「さぁ陽太、記念日よ!」
──前略、紗夜がポンコツかわいい氷川紗夜になりました。ビシっとキメ顔で朝早くから俺のところに来やがったと思ったらそんなことを言い出した。記念日っていつが記念日かわかんないからうんぬんかんぬんって話を確か付き合った時に話したんだけど。
「やはり恋人同士のイベントにかかせないと思うのよ、記念日。だから今日が記念日よ陽太」
「やっぱりアホの子になったね紗夜は」
「愛ゆえよ」
恋は盲目なり。紗夜は理知的でクールなところがいいのに。実は俺の理想の女性像は優しくて元気で笑顔の絶えない子だけどそれはそっちの方が知り合えるからであって理知的でクールなのに芯が熱いヒトにドキドキするんだよね。あれこれ紗夜に言っていいやつかな?
「眠くて頭が回ってないのね陽太」
「そうかも」
「それを聞いて私は身体の芯が熱くなってしまうわ」
「ん~、一緒に寝て終わりでいいなら」
「……デートするわよ」
はい、ちゃんと支度するからリビングにいてと促し、俺は眠い頭をゆっくり起こしていく。その間に紗夜は母さんとなにやら談笑してる。いやいやフツーに仲良くなってるよねいつの間に。
「それは前にきちんとご挨拶に伺ったのよ?」
「気が早いよ」
「ふふ、それくらいしないと」
気が早いとか言いつつ、たぶんその内母さんにはめちゃくちゃ問い詰められる日が来るんだろうなということは察知しています。いやその前に卒倒するかも。なにせカノジョつい最近三人に増えたからね。不誠実でゴミな息子でごめん母さん。
「それで、今日はどこに行くの?」
「たまにはライブでもどうかしら?」
「いいよ」
「それじゃあそれまでは時間潰しに、ショッピングでも」
「了解」
なんだかんだでいつものデートと変わらない流れでスタートした。服やアクセサリーを見る。もうそろそろ本格的に夏だし水着でも探したいわね、なんて言われてドキっとしたけどどうやらデートの時のサプライズにしたいからここでは選ばないらしい。
「なんか、浮かれてる?」
「それは……記念日だから、かしら」
記念日と言われても実感ないけどなぁ。でも紗夜にとっては変わりがあるようでいつもより証明明るさ三割増しくらいかな。
こういう紗夜も俺は好きだなって思えるんだよね。いつものキリっとした雰囲気じゃなくて、恋人と純粋にはしゃぐ年相応の女性だもんね。まぁ、乗ってあげるから。
「それじゃあ今日はどこでも付き合ってあげよっかな」
「えっ、じゃあ」
「ランジェリーショップにはいかないからね」
「なぜ!?」
なぜ? わかってるでしょ? 童貞にランジェリーショップのハードルの高さをさ! ちなみに紗夜には散々選んでと言われては拒否を続けている。燐子は燐子で選んでオーラを放つけど大概無視する。あとで酷い目にあったりもするけど下着選びは勘弁してほしい。
「陽太の好みを身につけてみたいのよ」
「恥ずかしい」
「あなたの色に染めてほしいの」
「……紗夜」
「からかってるつもりはないの、本気よ」
本気だから恥ずかしいんだってば。俺は紗夜たちにどんどん変えられているけど、基本はただのクソ童貞なんだからさ。下着とか……キスマークとかさ。
あんまり煽られても俺は引いちゃうから、そこは紗夜も燐子もやきもきしてるらしい。
「からかわれてるとしたら、流石に俺でも怒るよ」
「そうね」
紗夜は優しい笑顔を浮かべてくれる。俺が紗夜を幸せにしてるんだ! なんて自信満々なことは言えないけど、一緒に歩いてる中で足跡を踏みしめて遺していくように、紗夜と幸せを積み上げていられたらな、なんて夢を見ていた。
──今は、そこに燐子や花音がいて、賑やかで愛おしい日々が流れていく。じゃあその先にあるものって、なんだろうな。
「陽太?」
「あ、ごめんぼーっとしてた」
「疲れているのなら、少し休憩した方がいいかしら?」
「ううん、そうじゃないんだよ」
お昼を食べ終わって、紗夜が化粧直しとお花摘みをぼーっと待ってたら、物凄く心配された。疲れてるんじゃなくて、紗夜だけで収まらなかった自分の現状を振り返ってただけなんだよね。
もちろん嫌なわけじゃない。むしろ毎日楽しくて、幸せでめまぐるしくて。でもそんな幸せを振り返った時にふと思うことがある。
