大魔王様とのドキドキチェスを終えた次の日。俺は格闘の鍛練に勤しんでいた。
バーンからは、励めよとか言われたけど『力こそ正義』の権化である大魔王バーンの一言だから裏があるとしか思えない。まあ、今後魔王軍から離反するにしても力が無い事には、どうにもならないから特訓はするが。
「せいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「…………………」
そんな訳で……いや、どんな訳だ。俺はミストバーンと組手をしていた。組手と言っても俺がミストバーンに殴りかかり、ミストバーンは無言で俺の拳や蹴りを捌き続ける。しかもミストバーンはその場から一歩も動かず、左手だけで俺の攻撃を完璧に防いでいた。いくら強さに差があるからってこれは悔しかったので、なんとか一撃でも当てようと躍起になっているのだが、結果は散々だった。一発もかすりもしない。
「ぜー……ぜー……駄目だ……当たらない……」
「…………………」
「イーリス様、はしたないですよ」
疲れた俺はその場に座り込む。ミストバーンはそんな俺を無言で見詰め、アイナさんは俺をはしたないと叱る。そんな事言っても、中身は男なんだから仕方ない……と言いたいが女の体に慣れてきてる自分が悲しくもある。
「……………」
「ん、なんだよミストバー……危なっ!?」
そんな風に少しダラけているとミストバーンが無言のまま人差し指を此方に向けている。嫌な予感がした俺は咄嗟にその場を飛び退いた。それと同時にミストバーンの爪が高速で伸びてきた。なんだったっけ、あの技!?技の名前は忘れたけどヒュンケルの鎧を砕くくらいの威力があったよな、確か!
「……………」
「ちょ、待って、危な、にょわっ!?」
片手だけだけど、五本の指から高速で伸びてくる爪を避け続ける。必死に避ける内に追い詰められて、最後の攻撃も避けたけど変な体勢になり、妙な悲鳴を上げてしまった。
「……………」
「あ、危なかった……」
「お見事です、イーリス様。それと貴方は調子に乗りすぎです」
全ての攻撃を避けられた事にミストバーンは怒っているのか、さっきの悲鳴に呆れているのか、やはり無言のままだった。アイナは褒めてくれたけど気持ち的には微妙な所だ。アイナは不意打ちを仕掛けたミストバーンの頭に拳骨を落としていた。おいおい、ミストバーンの体はバーンの体なのに乱暴に扱って良いのか?と思ったけど、アイナさんはその辺りを知らないのだろうか?
「……………」
「イーリス様。明日以降の修行は私との組手とミストバーンから闘気の扱いを学ぶ内容になります。ミストバーンの通訳は私が行いますので」
「あ、うん……お願いします」
ミストバーンは無言だったがアイナさんが通訳してくれた。テレパシーでもしてるのかな?原作でもバーンとミストバーンはテレパシーみたいなのしてたし。
それと通訳してくれるなら、さっきの不意打ちについても聞いて欲しかった……なんて思ってたらミストバーンはフッと姿を消した。そういや、初期のミストバーンって寡黙キャラだったな。ヒュンケル曰く、『俺に物を教える時でさえ滅多に喋らなかった』って言ってたし。
◆◇sideミストバーン◆◇
意外な事だった。バーン様の命令でイーリスに稽古をつける事になった私だが、イーリスは魔法の才能が無いと聞き、私は闘気を教える事となり、イーリスの身体能力を計る為に組手をした。
そこらの雑魚モンスターや人間の兵士を遥かに上回る力を持つイーリスだが、動きそのものは素人だった。禁呪法で生み出されたイーリスは格闘術もその身に刻まれている筈なのだが……動きが良く言えば大雑把、悪く言えば見よう見まねの素人芸。
私はイーリスの攻撃を左手で防ぎ続けたが攻撃を仕掛けていた側のイーリスが先に根を上げた。なんたる体たらく。強くなれる筈の……バーン様から生み出された個体がこんなにも弱い事に私は苛立ちを感じ、イーリスを戒める為にビュートデストリンガーでイーリスを痛め付けようとしたが、なんとイーリスは私のビュートデストリンガーを避けた。
ビュートデストリンガーは鋭い爪を高速で伸ばして離れた相手を貫く技で、初見では玄人でも避けるのは難しい技だが、イーリスは無様な避け方だったが確かに避けた。私は立て続けにビュートデストリンガーを放ち続けるが、イーリスは無駄な動きが多いにも拘わらず避け続けた。最後には本気の速度で放ったのだが……
「ちょ、待って、危な、にょわっ!?」
妙な掛け声と共にイーリスは私のビュートデストリンガーを全て避けた。今の速度のビュートデストリンガーはヒュンケルですら避けるのは難しい筈なのに。私が放心しているとイーリス付のメイドとなったアイナが私に近づいた。
「あ、危なかった……」
「お見事です、イーリス様。それと貴方は調子に乗りすぎです」
息も途絶え途絶えのイーリスと、イーリスを褒めた後にアイナが私の頭を殴る。何をする!私の体はバーン様の物だ!貴様も知っているだろうが!バーン様からの厳命であった寡黙に徹するという事も忘れて私は叫びそうになる。
『貴方はバーン様からイーリス様を鍛える様に命じられたのでしょう?執拗に攻撃をするのは違うのでは?組手は私がしますから貴方は闘気の扱いを教えて上げてください』
『う、うむ……承知した』
アイナからのテレパシーに私は怯んでしまう。私よりもバーン様に仕えた時間は短いのに私よりも立場が上のようにも見えて、バーン様にすら恐怖を与える、このメイドは何者なのだろうとこの数百年で何度思った事か。
「イーリス様。明日以降の修行は私との鍛練とミストバーンから闘気の扱いを学ぶ内容になります。ミストバーンの通訳は私が行いますので」
「あ、うん……お願いします」
私が自身の思考を優先していると、アイナはイーリスに今後の予定を伝え、イーリスは私とアイナに頭を下げる。不思議なものだ……バーン様の禁呪法で生み出された疑似竜の騎士はバーン様にもバランにも似付かず、人間のヒュンケルとは違ったタイプの思考の持ち主。私の嫌悪するゴミのような存在である人間と同じ様な心の持ち主であると言うのに……その笑顔と面白い仕草が何故かまた見たくなった。
何をバカな事を考えているのだ。私はそんな自分の思考をかき消し、その場を離れた。全ては大魔王様の為に……私はヒュンケルと違って手の掛かりそうな新たな弟子の修行メニューを考えるのだった。