とある喫茶店にて、俺は紗夜さんと向き合っていた。
中央にはポテト。いつもの涼風が流れるような表情で、それをもぐもぐと食べてるの、仕草だけはまるでレストランでナイフとフォークを手にしてるような美しさがあるよね。フライドポテトだけど。
「それで、今日はここで集まった理由は?」
「……んっ、ふぅ、そうでした」
「そうでしたって……」
ここのポテトは特においしいんですよ、なんて言いながら結局また口に運んでる。相変わらずポテトには目がないですね。
「そうそう、今週末に羽丘学園で合同の打ち合わせがあるのです」
「うん、それで?」
「そこに、カンベさんも同行していただければ、と思いまして」
予想はしてたけど、いやなんでだよ。俺たちワンドルって有志じゃなくてゲストだったハズなんだけど、なんでそうなるのよ。
「言ったでしょう? いくらガールズバンド時代と言って、イメージがクリーン化し始めているとはいえ、それはあくまで
「教師陣の懸念、ですか」
「はい」
信用なさすぎだね。まぁ先生からしたら大事な生徒が淫行なんてやってられないか。しかも女子校とあれば余計に敏感になってもおかしくはないよね。事実、うちにもランスみたいなやつもいることだし。
「つまり、打ち合わせに顔を出して、なんとか信用を獲得しろ、と」
「その通りです。あとは……」
「はぁ」
だと思った。まだ理由があるよね。前回は燐子さんと紗夜さんが個人的に会いたかっただけだったもんね。羽丘に知り合いなんて幼馴染二人組とあこちゃんしかいないんだけど、どうなの。
「白金さんの付き添いをお願いしたいのです」
「燐子さん?」
「今回の出席メンバーに、彼女の知り合いがいなくて……」
ふむふむ、なるほどね。忘れがちだけど燐子さんって超がつくほどの人見知りだったね。特に昨日の夜中にタマってるようでしたら、オカズに一枚いかがですかって言われて全力で断ったところだったし。これは紗夜さんには黙っておこう。知られたら紗夜さんは無言で爆撃してくるに違いないし。童貞には刺激が強すぎる。
「わかりました。日頃助けてもらってばかりの燐子さんのためにできることならば」
「ありがとうございます……ですが、あちらの生徒会、特に生徒会長には気をつけてくださいね」
「……へ?」
「
どうやら、言葉通りなら、かなり一筋縄ではいかない、紗夜さんの知り合いらしい。どんなヒトなのかはさておくとして、まぁ、紗夜さんやら燐子さんやらを相手にしてて、あんまり怖い性格のヒトっていない気もするけど。
「紗夜さん! カンベさん! おかわりはいかがですか?」
「つぐみさん、ではいただきます」
「あ、俺もおねがい」
「かしこまりましたっ!」
──閑話休題の静かな雰囲気を破ったのは、羽沢つぐみさん。一つ年下で、ここの珈琲店の看板娘でもある。短めの茶髪と小柄な身体をパタパタと動かす、なんともかわいらしい子だ。
「……カンベさんは、ああいう子が好きそうですね」
「まぁね」
かわいらしくて、愛らしくて、何よりビッチからは遠く離れた存在でもあるからね。
でも、でもなぁ……こう、紗夜さんにかわいらしく拗ねられるとクラっとしかねないところはあるよね。ギャップ萌えってやっぱりあるよね、今のように。
「あれ? 自分はビッチだから独占欲は出さないんじゃなかったっけ?」
「い、いいじゃないですか……ちょっとくらい」
頬をほんの少しだけ染めてそっぽを向きながら唇を尖らせて拗ねてきた。ぐはっ、めっちゃかわいい。何せ凛としてて、キレイとかカッコいいって方が似合う紗夜さんが、かわいいんだ。これは世の男が放っておかないわけだよなぁ。
「ちなみに羽沢さんの理想の男性像は頼りがいがあって落ち着いた大人な雰囲気のヒトだそうです」
「なんで知ってるの!?」
ぐはっ、自分からは程遠い理想を持ち出されて軽くダメージ受けた。あれだな、腹いせだな? ふん、と鼻を鳴らす紗夜さんの表情がそれを物語ってる。
「ふふ、いつも通り仲良しですね!」
「すみませんつぐみさん。イチャイチャしてしまって」
「してない、断じてしてない」
「大丈夫です! お似合いだと思いますよ!」
ただ、紗夜さんがまだまだ余裕のある表情なのはこの調子だから。外堀を埋められてる気がしなくもないけど、俺にはその辺の駆け引きはこれっぽっっっっちもできないので一方的に殴られてる勢いだ。
「コーヒーが苦く感じる……」
「甘いひとときを過ごしているから、かしら」
「勘弁してよ……」
