結局のところ音が途切れた詳しい原因はわからず仕舞いで、私たちは今後の仕事をすべてキャンセルされて、活動休止という停滞を余儀なくされてしまった。
──SNSには、失望や嘆き、中傷であふれていた。
唯一縋りたい希望は楽器のレッスンをする、ということだけ。楽器のレッスンをすればまたステージに立てるかもという麻弥ちゃんの言葉だけが私を支えていた。
「書き込み、確かにとんでもなくひどいですね」
「……うん」
ひまりちゃんには、ちょっと愚痴ったけどしょうがないところではあるとも思うんだ。私は実績もない、歌ってもない。でも見るに堪えなかったのは千聖ちゃんへの書き込みだった。元々、子役だったこともあってか、アイドル界への参入そのものに対する批判が強かった。大丈夫かな千聖ちゃん。あんなにしっかりしていても、傷つかないなんてことあるはずないのに。
「……っと、そんなこと言ってる間に、悪魔の気配です……大丈夫ですか?」
「うん……そっちはせめてちゃんとするよ」
夢は失ってはいけない。ポップはそう言った。このくらいでへこたれるような三年間は送ってないから大丈夫。
私はひまりちゃんと別れポップをカバンから取り出した。近い?
「はい、近くに……!?」
「またまみえたな……夢想の勇者」
「……っ!?」
その姿を見た瞬間にぶわっと全身から汗が噴き出た。あの悪魔は……ヤバいよ。多分隠してないせいなんだけど、足が竦む。そんな悪魔はまるで何事もないかのように刀……すごい長尺のものを左手に、本を右手に開いた状態で立っていた。身長はすらっとしていて190㎝くらいあるんじゃないだろうか。やっぱり目立つのは髪も肌もスーツも、睫毛も刀も本もすべてが白、ただ鍔の金色と手袋の黒、そして瞳の青色だけが強烈に印象に残る見た目だった。
「名乗っていなかったな。私はシャヘル。我が主サタン様から暁光の二つ名を与えられしもの」
「え……っと」
「見たところ武闘家だろう? 名乗るのが筋ではないのか?」
なんか全然敵意がないんだけどこれってどういう状況なの? ただ悪魔としての威圧感だけが物凄くて、私はこそっとポップを頼らせてもらうことにする。名乗れって言われても今は変身前だし、どうしたらいいんだろう。
「──こ、これってどっちで名乗った方がいいと思う?」
「相手が悪魔名で名乗ってるんですからコッチは勇者としての名前でいいんですよっ」
なるほど。というかやっぱりそうなんだ。
完全に人間の肉体を手に入れた悪魔はああやって人間社会に溶け込んでるってことだよね。つまり彼にも人間としての名前があって、立場があるってことで……やっぱりあの時の声も。
「よしポップ! 変身するよ!」
「はいっ」
首から下げていた指輪をチェーンから外し、左手の人差し指に嵌めると右腕にアステリスク型のバングルが現れる。中心のボタンを押し、星型の指輪をバングルに重ねることで、私の夢の力が勇者としての鎧へと変わっていく。
「夢を撃ち抜く、夢に向かう煌めく星! ドリームスター!」
「ドリームスター……今少し、手合わせ願おう」
そうくるよね、でも私だって前回みたいな負けっぱなしじゃ嫌なんだ! 本を胸ポケットにしまい、ゆっくりと刀の柄に右手を掛けた。抜刀術の構え、待ちに徹する、不動の構えをとられ、私は基本の構えで間合いの外で陣取る。
頭の中ではシュミレーションが繰り広げられていた。どう踏み込めば、技の選択、相手がどれくらい早いかも未知数だけど、この間あの貫手を止めたことからも瞬発力はあるはず。
「ドリームスター……」
ポップのつぶやきが合図であったように、私はありったけの魔法力を右手に籠めた。前は距離が近すぎて打てなかったけど……これなら、どうだ!
アスファルトを抉るくらいの勢いで脚を踏みしめ、空気を衝撃波にするほどの必殺の正拳突きを放った。
「
シャヘルと名乗った悪魔もこれには驚きに目を見開き、衝撃波に吹き飛ばされていった。
どうだ! 私の、私が信じる夢の力! あんなことじゃへこたれない、私を支える希望の力をありったけこめた一撃は!
周囲ごと巻き込んでの一撃で土煙がもうもうと上がる。あんまり市街地で戦うのはどうかと思ったけど、どうやら夢の力……悪魔も私も幻想の力で戦っているから破壊はなかったことになってしまうらしい。だから安心して撃ったんだけど。
「ふふ……ふふふ……今のは、よい一撃だった」
土煙の中から、埃を払いながらシャヘルは笑みを浮かべていた。さっきまでピクリとも動かなかった表情が、楽しそうに歪んでいる。
──なに、コイツ。なんで笑ってるの? そんな戸惑いに固まっていたら吹き飛んだガレキに対して白い悪魔は邪魔だな、とつぶやき、スラリと刀を抜き放った。
「抜刀など、馴れぬことはしないに限る」
独りごとを呟き、ふっと振りぬくとガレキは跡形もなく粉々になった。
その刀の振りがあまりにキレイで早すぎる。まるで重量なんてないんじゃないかってくらい滑らかに、そしてまるで豆腐でも斬ったんじゃないかってくらいあっさりと。もしもあれが身体に当たったら……ううん、あんまり考えたくない。
「防がなかったら危なかった……なるほど、これは確かに脅威的な成長だ」
「わ、わかったら退いてくれると嬉しいんだけど……」
「残念だがそうはいかない。サタン様の命故……」
正眼の構え、さっきよりも隙のない張り詰めた空気。本気なんだってことが伝わってくる。防御ではなく攻めを意識しての天地の構え。私も息を大きく吐いて精神統一していく。焦りはない。得物のある相手との戦いはしたことないから少し不安だけど、それでもだれかに夢を与えるって気持ちが私の勇気に変わっていく。
「ひとつ……いいですか」
「なんだ」
「この間のパスパレのライブで機材トラブルを起こしたのは、あなたたちですか?」
「……生憎私はただの尖兵、サタン様の命を忠実にこなすだけ、それ以外はすべて管轄外だ」
なるほどね、じゃあそのサタンって悪魔に訊けばいいんだね。
──また一つ迷いが消えた。コイツを倒して、もくは撃退すればそれが叶うんだろうか。尖兵って言ってるけど明らかに、風格があるもんね。とりあえず、集中しなきゃ。私も相手も目を閉じていく。
また静寂が訪れる。春風が吹いて、閉じた瞳を同時に見開き必殺の一撃を構えた。
「
「絶技」
「
「獅子王」
範囲の大きいスターブレイクではなく、範囲を絞って……あまり普段は使わない技なんだけど貫手をアレンジした、新しい必殺技。範囲がすごく狭い代わりに、私の指はあらゆるものを貫く槍になる。しかもアレンジで捻じりを加えて、貫通力を上げている。これなら──!
