前略、これを見ている善良な方々へ。俺はまだ清い身体です。
今回の場合は皆さま方から嘘だ、という詰りも受ける所存でございます。ええ、明らかな朝チュンだもんね。でもなんにもなかった。多分両手で数え切れるかどうかって数のキスしたし、めっちゃ良い雰囲気になった。なったけどなんにもなかった。説得力がないけどなんにもなかったのは事実なんだ! 信じてくれよ!
「アンタのポリシーとやらもその程度だったってことね~」
「……いやだから、ヤってないって」
「でも恋人みたいにちゅっちゅしちゃったんでしょ?」
「うぐ……その通りでございます」
なんとか耐えきった俺はすぐさま幼馴染のコイツ、今井リサに連絡をした。俺が恋愛方面で最も信頼している人物と言えば師匠でもあるコイツ以外に選択肢がない。業腹ながら。
ちょうど今日はトーマもいたので、モテる男と女という心強い味方に囲まれることになった。ううん、味方かどうかは怪しい。
「まぁ、カンベは気になるとこ直すか気にならなくなればフツーに優良物件だからな」
「気になるとこ……」
というわけで現在は今井家のリサの部屋。トーマはフツーに話を聞いてくれるが、部屋主であるこのクソ幼馴染はベッドでごろんと、しかもトーマの膝枕でスマホを触りながら俺の話を聞いていた。いやもうそれ聞いてねぇだろ。
「お前がモテないのは単に固定観念が強すぎるからなんだよ」
「……そうなの?」
「だからその子……えっとミスズちゃんだっけ? に嫌われるんでしょ~?」
言い方キツ……でもまぁコイツが当たりが強いのはいつものことなのでスルーする。そうしたらそんな幼馴染の頬をトーマが親指と残りの指でサンドイッチした。
リサは割とアヒル口だけどひょっとこみたいになってジロリとトーマを睨んだ。だが、トーマは怯むどころか逆に叱るような表情をしてリサを怯ませていた。カレシ強い。
「リサ」
「……ん」
「そろそろ素直になれ。俺はそこがずーっと引っかかってんだからな」
「……ん」
なんの話? と首を傾げるとリサは起き上がり、項垂れてそろそろ清算しとかなきゃとーまに悪いからと顔を上げた。
──あ、これ、また同じパターンか。少しだけ泣きそうになってるコイツの顔が燐子さんと重なった。
「アタシは、アンタがずっと好きだった」
「……知ってる」
「知ってても、直接言ったことないから」
小学生の頃の恋愛なのに、と思ったけど、ずっとって言うからには相当長い間だったんだろうな。
俺がそれを知ったのはクラスの共通の友人から、リサってお前のこと好きらしいよって言われたんだっけ。それで俺はアイツはないわ、って返した。それが伝わって、リサは俺に対して妙に冷たくなったってわけだ。今じゃそんなこと口が裂けても言えないのにな、小学生の俺はある意味無敵だった。
「俺は、お前のことをあの時……いや今もだな。あんまり女の子として見れてないんだ」
「……うん」
今でこそトーマのカノジョだからまだマシになった方だと思う。じゃなきゃ俺がこうやって何度も何度もコイツの部屋を訪れたりしないし。今も、寝間着の短いパンツから伸びる脚や大胆に開けられた胸元にも、反応はしない。これが紗夜さんや燐子さんだったら、俺は寝間着で来た時点で逃げ出すレベルなのに。
「……ごめん、リサ」
「いいよ、アタシはとーまとラブラブだもん」
「俺、今嫉妬でどうにかなりそうだけどな」
「……慰めて」
「後でな」
昔は昔ってできなかった小学生のあの時から、トーマと出逢って、恋をして付き合って……こうして言葉にするまで、リサはどれだけあの痛みを味わったんだろう。それは巡り巡って、美鈴の件で俺が胸を痛めてるのよりもずっと長い時間だ。
そうやって痛みを抑えていると、リサはいつの間にやらトーマの膝の上で後ろから抱きかかえられながら、よーた、と俺の名前を呼んだ。めちゃくちゃ久しぶりにリサからその名前を聞いたよ。
「宙ぶらりんが、一番キツいよ」
「そうだな」
「よーたはもう、童貞を捨てる過程がどうとか、言ってちゃダメなんだよ」
「……そう、なんだろうな」
前までの俺は全然モテなくて童貞卒業がどこか他人事のような気がしていた。だから理想と妄想で過程を生み出して、自分を正当化していた。
けど、今の俺にとって童貞卒業は他人事でも遠い未来のことでもないんだ。全然覚悟は決まってないけど、もう、俺を好きだと言ってくれるヒトがいて、俺に好きなヒトがいるなら、逃げてちゃダメなんだ。
「……とーま」
「だな、俺もいいと思う」
「……何が?」
そんな覚悟の確認をしてると、リサとトーマがアイコンタクトで会話し、そして俺に伝えなきゃいけないことがある、とトーマが切り出してきた。
神妙な表情で、何、うっかりデキちゃった? と茶化すことはせずにもしかしてそうなのか、と思いながらトーマの言葉を待った。あ、なんかリサの目がそんなわけないでしょって言ってる。違ったらしい。
「
「美鈴?」
「ああ、俺とタイクーンがずっとランスに口止めされてきたことがあるんだ」
美鈴のこと、と言われ俺は身構えた。
このタイミングでランスから口止めされてきたことの暴露、というと不安しかない。けど、リサはまぁ、ご褒美みたいなもの? ビミョーだけどね、と口添えをしてくれた。
