デートそのものは何度目だろう。映画に行ったり、遊園地に行ったり、俺は色んなところを提案して彼女とその時間を共有した。
けど、これはそれとは違う緊張感にそわそわしてしまう。おかげで俺は寝れ……ないことはなかったけど早起きして集合時間の遥か前に来てるよ。
「……おはよう、カンベさん」
「おはよ、紗夜」
「あなたが私より早いなんて、珍しいわね」
確かに、だって二十分前に行ってもいるもんね。そうやって言うと私はいつもこのくらいの時間で待っているわと言われた。三十分前か、そんなこと言われると待たせた時間を数えてしまうくらい申し訳ないよね。
「気にする必要なんてないわ、私がそうしたくてしていることなのだから」
「そっか」
いいのか悪いのか、紗夜はいつも通り自然体だった。はしゃぐこともなく、かといって口許は緩んでいる。
今日はそんな紗夜にデートプランを丸投げ状態だ。知ってるのは最後に行く場所だけ。
そのせいか俺も意識して服装もパンツも選んでしまったしね。紗夜がいつもと変わらない恰好なのが悔しい。
「それで、どこに行くの?」
「ショッピングよ」
「わかった」
服とかを見ることってことなのかなと紗夜の横顔を眺めながら思った。
こうしていると紗夜だって変わることがあるんだ。ギターばっかりだったなんて俺には想像もできない紗夜の姿だけだけど。
燐子さんやギャル幼馴染サマはよく紗夜の最初の印象を語ってくれた。傷ついて群れからはぐれた狼。そんな感じだったって。
自分が向き合えるのはギターだけだと信じていた。裏切られたから、その傷はまだ紗夜の胸に刺さったままだけど。
「アクセサリー?」
「ええ、好きな人の前では着飾りたいものだから、選んで」
「紗夜なら基本的になんでも似合うと思うなぁ」
「それなら、カンベさんの色で染めてみて?」
そんな紗夜に再び恋をするきっかけになったのが、俺だった。今ではよく笑うようになったし、むしろしかめっ面の紗夜の方は知らない。フラットな真顔の紗夜はいつものことだけど。俺にとって紗夜は口を開けば下ネタばっかりで、俺をからかうように笑って、そのくせに俺のことが好きでしょうがない、ただの恋する乙女だ。別に全部知りたいわけじゃないし、今の紗夜が幸せなら、それでいいかなって思う。
「紗夜ってあんまりアクセサリーつけないよね」
「風紀委員ですから」
「関係なくない?」
「ふふ、見せたい相手がいたら別よ?」
俺は贅沢をしている気がするよ。紗夜がどう? と髪を分け、ノンホールピアスを耳に当ててちょっとだけ流し目気味に微笑む。こんなのカレシでもなきゃ見られない姿だもんね。
悩みに悩んで、俺は紗夜にブレスレットを買った。紗夜はお揃いの指輪を紗夜が中指に、俺が人差し指につけた。バンドマンだからジャラジャラつけるのはなんかデフォルトみたいなところあるよね、俺の見栄的に。
「カンベさんは、なんだかピアス、似合いませんね」
「ひど……卒業した時にノリとテンションで怖々開けたのに、これからつけるのやめようかな」
「ふふ、でも指輪はとっても似合うわね」
「それ言わなくてもちゃんとつけるから」
そのためにわざわざピアス貶したでしょ今。そうやって言うと紗夜はくすくすと笑ってきた。いたずらごころ溢れる恋人を持って俺は幸せですよ、まったくもってさ。
わざわざ釘を刺さなくても、紗夜との繋がりを大事にしないわけないじゃないか。
「紗夜、映画でも観に行こうよ」
「いいけれど、珍しいわね」
「なんと、ここってカップルシートがあるんだ」
「そうなのね」
紗夜はあんまり映画に興味があるわけじゃないから知らなかったんだね。燐子さんとは何回か行ったよ、カップルシート。ホントにカップルシートだからきっと紗夜も驚くだろうなと俺は小説で話題になっていた恋愛ものをチョイスした。
「すごいわね……」
「でしょ」
「これなら、フ……んっ、膝枕とかできそうね?」
「うわー燐子さんと同じリアクション」
「む、それはいけないわ……やはり、口で」
残念、その辺も一通り燐子さんとのデートで会話に上がったよと言ったら、紗夜は頬を膨らませてきた。
──嫉妬してしまう自分が嫌だった紗夜はもうどこにもいなかった。当たり前のように俺に好きと呟いて、当たり前のようにヤキモチを妬いて、当たり前のように微笑んでくれる。
俺はそれが幸せだよ。
「紗夜」
「なに?」
「甘えてくるのと……キスくらいなら」
「……なら、そうさせてもらうわね」
そう言ったらまだ映画館にすら入ってないのにもうキスをされた。
──映画やってる暗い間だったらって意味だったんだけど、まぁ、紗夜だからいっか。
俺はポテトを注文する紗夜の後姿を見ながらそんなことを思っていた。
カップルシートでの紗夜は本当にやばかった。借りてきたブランケットがあることをいいことに攻めて攻めての超攻撃特化型になっていた。
更にひどいことに他には聞こえないように配慮しながらも耳元にたっぷりと嬌声を響かせるもんだからタチが悪い。
「勃ちは悪くなかったじゃない」
「そういう言葉遊びいらないから」
字が違う。そして恥ずかしい。なんだかんだでズボン越しにあんな風に手の平で包まれたのはハジメテの経験で、とてもじゃないけどここでは説明できない心地よさがあった。ごめんよ童貞仲間のみんな……俺、先に行っちゃうね。
「イッたの?」
「イッてない」
「びっくりしてしまったわ」
「その発言に俺がびっくりだよ」
そうよねイッたらズボンを替えないといけないわよね、なんて呟き出して、俺は思わずコーヒーを噴き出しそうになった。なんてことを言うんだあんたは。ここはショッピングモールの中にある喫茶店だよ? フツーに隣に別のお客さんいるから。なにかしらの誤解を受けるの俺だからやめてね?
