俺の憩いの場、羽沢珈琲店。
落ち着いたジャズの音色が心を洗い、香しいコーヒーの匂いはさることながら、店主の奥さんが手作りしているスイーツも美味しい。そしてなにより看板娘が清楚。
──看板娘が! ビッチじゃない! 大声でアピールしたい。BプラスワンのファッションビッチでもFサイズどこでもビッチでもDサイズのチェリーキラービッチでもありません! ガチのマジで、清楚です!
「カンベさんっ、今日はおひとりなんですね!」
「あ、上原さん?」
「はいっ」
そんな清楚看板娘に癒されにきていると、ひらひらと手を振る羽丘の制服に身を包んだ桃髪のイマドキ娘が……なんか言い方おっさんくさいな俺。
上原ひまりさん。あんまり関わりはないけど、羽沢さん曰く俺のファンなんですって。文化祭の時もちょっと話しかけられたけど、なんかわたわたしてたし。
「たまには俺にも休息がほしいもんでね」
「休息、ですか?」
そう。今日はストーカー紛いの方のカノジョも、隙あらばセックスの方のカノジョも用事、というかRoseliaの練習があるため一人。いつもはタイクーンとリサと燐子と紗夜の思惑が重なるため俺も同じ時間に練習があるんだけど、今日はその肝心のタイクーンが風邪で寝込んでいるため自主練習。俺は久しぶりに紗夜も燐子も花音さんもいない休日を過ごしていた。
「へぇ~、恋人と過ごすのが休息とかじゃないんですか?」
「いや、俺の場合はあんまり」
なにせいつも一緒にいるからな。一人の時間ほしい。マジで一人の時間がないとやってられないし。
贅沢な悩みですね~って言われて上原さんに対して、でも深刻な悩みなんだよなって溜息をついた。
「一人の時間って必要になっちゃいますか?」
「そりゃあね、上原さんはそういう人いないの?」
「えー、いませんよ~」
上原さんってすごいなんだろう、カレシとか常にいそうなタイプだと思ってたんだけど違うのか、花音さんがヤバいだけか。
そのニュアンスが伝わったのか、上原さんはちょっとだけ頬を膨らませて私そんなに軽い女じゃないです、と言われてしまった。申し訳なさすぎて心を痛めてしまった。そして同時によかったと思う。ビッチじゃなくてよかった。
「ごめんごめん、モテそうだったし」
「そんなことないですよ、みんな花音さんに持ってかれます」
「あ、そう」
花音さん……何やってるんですかあなたは。というかバイトの子食べてたんですか。罪深いというかどんだけ童貞好きなんですか。
苦笑いをしていると、そういえば! と話題が唐突に転換させられた。
「花音さんとはどういう関係なんですか? 紗夜さんとお付き合いしてるんですよね?」
「ああ、えっとね。花音さんね」
なんて説明したらいいんだろう。迫られてて、それをなんとか躱し続けてる関係って。
説明に悩んでいると、えっちなことしてるんですか? と再度問われた。いやいや、シてません。花音さんとは全然そういう関係ではありません。
「よかった。違うんですね」
「当たり前じゃんか。俺は一応カノジョいるし」
「そうですよね」
二人いるけど、なんてことは口が裂けても言え……ないわけじゃないけど、一応俺からペラペラしゃべるのはよくない気がしたから。
こんなこと言ったら、燐子は怒りそうな気がする。いや気がしない絶対怒る。燐子は自分がカノジョであること、恋人であることにアイデンティティを感じてるフシがあるからね。
「それじゃあそれじゃあ、カンベさん的に、魅力的な女性ってどんな感じですかっ?」
「魅力的、タイプってこと?」
「はい!」
また唐突な話題転換だなぁ。タイプの女性と言えば、やっぱり語ることは多いよね。童貞だしね。
俺としてはやっぱり清楚さは外せないと思う。雰囲気だけじゃなくて、というか雰囲気だけだったら裏切られた気持ちでしばらく嫌いになる自信ある。いや燐子はなんかその嫌いの壁すらもぶち壊されたけど。
「清楚系かぁ」
「そうだね」
「つぐとか、カンベさんの好みっぽそうですね!」
うんそう。単純な話を言うと羽沢さんが好みのタイプなんだよね。紗夜が知ると浮気者、もう知りませんとか言い出すからあんまりおいそれと話題に出せるものじゃないけど。でもこう紗夜や燐子とお付き合いをしても、変わらずに好みのタイプは変わらないものだよね。
「あ、ひまりちゃんとカンベさん。なんの話をしてるんですか?」
「羽沢さん」
「今ね~、カンベさんの好みのタイプ聞いてるの」
「好みのタイプ……異性の、ですか?」
そこに我らがエンジェル羽沢つぐみさんがエプロン姿でお店に登場した。清楚かわいい。サラサラのボブカットの髪、丸くて大きな目に小柄で、素朴なかわいさのある少女。ホントこんな子がビッチだったら俺卒倒しちゃうと思う。それか女性不振のどっちか。
