──ライブは大成功に終わった。具体的な目標ってのはここまでモチベーションになるのかと驚くと同時に、その達成感に打ち震えた。積み上げたものをファンに見せて歓声が上がるたびに、会場の一体感が出るたびに、やっぱり、俺はモテたいとか関係なしに、音楽が、バンドが好きなんだって、実感した。
「うん、よかった」
「そっか」
今井リサの部屋で、俺はベースの弦を弾きながら、ソイツの微笑みに、また大成功だったんだな、という実感が湧いてきた。
「……まぁ、趣味だから私たちに見合わない、と言ったのは訂正せざるを得ないわね」
「お、マジか!」
「けど、やはり一緒に、というのは無理よ。私たちは、頂点を目指しているのだから」
リサの部屋には、友希那もいた。アイツの焼いたクッキーに頬を染めながら言われても、全く威厳を感じないんだけど。あとコイツが来ると出てくる女子力の暴力、手作りクッキーは甘めなんだよな。友希那向けすぎる。
「頂点、か」
「なに?」
「いや、なんでもない」
頂点を目指すってのは、どれほどの覚悟なのかすらわからない俺には、その言葉の本当の重みがわからないけど、そこまで目指せる仲間がいるってのは、単純に羨ましいかな。
「それじゃあ、俺は帰るよ」
「お疲れさまー、ま、これからも精進あるのみだよ?」
「わかってるよ」
何かはわからないけど、俺には求めてるものがある。それをこのお師匠サマはわかってて、敢えてそう言ってるんだろうな。そうだよな、迷ってる暇なんてない。あのメンバーでバンドができる時間はないんだから、考えるくらいなら音楽を奏でよう。
「陽太」
「……どした?」
友希那に呼び止められ、振り返る。ちょっと反応に時間がかかったのはその名前で呼ぶヤツが極端に少ないのと、それが友希那だってことが意外すぎたからだった。
「紗夜や燐子と、何かあったの?」
「お前にはカンケーない」
「そうね」
そんな眉を顰めないでほしい。触れてほしくないことをずけずけと言えばそうやって返されるに決まってるでしょう。
紗夜さんからも燐子さんからも、連絡が来てない。すっかり俺はまた、幼馴染なんていう異性とは思えない二人だけの女性だけになった。この方が気楽でいいけど、正直、こういう心持ちが童貞たるゆえんなのかもしれない。
──そう。気楽でいいんだ。だから、別に意味もなくファストフード店に行ったりなんかしない。俺はもう、関わり合いにならないんだから。ただ小腹が空いたから、ポテトとドリンクだけ買う、それだけのこと。
「持ちかえればいいんだろうけど」
「それは……どっちを、ですか?」
「いやポテトとジュースのほかに持って帰れるものないけど?」
期待通り……じゃなくて、何故か俺が席を確保していたそこには、既に彼女がいた。
氷川紗夜、俺の、オトモダチ。
会いたかった、わけじゃない。会いたいわけあるか、このヒトは美人だけど決していいヒトじゃない。ましてや惚れる要素なんてどこにもないから。
だってこのヒトはビッチで、色々な男に淫らな、女の顔を振りまくようなヒトだから。
「私を持ち帰るのです、さぁ」
「うん無理」
「なぜ?」
「なぜ? 親がいるからね?」
「……なるほど」
「理解してくれた?」
「はい。私が部屋にいたら堪らず襲ってしまう、ということはよくわかりました」
全然理解してないだろそれ。大体辛抱できずに襲ってくるのは紗夜さんの方だと思うんだよね、普通に考えて。女の抱き方がわからない童貞をナメんなよ。まずセックスに至るまでの導入が想像できないんだからな!
「もういいよ……食べます?」
「いいのですか?」
男を食べるのは見境ないのにそんなところで良心の呵責を起こさないでいただきたい。だいたい、見てればわかるけど、ポテトが好きなんでしょう?
好物を独り占めしたりなんかしませんよ。
「いただきます」
さっき遠慮してた割にひょいひょい食べるね、まぁいいけどさ。
表情をあまり動かさないまま、それでもおいしそうに食べてるところは、なんだか俺としてもほっとするんだよね。
「白金さんをフった良心の呵責に耐えかねてそうやって安心感を求めるのはよくないと思いますよ」
──と、思ってたのに、前言撤回。このヒトむかつく。俺の心境を察した上で詰ってくるなんてホント、Sっ気ありますよねあなたは。
「カンベさんはドMでしょう?」
誰がドMだ。そういや燐子さんはMっ気あるから強引な方が興奮しますって教えてもらったな。なんで俺に期待したの? バカなの? と、思ったけど、絶対にその言葉を受けて詰ったと思われるから黙ったけどな。
「ところでさ、俺のポテト……もうほとんどカラなんだけど」
「まぁ、不思議ですね」
「このビッチ!」
なんでそうまるで自然消滅したみたいに言えるんだ!
