大学帰りのとあるデート。ええデートです。何故なら以前にしたデートを大層お気に召した方がいかがですか? と予約していたんだから。
講義が終わった俺は名残惜しそうにする紗夜と別れて、ピアノのレッスン室まで足を運ぶ。自主練習室の隅っこのドアを三回ノックすると、漏れ聞こえていた優美なメロディーが止まり、彼女が姿を見せた。
「お待たせ、燐子」
「……はい、お待ちして、ました」
白金燐子さん。俺としては、一度どころか何度かお付き合いを断ったはずのヒト。でもめげずに、いつの間にかこうして俺に二股を要求してくる張本人。
嬉しそうに笑ってまだもう少し時間ありますから、とドアを閉めて、俺の服に顔を埋めて甘えてくる彼女にもう、俺はダメです、とか言えなくなってた。
「ん……カンベさんの、匂い」
「変態っぽい」
「匂い嗅ぐのは、ふつう、だと思い……ます」
「ちょっと自信無くすのやめようね?」
「でも、カンベさんも、わたしのこと……いい匂いするって」
確かに、でも顔を埋めてスーハ―するのはちょっと違うのでは? 違わないのか。
そしてあんまり抱き着くのはやめてほしい。紗夜ですら意識しちゃうのにサイズ感全然違うからその感触の違いに何か扉が開きそうだから。
「キスも、ほしい……です」
「したら止まらなくなるからやめて」
「……どっちが、ですか?」
正解はどっちも。燐子はもちろん、俺も前かがみになっちゃうからね。第一もうやばいから鎮めてるレベルなのに。
大学の清廉な女神と称される白金燐子なんだけどね、この子キスしたら最後までシたくなるらしくて。ビッチってかただの性欲の塊ってか、なんかもうそれも含めて燐子だなぁって感じだけど。
「慣れって怖いよなぁ」
「でも馴染むと気持ちいのが、セックスですから」
「言いたいことが違うし慣れると馴染むはニュアンスが違う!」
「カップルシート、楽しみです……♪」
「露骨に話を逸らすね?」
「前回より……カンベさんの防御が緩いですから……どこまでできるか……楽しみ、です」
あ、逸らしてなかった。馴染ませ、もとい俺を慣れさせようとする魂胆があるらしい。実はお付き合いというか、ヤっちまって気付いたことだけど、燐子の方が変態度が高い。紗夜って割と恥じらいもあるし、セックスは決まってホテルに行こうとするから。口ではカーセックスだの青姦だの言ってるくせに実はホテル以外ではセックスしたがらない。
燐子? うん、燐子はダメ。どこでもヤりたいタイプだし。まぁなにせ人目につかないリストを俺の前に持ってくるようなヒトだからね?
「シないからね、映画館では」
「はい、
「……俺んち、親いるからね」
「わたしのうちが、あります」
ピアノがあるしボイチャでゲームするから防音バッチリの広い部屋がありますよね、あなたは。正直燐子の両親はこの変態オフパコビッチさんのことをどう考えているんでしょう。いやたぶん隠してる気がするけど。
「そんなことより……早くイキたいです」
「行きましょうね」
「……? はい、イキます」
ニュアンス違うね? そっちは俺から手は出さないって誓ってるから。せめて映画見て家まで我慢してほしい。無理か、無理だな燐子だもん。知ってた。
というかそれを無理か、で済ませられるようになった俺を褒めてほしい。いややっぱりなんか変に慣れたみたいで嫌だからいいよ。
「で、カップルシートがあるってことは……」
「ちょっと大人な、恋愛もの……です」
「やっぱり」
狙ったね? 当たり前だけどそういうのを狙ってチョイスしたよねあなた。
映画館までの道のり、なにか話をしないと、と俺は大学の話題を小出しにしていた。じゃないと電車は危ない。俺の貞操が危ないので。
「……そう、言えば」
「ん?」
「松原さんの件……平気ですか?」
