紗夜のBはBitchのB!   作:黒マメファナ

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始まりのA/最初の事件

 四月になりすぐに念願の大学生活が始まった。制服じゃなくて私服で通うというむず痒さ、それよりなによりほぼこれから毎日のようにベースを背負って通えるんだという実感に、俺はなんだか背伸びをして高いところから景色を見たようなわくわく感が胸に広がっていた。

 これから頑張ろう、と家を出て、そして俺はその目の前の景色に思わずUターンをしてしまった。

 

「忘れ物……でしょうか?」

「さぁ、時折カンベさんは私の予想もつかない突飛な行動をするので」

 

 あなたには言われたくないんですー! と叫びたい気持ちをぐっとこらえた。入学式の日から少し経ったついに講義初日、俺は家の前で待ち構えていた二人の女性と通うことを余儀なくされていた。

 

「あんまりのんびりしていると遅刻しますよ、カンベさん」

「わかってるよ」

「これが毎日、だと思うと……嬉しくなってしまいますね……」

「うん、そっか……あの、トーマとタイクーンは?」

「面白いから先に行く、だそうです」

「あのバカども!」

 

 せっかく両手に花を回避しようとしたのに裏切りに遭ってちゃ意味ねぇじゃんか!

 ──何を思ったかRoseliaはまだ高校生のあこちゃん以外の全員が同じ大学に通うことになっていた。友希那……どうやって合格したんだ、と思ったがそこはスルーしておく。イマドキは自己推薦とかあるしね。

 そしてワンドル(うちのバンド)からは俺を含めた中学からの腐れ縁三人が通うことになった。タイクーンが友希那と同じ大学を通うという事実を知って天に拳を突き上げて目を閉じたのは記憶に新しい。

 

「あなたは気にし過ぎだと思うのだけれど」

「紗夜が気にしなさすぎなんだよ……」

「わたしも、大丈夫だと……思います」

「……そうかな」

 

 紗夜だけ、燐子さんだけ、ってことならまだなんだか釣り合ってねぇカップルだなって印象で済むかもしれないけど、それが両方だよ。見目麗しいお嬢様二人に囲まれてるダサ男って構図がもう心臓に悪いし胃に悪い。トーマになりたい。

 

「大丈夫よ」

「なにを根拠に」

「カンベさんは見た目的に中途半端に軽そうな印象があるのだから」

「それヒドいね、フォローしてなくない?」

 

 紗夜がさして気にした様子もなくそんなを言ってくる。電車に揺られて、紗夜と燐子さんは座って俺は立ったままの構図。意外にこれが安全なんだよね。俺と二人の両方が立ってると触らせられるし、逆に両方座ってたら触ってくる。どっちも痴漢コースなんだよね。そして通報された場合警察のご厄介になるのはどっちにしろ俺。ひどいよね。

 

「……ん」

 

 ──と思ったら何やら燐子さんが顔を赤らめてもじもじしだした。この顔は下ネタ警報だって俺学んだから聞かないフリをすることに決定した。反応するからからかわれる。反応するからもっと下ネタがステレオになる。やったね俺成長してる。

 

「この、距離感だと……視線がどうしても……カンベさんの、おち──」

「──ごめんね時間と場所と状況を考えてね?」

「全く、朝から発情しないでください、カンベさん」

「俺じゃないよね? 燐子さんに言うべきだよねそれはさ」

 

 全然ダメだった。でも誰だって朝の混みあってる電車で下半身をじっと見ながら部位を口にされるのは止めなきゃと思うじゃん。しかもそんなうっとりと舐めるように見られると童貞の俺は妄想力豊かだから反応してしまいそうになるんだよ。いやだからこそ紗夜は俺にそうやって冷や水を浴びせたのくらいはわかってるんだけど。

 

「カンベさん……の、えっち」

「言いたいだけでしょう、燐子さん……」

 

 ふふ、と微笑み胸の前で手を組んで、吐息交じりに一言。わぁ仕草だけで童貞だけじゃなくて世の男性の約七割くらいは殺されそうな破壊力があるね。ただしやっぱりシチュエーションは選んで欲しい。

 ──と、そんな風に一応はまだじゃれあっている範囲で収まっている会話を繰り返していると、紗夜がじっと俺を見上げてきた。

 

