何故か袴姿にポニーテールの紗夜さんにあらましを説明し、落ち着いてもらった俺は、燐子さんに貰った用紙にペンを走らせていた。出演依頼を受ける側として、破格の待遇をしてもらえるらしい。やったね。
「ですが、男性……しかも同年代ということもあり、先生方の反応は芳しくありません」
「そりゃあ紗夜さんみたいなのがいるもんね」
「……言うようになりましたね?」
貞操関連ならあなたに負ける気はしませんとも。なんならこの出演依頼を受理する代わりに二度と迫ってこないと脅した。
そうすると、仕方ないですね、というため息とともに不可解なことに紗夜さんと燐子さんが唐突にじゃんけんをし始めた。なになに?
「私の勝ちです、よってハジメテは私ですが、きちんとセカンドヴァージンは譲ります」
「……むう、でも……贅沢は、敵、です……」
は? はいはい? このヒトたち何言って、と思ったら紗夜さんが素早く生徒会室の内鍵を閉めだした。
そして燐子さんがポーチから……とんでもないものを取り出した。
「……避妊は、しましょう、ね……?」
「ちょっと待って!? ハジメテを奪う争いどこ行った!?」
「考えたのです……私と白金さんが争っている場合ではない、と」
「……氷川さんの、言う……通りです。敵は、他にいます」
そう言って紗夜さんと燐子さんは逃げ場を塞ぐように俺の左右にやってきた。
挟撃!? 話が見えないんだけど!?
「松原さんのことを甘く見ていました……そのせいで、危うくカンベさんの貞操を、あの節操も貞淑もないビッチに奪われるところでした……!」
「いやおまゆう」
節操も貞淑もないビッチ? よくその口で言ったな!?
そして燐子さんも同罪だからね? あんたら三人纏めて俺には同じに見えるんだけど?
「なので、私は燐子さんと同盟を組みました。出演を無条件で了承していただけないのなら、私と白金さんのスマートフォンにカンベさんが密室で女体を貪る動画が保存されます」
「汚いだろ! 脅迫でしょそれ!」
「……背に、腹は……」
いやかえれるよ!? なんでそんな切迫してんの!?
勘弁してくれ! ちくしょう、松原さんから助けてもらった恩が吹き飛んだよ!
「と、いうわけで、童貞と社会的地位を引き換えにしてまで、出ない理由はありますか?」
いやないけど。それって打ち合わせとかリハでココ来なきゃダメじゃん。ケダモノ三人が通う
「……カンベさん」
するりと燐子さんが豊満な胸を腕に押し付けてくる。それに驚いて仰け反ると、紗夜さんが反対の掌を掴んで、自分の胸に押し当ててきた。そしてトドメは逃げられない状況での、燐子さんとのマウストゥーマウス。ああ、二度目のキスまで。
──でもわかった。マジだ。このヒトたちはマジに俺の童貞を奪った上で、脅迫材料にしようとしてきやがってる。
「んっ、優しく……揉んでくださいね」
「はぁ……ふふ、カンベさんの、おっきくなってる……どう、シたいか、言ってください」
ステレオで責められ、頭がクラクラする。熱い、二人の熱に当てられたのかあまり考えがまとまらなくなってきた。
あれ、でも妙に寒い。熱いのに寒いってなんだよ、イミわかんねぇな。
「……紗夜、さん」
「はい」
「俺、なんか……」
「か、カンベさん!?」
やっべ、意識が朦朧とする。あれだな、風邪引いたな? どうしよ、燐子さんとキスしたから
紗夜さんが焦った声出してて、俺の体調不良に気づいたらしい。帰らないと、やばくね? なのに、足が、覚束無い。
「すごい熱です。白金さん、私一人では無理です。保健室まで運ぶのを手伝ってください!」
「は、はい……!」
両脇から燐子さんと紗夜さんがサンドイッチしてきて、肩を抱き合う格好で俺を、運んでくれる。