「……飯倉は最初、マジでお前のことが好きだったんだよ」
「は──ええ!?」
とても信じられない言葉だった。というかあの時カレシが……ってなんかもう上手くいってなかったんだっけ。それで俺が同じクラスになっていいなって思ったわけか。
そんな納得をしているけど、前までの俺だったら納得すらしなかったんだろうな。だからこのタイミングってことなんだということも理解できた。
「でも、俺が美鈴を好きになったことで態度が変わって……それが嫌になったと」
「そういうことだな」
「アンタなにやったの?」
リサにそんな風に呆れられて、俺は肩を竦めた。俺は何を置いても美鈴だったんだろうな。事あるごとにあの子の傍にいたし、距離が近過ぎてなんかカレシ面っぽいこともしてたせいで噂にでもなったかな。そりゃキモがられるわけで、それよりも裏表でちゃんと関係を保ってくれる男の方が、美鈴には合ってるってことだ。
「正直、飯倉は男癖が悪いからカンベと付き合っても長続きしなかっただろう……ってのはランスとアイスの言葉だ」
「俺もそう思う」
それが納得できるのも、俺が成長した証らしくトーマに褒められた。
──だが、同時にそれでも俺の気持ちが変わらないこともまた事実だった。幾ら長続きしなくても、今嫌われていても、俺は美鈴が好きだって気持ちに変わりがない。
「……紗夜じゃダメなの?」
納得と少しの痛みがさざ波のように広がって、静かになったところでリサはそんなことを言い出した。ひどい言葉だと思うよ、それ。俺は美鈴と上手くいかないからって紗夜さんで妥協する、みたいな付き合い方はしたくないんだけど。
「そんなつもりで言ったんじゃない」
「じゃあなんで」
「その方が幸せじゃないのってこと」
その方が、か。リサにとってみれば俺は遠回りをしているように見えるんだろうか。紗夜さんを選べば、近道だと言われているようだ。
でも、それが近道なら、俺は余計に違うなって思う。
「近道でも妥協でもなくて、アンタは紗夜が嫌いじゃないでしょって言ってるんだけどな~?」
「……そうだね」
でも、
嫌いじゃないし、なんなら好きかもってくらいの感情だけど、俺の中でそれと紗夜さんとお付き合いをするってものはイコールになってないから。
それを伝えたところ、この幼馴染は頭を抱えてため息をついた。なにそのどうしようもない男だなコイツ、みたいな反応。さり気にトーマもおんなじような反応だし。
「ドーテーの次はそれ?」
「それ……とは?」
「理想のドーテー卒業の次は理想のカノジョの作り方」
いや理想の童貞卒業の方も諦めきれてないんだけど。あ、それで言うならやっぱり紗夜さんとか燐子さんじゃなくてってのがいいんだけど、逆に美鈴と仮に付き合えたとしてもそれはなんか果たされそうにないよね、たぶん。
「ともかく、アタシはハンパに手を出したら最後までって覚悟を持てってハナシをしてるの」
「まあ、俺からはどっかのバンドじゃないけど、全てをかける覚悟があるか、ってとこだな」
全てをかける覚悟を、か。重たい言葉だね。
でも、俺は紗夜さんの想いを認めちゃったんだ、そのくらい重たいことなんだよね。
重たくて、一生を懸けてでもきちんと掬ってあげないといけないことを、俺はしたってことなんだよね。
そんな話をしていると、俺のスマホのバイブがズボンのポケットで震えだした。この時間に連絡してくるヒトは二人しか知らないからぱっと見てから少し待ってほしいとメッセージを送った。
「紗夜?」
「うん」
「……はぁ、なんで紗夜もこんなヤツに」
それ、ブーメランじゃないのと思ったけど、明らかに藪の中に手を突っ込むようなもんだからやめておこう。ここで修羅を引きずりだすのはよろしくない。
好きに理由はない、らしいからなんでかわからないけど好きになることもあるんじゃない?
「もしもし」
「遅いです。浮気ですか」
「違います。本命でもないですけどね」
そう言うと紗夜さんは、そうですね、とやや鋭さのある声で肯定した。なんだかすっかり紗夜さんがかわいくなってしまわれた。ビッチさもなくただの恋する女の子だよ。
それでも、忘れないでください、と紗夜さんは微笑み交じりの声で囁いた。
「……私が、カンベさんのハジメテの女になるんですから」
「俺のハナシ、ちゃんと聞いてました?」
「聞いたうえで、です」
俺は美鈴が好きって言ってあったはずなんだけど、紗夜さんはそうやって攻勢を緩めるどころか増々激しさを増している。ちなみに燐子さんも同じく。あんだけ泣かしちゃって、あの日は先に帰ります、だなんて言ったのに、変わらないどころか密着してくるようになったしさ。
「いよいよ文化祭、それが終われば約束のデートがあるのですから……ここで挫けるはずがありません」
「……そんなもんかな」
「そんなもんです」
紗夜さんは笑ってくれて、だから俺は肩に乗っかってる恋愛関係の重みが少し楽になった気がした。リサはすごく重く捉えてくれるけど、俺は俺のペースのまま、紗夜さんや燐子さんに振り回されてれば、いいかな。
ちなみに、その日の電話は紗夜さんが電話越しでもセックスはできます、と言いきったところで終了となった。なんでもエロい方面に話をもっていかないで、おかげで調べちゃったじゃんか。