紗夜のBはBitchのB!   作:黒マメファナ

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Dの罪/ただまっすぐに

 紗夜さんやあこちゃんと一度別れて、俺は燐子さんと()()会う約束をした。おそらく燐子さんにそんなことをするほどの気力もないだろうけど、念には念を入れとかないと、童貞は守れないからね。これは紗夜さんに学んだこと。

 

「……お話、って、なんですか……」

 

 最初は返事すらしてくれるか怪しかったけど、きっとりんりんも仲直りのきっかけが欲しいって思ってますよ、というあこちゃんの言う通りこうやって俺の前に姿を現してくれた。あの子はスキンシップが小悪魔のそれだけど、マジで俺にとっては天使のような子だと思う。天使で天然ビッチって逆に怖いけど。

 

「この間のことです。ごめんなさい、俺、バカだから……燐子さんに甘えてた」

「……カンベ、さん」

 

 燐子さんは、俺にめちゃくちゃ気を遣ってくれてたんだ。そりゃ最初の一週間は味見がしたい、もとい興味があって、迫ってきてたんだろうけど、それが露見してからはすごく、気を遣ってるフシがあった。俺が燐子さんから逃げてたから。

 素直に言葉を伝えてくれなかったのも、それが理由なんだ。俺が迷惑がると思って、この日常が崩壊すると思って、口に出せなかったんだ。

 

「だから燐子さんの……燐子さんの……あー、ダメだごめん」

「え……?」

「やっぱり、俺から口にするのは、なんか、自信満々みたいで……違ったらって思うと、言えない」

 

 その答えはリサからもあこちゃんからもお墨付きをもらったけど、それでもモテない童貞にこれを口にするってのはハードルが高い。そもそも未だに面と向かって伝えてくれたのは紗夜さんだけなんだから、しかも紗夜さんも、俺が思ってたのとは全然違うし。

 

「……わたし、カンベさんの……そういうところ、嫌いです」

「うぐっ」

 

 少しの沈黙の後、燐子さんはゆっくりと、動かない、動けない俺の肌にナイフを沈みこませ、刺すように、痛い言葉を紡いだ。

 やべ、もう泣きそう。

 

「本当は、心のどこかで……わかってるクセに、知らない、フリして……あんなこと、言ったん、ですから」

「……うん」

 

 そうなんだよ。紗夜さんもそうなんだ。俺が勝手に蓋をしてただけで、ホントは気づいてるんだ。それについては紗夜さんからもたった一言、頂いているからね。

 ──私は、軽薄な女です。けれど、誰でもいいわけじゃないんです、ってさ。それはホテルに行くとか、セックスするとかじゃなかった。

 ビッチだけど、()()()()()()()()()()()()()誰でもいいわけじゃないんだ。

 

「わたしは……ビッチ、かもしれません」

「うん」

「性行為をした人数は年齢を、とっくに超えています……倍以上です」

「……そ、そうなんだ」

 

 それって40人近くなんだけど、盛り過ぎじゃない? え、こんなところで盛らなくていいよ? 

 とツッコミたいけど、今は我慢しよう。大事なハナシの最中だし。

 

「けど……だからって、わたしにとって……カンベさんは、その名前も顔も曖昧な誰かと、一緒じゃないんです……わたしは、あなたが、好きなんです」

 

 別に、その男が好きだからセックスをしていたわけじゃない……ってまぁ、どっちみちその行為が褒められたものでも、美化されるようなものでもないことは、本人達が一番わかってる。それ以上に多分、俺が現れたことで突き付けられたんだ。

 

「……こんな、たくさんの男のヒトに、嘘の名前で、裸を見せて、抱かれたわたし、ですけど……この気持ちだけは、本物です。わたしは……カンベさんと、お付き合い、したいんです……!」

 

 こんな風に、まっすぐ告白されたのは、生まれて初めての経験だった。紗夜さんは恥ずかしがって、察してくださいって言うから、本当にまっすぐ、付き合いたい、好きだって言われたのは、燐子さんがハジメテだ。

 きっとすごく怖かったんだろう。まっすぐ俺を見つめる瞳は水が揺れていて、だから、俺もちゃんと向き合わなきゃいけない。

 

「……ごめんなさい。俺は、燐子さんとは、付き合えない」

「──っ!」

 

 その気持ちが嫌だったわけじゃない。素直に、こんな魅力的なヒトに好かれて浮かれる気持ちもあるし、ビッチとかそんなの関係なく、きっと俺はこのヒトといて、楽しい気分になれると思う。直してほしいってのも、伝えてくれたら、わかってくれると信じてる。

 ──それでも、俺は、白金燐子さんの恋人には、なりたくないと思った。だから、これで、燐子さんとの関係を、おしまいに、しようと思う。

 

「……せん」

「──え?」

「諦め、ません……!」

「え」

「一度の告白で、フラれて、それで諦められるような、気持ちじゃ……ないんです」

 