「カンベさんは」
「ん?」
とは言うが紗夜と俺の基本コミュニケーションは相変わらず音楽か下ネタ。特に今じゃ大学という共通の話題があるにも関わらず、紗夜はいつも通り表情を変えることなく下ネタを口から発してくる始末だ。
「キス、上手になったわね」
「え……キスに上手とか下手とかあるの?」
「それは、当然よ」
ただ唇を押し付け合うだけがキスじゃないのよ、と紗夜はコーヒーを飲みながら自分の唇に指をあてた。グロスの光が反射している彼女の唇はそれだけで協調され、色香を振り撒いてくる。対象が俺にしか向いていないという優越感はいっそ病みつきになるレベルだよ。
「この国ではあまり使われないけれど、キスは感情を表すものでもあるのよ」
「そういえば、海外だと挨拶としてほっぺにキスすることもあるよね」
「そう、親愛のキスと情愛のキス、性愛のキス、意味は沢山あるわ」
なるほど、メモしたいところだけどやめよう。ちゃんと紗夜は憶えるまで実践してくれるタイプだからね。練習あるのみよ、だなんて言いがちなカノジョさんだから。
そんなストイックな紗夜は、けれどカンベさんは無意識にできてるのよ、と笑ってくれた。そうなんだ。
「私とカンベさんがしたことがあるのが、四種類くらいだけれど」
「……そんなにあった?」
フツーのとディープキスくらいの違いしかわかんないんだけど、と言ったら紗夜が俺の隣まで移動してきてちょん、と唇を重ねてきた。
これは、バードキス、となんだか楽しそうに笑いながら。からかってるでしょ、それ。
「他には……」
「待て待て待ってよ紗夜」
「……なに?」
「あのさ、こういうことするなら──」
そこで、俺は自分自身のミスに気付いた。これは誘導尋問だ。だから紗夜はのんびりショッピングと映画と、コーヒーというスケジュールを組んでいたんだ。
気付いたのはもう手遅れで、俺はもうその言葉を喉奥に引っ込めることはできなかった。なにせ、紗夜が、するなら? と意地の悪い笑顔で俺を覗き込んでくるんだから。
「……ホテルで、しませんか?」
「そうね、そうするわ」
最初から紗夜はずっと、俺にホテルに誘ってほしかったんだ。高校時代には何度も何度も回避し続けた誘い文句を、今俺から発した。
紗夜はまるで何事もないかのように、立ち上がった。ううん、そんなわけない。いくら紗夜がビッチだったからって、それが平気なわけがないんだ。
「紗夜、待って」
「カンベさん?」
「一緒に、歩いてくれた方が嬉しいな」
「……ええ」
──ねぇ、紗夜。俺は最近、紗夜がビッチでよかったな、なんて思うことがあるんだ。紗夜がビッチだったから、あんな出逢い方だった。ビッチだったからあんな距離感だった。だってそうでしょ? 俺と紗夜の関係はいっつも、変な繋がり方をしてたんだから。
俺は紗夜が好き。愛してる、だなんて思う時もある。これは変わらないよ、どんなに俺や紗夜が変わっても、紗夜がビッチだった過去があるから今こうして紗夜と一緒にいられるなら。変わらないでいてほしい。
「……大丈夫よ」
「なにが?」
「こうやってハジメテが終わっても、きっと陽太は童貞のままだから」
「なにそれ」
ベッドに寝転がって、裸の紗夜が俺の頬をつつきながらそんなことを言ってくる。でも、俺もそんな気がする。
「──ともあれ、私が名実ともにハジメテの女になれましたね」
「そうだね」
「あ、次はあそこの玩具を買って、試してみたいわね」
「もう二回目の話するの!?」
「今からするのよ」
ちゃんと行く前に避妊具を買っておいてよかったなと思います。燐子さんも紗夜も常備してるけど、紗夜は今日敢えて持ってこなかったらしい。
こうして、俺の祝、童貞卒業はなんやかんやで休憩ではなく泊まりになりましたとさ。おしまい。