すっかり穏やかな日常が流れていたころ、俺は美鈴と電話をしていた。別れて傷心中だった美鈴を癒すにはやはり新しいカレシしかないと俺と紗夜は結論づけてバンド仲間の男を紹介していた。人選に問題はないことはランスが証明済み。アイツは本当になんというかクズ野郎センサーがついてるに違いない。
『それでね! 今度ご飯行けるようになってさ』
「お、よかったよかった」
『うん、紹介してくれてありがとカンベ! カノジョさんにもありがとって言っといて』
珍しくテンション高めに電話を切った美鈴に聞こえないところで、俺はため息をついた。紗夜のこと愛想なさそうとか最初は色々文句言ってたくせに。
なんというか、やれやれという感じだ。花音はその話を聞いて、気を付けたほうがいいよおと言っていたけど、なんだったんだろうか。
「んー? 私がどうかしたあ?」
「ううん、いやせっかく家に来てくれたのに黙っててくれてありがとうってことくらいかな」
「大丈夫」
というわけで今日のお相手は花音だったりする。寝間着姿でとろんと甘く笑顔を浮かべるスカイブルーの彼女を俺は受け止めて、甘えられ、甘やかされる。彼女が家に来たり、こうして二人でのんびりするときはいつも甘いミルクティーの香りが寄り添っている。そのせいかミルクティーの匂いで花音のことを思い浮かべるようになってきてるんだよね。あれ? もしかして調教されてない?
「ん、ねぇ陽太くん」
「……先にお風呂入りません?」
「一緒に?」
一緒だったら意味ないじゃん、とは思うけどたぶんそうしないと襲われるのでそうですと言っておく。どのみち襲われるなら同意したいというのが今日の童貞スピリットです。
ところで現在の状況とはまったく関係ないんだけど。紗夜はお風呂に一緒に入りたがるけどお風呂ではセックスはしたがらない。まぁあのファッションビッチさんはベッドの上以外でシたがらないんだけど。逆にコスプレビッチさんこと白金燐子さんはソーププレイとやらをしきりにしてくる。そういう店って本番なしじゃなかったっけ?
そしてこのチェリーキラーさんは意外にも湯舟に漬かりながらイチャイチャすることが好きだったりする。さすが一番セフレと恋人の違いがあるヒト。童貞的に言えば愛のあるセックスをお望みなのです。
「そういえば最近セフレさんは?」
「あれ、セフレいてもいいんだ」
「まぁ……俺もこんな状況だし」
「あはは、確かにねえ」
そうなんだよね、大学入ってもしばらくはセフレさんの車で送ってもらってたり、逆に迎えに来てもらってたりしてたんだけど、最近全然その姿を見なくなったんだよね。どうしたんだろうって思ってたから訊いてみたらあっさりと別れたとか言い出した。あれ、不満ないって言ってなかった?
「んんっと、別れたっていうか……その」
「ん?」
「よーたくんがきもちよすぎて、満足できなくなっちゃって」
「……ああ、そういうこと?」
「うん」
俺精神的名誉童貞なのにどうやらチェリーキラーで性欲魔人の花音を独占するくらい相性がよかったらしい。そうだよね、ベッドですると疲れて寝るもんね花音。というかみんなそうなんだけどランスにそのことを話したら、いやそれはないわって言われた。衝撃的だったんだけど。
「キスして」
「え、この体勢、首痛くなるんだけど」
「いいからあ」
湯舟で後ろから抱きしめる格好でキスって俺が首曲げなきゃいけないじゃん。だけどそんな文句も浴室があったかいせいか、また別の理由なのか、俺を見上げてきた花音の顔は艶やかで、半身を俺に向けながら左手を器用に俺のうなじ当たりに添えて舌を出してくる彼女に、いやだなんて言えるはずもなかった。キスをしたら触りたくなる。触りたくなって触ると、花音が喘ぐ。そうすればいつの間にかお互いに高まってもう、止まらない。
「えへへぇ……好き」
「早く俺の精神的童貞も殺してほしいんだけど」
「むり……だって、襲うんじゃなくて、狂っちゃうくらい愛されたいもん♡」
花音って普段とのギャップがなぁ。ああいやゆるふわ清楚系の見た目からは想像ができないくらいの性欲とビッチの時点でもうギャップなんだけど、俺の前だとかわいくなっちゃうのがどうにも俺に刺さるんだよね。そして燐子も紗夜もそれをわかって俺を誘ってくるんだから、大変なんだよ。
贅沢な悩みかもしれないけどね。今日はお風呂での行為があったせいか花音にはピロートークをする余裕があったらしく抱きしめているとキスをされながら世間話をされる。
「明日ってRoseliaとの顔合わせなんだよね?」
「そうそう」
顔合わせってなんだよってくらい全員知り合いなんだけど。俺とタイクーンがいっつもRoseliaが練習してるところで日程を決めるというもの。アイスとランスに用事があって、トーマは向こうのベースがポンコツ化するのを防ぐため不参加。二対五という構図になっている。