「──くっ!」
「……っ!」
拮抗、魔力を得て硬化した指先が相手の刀と激しい衝撃を出しながらそれ以上にピクリとも動かなくなった。ギリギリと鉄の擦れる音がして、押し通されないように歯を食いしばる。
相手もそれは同じで、初めて表情らしい表情を見せて耐えていた。でも、これは私の勝ちだ!
「ハァ──ッ、セイ!」
「ぐ……っ!?」
「うっ……あっ!」
ありったけの、魔法力を込めて刀を砕き相手の鳩尾に突き刺そうと猛進する。
だが、横からのナニカに吹き飛ばされてコンクリートの塀にぶつかってしまう。咄嗟に頭は守ったけれど、まずい、視界が揺れる。しかも腕が、渾身の力を込めていた右腕が動かなくなってしまった。
「まさか……この姿を見せることになるとは、思ってもなかったぞ勇者」
「ドリームスター! 大丈夫ですか!?」
「う、うん……けど、ポップ……あれは、あれはホントに……悪魔なの?」
人間ではない、異形だということを表す鬼のような角と翼……だけどその角は石英のように滑らかな光を反射していて、翼も片翼六枚、全部で十二枚のうっとりとしてしまいそうなくらいに真っ白な、羽。
あれは悪魔? 違う、あれは……そう、天使の輝き。
「……暁光のシャヘル、彼はそう名乗りましたね」
「うん」
「あれは私たちの精霊界に侵攻してきた際にいたサタンが率いた六体の悪魔のうちの一体です」
「……つまり、腹心?」
はい、とポップがうなずいた。六体とサタン、それが相手の主戦力ってことなんだね。
痛っ、肩外れてる。あの翼に打たれてやられたってことかな。でも、あんな美しい姿をしたのが、悪魔だなんて。
そんな驚きを肯定するように続けてポップは美しいはずですと非難するように声を鋭くした。
「だって彼は……かつて我々の主に仕えた天使長サタンの力を受け継いでいるんですから!」
「……え」
そんな……情報が多くてパンクする。つまり、サタンは、悪魔は元々精霊界側の存在だったってこと?
だが、シャヘルはまるで興味がないように目を閉じた。
「そうだ、サタン様は絶望された。深く、故にキサマらの主は滅ぼされたのだ」
「そんなっ! どうして!」
「私はサタン様に付き従うだけ……話は以上だ。消えろ」
翼がはためき、発光する。翼に魔法力が反転した力がどんどん込められていく。まずい、まずいよ……! あれが理不尽な光線だとするなら、よけ切れるはずがない。
──私が、ここで負けて終わり? そんな……そんなの。
「ドリームスター!」
「そうだ絶望しろ。夢は反転し、サタン様の痛みを知れ──!」
ううん、絶望はしない。せめてポップだけでも守ってみせる。残った力を全部左手に込めて……
そんな時、まだですっ、と大きく透き通った声がした。この声は……?
「今更誰が来ようが……無駄だ──殲滅の……明星!」
「無駄なことなんてありませんよ! 私の刀に……切れぬものはありません! ハァァ……!」
刀を持っているその子は空中に駆け上がり、まばゆい輝きにたった一人で立ち向かっていく。
そして、鞘からそれを抜き去り……光を両断した!
「雪花流居合……崩天!」
「なんだ……貴様は!」
流石の悪魔も驚愕した。弾いた光は周囲を破壊はするものの、私や刀を持った彼女自身は無傷だった。
──私たちに背を向け、刀を素早く納刀する。こ、この子は。
「間に合いました……!」
「ポップ?」
「私は、もう一人だけ見つけていたんです。夢想の勇者の資格を持つ……夢に溢れる人が」
「彼女は……」
それは、雪のように銀色だった。私と同じアイドルみたいなキラキラの衣装、一つの違いはバングルも衣装のカラーも神秘の色、パープルだということ。
そっか、これがポップが言っていた対策なんだ。独りでダメなら二人……仲間を見つければいいんだ。
「夢を撃ち抜く、誠と真を貫く雪の花! ドリームスノー! いざ、参上仕りました!」
若宮イヴちゃん、私と一緒に頑張ろうと誓いあった彼女が、二人目の夢想の勇者だった。ドリームスノー……そのまっすぐな目は私の身体に活力を取り戻させるのに十分なインパクトがあった。
二人目の勇者だ!