妙な友達ができた。異性だけど音楽とバンドって共通の話題があって年も同じだから過ごしやすい……はずの、トモダチ。
「ところで」
「はい?」
「カンベさんは私にヌいてもらうなら手、口、足、どれがお好みですか?」
「……はい?」
ファストフード店で、というか公共の場でするべきじゃない話を平然と、淡々としてくるトモダチ、氷川紗夜さん。
あ、間違ってもトモダチってセックスするオトモダチじゃなくて普通の……とは言いづらいけどまだ俺は清いままです。
「残念ながら胸は無理ですが、まさか……腋とか、そういう特殊な性癖でしたか?」
「……違うし、紗夜さんにヌいてもらう予定ないし」
「えっ?」
「え、じゃねぇ……」
手を上下に振るな、想像しちゃうでしょ。
紗夜さんは、簡単に言うとビッチ。表向きは風紀の鬼、何事に於いても手を抜くことはできないストイックなヒトなんだけど。
「手は抜きませんが手でヌくのはたまに」
「ほんと、黙っててくれませんかねぇ?」
今はただ下ネタを真顔で放つどうしようもない変態ビッチですけど。なにがって鉄面皮で表情を変えないところがひどい。
「ギタリストですから、指と手で鳴らすのも、鳴かせるのも得意なんです」
「……勘弁してくれ」
──しかし、もっとひどいのは、こうして時折微笑むところ。破壊力がすごい。普段はいつも結ばれた唇がふっと緩むもんだから、思わずポテトを食べる手が止まっちゃうんだよなぁ。
言ってること下ネタだけど。
「あ、鳴くのも得意ですからご安心を」
「鳴く?」
「喘ぎ声です」
喘ぎ声? 気持ちい時とかに出るあれ? 得意ってどういうこと?
「……もしかして、あっ♡ とか、あんっ♡ とか、嬌声は感じてるから出てると思ってますか?」
「わざわざ口に出さないでいいから」
声だけは媚びるようにエロく高く、けど顔は一切の真顔で発さないでほしい。心臓と股間に悪い。
けど、つまり? 紗夜さんの言うことが事実なら、喘ぎ声って……演技ってこと?
「もちろん、気持ちよくなければ喘ぐのも億劫ですが、気分を高める意味があって口にするのよ? 黙っていようと思えば、マグロもイけますから」
「……知らなかった」
女体を知らない童貞、ここで衝撃の真実を知った。
今度ひけらかしたいくらいの知識でしょこれ。AV女優ってやっぱ演技力すごいんだなって感心してヌけなさそう。やっぱやめよう。
「けれど、もちろん男のヒトはマグロよりも、そこもっとぉ♡ とか、奥きもちい♡ と言われた方が燃えるでしょう? そうやって相手にその気を維持してもらうのも、セックスには大事なことよ」
「感心とツッコミが半々でせめぎあってて、コメントしにくい」
顔色を変えずに声色をいちいち変えないでください。近くに通ってたオッサンがすごい勢いでコッチ向いてたし、聞こえてるから。
「そこはよし、実践したいからホテルに行こうか、と言うところなのだけれど……」
「さも当たり前のように言わないでもらえます?」
「そろそろ当たり前のように抱いてほしいわ、さぁ」
さぁ、じゃねぇよ! そうやってすぐに俺をオトモダチからセフレにしようとすんな! そうやって抗議を……実際は店内で騒ぎたくないしそんな語調は強くできないからマイルドに伝えると、紗夜さんははぁ、とため息をついた。
「カンベさんとセフレになろうなんて思ってませんから」
「……え? あ、うん」
呆れたようにそう言われて、頷いた。
俺だってそんなつもりないし、という肯定だったんだが、紗夜さんはすごい勢いで睨んでくる。
さっきまでの真顔はどこいった。
「……バカ」
拗ねた口調と逸らされた顔は、恋する乙女の表情なんだろうなってことくらいは俺にもわかった。
多くは語ってくれないけど、俺はこんな美人な同い年を虜にしてしまったらしい。だからオトモダチからってことなんだけど。
──正直、ビッチじゃなきゃ、もうちょっと流されてたかもなぁ。
「こうしてストーキングしなくても会ってくれるようになったのはいいことですけど、もう少し構ってくれても、いいと思いませんか?」
「構ってますよ、こうして会ってるんだから」
「ですが私としては、もっとぉ……ココにほしいの♡ という気分です」
やめろっての! 下腹部に手を当てんな! 声色変えんな!
