すっかり花音さんとは定番になってしまった水族館のデート、でも今日はその趣が違うことを、俺は嫌というほど花音さんの立ち振る舞いから、服装から、思い知らされた。
というかこれまで花音さんは全くそのつもりがなかったことがうかがえるんだから。しょうがない。
「ごめん花音さん、待った?」
「ううん、今来たとこ」
「言いたかっただけ?」
「もちろん」
言いたかっただけってなんやねんとツッコミを入れたくなった。なんやねん。こんなこと言ってると本場カンサイジンに怒られそうだから黙っとこう。
そんなこんなで、俺は花音さんとデートのために、駅で待ち合わせをしていた。わざとらしく駅までの道も迷子になっちゃうかもって言われたけどさすがにそれは拒否、だってそれってどっちかの家で集合でしょ? そのまま引きずり込まれてぱっくんちょは勘弁したいところだから。
「そんなことしないよお」
「え?」
「ん?」
「いえなんでもないです」
こーわーいー! このビッチ怖いんだけど。文句言うてたら食い散らかしますえって目が言ってる。なぜかドスが効いてる。
とは言いつつ、拒絶したらわかったと駅前集合に変えてくれる優しさもある。その代わりなのか知らないけど早速俺の腕をとってかわいらしく行こと微笑んでくるけど。
「あんまり密着して電車に乗りたくないです」
「興奮しちゃうから?」
「どっちが?」
「カンベくんが」
いやいや、絶対触ってくるでしょ。
そう思ったら奇跡的に座ることができたので、今日のお触りタイムはなしになりましたやったね。その代わり肩と胸をこれでもかと押し付けてくるけど。
「狭いよ」
「んー? 聞こえなーい」
「今日はまたいつにもましてサドですね」
「いじめてないよお?」
「は?」
そんなに童貞いじめて楽しいかおい。こちとらビッチ上がりの恋人二人に食われても童貞スピリットを失わない名誉童貞だぞおい。なんか涙出てきた。早く脱童貞したい。
肩に頭を乗せてきてスマホをいじり始め、しかも太ももをわざとこっちに密着させてくるビッチさんは俺にひょいとスマホ画面を見せてきた。
「は?」
「……しー、声に出さないで? 恥ずかしいな」
「いや水族館行く気ある? いきなりホテルとか嫌だよ俺」
「あるよお」
このお姉さん、こともあろうか文章でなんか濡れてきちゃったはーとという文章を俺に見せてきやがったんですよ。ビッチじゃん。あ、ビッチだったわ。
感度良好花音さんは少し熱くなった手を俺に重ねてきて、悩まし気な声を耳元にぶつけてくる。いや性欲で殴ってくるな。性欲煽りデッキ標準装備なのなんでなの?
「こんな気持ち初めて」
「何が?」
「私って今まで恋してたのかなってくらい、今キミにごちゃまぜの気持ちなの」
どういうこと? そうやって言ったらまた花音さんはなにやらパパパとテンポよくスマホの、よりによって俺とのメッセージのところに文を打って、俺に見せてきた。
食べたいし食べられたい。今すぐセックスしたいしもっとゆっくり水族館で楽しんでからがいい。全部ほしいし全部一緒にできたらいいのに。
そんな剥き出しで、不器用な文章に俺は冷静に、ダメと返事をした。
「だめ?」
「セックスしたいで、そのまま欲望に従ったら今までとおんなじだよ、俺はそんな性欲だけの関係は嫌だよ」
「またそうやって」
「うん、童貞の理想論だ」
そう。結局俺だって花音さんと同じ気持ちがないわけじゃない。発情した花音さんとこのままホテルに進路を変更してしまいたいという欲求が完全にないかと言えばそれは真っ赤なウソになる。触れてる太腿に手を這わせたいともう気持ちもある。でも俺は、それじゃダメなことを知ってるから。
「我慢できたら、花音さんの望みに応えるって条件でどう?」
「……うん」
「俺は花音さんの欲も飲み干したいし、花音さんとのデートも楽しみたいから」
だって俺は花音さんのセフレでも、一二回だけの関係じゃない。
どうにも認めがたいことだけど、花音さんのこと、俺はもうほとんど認めちゃってるんだから。じゃないとこうしてデートにもいかないけど。
「でもスカート汚れちゃうし、座席濡れちゃうから、私はちょっと立ってるね」
「うん、俺も立ったほうがいい?」
「ううん、勃ってくれてるならそれでいいよ」
「ニュアンス違うんだけど?」
