童貞? まだそうだけど、そもそもセックスってどうやってするの? そういうことに興味を持ち始めたのは中学生になりたての時だった。その時はそこまで深く考えてなかったっけ。高校生になったら自然と恋人ができて、そういうことも自然とできちゃうんだろうって、そんな感じ。だから全然興味なんてなかったようなものだった。友達とバカやって、バンドってカッコいいよな、なんて話したりして、そんな感じだった。
──そして高校生になってもう三年生、そこで、俺は今一度思うワケなんだけど。
「……どうやったらセックスってできるんだ……?」
何も考えてなかった中学時代の自分を殴りつけて、顔のカタチをもうちょっと美形にしてやりたいくらいの後悔がそこにあった。酷いもんだ、中学時代友達とバカばっかりやってきた俺にはセックスどころかカノジョすらどうやったらできるのかもわかっちゃいねぇのに。
「顔はそれなりだからダイジョウブっしょ!」
「そうか! よかった!」
と、幼馴染に言われたものの、その大丈夫が全然大丈夫じゃないってことに気付いた時には、もう手遅れにも程があった。バカ野郎、そもそもお前くらいしか俺に話しかけてくる女いないんだっての。
モテるらしいというクソみたいな理由でバンドを始めたけど、そこから恋には発展しない! なんかちょいちょい女性には話しかけられるけどさ。
「セックスってどうしたらいいんだろうな……そもそも恋なんだけど、なんとかしたいなぁ」
「……でしたら、私が手伝ってあげましょうか?」
「……へ?」
そんな練習スタジオのベンチでのなにげない一言に、俺は首を傾げた。はて、性欲の消費と同じく独り事、ならぬ独り言だったんだが、いつからお相手ができましたかね? そう思って後ろを振り返ると……びっくりするほどの美人が立っていた。
ウェーブがかった髪は照明に当たってキラキラと輝いていて、顔立ちもスタイルもモデルかアイドルか、というほどで、指先もキレイだった。
──そんなとびきりの美人が、なんて? 俺の聞き間違い? 幻聴だな? そうだな?
「ですから、セックスがシたいというなら私がお相手します、と言っているのですが」
「えぇ……」
もう一回、今度は目を合わせてハッキリとその美人が口にした。セックス、お相手、しかも顔を赤らめるとかそんな羞恥なんて一切なく、その単語は当たり前に自分の身近にあるような言い方だった。
あれかな? 援助交際? それにしたってもっと相手にいいヒトいるでしょうよ。
「……えっと、お金、持ってないんスけど……」
「ホテル代等もないようでしたら出しましょうか?」
「うげ……」
思わずそんな声が出た。怖い、逆にお金出してくれるとかこのお姉さんめちゃくちゃヤバイヒトじゃないの? ほら詐欺とかそう思うと千載一遇のチャンスは絶体絶命のピンチじゃないのかと思えてならなかった。ピンチはチャンスならチャンスもまたピンチ、そんな感じ。
「驚くようなことはありません。私がただ少しタマっているというだけで……」
「な、なんで……俺?」
「……そうですね、タイミング、というやつでしょうか」
そう言うとその美人さんは氷川紗夜ですと名乗った。ああどうりで見たことある気がしたんだ。友希那とリサのバンドのギタリストだ。そうすると当然相手も俺のことを知ってるってことだよな。
「それで、氷川さんがどうしてそんなことを?」
「いけませんか……?」
「いけないって言うか、出逢っていきなりそういうコトをするのは、おかしくないかなって思います」
「嫌ですか?」
そりゃもちろん美人な氷川さんに誘われてるんだからホントは小躍りするほど嬉しいよ。でも何て言ったらいいんだろう。裏がある。そんな気がするから俺は折角の申し出だったけれど、氷川さんに頭を下げることにした。
「ごめんなさい、それには応えられないよ」
「待ってください、カンベさん」
「なに?」
これ以上は無理だと俺はスタジオを飛び出したら呼び止められた。別にビッチってのが悪いわけじゃないんだけど、なんというか彼女は焦ってる気がする。一応付き合った子がいなかったわけじゃない、というかついさっきフラれたばっかなんだけど、その子に俺がのんびりすぎるって泣かれた手前、言いづらいんだけどさ。
「少し、話をさせてください」
「セックスじゃなくて?」
「それもさせてくれたら嬉しいのだけれど」
本音漏れるの早いなぁ。
でもこうしてリアクションを見ると誰でもよくてワンナイトってわけじゃなくて、ちゃんと俺を追いかけてきたんだよね。おそらくリサ辺りが俺の居場所を教えたんだろう。連絡取ってたし。
「俺は知り合ってもない女子と寝る趣味はないから、ごめんそこまで飢えてないし」
「それじゃあ、知り合いませんか?」
「言うと思った、どこかリクエストある? 奢るよ」
「いえそういうわけにはいきません。ホテル代は高いですし」
「は?」
「オプションはお好きにつけていただいて構いません。合わせます」
「待て待て、ホテルは却下だから」
というわけで普通にリクエストされたファストフード店に向かうことにした。途中何度か腕を組もうとしたり手を繋ごうとしてきた氷川さんを回避する。あのね、くっつかないから。というか俺もそんな余裕もないからさ。
そして、頼むのはエルサイズのポテトを二つとアイスコーヒー。冒涜的で凡そリサから聞いてた氷川紗夜のイメージとかけ離れてるけど、別人じゃないよな?
