湊友希那を見返そうライブ、という頭の悪い目標を掲げて一層のモチベーションアップを図った俺たちは、順調にライブの準備を重ねていた。一方でなんとか友希那を騙して引きずっていく、とリサが報告をくれたことで、その熱は最高潮だった。そんなある日のこと。
「コンビニでなんて、偶然ですね」
「偶然って……どうせ来るだろうと思ってたんだけど?」
「ふふ、それでは、愛ゆえの以心伝心ですね」
どこに愛故の以心伝心があったんだよ。とツッコミを入れたくなるライブ前の熱とはまるっきりかけ離れた日常を、紗夜さんと過ごしていた。連絡しなくたってどうせ紗夜さんは俺のところにやってくるだろうと時間を見計らってコンビニのイートインで座ってたら、案の定、ギターを背負った紗夜さんが嬉しそうに隣に座ってきた。
「しかしまぁ、どうしてこう毎度毎度俺のいる場所がわかるんですか?」
「愛の力です、ふふ」
「あーわかりましたから下腹部に手を当てるのだけは勘弁して」
そんなところに愛の結晶は詰まってませんし、そもそも注いでません。そうやって俺が守ってるはずの童貞から勝手に遠ざけないでください。
「大丈夫ですよ。盗撮、盗聴と言った犯罪は犯していませんから」
「やってたら警察に突き出します」
紗夜さんがそんなことをしてるとは思わないけど、万が一してたら自首しといてほしいところだよ。
相も変わらず冗談と下ネタを入り交ぜた会話をしていると、紗夜さんはそうでした、と話題を転換した。
「今日は、カンベさんをお誘いしようと思っていまして」
「ホテルなら断るけど」
「ホテル……もいいけれど、普通に、近くの喫茶店でお茶でもしませんか、という誘いです」
さ、紗夜さんがホテル以外の場所に自分から行こうと言い出すなんて……何を企んでいるんだろう。そんな疑いの目で見ていると、違います、と唇を尖らせた。今までしてきたことを思えばおかしくないんだけどな。
「わかりましたもういいです。家に帰って自分でも慰めていればいいのでしょう?」
「拗ね方が微妙に同情を誘われにくいんだけど……」
「……はっ、それを撮影してカンベさんに送りつけます」
はっ、じゃないよ何名案思いついたみたいな顔してるのかなこのビッチ。それは同情じゃなくて脅迫だよって教えてあげないといけないのかな? 紗夜さんはそこまでバカじゃないと思うんだけど、いや、思いたいからきっと最初から脅迫する気だったと思っておこう。
「わかりました、行きましょう」
「ホテル?」
「今さっき自分でどこ行くって言いましたかねぇ?」
「ホテル、だったかしら?」
「喫茶店!」
俺をからかって遊んでるのか、わかっていますよ、とくすくす笑う紗夜さん。納得いかない、何が一番納得いかないかって、楽しそうに笑う紗夜さんの顔がとんでもなくかわいいことだと思う。普段は表情を変えない彼女が、こんな風に笑ってくれる、うん、今のうちに優越感出しておこう、ふふん……虚しいけど。
「実は、ここは妹の後輩のお宅でして、よく店員さんもやっているのです……あ、惚れてはいけませんよ?」
「ダメなんですか」
「私がいるのですから」
そんな説明を受けながら、羽沢珈琲店、と名前が書かれた商店街の一角にある喫茶店のドアを開く。紗夜さんの行きつけだけあって、とても和やかで、けど騒がしくない静けさがある、いい雰囲気のお店だった。ちょっとしたレトロ感も、コーヒーの香りも、落ち着く要因かな。
「いらっしゃいませー、あ、紗夜さん! と、そちらの方は?」
「つぐみさん。こちらは私の──」
「──バンド仲間です。ベースやってる……えっと、カンベです」
紗夜さん、今私の、の続きになんて言おうとしましたかね? カレシになった覚えもセフレになった覚えもないですからね? オトモダチ、ってのも誤解を生むので今回は控えてくださいね? そんな不満そうな顔はやめて。
「え、もしかしてWonderersの?」
「知っているんですね」
「はいっ! こう見えて、わたしもバンドやってるんですよ!」
そうなんだね。しかも結構地元じゃ有名どころらしい。アマチュアのガールズバンドはRoseliaくらいしか知らないんだよね。なんだか最近ものすごいガールズバンドのグループが結成したのは知ってるんだけど、そっちは半分以上プロだし。
「ふふ、やはり有名人のカレを持つと大変だわ」
「はい?」
何充実感と幸福感に浸ってるんですかね? フツーに紗夜さんの方が有名人ですからね? あとやっぱりカレシって紹介するつもりだったんですね?
──とは言え、ここではどうやら紗夜さんの本性は隠しているようで、下ネタは飛んでこない。いつもこれだったらいいんだけど。
けど、着席したところで、近くの席から、少しだけ舌足らずな高い声が俺と紗夜さんの耳朶を打った。
「あ~! 紗夜さんにカンベさんだ~!」
「う、宇田川さん?」
「……ということは」
パンクな服装をしたロリっ娘、宇田川あこちゃんが俺と紗夜さんのところに駆け寄って、まるで大好きな飼い主を見つけた犬のように純粋無垢な笑みで跳ねていた。キミ、本当に高一だよね?
