紗夜のBはBitchのB!   作:黒マメファナ

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決意のD/二人への愛情

「どうぞ、燐子さんの口に合うかわかんないけど……」

「……なんでもいい、ですから……気にしないでください」

 

 ああなんでだろう緊張する。紗夜もリサもほら、まるで実家のようにくつろいでくるからさ。あんまり緊張感ないんだよね。だけど燐子さんはまるで借りてきた猫のようにちょこんと椅子に座って微笑むだけ。

 いや、いつもそんな気がする。最近じゃ俺が壁を作ろうと努力してる花音さんですらその壁をぶっ壊してくるのに、燐子さんは壁を作ってるんだから。

 

「さて、こんな勢いでやってきたんだけど……俺は燐子さんの望みには応えてあげられないからね」

「……どうして、ですか?」

「どうしてって……」

 

 それは色んな要因があるけど、やっぱり俺は燐子さんは、どこかで壁を感じると思ってるから。

 ──燐子さんが見せる表情や言葉の先になにかあるんじゃないかと思えてしょうがないから、って言った方が正しいかな。怖いんだよ、とにかく俺は。また前のように……美鈴のように落胆され、失望されたあの時を繰り返すのが、怖い。

 

「……燐子さんは、俺で妥協しようとしてないですか?」

「……え?」

「だって、燐子さんは言動がアレな時もあるけどすっごく女の子じゃん。俺の知ってる他の女の子ってみんなどこかで豪快なとこあるし……」

 

 幼馴染たちも、花音さんも美鈴も……なんなら紗夜も。

 羽沢さんや上原さんにも燐子さんと同じ印象があって、だから引けちゃうんだ。逆に紗夜の妹の日菜さんはある意味紗夜より大胆で豪快だから道端で会ってくっつかれても全然平気だけどね。

 

「それで……カンベさんは、距離を取るんですか……」

「え、いやだって」

「わたしが、去年……伝えてきたことは……無駄だったんですね」

「そんなこと……っ」

 

 カチャ、と紅茶の入ったカップを置いて、燐子さんは俺を見上げた。その表情はいつも穏やかで、けれどどこか乏しい表情が多かった彼女とは決定的に違っていた。

 ──怒ってる。あの燐子さんが、きっと俺にそう伝わってるってことはその何十倍、何百倍も。あるいは以前に怒らせた時よりも遥かに大きな怒りが、燐子さんを包んでいる気がした。

 

「わたしは……怒りました……許せるものでは……ありませんから」

「り、燐子さん……っんぐ!?」

 

 後ずさりをしたけれど、いつもの燐子さんとは比べ物にならないほどの速度で距離を詰められて、首に手を回され、口を塞がれた。

 紅茶の熱と味が伝わるくらいの口づけは、怒り、やるせない怒りと悲しみが伝わってくる気がした。

 

「……っはぁ……んっ、なにを、怖がって、いるんですか……?」

「怖い……のかな」

「わたしには、そう……感じます」

「わかんないんだ……俺だって、燐子さんに抱く気持ちがなんなのか」

 

 紗夜を相手にしてるのとは全然違う気持ちが溢れてくる。濃厚なキスまでしてるってのに、こうして肩に触れることすら躊躇いたくなる。

 それは恐怖なのかな、それともまた別の気持ちなのかな。俺だって俺の気持ちがなんなのかわかったら燐子さんを怒らせたりしないんだろうな。

 

「カンベさんは……無用な気遣いが、多いんです」

「そうなのかな」

 

 まだ怒っているらしい燐子さんは、少しだけ強い語調でそんなことを指摘してくれた。

 とは言うものの、だって燐子さんだよ? 紗夜も十分なんだけどさ、燐子さんってすごくやっぱり女の子なんだよね、突き詰めすぎると何言ってるのか全然わかんなくなってくるんだけど。でもやっぱり女の子なんだよ。もしかしたら俺が中学の頃に抱いていた像よりも更に女の子な女の子だからかもしれない。とにかく、俺には手に負えないくらいの女の子なんだ。

 

「わたしは……氷川さんと、同じ扱いで、いい……のに」

「えっ、俺最近とみに紗夜の扱いテキトーになってきてるって拗ねられたばっかりなのに?」

「はい」

 

 頷かれても、チョトナニイテルカワカラナイデスネー、としか返事ができなくて困るよ。

 ──だって紗夜はホントにテキトーだよ? カノジョだけど、恋人だけど、俺は時折自分で自己嫌悪に陥りたくなるくらいに紗夜に対して強い当たりをしてる時があるもん。

 

「……たとえば?」

 

 例えば、か。

 そうだな、いつものファストフード店で寄り道をしてる時、やっぱり付き合う前と同じで下ネタが多いんだけどさ。やっぱり俺の反応は変わってると思う。あのいつもの紗夜らしい文句から始まる会話ですらさ。

 

「セックスしましょう」

「うん」

「今、うんと言いましたね? 言質取りましたからね? もう今更ナシと言っても取り消しませんから、法廷で会いましょう」

「なんで訴訟する前提なんだよ……いいけど」

「……今日はダメなのよ、アノ日だから」

「あー」

 

 この通りもぐもぐとポテトを食べながら聞き流してること多いよ。因みにこの時のように紗夜が敬語で誘ってくる場合は冗談であるので俺は安全だと思ってテキトーに相槌を打ってるんだけど。これがセックスがしたいわ、とかだったらホテルには行かないからって返事をしてると思う。こんな感じだよ、これで偶に紗夜は頬を膨らませてくるよ。

 

「……羨ましい」

「え?」

「羨ましい……です」

 

 嘘だ……嘘だっ! 

