松原さんの攻勢は、本当に驚くほどゆったり俺に押し寄せてきた。最初は、打ち合わせや機材の話をしているところに親し気に手を振ってきたり、二言、三言くらいしゃべる程度だった。それが急激に変化したのがつい一昨日のこと、俺は生徒会室に大量の汗を掻きながら飛び込んだ。
「ど……どうしたん、ですか……?」
「松原さんに、犯されかけた」
「……はい?」
マジなんだって! と言いたいところだけど、これには語弊がある。って自分で言うのもおかしいけど。
実際は不意を突かれて空き教室に連れ込まれただけ、まぁその後がまずいんだけど。
「え……っと、カンベさんは、順序を踏んで、じゃないと童貞卒業したくないん……だったよね?」
「あと順序を踏めないヒトで卒業はしたくないってのもあるね」
「ふんふん、じゃあやっぱり私が筆おろし、ってできないよね」
この時点でこのヒトは理解あるのでは? と警戒心を緩めてしまった。緩められてしまった。警戒心を緩めついでに松原さんは制服のリボンを緩めて、胸元を全開にしたうえで、俺の股間に手を這わせてきた。
「じゃあ……口で、ならどうかなあ? えっちしてるわけじゃないから、セーフだよね?」
全然アウトです、と言いながら俺は前かがみに逃げ出してきたわけで。緩めようとしてきたのは貞操観念らしい。そこはなんとか死守した。まぁ元気になっちゃったムスコを触られた時点でアウトな気もしなくもない。
「油断、しすぎでは……?」
「おっしゃる通りで……」
ちょっと穢されちゃった気がしてすんすん鼻をならしていると燐子さんが頭をなでなで。優しい燐子さんのおててにまた警戒心が緩んでいく。だから、燐子さんが純粋に優し気な表情をしていなかったことに気づくことができなかった。俺の頭を自分のやたらと主張の強い胸に誘導した。
ううん、松原さんのD枕もよかったけど、燐子さんのF枕もなかなか……ただ柔すぎるんだよなぁ。
「カンベさん……随分贅沢ものになりました……ね?」
「ヒエッ……」
おかしい、虹彩が仕事してない。ハイライト入れ忘れって作画崩壊的にどうなのよ。
まぁ薄々自覚してたけど、女慣れしてない童貞がおっぱいマクラソムリエなんておこがましいか。燐子さんが魔力を放っている。氷結しそう。
「童貞たるもの……貞淑を、持つべきでは、ありませんか……?」
「燐子さんに貞淑云々はマジで言われたくないけどその通りです……」
ふっとその空気が緩んで、燐子さんはまた自分の胸に俺の頭を乗せて撫でてくれる。あ、なにこれ、落ち着くんだけど。
「でも、ちゃんと逃げてこれて……えらいですね。よく頑張りました……」
なるほど、これが
しかし、燐子さんはその母性にたった一滴の毒を垂らしてくる。
「わたしが、安全だと思われているのは……少し、そのですね……ムラっとしてしまいますね」
「なんで?」
ねぇなんでそこでイラってするとか、ムカっとするかじゃなくてムラってしちゃうの? だから俺にFサイズの方のビッチとかいう不名誉な渾名もらうんだよ? わかってる?
胸から顔を離してマジでわからんという顔をしていたら、燐子さんはツヤツヤの黒髪をかき上げて、俺の視線を髪、指から肩、胸、そして腹……と誘導していく。誘導されてしまうのが男の性。悲しきかな。
「今日はですね……実は、タイツだけどタイツじゃないんです」
「どゆこと?」
「この辺りで、切れてるんです」
「そっか、だから?」
だからとは言いつつも、指が行く先から目が離せない。燐子さんの手はついにスカートに到達し……っておいおいおいおい何してんの? なんでスカートをゆっくりめくりあげて太ももを露出させてんの!?
「勇気を出したんです、だから……見てほしくて」
「見るって何を?」
「えっと、タイツと……ついでに今日のパンツも♡」
しまった、なんか知らないけど地雷踏んだくさい。完全に燐子さんが
「今カンベさんに愛しの紗夜さんと呼ばれた気がしました!」
燐子さんがスカートをめくり、もう少しでタイツの切れ目に到達するかどうか、というタイミングでバン、と生徒会室の扉が勢いよくオープン。地獄耳どころか口にすらしてないのに聞きつけて呼ばれて飛び出て氷川紗夜さん。あと愛しの紗夜さん、とは言ってません。
「……これはどういう状況ですか?」
「見ての通り……カンベさんと楽しい、気持ちいプレイの真っ最中……です」
にっこりとベルさんモードの燐子さんがブリザードスマイルで先制攻撃。あんたら同盟破棄するの早くない? そんなんだと第三次大戦もまったなしの勢いですね。間に挟まれる俺のことも考えて、俺のために争わないで。
「ふっ、スカートめくって見られてきもちいだけとは……笑いますね」
おおっと紗夜さんここでカウンターパンチ。完全に同盟なんて忘れ去ったままついに両者手を出した! どんだけ薄氷の上で同盟組んだんですかね。しかも紗夜さんの方が有利な条件なのに紗夜さん自身があっさりと放棄する始末だし。
「ちなみに今日の私は青色です。見ますか?」
「見ないです」
「ずるいです……わたしは、緑です、清楚系です」
やったね美少女二人の下着の色が同時に知れたぜ。わっはっは、全然嬉しくないんだねこれ。なんだ清楚系って、見せようとしてる時点で説得力が欠片もないんですけどね?