そして、あこちゃんいるところには、彼女がいるだろうとさっきまであこちゃんが座っていたであろう席に目を向けると、あ、もう一匹犬がいた。
「カンベさん……!」
「燐子さん」
わかりやすく表情を明るくした白金燐子さんのご登場です、拍手でお迎えください。俺としてはうげ、って声をなんとか堪えるので精一杯なので。
俺はどうしてこうビッチに懐かれてしまうのか。でも、あこちゃんはそうじゃないと信じたい。
「ねぇねぇ、カンベさん! もしかしてこれから練習?」
「え、うん。自主練習しようと思って」
何せランスがデート、トーマがバイト、タイクーンは家の手伝いがあるからな。割と一番最初のクソ野郎以外は忙しいヤツが多い。
「聴きたい! カンベさんの演奏!」
「え、ええ?」
「だってリサ姉の弟子なんでしょっ? きっとカッコいい演奏なんだろーなぁって思って!」
ぴょんぴょん跳ねて自分の思いを伝えてくれるあこちゃん。いやホントにマスコット的かわいさあるな。二歳差なのを疑うレベルだよね。
コーヒーを飲んだらどうせ移動しようと思ってたんだし、まぁ、こうやってファンがついてくれるのは嬉しいよね。
「……私とのデート」
盛り上がっていると、ぽつりと紗夜さんがショックを受けたようにつぶやいた。そんな顔しないでよ。紗夜さんとはまた幾らでも機会があるんだからさ。
二人から四人になった席で、あこちゃんが明るく話を振って、燐子さんと俺がそれに返事をする。時折はゲームの話をするから、それが分からない時は燐子さんが相槌を打って、俺がそれを見守るって形だった。ちなみに隣があこちゃんで向かいが燐子さんと紗夜さんである。この二人は隣にしたら狙ってくるからダメ。俺は学んだ。
「カンベさんっ、カンベさんも一緒にN.F.Oやろうよ!」
「ん~、あんまりネット環境とかよくないしなぁ」
思い浮かべるのは燐子さんの部屋。あのネット環境はゲームをするためのものってのは聞いたから、サクサクやってくにはお金がかかるってイメージがあるよね。
それにしたって、あこちゃん……ち、ちょっと距離が近くありませんこと? なんでヒトの腕を抱いて、いーじゃんと甘えてくるんだけど、まさかこの子もビッチ? 燐子さんとコンビでオフパコとかやってるんじゃないよね?
「おふ……? なにそれ?」
「カンベさん……っ! あこちゃんに、そういうのは、教えちゃ、ダメ……です……!」
え、違うの? なのにこの子こんな風にスキンシップ多いの? それはそれで苦手なんだけど。胸とか押し付けてくるよ? 小さいけどはっきりと柔らかな感触が腕に伝わってくるのに、この子は無自覚なの?
「……ロリコンだったんですね、カンベさん」
「違うね!?」
「道理で私や白金さんには反応しないわけです」
反応してますー! 必死で初の出番待ちしてる息子を理性で抑えてるんですー! 特に燐子さんの部屋に行った時は危なかったし、紗夜さんとキスした時なんて……あ、これは秘密にしておかなきゃなんないヤツだった。
「……キス? 氷川さん……?」
「カンベさん……アレは秘密です、と約束したのに」
「え、やっぱりカンベさん……紗夜さんと、付き合ってるのっ!?」
近い近い! 顔を近づけてこないで、このロリ無自覚ビッチ怖い。ある意味紗夜さんや燐子さんより怖い存在になりつつある!
そして誤解です! 紗夜さんとお付き合いはしてないです。あとめちゃくちゃ燐子さんの視線が怖い。
「わたしも、カンベさんと、キスしたいなぁ……」
「りんりんまでっ!?」
燐子さん、ビッチの本性出てるから。そんなもの欲しそうに唇に指を当てないでください。絶対あなたは舌入れる気でしょう。俺は童貞だからそんなことされた瞬間に股間が準備万端、発射五秒前になるから。
──だいたい、燐子さんはただの興味でしょう?
「あ……カンベさん、それは」
そんな直接は言わなかった。せいぜい、燐子さんとしてなら、割とランスが興味を持ってましたよ、って伝えただけだった。紗夜さんが瞬間的に制止の声を放って、それを上書きするように、燐子さんが下を向いて、小さな声で呟いた。
「……ひどい、です」
「……燐子、さん」
「……っ! 失礼します……!」
肩を震わせたと思ったら、素早くお金を置いて、立ち上がって、俺に表情を見せないまま、立ち去ってしまった。
ポカーンと自分が何を失言したのかわからないでいると、隣から小さな手が俺の頭を思いっきり叩いてきた。
「いたっ!? あ、あこちゃん?」
「カンベさんっ!」
あこちゃんは、それはもうご立腹だった。
無理もない。俺はあこちゃんの親友を、傷つけたんだから。
そして、それは紗夜さんも、同じだと言うことは雰囲気でわかった。
「……白金さんだって同じです。勿論、私や彼女がやってきたことがそれで正当化されるわけでも、美化されるわけでもないことはわかっています、けど……それにしても、今のカンベさんの言葉は、それらを加味しても、とても女性に対して許せるような言葉ではありません……今日は私も失礼します」
失望したように、悲しむように、紗夜さんも俺の前からいなくなった。
俺は、あの二人に何をあげられていたのか、何を返せるのかわからず、その関係がいたずらに続くと信じていた。そんなわけないのに、俺のちょっとした無神経な一言が、燐子さんを、傷つけた。
「……カンベさん」
「ごめん……あこちゃん」
「っ、まだ、大丈夫! 怒ってるってことは、まだ大丈夫だもん!」
「そう、かな」
「うんっ!」
あこちゃんに励まされなかったら、多分俺はダメになってただろうな。やっぱ俺は女心のわからないモテない童貞クソ野郎だ。プライドと理想だけは高くて、そのくせ中身が伴ってないふわふわした野郎。
「あこに任せて!」
だから今は、あの楽しい日を取り戻すには、この小さな闇の女王に頼るしか道はなさそうだな。
よろしく、あこちゃん。