目覚めて、朝日を浴びる。今日も世界は素敵な青色を広げてみせていて、窓を開けてその風を受け入れた。それによって後ろでもぞもぞとベッドが動いた。眠そうな目を擦る彼、愛おしい彼が名前を呼んでくれる。
「おはよう、ティア」
「はい、おはようございます、シュマ様」
色鮮やかな目覚めだった。
そうわたしは、ティアマト。虹愛の二つ名をサタン様に与えられ、ご主人様、アエーシュマ様への愛に満ちて、愛を伝える勇者にして悪魔。そんなわたしに対してシュマ様はどうしたんだい? と優しく問いかけてくれる。
「今日も青空がキレイなんですよ、ほら」
「……うん、キレイだね」
後ろから抱き着かれて、もうどっちに言ってるんですかぁと微笑むとどっちってなんだいと意地悪な声をしてくる。そんなじゃれあいをしばらくしてから、わたしとシュマ様は青空の下へと出ていく。
キラキラと光る空、そして歩いていくと
「これが、ティアの願い……夢か」
「はい。ワタクシはずっと、ずうっと、この景色を夢に見てまいりました」
仲間に囲まれて、笑い合い、その中でアエーシュマ様を愛し、シュマ様に愛されることこそが、わたしの、ワタクシの夢でございました。もう二度と手に入らない、美しい夢。けれどこの夢にはもう一つだけ続きがあるんですよ。
「続き?」
そう訊ねたシュマ様は続いて後ろから何やってるんですかという声に驚いて振り返る。そこには黄色の髪をして紫の瞳をした少女と、ピンク色の髪と瞳をした少女が彼のことを社長と呼んで立っているのですから、当然ですよね。
「社長、今日はレッスンを見に来る予定だったはずですが?」
「え、あ……ああ」
「というかまたティアちゃんといちゃいちゃしてたんですね! 社長が作ったグループなんだからちゃんと面倒は見てくださいね!」
シュマ様に、あなたには心から笑えるような暖かな仲間がいてほしかった。わたしを愛する以外にも、たくさんの愛に触れてほしかった。もちろん他の女性とお話をしすぎては嫉妬はしてしまいますが、それでも、あなたにはわたし以外に、わたしとは違った愛を伝えられる存在がいてほしかった。
「仕事熱心というのもまた愛のカタチでございます」
「……そうか、そうなんだね」
「ここにはあなたを脅かすものは誰もいません、だからシュマ様、素敵な夢を見ていてほしいなと……そして」
「ああ……うん。ずっとキミと一緒だよ、ティア。愛しているよ、ボクの大事な、ティア」
「……はい、ワタクシも愛しております、シュマ様」
シュマ様一人しかいないわけでも、シュマ様にとってワタクシ一人しかいないわけでもない。だけれど、愛を伝えあうことはできる。こんな、こんな簡単なことに今までずっと気づけなかったなんて……本当に、ワタクシは愚かな悪魔でございました。ですが、あなたが赦してくださるなら、今度は本当に、本当の意味でずっと、お傍においてくださいませ。わたしの愛しいヒト。
──夢を見ていた気がする。目が覚めて、私は天井を見ていた。どこかの医務室だろうか。ケガをしていたわけではなくただ気絶していたような痛みも怠さもない。ただナニかが喪失しているような、そんな気がした。
「よかった……!」
目を覚ましたことで近くにいた女の子がコチラに近づいてほっとした笑みを見せて……というところで私はその人物が自分の良く知るヒト、丸山彩ちゃんだということに気づいて顔をこわばらせてしまった。
──ど、どどどどうしよう!? なんか目が覚めたら推しが、推しが目の前に!? え、なんですかこれ夢ですかそうですねきっと夢ですねこれで喜びに顔を綻ばせた瞬間に目が覚めて自宅のベッドというわけですねわかっていますよそんなことじゃあもういっそ喜ぶから夢から覚めてほしいですはいさんにーいちわーい! 彩ちゃんだー!