「去年は友希那ちゃんに断られたんでしょ?」
「今年は大丈夫だよ。ワンドルだって遊びじゃない。それだけの実力がある……って思ってるから」
「うん、いっつも頑張ってるもんね」
紗夜や燐子、花音は練習に付き合ってくれる時もある。丁度ね、楽器のパート被んないんだよこのメンバー。しかもみんな格上ばっかり。本当に助かってますよ。
それで、対バン企画の打ち合わせうまく行くといいんだけど。というかもともとワンドルとRoseliaの練習スケジュールって合わせてあるんだよね。この二バンドの人間関係が絡まりすぎてる。
「あ! りんりーん! カンベさんたち来たよ~!」
頑張って、と優しいマシュマロスマイルに送り出され……ん? なんでか花音家に残ってたけどまぁよしとして、翌日、さっそくライブハウス&スタジオまでタイクーンの足を運んだ。待合室のソファに座っていたメンバーのうち、入り口で待っていてくれたあこちゃんの声を聴いて燐子が立ち上がり頭を下げた。
「わざわざ、お越しくださいまして……ありがとうございます」
「いやいや、企画したのはこっちですから、こうするのが当然というもんですよ」
おお、なんだか久しぶりに燐子のお客様向け対応を見たな。この物腰丁寧でお嬢様な感じ、やっぱり雰囲気と相まって素敵ですよね。そんなことを考えていたら燐子とバッチリ目線があって、え、ちょっとまってなんでずんずん近づいてくるの?
「さ、こちらです」
「よし、行くかカンベ!」
「ごめんタイクーンツッコミ放棄すんなよ、おかしいでしょ!」
腕を組まれてしまった。やっぱりウチのカノジョたちもポンコツ化するじゃないか! 誰ですか、私たちがそんな公私を混同するような節度のない人間に見えるというの? 今井さんじゃあるまいしって幼馴染様を煽り散らしたやつ! そこでそわそわしてるあんたのことだよ! 燐子もうなずいていたんだけどね?
「……燐子、紗夜、そっちは相手側よ」
「はっ、つい」
「……カンベさん。それでは、またあとで」
うーんもうツッコミ入れるのも面倒なんで放置しますね! ついじゃねぇよ。ほらリサの唇がめちゃくちゃ尖がってるよ。あこちゃんはもう燐子がいつものことだからツッコミすることもないし、タイクーンは友希那の前なので舞い上がっていらっしゃる。同じ大学通って多少マシになったけど、結局なぁ……ごめん友希那、やっぱり対バン相手俺たちなの人選ミスかもしんない。
「陽太、話が進まないわ」
「俺に言うの」
「あなたの恋人でしょう?」
「そんな飼い猫みたいに」
と言いつつ、紗夜と燐子を友希那たちが座っているソファのほうに座らせる。友希那の真向いが俺、その隣で進行役にリサ、俺の隣がタイクーンで紗夜が友希那の隣、そしてさらに隣にあこちゃんリサの向いに燐子という配置にした。俺が事前にね。
「さて、スケジュールを合わせる、と言いたいところだけれど」
「そもそもワンドルさんとの練習日は
「そちらさんでホールは抑えれますか?」
「んー、だいじょーぶ! アタシが候補バッチリ見つけてきてるから」
話し合いにやってきた意味。まぁコンセプトとか、もしかしたら演奏のコラボとかするかもだし、その辺をどうするか決めなきゃいけないからね。
──ただ、同じ舞台に上がるとなると克服しなきゃいけない問題が一つあるんだけど。
「私としては、この異色のバンド
「あこもさんせーです!」
「ん、でも男女両方で、片方だけでもパートで分けても映える曲……ってのはなかなか難しい気がするんだけど」
「……確かに、音域も歌い方も、違いますから……」
だからこそよ、と友希那はLOUDERを引き合いに出した。そういえばこの曲は友希那のお父さんがインディーズ時代に歌っていた曲だったんだっけ。けどこれはあの人の歌い方を友希那が真似て始めたからできたことも要因にあると思うんだけど。
「それじゃ問題ないよね?」
「はい。タイクーンさんは湊さんをリスペクトしてボーカルをしていると伺い、納得しました」
「……た、確かに、友希那さんを、参考にはしてましたけど」
「なら、考えておいてくれるかしら、
「──っ! は、はい!」
大樹? ふーん、なんかいつの間にか距離近づいてるんだ。なんて呑気なことを考えていたらリサがドヤ顔をしていた。ああアンタらね。それに対してタイクーンの態度があんまりにも変わらないから気づかなかったけど、やっぱり結構関わってるんだなこの二人。だからこそ友希那は対バンしてもいいと思って、このコラボの話も持ち掛けたのだろう。
順風満帆なスタートを切ったこの対バンの計画、だがそこには二つの要因が一つに重なった結果生まれている大きな欠点をなんとかしなければならないということでもあった。俺は、それにはまだ気づいていなかった。