このままじゃいけなくて、いつかあんなに笑い合って過ごしてる時間とさよならをしなきゃいけないんだろうなって。
「いつになくセンチメンタルね」
「いつもはこんなメンタル弱くないから」
「でも陽太はすぐ胃が痛くなるわ」
なるね。とっても胃が弱い人みたいな言い方だけどストレスには弱いのよ俺。ああでも最近はストレスだからってなにからなんでも逃げるのはやめることにしたんだけどさ。
紗夜に吐き出せばいい、燐子に見せてもいい、花音に聞いてもらってもいい。そんな生活を送ってるから。
「つくづく、俺はモテない方がいいなと思うよ」
「そうね、ロクなことにならないわよ」
次のモテ期があったら刺されるかもと言われ、俺は辟易した。普通のカノジョは他の子とセックスするなんて論外だもんね、ホントは。
そんなことを考えていたら、紗夜が俺の頭を寄せて、唇に吸い付いてきた。触れるとか重なるとかじゃなくて吸ってきた。リップ音すごいしたんだけど。
「……大丈夫。私と陽太は、ちゃんと繋がっているのだから」
「紗夜」
ううんかわいいしドキっとするしやっぱ紗夜がこうやって乙女の表情してくれるってのが好きでいてくれるんだなぁって実感するしなんならそこがホントにめちゃくちゃ好きなんだけど、それはさておきね、なんであんなに吸ってきたの? フツーに雰囲気づくりならちょんってよかったよ。
「舌入れてもいいのよ?」
「え、そこで脅すの?」
「流石に今日はライブをすっぽかして二人だけのオールナイトライブというのは避けたいのよ?」
「うーんセンス」
言葉選びがバカすぎる。因みにバカと言うとガバガバじゃないわとか言われるから絶対に口には出せない。口には出せないみたいなこと言うと私はアレは苦くて飲めないって言われる。あれ、紗夜ってもしかしなくてもこの辺のコミュニケーションに使われる言語一ミリも成長してなくない?
「ワンサイズ成長しました」
「胸の話はしてねぇ」
「そうよね、私が一番小さいものね」
「んん?」
言葉のキャッチボールをしてほしい。ライブにもコール&レスポンスは必要だと思うんだけど仮にも人気バンドのギタリストとしてそれはどうなんですかね。
そもそも、俺は胸なんて気にしてない。いや大きいのと小さいのが好きかと問われたら紗夜か羽沢さんくらいのサイズでしゅっとしててお尻とのバランスがいいといい気がする。あれこれ変態っぽいな。
「つぐみさんをそんな目で見ていたなんて……最低」
「は?」
一応フォローしたんだけど? 紗夜の胸のサイズが小さいって嘲笑したことはただの一度もありませんよと言ってあげたのに最低ってなんだ最低って。やっぱり二人のコミュニケーションは一ミリも成長が見られないらしい。胸同様成長していてほしかった。
「ホテルの予約もバッチリ取ってあるの」
「うんそっか……うん? なんて?」
「ホテルよ」
流石……というか俺お金全然出してないんだけど、それはいいのか。そう言うと紗夜はいいんですよと微笑んだ。大人な笑みでドキっとするんだけど、この表情の紗夜はたいていロクでもないことしか考えてないので俺は引き気味です。
「まぁでもとりあえず、俺は紗夜と一緒に楽しめたらそれで満足だよ」
「随分と余裕なのね」
そりゃあね、付き合う前のように貞操を奪われる云々は気にしなくていいからかな。
前は恋人じゃないと、恋人はもっと貞操観念があって、とか色々考えてたからさ。それがなくなっているからこその余裕だよ。こうなったらもう紗夜にも勝てるかも?
「余裕だって言うなら……そろそろ、誘ってほしいのだけど?」
「う……俺から」
「ふふ、期待しています」
──前言撤回、やっぱり紗夜には勝てそうにない。いや紗夜だけじゃなくて燐子や花音にも勝てないよ。実は未だに俺からシよう、なんて言えてないからね。期待しているとか言いつつ、まだまだ言わせてくれなさそうな雰囲気の紗夜が俺の腕に触れてくるのを感じながら、今日はいつもよりひんやりしてるなという現実逃避をしていた。
たぶん、いや絶対、俺の体温が上がってるせいではない、はず。それからはご機嫌な紗夜を隣に置いたまま、一日を過ごすことになった。
かつてはビッチには負けないと言った手前あれだけど、俺は一生、紗夜に勝てることなんてないと思う。
まぁ、それでもいいかな。口には出さないけど、俺はめちゃくちゃ幸せだから。