やっぱ、なんだかんだ言って、二人は優しい、よな。ビッチってだけで、ホントは、俺だって、もっと言いたいことが山ほどあるんだよ。
「紗夜さんといると、考えると、俺の中でサイコーの音が、出るんです。いつだって、俺のサイコーの音は、紗夜さんですから」
とか。
「……燐子さんが楽しそうにしてくれると、まっすぐ俺を見てくれると、ああ、俺には人見知りしてなくて、それが嬉しいって、思うんです」
とか。
いつも恨み言やツッコミばっかな俺だけど、ホントは感謝してもしきれないくらいだよ。
言えないけど、伝えられないけど。
「ありがとう──これからも、二人は二人のままで、いてほしい」
俺は二人に──救われてるんだから。
♪ ♪ ♪
俺の高校デビューは、華々しく散った。別に金髪に染めたわけでも、キャラ作りをしたわけじゃない。
──単純に、俺はクラスの中心には合わない性格をしてたからだ。
「この間のテレビに出てたあの人のギャグさ──」
「わかる! めっちゃウケた! あれサイッコー!」
「そう? なんかさ、あそこでチョイスするネタじゃなくないか?」
これ、俺の言葉である三番目。ダメだって明らかにわかるレベルだろ。コミュニケーションの円滑さのために必要な、同意ってヤツが、俺には決定的に欠如してた。
合コンに大事なさしすせそ。さすが、知らなかった、すごい、センスある、そうなんだ、にも共通してる、話題への同意。俺はコレが壊滅的に下手だ。今でもね。
「カンベー、空気壊すなよー」
「い、いやでもさ……」
「マジ、そういうのいいから」
代わりに頭につくのは、いや、でも、とかそんな言葉
ばっかり。中学ん時は女子を混じえておしゃべりとかしたことすらなかった俺にとって、この同意の欠如が、クラスで孤立、まぁ悪目立ちを作る原因になった。
「お前は中学んときから言葉が下手くそだからな」
「……でも」
「はいでもっつった。ジュース一本な」
「お、お前……」
タイクーン、いや当時はまだ
「でもお前のセンスはマジだからなあ」
「そうか?」
「だってお前がおもしれーって言ったら、絶対おもしれーもん」
ニカっと笑う大樹に、トーマはだよなぁ、と同意しやがった。
俺はそんな二人に支えられ、なんとかクラスから完全には取り残されずにいた。親友だった。
夏が始まる頃、俺はそんな親友に、唐突に誘われた。
「バンドしようぜ!」
「は?」
「突然だよ」
聞けば、元々音楽に関心があった大樹は、その歌姫に心を奪われたらしい。
──湊友希那。俺の幼馴染。そして、俺やリサを不要と断じていった冷たいヤツ。
その歌声に魅了された大樹は、流行り始めたバンドを立ち上げようとしていた。
「カンベはベース! トーマはギターかドラム、キーボードだな!」
「どれも出来ないって」
「練習すりゃあいいんだよ! メンバー募りながら、カンベが教えるんだ!」
「俺かよ」
ノリ気じゃなかった。けど、大樹にバンドはモテると聴いて即手のひらを返した。我ながら早すぎる変わり身だった。
幸い、メンバーはすぐに集まった。トーマとランスが未経験だったけど、トーマは愚直に、ランスも陰ながらだが恐らく相当な努力を重ねてきた。
タイクーンは友希那のため、俺はモテたかったから、トーマはなにかに本気になるため、アイスは誰かと演奏がしたくて、ランスはなんとなく面白そうだったから。そうやってバカどもは集まった。
最初はお客さんもいなかったけど、どんどんファンが増えて、俺はクラスでもある程度受け入れられるようになってきていた。
「なあカンベ、音楽っていいよな」
「なんで?」
「言葉が下手くそでも、音楽ならお前のまっすぐな気持ちが伝わるんだぜ?」
「……タイクーン」
同意も否定もいらない。掻き鳴らせばいい。その世界はあまりにも、俺を惹き付けて離さなかった。
──俺は、音楽に、救われたのだった。