ワタクシにとって、シュマ様は全てだった。絶対のご主人様であり、愛しいヒト。まだ生み出されて間もないワタクシに愛というものを教えてくださった、大切なヒト。だからこそ、勇者としてシュマ様を脅かすものを全て排除した。その力を恐れたものたちを排除した。殺して、壊すことが愛だと信じてその手を血に染め続けて、そして。
「──この世界はもう終わりだ。我々は、新たな世界へ飛び立つ」
「あらあらそれは、とても素敵な提案でございますね」
「その前に、お前は危険だ……とサタン様は断じられた。私怨はないが……」
「オレたちに勝てるとは思わねぇことだな、ティアマト!」
サタンとその派閥である四人と本気で殺し合い、激闘の末にペオルにより封印された。だがその封印を持ち去り、器をくださったシュマ様のお顔を見た時に改めて誓った。彼のために、全てを投げ打ってみせようと。なのに、この世界に降り立ったワタクシはとても、とてもその誓いとは裏腹な気持ちばかりを抱いてきた。
「さぁ千聖、ボクに委ねるんだ」
「……ふざけないで頂戴、別にあなたのモノになるわけじゃないわ」
「フフ、そうだったね……」
シュマ様の手が白鷺千聖に触れるということが嫌で仕方がなかった。ベンヌや彼女の方がシュマ様に頼られているという事実が嫌で仕方がなかった。愛されるのはワタクシのはずなのに、愛でられても、腕の中に納まっていても、その気持ちは払えなかった。
──今なら、この気持ちがわかる。これは浅ましい嫉妬だ。ワタクシは、この世界における愛というものに触れ、いつの間にかまるでこの世界の住人のように愛を求める愚かな生命体になってしまった。だからこれはきっと、その罪に対する罰に違いない。
「エンペラーハートグラール」
「無駄でございます! デスアガートラーム!」
「くっ、ボクが返した勇者の力で、ボクに傷をつけるか!」
「……ワタクシは愛に殉じ、シュマ様への愛に溢れた、ただのケダモノですので!」
なんとかキッチンガーデンによって魔力を回復したものの正直、万全には程遠い。身体はガタガタだし、身体に開けられた穴を影で無理やり塞いでいるせいで、痛みは引いたけれど手先が冷たくなってきているし、体力はビタ一文も回復していないうえに回帰で得た悪魔の力を使用するのがワンテンポ遅くなっている。これじゃあエスコートされているのが申し訳ありませんが、どうぞ最期まで付き合ってくださいませ!
「もっともっと踊りましょうシュマ様! 愛のダンスを!」
「ボクに力を向けながら、それでも愛と言うかティアマト……カイザーゲルトッ!」
「ブレイブテリトリー」
「無駄だよ、魔力を吸い上げるのはキミのキッチンガーデンだけじゃない」
シュマ様のカイザーゲルトに繋がれていた糸によってバリアが吸われてしまい、薄くなったところを弾丸が貫通してくる。肩や腕に貫通してくるその痛みに呻きながらも逆に同じ能力を発動させる。
「──カイザーゲルト!」
「くっ、ティアマト……っ!」
「さぁ、まだまだダンスを始めますよ!」
金の糸を自分に繋げ痛覚を鈍くする。完全にシャットダウンすると逆に危険だけれどズキズキするのを軽減できるだけでいい。今ワタクシに必要なのは愛するあの方に愛を向けること。それだけに集中できればそれでいい。
「ワタクシの愛に痺れてくださいませ」
「くはっ! ドリームサンダーの、通電を……ボクの糸で!」
「さらに行きますよ!
影から両腕を形成し、丸山彩の能力であるインパクトの拡大を込めた連撃を放つ。あはは、本当に、あの子は気づいていらっしゃらないでしょうけれど、この技実は途轍もなく燃費が悪いんですよね。ある種、蒼雷の能力よりも燃費が悪いんじゃないかと。ですからドリームサニーもそれほど連発しないというのに。
「持ってください……もう少し、もう少しです。そうしたら、ちゃんと……っ!?」
「油断したね、ティア」
「っぐ……はぁ、はぁ……申し訳ございませんシュマ様、なんとか気力だけで踊っていまして……できればこれで最期にしていただきたく」
「ボクのクセを知っているだろう? ティアがもうダメと言った時が、ボクの時間だと」
「ダンスはダンスでも、ホールでなく、寝所の方でしたか」
弾丸に脇腹を抉られ、ついに膝をついてしまう。誤魔化しも、ここまでのようですね。ですが……布石は打ちましたよ勇者たち。もう、そろそろ瞼まで、重くなってまいりましたからね。これが、本当の最期です。
「タイムジャック!」
タイムジャック、ワタクシが習得している能力の中で最も燃費が悪く、そして最も使うのに細心の注意が必要な能力。時間を止めて周囲が凍りついたように動かなくなる。この世界に侵入できるのは悪魔勇者を含めてサタン様のみ。そもそもタイムジャックの使い方を教授していただいたのは、先代でもある悪魔王なのですから。
──タイムジャック中に別の魔力を発動させると身体への負担が大きい。無理をして発動させてもせいぜいデスアガートラームで一人を破壊することが限界。それでサンダーとスター二対一の時にはサンダーの腕を破壊したわけですが。
「──これでよし。それでは、これでお別れでございます……みなさま」
後は頼みましたよ勇者たち。そういう気持ちでワタクシは停止した世界を解除した。後ろで叫び声が聞こえる。なんですか、まるで仲間のように。
──ああ、ワタクシはアレが欲しかったのですね。今、頭に過った景色が欲しかったのでしょうね。そのくらい夢を見てもいいのでしょうか?