「カンベさんはきっと、紗夜さんみたいな大人でビューティーで、清楚な方が好みなんですよね!」
「せいそ……うん、まぁ清楚系が好みだね」
言えない。この純粋な瞳の前じゃ、いや紗夜はファッションビッチだからとか言えない。言えないったら言えない。どっちかというと後輩清楚系がいいです。理由? その方がほら、童貞的にリードできそうじゃん? 童貞なのにリードなんてできるわけないでしょう。片腹痛いこと言わないでと脳内紗夜に罵られた。どーせ、いつまで経っても精神は童貞のままですよーだ。
「うーん、でも理想のタイプで言うならやっぱり羽沢さんかなぁ」
「わ……わたし、ですか?」
「あ、えっと、あくまで理想のタイプがね?」
あぶな。ついうっかり話題の流れで羽沢さんの名前を出しちゃった。羽沢さんは心底びっくりしたように目を見開いてから、茶色の毛先を指でいじいじしだしてしまった。ああ、やば、絶対引かれた気がする。
だいたい俺みたいな女性経験ナシのクソ童貞が好みのタイプとか好みの胸のサイズとかドヤ顔で語ることすらおこがましいんですよはい。おっぱいは正義とか童貞の分際で何様だってことっすよ。
「あ、あはは……びっくり、しちゃいました」
「ご、ごめん!」
「二人とも真っ赤~」
上原さんがけらけら笑ってるけど、俺と羽沢さんの間には言い知れない気まずさが流れている気がしなくもない。あとこんなのウチのカノジョズに見られたら恐ろしい結末が待っている。カノジョズってなに、サメ? カノジョーズ? 確かに人食いには定評のあるお二人だけど。
「そういえばつぐって理想の男性像とかあるの?」
「わ、わたし!?」
「そう!」
「そ、そういうひまりちゃんは?」
「んーっと、背が高くて~、カッコよくて~、お金持ちで~」
うーんテンプレ。上原さんはあんまりそういうことを考えたことがないようで、なんかほっとした。リサを師匠のように慕っているところといい、ちょっと軽めの雰囲気といい上原さんは若干俺の苦手な部類だからな。
「わたしは……その、頼れる人、かな?」
対して羽沢さんの回答はいつか紗夜から聞いたような内容が返ってきた。頼れる人かぁ。やっぱり俺の性格からは程遠いよなぁ。いやここでカンベさんが好みですとか言われても割と困る。現状を経てモテたいって欲はもう全然しぼんだよ。
「わ、わたし実は、ワンドルはカンベさん推しで……」
「そう? ありがとう」
「いっ、いえ……」
上原さんに続き羽沢さんもかぁ。なんだかこうしてファンが増えると嬉しい。モテてるとかじゃなくて純粋に俺の演奏で心が動く人がいるってのが嬉しいよね。そんな満足感に浸っていると、もにゅん、と後頭部に特徴ある柔らかな感触とその下の固いワイヤーみたいな感触が襲ってきた。
うん、このフローラルな香りとサイズは……花音さんだな。
「やめてください花音さん」
「私の好みは、カンベくん、かな?」
「嘘じゃん」
「嘘じゃないよお、甘えてくれそうで、ぎこちなくて優しいセックスをしてくれそうな子が好みだもん」
「ビッチじゃん」
なんでそんな冷静なんですかと上原さんからツッコミが入るけど、生憎この程度のスキンシップはドキドキはするし頑張って堪えなきゃいけないけどそれを表面上に出さないという謎スキルは備わったよ。
「というか、拗ねてたのでは?」
「いつの話?」
「先週の話だよ……」
「忘れちゃったなあ」
女心と秋の空ってやつですか。そうですか。俺が全然構わないから前回からロクに会ってもなかったんだけど、どうやら気が変わったらしい。そしてたまたま立ち寄った行きつけの羽沢珈琲店で俺を見つけて、ビッチスイッチオンってとこですか。
「今日紗夜ちゃんも燐子ちゃんもいないなら……私とはどうかな?」
「勘弁してください」
「こら花音」
一応払うと後が怖いので、って後が怖いしか言ってないな。テキトーに構いながら会話をしていると、一緒に来たらしい白鷺さんに連れられていってしまった。保護者白鷺さん。まともなんだよね。割と実は芸能人の彼女に頭を下げられてる回数が多い気がする。すごく罪悪感あるんだけど。
「カンベさんって女性慣れしてるんですね~」
「……ん?」
一連の流れを見ていた上原さんにそう言われ俺は首を傾げるしかなかった。いやいや、そんなわけないじゃん。だって俺だよ? 慣れてないから花音さんに振り回されっぱなしだし、紗夜や燐子にはヤキモチついでに説教されるんだから。
でも上原さんはその日、その認識を改めることはなかった。ううん、俺って主観と客観で印象違う?