「本人ですよ、生年月日身長体重BMI体脂肪率スリーサイズ好きなプレイ苦手なプレイ、上向きか下向きかまで完璧に回答できます」
「いらない」
特に後半はこの公共の場で口にされたくないんだけど。超下ネタじゃん。しゃべればしゃべるほど事前情報との食い違いに頭がおかしくなりそうなんだけど。ますます疑いを強めていると、氷川さんは少し下を向いて、実はと事情を説明してきた。
「カンベさんの演奏を、聴く機会がありまして」
「ああ、つまりそれをわざわざ言うために呼び止めたってこと?」
「はい。どう話しかけたらと思っていたところで、あのような独り言を漏らすものですから」
うーん、それにしたって言葉がおかしくないかな? そう思ったけど、どうやら俺の言葉に合わせただけだから別に悪い人じゃなさそうだ。
それに下ネタを話すからと言って人格を疑うのもよくはないよね。美鈴、別れたカノジョは割と通じる方だったから余計にそう思う。
「恋人は、いらっしゃらないのですか?」
「あー、うん、別れちゃってさ」
「……それは、それなら」
そこで氷川さんは少し考えてから、頬を赤らめて俺を見つめた。
楽しそうに演奏する俺に惹かれたこと、けれど今まで男性というものに触れてこなかった手前、どうしたらいいかわからなかったこと。
──ん? つまり氷川さんも男性経験ないってこと?
「はい、恥ずかしい話ですが……その、知識だけは」
「耳年増?」
「失礼なこと言いませんでしたか?」
「失礼しました」
咄嗟に謝っておく。すごいオーラを放たれてたじろいだよ。
それによくよく考えると、俺、今一番望まれてた展開があるってことじゃないか? もともとモテたくてバンドを始めた。バンドをやってれば女の子からキャーキャー言われて、付き合ったりして……なんて夢見てたけど、現実はその先が危うい状態だった。
そんな俺の前に現れた氷川さんは、なんだかすごく傷つきやすい印象があって、俺はこの時にはもう、惹かれていたのかもしれない。
「そろそろ、今日は失礼します」
「あ、ちょっと待って」
傷つけてしまったと去ろうとする氷川さんを慌てて追いかける。謝らないと、そう思って追いかけたところで、氷川さんが振り返り、悔しいけど、めちゃくちゃドキッとする笑顔で……頬にキスをされた。
「チャンスがあるというなら、それではまたあなたのハジメテの女になりに会いに行きますね」
「は……え?」
──俺はどうやら、目を付けられたらしい。品行方正、文武両道、そんな折り目正しい印象の強い氷川紗夜が、自分のイメージを崩してまで恋をしてくれたこと。俺は胸に刻んで別れていった。これから、彼女と会えるのが楽しみだと、素直に俺はそう思えるのだった。
──という夢を見た。うーん、なんか不思議な夢だった。紗夜がビッチってわけじゃなくてただのむっつり知識があるだけの女の子で、俺が美鈴と別れててなんか思考まで変わってて、それを俺は自分でありながらどこか自分じゃないところで見てるっていうめちゃくちゃ不思議な夢だった。
「なんだか童貞感が薄れていて、現実味がないわね」
「……えっと、カンベさんは、今の方が……いいと、思います」
「童貞丸出しだから私はカンベくんだ、って思ったんだよねえ」
「ひどいね特に前後二人」
まぁ現実には紗夜はビッチで、俺は童貞女性経験なしの貧弱野郎で、モテる才能すらなかったせいでこうやって三人に囲まれて縮こまってる生活である。
花音の言葉に地味に傷ついた。童貞丸出しって、これでも俺、確かな成長を実感してるんだけど?
「わかんないなあ」
「……今日、ゆっくり、一緒に確かめましょう……ね?」
ああもう燐子と花音に両腕を取られて、俺はその柔らかさにドキマギというかもうなんかどうしようもなくなってしまう。語彙力も吸われてしまうよ。
しかもこの構図、紗夜がヤキモチ妬くだろうなと思っていたら、何も言わずにただ早歩きで前に歩いていくだけ。あれ、もしかしてマジで怒った?
「さ、紗夜──っ!?」
慌てて紗夜のところに駆け寄ったところで、紗夜は素敵な素敵な微笑みを浮かべて俺の唇に自分の唇を重ねられた。
唐突過ぎるキスに流石の燐子と花音も驚きの声をあげる。あ、やばしかもなんか舌が入ってきたんだけど、ガッチリ首をホールドされてるから逃げるに逃げられないまま、紗夜に襲われていく。
「んっ──ふぅ……ごちそうさま」
「あ、あのですね紗夜? ここは往来なんだけど」
「覚えているならいいのだけれど……あなたのハジメテの女になったのは、私なのだから」
んーっとこれは? 後で花音が解説してくれたことには夢とは言え初カノジョが美鈴だったことが気に入らなかったらしい。相変わらずハジメテ、には厳しい人だ。ただマジでキスもなにもかも、俺は紗夜がハジメテなんだよな。あの日、ビッチなんかには負けないと宣言したけれど、そんなかわいくはないヤキモチを妬く紗夜に対して愛おしいと思えちゃうところあたり、俺は紗夜という未知でビッチなカノジョに、完全敗北してるんだよね。
──今はもう、それでいいとすら思えてしまうけれど。