これが周囲から見たらイチャイチャを見せつけてるリア充に見えるってことなのか。外からじゃ優雅にきゃっきゃうふふとキャッチボールしてるように錯覚してもらってるところ悪いけど、これは会話のドッジボールって言うらしい。コミュニケーションで殴ってくるな。
「ふふ、それでは、白金さんをよろしくお願いしますね」
「俺になんとかできるなら」
「けれど、ハジメテは私のモノだということを、忘れないでくださいね」
予約しないでください。その卒業進路は俺が決めることです。
とはいうものの、最近じゃそれ云々を除いて、こうして紗夜さんと過ごす時間にときめいたり、ドキドキしたり、そんな自分もいるんだけど。
それでも、紗夜さんじゃダメな理由ってなんだろう。俺は、恋をするってこと自体、やっぱりわかってないんだなって突き付けられた。
♪ ♪ ♪
「……ごめんなさい。あこちゃんは、ダンス部の練習で来れないから……無理を言って」
「いいよ、ワンドルにも関係あることだし、知り合いが困ってるって言うなら、助けるのが、人間関係でしょ?」
そうやって羽丘学園の敷地に足を踏み入れる。花女と対をなす大きな女子校、つまりは俺にとってラストダンジョン並みの緊張感を孕む場所でもあるんだけど、今日は燐子さんが一緒だから心強い。
当の燐子さんは既に青い顔をしてるけど、本当に人見知りなんだな。
「よくオフ会は平気だよね」
「オフ会は……わたしじゃないから、大丈夫、なんです」
俺にも本名とは別でカンベって呼ばれる。でも、カンベって愛称も、赤坂陽太って本名も、どっちも俺だから、その気持ちはよくわからないけど。
燐子さんにとって、白金燐子じゃないってことは、人見知りって本性を隠す上で大事なことなんだなってことだよね。
「ところでさ」
「はい」
「紗夜さんに、生徒会長には注意しろ、みたいなこと言われたんだけど……」
そうそう、うっかり忘れるところだった。紗夜さんの知り合いってことは燐子さんも多少は知り合いって可能性はあるから、そう問いかけてみた。あんまり得意じゃないことは俺がココにいるって時点で察してるけど。
「あ……あのヒトは」
「あ~! 燐子ちゃん! いらっしゃ~い!」
わ、っと声を上げて、俺が一歩横に避けた、その隙間にその子はするりと入ってきて、楽しそうに燐子さんに抱き着いた。
その後ろ姿に、俺は首を傾げる。なんか、キャラ違うね。
「紗夜さん?」
「え?」
「あ、か、カンベさん……そのヒトは」
あれ、紗夜さんと同じ髪色、顔立ち、でも身長がちょっと低い? いつもヒール履いてるから気のせいかも、と思ったけど、雰囲気も別人、でも紗夜さんの顔。どういうこと?
「ふ~ん、おねーちゃんの知り合いなんだ?」
「おね……え?」
紗夜さんが、姉? ということはこの瓜二つの彼女は、紗夜さんの妹!?
え、姉妹がいるなんて初耳なんだけど。そんな驚愕の顔をした俺をよそに、紗夜さんの妹は自分の胸に手を当てて、上体を逸らした。おお、自信に満ちた感じだ。
「あたし、氷川日菜! おねーちゃんの双子の妹なんだ!」
「双子?」
「そ! 顔もそっくりの正真正銘の一卵性双生児だよ!」
ああ、燐子さんが苦手なわけだ。性格は全然似てない。めちゃくちゃパワフルだ。紗夜さんにもパワフルさは感じるけど、こっちは動のパワフルさ。落ち着きが全くない。
「で? なんで男の子がココに……あ、ちょっと待って、言わないで!」
「え、ええ……なんで?」
「推理するから!」
推理って、探偵さんかなにかですか?
そうやって呆気に取られていると、日菜さん……うん、氷川さんだと紗夜さんと被るから日菜さんでいいか、日菜さんはわかった! と瞳を輝かせた。え、何も言ってないのに? と思ったけど、男がここに来る用事なんて限られてるから、わかってもおかしくないか。
「おねーちゃんに頼まれたんじゃない? 人見知りな燐子ちゃんが一人になっちゃうから」
「え?」
「当たってる?」
そっちの理由を見抜かれてたんだ。しかも紗夜さんに頼まれたことまで。
そんな考察ができるような行動をしてたかな? 少なくとも、燐子さんと一緒に歩いてただけで、後、紗夜さんの名前を口に出しただけ。なんだろ、やっぱり燐子さんが苦手な理由が、少しわかった気がした。
──そして、紗夜さんが気を付けろ、って言ったのは生徒会長のこと、まさかとは思うけど。
「もしかして……羽丘の生徒会長って」
「うん! あたしだよ!」
やっぱり。確かに紗夜さんが忠告するほどのクセのある人物なんだろうな。
でもそれが本当の意味でわかるのは、その後の会議で、なんだけど。今はただの不思議なヒトってくらいの認識だった。