 そう思ってしまうほど、意外な反応だった。もしかしなくても燐子さんって変態? ああいや知ってたけどそれとはまた違ったベクトルの変態を疑った。マゾヒズムあるって言ってたっけ。ソッチ系? 

 

「Mじゃ、ないです……Mですけど、そういうのじゃ、ないんです……」

「あ、ご、ごめん」

 

 ぷくっと頬を膨らませてくる燐子さん。かわいい反応をされると俺も対応に困っちゃうからね。燐子さんってところどころで男を惑わせる妖しさ……こうドストレートに言うとエロさがあるよね。

 

「ムラっと、してませんか……?」

「な、なにが?」

「……えっちな、気配を感じました」

 

 なんで感じることができるのか不思議でしょうがないんだけど。

 そんなことを言っている間に、漸く燐子さんは離れてくれた。今までずっと鳩尾の辺りに大きな果実が押し当てられてたんだ。よく耐えきったよ、俺。

 

「……わかり、ました」

「ん? なにが?」

「カンベさんが……わたしを、ちゃんと意識してくれている……というのが」

「え、あ……うん」

「童貞だから、お誘いがわからないん……ですね」

「うん?」

 

 全然違うね。なにそのなるほどだいたいわかったのノリ。なんにもわかっちゃいないよねそれ。別にゲヘヘ燐子さんかわいいなヤりたいぜって思ったけどどう言ったらわからないってわけじゃないからね? 燐子さんへの対応をどうしたらいいのかわかんないだけだからね。あと童貞って言うのいい加減やめてほしいなぁ! 

 

「……そう、思っちゃう時点で……童貞、です」

「なにその理論」

「精神的、童貞、理論です……」

 

 初めて聞いたんだけどその理論。提唱者は白金燐子さんとか言わないでね。そんなことを言うと燐子さんは提唱者は氷川さんですとのたまった。紗夜かぁ、紗夜なら文句言っておこう。第一、ハジメテのヒトの分際で童貞弄りすんのひどいよね。奪ったのあなたですよね? 

 

「……そう、なんですよね……」

「ん?」

「……カンベさん、氷川さんとセックス……したんですよね?」

「う、うん……」

 

 風向きが怪しくなってきた。だんだん燐子さんのオーラがゆるふわおっとりから猛獣の、肉食の顔が出てきた。

 ソファーに座ってたら、椅子に座ってたはずの燐子さんが後ろにいて、後ろから抱き着いてきた。抱き着いてきた、というよりはそっと寄り添ってくれる感じだけど。

 

「わたし……前に、セフレでも……って言いました、よね?」

「……うん」

「……嘘、つきました」

 

 そうなんじゃないかなとは思った。俺も燐子さんのことをそんな風に見ようと思ったこともないしさ。

 でも、燐子さんがどうしてあんなことを言い出したのかが気になってて、それがきっと壁を作られてる気がした原因なんだろうな。

 

「本当は……カノジョ、になりたいです……」

「だよね」

「……はい、でも……」

「うん……俺には紗夜がいるから」

 

 紗夜がいる。両方好きだとか軟派なこと考えてた俺だけど、結局恋人にしたかったのは紗夜だったことは、後で気付いたことだ。燐子さんでもよかったらもっとイーブンになるような待ち方してたよ。

 ──俺はいつもストーカーしてきた紗夜のことを、タイミングよく来てくれるヒトは燐子さんじゃなくて紗夜だって知ってて、待ってたんだから。

 

「二番でも、構いません……なんなら、カノジョじゃなくても、いいですから……」

 

 傍に置いてください。そんな震える声がして、俺は肩に水滴が落ちているのを理解した。

 ──やっぱり、泣かせちゃってるよね。あれだけ笑っててほしいなんて思っても結局、俺は燐子さんを泣かせてばっかりだ。きっとこれからも、泣かせるんだろうな。紗夜のことも、燐子さんのことも。だって俺は、泣きじゃくる燐子さんの、唇を奪っちゃうんだから。

 

「──ん」

「好きだよ……燐子さんの、燐子のことも」

「……カンベさん」

「俺にとって燐子は、向き合うきっかけなんだ。だから俺はいつも、紗夜と同じくらい燐子を求めてた。燐子が、大事だから」

 

 大事だからこそ、傷つけたくなくて臆病になった。紗夜がいることで傷つけるんじゃないかって無意識に最後の一歩を避けてた。

 ──そんなんだから美鈴にもリサにも嫌われるんだよな。こういう失敗を繰り返さないことが、モテるってことだって、俺はもう知ってるんだ。

 

「セックス」

「……え?」

「その……せっかく、その目的で来たんならさ、いいかな?」

「……はい……!」

 

 こんな誘いをかけちゃって、紗夜は怒るかな。それともやっとね、なんて笑うのかな。とりあえず俺が謝らなきゃいけないのは確実だ。ちゃんとポテト奢って、その上で誠心誠意謝ってから紗夜の要求をなんでも呑んで初めて許してくれる気がする。わざと拗ねたフリしてくるだろうしね。

 

「二番目です……から、氷川さんとじゃできない……プレイをシましょうね……陽太さん」

「燐子のその発言は怖いんだけど……まぁ、お手柔らかにね」

 

 こうして、俺はここで漸く身の回りの問題を片付けることができた。

 これであと残ってる問題は主に二つ、余分なのくっつけると三つだな。

 一つは、美鈴の話。これは時間が解決するようなことだけど、なんだか根が深そうだからね。もう一つは……花音さんだ。あのヒトからもちゃんと真意を訊いとかないと。思いの他単純な気がするけど、その辺はやっぱり本人の口から、だよね。

 

 

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