そして、なんでそこで平然とお金が出てくるんだ……って、一応払ってはくれるのね。
「……でも俺に買いに行けと?」
「……? カンベさんはドMですから」
「喜ばないからね!?」
もうやだこのヒト。けどまぁ、だからと言ってさ、ジュースも足らないし、紗夜さん一人に買いに行かせるのも忍びないから言われなくても俺が行くんだけどね。
「私が先にイってもいいんですが」
「ニュアンス違うな?」
「よくわかりましたね……ふふ」
あーもう。かわいいなぁ!
紗夜さんのまるでビッチとはわからない素直な笑みには弱いこと知っててやってるんじゃないだろうな?
童貞の純情を弄ぶんじゃないよ、全くさ。
表向きは仕方ないなぁ、とばかりに大仰にため息をついて、紗夜さんの分と俺の分のポテトとジュースを買うために店員さんに向き合った。
かわいらしく、けど同い年くらいの店員さんに注文をして、お金を出す。やっぱりこういうビッチじゃなさそうな子とお近付きになりたいよなぁ、なんて考えてたら、指がそっと触れ合った……いや、触れてきた。
「──キミ、紗夜ちゃんと仲良しなんだあ、ふふ」
寒気がした。
これは防衛本能だ。舌なめずりをする、
その本能が、目の前の女性を危険だ、と叫んだ。
「えっ……と、あなたは……?」
「教えてあげてもいいですけど……ホテルで、でもいいかなあ?」
「……ええー」
見た目は凡そ清楚でおっとりとした……ってこれ燐子さんと同じだな。けど、おっとりだけど、髪はクセっ毛で、ふわふわとした雲みたいな印象がある。胸は燐子さんほどふわふわしてないけど紗夜さんよりはあるね。あのクソギャル幼馴染と同じかちょっと大きいくらい。
でも白くて細い腕、ファストフード店の制服の袖から見える引き締まった二の腕、括れた腰は、どことなくエロティックで、そう前のめりになられると目のやり場に困って前のめりになっちゃうから。
──ただ。
「バイトももうすぐ終わりだから、ね?」
「……松原さん、ですか」
「ふえぇ……? な、なんで……?」
いやなんでもクソも名札にバッチリ松原花音って書いてあるけど。なにこの子、そこは天然なんです? 天然ドジっ子でビッチってなにそれ笑えねぇ……誰か笑えよ。
「ま、まぁね……でもでもっ、名前以外にも、いっぱい知りたい……な?」
「仕事してください」
何おもむろに胸元のボタン空けてんすか。なんか、こう直接誘ってくるビッチって初めて出逢ったから新鮮な気分で賢者タイム発動できる。
また紗夜さんに感謝しちまうじゃんか、悔しいことに。
「……松原、さん……? なにを、しているんですか……?」
そこで助け舟がやって来た。
いつも通りゴシックで、でもガーリーなモノトーンの服装に身を包んだ、そして全く包み隠せないFサイズを装着した、二次元ビッチ。
そして俺がフってまだ日の浅い、白金燐子さんだった。その形相は……怒りを宿していた。
「り、燐子ちゃん……?」
「……彼は、わたしが……ハジメテをもらうん、です……!」
「え、童貞なの?」
ええはい。童貞ですがなにか? もしかして紗夜さんのセフレだと思ってましたか? そうですか。
その情報を得た松原さんは、んー、とかわいらしく唸った。いや仕事しろよ。
「童貞かあ……ふふ、いいよ、私、結構童貞も食べちゃってるから」
遂に出てきたな……!
ここまで、紗夜さんと燐子さんは共通して、経験者が多い印象があった。紗夜さんは援交も兼ねてるから、燐子さんはオフパコだから、必然的に童貞は引っ掛けにくいみたいだ。
でも、松原さんはチェリーキラー。いたいけな童貞の筆下ろしを手伝ってくれるエッチなお姉さん、ってところか。つまり、俺の天敵ってわけだ。
「聞き捨てなりませんね、松原さん。カンベさんのハジメテの相手は、私です」
「……わたしも、候補です」
「キミ、モテモテなんだね……興味あるなあ」
こうして、俺は三人目のビッチ、俺の天敵となるDサイズのビッチが現れた。
はぁ、一難去ってすらないのにまた一難……俺は清楚な天使みたいな子と初体験をしたいってのにさ。