「……紗夜?」

「どうかしましたか?」

「妬いてる?」

「それはもう」

 

 だったら会話に入ってくればいいのに、と思ったけどどうやらそれだけが理由じゃない気がした。これでも最近は紗夜に対してだけは妙に気付くことが多くなった。たぶん二度目の告白をしてから二ヶ月間、紗夜に散々試され、振り回されたからだな。

 今一度紗夜の感情のベクトルを考えて状況を整理してみよう。楽しく会話をしていた燐子さんと俺のベクトル、ちゃんと俺が紗夜に向いてることも理解してるはず。紗夜の向き……ああ、なるほどね。

 

「言えば気づくのね、ちゃんと」

「紗夜に鍛えられたからね」

「そうです、ちゃんと腰を痛めないピストンの方法があるのだから」

「うんそっちは全然鍛えてないから安心して」

「やたらめったらに腰を振ると果ては日常生活に支障をきたすのよ?」

 

 その話は一切してないしそんな爛れた状況も二ヶ月間一切ありませんでした。なんなら気持ち悪い童貞だからキスした回数とハグした回数数えてるくらいだから。まだ清くて気持ち悪い童貞です。

 

「……これで大丈夫そう?」

「ええ、流石は私の恋人です」

 

 どうやら隣のおにーさん……ギリギリおにーさんがキレイで麗しい紗夜のことをガン見していたっぽい。そこまでは気付かなかったし、なんなら紗夜より燐子さんのが危ないと思ってたから反対側ばっかり気にしてたよ。

 だからこうして紗夜に下ネタを振って、俺がツッコむ……下の意味じゃないよ、ツッコミを入れることで間接的に俺と紗夜の関係を明確にする、という紗夜の作戦。流石策士系ビッチですねと言ったら頬を膨らませながら脛を蹴られた。かわいいけど威力がかわいくない。

 

「……わたしのことまで、守ってくれてたんですね……うれしい……」

「いや燐子さん俺が言うのはなんだけど絶対男の人に狙われやすいタイプだし」

「だからって恋人を放っておくのはひどいわ。今日はもうナマ禁止よ」

「シたことないんだけど」

 

 電車を降りて、堰が切れたようにそんな話を始めた。やっぱり燐子さんも紗夜も見た目が良すぎるのは問題だよね。

 けど講義室でもやっぱり一部には遠巻きに見られてる。だって燐子さんが俺の腕を持ってるのに紗夜と恋人だってことをアピールしてるんだもんね、おかしな光景だよね。

 

「燐子さんって見られるの好きじゃないの?」

「……コスプレを、している時と、カンベさんにだけです……」

「うーん、ありがとう?」

 

 コメントに困った。そしてこの空気にも困った。というかなんでトーマとタイクーンと幼馴染二人がいないのか不思議でしょうがないんだけど。先に行ったんじゃないのか。なんか居心地が悪くて、それは自分のせいだとしても、あんまり遠巻きに見られるのは好きじゃないんだよね。

 結局、その日はトーマたちが来るまで嫌な雰囲気が続いた。どうしたらいいんだろうな。

 

『そんなの、カンベが気にしすぎなだけじゃん?』

「紗夜も……ウチのカノジョもそう言ってたけど、それは楽観的じゃない?」

『はぁ……』

 

 愚痴相手は丁度、連絡が来ていた美鈴になっていた。その際にまぁやましいと言えばそうだけど美鈴ならいいかと思って全部、燐子さんのこととか紗夜のこととか全部話した。紗夜も美鈴の相談を聞いている以上、こちらからもある程度距離を詰めるような情報が必要と言われたし。

 俺の言葉を聞いた美鈴はこれみよがしに溜息をつき、バカだねと言われた。

 

『そのサヨちゃん、だっけ? カンベのカノジョの言ってることのが正解。気にしすぎてるから、そう見られるだけだからね』

「そんなもん?」

『当たり前でしょ』

 

 ヒトは案外ヒトの向いてる方向には敏感な生き物だって、それは花音さんが前に言ってたなぁと思い出した。

 俺が周囲にびくびくとどう見られてるかを気にしすぎているから、三人の関係が異様だってことが伝わるんだと美鈴に指摘された。

 

