「う……あ?」
「おお!?バラン様、イーリスが目を覚ましたぜ!ったく!バラン様を心配させやがって!」
妙に体が重く、瞼を開けるのも一苦労。そんな中で目を覚ましたら鶏ガラの鳥人が視界に入る。騒がしいな……それに妙に頭がボーッとするな。
「イーリス殿。大丈夫か?」
「うん、大丈夫。俺は犬よりも猫派だから」
「………本当に大丈夫か?会話のキャッチボールが成立していないが」
鶏ガラに続いて水族館に居たら人気の出なさそうなゴツい鎧を着たセイウチに話しかけられる。返事をしたらイケメンに可哀想な物を見る目で見つめられた。
「寝起きで覚醒していない様だな。イーリス、私が分かるか?」
「あれ……バランさん?なんで……っ!」
バランさんに話しかけられて漸く頭がシャキッとした。マジの寝起きで頭が回ってない状態ってなんか恥ずかしかった。ガルダンディー、ボラホーン、ラーハルトが揃ってこっちを見てるし。
「あ、あはは……おはようございます」
「ああ、おはようイーリス。体の不調はどうだ?」
被されていたシーツを握り締めながらバランさんに寝起きの挨拶をすると少々強張っていたバランさんの表情が緩んだ。体の不調?あ、そうか。ダイと戦ってる内に紋章の力の影響があったんだった。俺は右手を紋章の位置に添えて力を感じ取る。
「今は落ち着いてます」
少なくともダイとの戦いの最中に頭の中に渦巻いていた感情が湧き上がる感じはない。力の方もそれに呼応していたのか今は抑えられている様だ。
「そうか……ならば良い。寝起きで悪いが状況を説明しよう。キミが倒れてから既に一日が経過した。その間に私は竜騎衆を呼び戦に備えた。一時間後にディーノを取り戻す戦いに赴く予定だ」
どうやら俺が寝ていた間に竜騎衆召喚イベントは終わったらしい。なんて思っていたら髪を櫛でとかれる。コレって気持ち良いんだよね。
「竜騎衆でクロコダインやポップを殲滅。その間にダイの説得って感じ?」
「そうだ。キミの紋章を介してディーノにも私の気持ちを知っただろうからな」
「人間達の間では親の心子知らずと言うらしいですよ。この場合は子の心親知らずと言うべきでしょうか」
原作通りの流れになって来ている様だ。それにバランさんの話ではバランさんの人間を憎む感情は俺の紋章を介してダイの紋章に伝わり、ダイの心に伝わったとの事。でも、それはダイの感情もバランさんに伝わった筈だがバランさんは変わった様子は無い。
相槌を打ちながらもバランさんは否定をされる。
「ディーノの気持ちもわからんでも無い。だが、あの子は知らんのだ……人間がどれほど愚かで救い難い存在なのか……」
「それは全ての生物に言える事なのでは?まあ、バーン様の提唱する事の全てを否定する気はありませんが両手を上げての賛同はしませんよ」
訂正。内心、腑が煮え繰り返るのを理性で押さえ付けてる感じだな。だからこそ原作でクロコダインやレオナの説得は逆鱗に触れる所業だったんだなって再認識してしまう。ギリっと拳を握るバランさん。
うん、所で……
「アイナさん、何時から居たの?」
「ぬおっ!なんだ貴様は!?」
「い、いつの間に!?」
「馬鹿な……いつの間に間合いに……」
「アイナか……世話を掛けるな」
俺の一言に竜騎衆がバッと飛び退いてアイナさんを睨む。アイナさんはナチュラルに俺の身支度を整えながら会話に参加していた。あまりにも自然過ぎて誰も気付かなかった。
まあ、アイナさんが手練れで気配を消していたのも理由の一つなんだろうけど。バランさんは驚いた様だがいつもの事と言葉を飲んだ様だ。
「私はイーリス様の専属のメイド。身支度をするのは当然ですし……武人である貴方達にイーリス様のお世話が出来るとは思いませんでしたから」
「そうだな……私達では子供や女子の世話は出来ん」
そう言ってテキパキと俺の身支度を整えたアイナさん。やだ、このメイドさん完璧過ぎる。
バランさんはちょっとしょんぼり。確か、赤ん坊のダイを寝かしつけようとしたり世話をしたけど上手く出来なかったんだっけ?それを思い出してるんだろうな。
「イーリス様、私は本日は身の回りだけで戦闘への参加は禁止されています。バーン様からも『イーリスもそろそろ本気で戦わせよ』との仰せなので」
「バランさんが居て、竜騎衆が揃ってバズズが居るなら出番は無さそうだけど……あれ、バズズは?」
アイナさんは今回、助太刀は無いらしい。前回のフレイザードの時は助けられたけど、その事は父上に怒られたのだろうか?今でも十分過保護だとは思うが。そういえばバズズの姿がないと辺りを見渡すとガルダンディーが口を開く。
「あの猿野郎ならルードと空の上だ」
「寝ているイーリス殿の傍に寄り添おうとしたルードをバズズが止めて喧嘩になってな。今は空の上で仲良く喧嘩中だ」
ガルダンディーとボラホーンの発言に空を見上げる。かなり遠くでだが光が見える。いや、仲良く喧嘩ってレベル超えてねーか?
「私は支度をしてくる。戻る時までにお前達も身支度を済ませておけ」
そう言ってバランさんは俺からシーツを取り上げると森の奥へと行ってしまう。あ……あの白いシーツはバランさんのマントだったのか。布団代わりに借りてしまっていた様で申し訳ない。
この後、空の上で喧嘩をしていたバズズとルードの仲裁をしてからダイ達の所へ行く準備を済ませた。原作であればガルダンディーとルードが近隣の町を襲って壊滅させるのだが、それは止めた。
それぞれがドラゴンに跨り、ダイの所へと進軍する中、俺の胸中は穏やかではない。何故ならば既に原作から大きく外れた展開になっているからだ。
ダイの記憶は失われていない。バランさんが紋章の力を共鳴させてダイの記憶を消すイベントは俺の紋章の都合があって実行出来なかったからだ。つまりはダイは記憶喪失にならずにバランさんを迎え撃つ為にクロコダインやポップ、レオナと万全の状態で待ち構えている筈。更にヒュンケルも途中参戦してくるだろう。
つまりは此処からは俺にとって未知の領域。そもそも原作知識があっても物事がうまく進まないのは、この世界に転生してから散々味わって来たんだ。
原作知識があって能力もあるチート?バカを言え、そんな風に思ったって今の俺にはこの世界が現実で原作知識なんざ意味がない。ある程度の指針にはなるだろうけど、それが全てじゃない。ならば俺が思い描いていた展開になる様に頑張るだけだ!腹を括ろう。悩み続けたけどそろそろ本気で戦わなければ願う事も望む事も出来ない。
なんて、思っていた時が俺にもありまして……
「此処から先は……行かせないぜ!」
ダイの記憶は失われていない筈なのにポップが一人で足止めに来ていた件。どうして、こうなった?