「花音さん?」
そこで話題に出たのは意外な人物だった。いや、意外ってわけでもないか。燐子や紗夜からすれば、恋人にちょっかいをかける女だ。多少の感情を持ち合わせなければ嘘だろう。その中でも燐子はまず最初に俺への心配、という感情を向けてくれたことに関しては少し嬉しくなってしまった。
「わたしの分まで、とっといてくださいね……出なくなったら、困ってしまいます」
「ごめん、心配してくれてありがとうと思った俺の気持ちを返して今すぐ」
「口移しで……なら」
「やっぱいらない」
直接的はやめようね。見上げてこないでください。
というかなんでそう燐子は花音さんのことを容認するんだろう。俺にはあんまり理解できてないよ。
「単純、ですよ」
「単純か?」
「はい……とっても単純です」
マジか、その単純がわからないのか俺って。ちょっとどころじゃないショックだと嘆いていたら、ふと右手が燐子の温かい両手に包まれた。まだまだ夕方になると冷えるこの時期に、燐子の温もりは優しい気分になれるな。紗夜は割とひんやりだけど。
「その方が、カンベさんがもっと、素敵な男性になってくれそうだから……です」
「いや三股クズ野郎になるだけな気がするけど」
「それはその時……きちんとちょうき……んんっ、躾けてあげるだけです」
「言い直したところ申し訳ないけど意味なくない?」
調教と躾けってこの場合何も変わってないよね? なんでそんな刺激的な日本語を覚えてしまったの? あれ? もう一人のビッチさんのせいですかね?
そんな割と俺に対して甘々な燐子の恐ろしい発言に怯える暇もなく、電車は目的地の到着を知らせてくれた。
「わっ、り、燐子」
燐子は普段の大学の印象からは考えられないほど明るく、キレイな笑顔で俺の手を引いてくれる。
まだまだ、並べてると思ったけどやっぱり俺が見るのは背中なんだなって思っちゃうよね。敵わない。紗夜にも燐子にも、そしてきっと今も拗ねた顔してるだろう、花音さんにも。
でもごめん、花音さん。とりあえず今日はあなたのことを考える暇はなさそうです。
「ちなみにさ」
「はい」
「……濡れ場シーンがあったりする?」
「もちろ……えっと、わ、わかりません……」
「アウト」
わかりませんって、露骨に嘘ついてくるね。
あれだね、前よりも攻めたようですね燐子さんって感じ。前は一応キスとかそういうのはあったけど学生カップルも見れるような内容だったじゃん。
「恋人……今度はごっこじゃないですから……ね?」
ほら、やっぱり俺は燐子のことばっかりを考えなくちゃいけないみたいだよ。二人だけの世界ってわけでもないけど、みんなが映画に集中するなか、俺は燐子に集中することになるんだろうな。まだ二度目だってのに慣れたようにブランケットを取り出してみせる彼女に対して、俺は盛大な溜息をついてしまった。
「あ、ローターとか持ってきたんですけど……使いますか?」
「何しに来たの?」
「映画、ですけど……」
「待ってそのリアクションは俺がおかしいみたいだからやめて」
「やっぱり、駆動音がするのは……ダメですよね」
「うん違う、そういうことを言ってるんじゃないから」
結局、燐子に甘えられるのに弱いんだけど、最近特に弱くなってる気がしてきたな。
前は断れてた気がするのに暗がりの中、脚に手が伸びてきて、大学でしなかったキスがほしい、なんて言われて自分から顔を寄せてしまうくらいには、弱ってる。
そのまま燐子の家に行って、晩御飯どころかお泊りしてしまうくらいに弱ってるってか燐子の攻撃に対して耐性がなくなってる。あれか、惚れた弱味ってやつ? あれ、なのになんで燐子はこんなに強いんだろう、理不尽だ。
ともあれ、翌日大学へ一緒に行ったところを学友の皆様と紗夜に妬ましいと言われましたとさ。