『ま、モテなかったカンベにはわかんないハナシか』

「うるさいな」

『そんで、意外とリンコって子も、そういうのに敏感過ぎるよね』

「……確かに」

 

 燐子さんはヒトの視線に怯えることが多いって言ってたからね。紗夜と花音さん、後リサのヤツもそういうベクトルを受け流すスキルを持ってる気がする。トーマと友希那は気にしてないというか鈍感だけど、タイクーンもそういや上手いよね。あとランスか。この手のスキルでランスより凄いヤツにはもう一生会えないんじゃないかって思うよ。

 

「ありがと……って違うな、ごめん。美鈴の話してたのに、いつの間にか俺の話しちゃってて」

『別にいい……カンベもちゃんと、そういうこと考えれるようになったんだって思うと、ウチもいい加減切り替えないとって思うし』

「美鈴……」

 

 男女では恋愛の切り換え方が違うらしい。リサがそんなことをドヤ顔で話していた。女性は割とスパっとするタイプで、男性は別途保存する。思い出に浸ったり、ふとした時に好きって気持ちが蘇るのは男性に多い恋愛感情の動きらしい。

 ──だから、少し美鈴と話しているのが怖い。俺は紗夜を裏切ってるんじゃないか、また美鈴のことをうっかり好きになったらどうしてようって思っちゃうんだよね。

 

『これだから恋愛初心者は』

「付き合って別れてを繰り返せば上級者なの?」

『は? なにあんた喧嘩売ってんの?』

 

 やっべ、つい口から爆弾吐き出しちゃったよ。今週のびっくりドッキリ地雷ワードのコーナーでした。しかも特に別れてる間に言うべきじゃないよねこれ。思ったのは既に遅く、覆水は盆に帰っていかないわけですよ。

 

『いいけど、ウチはカンベのこと、そんなに器用だと思ってないから』

「不器用だね」

『自己申告するものでもないよ』

「ごめんなさい……」

 

 美鈴はそこでようやく、ふっと笑った気がした。少しずつ、ずっと鼻を鳴らしていた頃よりは改善したみたいだ。

 俺は余計なことだとは思いつつ、思った素直なことを口にした。

 

「美鈴が笑ってくれると嬉しいな」

『なんで?』

「なんでって、泣いてるの聞くのは嫌だから」

『……あっそ』

 

 なんか冷たい反応をされて、その日の電話は切れた。今のところ一週間に一回くらいの頻度で電話が来るけど、美鈴は大丈夫なんだろうか。

 そんなのんきなことを考えていた俺だったけど。あまりにそれはのんき過ぎたことを俺はすぐ知ることになった。人のことを心配している暇なんてないくらい、実は今の状況はあまり良くない方向に進んでることに、俺は気付かないまま、初講義から一週間経った。

 異変の始まりは燐子さんがモテだしたことだった。本人は困惑していたけど当たり前だよとは思ったよね。なにせ小柄で、白く透き通った肌、伏し目がちだけど大きくて丸い目、黒く艶やかな髪、そして何よりも気弱な女性らしさは男の庇護欲や、また逆の、加虐心のようなものをくすぐるんだと思う。これはトーマの言葉だった。

 

「彼女のこと守りたかったら、気を付けた方がいい」

 

 それは予言のような響きがあった。でも、燐子さんは俺よりもずっと強くて、守ってやる、なんて無責任であまりに確実性のない言葉、俺なんかがサムいんじゃないかって恥ずかしさから、そんなボディーガード紛いのことはやめておいた。あと、俺は紗夜の恋人だからっていう自制も働いた。いやそもそも、俺が童貞であまりに自分の状況に対して現実が見えてなさすぎた。それが今回の出来事を引き起こした気がする。

 

「……え」

「どうしたの?」

「あ、いや……気のせいかな」

 

 紗夜とスタジオで自主練習をしていた帰り道、遠目に燐子さんが見えた気がした。いつもより地味な服をして、服を入れるような紙袋を手に持って、男性に声を掛けられて一緒に歩く。

 ──別人だと思った。だって燐子さんはもう、アレはやらないって聞いたのに。

 

「……カンベさん?」

「あ、ごめん。寄り道するって話だよね」

「ええ……けれど」

「いやいや、なんか知り合いかと思っただけ、大丈夫」

 