ひどい会話だと思うけど、俺としては紗夜で慣れているので問題なし。感覚が麻痺しているとも言うけど。
けれどそれ以上は何もなく、俺と花音さんはすっかり火照りの収まった顔で水族館の前までやってきた。
「ホントにいつもいつも水族館だよね」
「だって好きなんだもん」
「クラゲがいるから?」
うん、とはにかむ花音さんは、下心とかなにもなく純粋にクラゲが好きなんだなぁって思わせるには十分だった。なんというかクラゲに見せる視線だけが純情だもんね。
もうちょっと俺が真正面にいてもあの顔をしてほしいところではある。
「今日はイルカショーも見たいな」
「水に濡れるのは嫌だよ?」
「えー、濡れたらいい雰囲気になると思うよ」
「着替えないからね?」
確かにそうだねえ、と笑う花音さん。なんというかいつもより無邪気成分多めだ。こういうところ、紗夜もそうだけどどうしようもなく素の年齢? なんて言ったらいいんだろう、普段より幼い印象になるよね。ギャップに俺は早くもドキドキさせられっぱなしなんだけど。
「あ、そうだ。だったら服も買う?」
「そこまで出費はなし」
「そっかあ」
「……また今度ね」
露骨に落ち込まれると、フォローしたくなるんだよね。紗夜とか燐子がいつも拗ねる原因なんだけど、どうにも俺はやっぱり優柔不断のクソ童貞野郎らしく、もう少し毅然とした態度も必要って言われるんだよね。甘いんだって。
「ふふ、カンベくんはまた今度って言ってくれるんだあ」
「ん?」
「ううん、ちょっと比べちゃっただけ、ごめんね?」
よしよしとされても俺はなんのことかわかってないので首を傾げることしかできなかった。
生憎と俺は鈍感歴19年の大ベテランだからな。なんの話かなるべくわかるように言ってほしい。と言ったら別に~と隠されてしまうので意味なし! 割と気になる!
「ふふ、かわいいんだあ」
「そのかわいいがわかりかねますが」
「わかんない?」
「そりゃあね」
めちゃくちゃ楽しそうだよね花音さん。繋いだ手からもそんな気持ちが伝わってくるみたいで、俺は思わず笑ってしまう。
いつものビッチ感はどこに行ったのってくらい、今の花音さんはその、素直に言うと、かわいい。
「花音さんの方がかわいいよ」
「……ありがとう」
「というか今日はめちゃくちゃ気合入ってるよね」
ふわりと香るコロンとシャンプーの匂いはどっちも花音さんの名前にふさわしい跳ねるようなフローラル。春の花の匂いで、髪は黒のリボンで纏められたいつものサイドテールだけど若干巻いてある。しかも固めてあるところはキラキラしてる。そしてピアスは水色の本人のイメージとは違って紅色の小さなもので、それが逆に色気みたいなのを出してる。
膝上ワンピースは薄い青色で白のストライプ。茶色のベルトがキュートです。六月の現在に合ってるし水族館への気合十分ですごくかわいい。そして足元は白のフリルのついた足首くらいまでの靴下と、歩くことを想定されたあんまり高くないヒール。黄色のカーディガンもかわいらしさのポイントだと思う。
──以上、童貞がお送りしました。ちゃんと気合入ってるよね。しかも卸したてとか強すぎない?
「さすが、その辺は紗夜ちゃんから?」
「そりゃあもう」
紗夜からは割と大人ファッションとコロン、シャンプー等を、燐子からは更に厳しく、アクセサリーやヘアアレンジ、ゴシックとガーリーファッションを散々頭に叩き込まれたからね。大変だったよ。
「ちゃーんとカッコいい男の子になれるように修行させられてるんだ?」
「目指せ脱童貞らしいから」
付き合ってもセックスしても、童貞は抜け出せてないらしいから。こうやって地道に努力を重ねていくところです。
そんなことを話していると、花音さんがそれじゃあとまるで春風のようにさらりと、俺から唇を奪っていった。
「今度からは私も、その教育に参加させてもらおうかな?」
「……ダメって言っても無駄なんでしょ」
「もちろん」
こうして、俺の三人目のカノジョ、松原花音が完成した。ううん、つくづくまた燐子とも紗夜ともタイプの違う人だよね、花音ってさ。
ところで俺はもっと余裕があってサドな花音を想像してたんだけど、めちゃくちゃイメージと違ったのはここだけの話に留めておくとします。あの言葉に嘘はなかったんだなぁって思わされた。