「……令王那ちゃん? 大丈夫? どこか痛んでたりする?」
「い、いいい、いえっ……決して、そういうわけではなく」
心の中で百面相、高速詠唱をしていましたがどうやら夢ではないようで。もしかしてライブ中に興奮して倒れた? それで医務室で彩ちゃんに看病とかもはや私としてはご褒美以外のなにものでもないのでこれからも定期的に倒れていきたいくらいだ。違う、そうじゃなくて。
「あの、私は、どうして……?」
「……そっか」
何故か彩ちゃんが落胆してしまって、私はあたふたと慌ててしまう。推しを悲しませる悪いヤツはどこでしょう、ええ私ですね。すごく小さな声で覚えてないよね、そうだよねと言われてしまって、んん、となんだかモヤモヤを感じた。忘れていることがある、らしい。確かに記憶があやふやでチラリとカレンダーを見たら明瞭な記憶を持っていた四月から実に三ヶ月の時が過ぎていた。もしかして私、記憶喪失というやつでしょうか? いえでも自分が鳰原令王那で12歳の中学一年生、実家は干物屋さんで趣味はオタ活とキーボード、それからかわいいを探すこと。ほらちゃんと覚えてる。
「あら、目が覚めたのね」
「ち、ちさとしゃん……っ!?」
思考を纏めようとしていると白鷺千聖ちゃんがなにやらボサボサ鳥の巣頭の男のヒトと一緒に医務室に入ってきた。ペオル、というとても珍しい名前、というか間違いなく日本人ではない名前で呼ばれたその男性は距離を取ったまま千聖ちゃんが目の前にやってきて、思わず息を大きく吸って止めてしまう。千聖ちゃんは落ち着いた声音で、いつからの記憶があやふや? と問診をしてくれる。
「……そう、四月から」
「は、はい」
「落ち着いて聴いてくれる? あなたは四月に事故、のようなものに遭ったの」
事故という千聖ちゃんの説明に、少し違和感を覚えながらも頷いた。けれど、そう納得するしかなさそうだった。だけど続いて、医療の先生なのかな? ペオルって呼ばれていた男性が、けど記憶が戻るかもしれねぇって真剣な顔で言った。
「ど、どういうこと……ですか?」
「ちょっとペオル、もうあんまり巻き込むのは……」
「そうよ、彼女はもう一般人なのよ? それをかもしれないで巻き込むのはどうかしているとしか言いようがないわよ」
あ、えーっと、なんか言い争いを始めてしまった。どうしたらいいんでしょうか、とおろおろしているとだいじょーぶ? といつの間にかすぐ隣に日菜ちゃんが座っていた。ひ、ひひひ日菜ちゃん!? というか思ってたけどパスパレ集合してますよね。私が医務室で寝ているからでしょうか? いるからですよね? 嬉しさと一緒になんだかものすごく申し訳なくなってしまった。
「んーん、れおなちゃんは悪くないよー。よしよし」
「──ヒュ!?」
日菜ちゃんに頭を撫でられて心臓が縮んだような錯覚がした。え、なんで、なにがあったの!? この三ヶ月の間に私は彼女たちに何をしたんですかねぇ!? なんだかパニックになっていて、というかおそらくメンバー全員に名前を覚えてもらっているという現状が異常すぎるんだよね。私なんていちファンでしかないのにこうして近くにアイドルがいるんだから、ドキドキが止まらないです。
「おお令王那さん! よかった、目が覚めたんスね!」
「──レオナさん!」
「わわ……いいいいいイヴちゃん……っ!?」
「あーイヴちゃん、たぶんれおなちゃん死んじゃうかも」
「ええ!? そんな強くハグしていないのに!?」
結局五人が集合してしまって、なんだか酸素が薄くなった気がする。でもこのアイドルたちとの距離の近さ、三ヶ月前までは下から眺めていることしかできなかったのに、私が目覚めたことに、まるで一緒にやってきた仲間と言われてもおかしくないような距離感でお話をされてしまうと私としてはその間にあったものを知りたいと思ってしまう。
──その結果として、こうしてその記憶を失っているのだとしても。私は記憶を取り戻したい。
「……どうして?」
「え?」
「もしかしたら、令王那ちゃんは普通の生活に戻れなくなるかもなんだよ?」
「……そうだとしても、私は、私は彩ちゃんにこんな顔をさせてる原因を知らないまま日常になんて戻れません。それは私の愛に反します」
私はアイドルが好きでパスパレが好き。頑張り屋な彩ちゃん、冷静で周囲をよく見てる千聖ちゃん、明るくてちょっと不思議な日菜ちゃん、ふわっとしていてでもキリっとしているイヴちゃん、控えめだけど好きなものへの愛に溢れてる麻弥ちゃん。初めて見た時から私は彼女たちの魅力に夢中になった。そんな五人と関わってきた日々を忘れたままでいることなんて、私にはできないから。
「愛、ね……ふふ」
「千聖ちゃん?」
「いえ、やっぱり根本は変わらないのね」
どういうことだろうと首を傾げるけれどその覚悟があるなら、とペオルさんから何やら鍵のようなものをもらっていた。緑色に発光した不思議な鍵、それを私に向けて開錠するような仕草をするとふっと意識が遠のいていく。
「ごめんなさい、でもあなたは持っているはずなの。あの子の、ティアマトが遺した最後の、なにかを」
その声だけが最後に聴こえてきた。ティアマト、その名前になにやら聞き覚えのあるようなないようなということを考えながら自分の記憶の海の中へと没していった。私は、私の三ヶ月を取り戻す。それがあの子たちを悲しませているのなら、どんなに忘れたかった記憶だって、絶対に忘れてやるもんか! そんな気持ちで私は自分の意識の中、一つだけ光る、その何かを目指して泳いでいった。
次回に続きます。