 あっちは、確か一年くらい前に紗夜が男といた場所、ホテルがある場所だ。そうすれば俺にだって行く先、目的くらいはわかる。でもそれが燐子さんだったとしたら、俺はわからなくなるようで、でもわかることもあった。

 きっと俺は、飽きられたのかな。紗夜の恋人で、燐子さんはまたオフパコでもしたくなったのかも。第一に、こんな音楽だけが取り柄のクソ童貞を構ってたこと自体、あり得ないことだったから。

 

「知り合いって、この先はホテルくらいしかないところよ?」

「知ってる。紗夜ともバッタリ会った場所だもん」

「……カンベさん」

 

 躱せているつもりだと思ってたら、腕を掴まれて睨みつけられた。隠すな、全部話せ。そういう圧力を感じる視線だった。けれど、ここで俺が嫉妬したり嫌だと思うのは間違ってるでしょ。ましてやストーカーのようにコソコソとして、あの時ホテルに行ってた? なんて言いたくない。

 ──そんな迷いを紗夜が見逃すはずはなく、スマホを取り出した。

 

「なにしてるの?」

「白金さんに連絡を」

「え、な、なんで……」

「……あなたが男とホテルに行った、という相手で不審がるのは、私か彼女でしょう」

 

 会話のテンポを上げて話をされた。俺はなんで燐子さんにって意味も込めたはずなんだけど、なんでわかったの、という意味を最初に拾われた。

 それはさておき、別に燐子さんだって確定したわけでもないのに電話を掛けるのはどうかと思ってたんだけど、と言おうとしたら、紗夜が物凄く怪訝な表情をした。

 

「繋がらないわ」

「……忙しいってこと?」

「電源が切れているの」

 

 でもそれだけで燐子さんと確定するわけにはいかず、俺と紗夜はなんだかモヤモヤした気分を抱えたままファストフード店を訪れた。

 紗夜は燐子さんが俺がいつまでも振り向かないから飽きたんじゃないのという言葉にあり得ないと首を横に振った。

 

「どうして?」

「カンベさんは自己肯定感が低すぎるわ」

 

 紗夜曰くあんな風に俺に感情を見せてきた燐子さんが急に冷めるなんてあるはずがないと。それは、どうなんだろう。美鈴もそうだけど、女性ってあっという間に冷めて前に好きだった男のことはキレイに割り切れるものでしょう。

 

「あなたは、まだそんなことを言うのね」

「……え」

「悪いクセよ。それで白金さんや私のことを泣かせたの、もう忘れてしまった?」

「……でもこれとそれは」

「──違わない。あなたは白金さんの……私の抱えている好きを軽くみてる。自分が軽い存在だから、好きも軽いだなんて傲慢なことを考えているでしょう?」

 

 紗夜は、自分で言っていて嫌じゃないのだろうか。俺は燐子さんの気持ちを宙ぶらりんにしているのに、燐子さんが他の男と歩いていたと思って嫌だと感じてしまったのに、紗夜はそれについて責めることはしない。責めないどこか、白金さんの好きをもっとちゃんと受け止めて、なんて言われてしまう。

 

「紗夜は、嫌じゃないの?」

「いいえ」

「なんで?」

「どうして? そんなに複数の女性に思われる自分が嫌いなら、私を理由にしないで」

 

 ピシャリと言われて、俺は押し黙ってしまった。

 紗夜と一緒にいたいと思った瞬間に、俺はまるで前の俺に戻ったみたいだ。何が成長してるんだろう、むしろ高校三年の時より退化してる気までするよ。

 俺の恋人は、俺に対していつも優しくもあって、厳しくもある。自分の感情を他人に押し付けるなと叱ってくれる。

 

「白金さんは、あなたに出逢えて変わったし、あなたも白金さんがいたことで変わったわ。それを証明するのが今の状況よ」

 

 あまりに不誠実だとは思うけど、紗夜は燐子さんがいないと俺が紗夜と付き合おうとする気持ちは芽生えなかったはずと問いかけてくる。

 確かに、そうかも。紗夜だけだったら付き合う気にもならなかった気がする。燐子さんが来て、紗夜が嫉妬して、そこで初めて紗夜がちゃんと俺を見てくれてることを知った。

 

