記憶の海の中に一つだけ光るものを見つけた私はその光の中に手を伸ばした。そしてそこには、あの日のライブの後のことがあった。
──そうだ、あの日のライブはアテフリ、演奏しているフリで、観客に嘘をついていたという気持ちに私は押しつぶされそうになっていた。自分では気にしないでおこうと思っていたのに、まるでたくさんのヒトの想いが積み重ねられてしまったようで、苦しくて痛くて、気付けば私は、私は……どうなったんだっけ?
「ああ、あ……あぐっ!?」
私の向こうにいる私が苦しむ。なんだろうと驚いていると私の、色が変わったような感覚がした。そしてそれまでの苦しみも痛みもなく、ただただ冷たく鋭利な笑みを浮かべる狂気を孕んだ顔をしていた。
「──あは♡ んー、ようやく目覚めることができましたね……ふふ、ああ早くシュマ様に会いたい……?」
なんだか別人のようになってしまった私に、後ろにいた私に気づいたようにくるりと振り返った過去の私は、きょとんと驚いたような顔をしてから自分の姿を見つめて、なにやら鏡を取り出して確認していた。
「……んー? どうして分裂? しているのでしょうね~、不思議でございますが……まぁ、同じ身体など必要ありませんので、消しますか」
「え、えっ!? 私なのにいきなり物騒ですね!?」
「ワタクシ、不安の種は潰して踏み砕いて、忘れることにしておりますので」
急に過去の私の髪色が変わっていく。同じ黒一色だったのにそこに白がマーブル状になって、かわいらしいステッキと共にそれには似つかわしくない影が溢れ出てきた。な、なんなんですかこれ!? 私の記憶ですよねこれ? こんなファンタジックな過去があったのですかね!?
「記憶……? なにを言っているのかわかりませんが、死になさい」
「え、えええーっ!?」
「イロージョン、シャ──っ!?」
──あ、これ死んだらどうなるんだろうとかワケのわからないまま死ぬのは嫌だと思いながら目を瞑ってしまった。だけど思ったような衝撃とか変化がなく、恐る恐る目を開けると、なんと更に私が立っていた。ドッペルゲンガーだったらとっくの昔にオーバーキルもいいところだけれど、その三人目の私は頭からキレイな虹色の角を生やしていて、影が二人目を飲み込んでしまった。
「……こんばんは、でいいでしょうか。この景色ならそう言うのが自然でございますね」
「あなた……は?」
「ワタクシはティアマト、あなたが今見たように三ヶ月間、あなたの身体をお借りしていた悪魔でございます」
悪魔、という言葉に、いまいち実感は湧かないけれどそうなんですねと返事をしてから、つまりは今襲ってきたヤツと一緒じゃないかということに気づいて身構える。もしかして過去のティアマトさんとやらが総出で私を追いかけてるとかあったら怖いし。だけど彼女はいいえと首を横に振って、影になって消えていった。どこに? と思ったら頭の中に声が響いてくるような、遠くで場内アナウンスのような声が聞こえてきた。
「ワタクシは言わば記憶の案内人でございます。勇者の力と回帰の能力と意識は、シュマ様と共に逝きました。ティアマト、という人格もいずれは消えるでしょうけれど、あなたにはワタクシの二つの力を託すことにしたのです」
「ど、どうして……?」
「一つは、ワタクシの記憶をここに留めておくために必要だったから、そして、もう一つは……いえ、これはワタクシやシュマ様の杞憂であることを願っております」
なんのことだかわからないけれど、こうして案内人を得ることができた私は三ヶ月間の記憶を渡り歩いていった。その中で私の中にいた私というものがどれだけもアエーシュマという悪魔が愛おしかったのかが伝わった。そしてどれだけ殺伐とした時間の中にいたのかも。そうしているうちにティアマトの記憶が私の中に定着していく感覚があった。こちらの世界に来てからの記憶を共有した。その中には一時期私が表にいたこともあって。ああ、なんとなく残っていたあれも夢じゃなかったんだなぁということに気づかされた。
「ティアマト……は、愛を体現できるすごい子だったんだね」
「そう言っていただけると、ワタクシは二つ名に恥じぬ生き方ができたと思えます」
ちょっと過激だなぁと思うところはたくさんあったけれどでも、自分の愛にまっすぐになれるティアマトのことは羨ましいと思うと同時に、もっともっと、たくさんお話したかったなぁ。ティアマトはそれに対してワタクシも、同じ思いでございますと笑った。
「まさかこんな近くにワタクシの愛を理解するヒトがいただなんて……惜しいものです」
私も惜しいという想いでいっぱいだけれど、もうそろそろ帰らないとみなさんに心配されてしまうから。私は立ち上がり、意識を浮上させていく。たくさん傷付けてしまって、たくさん傷ついて、それでもわかりあった、あの人たちの元へと。
「──あ、起きた! 起きたよみんな」
「日菜、ちゃん……」
「おはよ、れおなちゃん」
「……はい、おはようございます」
目覚めて、パチパチと何度か瞬きをしてからどうだ? と訊ねてくるペオルになんだかムカついてしまったからとりあえず鳩尾に拳を叩きこんでおく。魔力を込めたから軽くだけど悶絶しておいていただけると助かります。
「な……んで、だよ……!」
「え、いやいや……
「……てめ……復活、したのか……!」
違います、と夢であったことをみなさんにたくさん伝えていく。ティアマトの最期の力だった案内人によって安全に記憶を辿れたこと。そしてなにより彼女と愛を共有したことを伝えた。流石にアエーシュマさんへの愛は持っていかれましたけれど。
「シュマ様への愛はワタクシ一人が持っていればいいものですからって」
「らしい、わね」
「はい、ティアマトさんは最期まで、ティアマトさんです……」
イヴちゃんがすごく悲しそうに私の手を握ってくるけれど、意識的には私は鳰原令王那なので握手会で手を握ることはあっても握られると飛び上がってしまうのでちょっとドキドキしながら平静を保っています。
──とにかく、ポップさん曰く魔力が身体に馴染んだことで記憶が定着したのだろうと考察された。特殊な例らしく、私は今後も経過観察が必要との判断をされた。ああつまりペオルに看られるのか……嫌だな。
「おい、お前なんでオレだけ対応違うくないか?」
「はい? もう一発ほしいんですかぁ?」
「……コエー」
「大丈夫だよれおなちゃん」
「そうです、仮にも女の子をあのペオルさんに診せるなんて危険すぎます!」
「大和!? 元同僚になんつー言い草だ!」
と、言いますとつまりは……この事情を知る魔力を持ったヒトの中で女の子、と言いますと……んんん? どう頑張ってもここにいる五人のかわいらしい女の子が変わりばんこに看病に来ていただけるってことですか? ご褒美です?