と思ってスカートを両手に持つ二人に囲まれて童貞として最大のピンチを迎えた俺に救いはないので、カンベさんの次回作にご期待ください。
「あ、私は水色だよう?」
「──え、あ、松原さん?」
余計なカミングアウトをしながら、生徒会室に三人目のビッチ、Dサイズの方のビッチがやってきた。予想外の闖入者に呆気にとられる二人を置いて、松原さんはコッチだよ、と手を引いてきた。わー、また拉致される、と思ったけどいつもの捕食者然とした雰囲気はなくて、茶道部の部室の扉を閉めて、松原さんはふぅ、と一息をついた。
「あの二人、暴走しちゃってたねえ」
「そ、そうですね」
「……それだけ、キミのことが好きなんだね……二人とも」
それを素直に頷くのは恥ずかしいし自惚れてる気がするから沈黙しておいた。沈黙は肯定ともいうけど。本人たちは全力で肯定してくれるからね。
「なんで……松原さんが助けてくれたんですか」
「花音」
「……ええ、なんで」
「花音って呼ばなきゃ犯して調教しちゃうよ?」
わー斬新すぎる脅し文句だね。そうやって虜にしてきたんですね、松原……えっと花音さんは。
喧騒からかけ離れた茶道部の部室で、花音さんは俺を見ることなく、膝を抱えてぼうっと畳を見ていた。えっと、なんでこう真面目な雰囲気なの?
「いいな……私も……私にも」
そんな弱々しくて、寂しそうな声が部室に木霊する。花音さんも、そんな風に悩んでたんですね。ビッチだなんだと思ってたけど、花音さんは花音さんで、色々な事情があったんじゃないかな。
すり寄ってきた花音さんを拒否できずにその水色の髪を撫でる。カンベさん、という声がやけにかわいいな、と思ったその瞬間、花音さんは俺の唇を奪ってみせた。
「──な、なにして」
「思うんだ……どうしたら
「か、花音さん?」
「うふふ、引っかかった?」
飽きないか……だって? つまり、羨ましがってたのは、センチメンタルな感情じゃなくて、同じ人を何か月も何か月も好きで……この言い方は俺にとって嫌なんだけど、セックスをしていてマンネリ化せずに夢中になれるか、ってことだったのか。このヒト、度し難いビッチでしょう。カレシもセフレも変わんないじゃん。
「その辺は違うんだけど……まぁ、童貞くんにわかってもらおうとは思わないからいいや」
「じゃあ、なんでわざわざ、こんな手のこんだことするんですか?」
でも、だからこそ俺は、純粋に知りたいことがあるんだ。
自分に厳しく人に厳しく、厳格で正確な音楽を奏でる彼女、ポテトが好きで、俺といる時間はいつも楽しそうに笑ってくれる彼女。でも、たくさんの男と関係を持っていたという経験を持つ、彼女。
──ビッチの思考回路が知りたい。紗夜さんの思考回路が知りたい。俺は、それを本人に問う勇気がなかった。でも、花音さんなら。そう、思った。
「知ってどうするの?」
「まぁ教えてくれたら、もう少し構ってあげますよ……って言ったら?」
「ふうん?」
品定めをするような瞳で俺を見下ろしてくる花音さん。でも、俺はどうしても知りたいんだ。自分で言うのもなんだけど、正直、隙はいくらでもあった。でも、俺はまだ童貞でいられてる。それが俺の意志でもあるけど、それ以上に紗夜さんにはさっきのようなどうしても我慢できない暴走状態があるはずなのになんでまだ俺が童貞でいられるのか。
「じゃあねえ……デート一回でいいよ?」
「セックスは計画に抜いといてくださいね」
「うん、いいよ」
くすくすと笑って余裕そうな花音さん。悪魔との契約に他ならない気がするけど、それはこの環境や、紗夜さんに感じる未知と、それゆえの恐怖を克服するためなら。
──俺は、この時初めて、