「……わかったよ、紗夜の言いたいこと」

「それならいいわ……さて、状況を整理しましょうか」

 

 ポテトをひょいひょいと口にしながら、紗夜は言葉通りに整理するためにルーズリーフにペンを走らせた。

 まずは結果から、燐子さんらしき人が男とホテルに入っていく姿を見かけた。それは確かに燐子さんにしては地味な服装だったけど、黒髪と雰囲気が燐子さんだった。じゃあなぜだろう、という矢印が引かれる。燐子さんはもうビッチとして性に奔放なのはやめたと明言していた。紗夜と同じで、過去がそうでも好きな人には誠実でありたいというのが燐子さんの望みだったから。だからあり得ないんだ。

 

「やっぱり、別人?」

「少し待って……」

「そういえばさっきからなにしてるの?」

「調べているのよ」

 

 スマホを触っている紗夜に何を? と首を傾げていると、紗夜はその画面を見せてきた。燐子さんがオフパコ用に使っていたSNSサイトのキーワードを調べていた。大学の名前と、ベル、というワード。紗夜は鋭い探偵の如く、彼女がもう一度他の男とセックスをする状況を推理していたのだった。

 でも待って、紗夜の推理が正しいとしたらソイツやばいやつだしなんならそんな間抜けでいいの? 

 

「……あったわ」

「あるんだ」

 

 どうやら間抜けは見つかったようだぜ、ということで同じ大学の名前と一年生ということがプロフィールに記載されているとあるアカウントの呟きにベルさんとヤれるかも、という言葉を見つけた。つい最近の呟きだ。

 

「ええと、紗夜の推理が何かわかったけど、これってヤバくない?」

「ええ、でも白金さんが押せばヤれそうな雰囲気なのは事実でしょう?」

「……あの、俺そんなこと感じたことないんだけど」

「童貞なのに?」

「一応ね」

 

 気弱そうでおどおどしていて、かつ身体がえっちな子は総じてそう見えるものよ、と紗夜は言い放った。だからこそ燐子さんはコスプレをするだけで自分の欲求を満たしてこれたのだから。それはそのツケを払わされているから、本来は助ける義理も必要もない、と冷たく。

 

「……嫌だよ、それでも」

「そう言うと思っていたから、探したのよ」

「だって過去は過去だもん。燐子さんだって紗夜だって、それはそう言うでしょ?」

「ええ」

 

 そんなことを言ったら、今回の件は紗夜にも起こりえることだ。そういった場合紗夜ならすげなく断るだけの力があるだろうけど、燐子さんにはない。それに、俺がその場にいればまだよかっただろうに、俺が燐子さんを放置したことが原因にあるんだ。

 

「そう、思えってことだよね? 紗夜」

「そうよ。カンベさんがいれば、きちんと過去は過去で区切ることができた。でもあなたはあくまで氷川紗夜のカレシであろうとした。だから相手に付け入る隙を与えたのよ」

 

 ビッチは変わることのないビッチ、だとしたら人間は成長なんか、変わることなんかできないってことになる。俺はいつまでたっても自分が好かれてることに気づけず道化のようなサムい言葉を繰り返す地雷野郎のままだし、紗夜も誰かに身体を売ることが止められないただのクソビッチになってただろう。でも紗夜はその傷を俺に預けて、誰かを純粋に愛したいと思ってくれた。燐子さんも、燐子さんのまま変わりたいと俺を頼ってくれた。俺だって、そんな二人と、花音さん、いろんなヤツに背中を押されて今、ちゃんと幸せに恋人と過ごせてる。

 

「過去は過去なんだ……大事なのは今はどうなのかってこと」

「それだったら、カンベさんはどうするの?」

「燐子さんに事情を訊こう。あと紗夜、これは立派な浮気だけど、力を貸して」

「忘れないでくれたらそれでいいわ」

 

 ──あなたのハジメテの女は私だから。と紗夜は微笑んでくれた。

 やっぱり俺もちゃんと変わらなくちゃ。そっと、俺は別の人物にも連絡をすることにした。

 小さな事件、でも俺の中では大きくなったその事件は、こうして始まり、俺の意識を変えていく。

 ちゃんと照明しなくちゃ、燐子さんは決して、ただのビッチじゃないってことを。

 

 

 

 

 

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