それがワタクシの最期の意識だった。時が解除された頃には、全てを喪って器だけとなったワタクシ、いえ鳰原令王那の身体が地面に横たわり、シュマ様がその前に立っている状態となっていた。
──ティアマトの魔力が消滅した。地面に横たわっているのはまるで全てが嘘だったかのように傷もなく黒髪に戻った身体だけ。魔力が身体から消えて、人間に戻ったってことを示していた。つまり……ティアマトはもう。
「ティア……さようなら、ティア」
「旦那、いや……アエーシュマ、あんたは、それで……それでよかったのか……っ!」
「なにがだい、ベンヌ?
「この期に及んでまだ言うか! クイーンは、ティアマトは! あんたに死んでほしくなくて、それで……!」
「がっかりだな、キミにも。ボクは全てを壊す。フフ、どうやら成功したらしい」
何を言ってるの? そう思ったらアエーシュマの身体から異色のオーラがあふれ出した。五色のオーラ、まさかティアマトの魔力を食ったの……!? それを肯定するかのように、アエーシュマは剣を取り出し、それを赤黒く変色させながら、令王那ちゃんの身体に振り下ろそうとした。
「……やめ──ろっ!」
「フフ、フフフ……アハハハハ! これだ、やっと手に入れた! 指定が悪かったのか回帰までは奪えなかったようだが、彼女の勇者の力を悪魔の力に変換することができた! ティアはボクを追い詰めた気になっていたが、逆にボクをパワーアップさせてしまうとはね!」
「うああ!」
蹴りを脇腹に抉りこまれるけど、令王那ちゃんの身体を抱えてなんとかそこから脱出する。勇者の力を、奪った。金を含めた六色を混ぜ合わせるアエーシュマの前に、私たちは戦慄する。だけど、私たちだって一人じゃない。
「すみません、遅くなりましたが麻弥さんとイヴちゃんを呼んできました!」
「ポップ、ありがとう!」
「麻弥ちゃん! イヴちゃん!」
「チサン致しましたが、どうやら間に合ったみたいですね!」
「サタンたちにも連絡は取ってみたんですけど時間が掛かるっぽいッス」
「上等、だよね! 彩ちゃん!」
「うん!」
だって元々、サタンには私たちで決着をつけろって言われてるわけだし、この一ヶ月以上の間、何もしてこなかったわけじゃない。月鳴を使ったことで戦力外となったベンヌに令王那ちゃんを託して、後退させる。
──私たち五人をアエーシュマが集めたことで始まったこの戦いも、こうして五人で終わろうとしている。それぞれ指輪を嵌めてバングルを出現させた。
「いくよ、みんな!」
「おっけー」
「最後ね、しっかりやりましょう」
「頑張るッス」
「タンレンの成果、見せる時です!」
バングルのアステリスク型の中心を押して、六色に輝いていく。そしてそれぞれ、星、雪、太陽、炎、稲妻が象られたリングをバングルに重ねて、花はそれぞれのカラー一色へと固定された。勇者の六色、これがもしも誰か一人だったら私たちはこうして立ち上がることはなかったかもしれない。それくらい、辛くて、痛くて苦しくて、諦めたくなるようなことがいっぱいあった。でも、私たちは五人で夢想の勇者だから! どんな時も諦めなかった!
「明日に向かう夢の一等星! ドリームスター!」
「ブシの道、一輪咲くは雪の花! ドリームスノー!」
「お日様スマイルで苦難打破! ドリ~ム、サニー!」
「燃やす炎は常に情熱! ドリームファイア、っス!」
「明日への道、阻むものは打ち砕く! ドリームサンダー!」
これが夢を撃ち抜く夢想の勇者、私たち──パステルドリーム! 対峙するは夢を打ち砕く、絶望の背負うは金弦のアエーシュマ。たった一人になっても私たちよりもきっとずっと強い。それでも私たちは絶対に負けない。いつだって一人じゃないから!
「全部壊してやろう、ボクが、ボクこそがキングだ!」
「全員、様子見はいらないわ! 全力で行くわよ!」
「うん!」
私とサンダーは額から悪魔の角を生やし、サニーが纏雷を発動させる。ファイアが銃を構築しながら突撃し、スノーは刀を鞘に納めて同じように飛び出した。アエーシュマは剣と盾を創り出しながら悠然と構えた。これを最後の戦いにする。ティアマトの犠牲を無駄にはしないためにも!
――ティアマト、消滅。そしてティアマトの五つの力を奪ったアエーシュマと最後の戦いが始まる!