「うーん、こっちはなんだかキャラが変わった感じがすごいね……千聖ちゃん」
「まぁ、この入れ替わりの経過観察で慣れるしかないでしょうね」
「なれるなんて! 無理です!」
「いやれおなちゃんじゃないよね! あははは! この子おもしろーい!」
──それからというもの、私は定期的にやってくるパスパレに慣れることなんてないまま、日常を過ごしていった。いや、少しは慣れたのかもしれないけれど。それでもファンとしては一線を引こうと頑張った。頑張りました!
そして、変化といえばもう一つ、私はティアマトの愛を表現する力を尊敬していて、私もパスパレへの愛をなんらかの形で表現したいと願い、そしてキーボードを媒介にして愛を育てていった。
「──パレオ」
「はい、チュチュ様!」
そこで見つけた、私の、パレオの最高のご主人様との日々もまた始まっていくことになった。あの子のように愛を表現するために、髪の色をウィッグでピンクと水色に変えてこれでチュチュ様のキーボードメイド、パレオが爆誕しました。
「結局、パレオは勇者ではないのですか?」
「……どうなんだろうね。六人目って言ったらたぶんパレオちゃんだろうってポップも言ってたけど」
「まだ明確に夢を思い描けていないから、覚醒しきれていないのだと思うわ」
サタン様の事務所から帰る途中にそんな話をしている最中に、最後に彼から、そして彼女が懸念していたことを思い出してした。
──この世界にはまだ絶望がはびこっている。それが何らかの原因で、彼が生み出さなくても偶発的に魔力を得ることで悪魔は生まれてしまう。元々悪魔は自然発生したものですからね。そういうのもあるのでしょう。そう考えていたところで丁度、グルルと獣の鳴き声が聞こえた。
「サラリーマン、でしょうか」
「そうだね」
「でも今明らかにグルルって鳴いたわよ」
「はっ! かわいらしいお二人を食べちゃいたい一心で狼さんに……!?」
「いやなんでそうなるのかな? 悪魔でしょ」
そう言いながら二人が素早く変身してみせる。きゃー! と後ろで応援していることにしましょう。まだ自分の魔力をうまく操れる特訓の最中ですので。ポップさんと一緒にお二人の勇姿をその眼に、今度こそ一度たりとも忘れないようにと焼きつけていく。
「いくよ、サンダー!」
「ええ、スター!」
「グルルルルル! ガァァアアア!」
上半身が狼のようになった。人狼、と言えばいいでしょうか、真っ黒な骸骨が顔の上部分を覆ったような姿をした筋骨隆々な二足歩行の悪魔を前にしても二人は臆することなく立ち向かっていく。拳を振り上げ、雷槌を振り下ろし、息の合ったコンビネーションで悪魔を追い詰めていく。
「カメラ、取っても意味ないんですよね?」
「ええ、はい。消えますね」
「……ヒーローショーみたく撮影できないかなぁ」
「できていたら問題になりますね、間違いなく」
その分心のカメラでは激写中でございます! なにより魔法少女みが強いところが素敵でございますね。ちょっと現実であるが故にチラリとスカートの中とか見えてしまいますけどペチコートでもなんだかイケナイものを見てしまった気分になるのはどうしてでしょう!?
「な、なんか視線を感じるけれど、決めるわよ!」
「うん!」
そう言って千聖ちゃん、ドリームサンダーが雷槌で悪魔を打ち上げる。そのタイミングを狙ってドリームスターが空中に飛び上がって、位置エネルギーを利用した必殺のパンチを繰り出した。
「──
空中では防御姿勢がとれるはずもなく爆散し、サラリーマンが何事もなかったかのように倒れていた。変身を解いたお二人に拍手をしながら駆け寄る。これから偶にこんな間近でのヒーローショーが楽しめるので、それはそれでいいことのような気がしてきました。
「あら、そのうち慣れたらあなたも参加するのよ」
「……さ、撮影係で参加しとうございます」
「頑張ってね、パレオちゃん!」
「はい頑張ります!」
「て、手のひら返しが早いわね……」
でも、そうですね。もう一度ピンチが訪れるようなことがあれば、パレオは、パスパレのみなさんのお役に立ちたい。立ってみせる。そんな思いを胸に抱きながら、二人の後を追っていくのだった。
最終話は次回に回します。彩ちゃんで締めねばなるまいて!