 でも、燐子さんは涙を浮かべながら、そう言い切った。こんな辛い思いをして痛い思いをして、それでも、燐子さんは俺との繋がりを、継続しようとしてくる。

 正直、羨ましい。俺は一度拒絶された人と繋がりを継続しようだなんて、思えないから。

 

「……敢えて、敢えて燐子さんの気持ちを知って、それでも傷つけますね」

「……はい?」

「俺じゃなくてもよくない?」

 

 やっぱり、そこが俺の中でずっと引っかかってる。

 燐子さんの俺を好きになった理由って、そんなの俺じゃなくても大丈夫なんじゃないのか、って。それは紗夜さんにも言えることだけどさ。それこそ、その条件に当てはまるヤツなんて、いくらでもいるし、燐子さんなら引く手数多だと思うから……選びたい放題で俺を選ぶイミって、なんだろう。

 

「……ひとつ、いいですか?」

「……うん」

「わたしは、条件に合えば誰でもいい……なんて、()()()()()()()()()

 

 それは、もっと俺には理解できない言葉だよ、燐子さん。

 俺がベストアンサーで、理由なんて後付けで、なんて言ってもわからない。俺には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 世の中の男たちがどうやってモテてるのかわからない。

 世の中の男たちがどうやって童貞を捨ててるのかわからない。

 世の中の男たちが……一体どうやって自分を肯定して、恋をして、生きているのかが、わからないから。

 でも、このままの日常が楽しいし、ビッチとかそんなのは関係なく、燐子さんがいてくれたことでわかったことがあるのも事実だから。

 

「……カンベ、さん?」

「ごめん、俺は燐子さんに応えられないけど、燐子さんが諦めないっていうなら、これからもよろしく……ってことになりますかね?」

「そう……ですね」

 

 女性ってのは、何を考えてるのかよくわからない。未知だから俺はずっと怖がってたんだ。モテたいモテたいと言いながら、童貞を捨てたいと言いながら、まるで女性に関わってこなかった理由が、それだった。

 俺には、カノジョとか作るの、向いてないな。そりゃモテないわけだ。実は逃げてたことを、こんなところで突き付けられるなんて。

 

「それじゃあ、また」

「……はい、また」

 

 そうやって、別の道を歩いて行く。俺は俺の道を、燐子さんは燐子さんの道を、そうやって進んでいくのが、正しいってことなんじゃないかな。

 ただまっすぐ、寄り道なんてしなきゃ、俺はあの子と道が交わることはもうないから。

 

「さて、練習しなきゃな」

「そうですね、日々精進、上達するにはそれしかありませんから」

「だよね」

「はい」

 

 ん? おかしいね? 俺は一人で歩いてるはずだもんね? 会話が成立するはずないよね? 

 不審に思い、というかほとんどわかってたけど、横を向くといつの間にか、紗夜さんが同じ方向を歩いていた。

 ──正直気まずい。燐子さんを、俺が、俺なんかがフって、その後に紗夜さんに会うのは、というか女性に会うこと自体にビクついてしまうけど。

 

「……紗夜さん」

「その顔は……そう、結局カンベさんは、そういうヒトですよね」

 

 顔見ただけで察しないでいただけますか? 俺は紗夜さんの胸中とか、表情の変化とか、何もわからないんだから。今のその悲しそうな顔の理由も、わかってあげられないんだから。

 

「大丈夫よ。私は、変わらずあなたの近くに現れるわ」

「大丈夫じゃないですね、それって」

「カンベさんのハジメテの女に、まだ私はなれてませんから」

 

 紗夜さんは、俺の内心を見抜いているんだろう。見抜いていて、敢えてそうやって笑って、さりげなく俺の手を握ってみせるんだな。すごいヒトだと思う。俺には、できないよ。

 そして燐子さんをフった手前、こんなのは卑怯だと思う。別に紗夜さんとも付き合うつもりはないのに、燐子さんと紗夜さんは同じなはずなのに、こんなことをしたらダメだとわかってるのに、このヒトの笑顔には、抗えない何かがあるよ。

 

「紗夜さんの手、あったかい」

「ナカはもっと温かいですよ、アツアツです」

「そっちは遠慮します、ほら今、夏だし」

 

 指全体に伝わる熱は、振り払うにはあまりにも優しい力が籠められていて、俺は思わず空を仰いで、立ち上る雲を見つめた。

 ──雨でも、降ってくれればいいのにな。

 

「今度のライブ、頑張ってくださいね」

「……頑張るよ」

「また、私が濡れてしまうような演奏をしてください」

「それはやる気を失うからやめてほしいな」

 

 俺と紗夜さんの関係は、回っていく。

 正直、こんなに恋愛が面倒な気持ちだなんて、俺は知らなかったよ。本音を隠して、言いたいこと、壊してしまいたいことを沢山、沢山抱えて生きていくことが、こんなにも面倒だったなんて、知らなかった。

 ──これから先、俺と燐子さんはきっと、もう二度と話すことはないんだろうけど、俺にはまだ、紗夜さんがいる。

 氷川紗夜が、本音を隠して、近づいてくるんだ。

 

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