そんな大声でツッコミをするわけにもいかず、俺は上げかけたトーンをなるべく下げて冷静に対応する。
「……ったく、頭がおかしくなりそうだ」
「性欲で?」
「ツッコミが追い付かないんですけど?」
「それなら一度考えることをやめてはいかがでしょう? 人間に大事なものは三大欲求ですから」
食欲、睡眠欲、あとは性欲に忠実になった方がいい、ねぇ。
それは嘘だろうな。いつもストイックに練習を積み重ねる紗夜さんのイメージじゃないよ。
「紗夜さんがそればっかりだとは思えないけど」
「ふふ、そうですね」
お、なんか嬉しそう。紗夜さんはやっぱり内心を言い当てると表情を崩すんだな。素直にかわいいんだよね、こういう時はさ。だからずるいんだけど、紗夜さんはそこには気づいていないみたいで、ご機嫌でポテトを食べてる。
「やはりカンベさんは私の思った通りのヒトですね」
「どんな人ってこと?」
「今すぐホテルで一晩中あなたのことだけを考えて溺れていたいくらいのヒト、でしょうか」
そんな夢中になってもらえるようなやつじゃないんだけどなぁ。そもそも紗夜さんが満足できるなんて到底思わないし、やっぱり童貞だしセックスってどういうことなのかなんにもわかってないから。
「それじゃあ移動しましょうか、カンベさんと一緒だと、ずっと、音楽を好きになれそうだわ」
「音楽ってなら、俺も紗夜さんの音を聴いていたい」
「嬌声は?」
「それは遠慮しときます」
どんだけ喘ぎたいんですかね。けど、それはきっと俺には聞かせてくれることはないんだろうな。
こんな風に仲良くなって、経験豊富で、きっとリードしてくれるだろう紗夜さんを俺が拒否し続ける理由。それはビッチであるという以上にもう一つのブレーキがあった。
──それは音楽にかける情熱の違い。紗夜さんは本気だ。本気で頂点に立って、そのギターと一生を過ごしていくって覚悟がある。でも、それに対して俺は、俺はあんまりにもその情熱からは程遠い。
そもそも、
「それじゃあ、今日はここで、また会いましょうね」
「うん、じゃあ」
俺と紗夜さんじゃその情熱すら釣り合ってないから、そのまた、はいつか来なくなる。それが、俺にはブレーキになってた。
一人になって数十分、そんなことでもんもんと悩んでいると、俺はそこに青いピックが落ちてるのが見えた。バラの意匠がされた、紗夜さんのピック。
「……電話するか」
電話をかけると、ものの2コールで、どうかしましたか? と紗夜さんの声がした。透き通った氷のような、ひんやりとしていて、でも優しさを感じる声。
「あ、紗夜さん。紗夜さんのピックが落ちてたんですけど」
『……私としたことが、忘れ物なんて……どうしたら』
「え、もしかして練習に使うやつ?」
『はい』
それはまずいよな。スペアもいくつか持ってるだろうけど紗夜さんは多分同じのを使い続けるタイプだよな。
そうなったら、俺が届けるしかない、か。
「明日どっかで会えるタイミングありませんか? 俺が届けるからさ」
『いいのですか?』
「うん」
『ありがとうございます……ですが、明日は風紀委員として仕事もあって』
明日は土曜なのにか、紗夜さんはどうやら生徒会の手伝いもしてるらしいからその兼ね合いなのかな。大変だなぁ。
そんな感心をしていると、紗夜さんは、そうだわ、と声のトーンを上げてきた。
『カンベさん、よろしければ明日、学校まで届けていただけませんか?』
「は?」
『ですから、花女まで届けてほしいのです』
何気なく言ってくれるけど、それ難易度めちゃくちゃ高いからね? 女子校だよ女子校、しかも中高一貫のガチ女子校。それをわかってますかね?
『お願いします……』
「……そこまで言うなら」
ああ、断れない自分が憎い! でも紗夜さんの声は本当に困っているみたいだし、俺としては女子校って敷居の高さよりも紗夜さんが喜んでくれる方がいいに決まってるから。
──こうして、オトモダチになってから一ヶ月くらい。俺は紗夜さんが日常を送る花咲川女学園に乗り込むことになった……大丈夫だよな、捕まったりしないよね?