悪魔、エリゴスよりも幾分かほっそりとしている兵士型の骸骨。得物も大剣ではなくワンハンドソードで手綱を引いている。そしてその乗り物と化している悪魔はまた異形だった。有翼で燃える蛇を尻尾につけるキメラ。なのだけれど双頭で片方が鷲の頭で片方が鹿の頭、前脚が鷲で後ろ足が鹿というものだった。
「ルルルゥ……」
「ただ、空中戦を仕掛けてくるつもりね、来るわよ!」
「ならジブンが! 武器構築・
ファイアがスナイパーライフルを構築して空中に向けて射撃をする。だが、鷲頭の方が耳を塞ぎたくなるほどの声量で鳴き喚く。その音波の衝撃によりファイアの弾は悪魔に届くことなく落ちていった。
「なら私が──スターブレ……わわ、か、雷!?」
「ギュゥオオオオ!」
「今度は鹿頭の方だよ! あの乗り手飾りじゃん!」
確かに、あの騎手が指示しているのかもしれないけれど実際のところは攻撃が乗り物任せもいいところね。音波の障壁を張る鷲頭と雷を放つ鹿頭、そして……と考えたところでやはりと言ってはそうだけれど蛇の頭を持つ尾が炎を吐き出してきた。
「てんこ盛りっスね」
「どう絶望したらああいう悪魔になるのかしら」
「さぁ……?」
「だけど突破口は見えたわね」
「えっ?」
えっじゃないわよ
「あれだね、カマイタチだ!」
「あ! なるほど!」
「わかりました、私に任せてください!」
そう言ってスノーは刀を上段に構える。イメージするは速度、そこにスターのインパクトの拡大による遠距離の魔力が加わっていく。危ないと感じたのか鹿頭が反応する。でも遅いわよ、もう既にソッチの対策は終わっているわ。というか私の前で雷を使えると思わないことね。
「千聖、さん? その角は?」
「──悪魔化よ」
「あー、そういえばサンダーは自分の中の悪魔を叩きのめしちゃったんだっけ」
「それで自分のモノにしたんスか……さすがっす」
そう、私は自分の中の自分、ダブルチュを倒したことでその能力を簒奪することに成功した。シトリンの角を頭につけ、私はさっきの雷で崩れたアスファルトを掴んで空中に投げ、鹿角から放たれた雷が全てアスファルトに吸われていく。
「ギュゥオオオオ……!?」
「残念ね。
「あはは、あたしも苦戦したなぁアレ」
「今よ、スノー!」
「ハイッ! 雪花流・秘伝! 絶刀鎌鼬!」
「グルゥアァァァァ!」
その攻撃により乗り物兼メインウエポンだった悪魔は一刀両断され消滅、だが寸でのところで騎手の悪魔が飛び上がり、こちらに向けて反撃をしようとしてくる。中々素早い反応ね。そうやって寄生先を変えてきたってところかしら?
「──でももう終わりね」
「ルルゥ!?」
未完成に終わってしまっているけれど、スターとスノーが二人がかりで倒した大蜥蜴の悪魔、アガレスは元々自分の舌で触れたものに自在にワープができるという能力を持っていた。それを引き継いだのがダブルチュのもう一つの特性、
「砕けなさい──
シトリンのような輝く魔力を帯びた雷槌が文字通り雷を落とし、悪魔の身体を地面に墜落させる。ちなみに、この技は同時に避雷針をつけさせてもらうの。だからたぶん消滅しているだろうけれど、万が一防御された時のためにもう一撃、天雷を浴びせる二段攻撃となっているわ。地面に着いたことで回避不可能な雷撃を喰らいなさい。
「えげつなーい」
「千聖ちゃん……」
「なぁに彩ちゃん? 相手は悪魔よ? これくらいやっちゃっても誰も文句言わないわ」
「ジブン、千聖さんが味方でよかったと心から思ったっス」
「チサトさん! お疲れさまです!」
「わっと、イヴちゃん……ふふ」
容赦ないに決まっているじゃない。だって私は勇者よ? 夢を阻むものは誰であれ、この悪魔と同じ道を歩んでもらうわ。
──覚悟していなさいアエーシュマ、ティアマト。あなたが私や彩ちゃんたち、そして関係のないたくさんの人々にしてきたことは、私の雷槌で裁いてあげるわ。
☆丸山彩の悪魔メモ
・銀兵士の悪魔:ムルムル
銀の装飾が眩しい鎧が位の高さを感じさせる騎手の悪魔、武器はワンハンドソードで腰には他にトランペットを装備してる。能力はよくわからない。だってほとんど動かなかったけどどうやら騎兵としてはかなりできるタイプっぽい? 乗り物の方の悪魔に知性がないと仮定した時だけれど、って千聖ちゃんは言ってた。どうでもいいけど常に歌ってるみたいな声を出す。そしてそのまま千聖ちゃんの魔轟雷槌に打ち砕かれた。流石ドリームサンダー、語源通りだなぁと思いました。
・双頭キメラの悪魔:フルフル
羽と前脚、本体から見て右頭が鷲、後ろ足と胴体、本体から見て左頭が鹿で尻尾が赤い蛇の今まで会った中でピカイチに異形の悪魔。双頭だけに能力も複数あって、鷲頭が鳴き声で音の衝撃破で上空から爆撃してくる、鹿頭が角を光らせて放電し始める、蛇頭が口から火を吐く、とバリエーション豊富だった。また音波は防御にも使えて、成りかけでよかったぁと思った相手。イヴちゃんが私の魔力を合わせて斬撃を遠くへ飛ばす技を放ったことにより全ての防御を無視して一刀両断、撃破。
※ドリームサンダーのサンダーって語源を辿ると雷槌持った雷神になる。千聖もそれを知っていたため変身時のイマジネーションにより金色の槌になった、という設定。ごめんなさいカッコつけました。ぶっちゃけると凸守早苗(CV上坂すみれ)デース!